第227話 自己紹介と始まりの国
新章開始です。
魔王の討伐と聖の救出から一夜が明けた。
「改めて紹介しよう。浅井聖、俺の親友の妹で、妹である凛の親友だ。聖、大体の事情は全員が知っているから、軽く自己紹介をしてくれ」
「うん、分かった。浅井聖です。元の世界では中学二年生で、凛と仁兄とは小学校からの付き合いです。趣味は音楽鑑賞で、ソフトテニス部に入っています。昨日から、仁兄の配下になりました。これから、よろしくお願いします」
昨日は、聖の心境や体調を考慮して、関わる人間は俺と凛の2人だけだった。
一夜明けて聖も随分と落ち着いた様子だったので、本日から他の配下達との顔合わせを始める。手始めにメインパーティの5人を呼び、お互いに自己紹介をさせることにした。
「最初はさくらから自己紹介を頼む」
「はい、木ノ下さくらです……。仁君とは同級生ですが、元の世界では接点がありませんでした……。勇者召喚時、祝福を持って居ないことを理由に追い出された時に知り合い、それから行動を共にしています……。1つだけですが、仁君と同じく異能を持っています……。どうぞ、よろしくお願いします……」
「こちらこそ、よろしくお願いします。どんな異能を持っているのか、教えてもらっても良いですか?」
昨日のザックリ説明では、俺の異能は説明したが、さくらの異能までは説明しなかった。
登場人物を増やしすぎても話が分かりにくくなるので、人名やその人物の詳細よりも、何が起きたのかを優先して説明するようにしていたのだ。
「はい……。この世界に存在しない魔法を創る異能です……。効果に応じて魔力が必要になりますし、出来ないこともありますが、大抵は望んだ効果の魔法が創り出せます……」
「それは……凄いですね。……あの、死んだ人を、生き返らせることは出来ますか?」
聖は凄すぎる異能に驚いた後、躊躇いがちに死者蘇生魔法について尋ねた。
誰のことを考えての質問かは、聞かなくても予想できてしまう。
「死者を蘇生する魔法は仁君に頼まれて既に創りました……。ですが、遺体がなければ発動できません……。遺体があっても、死亡から時間が経っていると、記憶が失われてしまいます……。それ以上の魔法は、残念ながら創り出すことが出来ませんでした……」
「そうですか……。変なことを聞いてすいません」
「気にしていませんけど……。お兄さんを蘇生させたいんですか……?」
「はい、アニキに会いたくて、思わず聞いてしまいました」
予想通り、浅井の蘇生を考えていた聖は、さくらの問いに頷いた。
さくらの創り出す魔法は便利だが、万能という訳ではなく、制約も色々と多い。
蘇生魔法は特に制約が厳しく、『アンク』以外に類似の魔法を創ることは出来ていない。
「もう少し試すことならできますよ……?難しいとは思いますけど……」
「……いえ、そもそもの話、アニキが望んでいるとも限らないのに、僕の勝手な都合で蘇生しようなんて、良くない考えでしたよね。だから、気にしないでください」
「良いんですか……?」
「はい、大丈夫です。質問に答えてくれて、ありがとうございます」
聖が断ったから何も言わなかったが、出来る、出来ないは別として、俺も浅井を蘇生する魔法の創造には反対だった。
俺の中では、浅井は満足して死んだことになっている。満足して死んだ者を無理矢理蘇生するのは、正直に言って気が進まないからだ。
さくらの自己紹介はこれで終わりだな。
自己紹介はパーティ加入順を予定しているので、次はドーラの番だ。
「次はドーラだな。喋れないから、念話になるぞ」
「念話……。確か、テレパシーみたいなものだったよね?」
「ああ、俺と俺の配下だけが使えるテレパシーだ。ドーラ、自己紹介できるか?」
《はーい!ドラゴニュートのドーラ。ごしゅじんさまのペットだよー!》
「ペッ……ト……?この、幼い子を……?仁……兄……?」
「待て、補足をさせてくれ」
聖がドン引きをしているので、慌てて補足を申し出る。
「……それは構わないけど、訂正じゃなくて良いの?」
