第225話 任務完了と親友の妹
書籍化阻害要因③:キャラクター名
・変えたくないけれど、必要があれば変えざるを得ません。
さくらが一番怪しいです。あとタモさん。
書籍化阻害要因④:矛盾点、死に設定
・実は細々とした矛盾点や死に設定が幾つかあります。
Web版の修正は未定ですが、書籍化するならブラッシュアップします。
さて、それでは完全終了した魔王討伐作戦のリザルトを列挙しよう。
最大の目標である『魔王を殺さず、元人格を取り戻す』は、魔王の人格だけを排除し、聖の人格を取り戻せたので、見事達成できたと言える。
まだ聖は目覚めていないようだが、後遺症のようなものは残っていないと、アルタのお墨付きも貰っているので一安心だ。
次に、魔王討伐後に発生する目標として、目撃者となる魔族の殲滅と、カバーストーリーに必要な証拠の入手だが、これも概ね達成できている。
目撃者の殲滅は、魔族を全て石化して回収しているので、必然的に達成できている。
マップで隈無く確認したので、間違いなく全滅させたはずだ。
生き残りの可能性があるとすれば、俺達が魔族領に入る前に魔族領を出ていた魔族だが、四天王以外に単独で行動する魔族はいないので、考える必要は無いだろう(フラグ)。
カバーストーリーの証拠として、『万魔剣・ディアブロス』を回収した。
この剣自体、世間に存在を知られていないので、証拠としては少々弱いかもしれないが、他に何も無いのだから仕方がない。
魔王にしか使えない武器なので、信憑性が0とはならないだろう(希望的観測)。
目標とは少し違うが、現地勇者VS最終試練の結果も発表しておこう。
シンシアパーティVS武神アスラ、アスカパーティVS美神フレア、リコパーティVS邪神獣ヘル、全てで俺の配下が勝利している。……まあ、当然の結果だよな。
問題は、勝利数が3なのに対し、得られた討伐報酬の数が0である点だ。
テイムすると決めた2体はともかく、邪神獣ヘルを取りこぼしたのは痛い。俺が殺したので、ヘルのスキルは得られたが、それ以外には素材すら手に入らなかった。勿体ない。
そして、当初の予定になかった戦果も存在する。
大きく『スキル』、『人』、『情報』の3つに分けられる戦果である。
最初に、得られた『スキル』の解説をしよう。
一番大きいのは、魔王の持っていた5つの呪印が、全て普通のスキルとなって回収できたことだろう。
正確に言えば、<存在継承>と<存在昇華>は聖の物で、俺の物ではないのだが、とりあえず戦果として扱っている。
魔王専用スキルである<魔王>、<四天任命>、<暗黒領域>は完全に俺の物になったが、使いたいスキルではないな……。
一応、邪神獣ヘルのスキルも手に入れた訳だが、デバフ系なので俺の趣味には合わない。
……こう考えると、俺が手に入れたスキルは、微妙に使い道がないものばかりだ。
気を取り直して、確保した『人』の解説をしよう。
便宜的に『人』と呼んでいるが、その中に人類種は含まれていない。含まれているのは、最終試練2体と四天王2名、その他の魔族4581名である。
今は全員が石化して、<無限収納>の中で眠っている。
最終試練2体、武神アスラと美神フレアは、口約束ではあるが、既に俺の配下になることを了承済みである。
2体とも見た目は人間の女性(片方は半分男性)だが、完全な魔物枠なので、奴隷化ではなくテイムで対応することになる。
魔族はそのまま奴隷化しても憎悪の塊で使い道がないので、事前に<祓魔剣>による浄化を施す予定である。
まだ、実際に効果を確認した訳ではないので、ハッキリしたことは言えないが、上手くいけば4000人以上の人材が手に入ることになる。
人間の領域で運用することはできないので、地下労働施設(迷宮)行きだけどな。
四天王は<祓魔剣>で浄化して普通の人間に戻るだけだ。奴隷にはする。
最後に『情報』の成果だ。ある意味、これが一番重要だったかもしれない。
これは、魔王から齎された『女神は祝福を使い、勇者の目からこの世界を見ている』という情報のことだ。
つまり、勇者が目で見た情報は、女神にも伝わっているということである。
女神を殴ろうという俺達にとって、情報が女神に漏れている可能性があるというのは、無視できない重要事項である。
女神の目が届かないのは、灰色の世界、世界樹、迷宮の3つだ。
確認したところ、俺はこの3つ以外で勇者に顔を見られていないので、致命的とまでは行かなそうだ。女神に見た者のステータスを確認する手段がなければ、の話だが……。
これで、魔王討伐作戦のリザルトは全て列挙できたかな。
聖の救出を含め、最終的には実りの多い戦いだった。まさに大勝利!
