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第231話 観光拒否と紹介

別名、設定小出し回。

 進堂仁セレクション4日目。


 本日の目的地は灰の世界、ブラウン・ウォール王国、エルガント神国、人魚の国、ギルド連合地区の5つである。

 今まで、1日に回る国は2つだったのに、急に5つの土地を回ることにしたのは理由がある。

 それは、この5つの国が進堂仁にセレクションされていないからである。意味が分からないので、もう少し噛み砕いて言うと、『長々と観光する気がない』の一言に尽きる。

 それぞれ短時間しか滞在しないので、5つの土地を1日で回ることができるという訳だ。


 それぞれ、セレクション外となった理由をザックリと説明しよう。


 1番、灰色の世界。この世界は実質的に滅んでおり、生物が一切存在しない。灰人は全て回収したし、虚獣は全て殲滅したからな。

 近代風の建物は並んでいるが、無機質に並んでいるだけで、娯楽のようなものはない。一面灰色一色で空気的にも重苦しく、見ていて愉快になる要素が存在しない。まさしく、観光の余地がない。


 2番、ブラウン・ウォール王国。元は砂漠の国だったが、大精霊レインの力で緑化したので、今は緑溢れる活気ある国になっている。観光業も盛んになっており、観光に適した国と言える。

 しかし、俺はこの国を観光したことがない。というか、緑化してから行った記憶がないので、観光の案内もできない。


 3番、エルガント神国。楽しい思い出がないのに、観光の対象にできる訳がない。以上。


 4番、人魚の国。実を言えば、この国はセレクションするか結構悩んだ。女王から自由に観光する権利は貰っているし、水中なので見所がある国なのは間違いないからだ。

 観光しない理由は2つ。1つ目はブラウン・ウォール王国と同じく、俺自身が観光したことがないから。2つ目はこの国の女王から軽く敵視されているから。トップに敵視されていると、気軽な観光というのは中々に難しそうだ。少なくとも、他人に紹介はできない。


 5番、ギルド連合地区。冒険者の総本山。観光しようと思えば観光できる土地だろう。

 しかし、俺が観光した範囲はあまりにも狭く、紹介できるものが限られる。


 以上の理由から、これら5つの土地の滞在は最低限とする。

 楽しむことよりも、こんな土地もあると凛と聖に知ってもらうことが主な目的だ。

 今までとは目的が違うので、凛、聖、マリア以外のメンバーは自由時間にしている。より正確に言うならば、今日は午前中だけで5カ所を回り、午後は全員が自由時間としている。

