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第228話 女王の国と冒険者体験

本来、あまり良くないことなのですが、作品の中に私怨を混ぜてしまいました。

 忌まわしきエルディアの地を抜け、俺達はついにカスタール女王国へ辿り着いた。

 もう少し詳しく言うと、ティエゾの街からリラルカの街にあるアドバンス商会リラルカ支店まで『ポータル』で転移した。


「ここがリラルカの街だ。エルディアがカスタールに戦争を仕掛ける前までは、国境の街として半分ずつ管理されていた。だから、東西で建物の様式が少し変わる面白い街だな」


 俺は、歩きながらリラルカの街について説明をする。


 リラルカは二国の国境を跨いだ街であり、街の中心から西側がエルディア王国、東側がカスタール女王国の領土となっていた。

 街の中で両国の人間の交流はあるが、建物に関してはクッキリと分かれているので、それなりに面白い街だった。エルディアの方はすぐに通り過ぎたが……。


「この街に来てから、街の説明に仁にぃの感想が入ってきたね」

「ここはカスタール女王国だ。エルディアとは違い、語ることはいくらでもある」

「仁にぃ、カスタールが好きなの?エルディアが嫌いなの?」

「両方だな。嫌いな国から好きな国に移ったら、口数が増えて当然だろ?そもそも、俺にとってエルディアは離脱した国であって、観光をした国じゃないんだよ」


 観光した国のことなら語れるが、通り過ぎただけの国のことを語るのは難しい。

 例えるなら、電車で通過した駅のことを語れと言われるようなものだ。電車の窓から見えた景色以上の情報を持っていないのが普通だろう。


「じゃあ、この街は半分好きで半分嫌いな街なんだね」

「いや、今は100%好きな街だな。何故なら、戦争が終わる前に、この街はカスタールの街になっていたからな。今や、旧エルディア王国の人間は、1人も残っていないはずだ」

「……一体、何があったの?」


 俺の発言から、良からぬことが起きたと察した聖は、恐る恐る尋ねてきた。


「想像通り、気分の良い話じゃないぞ。戦争が始まった時、エルディア側の住民は軍の連中と共に、カスタール側の住民を襲撃していた。俺達が到着した時には、略奪行為の真っ最中で、ハッキリ言って酷いもんだったよ。だから、略奪者達は皆殺しにした」

「サラッと凄いことを言ったね。もしかして、エルディア側の住民全員を殺したの?」

「いや、略奪に加担していない者も居たから、全員は殺していない。しかし、カスタール側の恨みが強く、エルディア側の住民は全員街を追い出されたそうだ」


 この辺りから、俺は直接見ておらず、人伝に聞いただけの情報となる。

 追い出された住民がどうなったかも知らない。俺の仕事は、カスタール側の住民を救出するところまでだったからな。


「エルディア側の建物には被害がなかったから、襲撃の後もそのまま使用されている。カスタール側の建物には被害があったが、カスタールの様式で修繕された。結果として、建物の様式が半々という街の特徴が残ったまま、カスタール住民しかいない街になった訳だ」

