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第229話 迷宮の国と探索者体験

タイトルの通り、聖と凛が迷宮の探索者を体験します。

長くなりそうだったので、所々カットが入ります。

 進堂仁セレクション2日目。


 本日の目的地はエステア王国とアト諸国連合の2つ。

 最初にエステア王国で探索者体験をして、余った時間でアト諸国連合をブラブラする予定だ。

 アト諸国連合の扱いが少し雑なのは、もう片方がどう見てもメインコンテンツだからである。

 実は、アト諸国連合には観光の思い出が少ない。あの国では、魔物の討伐とテイムが記憶に残っており、普通の観光の印象が薄くなっているのが現状だ。

 少なくとも、俺の行った範囲に目立った観光地はなく、聖への案内が難しい。それなら、アト諸国連合の観光よりも、エステア王国に重きをおこうと開き直った訳である。


「ここがエステア王国なんだね」

「エステア王国の首都、エスタルカにある屋敷だな」


 俺達は聖と共に『ポータル』を使い、カスタールの屋敷からエステアの屋敷に転移をしている。


「ここは『王都』じゃなくて『首都』なの?」

「多分、東の趣味だな。国名や主要な都市の名前は全て東が付けたらしい」

「エステアって、東さんがよく使う名称だよね?仁にぃのジーンと同じように……」


 元の世界で付き合いのあった聖は、俺や東の『遊び方』もそれなりに知っている。

 俺がキャラクターにジーンと名付けることも、東が団体にエステアと名付けることも。


「そうだな。だから、東の関与はすぐに気付いた。聖は気付かなかったのか?」

「うん。まさか東さんが転移しているとは思わなかったから、全く気付かなかったよ」

「ジーンには気付いたのか?」

「うん。魔王城に1人で来る非常識なジーンさんには心当たりがあったからね」


 非常識な行動で判断されても困るのだが……。

 それを言うなら、転移先で迷宮付きの国を興した東も十分に非常識だと思う。


「それじゃあ、今日は東の成し遂げた非常識を体験してもらおうか」

「東さんが造り上げた迷宮の探索だよね?」

「ああ、聖と凛には探索者になってもらう。最初の目標は10層ボスの討伐だ」

「仁にぃ、ボスと戦わせるの好きだね」

「……そうだな」


 何かの区切りをボス戦と考えてしまうのはゲーマーの性である。


「兄さん、探索者になるには、探索者協会で登録する必要がありますよね?」

「その通りだが、それがどうかしたのか?」

「アドバンス商会支店の方が探索者協会に近いのに、屋敷の方に転移したのは何故ですか?」


 凛の言うように、探索者になるには探索者協会に登録し、ダンジョンカードを貰う必要がある。

 そして、探索者協会とアドバンス商会の支店は商業区画にあり、屋敷は高級住宅地にあるので、探索者教会に寄るなら支店に転移した方が効率的だった。


「仁にぃ、もしかして間違えたの?」

「違う、違う。そもそも、探索者教会に寄る気はない。はい、これが2人のダンジョンカードだ」


 聖が失礼なことを言い出したので、すぐに否定して2人にダンジョンカードを手渡した。


「僕の名前が書いてある……。え、何で?」

「何でも何も、俺が迷宮の所有者なんだから、ダンジョンカードくらい自由に作れるさ」

「ふ、不正だ……」

「不正じゃない。俺が公式だ」


 俺は使用者ユーザーではなく所有者オーナーなのだから、使用者ユーザーのルールに縛られる必要はない。


「ご主人様、質問していい?」

「もちろん、構わないぞ」

「冒険者の時はギルドでカードを作ったのに、探索者の時は省略したのは何か理由があるの?」


 ミオは冒険者体験と探索者体験の違いに疑問を持ったようだ。当然、理由はある。


「ギルドカードは冒険者体験をするのに必須だが、ダンジョンカードは探索者体験をするのに必須じゃない。特に面白味がないのに時間が掛かる部分を省略するのは当然のことだ」


 ギルドカードの入手、つまり冒険者登録は冒険者として活動する上で必須のイベントだ。

 冒険者登録をしなければ、冒険者ギルドで依頼を受けることはできない。冒険者体験を楽しむ上で、外せない工程の1つなのだ。

 対するダンジョンカードの入手、探索者登録も探索者として活動する上で必須のイベントだ。

 しかし、それは探索者体験に必須のイベントではない。何故なら、迷宮を探索するだけなら、探索者協会で行わなければならない作業は、探索者登録しかないからである。


「そっか。攻略がメインなら、探索者協会に行く理由がないわね。ダンジョンカードも迷宮の出入りでしか使わないし。……そもそも、ご主人様、迷宮内に自由に転移できるわよね?」

