第223話 魔王の戦術と対抗策
ここで書くことか悩みましたが、一応記載しておきます。
本作に関して、企業様からのお取り次ぎ停止を解除しました。
これにより、今後、本作が書籍化する可能性が0%ではなくなりました。
なお、今まではお取り次ぎがされないので0%でした。
詳しくは活動報告をご覧ください。
<魔導図書館>の効果は、レベル3までの各属性魔法を無詠唱、低消費MPで発動できるというものだ。
強力でオリジナリティ溢れるユニークスキルではなく、便利でお得な魔法スキルセットとでも言うべきスキルである。
このスキルの真骨頂は、まさしく連射性能にある。
通常、魔法の発動には詠唱と魔法名の宣言(口頭 or 思考)が必要なのだが、このスキルはその両方を省略できる。
簡単に言うと、連射したいと考えるだけで連射ができるのである。
発動を意識するだけで発動する点は、魔王の『イヴィルバースト』と良く似ている。
折角、魔王が連射性能の高い魔法を使ってきたのだから、俺も連射性能の高い元祝福を使って対処したくなるのは当然のことだ。
俺は<魔導図書館>により、<火魔法LV3>の『ファイアショット』を連射することで、魔王の『イヴィルバースト』連射に対処することを決めた。
魔法としてのスペックで言えば、魔王専用魔法である『イヴィルバースト』と普通の『ファイアショット』では、前者の方が遙かに威力が高い。
しかし、魔法の威力を決めるのは、魔法自体のスペックだけではない。使用者の魔力ステータスも重要な要素なのである。
俺の魔力ステータスは魔王を大きく超えており、スペック上の威力に差がある魔法でも、相殺に持ち込む事に成功していた。
そして、ここで分かったことが1つある。
どうやら、<魔導図書館>の連射性能は、『イヴィルバースト』の連射性能を超えているようだ。
今まで、魔王の『イヴィルバースト』を俺が『ファイアショット』で相殺していたのだが、隙を見て魔王を『ファイアショット』で狙う余裕が出てきたのである。
魔王は『イヴィルエンチャント』で射程を伸ばした『万魔剣・ディアブロス』を振るい、隙間を抜けてきた『ファイアショット』を切り捨てる。
俺は魔王の左側に回りながら『ファイアショット』を放つ。
魔王は『イヴィルバースト』を左手で放っている。左に回り込めば、『イヴィルバースト』を使いながら剣を振るうことが難しくなるはずだ。
『ファイアショット』の1つが、剣をすり抜け、魔王に直撃するコースを進む。
やったか!?
「『イヴィルオーラ』!」
魔王が魔法を発動した瞬間、魔王は球状の黒っぽいオーラに包まれた。
『ファイアショット』は黒いオーラに直撃し、破壊するも、魔王は無傷だった。
A:一定値以下の威力の攻撃を無効化するオーラです。高威力の攻撃でも、貫通性能が無ければ一度は無効化できます。このオーラも、効果が切れるまでは一定時間経過で復活します。
またしても効果持続型の魔法かよ。そういうの好きだねぇ、<魔王>。
「『イヴィルブースト』」
A:全ステータスを2倍にする強化魔法です。効果時間は1時間で、終了後1時間は全ステータスが半減します。また、1度使用すると1週間のクールタイムが必要となります。
強力だが、制約が厳しいタイプの強化魔法だな。
滅多に使えないのは分かるが、もう少し早く使っても良かったのでは……?