「見た感じ、戦争の跡は残っていないみたいだね。住民の心は別だろうけど……」

「ああ、今はエルディア側からの移住は受け付けないそうだ」

「恨むのも無理もないよ。隣人だと思っていた相手に裏切られた訳だからね」


 ある意味、この街は未だに『国境の街』と言って良いのだろう。

 この街に限らず、エルディア領をカスタール女王国の一部だと思っているカスタール国民は少なく、扱いにも大きな差があるからだ。


「着いた。ここがセラを買った奴隷商だ」


 話をしている内に、目的地の1つである旧カスタール側の奴隷商に到着した。

 戦争前はエルディア側にも奴隷商があったが、今はこの奴隷商しか営業していない。

 奴隷商に入る訳でもないので、そのまま通り過ぎて話を続ける。


「聞いて驚け。セラの値段は何と僅か1万ゴールド。諸経費含めると2万ゴールドだが、単体価格は1万ゴールド、まさかの最安値更新だ」

「思った通り、値段に言及されましたわ。一応、自慢しているのですわよね?」


 セラが苦笑いをしながら尋ねてきたので、力強く頷いて答える。


「当然だ。1万で買った奴隷が、こんな巨乳美女に育ったら、自慢するしかないよな?」

「やっぱり、自慢なんですのね。それと、胸を指ささないで欲しいですわ」


 セラは俺の奴隷達の中で、購入後に大変身したランキングのトップである。

 特に、食事が進むにつれて、萎んでいた胸が膨らんでいく様は圧巻だった。


「疑問だけど、セラさんの方がミオちゃん達よりも安いのは何故なのかな?」

「多分、寿命の差だと思うわ」


 聖の疑問に答えたのは、捨て値の犯罪奴隷だったミオである。


「私は犯罪奴隷だから、健康上の問題はなし。マリアちゃんはボロボロだったけど、食事さえ与えれば生かすことはできる。セラちゃんだけは、長生きできる余地がなかったのよ」

「セラの一番の問題点は維持費だが、初期費用も十分な問題だった。見た目も見るからに死にそうで、まともに動けるようになるまで、馬鹿みたいな量の食事が必要だったからな」

「維持費とか、初期費用とか言わないで欲しいですわ……」


 セラの購入後、最初の食事の時は、今までの空腹分を取り戻す勢いで食べていた。

 普段の食事はプラス状態を維持するためのものだが、この時だけはマイナスをプラスにするため、非常に多くの食事を必要としていたはずだ。


「普通、捨て値の奴隷を買うようなヤツに、セラのために食費を出し続けることなんてできない。いくら安くしても、セラがまともな主人に買われることはなかっただろうな」

「満足する食事を与え続けてくださる御主人様には、本当に感謝していますわ」

「そういう意味では、ご主人様も『まともな主人』とは言い難いわよね。良い意味だけど」


 ミオの言う通り、普通の主人に買われなかったという部分は変わっていない。


「俺の場合、食費さえかければ、セラが強く美しくなることを知っていたのが大きい。明確なリターンが分かっていれば、費用面での心理的負担は小さくなるからな」

「聞いていた通り、仁にぃの能力って奴隷制度と相性が良いんだね」


 自分でも人聞きは良くないと思うが、相性が良いのは純然たる事実なのである。


 その後、1時間ほど雑談や買い物をしながら街を巡り、次の街へ向かうことになった。

 街中では『ポータル』が使えないので、転移のためアドバンス商会リラルカ支店に戻る。


「この街に来た時は気にしなかったけど、随分と大きなお店だよね? アドバンス、商会……? アドバンス……、もしかして……」

「…………」


 アドバンス商会リラルカ支店の建物を正面から見て、何かに気付いた聖が俺の方を見る。

 俺は無言で従業員用の入り口から建物の中に入る。


「俺の配下が運営している商会であって、俺がトップという訳じゃない。俺とさくらの異能を使えば、商売で簡単に儲けられるのは想像が付くだろう?」

「うん、簡単に想像ができるよ。<無限収納インベントリ>を上手く使えば、それだけで大金を稼げると思う。人の移動も『ポータル』があれば簡単にできるね」

「『ポータル』を使うには、人目に付かない空間が必要だ。つまり、アドバンス商会の支店は、『ポータル』の設置場所とも言える。勢力を大きく伸ばしているから、多くの国、多くの街に支店がある。俺が行ったことのある街の大半に、アドバンス商会の支店が建てられている」


 当然、例外はある。具体的に言うと、エルディア王国とエルガント神国だ。

 簡単に言うと、アドバンス商会による利益を与えたくない国のことである。


「そっか、仁にぃの足跡を追って観光するなら、アドバンス商会の支店に『ポータル』で転移するのが効率的なんだ。多分、良い思い出のある街には、必ず支店があるんだよね?」

