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第230話 竜人種の秘境と和の国

観光編3日目。ここから、1日で2カ所以上に行きます。

 進堂仁セレクション3日目。


 本日の目的地は『竜人種ドラゴニュートの秘境』とイズモ和国の2つ。

 イズモ和国は江戸時代風の土地なので観光に最適だが、『竜人種ドラゴニュートの秘境』はアト諸国連合以上に観光に適した物がないので、少し工夫をするつもりだ。


 アト諸国連合といえば、昨日は最後までアト諸国連合の観光はできなかった。

 セレクションのテーマ的に全く寄らないのもどうかと思ったので、食事と宿泊だけはアト諸国連合のナルンカ王国で済ませることにした。

 実は、ナルンカ王国は数少ない完全に掌握している国家だったりする。金狐の月夜に支配され、王宮が滅茶苦茶になった後に丸ごと奴隷化して配下にしたからだ。

 国家の中枢となる者を全員配下にしたのだから、国家を掌握したと言って問題ないだろう。

 完全に掌握しているからこそ、ナルンカ王国の王宮で夕食を取り、宿泊することができたのだ。


「街の食事処と宿だと思っていたんだけど……」


 王宮で夕食と宿泊を済ませるとは思っていなかったようで、聖は思いのほか驚いてくれた。

 ナルンカ王国における最高級の食事をとり、最高級の部屋の無茶苦茶デカいベッドで寝る。高級路線の旅行っぽいが、これはこれで有りだと思っている。


 朝食もナルンカ王宮で済ませ、準備を終えた俺達は『ポータル』で『竜人種ドラゴニュートの秘境』へと転移した。



 『竜人種ドラゴニュートの秘境』とは、名前の通り竜人種ドラゴニュートが暮らす隠れ里である。その正体はダンジョンで、結界により外敵ドラゴンから守られている。

 『竜人種ドラゴニュートの秘境』と外界を繋ぐのは、『竜の門』と呼ばれる転移装置だけだったが、現在はその機能を失っているので『ポータル』がなければ出入りができない。

 俺達が来るまで外界との交流が皆無だった『竜人種ドラゴニュートの秘境』は、先にも述べたとおり、全くと言って良いほど観光に適していない。

 ドラゴンの姿と人の姿を持つ竜人種ドラゴニュートが暮らしているので、生活様式は多少変わっているが、見て楽しいというほどでもない。後、郷土料理は存在しない。

 強いて言えば、『竜人種ドラゴニュートの秘境』の核と言えるダンジョンは見る価値があるかもしれないが、昨日の今日でダンジョンに行ってどうするというのか……。

 観光に適していない『竜人種ドラゴニュートの秘境』で何を楽しむか?