 観光だけをずっと続けるのも、それはそれで疲れてしまうからな。



 俺達が『ポータル』で転移したのは、エルガント神国の最北端、旧神都にある『境界の門』前である。この門の先に目的地である灰色の世界が広がっている。

 一応、ここもエルガント神国だが、ただの廃墟なので見て回る価値もない。廃墟でないエルガント神国ですら、大して見る価値がないというのに廃墟なら尚更だ。


「この扉の先に灰色の世界があるんだね。魔王は『廃棄世界』と呼んでいたよ。女神に見捨てられ、いずれは消滅する運命にある世界だって」


 聖は魔王に身体を奪われていたが、魔王と意思の疎通はできたので、魔王経由で色々な知識を持っている。その魔王の知識の大半は、先代魔王の知識である。


「それは少し情報が古くて、既に消滅する運命は消えている。後でその証拠を見せてやろう」

「そうなの? 何が起きたか、楽しみにしているね」


 楽しめるかは微妙だけど、中々見られない光景なのは間違いない。

 俺達が話している間にマリアが金属製の扉を開く。扉の中は前と変わらず光が渦巻いていた。

 安全確認のため、マリアが先行して入り、問題ないとの念話を受けてから俺達も入る。


《話には聞いていましたが、本当に近代的な雰囲気ですね》

《ここ、日本じゃないんだよね?ビルが並んでいるなんて聞いていないんだけど……》


 凛と聖がビル群を見下ろしながら・・・・・・・念話で話をする。

 現在、俺達は竜人種ドラゴニュート3人娘に乗って灰色の世界を飛行している。

 昨日と同じく、ブルーには俺とマリア、リーフには聖、ミカヅキに凛が乗っている。昨日と異なるのは、聖と凛が1人で竜人種ドラゴニュートに騎乗している点だろう。


《シェドールは灰色の世界のことを話していなかったのか?》

《四角い建物があるとは言っていたけど、まさかビルとは思わなかったよ》


 魔王関係者の中で、実際に灰色の世界に入ったのは、前魔王の四天王であるシェドールだけだ。

 シェドールはビルの存在を知らないため、魔王経由で話を聞いても想像できなかったのだろう。


《それにしても、全てが灰色で動物や植物が一切存在しない空間って、何か変な気分だよね》

《気温は気になりませんが、湿度が全くありません。肌がピリピリします》

《そういえば、この世界で水を見た記憶がないな。マリアはあるか?》

《いいえ、ありません。私の知る限り、水分と呼べるのは私達が持ち込んだ物だけです》


 この世界に存在していた(過去形)虚獣達からも血が流れることはなかった。

 俺達の食事や水分は全て<無限収納インベントリ>経由で取り出していた。


《水分がなければ、生物が生存することはできません。新たに誕生することもないでしょう》

《女神に見捨てられたって言うのは伊達じゃないね》


 生物が存在できない世界。それは、終わった世界と言って過言ではないだろう。

 そして、終わった世界を眺め続けても得られる物は少ない。


《この世界はほぼ代わり映えのしない景色だから、そろそろ省略させてもらうぞ。ブルー、リーフ、ミカヅキ、適当な場所に着陸してくれ》

《はい!》×3


 ブルー達を着陸させ、適当な場所に『ポータル』を発動する。転移する先は、世界の果てである。


「急に見晴らしが良くなったよ」

「ビルが消え、瓦礫だけになりましたからね」

「それで仁にぃ、あの壁は何?」


 聖が見ているのは、この世界の果て、それを示す巨大な『崩壊の壁』である。


「世界の果てだ。その壁に触れると消滅するから、『崩壊の壁』と呼んでいる」

「急に恐ろしい物が出てきた!?」

「以前はその壁が徐々に中心に向かって狭まっていたんだ」

「分かった! それが魔王の言っていた『いずれ消滅する運命』の正体だね!」


 聖が納得したように頷く。多分、魔王もこのことを言っていたのだろう。


「今は動いているようには見えません。兄さんが何かしたのですよね?」

「ああ、もう少し近付けば分かるはずだ」


 再びブルー達に乗り、『崩壊の壁』に近付いていく。

 ある程度近付くと、『崩壊の壁』の一部に大きな傷跡が付いているのが見えるようになった。


《この傷、もしかして仁にぃが付けたの?》

《その通り。俺の最大火力で干渉して止めたから、この世界がこれ以上狭まることはない》

《……まさか、物理的に『いずれ消滅する運命』を止めているとは思わなかったよ》

《厳密に言えば、物理的に止めたのではなく、法則ルールに干渉して止めたんだけどな》

《物理的に止めるよりも意味の分からないことをしていたよ……》


 物理的な干渉では触れた時点で消滅するので、法則ルールに干渉するしかなかったのだ。


《兄さんが凄いことをしたのは分かりますけど、壁の機能を止める意味はあるのですか?壁の有無に関わらず、この世界に未来はないと思います》

《言われてみれば、消滅は止まっても滅びは止まってないよね》

《一応、意味はあるぞ。生物の居ないこの世界なら、周囲の被害を気にする必要がない。だから、技の練習や戦闘訓練に持ってこいなんだよ。ただ消滅させるには勿体ないだろ?》