「仁にぃ、そんなこともできるの?」

迷宮支配者ダンジョンマスターの権利で、この国と迷宮内なら好きな場所に移動できる。出入り口を無視することもできるが、今回は通常の入り方をするつもりだ。それが、迷宮探索のスタート地点だからな」


 探索者の体験をするというのに、いきなり迷宮内に転移するのはあまりにも情緒がない。

 最初の1回くらい、自分の足で地下へ続く階段を降りるべきだと思う。

 不要な工程は省略するが、重要なチェックポイントは逃さない。これが大事なことだ。


「仁にぃ、僕の想像以上にこの観光の為に色々と考えてくれているんだね」

「ああ、楽しむのも楽しませるのも、全力を尽くすのが俺の主義だからな」


 娯楽のために全力を尽くす男、進堂仁です。よろしく。



 探索者としての準備を終えた俺達は、屋敷を出て迷宮の入り口へと向かう。

 探索者協会に行くならアドバンス商会の方が近いが、迷宮の入り口に向かうなら屋敷の方が近い。


「この建物が入り口なの?」

「そうだ。この中に受付と地下に続く階段がある」


 迷宮の入り口の多くは、探索者協会が管理する建物の中にある。

 受付でダンジョンカードを見せる必要はあるが、間違いなく本物なので何の問題もない。

 余談だが、探索者協会にも登録された探索者の一覧は存在する。その一覧と整合を取られると困るので、事前に探索者協会に潜ませた配下に登録作業をさせておいた。不正ではない。


「それじゃあ、階段を降りるよ」

「薄暗いし、長い階段だから、足下に気を付けろよ」

「うん。分かった」


 アッサリと受付を終わらせ、聖が地下へと続く階段を進んでいく。

 迷宮探索とは、基本的に相転移石で前回の最終地点から続けるものなので、1層の階段を降りるのは本当に久しぶりだ。


「何というか、思っていた以上に迷宮らしい迷宮だね」


 迷宮1層に到着した聖の第一声がコレである。

 1層から10層までは想像通りの迷宮といった雰囲気なので、聖の感想は間違っていない。


「10層までは同じ雰囲気だけど、10層以降は植物エリアとか火山エリアとか、10層毎に雰囲気が変わっていく。10層までは入門編だから、分かりやすさ重視なんだと思う」