「残念だが、訂正はできない。ドーラが俺の従魔で、ペット扱いをしているのは事実だ」
「従魔?」
「ああ、ドーラは竜人種という魔物なんだ。見てもらった方が早いな。ドーラ、竜形態になってくれ」
《はーい!》
元気よく返事をしたドーラは竜形態になり、サイズの合わなくなった服に埋もれる。
俺は服の中でモゾモゾ動いているドーラを引っ張り出した。
「きゅい!」
「何この子、可愛い……」
聖の目は、モフモフ竜形態のドーラに釘付けとなった。
「見ての通り、竜人種は人と竜、2つの姿を持つ。ペット扱いというのは、この竜形態のドーラを抱き枕にしているという意味だ」
「抱き枕……。羨ましい……」
「……ちょっと、抱きしめてみるか?」
「うん!」
抱えているドーラを、とても良い返事をした聖に手渡すと、そのまま優しく抱きしめた。
フェザードラゴンはフワフワモフモフしており、抱きしめると途轍もなく気持ちいい。
「この子、フワフワして気持ちいい。抱き枕にしたら幸せだろうなぁ」
「ああ、最高に気持ち良いぞ。羨ましいだろう?」
「うん、凄く羨ましい。……自己紹介の間、このままで良い?」
「俺は良いけど……ドーラ、構わないか?」
《いいよー!》
ドーラが許可したので、自己紹介の間、聖はドーラを抱きかかえることになった。
「それじゃあ、次はミオ、頼む」
「はーい。私の名前はミオ、元日本人の転生者よ。転生知識でやらかして、犯罪奴隷になっていたところをご主人様に買われたの。趣味と特技が料理で、今はご主人様専属の料理人をやらせてもらっているわ」
「……仁兄が配下にするために奴隷を集めているのは聞いたけど、こんな小さな女の子もいるとは思わなかったよ。仁兄、補足、ある?」
ドーラの件もあり、ドン引きしつつも話を聞いてくれるようだ。
「ああ、2つ補足させてもらおうか。1つ目、ミオは転生者であり、享年と現在の年齢を足すと20歳を超えているから、純粋な小さい子扱いは相応しくないと思う」
「ご主人様!何度も言うけど享年は足さないで!」
「享年を足さなかったとしても、精神年齢は聖より上だろう」
「それは、そうなるけど……」
ミオが必死に吠えるので、マイルドな言い方に修正しておいた。
ミオの享年は16歳、転生した後の精神年齢の数え方は知らないけど、享年より下がることはないと思う。ただし、精神が肉体に引っ張られる可能性は否定できない。
「ミオ……さん……?」
「ミオちゃんって呼んでくれると嬉しいな!」
「う、うん、分かった。よろしくね、ミオちゃん」
「これから、よろしく!」
ミオの勢いに押され、聖からミオに対する呼び方が『ミオちゃん』で決定した。
「2つ目の補足だが、俺の配下には年齢が1桁の子供も少なくない。奴隷の中には、今のミオより幼い子供も存在する。そもそも、この世界には子供の奴隷が非常に多く、値段は安い。奴隷を多く集めれば、子供が多くなるのも当然のことだ」
「一応、知ってはいたけど、本当に人の命が軽い世界なんだね……」
「俺としては、助かった部分が多いから文句は言えないな。俺の異能は奴隷制度と相性が良いし、ミオを買ってから食生活が劇的に改善したから」
俺がそう言うと、さくらが遠い目をしながら頷いた。
「保存食と焼いただけのお肉はもう嫌です……」
「それは随分と酷い食生活ですね」
「はい……。ミオちゃんのお陰で助かりました……」
俺とさくらの二人旅で、何がキツかったかと言えば食事である。
2人とも壊滅的に料理が出来ないので、不味い非常食と焼いただけの肉が主食だった。
「そう言えば、仁兄、致命的に料理ができないんだっけ?」
「はい。兄さんが料理をすると、レシピは正しいのに、とても不味い料理ができるのです。複雑な工程になればなるほど不味くなるので、希有な才能だと思います」
「才能と言っても、祝福じゃなくて呪印だよね」
凛の補足を聞いて、聖が何度目かのドン引きをしながら上手いことを言う。
何故、仲間に自己紹介をしてもらうだけで、妹の親友にドン引きされているのだろう?