「聖、凛、準備は良いか?」

「うん、大丈夫だよ」

「はい、問題ありません」

「それじゃあ、出発だ。飛べ、ブルー!リーフ!ミカヅキ!」

「任せて!」

「わかりましたー」

「行きます!」


 考えた結果辿り着いたのが、『竜人種ドラゴニュートに騎乗して空の旅』である。


 純粋に自分にとって1番楽しかった出来事を思い出した時、最初に出てきたのが天空竜ブルーに乗って空を飛んだことだった。

 世界中探しても、竜人種ドラゴニュートに乗って空を飛ぶ体験ができるのは、『竜人種ドラゴニュートの秘境』だけだろう。


 族長から『竜人種ドラゴニュートの秘境』を飛び回る許可を取り、配下となった竜人種ドラゴニュートの中でも接点の多い深緑竜リーフ三日月竜ミカヅキを呼び出した。

 最初から1人で乗せるのもどうかと思うので、リーフにはさくらと聖を乗せ、ミカヅキにミオと凛を乗せることにした。

 俺とマリアはブルーに乗り、ドーラは自前の翼で空を飛び、セラは地上でお留守番だ。


《凛、見てよ。もう地上があんな小さくなってる》

《本当ですね。良い眺めです》

《良い眺めだけど、見渡す限りの森だね。結界の外は『竜の森』って言うんだっけ?》

《はい。確か、『竜の森』と秘境の間には、ダンジョンの結界があるはずです》


 上空に到達し、景色を楽しむ余裕ができた2人が念話で感想を言い合う。反応は上々のようだ。

 余談だが、上空では声が届きにくいので念話で会話することになっている。


《どうだ、楽しいか?》

《うん!まさか、ドラゴンに乗って空を飛べるとは思わなかったよ!》


 聖が喜んでいるのは良いことなのだが、竜人種ドラゴニュート的な問題発言があった。


《違うわ。私達はドラゴンじゃなくて竜人種ドラゴニュートよ。間違えないで》

《申し訳ありません。ドラゴンは私達にとって敵なのです》

《ドラゴン扱いはだめですよ-》

《ドラゴンきらーい!》

《えぇ……?》


 ドーラを含む竜人種ドラゴニュート4人から猛烈な抗議に聖が困惑している。

 竜人種ドラゴニュートとドラゴンは敵対関係にあり、ドラゴンは竜人種ドラゴニュート

を見つけると必ず襲ってくる。

 『竜の森』には大量のドラゴンが集まってくるが、これも結界の内側に竜人種ドラゴニュートの集団が居るからである。

 当然、竜人種ドラゴニュートはドラゴンを嫌い、ドラゴン扱いされることも嫌っている。ドラゴン形態と呼ぶのはセーフ。


《ドラゴンは竜人種ドラゴニュートとは別の種族だ。竜人種ドラゴニュートを滅ぼすため、女神が創り出したのがドラゴンだな》


 エルフの語り部リリィによれば、女神が竜人種ドラゴニュートを滅ぼすため、あえて似た姿をしたドラゴンを敵として生み出したらしい。マジでクソ。


《そっか。竜人種ドラゴニュートも女神の被害を受けていたんだね。間違えて本当にゴメン》

《わかればよろしー》


 素直に謝る聖をドーラが許した。


《仁にぃの乗っている子、魔王城に来た時に乗っていた子だよね?》

《ああ、俺の騎竜のブルーだ。種族は飛行能力に特化した天空竜スカイドラゴンで、飛行向けのユニークスキルを持つ飛行のスペシャリストだな。ブルー、一言あるか?》

《ブルーよ。詳しいことは分からないけど、貴女のおかげでご主人様が私に乗ってくれているみたいだから、その点は感謝しているわ》

《聞いての通り、性格は完全にデレた後のツンデレだな。可愛いだろ?》


 出会った当初はツンツンしていたが、テイムしたら一気にデレた。それはもうデレデレだ。


《……ご主人様、私のことを時々ツンデレって呼ぶけれど、一体どういう意味なの?悪い意味、ないわよね?ミオ、知っていたら教えてくれない?》


 ツンデレの意味を知らないブルーが、少し不安そうにミオに尋ねる。


《え、私? ……ご主人様、教えても良い?》

《いや、教えないでくれ。ブルー、悪い意味がないのは俺が保証するから、ツンデレについて聞くのは止めてくれ。ブルーには、そのまま変わらないでいて欲しいんだ》


 勝手なことを言っているのは理解している。しかし、天然物ナチュラルなツンデレには、ツンデレの概念を知らないままツンデレを続けて欲しい。

 本人にデレている自覚が生まれてしまうと、恥ずかしがってデレが減ってしまう恐れがある。それは、あまりにも勿体ない。


《安心して、本当に悪い意味はないから。どちらかと言えば、褒めている部類に入るわ》

《そこまで言うなら、これ以上聞かないことにする。ご主人様に隠し事されて寂しいけど……》

《あはは、本当に可愛い子だね》


 聖もブルーの可愛さを理解してくれたようだ。ウチの子、本当に可愛いんですよ。


《何で褒められているのかしら? あ、ご主人様、そろそろ例の場所よ》

《そうか。凛と聖に聞きたいんだが、ジェットコースターとか絶叫系は平気か?》

《はい、平気です》

《私は平気どころか大好物だよ》


 仲が良いとはいえ、一緒に遊園地に行ったことはないので、2人の絶叫耐性は知らない。


《さくら、ミオはどうだ?》

《ミオちゃんはホラー以外ならオッケーよ!》

《私も、大丈夫です……》


 空中移動の得意なマリア、ドーラは間違いなく平気だろう。

 つまり、遠慮なく全てのプログラムを実行できるという訳だ。


《仁にぃ、どうして急にそんな質問をしてきたの?》

《この状況で聞く理由、想像できないか?》

《……あ、もしかして!》


 竜人種ドラゴニュートに乗って絶叫系の耐性を聞く理由なんて1つしかないだろう。

 今こそ、竜人種ドラゴニュート達の練習の成果を見せる時!