「確か、迷宮は全50層って話だよね?後の2つはどんなエリアなの?」

「墓地エリアと反転エリアだ。反転エリアは、天国エリアと地獄エリアが時間帯で切り替わる。興味があるなら、後で行ってみるか?」

「うん。少し興味があるから、時間があれば全てのエリアを見たいな」

「うっ……」


 聖が迷宮内の他エリアに興味を示すと、ミオが呻き声を上げた。


「ミオちゃん。急に顔色が悪くなったけど、どうしたの?」

「ミオさんは墓地エリアが苦手なのですわ。以前も中々に酷い有様でしたわ」

《ミオ、オバケがこわいんだってー》

「ああ、なるほど……」

「うぅぅ……」


 セラとドーラに説明され、しおしおと小さくなるミオ。

 ミオはホラー耐性が滅茶苦茶低く、墓地エリアが大の苦手なので、墓地エリア踏破後、ミオが墓地エリアに足を踏み入れたことは一度もなかったりする。

 しかし、この状況で1人だけ行かないとも言えないので、小さくなるしかないのだろう。


「……見るのは、墓地エリア以外で良いかな」

「聖ちゃん!」


 ミオの聖に対する好感度が1上がった。


「聖、そろそろ進もう。いつまでも入り口で立ち止まっているのは勿体ない」

「それもそうだね。凛、前衛はよろしく」

「はい。聖も頑張ってください」


 昨日に引き続き、今日も聖と凛がメインとなって戦うのだが、昨日と違う部分も存在する。それが、2人の使う武器である。

 本日、聖は杖を装備している。当然、殴るためではなく、魔法を使うためだ。つまり、今日の聖は後衛の魔法使いとして戦うことになる。

 対する凛は細剣レイピアと盾を装備している。凛なりに迷宮での戦い方を考えた結果らしいが、まるでゲームの女性騎士のような格好になっている。悪いとは思っていない。

 凛と聖で前衛、後衛がしっかりと分かれているため、昨日以上にフォローが少なくて済むだろう。

 そもそも、今の2人のステータスなら単独での10層踏破も難しくないので、戦闘面でフォローが必要だとは思っていない。


「あれはゴブリンかな?少し普通と違うみたいだけど……」

「ダンジョンゴブリン。迷宮にだけ生息するゴブリンだな」


 迷宮をしばらく進み、ようやく最初の魔物が現れた。

 1層は他の層に比べて、魔物の出現率が非常に低く設定されている。運が良ければ、2層まで1度も戦わずに到達することもあるとのこと。

 実際、俺達も2層への階段まで後半分というところで、ようやく魔物が現れたくらいだ。


 なお、10層までの探索ではマップを使用しないことにしている。

 代わりに使用するのは、市販の迷宮地図である。これには、特定の入り口から最短で階層を進むための道順が記載されている。

 10層代、20層代となると地図だけでも多少は値が張るが、10層までの地図なら比較的安価で購入できる。先にも述べた通り、10層までは入門編なのである。


「相手は1匹だけだし、僕の魔法で倒しても良いかな?」

「はい。私は構いません。一応、聖を守れる位置に立ちますよ」

「ありがとう。それじゃあ、これが僕の初魔法だ」


 そう言って聖は<火魔法>の詠唱を始めた。

 本人の宣言通り、この世界に来て初めての魔法発動である。より正確に言うと、『ポータル』を<無詠唱>で使用しているので、初めての魔法詠唱となる。

 更に言えば、魔王に身体を奪われていた時ですら魔法の詠唱はしていない。魔王の魔法は<魔王>に含まれる無詠唱の魔王専用魔法だからである。

 そのような理由もあり、実は聖は魔法の発動を楽しみにしていた。


「行くよ!『ファイアボール』!」


 詠唱が終わり、魔法名を宣言したことで『ファイアボール』が発動する。

 聖の手元に現れた火の玉は、ダンジョンゴブリンの方に飛んでいき、ダンジョンゴブリンの横を通り過ぎて壁に直撃した。


「あれ?」

「ギャギャ!」


 『ファイアボール』を外した聖が首を傾げている間に、ダンジョンゴブリンが近付いてくる。


「聖、魔物が近づいて来ているので、私が倒しますよ」

「あ、うん。お願い」


 凛が聖を庇うように前に出て、突きの一発でダンジョンゴブリンのHPを0にした。

 昨日とは異なり、明確に人の形をした魔物相手でも、凛は殺すことに躊躇はないようだ。

 もしくは、その躊躇があるから、聖は魔法という非接触攻撃を選んだのかも知れない。


「おかしいなぁ。なんで外れたんだろう?」

「聖ちゃん、それは魔法スキルに狙いに関する補正が含まれていないからよ」


 魔法が外れた理由を知っていたのは、普段は攻撃魔法を使わないミオだった。


「ミオちゃん、どういうこと?」

「昨日、聖ちゃんが使った<弓術>スキルには、狙いを付ける時にスキルの補正があったよね?」

「うん。その補正のお陰で、動きの遅い魔物を狙い撃つことができたからね」

「でも、魔法スキルには補正がないから、完全に自力で狙う必要があるのよ。意外とクセがあるから、最初の1回目で遠くにある動く的に当てるのは、相当に難しいわね」

「そ、そうだったんだ……」


 言われてみれば、魔法を使う時にはスキルの補正は入らない。


「俺もさくらも、普通に最初から当てていたよな?」

「はい、避けられたならともかく、大きく外した記憶はありません……」


 最初に魔法スキルを入手したのは、俺とさくらが二人旅をしていた頃だった。

 手に入れて直ぐに使用したが、俺とさくらの魔法は狙い通りに飛んだはずだ。


「ご主人様はアレだから置いておくとして、さくら様も魔法のセンスはかなり高いみたいですよ」

「考えたこともありませんでした……」


 心底意外そうな顔をするさくら。

 しかし、考えてみればさくらの異能は<魔法創造マジッククリエイト>なのだから、さくらに魔法の適性があるのは当然のことなのかも知れない。


「聖、悪かった。魔法を狙い撃つのがそこまで難しいことだと思わなかった」

「いや、僕もちゃんと練習してから使えば良かったんだ。<弓術>で狙い撃つのに慣れたから、魔法も同じ感覚で当てられると思っていたよ。ミオさん、どうすれば良いと思う?」