「そう言うこと。それじゃあ、次の街に行こうか」


 聖が察したように、良い思い出のある街には、ほぼ必ずアドバンス商会の支店がある。

 アドバンス商会の主な経営方針は、『その土地に不足している物を売る』である。その土地で既に売られている物は極力売らず、不足している物を重点的に売っている。

 こうすることで、他の商店と競合しないで、住民の生活品質を上げることができる。

 やはり、お気に入りの街や村には栄えて欲しいので、アドバンス商会の支店を置くことで、影からその土地の発展をサポートしているのだ。



 アドバンス商会リラルカ支店から転移した先は、アドバンス商会コノエ支店だった。


 コノエの街は冒険者の街として有名で、俺達が最初に冒険者登録をした街でもある。

 そもそも、カスタール女王国は冒険者の活動が活発な国だ。俺達もカスタールに居た時は、ほとんどの時間を冒険者として過ごしていた。

 つまり、カスタールを楽しむと言うことは、冒険者活動を楽しむということなのだ(暴論)。


「だから、聖と凛も冒険者に登録してもらう。一緒に依頼を受けに行こう」

「仁にぃが無茶振りしてくる……。凛も無理だよね?」

「兄さんと同じ場所で登録できるのですね。楽しみです」

「凛!?」


 聖が親友に裏切られたような表情をしている。

 残念ながら、凛は冒険者ではないけれど、普通に魔物と戦うことができるんだよ。


「安心してくれ。必要なステータスは渡すし、保険はちゃんと付ける・・・

「保険?」

「来い、タモさん!」


 俺が呼びかけると、どこからともなく半透明の不定形生物が現れた。


「何これ、スライム……?」

「ああ、リラルカとコノエの間で従魔にした、メタモルスライムのタモさんだ。マリアとセラが表の護衛なら、タモさんは隠された裏の護衛だな。聖の護衛に貸してあげよう」

「あ、ありがとう?」


 護衛を受け入れたと判断し、タモさんが聖に向けてピョンと跳び上がる。

 聖の身体に当たる直前、タモさんの姿は透明になって消えた。


「あ、消えた」

「<擬態>で消えるから、邪魔にはならないはずだ」

《よろしく》

「喋った!? あ、念話か……。うん、よろしくね」


 聖はあまり驚かずにタモさんを受け入れた。もう少し、驚くと思ったのに……。

 とにかく、これで聖の安全は確保されたも同然である。

 更に聖には、冒険者として活動するのに不自由しないだけのステータスを与えた。

 本気で冒険者をやらせるなら、ステータスによるゴリ押しは推奨しないが、今回はあくまでも冒険者体験会のようなものなので、あまり気にしないことにしている。

 後は、凛と聖に冒険者風の衣装に着替えてもらい、初心者よりもちょっと上等な武器を持たせれば、冒険者になる準備は完了だ。


 冒険者ギルドに入り、受付に向かう。当然、ガラの悪い冒険者に絡まれるようなことはない。


「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「冒険者登録に来ました」

「はい、分かりました。どなたが登録をされるのでしょうか?」

「この2名でお願いします」


 流石は冒険者の街の受付嬢。サクサクと手際良く手続きが進み、凛と聖はあっという間にGランク冒険者となった。

 折角なので、この街で依頼を受けていきたいのだが、常時依頼以外は朝の内になくなってしまうので、丁度良い依頼があるとは考えにくい。


「良いの、あるじゃん」


 俺の予想とは裏腹に、常時依頼に丁度良い依頼があったのである。それがコチラ。


トルテの森の魔物討伐

Cランク

トルテの森で魔物を間引く。

報酬:成果報酬


 トルテの森とは、マンイーターの異常種が発生した森であり、ミドリをテイムした森でもある。

 どうやら、トルテの森は定期的に魔物を間引いたり、様子を見に行かないと、魔物の種類が異常に偏ったり、異常に強い魔物が現れたりするらしい。