《ブルー、ミカヅキ、リーフ、フォーメーションΔ(デルタ)!》

《はい!》×3


 ブルー、ミカヅキ、リーフが隊列を調整し、ブルーを先頭とした三角形を構成する。

 三角形なのでシンプルにフォーメーションΔデルタと名付けた。


《しっかり掴まれ!アクロバットO!》

《はい!》×3


 次の瞬間、フォーメーションを維持したまま3人の竜人種ドラゴニュートが宙返りする。

 宙返りの軌道がOに見えるのでアクロバットOと名付けた。これが飛行機だったら、飛行機雲がOの形になっていたことだろう。


《きゃー!》


 聖が嬉しそうな悲鳴を上げる。絶叫系が大好物というのは本当のようだ。

 他の面々も楽しんでいるようなので、このままアクロバット飛行を続けて行こう。


《次はアクロバットV!》

《はい!》×3


 今度は3人の竜人種ドラゴニュートが地面に向かってほぼ垂直に急降下した。地面スレスレまで近付いたところで、今度はほぼ垂直に急上昇する。

 Vの字を描くように急降下、急上昇するので、アクロバットVと名付けた。

 更にそこからアクロバットBバレルロールとアクロバットSスパイラルを決める。


《それじゃあ、これで最後だ。フォーメーションφファイ!》


 俺が念話の範囲を変更して、『竜人種ドラゴニュートの秘境』に居る配下全員に伝えると、地上から続々とドラゴン形態の竜人種ドラゴニュートが飛び立った。

 そして、俺達に後から近付くと、綺麗に並んだ状態で飛び続ける。


《ええ!?何コレ!》

竜人種ドラゴニュートの群飛行だ。中々に壮観だろう?》


 100人以上の竜人種ドラゴニュートが、多種多様なドラゴン形態となって綺麗に並んで飛ぶ。

 これは、異世界でもそう簡単には見られない光景だろう。


《うん、凄い光景だね。……ところで、何でフォーメーションφなの?》

《φは数学で空集合を意味する。つまり、空に集合しろという合図だ》

《ダジャレだったんだ……》

《兄さん……》


 聖と凛の視線が冷たい。渾身の出来のネタだったのに……。


 余談だが、念話は配下にしか繋がらないので、飛んでいる竜人種ドラゴニュートは全て俺の配下である。配下ではない竜人種ドラゴニュート達は、意味も分からず空を眺めているらしい。


《これで俺の仕込みはネタ切れだ。楽しんでもらえたか?》

《仁にぃナイス!すっごい楽しかった!》

《それは良かった。竜人種ドラゴニュート達に練習させた甲斐があったな》

《ご主人様のお願いだったからね。たくさん練習したわ!》

《美しく飛ぶ、というのは初めての経験だったので苦労しました》

《はい、大変でしたー》


 切っ掛けは竜人種ドラゴニュート達を配下に加えた時の思いつきだった。

 折角、飛行要員が配下に加わったのだから、アクロバット飛行の一つでも覚えさせよう。

 折角、大量の飛行要員が配下に加わったのだから、フォーメーションの一つでも覚えさせよう。

 こうして、4つのアクロバット飛行と2つのフォーメーションが完成した。竜人種ドラゴニュートにはアクロバット飛行の概念が存在しないので、要望を伝えるのに非常に苦労したよ。


《ここからは聖の希望を聞こう。もう1回アクロバット飛行するも良し、このまま群飛行を続けるも良し。あ、群飛行のままアクロバットはできないぞ。その練習をしたのは前の3人だけだから》