《まさかの勿体ない精神だったよ……》


 ある一定より能力が高くなると、戦闘訓練しただけでも周囲の被害がバカにならなくなる。

 周囲の被害を気にせずに動ける空間というのは、実は結構稀少だったりするのだ。



 灰色の世界で見るべき物は見終わったので、俺達は『ポータル』で次なる目的地であるブラウン・ウォール王国へと転移した。


 緑化が行われる前のブラウン・ウォール王国は、中心にある砂漠を町がドーナツ状に囲んでいる国家だった。中心の砂漠も国土ではあるが、人の生きられる環境ではなかった。

 砂漠の周囲も農耕には不向きで、食糧自給率も低い貧困国だったが、それは今や過去の話である。


《……何と言うか、活気の凄い街だね》


 俺達は現在、竜人種ドラゴニュートに乗りながらブラウン・ウォール王国最大の都市であるファストの街を見下ろしている。

 また、<無属性魔法>の『透明化インビジブル』を使って姿を隠しているので、誰かに見られる心配はない。

 住民が笑い合い、商人が忙しなく動き回る街にかつての貧困国の面影はない。


《信じがたいですが、少し前まで砂漠だったのですよね?》

《ああ、貧困に喘ぐ砂漠の国だったな。精霊による緑化により、砂漠の土が肥沃な土に変わったから、あっという間に街や農地が出来ていったそうだ》


 直接、その様子を見ていた訳ではないので伝聞ではあるが、この国の復興……発展は凄まじい勢いだったらしい。


《アレが王城で……隣にあるのがアドバンス商会の支店だよね? 何で王城の隣?》

《遠くにあったら行き来が大変だろう?アドバンス商会は国家運営の中心的存在だからな》

《ただの商会が国家運営の中心になってる……》

《土地の権利を持っているのは強い。加えて、民衆からの人気も王家より遙かに高い》


 アドバンス商会は緑化の直前に砂漠だった土地の全権を購入していた。

 あまりにもタイミングが良すぎるので、国民達も砂漠の緑化とアドバンス商会に何らかの関係があることは薄々理解している。

 そして、緑化した土地を発展させたのもアドバンス商会だ。例え緑化した土地があったとしても、ブラウン・ウォール王国にはそれを活かすだけの余力が残っていなかったからな。

 つまり、ブラウン・ウォール王国にとってアドバンス商会は恩人を通り越して救世主と言っても過言ではない存在に成り上がっている。簡単に言うと、王家よりも権威がある。


 そもそもの話、砂漠が緑化される前、王城は砂漠の外の町にあった。

 しかし、緑化後にそれでは示しが付かないので、王家がアドバンス商会に泣きつき、最大の都市に王城を建てる許可を貰った。もっと言えば、王城を建てたのもアドバンス商会である。

 借金と恩と実績で雁字搦めにされた王家は、アドバンス商会の意向を無視することはできない。


《……それ、傀儡政権と言いませんか?》

《元々、国家運営がギリギリだったから、喜んで傀儡になっているらしいぞ》


 基本、アドバンス商会の指示に従っていれば間違いないと考えられており、『意向を無視できない』どころか、積極的に意見を求めてくるという。まさに傀儡。


《王家のプライドとかないのかな?》

《プライドで腹は膨れないからなぁ……。そもそも、砂漠とはいえ国土の大半を商会に売るなんて、本気でギリギリじゃなきゃ選べない選択肢だろ》

《確かに……》

《国民感情的にも王家に対して不満が多すぎて、アドバンス商会がバックに立たないと反乱の可能性すらあったとか何とか……》

《傀儡政権が肯定されるとは、かなり末期的な国家ですね……》


 ひたすらに土地が悪いため、王家の有能、無能を評価する以前の問題だった。


《折角だから、分かりやすいものを見に行こう》


 適当な場所に降りて、『ポータル』で別の街へと転移する。


《ここは?》

《ブラウン・ウォール王国の外周にある本来の王都だ》

《王都と言う割には、随分と寂れているね。人も少ないし、建物はボロボロなのばかり》

《スラム街じゃないのですよね?見たところ、大半が似たような雰囲気ですけど……》


 王都の大半がスラムのような国と言えば、簡単にそのヤバさが理解できるだろう。

 尤も、人が居ないのは別の理由なのだが。


《王都でコレだからな。他の街はもっと酷いだろう。人が居ないのは、大半が旧砂漠地帯の街に移動しているからだ。緑化の影響でこの辺りの自然環境も回復しているはずだが、自分達で開墾するのが大変だから、アドバンス商会が整備した土地に行っているそうだ》