「……そろそろ次に移ろう。マリア、自己紹介をしてくれ」
やや強引に話を打ち切り、マリアの自己紹介に進める。
「はい。私の名前はマリアと申します。仁様の奴隷で、ミオちゃんと同時に買われました。<勇者>のスキルを持っており、仁様の護衛を務めさせていただいています。どうぞ、よろしくお願い致します」
「うん、よろしく。……<勇者>って、スキルの異常個体のことだよね?『女神の領域』に行くために、絶対に欠かせない存在だって魔王が言っていたから、私もよく覚えているよ。仁兄の仲間、本当に個性豊かだね」
『女神の領域』に行くには、<勇者>スキルを持つ者が最低5人は必要になる。
スキル鑑定ができない魔王にとって、<勇者>捜索が一番の課題なのは想像に難くない。スキル鑑定が出来る俺でも、集まるのにそれなりの労力を要したのだからな。
「……ん、待って。仁兄とさくらさんは転移者、ミオちゃんは転生者、マリアちゃんは<勇者>持ち、ドーラちゃんは……そうだ!竜人種も異常個体だよ。一度だけ、魔王が話してくれたことがあった」
俺の仲間達を見回し、まだ自己紹介をしていないセラで顔が止まる。
「まさか、仁兄の仲間って全員が異常個体なの?」
「ああ、今紹介しているのは、全員が異常個体だな。セラ、少し早いが先に軽く自己紹介をしてくれ」
「分かりましたわ。私の名前はセラ、ご主人様の奴隷で、<英雄の証>というスキルを持つ異常個体ですわ。よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします。……仁兄、もしかして、異常個体だけを集めているの?」
全員が異常個体というのは、狙って集めたように見えるかもしれない。
しかし、事実として狙っていなかったので、俺は首を横に振って答える。
「いや、今は割と集めているが、この時点では完全に偶然だな。俺が面白いと思う者を仲間にしていたら、実は全員が異常個体だったというだけの話だ」
「狙って集めたと言う方が、まだ説得力があるんだけど……。まぁでも、仁兄の周囲で異常なことが起きるのは、今に始まったことじゃなかったね。うん、納得した」
納得してくれたのは良いが、あまり人聞きの良い理由ではないのが悲しい。
「ところで、<勇者>持ちの護衛ってことは、マリアちゃんはかなり強いんだよね?もしかして、仁兄よりも強いの?」
「いいえ、護衛としては不甲斐ないことですが、私よりも仁様の方がお強いです」
「純粋なステータスでは俺が上だが、同条件で戦いの技術を競ったら結果は分からない。ただ、マリアは模擬戦でも俺相手では遠慮するから、証明することは難しいだろうな」
「申し訳ございません。仁様のご命令でも、仁様に殺気を向けることはできません」
「……という訳だ」
マリアとは頻繁に模擬戦をしているが、殺気を込めた戦いはマリアが全力で拒否してくるので実現したことはない。
無論、マリアが模擬戦で手を抜いているという意味ではない。模擬戦という枠の中で、全力で戦っているのは間違いない。
しかし、模擬戦が殺気を含んだ真剣勝負よりも、経験の質で一段落ちるのもまた事実だ。
例え剣が身体に当たったとしても、味方への攻撃が無効なのでダメージはないはずだが、俺に殺気を向けること自体がマリアの中ではNGらしい。
「そうなんだ。それでも、マリアちゃんは仁兄に迫る実力があるんだよね?」
「ああ、それは間違いない」
「質問だけど、仁兄の配下の中で、魔王に勝てる人ってどれくらい居るの?僕の強さの基準って魔王なんだよ。仁兄が来るまで、負け知らずだったし……」