《それなら、もう一度アクロバット飛行をしたいな。できれば、私の指示したタイミングで》

《分かった。それじゃあ……指揮権譲渡、聖!》

《はい!》×3


 こんなこともあろうかと、指揮権譲渡のコマンドも考えていたのだ。

 その後、聖が満足するまでアクロバット飛行を楽しんだ。



 聖が満足したのは、もう間もなく正午になろうという時刻だった。

 この後、午後からイズモ和国に行く予定だが、昼食は『竜人種ドラゴニュートの秘境』の方で食べると決めていたので、集落の近くにある川辺へと降りる。


「お帰りなさい。昼食の準備はできていますわよ」


 お留守番をしていたセラには、昼食であるバーベキューの準備を頼んでいた。

 これは、『竜人種ドラゴニュートの秘境』で大勢の竜人種ドラゴニュートをテイムした時の串焼肉祭りをイメージしたものである。

 正直、『竜人種ドラゴニュートの秘境』で食べるなら、凝った料理よりも野性味溢れるバーベキューのような料理の方が似合うと思う。

 そして、バーベキューなら川辺と相場が決まっているので、良い感じの川辺を選んでおいた。


 川辺には群飛行に参加していた竜人種ドラゴニュート達も集まっており、俺達の到着を待つことなく思い思いの具材を焼き始めていた。

 群飛行に協力してくれたお礼という訳でもないが、配下の竜人種ドラゴニュート達もバーベキューへの参加を許可している。当然、服の着用は義務である。


 今回、具材は料理メイドに用意を頼んだが、この場にメイドを呼ぶことはしていない。

 進堂仁セレクションのホストは俺、ゲストは凛と聖だ。大勢のメイド達が前面に出過ぎると、そちらの印象が強くなってしまうので、メイド達の登場は最小限にするように頼んである。


「うわあ、良い匂いだね。うぅ、思ったより体力使ったから、お腹がペコペコだよ」


 慣れない人は竜人種ドラゴニュートに乗って飛ぶのも体力を使うだろう。

 俺や竜人種ドラゴニュート達は慣れているので平気だ。


「はい、お腹が空きました……」

「ミカヅキ、1日5食くらい食べているわよね?」

「しかも大盛りですよー」

「ええ、それでも足りないのです。食事が美味しすぎるのがいけません」


 ただ1人、腹ペコキャラのミカヅキを除いて。


「具材は沢山ありますから、好きに食べて大丈夫ですわよ」

「仁にぃ、早く食べたい!」

「それじゃあ、解散して自由に食べようか」


 あちらこちらに置かれたテーブルには、セラの言うように大量の具材が乗っていた。

 それぞれ、乗っている具材が少しずつ違うので、解散して好きなように食べるのが良いだろう。


《いっぱいたべるー!》

「それでは、失礼します」


 ドーラとミカヅキが大急ぎでテーブルに向かっていた。あれは、肉が大量に乗ったテーブルだな。


「……竜人種ドラゴニュートって燃費悪いのかしら?」


 ミオがボソッと呟く。ブルーとリーフは普通だから、個体差だと思うよ。


「俺もそろそろ食べに行こうかな」

「お供いたします。ご要望を頂ければ、私が焼いた物をお持ちしますよ」

「マリア、こういうのは自分で焼くから楽しいんだ」


 流石の俺も串に刺して焼くだけならできる。これくらいなら、『個性パーソナル』の<料理系スキル阻害(特大)>の効果を受けないことも実証済みだ。自分で言って悲しい……。