魔王討伐作戦が終了したので、俺達は帰路につくことになった。
俺、マリア、タモさんは行きと同じくブルーに乗って帰還する。
帰還先はカスタールの屋敷ではなく、カスタール王城だ。女王からの任務なので、サクヤへの報告は必須だからな。
次に包囲作戦組、約1000人の大所帯である。
このグループは、『ポータル』やら『ゲート』やらで、次々と帰還している。なお、一部は予備人員として残る予定だ。
1000人も動員したのに、実施した作業と言えば、脱走した先代魔王の四天王の確保と、魔王死亡後に魔族領外に出ようとした魔族約100名の回収だけである。
大分無駄なことをさせてしまったが、出番がない可能性は織り込み済みだったはずだ。そもそも、当初の予定では500人だったのに……。
最後、問題の現地勇者組である。
彼女達は、先遣隊として俺よりも先に出発し、魔族領を徒歩で移動していた。逆に言えば、彼女達は帰りも魔族領を出るまでは確実に徒歩なのである。
当初の予定では、最終試練との戦いが終わった時点で帰還して貰う予定だったが、少し魔族を減らしておいた方が良いと思い、周辺の魔族殲滅をお願いすることにした。
つまり、追加の仕事により、帰還が最も遅くなってしまったのだ。多分、帰還は夜近くになってしまうだろう。
……正直、申し訳ないと思っている。
A:全員、マスターに頼られることを喜んでいます。
嬉しいけど、純粋に喜ぶ訳にもいかない、複雑な心境である。
色々と考えている間にカスタール王城に到着したので、そのまま謁見の間へ向かう。
謁見の間には、サクヤと国の重鎮達が集まっていた。重鎮の中に、カスタールに出向中のメイドが多数含まれているのはご愛敬。
「女王騎士ジーン、任務を達成し、ただいま戻りました」
「うむ、よくやったのじゃ」
女王モードのサクヤの前に跪いて、任務達成の報告をする。
謁見の間では簡潔な報告だけに済ませ、詳細な説明は一部の人間だけを集め、サクヤの執務室で行う予定だ。
《兄さん、聖が目覚めました》
サクヤの執務室に向けて歩いていると、意識のない聖を任せた凛から念話が来た。
《分かった。急いで戻る。……サクヤ、聖が目覚めたから屋敷に戻る。悪いけど、後のことは任せても良いか?》
《うん、もちろん良いわよ。お兄ちゃんは早く戻ってあげて》
《ああ、頼んだ。まずは執務室まで急ぐぞ》
《ちょ!?》
サクヤの移動速度に合わせると時間がかかるので、抱え上げて駆け足で執務室に向かう。
道中、すれ違った人達が驚いた顔をしていた。
A:騎士が女王を小脇に抱えていたからです。
……それは驚くな。お姫様抱っこにしておこう。
執務室に入ると、サクヤを降ろして『ポータル』を発動する。ここまで来れば、行方が分からなくなっても問題ない……と思う。
「ただいま」
「おかえり」「お帰りなさい」「お帰りなさいませ」×多
屋敷へと転移して皆に挨拶した後、凛の部屋へと急いだ。
流石の俺も、妹の私室には『ポータル』を設置していない。妹分であるサクヤの私室には、『ポータル』が設置してあることからは目を逸らす。
「兄さん、お帰りなさい」
「仁兄、久しぶり」
ノックして凛の部屋に入ると、2人は横に並んでお茶を飲んでいた。
余談だが、聖は魔王スタイルから一般的な服装に着替えていた。
「凛、ただいま。聖、久しぶりだな。体調はどうだ?」
「少し怠いけど、悪くはないよ。これも仁兄のお陰だね」
俺のお陰?何故、聖がそれを把握している?