「難しいのはクセを掴むまでの数回だから、少し練習すれば大丈夫よ」

「うん、分かった。仁にぃ、ちょっと練習させて!」

「もちろんだ。気の済むまで練習してくれ」


 原因が分かったなら、必要な対策を打てば良い。

 聖は何度か魔法を当てる練習を繰り返し、20m以内の的を狙い撃てるようになった。


「『ファイアボール』!」

「グギャァ!?」

「やった!」


 その練習の成果は、2層に降りる直前に遭遇したダンジョンゴブリンにより証明された。



 迷宮の探索は順調に進み、2層、3層を越えて4層に到達した。


「『ファイアボール』!凛、そっちはお願い!」

「はい!任せてください!はぁっ!」


 聖の魔法、凛の刺突により5匹のダンジョンオークの集団が瞬く間に壊滅する。

 1層に比べて魔物の強さ、出現数、遭遇頻度の全てが上昇しているが、2人だけで余裕を持って対処できている。

 何度も言うが、10層までは入門編なので、戦いの心得と迷宮の知識があれば、そこまで苦戦するような場所ではない。反面、得られるリターンも10層以降に比べて小さいので、10層までの探索で余裕のある者は、10層以降で活動することが多い。


「これ、どう見ても宝箱だよね?」


 聖が指し示す道の先には、これ見よがしに宝箱が置かれていた。しかも2つ並んでいる。


「2つ並んでいるのは怪しすぎるので、少なくとも片方はミミックだと思います」

「ミミックなら石をぶつければ判別できるんだよね?」

「はい。ですが、兄さんの話では10層までの宝箱に大した物は入っていないそうですから、無視をして進むのも有りだと思います」


 戦闘中以外の移動時間、俺達は聖と凛の2人に迷宮の攻略情報を教えていた。早速、2人は教えた知識を活用してミミックを観察している。

 ちなみに、迷宮攻略時の俺は20層未満の宝箱は無視して攻略ペースを上げていた。


「確かにそれも有りだけど、初めて見つけた宝箱だから、ミミックを倒してでも開けたいな」

「分かりました。石は……これで良いですね。私が投げて良いですか?」

「うん、お願いするよ」


 凛は少し離れた場所から右側の宝箱に向けて石を投げる。直撃してゴツンという音はしたが、宝箱は動き出さない。続いて、左側の宝箱に向けて石を投げた。


「ギシギシギシ!」


 石が当たると左側の宝箱が正面に向かって食らい付く。当然、空振りだ。


「左ですね。どちらが行きますか?」

「僕が行くよ。『アイスボール』!」


 ミミックの仕事は不意を突くことだ。不意を突けなかったミミックは何の脅威でもない。

 氷の塊が直撃し、ミミックは再び沈黙した。使い慣れた『ファイアボール』ではなく、『アイスボール』を使ったのは、隣にある本物の宝箱を焼かないためだろう。


「こっちは本物みたいだね。開けても良いかな?」

「はい、もちろんです」


 凛の許可が出たので、聖が右側にある本物の宝箱を開く。


「これは……ポーション?」

「色合いからすると、MPポーションですね」


 宝箱の中に入っていたのは、MPを回復するMPポーションだった。正直に言ってショボいが、4層の宝箱ということを考えれば悪くない。

 一応言っておくと、ミミックも宝箱も俺の仕込みではない。『進堂仁セレクション』はヤラセ無しがモットーなのである。


「うーん。そんなに嬉しくないなぁ。仁にぃ、コレ、ハズレなの?」

「ハズレじゃないぞ。階層を考えれば、アタリに分類されるはずだ」

「そっか。それじゃあ、これは記念品ということで……」


 聖はMPポーションを迷宮用のアイテムボックスに仕舞う。

 イマイチ盛り上がりに欠ける展開だが、これが普通なので仕方がない。


 その後は大したイベントもなく順調に階層を進み、10層のボス部屋に到達した。


「仁にぃの言った通り、10層までは入門編だから簡単に進めたね」

「最短距離を進んだのも大きいと思うぞ。10層までは相当研究されているからな」


 俺のマップを使うまでもなく、10層までのルートは研究し尽くされている。

 魔物が出やすいルート、魔物が出にくいルート、宝箱が出やすいルートなんてモノもある。

 この辺りの研究は、探索者協会が主導したようだ。10層までと11層以降では、得られる物の質が大きく変わるので、少しでも多くの探索者に安全、確実に進んで欲しいからだろう。