「申し訳ありません……」

「気にするな。善意なのは理解している」


 マリアと共にテーブルから適当に具材を選び、串に刺して近くにあるコンロのような物に乗せる。

 焼き色が付いた頃合いを見計らって食べる。美味い。



 バーベキューを堪能した後、少々の食休みを挟んでイズモ和国へと転移した。


 転移先はアドバンス商会エンド支店である。エンドとはイズモ和国の首都の名前だ。

 鬼神が復活して街が半壊した時、復興にいち早く乗り出して大活躍した功績により、アドバンス商会は首都の一等地に店舗を構えることになった。

 補足すると、エンド支店は和風建築である。流石に和風一色の中に洋風を混入するのは駄目だ。


「本当に和風の国なんだね。時代劇を見ているみたい」

「時代劇と言うには、町民の髪色に違和感がありますね」


 イズモ和国に初めて来た聖と凛が物珍しそうに周囲を見回す。

 和風の街だが、住民は他の国と同じく様々な髪色をしており、黒髪は全くと言って良いほど見当たらない。聖が違和感を覚えるのも無理はないだろう。


「うん、やっぱり和服には黒髪がしっくりくるよ。それにしても、凛は着物が似合うね」

「ありがとうございます。聖も似合っていますよ」


 今回、俺達はアドバンス商会を出る前に全員が和風の服装に着替えている。

 以前はミオがネタを混ぜて、マリアに侍服、セラに大正時代の女学生服、本人が七五三服を着せていたが、今回は全員がそれぞれに合った花柄の和服を着ている。

 アドバンス商会の商品ではなく、事前に街の呉服屋で購入してもらった物だ。


「それで仁にぃ、この街では何をするの?」

「あー、すまんがノープランだ」

「嘘でしょ!?他の国では、あれだけ色々と計画していたのに!」

「兄さん、この国だけ無計画なのは、何か理由があるのですか?」


 進堂仁セレクションを体験してきた2人には、俺のノープランが意外だったようだ。

 しかし、残念ながら本当にノープランなのである。


「この国は普通に巡るだけで十分な観光になるから、態々プランを決める必要がないんだよ」

「確かに、見て回るだけで面白そうな街だけど……」

「それでは、兄さんがこの街に来た時はどのような観光をしたのですか?」

「この街では、うどんを食べて、和服を買って、城を見学したな」


 凛に問われたので、イズモ和国に初めて来た時のことを思い出しながら説明する。


「ふ、普通だ……。仁にぃにしては珍しいね」

「他にもイベントはあったけど、再現性がないか、紹介しにくいヤツなんだよ。どうしても、変わったことがしたいと言うなら、何か考えても良いけど……」

「いや、そこまで言うつもりはないよ。今までと違うから驚いたけど、悪くはないと思うから」

「はい。変わった街を見て回るだけの普通の観光も良いと思います」


 聖と凛の賛同も得られたので、エンドの城下町ノープラン観光が始まった。

 まずはアドバンス商会の支店がある一等地の大通りを歩くことにする。一等地だけあって、富裕層向けの商店が多く建ち並んでいる。


「和風だけど、文明が遅れている訳じゃないんだね。魔法の道具マジックアイテムも普及しているし、少ないけれど他国の商品も売っているよ」


 商店に並ぶ商品を見て、聖が感想を口にする。


「イズモ和国は島国だけど、他の国とも多少は交流があるから、江戸時代と混同しない方が良いぞ」

「食べ物も和食が多いけど、洋食もあるみたいね。ほら、あのお店なんてパスタを売ってるわ」


 ミオが指さした高級食事処レストランには、明太子パスタのノボリが立っていた。


「ホントだ。明太子パスタを洋食と言って良いかは少し悩むけどね……」

「和風アレンジの料理が多いのは間違いないわ。この国の料理は醤油が大活躍よ」

「和食と醤油は切っても切れない関係ですから当然でしょうね」


 料理ができる凛が納得したように頷く。料理のできない俺は頷けない。


「甘味に関しては小豆が大活躍みたいね。ほら、甘味処のメニューの大半に小豆が使われているわ」

「ドラ焼きにぜんざい、大福に羊羹……仁にぃ、甘い物が食べたくなってきた」

「少し前に昼食を食べたばかりでは?」

「甘い物は別腹ってヤツだよ」


 甘味処に目が釘付けとなった聖が、テンプレのような回答をしてきた。


「良いと思うわよ。食べ歩きも観光の醍醐味でしょ。という訳で、甘い物食べたい人は挙手!」

「はい!」

《はーい!》

「はいですわ!」