A:効果持続型の魔王専用魔法は、同時に5つまでしか使用することができません。効果が切れるまでキャンセルできないので、使う魔法を慎重に選んでいたのだと思われます。
同時に使用できる数に上限があるから、本当に必要になるまでは使わなかったのか。
そして、『イヴィルオーラ』、『イヴィルブースト』の使用により、同時使用している効果持続型魔法の数が上限である5になった。
つまり、これが正真正銘、出し惜しみ無しの魔王の本気という訳だ。
変化はすぐに訪れた。
『イヴィルバースト』と『ファイアショット』が直撃しても、『イヴィルバースト』が破壊できずに残るようになってしまったのだ。
『イヴィルブースト』により魔王の魔力ステータスが倍加し、『ファイアショット』では相殺できない威力になったのだろう。
『イヴィルバースト』と『イヴィルブースト』、名前が似ていて紛らわしいな……。
とりあえず、空中移動を再開してできるだけ回避し、当たりそうな『イヴィルバースト』には『ファイアショット』を2発当てることで相殺していく。
「はあ!!!」
当然、『イヴィルエンチャント』で射程の伸びた斬撃も続いている。
回避が難しい斬撃を弾こうとするが、腕力が倍になったので、今までのように簡単に弾くことはできなかった。
力を入れるために足を止めると『イヴィルバースト』が襲いかかってくるので、剣の押し合いはせずに受け流す。
『イヴィルオーラ』が破壊されてから10秒後、再び魔王の身体をオーラが包み込む。
魔王はオーラを張った後も『イヴィルバースト』を連射し続ける。
魔力の塊がオーラを無視して飛んできたことから、通さないのは敵の攻撃だけということが分かる。美神フレアの『ビューティバリア』と同じ仕様のようだ。
……これは、随分と手堅い状況を作られてしまったな。
現時点で曝した手札では、魔王の守りを突破することはできそうにない。
しかし、魔王も俺に対する有効打はなさそうだ。ある種の膠着状態だな。
と言うか、頑張って1時間耐えれば、『イヴィルブースト』が切れて能力が半減するから、勝利が確定するのでは? ……いやいや、流石に魔王相手に持久勝ちは微妙すぎる。
それに、まだまだ使っていない元祝福があるから、ガンガン使って状況を変えていくべきだろう。
ここで使える元祝福を考える。
……そうだな。折角、魔王がステータス強化をしてきたのだから、こちらもステータス強化系の元祝福を使い、魔王の度肝を抜いてやろう。
俺は魔王に向けて、空中機動を考えずに真っ直ぐ跳びかかった。
魔王は『イヴィルバースト』を連射し、その全てが俺の身体に着弾して爆発する。
「何!?」
魔王が見たのは、全くの無傷で突進する俺の姿だった。
これが、3分間だけ無敵になり、ステータスが上昇する<無敵超人>の力だ!
なお、この無敵効果は武器防具にも適用されるので、無敵だけど防具が壊れて全裸になるという心配は無い。
「喰らえ!」
「くっ!」
俺は魔王に向けて横薙ぎに斬りかかる。魔王は回避が間に合わないと見て迎え撃つ。
先ほどは拮抗したが、今度は筋力を上げる<縁の下の力持ち>も使っている。
「ぐうっ!?」
魔王の剣はあっさりと弾かれ、『イヴィルオーラ』を叩き割り、魔王の胴体に初めての有効打が入る。しっかり斬ったのに、魔王の身体は切れず、吹き飛んだだけである。
吹き飛ぶ魔王に向け、<天駆>で跳びかかり、更なる追撃を仕掛ける。
「がはっ!」
上段からの振り下ろしが直撃した魔王は、空中から地面に叩きつけられる。
俺も魔王を追い、地面へと降りていく。
「ぐっ……、はぁ……。『イヴィルヒール』」
これは聞かなくても分かる。持続型回復魔法だ。
どうやら、タイミング良く最初に発動した『イヴィルエンチャント』の効果が切れ、新たに持続型の魔法を発動できたようだ。
良いの?折角の枠を回復魔法に使って良いの?
少しふらつきながら、魔王が立ち上がった。
顔を隠していた仮面が破壊され、聖の素顔が露わとなっている。
しかし、ダメージはあるようだが、身体に怪我をしているようには見えない。
A:<魔王>のダメージ99%カットに含まれる効果です。基本的に魔王に傷を付けることはできません。これは、『異界の勇者』称号を持つ者でも同様です。ただし、衝撃はダメージとして通ります。
ダメージを与えても傷つかないとか、グロ表現対策かな? ……本当に、グロが苦手な勇者に対するフォローじゃないよね?