「魔物との戦いも短時間で終わっていますからね。正直、あまり手応えはありませんでした」

「そうだね。多分、昨日の魔物の方が強かったよ」

「レベルで言えばトルテの森の魔物の方が高いはずだ。物足りないとは思ったが、探索者体験をさせる以上、1層から始めさせたかったんだ」


 20層以降でも通用する実力で10層までを探索させたのだから、魔物が弱く感じるのは当然だ。

 しかし、迷宮体験というなら1層から始めるべきだ。これは譲れない。


「それで良いと思うよ。特別扱いで10層20層から初めても達成感はないだろうし……」

「10層までで迷宮探索の達成感は十分だと思うから、11層以降は特別扱いで先に進めさせてもらう。まずは10層のミノタウロスを倒してくれ」

「分かった。凛、そろそろミノタウロスと戦おうか」

「はい」


 そう言って2人はボス部屋の扉を開き……。


「『ファイアボール』!」

「はあっ!」

「ブモゥ……」


 1分も掛からずにミノタウロスを撃破した。

 10層までの魔物を瞬殺できるということは、ミノタウロスを瞬殺できるということである。

 特にドロップアイテムを落とすこともなく、ミノタウロスは悲しげな声とともに消滅した。


「10層突破、おめでとう」

「うん、ありがとう」

「ありがとうございます」


 ミノタウロスは予想通り瞬殺だったが、2人は特に不満には思っていない様子だ。


「これで探索者体験は一段落だけど、どうだった?」

「もちろん、楽しかった。命を賭けて探索している人には少し申し訳ないけど、テーマパークのアトラクションみたいでワクワクしたよ」

「日本では絶対に体験できない、貴重な経験でした。東さんに感謝ですね」

「戦闘は物足りなくなかったか?」

「確かに魔物は弱かったけど、物足りないとは思わなかったかな。本気で強くなりたい訳でも、強い相手と戦いたい訳でもないからね」

「はい。探索者体験としては、丁度良かったと思います」


 1層から始めると敵が弱すぎて面白味が薄れる懸念はあったが、2人は気にしていないようだ。

 東が創り、俺が引き継いだ迷宮だ。楽しんでくれたなら俺も嬉しい。


「そうか。2人が楽しんでくれたなら何よりだ。それじゃあ、ここからはダイジェストで迷宮の紹介をしていくぞ。まずは11層の植物エリアに階段で降りていこう」

「うん、分かった」

「はい。行きましょう」


 階段を降りて次のエリアに進み、景色の変わった迷宮を見る。これも1つのチェックポイントだ。

 そこまでは間違いなく2人の功績なので、体験させておくべきだと思う。



 ボス部屋から続く階段を降り、11層の植物エリアへと移動した。


「本当に、ガラリと雰囲気が変わったね」

「確かに、これは植物エリアとしか言えませんね」


 聖と凛も植物エリアとなった迷宮を見回している。

 10層までは壁も床も石製だったが、床には土が敷き詰められ、壁には植物が張り付いている。


「当然、魔物の種類も変わるし、足場も悪くなっているから、戦い方も変える必要がある。死亡者が一番多いのも……探索者の死亡者が1番多いのも、間違いなくこの階層だ」

「仁にぃ、何で言い直したの?」

「探索者以外も含めると、死亡者が1番多いのは1層だからだ。俺が迷宮を管理するようになってからは減らしたが、前は子供を1層に捨てる連中が多かったんだよ……」

「うわぁ……。聞くんじゃなかった、そんなこと」


 迷宮を楽しんだ後だというのに、水を差すような話題だよなぁ……。


「確かに、気分の良い話ではありませんね。兄さんはどうやって数を減らしたのですか?」

「1層を監視させて、配下の探索者に捨て子の現場を押さえさせた。元々、迷宮の悪用はこの国では厳罰だから、捕縛される者が多くなれば捨てようと考える者は減る。代わりに、迷宮の外で捨て子が増えそうだったから、そっちは国に対応を任せた」