「……凛、聖にはどこまで話したんだ?」
「まだ、ほとんど何も話していません。今、魔王に身体を奪われていた時の記憶があるということを聞いただけです」
「記憶がある、と言うよりは、魔王と僕の人格が、1つの身体に同居していたって感じかな。身体の主導権は魔王にあって、僕は指一本も身体を動かせなかったけどね。魔王は僕に操作権を渡そうとしてくれたんだけど、中々上手くいかなかったよ」
「…………」
まさかの衝撃情報が飛び出してきた。ちょっと考えてみよう。
今までの情報では、元人格は魔王の人格を上書きされた時点で消滅するという話だった。
少なくとも、人間の人格に戻った四天王は、四天王時代の記憶が残っていなかった。
記憶が上書きされるという意味では、魔王と四天王に大差は無いはずだ。何故、聖の人格だけが消滅しなかったのだろうか?
A:不明です。
はい。アルタに分からない時点で、考えても答えが出ないことが確定。つまり、保留。
次は聖の説明で気になった点を尋ねてみよう。
「もしかして、魔王と話ができたのか?」
「うん、僕も常に起きていた訳じゃないんだけど、起きている時は身体を動かせなくて暇だったから、魔王とは色々な会話をしていたよ」
「それじゃあ、魔王の名前は……」
魔王ホーリー。俺が魔王の正体を察した理由の1つだ。
「うん、僕が名付け親だよ。パッと思いつかなかったから、僕の名前を英語読みにしただけで、勘弁してもらったけどね」
「聖も大概安直ですね。兄さんと大して変わらないネーミングセンスです」
凛が聖を……あれ?俺もまとめてディスられてないか?
「そう言わないでよ。魔王に名前を付ける機会なんて、今までの人生で一度もなかったんだから。確かに、魔王も微妙な顔をしていたけど……」
どうやら、聖と魔王はそれなりに友好的な関係を築いていたようだ。
一応、被害者と加害者という関係性だが、魔王が悪いとも言えないからなぁ……。
「その様子だと、この世界に関する知識は、それなりにあるみたいだな」
「うん、色々と魔王から教わったよ。勇者のこと、女神のこと、この世界のこと……」
そこで、聖は少し不安そうな顔をする。
「……もしかして、アニキもこの世界に来ているのかな?僕がこの世界に召喚された日の朝から、アニキが行方不明になっていたのは……」
聖の兄である浅井義信は、俺達がこの世界に転移した日の朝から行方不明になっていた。
俺の元にも、珍しく狼狽した聖から連絡が来たのでよく覚えている。
そして、この先に愉快な話は存在しない。それでも、家族である聖には知る権利がある。
「確証はないが、浅井は恐らく、500年以上前に勇者として召喚されている」
「500年!?何でそんなことに!?」
「この世界は、元の世界より時間が進むのが早い。具体的な差は分からないが、浅井が朝から行方不明になり、俺達が放課後に転移したことを考えると、数年の差で済まないことは確実だ。古い勇者関連で、浅井らしき足跡もあったから、まず間違いないだろう」
「そんな……」
事実上の訃報を聞き、聖の顔色が悪くなる。
俺達の前ではあまり仲の良い様子は見せていなかったが、家族としての愛情があるのは当然だ。異世界で死んだと聞いて、平静を保つ方が難しいだろう。
「アニキ、最期は幸せだったのかな……?」