 結果として、トルテの森の魔物を間引くことは、常時依頼となったようだ。

 なお、常時依頼の癖に推奨ランクがCランクと高いのは、異常に強い魔物が発生していた場合でも、生きて帰れるだけの実力が要求されるからである。


「その依頼の何が良いの?」

「この森、前に行ったことがあるから、場所が分かっていて移動が楽・・・・なんだよ。一緒に依頼を受けるなら、移動しやすい方が良いだろ?」

「移動が楽? ……ああ、そう言うこと」


 聖にも俺の言いたいことが分かったようだ。

 冒険者体験会をやる上で一番の問題は移動時間だったりする。依頼を受けるために移動すると、それだけで多くの時間を消費してしまうからな。

 要するに、依頼を受けるなら『ポータル』で行ける場所がベストなのである。


「すいません。この依頼を受けたいです」

「はい、ええと、こちらの依頼は推奨ランクがCとなっております。申し訳ありませんが、Gランク冒険者の方は受けることはできない決まりとなっております」

「今日登録した2人以外はCランク冒険者です。Gランク2名にCランク6名が同行します」


 俺は冒険者ギルドカードを受付嬢に見せる。


「承知しました。一応、お伝えさせていただきますが、適正外の依頼のためGランクの方のランクアップ条件は満たせないのでご注意ください」

「はい、分かっています」


 簡単に言えば、高ランクの冒険者が引率してランクを上げる、パワーレベリングならぬパワーランクアップはできない仕組みになっているのだ。

 何度も言うが、目的は冒険者体験会なので問題はない。


「異変を感じたら、すぐに森を出て報告をお願いします。異常に強い個体が出現していた場合、Sランク冒険者への要請も視野に入れることになります」


 依頼の前にここまで念入りに注意を促すということは、冒険者ギルドがトルテの森を警戒している証拠とも言える。恐らく、過去にもSランク冒険者を呼んだことがあるのだろう。


「その異常に強い個体、俺が倒してしまっても構わないですか?」

「何を……これは、『セイバーズ』のクランマーク!?」


 俺が冒険者ギルドのカードに記載された所属クランの欄を見せると、受付嬢は声を上げて驚いた。

 『セイバーズ』とは、冒険者組と呼んでいる俺の配下達が設立したクランである。

 リーダーであるクロードを始め、複数のSランク冒険者を有するクランで、設立して日が浅いながらも、確かな信頼と実績を積み重ねている新進気鋭のクランだ。

 俺?『セイバーズ』として活動したことなんてないけど、名前だけ貸してもらっているよ。


「セ、『セイバーズ』の方なら問題はないと思いますが、無理はなさらないようお願いします。最近、依頼の受注者がいなかったため、異常事態が発生している可能性は低くありません」

「分かりました」


 『セイバーズ』に所属する者は、全員が凄腕の冒険者として有名だ。

 名前を出すだけで実力が保証される程度の力はある。


「それじゃあ、一旦支店に戻ろう」


 無事に依頼を受けられたので、『ポータル』を使用するためアドバンス商会の支店に戻った。

 そのまま、トルテの森に一番近い『ポータル』に転移し、マップの情報を確認する。


「またしても丁度良いな」

「今度は何?」

「トルテの森、丁度良く異常事態になっている」

「それの何処が丁度良いの!?」


 恐らく、魔物の間引きが不十分だったのだろう。以前、俺達が入った時と同様に、魔物の異常な偏りが発生していた。更に、異常種まで発生するオマケ付きだ。

 異常の発生を喜ぶつもりはないが、その方向性くらいは喜んでも良いだろう。

 ……しかし、この異常種、かなり凶悪な存在だな。人によっては只じゃ済まないぞ。


「異常により、森の中の魔物が植物系の魔物だけになっている。植物系の魔物なら、倒しても心理的な負担が少なくて済む。気軽に冒険者体験をさせるには、丁度良いと思ったんだよ」