《本当にアドバンス商会が生命線なんだね……》

《聞いた話では、アドバンス商会が来る前の主な特産品は奴隷だったらしい》

《本当にアドバンス商会が救世主でしたね……》


 本当に、本当に土地が悪かったのである。


《土地の状況が改善されたから、今後は王家にも余裕ができるはずだ。王家が有能で良い政策をとるなら、アドバンス商会には少しずつ王家から離れるように指示してある》

《王家が無能だったら?》

《アドバンス商会の傀儡となり続ける。当然だろ?》


 王家が無能だと、土地を持っているアドバンス商会にも影響が出るので、無能のまま放置することはできない。

 国のトップが無能であるということは、それだけで罪なのである。



 次に向かったのはエルガント神国の神都エルガーレである。

 ブラウン・ウォール王国と同じく、<無属性魔法>の『透明化インビジブル』を使って姿を隠し、竜人種ドラゴニュートに乗って上空から神都エルガーレを見下ろしている。


 エルガント神国は女神教の総本山だ。その神都であるエルガーレには最大規模の大聖堂がある。

 大聖堂は聖地の一つとして扱われており、毎日多くの信徒が訪れる。

 女神教で尊ばれる白一色の大聖堂は神都の中心に堂々とそびえ立っており、観光地ではなくとも神都エルガーレに来たら一度は行くべき場所として有名だった・・・


《灰色の廃墟の後は白色の廃墟かぁ……》


 聖が大聖堂の残骸・・を見下ろして呟く。

 皆さんご存じの通り、神都エルガーレの大聖堂は、首脳会議でゼノン・グランツにより完膚なきまでに破壊し尽くされている。

 首脳会議からしばらく経ったが、未だに神都の復興は遅々として進んでいない。

 復興が遅れている1番大きな問題は、指揮を執れる首脳が存在しないことだろう。大聖堂の破壊と共に、エルガント神国の首脳陣はほぼ全員が死亡しているか、再起不能になっている。