「すまん。そこまでは分からない」
何分、過去の勇者に関する情報はあまりにも少ない。
アルタにも探して貰っているが、浅井に繋がる情報は増えていないのが現状だ。
「ゴメン、無茶なことを聞いたよね。ねぇ!アニキと仁兄がこの世界に来ているってことは、もしかして東さんも来ているの?」
「ああ、100年以上前にこの世界に来て、既に亡くなっているな……」
「あ、そう……」
暗い話題を変えようとした聖だが、より暗くなる話題にしかならなかった。
「一応、東の最期はそれなりに満足できる物だったと聞いている」
「……そうなんだ。良かった、とは言えないけど、分からないよりはマシだよね」
「ああ、満足した最期を知れただけ、マシだと思うことにした」
『思っている』ではなく、『思うことにした』なのが重要だ。
「それと、浅井が俺の想定する勇者なら、魔王討伐時点で生き残ったのは確実だ。そこまで生き残ったからには、満足した最期を迎えられたと思……いたい」
「何か、歯切れの悪い言い方だね」
「仕方ないだろ。知っていると思うが、勇者と魔王の戦いは女神のマッチポンプだ。女神が、魔王討伐後の勇者に何か仕込んでいてもおかしくはない」
まず、勇者と魔王という、女神の作ったシステム自体に信頼が置けない。
正直、女神が魔王を倒した勇者を『貴方の役割は終わりました。死になさい』と言って殺した可能性すらあると思っている。
しかも、それを裏付けるかのように、魔王討伐後の勇者に関する情報が極端に少ない。
「女神かぁ……。正直、かなり性格悪いよね?」
「ああ、確実に性格が悪い。女神が干渉すると、ほぼ確実に不幸になっているくらいだ。勇者だけは不幸になったとは聞かないが、勇者だけが例外とは言い切れない」
俺の知る限り、女神に干渉されて明確な不利益を被っていないのは勇者だけだ。
そもそも、異世界に召喚されること自体が不利益とも言えるが、それならほぼ同じ条件の魔王はもっと酷い目に遭っている。
しかし、実は勇者だけが例外なのではなく、似たような目に遭っているが、知られていないだけ、という可能性も否定できなかったりする。
「確かに、それはあり得るね」
「……そこまで行くと、神は神でも、邪神とか悪神の所業ではないですか?」
納得する聖と、ドン引きする凛の姿が対照的である。
「ここまで明確に害を与えてくる神なら、邪神扱いしても良いだろうな」
「うん、魔王も悪態をつく時は、邪神呼びだったよ」
「……そう言えば、今更な話ですけど、女神の名前は何と言うのですか?皆、『女神』としか呼ばないのですが、名前くらいありますよね?」
「うん?」
凛に言われて気づいたが、俺、女神の名前を知らないな。
『女神』だけで通じるから、興味が湧かなかったのかもしれない。
アルタ、教えてくれ。
A:不明です。女神の名前は明らかになっておらず、『創世の女神』とだけ呼ばれています。
意外だな。唯一神と言える存在なのに、名前が明らかになっていないのか。
それとも、名前を知られると困る理由でもあるのか?
「残念ながら、俺も知らないな」
「そうなんですか?兄さんが知らないなんて意外です」
「それなら、魔王から教えて貰ったから知っているよ」
「何で?」
何故、人間側に知られていない情報を、魔王の側が知っているのか?