「え? ……ああ、なるほど。僕のことを気遣ってくれたんだね。ありがとう」


 凛はともかく、聖は普通の女子中学生だ。この世界に来た当初のさくらのように、魔物……いや、生き物を殺すことに抵抗がある可能性も十分にある。

 もし、聖の拒否反応が強ければ、冒険者体験会は中止またはプラン変更にする予定だった。


「うん、植物の魔物なら大丈夫だと思う」


 植物系の魔物の場合、殺害ではなく収穫とか伐採という気になる。木だけに……。

 ……………………ふぅ。


「……それは何よりだ。それじゃあ、そろそろ行こうか」

「仁にぃ、今の間は何?」

「何でもない」


 微妙にテンションを下げつつ、トルテの森に向かった。



 トルテの森に入った俺達は、事前に決めていたフォーメーションで進む。

 今回の主役は聖と凛なので、できる限り2人が戦いの中心になるように調整している。

 具体的に言うと、2人以外は全員がサポート要員のような状態だ。正面に現れた魔物の相手を2人に任せ、邪魔になりそうな魔物を他のメンバーが排除する。

 意地の悪い言い方をすれば、接待プレイというヤツだ。


「グゴオオオ!?」


 聖の振るう剣が、木に<擬態>していたトレントを切り飛ばす。

 今の聖のステータス、スキルなら、レベル10程度の魔物は一撃で倒せて当然だ。

 補足しておくと、聖と凛には聖魔鍛冶師ミミの作成した秘宝級アーティファクトの片手剣を渡している。聖剣でも魔剣でもない普通の剣とは言え、間違いなく過剰である。


「ガアアアア!!」


 <擬態>しても無駄だと判断し、襲いかかってきたトレントを聖が一刀両断にする。

 本人が言っていた通り、植物系の魔物が相手なら、聖も躊躇なく戦えるようだ。

 以前の異常事態では、キノコ系の魔物も多かったが、今回はトレント系がとにかく多かった。トレント、つまり木の魔物なので、本当に伐採しているようにしか見えない。


「ふぅ……。これで、この辺の魔物は大体倒せたかな?」

「そうですね。聖、初戦闘、お疲れ様です」

「うん、意外と何とかなるものだね」


 周辺の魔物を全滅させ、タオルで汗を拭きながら聖が平然と言う。

 余談だが、聖と話をしている凛は汗一つかいていない。


「二人ともお疲れ様。初めてにしては中々の連携だったな」

「当然だよ。これでも親友だからね」

「はい、聖と息を合わせるのは慣れています」


 最初は1人で魔物を倒していた聖だが、後半になると凛と連携して戦うようになっていた。

 流石は付き合いの長い親友だ。


「連携もそうだが、聖は最初から上手く身体を動かせていたと思う。普通、急激にスキルやステータスを上げると、慣れるまで少し時間が掛かるはずなんだよ」

「そうなの?全く違和感はなかったけど……」


 聖は今まで魔物と戦った経験もない。最初は戸惑うだろうと思い、フォローの準備をしていたが、聖は何の苦もなく魔物と戦い始めた。まるで、最初から使い慣れた物を使うかのように……。

 1つ、思い付いたことがある。


「……もしかしたら、魔王が原因かも知れない。魔王のスキルやステータスは消えたけど、身体の経験までは消えていなかったとしたら?一度は経験したことだから、慣れる必要がなかった」

「僕が身体を動かしていた訳じゃないのに、身体が慣れているの?何か、変な気分だね……」


 乗っ取られていた時に慣れたことを、身体が覚えている。文章にすると結構怖い話だ。

 聖と魔王の仲は悪くないようだが、それはそれとして、身体を勝手に使われると言うことが、気分の良い物ではないことだけは確かだ。


「気分転換に剣以外の武器を使ってみるか?使いたい武器があるなら、スキル付きで貸し出すぞ?」

「他の武器を使えば、気分転換にはなると思うけど、急にどうしたの?」

「ほら、魔王は専用剣のせいで、<剣術>以外の武術系スキルが使えなかっただろ?」


 魔王の専用武器である『万魔剣・ディアブロス』は、所有者が他の武装を使うことを許さない。

 <存在継承クラスエクステンド>により数多のスキルを使えた魔王だが、武術系スキルだけは所持している物が非常に限定されていた。そして、武器を使えるスキルは<剣術>だけだった。