 そして、後継者争いというか派閥争いが始まり、内部分裂して国家の運営が真面に機能しなくなったというオマケ付きだ。本当にクソである。


 中央集権的な国家なので、大聖堂が壊滅した影響はエルガント神国全体に広がっている。

 魔物の被害も含め、徐々に治安も悪化しており、いずれ致命的な破綻が起きるのではないかと噂されているそうだ。

 余談だが、俺にとって敵地同然なので、アドバンス商会の店舗は1つも存在していない。

 アドバンス商会が手を貸していたら、とっくの昔に復興が完了していただろう。


《灰色の世界とは異なり、片付ける人は居るみたいですけど、動きが悪いですね》

《全く足並みが揃っていないね。これで大聖堂の再建なんてできるのかな?》

《貴重な魔法の道具マジックアイテムを使っていたから、再建はかなり難しいだろうな》


 『境界の門』がある旧神都も崩壊しているが、その時は首脳陣と魔法の道具マジックアイテムが無事だったから大聖堂を再建できたのだ。

 過去の知見を持つ者も残っていないので、街は復興できても大聖堂の再建は絶望的だ。


《さて、それじゃあ、そろそろ次の場所に行こうか》

《もう終わりなの?まだほとんど何も見ていないよ?》

《この国に、時間を掛けて見るべき物は存在しない》

《……兄さん、この国が嫌いなのですね》

《……良い思い出がないんだろうね》


 次に行こう、次。



 次の目的地は海中にある人魚の国だ。一応言っておくと、『人魚の国』が国名である。

 その正体は海中に造られた迷宮ダンジョンであり、竜人種ドラゴニュートの秘境と同じく結界により護られている。

 今回は結界内には入らず、外側を見て回るだけに留める予定だ。


 今までの土地は竜人種ドラゴニュートに乗り空から眺めることができたが、海中となると流石に同じことはできないので、カスタールの屋敷に戻り準備を整えてある。

 簡単に言うと、水着に着替えて、水中用のスキルを与えて、水中の移動手段を呼び寄せた。

 そして、水着で竜人種ドラゴニュートに乗り、人魚の国がある海域まで飛んできた訳だ。


《それじゃあ、メープル。よろしく頼む》

《よろしくお願いします》

《メープルさん、よろしくね》

《任せるっす。海中の移動に呼んでもらえるなんて光栄っす》


 今回呼んだ水中の移動手段、それは従魔である大海蛇シーサーペントのメープルだ。

 スキルがあれば海中で行動することもできるが、折角なら見る方に集中したいので、海中移動の得意なメープルの背に乗っていくことにした。

 メープルの魔物形態は全長10mなので、俺達4人が乗っても十分に余裕がある。


《うう……。ご主人様が他の魔物に乗るなんて……》

《こんな臨時の騎乗に文句言わないで欲しいっす。そもそも、ブルーは主人に頼られる機会が多いんだから、自分に比べて恵まれているのを理解しているっすか?》

《そんなの分かってるわよ。でもぉ……》

《はあ……。主人、面倒くさい女は放っておいて、早く乗って欲しいっす》


 意外と辛辣なメープルに促されて背中に乗ると、恨めしそうなブルーを背に海に潜った。

 海が澄んでいるため、周囲を泳ぐ魚がハッキリと見える。海には魔物が少なく、大半が弱いため、地球の海とほぼ同等の生態系が築かれている。

 メープルには予め速度を抑えるように頼んである。目的地は人魚の国だが、海底にある人魚の国に着くまでは海中を見るのも楽しむべきだと判断したからだ。


《やっぱり、海の綺麗な場所に来たら、海中の散策をするのは観光の基本だよな》

《そうだね。やったことないけど、スキューバダイビングってこんな感じなのかな?》

《恐らく、水中スクーターを使ったスキューバダイビングに近いと思います》

《はは、随分と立派な水中スクーターだな》


 全長10mで4人乗りができる水中スクーターである。最早潜水艦では?


《……そういえば、何で魚達は大海蛇シーサーペントの横を平然と泳いでいるんだ?近くに捕食者が居たら、逃げ出すのが普通じゃないか?》


 俺達の横を並走するように進む魚を見て疑問に思ったことを聞いてみる。


《それは当然っすよ。大海蛇シーサーペントは小さい魚を狙わないっすからね。小さい魚にとって、大海蛇シーサーペントの近くは大型の水生生物から身を守れる安全地帯っす》

《もしかして、大海蛇シーサーペントって海の覇者なのか?》

《そうっすよ。主人の前で誇っても空しいだけっすけど、海では最上位の存在っす》


 俺、海で最強クラスの魔物を陸で傭兵として使っているのか……。


《……えっと、陸の仕事に不満があるなら、海の仕事に変えても良いぞ?》

《仲の良いティラミスやショコラも陸に居るから、今更海に戻る気はないっすよ。今回みたいに海で役に立てることがあるなら、喜んでお手伝いするっすけど……》


 既に傭兵として陸に馴染んだメープルは、海に戻ることに魅力を感じていないようだ。


《何より、陸の料理を知ったら、海で魚を丸齧りするなんて馬鹿らしくてやってらんないっす》

《なるほど、納得した》


 海の覇者だろうが陸の覇者だろうが、美味しいものを食べたいという欲求は共通なのだ。


《あれ?魚達が離れていくよ?》

《魚にとっての脅威が近づいてきたってことっすよ。アレが人魚の国っすね》


 ある意味当然のことだが、人魚の主食は魚である。

 魚にとって、人魚の国とは狩人達の集落なのだ。大海蛇シーサーペントの近くが安全地帯とはいえ、好んで近づく魚は居らず、一斉に離れていったという訳だ。


《人魚に見つかると面倒だから、そろそろ姿を隠すぞ》

《はい、分かりました》

《うん、分かったよ》


 ここに至るまで、俺達は『透明化インビジブル』を使用していなかった。

 空の旅とは異なり、海中の旅で透明になるのは魚に衝突する可能性があったからだ。ああ、衝突しても俺達は無傷だぞ。食べる訳でも敵でもないのに、魚を傷付けるのが嫌だっただけだ。