「何でと言われても、500年前の魔王が知っていたそうだよ」
500年前の魔王、一体何者なんだ……。
「女神の名前はノア。神託の女神ノアだってさ」
「神託?創世じゃないのか」
『神託』と『創世』では、意味も印象も大きく変わってくる。
『神託』が悪いとは言わないが、言葉の格で言えば、『創世』>『神託』となるだろう。
「ゴメン、理由とか詳細までは知らないんだ。丁度、僕が寝ている時に出た話だから」
「そうか。少し気になるけど、今は調べようがなさそうだな」
「うん、魔王なら答えられると思うけど……。僕が色々と聞いていれば良かったね」
「気にするな。それに、絶対に調べられない訳じゃないからな」
魔王の人格を修復して、記憶が無事なら聞いてみよう。
そもそも、現時点で魔王に聞きたいことが多すぎるのが問題だ。
聖の救出を優先して魔王を祓ったことに後悔はないが、想像以上に魔王が情報を握っていたので、今更になってもどかしい思いをすることになった。
―ぐ~~~―
ここで、分かりやすく大きな腹の虫が、聖のお腹から響いた。
しんみりした雰囲気になっていても、身体は正直ということだ。
「えっと……。ちょっとお腹空いたから、食べ物をもらえると嬉しいな」
「何か食べたい物はあるか?」
「割と限界だから、早く食べられる物なら何でも良いかな」
「それなら、焼きおにぎりで良いか?」
「うん、ありがとう。いただきます」
俺が焼きおにぎりを3つ取り出して渡すと、聖は勢いよく食べ始めた。
空腹の限界みたいだし、話の続きは食事が終わるまで待つとしよう。
結局、聖が食事を終えたのは、食べ始めてから1時間後のことだった。
焼きおにぎり3つは前菜に過ぎず、そこからグラタン、カツ丼、うどんを食べ終わったところで、ようやく満足してくれた。
「ふう、ご馳走様でした。これで腹八分目だよ。2人とも、待たせてゴメンね」
満足してくれていなかった。
「それは良いけど、聖ってそんなに食べるタイプだっけ?」
「いえ、前は普通の食欲だったはずです」
そう言われても、俺には女子中学生の普通の食欲は分からない。
運動部の男子高校生なら、先ほどのメニューも食べられなくはない……かもしれない。
「うん、僕は大食いじゃないよ。多分、食事が不要な魔王から、食事が必要な人間に戻った反動じゃないかな。まぁ、久しぶりの食事だから、加減をミスったのはあるかも……」
「ところで聖、今食べた料理の総カロリーを聞きますか?」
「うん、止めて!」
凛に突きつけられた現実に屈した聖が耳を塞ぐ。
「そんなことより!話の続きをしようよ!」
「露骨に話を逸らしましたね」
「ほら、続き続き!次は仁兄の話を聞かせて欲しいな!」
「俺の話だな……」
さて、どこまで詳しく話をするべきか……。
凛の時と同じように、最初は異能のことをボカして説明した方が良さそうだな。
聖はスキルのことを知っているので、どうしても異能の説明が必要な時は、特殊なスキルと言えば問題ないだろう。
その後、10分程かけて、聖に俺の異世界生活をざっくりと説明した。
「やっぱり、アニキの親友だけあって、仁兄も普通じゃないよね」
俺の話を聞き終えて、最初の感想がそれなのか?
元の世界でも、「類は友を呼ぶ」とは散々言われたけれど……。
「私は普通です」
「いや、凛には聞いていないから……。それと、一応言っておくけど、何の確証もない状況で、躊躇無く異世界行きを決める凛は普通じゃないからね?」
「兄さんに呼ばれたと思ったら、異世界くらい行きますよ。兄さん、普通ですよね?」
「…………」
俺は無言で首を横に振った。
凛を召喚した俺が言うのもアレだが、あの状況で来るとは思っていなかった。
「そんな……」
「ふふっ、凛は異世界に来ても変わらないね。仁兄の方も、無茶苦茶なのが変わっていなくて安心したよ」
「え?俺が無茶苦茶で安心するのか?」
流石の俺も、『無茶苦茶』で安心されたのは初めての経験かもしれない。
「安心したのは、『無茶苦茶』の方じゃなくて、『変わっていない』の方だよ」
聖は少し暗い表情になりながら話を続ける。