「魔王の身体が他の武器に慣れているはずがないから、スキル上昇の違和感が体験できるはずだ」

「なる程。……それなら、弓を使ってみても良いかな?少し、興味があるんだよ」

「分かった。それじゃあ、<弓術>スキルを渡そう」


 聖がミオの持つ短弓を見ながらそう言ったので、<弓術>スキルを渡すことにした。


「それじゃあ、<弓術>の使い方を説明していくわよ」


 いくらスキルがあるとは言え、いきなりの実戦は流石に難しいと思い、弓を使い慣れているミオに<弓術>の指南を頼んだ。


「とは言え、スキルが補正してくれるから、習うより慣れた方が早いのよね。聖ちゃん、適当に弓を構えてみてくれる?」

「うん。……あ、身体が想像と違う動きをした。これが仁にぃの言う違和感かな」

「そう、それがスキルによる補正よ。構えを解いて、もう一度構えてみて」

「今度は違和感がなくなったよ。本当に、最初の最初だけ違和感があるんだね」


 スキルのレベルを急激に上げる程に違和感が強く、長く残るという調査結果が出ている。

 聖に与えた<弓術>のレベルは3なので、すぐに身体が慣れるとは思っていた。


「それじゃあ、少し遠いけど、あの木を狙って撃ってみて。木の幹の真ん中を狙う感じで」

「分かった」


 聖の放った矢は、狙った木の幹の中心、そこから少し横にずれた場所に突き刺さった。


「撃つ時にも違和感があったよ。それに、思った場所に当たらなかったね」

「レベル3ならそんなモノよ。<弓術>は近接武器のスキルに比べて、スキルに含まれないセンスが多く要求されるの。例えば、動く相手に当てるには、スキルの補正だけじゃ足りないわ」


 ミオ曰く、風を読んだり、敵の動きを読んだりするのは、スキルの補正の対象外らしい。正確に言えば、補正はしてくれるが、それだけで百発百中は不可能とのこと。

 <弓術>スキルの一番の役割は、理想的な矢の射出の補正であり、戦いの中で敵に当てるための補正ではないそうだ。

 ミオの言う通り、他の近接武器スキルとは毛色が異なる。近接武器スキルは、相手に当てるための動きをスキルが補正してくれるからな。


「軽い気持ちで使いたいって言ったけど、本気で使おうと思ったら結構大変そうだね」

「ええ、反復練習で慣らしたり、他のスキルで更に補正したり、することは色々とあるわ。まぁ、この森で戦う分には、多少慣れている程度で平気よ。植物の魔物は動きが遅くて的も大きいから、当てるのは苦労しないの。不安なら、同じ木を狙って何回か練習すると良いわよ」

「分かった。それじゃあ、後何回か練習させてもらうね」


 ミオのアドバイスに従い、木に向けて矢を放ち続ける聖。

 徐々にスキルの扱いに慣れていき、10本目で木の幹のほぼ中心に的中させるに至った。


「多分、大丈夫だと思う」


 聖がそう言ったので、魔物の討伐を再開することにした。

 少し歩き、再びトレントを発見したので聖に弓で狙わせる。聖の放った矢はトレントの顔を貫き、何処かへと飛んでいく。トレントは死ぬ。

 何度か聖に単独戦闘をさせて、十分な戦力になることを確信した。


 ここから、今回の依頼の本番。森の異変の元凶、異常種の討伐に向かう。

 それでは、お待ちかねのボスステータスを公開しよう。


杉トレント(レア・異常種)

LV30

<擬態LV10><花粉小行軍アレルゲンマーチLV->

備考:杉の木のトレント。強力な花粉を操る。


 花粉症の人には、滅茶苦茶憎まれそうなトレントだな。

 レアな魔物の異常種で、見たこともないユニークスキルを持っていたため、テイムすることも考えたのだが、それに否を示した者が居た。


「杉の木の魔物なんて、絶対にテイムしちゃ駄目よ!アレは人類の敵だから!」

《ひゃう!》


 ミオが急に大声を出したので、横に居たドーラがビックリしている。


「ミオちゃん、もしかして……?」

「ええ、そうです!日本では花粉症でした!杉、絶対許さん!」

「そこまでですか……」


 花粉症の人に滅茶苦茶恨まれていたので、テイムは諦めざるを得なかった。


「さくら様、花粉症とは何ですか?」

「えっと、簡単に言うと、花粉を吸い込むと涙や鼻水、クシャミが出る病気です……。私は花粉症じゃないですけど、花粉症の人が辛そうにしているのは見たことがあります……」


 マリアの質問にさくらが答える。

 俺の知る限り、この世界に花粉症は存在しない。正確に言えば、アレルギーが存在しない。


「ありがとうございます。異世界独自の病気なのですね」

「私はスギ花粉の花粉症だったから、毎年春は嫌いな季節だったわ!そして、この世界に転生して良かったことの1つが、この世界に花粉症が存在しないことよ!」

「……とりあえず、この魔物がミオさんの仇敵だと言うことは理解しましたわ」


 ミオの剣幕に若干引いているセラが頷いた。

 少なくとも、この杉トレント自体は、前世のミオの花粉症とは完全に無関係だから、許してやれよと思わなくもない。花粉症の人は違う意見なのだろうか?