 魚が居なくなったので『透明化インビジブル』を発動する。なお、メープルは『透明化インビジブル』を使わない。この巨体が透明化すると、確実に事故を引き起こすからな。


《これが人魚の国だ。中心にある大きな建物が王城だな》


 結界ギリギリまで近付き、結界に沿って進みながら人魚の国を観察する。


《……何か、思ったよりも殺風景だね》

《もう少し華やかな国を想像していました》

《人魚は何かを飾りたいという欲求が薄いみたいだ。王城の中にも装飾品はなかったからな》


 聖、凛と似たような感想を俺も初めてこの国に来た時に抱いたものだ。


《本当に人魚が水中を泳いでいるね。女性が胸を隠していないのが気になるけど……》

《文化の違い、というのは分かりますけど、見ているだけで恥ずかしくなります》

《人型の魔物は竜人種ドラゴニュート含めて大半が羞恥心を持たないらしい。眼福眼福》

《仁にぃ……》

《兄さん……》


 おっと、余計なことを言ってしまったな。反省反省。

 少しすると人魚の姿が見え始めたので、人魚の文化を少しずつ説明していく。


《この辺りからは王城がよく見えるな。和風の城なら竜宮城と呼べたのに……》

《シンプルすぎて、お城って雰囲気じゃないよね、アレ》

《お城より砦と呼んだ方が正しい気がします。お城に名前はあるのですか?》

《聞いたけど、名前は付いてないそうだ。名前で飾ることもしないらしい》

《思ったより、随分と地味な国だねぇ……》


 聖が苦笑するのも無理はない。実際、イメージと実体の乖離が激しい国だった。

 助けに来たのに、歓迎するどころか上から目線だったからな。これは浦島太郎もキレる。

 劇的に嫌っている訳ではないが、あまり魅力を感じず、観光したい気分にならない国。それが、この人魚の国である。もっと珊瑚とか真珠を飾れよ。


《ねえ、何か人魚達が慌てていない?》

《私達の方を見ていますね。私達、しっかりと透明になっていますよね?》


 結界の中に居る人魚達の動きが急に慌ただしくなってきた。

 人魚達は明らかに俺達に目を向けている。いや、これはメープルを見ているのか?


《ああ、『透明化インビジブル』は問題なく発動している。アルタ、何があった?》


A:天敵である大海蛇シーサーペントの接近により、厳戒態勢に入りました。


 …………なるほど、俺達のせいだったか。


《メープル、大海蛇シーサーペントは人魚の天敵なのか?》

《そりゃあ、そうっすよ。大海蛇シーサーペントにとって、人魚は食べ甲斐のある獲物っす》


 明確な捕食関係にあるなら、厳戒態勢に入るのも当然だろう。


《聖、凛、人魚の国を見るのを終えても良いか?人魚を怯えさせるのは本意じゃないからな》

《うん、もちろん良いよ》

《はい、構いません》

《メープル、人魚の国から離れてくれ》

《了解っす》


 あまり長い時間見学することはできなかったが、このままでは人魚の国に不要な混乱を与えると判断し、メープルに撤退を指示した。

 折角なので、帰りは少し違うルートを通って海面に戻る。大型の魚が大海蛇シーサーペントを見た瞬間に全力で逃げ出すのは面白かった。これは小魚の安全地帯だわ。



 最後の目的地であるギルド連合地区に転移した。

 ギルド総長であるハイエルフのスズ(本名:ユリスズ)を配下にした後、ギルド連合地区にもアドバンス商会の支店が出店することになったので、支店への転移が可能となっている。