「俺の異能による補正なしで、1対1で勝てるのは10人以下だろう。パーティを組めば勝てるのは2~3組だな。異能の補正ありなら、1対1で勝てるのが100人以上になる」
正直、異能でステータスを上げてしまえば、配下全員が魔王を倒せるようになる。
魔王という役割の都合上なのか、魔王の持つスキルの中には、圧倒的なステータス差を覆す、隠し球と呼べるようなスキルはなかった。
言い方はアレだが、魔王にはステータスによるゴリ押しが有効なのだ。
「仁兄の異能、とんでもないね。一応、歴代最強の魔王のはずなんだけど……」
「確かに最強の魔王だったよ。仮に俺がこの世界に来ていない場合、魔王ホーリーを倒すには、<英雄の証>と<祓魔剣>が必須になっただろうな」
つまり、強靱な肉体と魔王特効の2つが必須ということだ。
先にも述べたように、ステータスのゴリ押しで倒すことも可能だが、異能抜きでその域に達することは不可能に近い。
「セラさんなら、仁兄が居なくても魔王を倒せたってことですか?」
「いいえ、それは無理ですわ。ご主人様が居なければ、間違いなく私は餓死していましたから」
「餓死……ですか?」
「<英雄の証>の所有者は、デメリットでバカみたいな大食いになるんだよ。具体的に言うと、最低でも1日3食、昨日の聖以上の食事量が必要になる」
空腹だった昨日の聖は、焼きおにぎり3つ、グラタン、カツ丼、うどんを平らげた。
対するセラは、毎食それ以上のカロリーを摂取している。ただし、兵糧玉を含むので、実質的な負担はそこまで大きくはない。
「昨日の僕以上って相当だよ? ……余程、裕福な家庭じゃないと厳しいよね」
「私の生家は貴族でしたけど、不気味に思われて奴隷にされましたわ」
「裕福なだけじゃなく、家族にも恵まれないと駄目なんですね」
「加えて言えば、まともに戦える身体に育つには、更に多くの食事が必要になる。余程、環境に恵まれない限り、魔王と戦うなんて無理な話だろうな」
環境に恵まれなかったセラでは、魔王を倒すには至らなかった。
その可能性があったのは、環境に恵まれた<英雄の証>の所有者、真紅帝国皇帝ただ1人である。
「実際、俺が最初に見た時のセラはガリガリで酷い有様だったぞ」
「ご主人様のおかげで、ここまで健康的な身体を取り戻すことができましたわ」
「でっか……」
セラが誇らしげに胸を張ったので、聖は驚異の胸囲に気圧された。
「反面、<英雄の証>の所有者は、肉体的に大きく成長しやすい傾向にある。この見た目だけど、セラは聖と同年代だからな」
「嘘でしょ!?」
見た目はどう見ても成人女性だが、セラの実年齢は中学生くらいなのである。
成長が早過ぎるのも、不気味と思われる一因なのがまた皮肉である。
「本当ですわ。だから敬語は不要ですし、呼び名はセラちゃんで構いません」
「敬語はともかく、その外見の人にちゃん付けはちょっと……」
「私、年齢通りに扱われないことが悩みの1つなんですの……。同年代として、気安く接してくださると嬉しいですわ」
「うん、分かった。そうさせてもらうよ」
セラが同年代と知り、敬語を止めた聖が頷く。
「さて、これで一通り自己紹介が終わったな」
「流石、仁兄の仲間なだけあって、個性的な人が多かったね」
「日本に居た頃も含め、兄さんの周囲には、個性的な人が集まりやすいですから」
自分は例外ですと言わんばかりの凛(自称普通)だが、1番近くにいた妹が含まれないというのは、少々無理があるのではないだろうか?