「ミオさん、僕の代わりにこの魔物、倒す?」

「凄く心引かれる提案だけど、今回は聖ちゃんの冒険者体験が目的だから我慢するわ!」


 聖が交代を提案したが、ミオは元々の目的を忘れていなかった。

 やはり、折角冒険者体験をするのなら、ボス討伐まではセットで体験させてあげたい。


 森を更に進み、ボスである杉トレントの近くに到着した。


「見事な<擬態>だ。どう見ても、普通の杉にしか見えない」

「杉への<擬態>は完璧だけど、全く擬態できていないよね?」

「……そうだな」


 俺達の視線の先では、杉トレントが杉の木に<擬態>して獲物が来るのを待ち構えている。

 しかし、聖が言うように、<擬態>は完璧なのに、擬態ができていない。


「一本だけ、木の種類が明らかに違いますわ」

《なかまはずれー!》

「この森、広葉樹の森ですからね……」


 そう、この森は広葉樹の森なのである。

 そんな中、一本だけ生えている針葉樹は目立って仕方がない。つまり、木への<擬態>は完璧なのに、周囲への擬態が欠片もできていない。そりゃあ、一目でバレるのも当然だ。

 他のトレントは広葉樹に<擬態>しているが、杉トレントは名前の如く杉にしか<擬態>できないのだろう。レアであることが足を引っ張った、悲しき魔物なのかもしれない。


「聖、どうします?このまま、近付いて戦いますか?」

「……仁にぃ、どうしたら良いと思う?」


 凛に尋ねられた聖が、そのまま俺の方にパスしてくる。

 現在、杉トレントは<擬態>して動かない。杉トレントは俺達が近づいて来たら、<擬態>を止めて襲いかかってくるのだろう。言い換えれば、それまではコチラが先制攻撃するチャンスなのだ。


「2人に任せるけど、普通の冒険者は<擬態>に気付いたら遠距離から倒すと思う」


 折角のボス戦なので、正面から戦ってほしい気持ちもある。しかし、ここまで正体が明らかな状況で正面から戦うのは、冒険者体験という観点では正しくない気もする。

 とりあえず、一般論を伝え、何を選ぶかは2人に任せることにした。


「遠距離から倒しましょう」

「凛、決断が早いよ! ……まぁ、良いか。普通の冒険者に倣い、僕達も遠距離から攻めよう」


 普通と聞いた凛が即答したが、聖も決断の内容を否定することはなかった。

 2人とも弓で攻撃するらしく、凛が剣を仕舞い、弓を取り出していた。

 そして、一斉掃射。


「グギャアアアアア!」


 哀れ杉トレント。2人の矢に体中を貫かれ、何もできずに断末魔を上げることとなった。

 来世では、杉の森に生まれることを祈っておこう。


 その後、俺達は手分けをしてトルテの森中の魔物を討伐した。

 当然、その目的はエリア内の全ての魔物を倒すことで発生する討伐ボーナスだ。討伐ボーナスでは、特にレアな魔物が発生しやすくなる。

 俺の従魔であるミドリも、この森の討伐ボーナスで生まれた魔物だ。過去の成功例があるので、この森では討伐ボーナスを狙わざるを得ない。

 そうして、全ての魔物を倒した後に現れた魔物がコチラ。


桜トレント(レア)