 本日巡った他の4カ所は目的地の外に転移していたが、ギルド連合地区だけは目的地である首都ボルケン内にあるアドバンス商会の支店に転移した。

 これには理由があり、この土地だけは遠くから眺めるのではなく、街中に入る必要があるからだ。


「ふぃぃ……。良い湯だなぁ……」


 最も重要なギルド連合地区の特徴、それが『温泉』である。

 こればかりは、遠くから眺めるだけでは価値がない。いや、覗き的な意味では価値があるが、俺は観光にそういう物を求めていない(偶然はOK)。

 やはり、温泉の価値は入ってこそ分かるものだ。そして、温泉だけで半日過ごすことは困難なので、セレクション外になったのである。


「ホント、良いお湯だねぇ。極楽極楽……」


 態々言う必要はないかもしれないが、混浴である。加えて言えば、貸し切りである。

 なお、聖が羞恥心に勝てなかったので、全員がタオルを巻いていることをここに記す。


「はい。海に潜って冷えていたので、殊更に気持ちよく感じます。ふぅ……」


 完全に偶然だが、海に潜った後に浸かる温泉は格別だ。

 余談だが、セレクション外となった土地を巡る順番は時系列順だ。進堂仁セレクションも時系列順なので、そこは合わせることにしている。

 ギルド連合地区に行ってから人魚の国に行っていたら、温泉に浸かった後に海水に入るという、割と最悪な順番となっていた。もう一回風呂に入らないと駄目なヤツだ。


「ところで、マリアちゃんは温泉に入らないの?」

「私は仁様の護衛ですので、温泉には入りません」


 聖が温泉の外で待機しているマリアに声を掛けると、マリアは想定通りの回答をした。


「折角、温泉に来たのに勿体ないなぁ……」

「マリア、タモさんも居るし、俺から離れる訳でもないから、一緒に浸かったらどうだ?」

「……………………分かりました」


 長い葛藤の後、マリアは服を脱ぎ、バスタオルを巻いて温泉に入ってきた。

 常に視線は俺から外さず、すぐに行動に移れるように膝立ちで浸かっている。リラックスできているようには全く見えないけど、まあ良いか……。


 それから、俺達は口数も少なく温泉を堪能し続けた。そこそこの長湯だった。


「ごくごくごく、ぷはー」


 温泉から上がった俺達は、浴衣に着替えて瓶に入った牛乳を飲み干した。

 俺はコーヒー牛乳、聖はフルーツ牛乳、凛はいちご牛乳、マリアは普通の牛乳である。


「ふう、まさか異世界で風呂上がりに牛乳を飲むことになるとは思わなかったよ」

「恐らく、勇者の伝えた風習なのでしょう」

「勇者も偶には良いことをするんだね」


 そうなんだよ。勇者も偶には良いことをするんだよ(主に文化面)。


「あっ……」


 聖が呟いた瞬間、聖のお腹から『ぐう』という音が鳴り響く。


「お、お腹が空いたみたい。そろそろ、お昼の時間だよね?」

「ああ。ここにも料理メイドは居るから、料理のクオリティは折り紙付きだぞ」


 実は、俺達が居るのはただの温泉ではなく和風の温泉旅館である。

 そして、普通の温泉旅館ではなく、アドバンス商会の保養所として設立された温泉旅館なので、温泉を貸し切りにすることができたという訳だ。


「……下手をすると、普通の料理が不味く感じそうで怖いね」

「聖の分はクオリティを落とした方が良いか?」

「それは絶対に嫌だ」


 絶対的な拒絶の意思を感じる一言だった。

 温泉を出て部屋で寛ぎ、昼になったので部屋に運ばれてきた料理(和食)を食べる。


「ご馳走様!」

「……聖、思ったよりも食べたな。やっぱり、この世界に来て大食いになったのか?」

「そ、そんなことないと思うけど……。料理が美味しいのが悪……くはない!」


 美味しいは正義である。


「体型は変わっていないので、運動量との釣り合いはとれていると思います」

「観光と言いつつ、結構体力を使う内容が多かったからね。楽しかったけど」

「体験をメインにしているから、どうしても体力を使うことになる。今後の観光先でも体力を使うと思うけど、凛と聖は問題ないか? 問題があれば言ってくれ。プランを再検討するから」