「この世界に魔王として召喚された時点で、普通の人生を歩むことは諦めていたんだ。魔王自身に悪意はないけど、身体の自由を奪われ、指一本動かせない状況には、欠片の希望も存在しなかった。正直、意識が残っていない方がまだマシだったんじゃないかな?」
「それは……あるかもしれないな」
意識が残っていなければ、苦しむこともない。
苦しんだ先に助かる希望があるなら耐えられるかも知れないが、聖にその希望が見えていたとは思えない。
「魔王は僕に身体の操作権を渡そうとしてくれたけど、仮にそれが成功したとしても、身体が魔王となっている以上、人類の敵であることは変わらないよね。この世界には、僕の居場所も日本で望んだ光景も存在しなかった。……僕は、全てを失っていたんだ」
「聖には私達がいます。全てを失ってなんていません」
凛が聖の言葉を否定する。
「うん、分かっている。僕は全てを失った訳じゃなかった。僕を助けてくれる人が居る。変わらない光景を見せてくれる2人が居る。助けてくれたことも嬉しいけど、2人が変わっていなかったことも同じくらい嬉しくて、安心しているんだ」
「聖……。聖が無事で、本当に嬉しいです」
凛が横に居る聖を抱きしめると、聖も凛を抱きしめ返した。
「凛、仁兄、変わらずに居てくれてありがとう……」
「聖も、取り返しがつかなくなる前に助けられて良かったです。魔王が聖かも知れないと気付いた兄さんが、全力で聖救出のために行動してくれたんですよ」
「親友の妹で、妹の親友で、親しい知り合いだからな。全力を出すのは当然だ」
ここまで条件が揃えば、流石の俺も全力を出すくらいはする。
「ふふっ、仁兄の全力か。それなら、僕が助かったのも納得だよ。アニキ、仁兄、東さんが全力を出せば、大抵のことは成し遂げるからね」
「随分な評価をしているようだが、今回のMVPは俺じゃなくて咲だからな?」
「え?咲さんが一体何をしたの?」
「魔王の人格を取り除いたスキルがあるだろ?そのスキルオーブをくれたのが咲だ」
先程のざっくり説明では、<祓魔剣>の話まではしなかった。
<祓魔剣>が無ければ、聖を完全無事に取り戻せたとは限らないので、MVPを咲にしても問題はないだろう。
「咲さん、勇者だよね。何処で、何故、そんなスキルオーブを入手したの?」
「分からん。俺が会ったのは使者だけで、本人とは召喚直後から会っていないからな」
「咲さんも相変わらず不思議な人だね。……意外と、変わらない人は多そうだ」
聖は困惑しながらも、少しだけ嬉しそうにそう言った。
過去、現在の話に一区切りがついたので、次は未来の話だ。
「聖、少し真面目な、将来の話をしても良いか?」
「……うん、良いよ」
「いくつか質問をするだけだ。緊張しなくて良い」
将来に不安があるのか、聖の表情が少し強ばったので、安心させるように言う。
……考えてみれば、現在の聖の精神状態は普通とは言い難い。もう少し、落ち着いてから聞いた方が良かったかも知れない。よし、この質問は後回しにしよう。
「聖、大丈夫です。心配することは何もありません。兄さんを信じてください」
「ふふっ、大丈夫。これ以上無いくらいには信じているから。仁兄、どうぞ」
俺が前言を撤回しようとしたら、凛のフォローにより聖の表情が緩んだ。
「じゃあ、最初の質問だ。元の世界に戻れるなら戻りたいか?」
「うん、戻れるなら戻りたいかな。僕みたいな普通の人に、異世界生活は荷が重いよ」
そうか、普通の人には荷が重いのか……。
「ええ!?」
普通を自称するのに、簡単に異世界に順応した凛が声を上げる。
俺は……『面白い場所に来たな』くらいの認識だった気がする。
「俺の聞いた話では、元の世界には『女神の領域』から戻れるらしい。女神を殴った後、俺は一度元の世界に戻る予定だから、その時に聖も一緒に戻るか?」
「仁兄、本気で女神を殴る気なんだね」
「ああ、2週間以内に殴りに行く予定だ。準備はほぼ終わっているが、同行者の1人から少し待って欲しいと言われているからな」
9日後、スカーレットが皇帝を退位したら、時間を置かずに女神の元へ行く予定だ。
なお、スカーレットが浅井の生まれ変わりかも知れないという情報は、この時点では出さないと決めている。あまり、情報過多にするのも良くないからな。