 ミオが挙手を求めると、聖、ドーラ、セラの3人が応じた。

 午後も動く予定だったから、満腹になるまで昼食を食べた訳ではない。軽くデザートを入れるくらいの余裕はある。


「ミオ、適当に美味そうで食べ歩ける物を買ってきてくれ」

「了解!」

わたくしも行きますわ」


 こうして、ミオとセラが買ってきた和風デザートを食べながら、街を歩き回ることになった。

 しかし、本当に小豆を使ったデザートばかりだな。美味いから良いけど……。


「見て!可愛い小物が売ってるよ!」

「兄さん、見て来ても良いですか?」

「ああ、行ってこい」


 聖と凛が興味を示したのは、少し大きめの小物店だった。

 女性向けのアクセサリや小物インテリア、バッグや食器などを売っている。俺1人なら、絶対に入らないタイプのお店である。なお、女性と一緒なら入るとは言っていない。

 店の外でマリアと30分待った。女性の買い物は長いと相場が決まっているから仕方がない。


「ふう、色々と買っちゃったよ」

「兄さん、お待たせしました」


 店から出てきた聖と凛は、大きめの袋を抱えていた。結構な量の商品を買ったようだ。


「仁にぃ、お小遣いありがとね」

「気にしなくていい。観光に金が掛かるのは理解しているからな」


 言うまでもないことだが、聖は完全無欠の無一文だった。

 異世界転移して、魔王に人格を奪われて、資産がない状態で救出されたので当然である。

 普通なら『働け』と言うところだが、唐突に決まった観光までに稼げる訳がない。折角の観光にお金がないのは可哀想なので、聖には俺からお小遣いを渡している。

 余談だが、仲の良い年下の少女に渡すお小遣いを、配下が稼いだお金から出すのは少々格好が付かないので、俺の個人的な資産から出すことにしている。


「それで、何を買ったんだ?」

「大半がお土産だね。日本に戻ってから使っても、違和感のない物を選んだつもりだよ」

「私もお揃いの物を選びました。屋敷にある自室に飾ろうと思っています」


 聖の言う『お土産』とは、元の世界に持ち帰る物のことを指しているようだ。

 今は『良い思い出』を贈るために観光をしているが、お土産になるような『物』を贈ることも考えてみようと思う。


 次に出てきたさくらは、薄い紙袋を持っていた。


「さくらは何を買ったんだ?」

「柄の付いた和紙を買いました……。ブックカバーにする予定です……」


 そう言ってさくらが見せたのは、植物の柄があしらわれた色とりどりの和紙だった。

 ブックカバーとして売ってあったのではなく、丁度良いサイズの和紙を選び、自分で折ってブックカバーにするそうだ。読書好きならではの使い方だな。


 最後にミオ、セラ、ドーラの3人が出てきた。セラが大きめの袋を持っている。


「可愛らしい食器があったから買っちゃった。良い買い物だったわ」

《ドーラもコップをかったの!》

「ドーラさん、ガラス製のコップが綺麗で気に入ったみたいですわ」


 それぞれ、満足する買い物ができたようで何よりだ。

 マリアは小物に一切興味を示していないようだが、念のため念話で聞いておこう。


《マリアも何か買ってくるか?》

《いえ、大丈夫です。仁様のお側にいる方が重要ですから》


 マリア、自分が年頃の女の子であることを完全に忘れているのでは?



 その後もエンドの城下町をブラブラと見て回る。


 大通りを少し外れると、見世物小屋が建ち並ぶ区画があった。

 現代で言うサーカスや劇場、展示場が並んでおり、路上パフォーマンスも活発だ。特にビックリ人間達の芸は、スキルがあると分かっていても迫力があった。当然、おひねりも渡した。

 興味を引かれたので、ミオを置いて妖怪展に入ったのだが、残念ながら本物の妖怪は居らず、妖怪の絵や呪われた刀が飾ってあるくらいだった。カッパと人魚のミイラは偽物だった。


 更に外れた道に入ると歓楽街があったので、そのまま回れ右をした。教育に悪い。


 たった半日の観光で、城下町の全てを堪能することなど不可能だ。

 この街に詳しくない俺には、面白い場所だけをピックアップして回ることもできない。

 詳しい人に聞くことはできるが、それでは進堂仁セレクションとは言えない。

 ノープランで城下町を巡るのは、悪くない選択肢だったと思う。

 しかし、城下町を巡っている時、ふと考えてしまった。

 街の中で一番目立つランドマークに行かないのは、観光プランとして不十分なのでは?