 進堂仁セレクションの主役は2人なので、2人が好まない観光をする気はない。

 2人が好まないなら、観光途中でのプラン修正も辞さない。


「それは大丈夫だよ。身体を動かすのは好きだからね」

「私も問題ありません。体験メインの方が良いです」

「分かった。それじゃあ、プランは変えないようにする」


 プランの話が出たので、そろそろ午後のことを聞いておこう。


「これで午前の予定は終わりだけど、2人は自由時間で何をする予定なんだ?」


 午後の自由時間では、凛と聖は俺と別行動をとるようだが、詳しい話は聞いていなかった。


「2人で話し合った結果、聖に私の知り合いを紹介することにしました」

「国の紹介は仁にぃがしてくれたけど、人の紹介は最低限だよね?人の紹介まで仁にぃにお願いするのは申し訳ないから、凛の知り合いから紹介して貰うことにしたんだ」


 確かに、観光と称して土地の紹介はしたが、人の紹介はほとんどしていない。

 一緒に観光をしているメインパーティの5人を除けば、タモさん、竜人種ドラゴニュート3人娘、トオルとカオル、大海蛇メープルくらいか。

 土地を紹介するならともかく、人の紹介となると時間がいくらあっても足りなくなる。配下の人数は多く、全員と交流するというのは時間制限のある聖には現実的ではない。


「私が声を掛けて、お茶会を開催することになっています。人数は少なめでお茶とお菓子と会話を楽しむためのお茶会です。女性だけの集まりなので、兄さんは参加禁止です」

「凛が友達になれそうな人を紹介してくれるから、僕も楽しみにしているんだ」

「もしかして、友人作りも兼ねているのか?」


 『人の紹介』と言っていたから、『友人作り』だとは思っていなかった。


「はい。聖は元の世界に戻ってしまいますが、この世界で友人を作ることが無駄とは思いません」

「そうだな。気の合う友人は何人居ても良いし、どこに居ても良いからな」


 聖が元の世界に戻ってしまえば、この世界で出来た友人と会うことは困難になる。

 しかし、会えなくても、話ができなくても、それは友人でなくなる理由にはならない。互いが互いを友人だと思っている限り、何処にいても変わらずに友人なのだ。


「僕もそう思うよ。まあ、流石に仁にぃの配下以外で友達を作るのは難しいと思ったから、凛に紹介をお願いしたんだけどね」

「私もこの世界に転移してからあまり時間は経っていないので、紹介できる人は限られますけど、友人と呼べる程度に仲良くなった人はいます」


 聖の交友関係には詳しくはないが、聖が俺の配下に声を掛けて回っているのは知っている。

 友人と言える程に仲良くなった者が居ても不自然ではない。

 限られた時間の中で交流するなら、俺の配下として紹介するよりも、凛の知り合いとして紹介する方が馴染みやすいのは間違いないだろう。


「分かった。お茶会で仲良くなって、一緒に観光に連れて行きたいと思ったら教えてくれ。聖がこの世界に居る間、できるだけ一緒にいられるように取り計らうから」

「気を遣ってくれてありがとう。その時はお願いすると思うよ」


 折角、異世界で友人ができたのなら、この世界に居る間だけでも友好を深めさせてあげたい。

 なにより、友人と一緒に観光するのは格別だからな。

 俺も友人と一緒に異世界を見て回りたかったよ。


「そろそろ時間ですね。私達はお茶会の準備があるので、これで失礼します」

「仁にぃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 少し話をした後、凛と聖はお茶会の準備のため屋敷に戻ることにした。


「ふぅ……」


 2人が居なくなったので、畳の上にゴロンと寝転がる。

 午後の自由時間だが、久しぶりにのんびりと過ごすと決めていた。


 魔王の攻略を決めてから今まで、常に何らかの予定が入っていたので、のんびり過ごしたいゲージが徐々に溜まっていた。

 本当は午後から別の国を見て回る案もあったのだが、俺の方が限界になっていたため、自由行動と称してのんびりする機会を作ったのである。


 重要なのは、のんびりゴロゴロ過ごしたいのであって、昼寝をしたい訳ではない。

 布団も敷かず、畳の上で大の字になって、起きたままダラダラと過ごす。


 そして、気付いたら夕方になっていた。充実ののんびりライフである。


果てしなく今更な話ですが、登場人物が多いと会話を回すのが大変です。

メイン3~4人、ゲスト1~2人がベストだと実感しました。

メインパーティ6人+αはやり過ぎかもしれません。

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
[一言] 海竜神リバイアサンとかヨルムンガンド、クラーケンなどはいないのかな?
[良い点]  実は海の王者と聞いて、私の中のメープルさんの評価が上方修正されました。  12点→15点(100点満点中) [気になる点] >(偶然はOK)  仁がそんな事を考えたら絶対にフラグが立…
[一言] 魚には配慮しても鳥には配慮しない主人公様
感想一覧
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