「まさか、たった2発でここまでのダメージを負うとは思わなかったよ。1%しかダメージが通らないはずなんだけど……」
ダメージを負いたくなければ、俺のように100%カットにしてから出直してきな。
「あれ?ダメージを50%しかカットできていないみたいだ。……もしかして、その剣は魔族に対する特効でも持っているのかな?」
「ああ、魔族特効はあるし、瘴気だって切り裂ける聖剣だ」
聖剣が魔王に対する特効を持っているのは当然のことだろう。
「魔族に有効な聖剣、僕ですら見たことのないスキル、本当に規格外の強さだね。これなら、最終試練が君に敗れたのも納得だよ」
最終試練を倒したのは俺じゃないけどね。
……あ、邪神獣ヘルだけは、結果的に俺がとどめを刺したのか。
「訂正しておくが、魔族領の最終試練と戦ったのは俺じゃない。俺の部下達だ」
「部下?君なら最終試練も倒せるだろう?何故、態々部下に……。あぁ、最終試練の討伐報酬を部下に与えたのか。つまり、君はここに来る前から最終試練を倒していたわけだ」
察しの良い魔王は、俺が最終試練討伐を配下に譲った理由をすぐに理解した。
まぁ、討伐報酬は1つも手に入らなかったのだけど……。
「しかし、最終試練を倒せるほどの部下がいるなら、どうして君は1人でここに来たのかな?その部下達が戦力として不足ということはないだろう?」
「俺が魔王と1対1で戦いたかったからだな。部下達には、魔族の殲滅を頼んでいる」
「……僕が死ぬと魔族が隠れ始める。確かに、殲滅するなら早いほうが良いだろうね」
実際には、『魔王を殺さずに消す』から、その後の魔族の行動が読めず、念のため殲滅しておこうというモノだ。
魔王は勘違いしているが、重要な話でもないので修正しない。
「ふふっ、参ったな。君の今までの行動を見るに、魔王、魔族、最終試練の対策をしてきたみたいだね。そこまでされたら、流石にどうしようもないよ」
魔王が諦めたように言うが、戦意自体は潰えたように見えない。
「その様子だと、ウチの参謀も対処されていたりするのかな?彼との間には、直接的なパスがないから、仮に殺されていたとしても、僕は気づけないんだよね……」
「先代魔王の四天王のことか?それなら、旧エルガント神国神都の跡地で、俺の部下が確保したな。まだ生きているが、遠からず消えてもらうことになる」
魔族の人格を消し、人間に戻すだけなので、『殺す』ではなく『消す』と表現する。
「そうか。彼も君からは逃れられなかったか」
「まさか、あの男は魔王の参謀だったのに、主君の危機に1人だけ逃げたのか?確かに、戦力にならないくらい、弱かったと聞いているが……」
そこまで重要なポジションに居たのに、この状況で逃げ出したのか?
魔王に人望がないのか、参謀に忠誠心がないのか……。
「ふふっ。僕と彼で目的に差があるから仕方がないよ。僕の目的は、僕の代で女神に被害を与えること。彼の目的は、何代かかっても良いから、女神の思惑を打ち砕くこと。彼は、先代魔王の遺志を継ぐことしか考えていないからね」
つまり、魔王が少しでも危なくなったら、安全圏である『灰色の世界』に逃げ込む算段だったというわけか。
しかし、<存在継承>は当代魔王が持ったままなので、次代の魔王にスキルを引き継ぐことはできない。
四天王が協力しても、当代魔王より強くなるのは困難だと思われる。
「それと、彼の名誉のために言っておくけど、彼が弱いのは僕に呪印を渡した副作用だからね。渡す前は四天王の中でもかなり強い部類に含まれていたよ。弱くなった後も、便利な呪印で色々と役に立ってくれたんだ」
魔王の中では、シェドールの評価はかなり高い様子。
「彼の目的が潰えた以上、どうにかして僕が目的を果たさないといけないみたいだ。しかし、このまま戦っても、君に勝つことは難しい。だから、少し手を変えてみよう」
「魔王本来の戦い方は止めるのか?」
「違うよ。これから始めるのも、魔王本来の戦い方の1つだ。そもそも、僕の言う魔王本来の戦い方というのは、『万能』を根幹とするものなんだ。明確な弱点を持たず、あらゆる状況に応じて、戦い方を切り替えられる。部分的には特化した能力に劣ることがあったとしても、総合力によって如何なる相手をも打ち倒す」
明確な弱点である勇者が存在する以上、最初から破綻した戦術なのでは無いだろうか?
元も子もない事を思いながら、同時に納得している自分がいた。
確かに、使用する持続型魔法を相手に合わせて選び、有利な状況を積み重ねていけば、大抵の相手には勝てると思う。
特化型の相手にも、相手の不利な状況を選び続ければ負けることはない。
魔王は俺が近接戦闘の特化型だと判断して、中距離戦闘を仕掛けたのだろう。しかし、俺はその中距離戦闘にも対応して見せた。そうなると……。
「そして、近距離、中距離で勝てない相手なら、あまり気は進まないけど、遠距離から攻めるしかないよね?『イヴィルシフト』」
魔法の発動と同時に魔王の姿が消失し、かなり離れた位置に魔王の反応が現れる。
いや、魔王に転移魔法与えちゃ駄目でしょう!