「もし良ければ、城に行ってみないか?」


 思い立ったが吉日、聖に提案してみることにした。


「行けるなら行ってみたいけど、本物のお城にそんな簡単に入れるの?」

「聖、昨日どこで寝泊まりしたか忘れたのか?」

「あ……」


 宿の代わりに一国の王宮を利用した当日のお話です。


「……もしかして、この国もお城の人達が仁にぃの配下になっているの?」

「配下にしたのは一部の王族だけだな」

「一部の王族は配下にしたんだね……。王族の許可があるなら、お城に入れるのも納得だよ」

「いや、アドバンス商会が保有する入城許可証を借りてきたんだ。王族は関係ない」


 王族経由で入城することも可能だが、今回は正規の手順を優先した。


「問題がないなら、お城に行ってみたいかな。凛はどう?」

「私も興味があります。使用中のお城を見学する機会なんて普通はありませんから」

「決まりだな」


 主役2人の賛成が得られたので、エンド城に向かうことが決定した。

 基本、大通りを真っ直ぐ進めばエンド城に到着するが、それなりに距離があるので馬車を使う。

 エンド城に到着したので、城門近くの門番に入城許可証を見せる。


「こ、これは!アドバンス商会の!す、すぐに確認して参ります!」


 門番は震える手で許可証を受け取り、走り始めたところで待ったがかけられた。


「「その必要はないのだぞですの!」」

「ト、トオル様にカオル様!?何故こちらに!?」


 そこに現れたのは、この国の王族であるトオルとカオルの双子だった。

 トオルとカオルは双子の姉妹だが、トオルは男ということになっている。加えて言うと、時々役割を交代している。ちなみに、今日はカオルがトオル王子を演じていた。


「その者達の身分は余達が保証するのだぞ」

「案内も妾達がするので、持ち場に戻って良いですの」

「は、はっ!承知致しました。どうぞ、お返し致します」

「それでは、行くのだぞ」


 門番から震える手で入城許可証を返され、トオル達に促されて城門の中に入る。


「もしかして、俺達が来るのを待っていたのか?」

「うむ、仁殿が観光に来ると聞いていたので、何が起きても良いように城で待機していたのだぞ」

「城に向かうとアルタ様からお聞きしましたので、案内係に立候補したんですの」


 王族2人を案内係とは、随分と贅沢な観光になりそうだ。


「聖、この2人はトオルとカオル。さっき話した配下になった王族だ」

「ひ、聖です。よろしくお願いします」


 聖も相手が王族と知り、恐る恐る挨拶をした。そんな畏まる相手じゃないのに……。


「カオルです。この姿の時はトオルと呼んでください」

「トオルです。この姿の時はカオルと呼んでください」

「え、えっと……」


 聖は2人の発言を理解できなかったようだ。まあ、当然だな。


「2人は双子の姉妹だが、姉のトオルは男と公表されている。時々入れ替わっているけど、男の姿をしている方をトオルと呼び、女の姿をしている方をカオルと呼んでおけば間違いない」


 マップか性癖を確認しなければ、俺でも2人を見分けることはできない。

 それなら、最初から男の姿をトオル、女の姿をカオルと呼んでおけば問題ないだろう。


「それじゃあ、城の中を2人に案内してもらおう。行き先は2人に任せるけど、最後は天守閣の最上階に連れて行ってくれ。行けるなら、天守閣が1番行きたい場所だったからな」

「「任せて欲しいのだぞですの」」


 そして、最初に連れて行かれたのは、2人の新コレクション部屋だった。


「最初に連れてくるのがここかよ……」

「ここは絶対に外せないのだぞ!」

「そうですの!一番見て欲しい部屋ですの!」


 刀マニアの2人は、城の中に刀のコレクション部屋を所有していた・・

 過去形にしたのは、以前のコレクション部屋は鬼神の復活で城が崩壊した際、一緒に崩壊しているからである。つまり、このコレクション部屋は二代目となる。


「前の部屋よりも刀が増えていますわね」

「200本以上あるみたいよ。よくもここまで集めたわね」


 以前のコレクション部屋を見ているセラとミオが感想を述べる。


「仁殿のお陰なのだぞ。商会の伝手で刀を集められたし、壊れた刀も直してもらえたのだぞ」

「本当、仁様の配下になって良かったですの」


 俺の配下になったメリットを最大限に活かして、刀剣を全力で収集しているらしい。


「この柵の先、何か変な気配がするんだけど……」

「聖、あまり近寄らない方が良いですよ」

「ああ、その先は呪いの刀を集めた場所だから、離れて見るだけにすることを勧めるのだぞ」

「触れただけで危ない刀も置いてありますの」

「うわぁ……」


 トオルとカオルの説明を聞き、聖は呪物区画からそそくさと離れる。

 実は、2人が呪いの刀を集め出したのも、俺の配下になってからのことである。興味はあっても対処法が分からず手を出せなかったが、配下になって鑑定を得たので解決したとのこと。