「仁兄が本気なら、本当に元の世界に戻れそうだね。……うん、その時になったら、僕も一緒に元の世界に連れて行ってくれるかな?」
「分かった。その方向で準備を進めよう」
「ゴメンね。戦えない僕が付いていっても足手纏いになるだろうけど……」
魔王として得た力は、全て<祓魔剣>で祓われた人格に紐付いている。
ユニークスキルは残っているものの、聖のレベルは1になりステータスも下がっていた。
「今更、そんなことを気にしなくても良い。俺は聖を助けるって決めているんだからな」
「仁兄、ありがとう……」
聖がとても嬉しそうな顔をする。
助けると決めた以上、中途半端なことをするつもりはないからな。
「それじゃあ、次の質問だ。聖、俺の配下になる気はないか?」
正直、俺の配下になるかならないかで、今後のサポート体制が大きく変わってくる。
もちろん、配下にならないからといって、デメリットを与えるつもりはない。しかし、配下になれば、異能の恩恵を与えられる。これは、間違いなく大きなメリットだ。
聖を信用していない訳ではないが、配下にならなければ異能の詳細説明をする気はない。配下にしか教えられない、特殊なスキルということで説明を終えるつもりだ。
「……ゴメン、ちょっと意味が分からないから、説明してもらえる?」
「ああ、もちろんだ。俺の話の中で、特殊なスキルが出てきただろ?」
「うん、詳細は教えられないって言っていたよね」
「あのスキルは俺達の切り札的な存在で、俺の配下になった者にしか、詳細を教えないことにしているんだ。当然、その恩恵を得られるのも、俺の配下に限られる」
これが、配下以外の相手に対する、異能に関する説明の限界である。
「デメリットもあるから、無理にとは言わないが、できれば配下になって欲しいと思う」
「そのデメリットを教えて」
デメリットを聞くということは、ある程度前向きに検討しているということでもある。
俺としては、聖には是非とも配下になって欲しい。そうすれば、異能により聖を守れるし、今後の説明が楽になる。ついでに、聖のユニークスキルを貰う交渉ができる。
「まず、プライバシーが消滅する」
「プ、プライバシーがなくなるの……?」
「ああ、なくなる。悪いが、これ以上は説明ができない。そして、配下側の意思で配下を止めることは出来なくなる。俺の側から拒否は出来る」
言ってしまえば、アルタによる監視を常時受け入れることになるのだ。
メリットもあるが、プライバシーは存在しなくなる。正直、日本人には辛いと思う。
「……凛は、その配下っていうのになっているの?」
「はい、兄さんの配下になりました。兄さんを信じていますから」
「なるほど、デメリットは両方、仁兄が信じられるなら問題にならないのか」
凛の回答を聞き、聖が納得したように頷いた。
「分かった。僕は仁兄の配下になるよ」
聖が配下入りを決めたので、指切りをして<契約の絆>を発動させ、かくかくしかじかと説明をした。
説明担当のミオを呼んでも良かったが、一通りの説明が終わるまでは、この3人だけで話をしたいので止めておいた。
「………………ふふっ、納得したよ。これは、魔王でも勝てる訳がないね」
俺の説明を聞き、脳の処理が追いつかないのか、しばらくフリーズした後、復活して最初のセリフがこれである。
「異世界に来て、仁兄の枷が外れちゃったみたいだね」
「人聞き、悪くないか?」
「そうかな?僕はむしろ安心したくらいだよ。仁兄がそこまで凄くなったなら、親友であるアニキが普通の勇者で終わる訳がない。きっと、アニキも枷を外して、最期まで自由に生きたんだって、確信が持てたからね」
それは、中々に面白い考え方だな。そして、納得できる内容でもある。
「そうだな。考えてみれば、俺の親友が女神の干渉ごときに負ける訳がないよな」
「うん、間違いないね」
「私もそう思います」
仮に女神が勇者に何かを仕掛けていたとして、浅井が……女神を殴ろうという俺の親友が、女神の干渉や思惑に屈するとは思えない。
浅井ならば、女神の思惑を乗り越えて、一発やり返すくらいのことはしただろう。
何の証拠も保証もないけど、俺達の中にはその確信があった。
次話で本章が終了致します。
後、1章か2章で本編が完了する見込みです。