実際、それなりに付き合いのある相手には、凛が普通ではないとすぐにバレていた。
「でも、仁兄って、個性的な人と一緒にいる時が1番楽しそうにしているよね」
「そりゃそうだろ。普通のヤツより、個性的なヤツの方が楽しく遊べるに決まっている」
「ふ、普通の人は、つまらない……ですか……?」
自称普通の凛が、ショックを受けたような顔で聞いてくる。
「そこまで言うつもりはないけど、遊び相手としては、個性的な方が面白い。……一応、言っておくと、凛にまで個性的であることを求めないからな?」
「……分かりました。私はこのまま普通の人で在り続けます」
「「「「「…………」」」」」
俺、聖、さくら、ミオ、セラの5人は、凛の普通の人ムーブが今は成功しているかのような発言に、何とも言えない顔をすることになった。
自己紹介が終わったので、本日のメインイベントを始めることにした。
『ポータル』を使用して向かったのは、俺の異世界生活始まりの地とも言えるエルディア王国……現在は、カスタール女王国のエルディア領である。
より正確に言うと、エルディア領最大の都市であるゼルガディアに来ている。
俺もアルタに聞くまで忘れていたが、ゼルガディアはエルディア王国時代の王都の名前だ。現在もエルディア領の中心都市ではあるが、当時の活気は残されていない。
魔族の襲撃で住民が数多く殺され、敗戦により国が消滅して王都ではなくなり、新たな領主は非常にドライな内政を行うため、領民の生活が常にギリギリになるのも当然だろう。
補足すると、エルディア領の現在の領主はウチのメイドの1人だ。
活気もなく、面白くもないエルディアに来た理由は、聖の望みを叶えるためである。
聖は元の世界に帰りたいと望んでいる。そして、上手くいけば2週間以内で帰れる。
その間の過ごし方を尋ねたところ、聖は「この世界のことを知りたい」と答えたのだ。
「このまま元の世界に帰ったら、僕、この世界に嫌な思い出しか残らないと思う。アニキが死ぬまで生きた世界に、嫌な思い出しか残らないのは少し寂しい。少しでもこの世界のことを知って、良い思い出を増やしたい」
こんなことを言われたら、全力で協力するしかないだろう。
俺は、聖に良い思い出を贈る方法を考えた。そして思い付いたのが、『観光』だった。
まぁ、いつも通りと言えばいつも通りのことである。
具体的に言えば、俺がこの世界で巡った国や地域を、聖、凛と共にもう一度巡るのだ。
一度巡った場所ならば、俺達の思い出話や説明を交えられるというメリットもある。
なお、俺も知らない土地を一緒に観光するという案もあったが、知らない土地に行ったら新規イベントが起きるので、落ち着いた観光は不可能と判断して却下した。
ただし、このアイデアには1つ問題があり、1週間以内に一通り巡ろうと思うと、1カ所当たりの滞在時間が短くなってしまうのだ。
俺の今までの軌跡を考えれば、1つの国を観光できる時間は、半日が限界だと思われる。
時間制限が厳しすぎる観光は、あまり楽しめないと思い、聖に確認してみた。
「仁兄が体験した全てを説明してもらう必要はないよ。特に記憶に残っていることや、面白かったことだけ教えてくれた方が嬉しいかな」
こうして、『観光』のコンセプトは『進堂仁セレクション』に決まった。
そのような理由があり、始まりの地であるエルディアにやってきたという訳だ。
さくらやドーラ、ミオ、マリアに出会った土地だから、旅程から外すことはできないけれど、エルディア王国には良い思い出が少ないんだよなぁ……。
「ここが、俺達が召喚された大広間だ」
旧エルディア王城……現在はエルディア城と呼ばれる城の大広間は、収容人数1000名を余裕で越え、勇者召喚にも使われた懐かしの場所である。無論、皮肉である。