 補足すると、全ての現場を押さえさせている訳ではない。監視が疑われない程度に抑えている。

 純粋な捨て子は迷宮内の孤児院に回収すれば良いので、現場を押さえるのは迷宮内で子供に暴力を働いたり、殺そうとしたりする者を中心にしている。


「リスクの低い犯罪として蔓延したから、リスクを引き上げて対策したということですね」

「そういうことだ。さあ、気の滅入る話はこれくらいにして、次の火山エリアに行こう」

「火山エリア……。絶対に暑いよね?」

「それは着いてからのお楽しみだ」


 そう言って、俺は迷宮支配者ダンジョンマスターの能力で21層へ転移した後、他のメンバーを『サモン』で呼び出す。迷宮内の移動はコレが一番早い。

 火山エリアは植物エリアとは打って変わって、床も壁も赤く燃えるように輝き、触ったら火傷をしそうな雰囲気を出している。


「あれ?暑いといえば暑いけど、それほどでもないね」

「はい。見た目と異なり、壁や床も大して熱を持っていません」


 聖と凛が拍子抜けしたように言う。

 床や壁は熱そうだが、実際には見た目だけで熱くない。気温も植物エリアよりは高いが、火山とは比べるまでもなく低い。少し暑い日、くらいの温度に調整されている。


「対策の難しい気温で探索者を苦しめるのは、東の狙いじゃなかったんだろうな。ただし、魔物は火属性が多いから、熱の対策をしなくて良い訳じゃない」

「この雰囲気で火属性じゃない方が驚きだよ。あ、確かに火を吹きそうな魔物だね」


 偶然、俺達の近くを通った燃えるトカゲフレアテイルを見て聖が納得する。


「……今の魔物、私達を見ても襲ってきませんでしたね」

「言われてみれば……。もしかして、仁にぃが何かしたの?」

「ああ、この場の全員を迷宮の関係者に設定しておいた。こうすると、魔物は襲ってこないし、俺達に当たりそうな攻撃もしなくなる。さっき言った『特別扱い』だな」

「今まで実感がなかったけど、本当に仁にぃがこの迷宮を管理しているんだね」

「まぁ、実際に迷宮を管理しているのは迷宮管理者キーパー達だけどな。正直、俺は不在の方が多い名ばかりの所有者オーナーだよ」


 迷宮に居ないタイプの迷宮支配者ダンジョンマスター、進堂仁です。よろしく。


「それじゃあ、次の墓地エリアだが……」

「ひぇっ!」

「聖、本当にスキップで良いんだな?」

「うん、ミオちゃんが嫌がっているし、行かなくて良いよ」

「聖ちゃん……!」


 ミオの聖に対する好感度が1上がった。


「それじゃあ、次の反転エリアに移動だ。今の時間なら、天国エリアだな」


 31層から40層の墓地エリアを飛ばし、41層の反転エリアに転移した。

 朝と夜の7時に天国エリア、地獄エリアが切り替わるのが特徴で、雰囲気や出現する魔物がまさしく反転する面白いエリアだ。


「今度は神聖な雰囲気になったよ。出現する魔物は天使みたいだね」

「反転したら、悪魔になるのでしょうか?」

「ちょっと反転させてみよう」


 俺は格好を付けて指パッチンする。

 その瞬間、天国エリアが地獄エリアに反転し、周囲の風景が一瞬で変わった。天使型の魔物も悪魔型の魔物に反転する。戦闘中に切り替わったら面倒だろうなぁ……。


「一気に禍々しくなったね。まさしく、天国から地獄だよ」

「ところで兄さん、迷宮内の環境を勝手に変えて良いのですか?」

迷宮管理者キーパーには観光することを伝えてあるし、変えた範囲はごく一部だけだし、この階層まで来るのは俺の配下だけだから大丈夫だ」


 思いつきで行動することが多いタイプだが、何も考えずに行動している訳ではない。

 考慮が足りていないことがあるのは否定しない。


「うぅ……」

「あ、ミオちゃんはコレも駄目なのね。仁にぃ、天国エリアに戻して!」

「はいよ」


 再び指パッチンして天国エリアに戻す。なお、指パッチンは必須ではない。

 ミオが地獄エリアも嫌いなのを忘れていたよ。言ったそばから考慮不足を証明してしまった。


「さて、これでエリアの紹介は終わりだが、折角だからラスボスも見せておこう」

「いよいよ、迷宮の最後の階層なんだね」

「うーん……」

「どうしたの?」

「今回、紹介するつもりはないけど、隠しエリアがあるから50層は最後の階層じゃないんだ」


 今回は探索者目線の迷宮紹介なので、51層より先の紹介をする予定はない。

 アトラクションで楽しんだ後に、裏舞裏を見せられても興醒めにしかならないからな。


「隠しエリア……。ゲームの隠しダンジョンみたいに、更なる強敵がいるエリアってこと?」

「半分正しくて、半分間違っている」

「?」

「今度、説明するよ」


 『隠しエリア』という単語では正確な意味が伝わらず、聖が首を傾げた。

 ゲームで言う裏ダンジョンではなく、ダンジョンの裏舞台という意味の隠しエリアだ。

 半分正しいというのは、50層までの魔物よりも強い強敵はいかが住んでいるからである。


 俺達は50層のボス部屋前に転移した。


「この奥にラスボスがいる訳だが、このままだとラスボスは出てこない」

「何か条件があるの?」

「この扉には仕掛けがあって、扉が閉まった後、中に探索者が居たらラスボスが出現する」


 これは東が仕込んだ仕掛けで、俺と浅井だけが理解できる隠しラスボスへの道筋だ。

 隠しラスボスに至るには、複数人でボス部屋の前まで来て、1人でラスボスに挑むというチグハグな行動を取る必要がある。その仕掛けのため、扉が閉まるまでボスが確定しない仕様だ。