LV10

<擬態LV1><開花宣言フラワーマニフェストLV->

備考:桜の木のトレント。常に満開状態。


 杉トレントの次は桜トレントか。最早、トルテの森ならぬトレントの森だな。

 桜トレントはレアでユニークスキル持ち、見た目も満開な桜なので日本を思い出す。これは、是非ともテイムしておきたいところだ。


「ミオ、桜トレントはテイムしても良いか?」

「もちろん!杉はともかく、桜に罪はないからね。日本っぽくて素敵だし、ご主人様がテイムしないなら、私がテイムしたいくらいだわ!」


 念のためミオに確認してみたが、ミオもテイムすることに賛成らしい。

 それと、別に杉にも罪はないと思う……。


 桜トレントに向けて<魔物調教>を発動する。

 直後、桜トレントが俺を敵と判断して襲いかかってきたので、<手加減>したデコピンを当てた。


「ぐがああああ!ぐが!?」


 大きく仰け反り、そのままグッタリと力が抜けていく。

 枝が垂れ下がり、枝垂れ桜に変わってしまった。これは上手いこと言った気がする。


>桜トレントをテイムしました。

>桜トレントに名前を付けてください。


 桜トレントはデコピン一発で心が折れ、テイムを受け入れてくれた。

 そして、実は既に名前は決まっている。


「決めた、お前の名前はヨシノだ!」

「あの、仁君、その桜トレント、ソメイヨシノじゃなくてヤマザクラです……」

「What?」

「もしかして、ご主人様はソメイヨシノしか桜の種類を知らないの?」

「Yes。……知ってた?」


 俺が凛と聖の方を見て尋ねると、2人とも呆れたような顔をして頷いた。

 どうやら、桜の種類を知らなかったのは俺だけだったようだ。


「兄さん、日本でも言いましたよね?名前を付ける時は、周囲の人に相談するように、と」

「アニキも言っていたよ。仁にぃの名付けは適当過ぎるって」

「……………………」

《ドーラ、このなまえすきだよー》


 俺はそっとドーラを抱きしめた。



 凛と聖の冒険者体験会が終わり、俺達はカスタールの屋敷まで戻ってきた。


 本来ならコノエの街に向かい、『トルテの森の魔物討伐』の依頼達成報告をするべきなのだが、俺達はカスタールの王都に帰還している。

 これは、簡単に言えばアリバイ作りのためである。『ポータル』を使って移動したので、移動時間が省略されており、そのまま冒険者ギルドに向かうと計算が合わなくなってしまう。

 という訳で、明日、もしくは明後日に改めて冒険者ギルドに行き、報告をする予定だ。


「ふぅ、疲れたけど、楽しかった!」


 風呂と食事を終え、完全にリラックスした聖が満足そうに言う。

 魔王に身体を奪われていた期間が長いため、聖の感覚では久しぶりに身体を動かしたことになる。

 クタクタになるような疲れではなく、心地良い疲れが身体を満たしているのだろう。


「楽しんでくれたなら何よりだ。惜しむらくは、冒険者体験で時間を使いすぎて、王都の案内や王城の案内ができなかったことか……。見たければ、改めて時間を取るけど、どうする?」

「いや、良いよ。王都は帰りに見たので十分だし、王城を案内してもらうのは気が引けるから」


 実は、俺達は屋敷内の『ポータル』ではなく、王都の外にある『ポータル』に転移し、王都の中を通りながら屋敷まで帰っていた。

 王都を紹介する時間がなく、せめてもの悪足掻きとして、屋敷までの道を案内したのだ。


「分かった。それなら、明日は予定通り迷宮の探索だな」

「東さんの作った迷宮だよね。凝り性の東さんが作った迷宮かぁ。楽しみだね」

「ああ、東らしい、大作と呼べる代物だったよ」


 何せ、一国の地下を丸々迷宮にしているのだからな。


「迷宮探索も身体を動かすから、今日はゆっくり休んで、しっかり疲れを取るように」

「うん、分かった。明日もよろしくね、仁にぃ


杉トレント、絶対に許さねぇ……。

花粉小行軍アレルゲンマーチ>と<開花宣言フラワーマニフェスト>は良い名付けだと自画自賛しています。

名付けに時間をかけすぎて、効果は考えていません。多分、デバフと植物の成長操作です。

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
花粉症の災竜いそう
[気になる点] 巨人島編でミオが杉(楓の父)に無反応なことが気になります
[一言] スギ花粉対策のお米が開発されてたけど予算削減されたせいで一般化までは行けてないそうですよ
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