今日のような理由でもない限り、二度と訪れることはないと思っている場所だ。
「勇者800人を呼び出しただけあって、結構広いわね」
「そうですわね。ですが、何カ所も修繕した跡があるのが少し気になりますわ」
「魔族襲撃時の被害でしょうね。あの壁、穴が空いた跡があるわ。何があったのかしら?」
この大広間に初めて入ったミオとセラが、周囲を見回しながら会話をしている。
この大広間は随分と豪華な作りをしているが、所々に補修した跡が見え隠れする。
ミオの言う通り、これは魔族襲撃時の被害を補修した跡である。当時、魔族はこの大広間まで到達しており、多くの人や物が被害を受けていた。
「そこには、仁様と四天王の戦いの際に空いた穴がありました」
「ご主人様の仕業かぁ……」
ミオの疑問に答えたのは、俺に同行して現場を見ていたマリアである。
大半の被害は魔族の手によるものだが、一部は俺が関わっていたりする。しかし、罪悪感は微塵もない。当時、カスタールとエルディアも戦争中だったからな。
「私と仁君が初めて出会ったのもこの大広間でしたよね……」
「出会ったと言うより、一緒に追い出されたと言う方が正しい気がするけどな」
「確か、自己紹介をしたのも王都を追い出された後でしたね……」
勇者として召喚されたのに祝福を持っていなかった俺とさくらは、勇者とエルディア王国の人間に敵意を向けられ、自己紹介する間もなく王都を追い出された。
魔物の闊歩する王都の外に、転移したばかりの異世界人を無一文で放り出す。これは事実上の死刑宣告と言えるだろう。その異世界人が、異能の力でも隠していない限りは。
「さくらと出会えたのは良いことだけど、総合すると嫌な思い出に含まれそうだな」
「私も同じです……。仁君と出会ったこと以外、この街に良い思い出はありません……」
「聖、悪いけどゼルガディアの観光は省略しても良いか?」
「うん、もちろん良いよ」
聖の了承も得られたので、これにて旧王都ゼルガディアの観光は終了となった。
先にも述べたように、俺達の軌跡を語る上で重要な土地なので、旅程から外すことはできない。しかし、滞在時間を最低限にすることはできるのだ。
ゼルガディアを後にした俺達は、次なる目的地である洞窟へと転移した。
「ここは、俺とさくらがドーラと出会った洞窟だ」
この洞窟はかつて、巷で噂の盗賊団、『黒い狼』のアジトだった。
ドーラは竜形態で檻に閉じ込められ、貯め込んだお宝と同じ部屋に入れられていた。後に分かったことだが、エルディアの貴族に売りつける予定だったらしい。
盗賊団を壊滅させ、盗賊から奪った<魔物調教>によりテイムを試みると、ドーラは一切の抵抗なく受け入れてくれた。
「あれ?魔物をテイムするには、戦って力を認めさせる必要があるんじゃなかったっけ?魔王が最終試練をテイムする時、そんなことを言っていたと思うんだけど……」
俺がドーラとの馴れ初めを話すと、聖は不思議そうに首を傾げた。
「ああ、普通なら戦う必要がある。ただ、最初から相手を認めていたり、危機的状況で助けて欲しい時は、戦わずにテイムを受け入れることもあるそうだ」
「納得したよ。つまり、ドーラちゃんは仁兄に助けて欲しかったんだね」
《ちがうよ!ドーラはごしゅじんさまといっしょにいたいからテイムされたの!ごしゅじんさまのめをみたら、ぜったいにドーラのみかただってわかったから!》
聖の納得に待ったを掛けたのは、人間形態に戻っているドーラだった。
洞窟でドーラをテイムする直前、しばらく見つめ合っていたのだが、その時にドーラはそんなことを考えていたのか。俺の方は完全に無心だったよ。