「俺達は今、全員が迷宮の関係者に設定されているから、ラスボス出現の条件を満たせない」

「……僕と凛の設定を解除して、2人で戦えば良いのかな?」

「いや、間を飛ばしてラスボスだけ戦わせる気はない。ここは……そうだな。マリア、今から関係者設定を消すから、扉を開けて1人でラスボスと戦ってくれ」


 聖と凛以外のメンバーは、正規の手段で50層まで到達している。

 隠しラスボス条件を満たすため、ラスボスとの交戦経験はないが、ラスボスと戦う資格はある。


「承知致しました。戦い方にご要望はありますか?」

「瞬殺せず、ラスボスの技を一通り見せながら格好良く戦ってくれ」

「はい、お任せください」


 マリアが頷き、ミオの方を見ると、ミオも頷いていた。何だ?

 俺がマリアの迷宮関係者設定を切ると、マリアは扉を開け、全員が中に入った時点で閉める。


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「ラスボス、出てこないけど?」


 あれ?アルタ、理由は分かる?


A:迷宮の50層ボスは、1度倒されると1年間は復活しません。


 Oh……。完全に忘れてた。仮にも迷宮支配者ダンジョンマスターなのに……。

 迷宮支配者ダンジョンマスター権限を使用。50層ボス部屋に大天使・ルシフェルを生成。


「あ、出てきた」


 天井が光り輝き、そこから大天使・ルシフェルがゆっくりと降りてくる。

 ちなみに、悪魔王・ルシファーは地面が黒く渦巻き、その中から上がってくる。


「大きくて強そうな天使だね」

「はい。今の私達では勝てないと思います」


 聖と凛に渡しているステータスでは、大天使・ルシフェルを倒すことは困難だろう。

 護衛タモさんが居るので、最終的に勝つのは2人の方だけど……。


「行きます」


 マリアが武器を構え、大天使・ルシフェルに向けて駆けだした。

 大天使・ルシフェルも大剣を構えてマリアの方に進む。


 大天使・ルシフェルに特殊な攻撃スキルは存在せず、近距離では大剣、遠距離では魔法を使うバランス型のボスである。

 <風魔法>、<土魔法>、<雷魔法>、<光魔法>の4つの魔法スキルを所持しており、<無詠唱>や<並行詠唱>があるので、魔法発動時にも隙はない。

 各種耐性スキルも<物理攻撃耐性>、<状態異常耐性>、<魔法耐性>の3つが揃っており、並大抵の攻撃ではダメージを与えることすら難しい。

 全てのスキルのレベルは10となっており、<迷宮適応>や<門番>による補正もある。とにかく、弱点らしい弱点がないタフなボスなので、長期戦の準備が必須となる。

 しかし、時間をかけすぎると<反転>して悪魔王・ルシファーとなり、武器は槍、魔法は<火魔法>、<水魔法>、<氷魔法>、<闇魔法>に変わり、必要な対策が大きく変化してしまう。

 面倒なギミックを盛り込むのではなく、<反転>という1つのギミックを活かしつつ、ラスボスらしい厄介さを演出した、東らしいラスボスと言える。


 何故、俺が自分で戦わず、マリア1人にラスボス戦を任せたかというと……。


「マリアちゃんが瞬間移動したんだけど……?」

「あれは<縮地法>というスキルだ。短距離を高速で移動するレアスキルなんだが、今のマリアのように、連続で飛んでくる魔法攻撃を避けるために使うのは一般的な使い方じゃない」

「うん、見ただけで難しいのが分かるよ」


 『解説の進堂さん』になるためである。複数人が戦うと、解説が難しいからな。


「今度は剣から衝撃波が飛んで行ったね。仁にぃが魔王に使った技だっけ?」

「いや、俺が使ったのは元祝福ギフトの<剣聖ソードマスター>で、マリアが使ったのはレアスキルの<飛剣術>だから、パッと見は似ているが別物だ」

「そうなんだ……って、何もない空中を蹴った!?」

「マリアの得意技の1つ、<結界術>による空中移動だな。結界を空中に固定して足場にする。口にすると簡単に聞こえるが、実際にはかなりの高等技術であり、<勇者>の必修技能でもある」