「そういえば、妖怪展にも呪われた刀が展示していましたよね……?」

「ああ、珍しく本物の呪いの刀だったな」


 見世物小屋の妖怪展なんて、全て偽物だと思っていたから本物があって驚いた。


「さくら殿!それ何処の店のことなのだぞ!?」

「え、確か西通りの万華郷という見世物小屋だったと……」

「ちょっと、急用ができたのだぞ!」

「失礼するですの!」

「待てい!」


 見知らぬ刀があると知り、我先に駆け出そうとする刀マニア達の襟を掴む。


「「ぐえっなのだぞですの!?」」

「せめて、俺達の案内を終わらせてからにしろ」

「「はい、なのだぞですの……」」


 案内を買って出ておいて、私用で放棄するのは流石に許容できない。

 正直、この2人は刀で冷静さを失う癖を直さないとヤバいと思う。本人達は気にしていないが、俺の奴隷になったのもそれが原因なのだから。


「じゃあ、今から天守閣を案内するのだぞ」

「こいつ、他の場所の案内を放棄しやがった……」


 俺の要求は、『城の案内』と『最後は天守閣』の2つだった。

 『城の案内』は複数の場所を案内するのだと思っていたが、コレクション部屋だけで済ませ、『最後は天守閣』を達成する方針に変えたようだ。


「……この様子じゃあ、真面な案内は期待できそうにないか。仕方ない。天守閣に着いたら、1人は案内係を止めて好きにして良いぞ」

「「ありがたいのだぞですの!」」

「どちらか1人は残れよ」

「「!?」」


 話し合いの結果、トオルの姿のカオルが見世物小屋に行くことが決まった。

 これは、兄のトオルだけが刀マニアと公言しており、今日のトオル当番がカオルだからである。


「こちらが天守閣の最上階ですの……」

「是非、景色を楽しんで欲しいのだぞ!余は予定があるのでこれで失礼するのだぞ!」


 明暗の分かれた2人に案内され、天守閣の最上階、エンドの街を一望できる部屋に入った。

 最上階の部屋は1つしかなく、四方向からエンドの街の全てが見渡せる。


「凛、今日回った場所がここから見えるよ。アドバンス商会の支店は目立つから分かりやすいね」

「はい。周囲の建物よりも一回り以上大きいので、一番目立つ建物だと思います」

「支店の周辺が高級商店区画で……あ、僕らが寄った小物店も見えるよ」

「向こうは興業区画ですね。小さいですけど、妖怪展の店舗も見えます」

「どれ? ……ホントだ。あんな小さいの、よく見つけられたね」


 聖と凛は本日巡った場所を見渡している。


「聖、凛、エンドの街の観光は楽しめたか?」


 今日の観光はここで終わりなので、エンドの街を観光した感想を聞いておく。


「うん、楽しかったよ。他の場所みたいに用意してもらったイベントを楽しむのも良いけど、普通に街を見て回るだけの観光も楽しいね」

「はい、私も楽しかったです。異文化なのに懐かしさもある不思議な観光でした」

「それは良かった。最初に言ったとおり、この街は見て回るだけで楽しめる確信があったからな」


 エンドの街は広く、全体の4分の1も見て回ることはできなかった。

 しかし、それでも俺は十分に楽しめたし、聖と凛も楽しんでくれたので満足だ。


「それにしても、不思議だね。街を上から見ただけなのに、何か感慨深い物があるよ」

「観光して良い思い出が積まれた街を上から一望するんだ。感慨深くなるのも当然だろ」


 街を見回し、聖が不思議そうに呟くが、俺にしてみたら当然のことだ。

 高いところから見た景色は印象に残りやすい。それが良い思い出のある見知った街となれば、尚更強く印象に残る。それで感慨深くならない方がおかしい。


「そういう物なの?」

「そういう物だ」


 話が途切れたので、のんびりと景色を楽しむことにした。

 少しすると日が傾いてきて、夕日に照らされた街も良い物だった。

 ここまで来たら、夜景も見ていきたい。夜景を見るなら、夕食もここで食べよう。ここで夕食を食べるなら、中途半端な料理じゃ格が合わない。


 最終的に、俺達は城の天守閣で最高級のお寿司を食べながら夜景を楽しむという、ちょっとした殿様気分を堪能することになった。良き哉良き哉。


カスタール編でサクヤやクロード達、エステア編でシンシア達が出なかったのは、登場キャラが多くなりすぎて、会話だけで1話が終わってしまうからです。

全ての配下を紹介するのが本章の目的ではなく、観光や体験の方がメインです。

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
カオルの一人称って『妾』でしたか?
[一言] 二度の冒険者体験は本当に体験だけだったんだな……無一文て……
[一言] あっ…。 2重のダジャレだったんだ…。 (3重のダジャレかと思ったけど違ったんだ(´・ω・`))
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