「そうだったんだ。勘違いをしてゴメンね」
《わかればよろしー》
何も言わない。実は俺も勘違いしていたとは言わない。
横目で見ると、さくらは目を逸らしていた。同じ勘違いをしていたのだろう。
「ドーラ、おいで」
《うん!》
俺が呼ぶとドーラが抱きついてきたので、持ち上げて肩車をする。
「ドーラちゃんを前に言うのも何だけど、仁兄って割と小動物に好かれるタイプだったらしいね。アニキ、人間相手のコミュ力は凄いけど、何故か小動物には嫌われるから、羨ましそうに話していたことがあったよ」
「ああ、絶対って訳じゃないけど、割と好かれる方だったと思う。浅井が小動物に嫌われるのは、多分、眼力が強すぎるんじゃないか?基本、小動物は目が合った相手は、自分を狙っていると思って警戒するからな。浅井の目力なら、過剰に警戒されて当然だろ」
「確かに、アニキと目を合わせた小動物は、必ず逃げ出していた気がする……」
人間相手のコミュ力は、動物相手には何の役にも立たない。人を見る目はあるが、動物を見る目はないと言う訳だ。そもそも、見たら逃げ出すのでは、見る目を養う暇すらない。
「浅井相手に逃げ出さなかったのは、ウチのシロくらいだったな」
「シロって、僕と凛が友達になる前に仁兄が飼っていた猫だよね? 」
「はい。義信さん、ウチに来ると必ずシロを撫でていましたよ」
小学生の時に飼っていたシロはとても賢く、浅井にも大人しく撫でられていた。
だから、小動物好きなのに嫌われる浅井は、シロをとても気に入っており、よく俺の家に遊びに来て、飽きもせず撫で続けていたのだ。
《ドーラもなでてー!》
「よしよし」
《わーい!》
猫を撫でる話をしたら、我慢できなくなったドーラがナデナデを要求してきた。
すかさず、ドーラを肩車から抱っこにシフトさせ、頭を撫で回す。更に撫で回す。
「さて、洞窟も見たし、そろそろ次の場所に行こうか」
「え?洞窟には入らないの?」
ドーラを撫で、満足した俺が話を切り上げようとすると、聖が不思議そうに聞いてきた。
「洞窟の中は汚いし、面白い物は何もないぞ。元々、盗賊団のアジトだからな。聖が見たいと言うなら、駄目とは言わないけど……」
「うん、止めておくね。次に行こう」
思い出の地ではあるが、見て楽しい場所ではないのである。
なお、ドーラと出会え、レアなスキルもゲットできたから、良い思い出には含まれる。
さくら、ドーラとの出会いの地を紹介したのだから、次にミオ、マリアとの出会いを紹介するのは当然のことだ。この2人とは同じ街で出会ったので紹介が少し楽だな。
俺達が転移したのは……………………。
A:ティエゾの街です。
ティエゾの街にある領主の館である。
何故、領主の館に『ポータル』が設置してあるかと言えば、この街の領主がウチのメイドだからである。これだけで、十分な説明になるのが凄いところだ。
補足しておくと、エルディア王国がカスタール女王国の属領になった際に、悪質な貴族はまとめて粛正されることになった。その際、この街の領主も粛正対象となったのである。
「ミオとマリアは、この街の奴隷商で購入した。2人合わせて4万でお買い得だったな」
「ご主人様、そこで値段を言う必要はないよね?」
お買い得だったミオが不満そうに声を上げる。お買い得だったマリアは平然としている。
「良い買い物をしたら、自慢したくはならないか?」
「それはなるけど……。私達の価値が4万ゴールドって言われているみたいじゃない」
「そんな訳がない。奴隷商での価格は、その時点の奴隷としての価値だから、本人の持つ才能と乖離があるのは当然だろう。俺が自慢をするのは、4万ゴールドで買った奴隷が、ここまで立派に育ったからだ」