「そういえば、これも魔王戦で仁にぃが使っていた気がする」

「あれは<天駆スカイハイ>という元祝福ギフトだ。座標を指定しなくても、自動で空中に足場を作ってくれる」

「……仁にぃばっかり楽してない?」

「ソンナコトナイヨ。ホントダヨ」


 俺が瞬殺を禁止したので、マリアは攻撃の頻度を落とし、大天使・ルシフェルの攻撃を誘う。そして、スキルを駆使して攻撃を華麗に回避、防御していく。

 大天使・ルシフェルはシンプルなスキル構成なので、手札はあまり多くない。高レベルの魔法を使えるが、実際に使ってくる魔法の種類は1属性5種類程度だったりする。

 大天使・ルシフェルが全ての手札を見せたところで、マリアだけに念話をする。


《マリア、そろそろ終わらせて良いぞ》

《承知いたしました》


 確かに、大天使・ルシフェルは弱点らしい弱点のないタフなラスボスだが、ステータスに大きな差があれば短期間で倒すことも難しくはない。

 当然、マリアがその気になれば、一撃で倒されてしまうだろう。


「なんか、マリアちゃんが光り始めたよ!?」

「<勇者>専用スキルか!」


 マリアの身体、マリアの双剣が輝き始める。その周囲にはオーラのようなものも見える。

 あれは<勇者>のスキルレベル7~9で取得できる専用スキルの光だ。

 双剣の輝きは<草薙剣くさなぎのつるぎ>、周囲のオーラは<八咫鏡やたのかがみ>、本人の輝きは<八尺瓊勾玉やさかにのまがたま>だろう。


 3種の<勇者>専用スキルを同時発動させたマリアが、光り輝きながら駆け出す。

 大天使・ルシフェルの魔法、斬撃を僅かな動きで避けて接近し、その双剣を振るう。


「はあ!!!」


 大天使・ルシフェルは短剣により横一閃、長剣により縦一閃にされ、十字に分かれて崩れ落ちた。

 大天使・ルシフェルの身体が消滅するが、迷宮踏破イベントは発生しない。今回の大天使・ルシフェルは迷宮支配者ダンジョンマスター権限で出した非正規個体だからな。


「マリアちゃん、格好良かったよ!特に最後の必殺技!」

「はい、お見事でした」


 聖と凛がマリアを称賛する。確かに、素晴らしい必殺技だった。


「ありがとうございます。ミオちゃんに協力してもらい、練習した甲斐がありました」

「ぶい!」


 ミオがドヤ顔でピースサインを決める。

 やはり、ミオの仕込みだったか。マリアが自分で必殺技を作り出すとは思えなかったんだよ。


「3種の神器を同時に発動する必殺技だから、『三器一体トリニティ』と名付けたわ!」


 ……中々、格好良い名前を付けるじゃないか。

 つい先日、魔王との戦いで元祝福ギフトを同時発動して、『光の剣』と名付けたのだが、完全に方向性が被った上にネーミングセンスで負けている気がする。

 しかも、タイミング的に俺が使うよりも先に考案されていた雰囲気がある。


《ドーラもひっさつわざほしー!》

「ドーラちゃんは<竜魔法>が十分に必殺技だと思いますけど……」

わたくしも1つくらい見栄えの良い技が欲しいですわね。基本、わたくしの戦い方は地味ですから……」

「それじゃあ、ミオちゃんが皆の必殺技を考えてみようかな。もちろん、技名も付けるわよ!」


 止めて!全員の必殺技名を並べて、俺のヤツが一番格好悪かったら耐えられないから!


ファンタジー書いておいてアレですが、戦闘中に必殺技名を叫ぶ意味が未だに理解できません。

技に名前があるのは良いけれど、わざわざ宣言する必要はないと思っています。

また、近距離の高速戦闘の場合、技名を言い終わる前に技が終わるのが自然です。

ご都合主義の作品を書いているのに、妙なところでリアリストな作者より。

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
「うん。魔王城に1人で来る非常識なジーンさんには心当たりがあったからね」 →気付いていたのに何故戦闘に待ったをかけなかったのでしょうか?
[一言] 作品によって技名を言う事では呪文の詠唱と同じで威力の増強が望めるとか。
[一言] 必殺技を叫ぶのはテンション上げるためでしょ テンションとステータスが比例してる人はいるからな それか暴発防止のために音声認識にしてるとか
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