ある意味、ミオ達はその後の方針を決める上で、重要なモデルケースだった。
隠された才能はあるが、不遇な奴隷として扱われている者を買い、その才能を全力で伸ばしていくという、俺にしかできない仲間の作り方である。
「ご主人様にとって、『4万で買った』は誉め言葉だったんだ……」
「今後も仁様が自慢できるよう精進致します」
「これ、多分、私を買った値段も公開される流れですわね……」
「…………」
奴隷組が思い思いに呟いている横で、聖が何かを思案している。
「仁兄、奴隷を買うのは良いけど、ミオちゃん達みたいに信用できる子は、奴隷から解放してあげた方が良いんじゃない?奴隷から解放しても、僕と同じように配下にすることはできるよね?やっぱり、奴隷で居続けるのって、気分が良くないと思うんだ」
聖が口に出したのは、ミオ達の奴隷からの解放だった。
事実として、俺はミオ達をほとんど奴隷としては扱っていない。奴隷から解放したとしても、配下であることに変わりはなく、大きく何かが変わることもないだろう。
「俺は別に構わないんだが……」
「お待ちください!私達が構います!」
俺が聖の意見に肯定的な発言をしようとしたら、マリアが声を張り上げた。
「私は仁様の奴隷であることを誇りに思っています。奴隷であるからこそ、仁様との強い結びつきを感じられるのです。私は、ステータスから仁様の名前を失いたくありません」
俺の配下になっただけでは、ステータスの表示に変更はない。
他人の名前がステータス欄に表示されるのは、奴隷や使者など、一部のスキル効果を受けて、称号が変わった場合に限られる。
「聖ちゃんの気持ちは有り難いけど、私もマリアちゃんと同じ意見かな。奴隷だからこそ、明確にご主人様の庇護下にあると思えるのよ。気分が良くないどころか、安心材料ね」
「そうですわね。今更、ご主人様の庇護下から離れるなんて、考えたくもありませんわ」
《ドーラもペットがいいー!》
ミオ、セラがマリアの意見を肯定し、ドーラがそれに続いた。
「ごめん。何か、余計なお世話だったみたいだね」
「気にしなくて良いわ。私達も、これが普通じゃないことは理解しているから」
ミオがそう言うと、マリアとセラが同意するように頷いた。
どうやら、ウチの奴隷達は変わった連中だったようだ。誰の影響だろうね?
その後、少しだけティエゾの街を散策して、すぐに次の街へと転移することになった。
旧王都ゼルガディアや盗賊団のアジトとは異なり、この街には仲間と出会ったこと以外にも、悪くない思い出はいくつか存在する。
しかし、その悪くない思い出を共有できる相手は、既にこの街には居ない。死んだ訳ではない。この街を離れ、新天地で暮らしているだけだ。
そうなると、この街で紹介できるのは奴隷商くらいしか残らない。
「奴隷商、行くか?」
「いや、止めておくよ」
聖が拒否したことにより、ほんの少し街を歩くだけで散策は終了となった。
次に向かうのは、旧エルディア王国とカスタール女王国の国境だったリラルカの街だ。
……実際には、ティエゾの街とリラルカの街の間で、元Sランク冒険者による襲撃があった訳だが、現場を見て楽しい物でもないので、口頭で軽く説明するだけにした。
「ようやく、エルディアの説明を終えられたな」
「今更だけど、仁兄、仲間の話以外、ほとんどしていないよね?」
「ああ、それは当然だ。良い出会い以外、この国に語りたいことはないからな」
この国の良い思い出は、本当にそれだけなのである。
仁が今まで行った国や地域を凛、聖とともに少しハイペースに巡る章です。
1~2国で1話のペースになる予定なので、本当に1国はサラッと進みます。
配下はキーになるキャラだけ紹介されたりされなかったりします。