A:転移できるのは魔族領内に限られます。また、移動制限がある内は、魔王城周辺の移動可能領域にしか転移することはできません。
一応、制限はあるみたいだけど、十分に驚異的な能力だ。
改めて思うけど、魔王に勇者以外が勝つというのは、不可能と言っても過言ではない程の、無茶苦茶なことなのだろう。本来は……。
そして、上空から黒い光の奔流、『イヴィルジャッジメント』が襲いかかってくる。
距離を取ったのだから、遠距離攻撃魔法を使うのは当然だよな。
既に<無敵超人>の効果は切れているので、無敵で乗り切ることもできない。
「『ホーリージャッジメント』」
俺が魔法を発動すると、白い光が立ち上り、『イヴィルジャッジメント』に直撃した。
白と黒の光は拮抗し、HP吸収効果が俺まで届くことはなかった。
俺が発動した『ホーリージャッジメント』は<光魔法>ではなく、元祝福のスキルである<神聖光術>に属する魔法である。
<神聖光術>は詠唱とMP消費無しで強力な光属性魔法を使えるスキルだ。欠点は魔法の種類が少なく、全ての魔法に長めのクールタイムがあることだ。
扱い難さはあるが、切り札に成り得るタイプの魔法である。低レベルで使いやすさ重視の<魔導図書館>とは真逆だな。
ハッキリ言って、初見殺し魔法である『イヴィルジャッジメント』の脅威度は、一度見せた時点で大幅に減少していた。
討伐ボーナスを与えたく無かったという理由があったとしても、初見殺し技を事前に見せるというのは、魔王側の明確なミスである。初見だったら通じたとは言わないが……。
なお、完全に偶然だけど、名前も対になっていたので、『イヴィルジャッジメント』が来たら『ホーリージャッジメント』を使うと最初から決めていた。
白と黒の光の衝突は1分程続いた後、黒い光の消失により終了することになった。
魔王の使用できる遠距離攻撃が、『イヴィルジャッジメント』1つだけと言うことはないだろう。宣言の通り、魔王はしばらく遠距離攻撃を続けてくると思われる。
……さて、遠距離戦闘に丁度良い元祝福は何かあったかな?
次の一手を考えていると、遠目に魔王が魔法を発動したことが分かった。
魔法により現れたのは、真っ黒な闇でできた塊だった。
闇のマントを着ているように見えるソレは、大きな鎌を持っていた。ビジュアル的には完全に死神である。それが、10体。
これ、どう見ても持続型の魔法だよな。ああ、『イヴィルウイング』が切れたのか。
10体の死神の姿が消え、俺の近くに現れた。ワープ能力だな。
5体の死神が同時に鎌を振るう。
1人の人間に対して5体が攻撃すれば、互いの武器が邪魔になるはずだ。
しかし、驚くべき事に死神の鎌は、他の鎌や死神に当たってもすり抜けた。
それなら、敵に当たってもすり抜けろと思うが、そんなに甘くはないのだろう。雰囲気的に、結構な攻撃力の高さを感じる。
俺は上手く鎌を避けながら、1体の死神を切り捨てる。特に防御力が高い訳でもないようで、アッサリと消滅する。
この程度なら苦にならないので、残る9体も攻撃を避けながら順次倒していく。
10体を倒しきって魔王の方を見ると、魔王の近くに1体の死神が現れた。
なるほど、リスポーンするのか。
アルタ、そろそろ詳細を頼む。
A:はい。魔法の名称は『イヴィルナイトメア』。遠隔操作可能な瘴気の魔物を10体まで呼び出します。瘴気の魔物は特効がなければ、物理、魔法攻撃をしても消滅させることはできず、一時的に行動不能になった後で再生致します。消滅させても、10秒でリスポーンします。魔王の認識できる範囲内にワープする能力を持ち、鎌の攻撃は武器や防具による防御をすり抜けます。
『究聖剣・アルティメサイア』に瘴気特効があったので、復活できなかったらしい。特効がないと、相当に厄介な相手だろうな。
10体の死神が復活し、再び俺の方に向かってくる。弱いけど、面倒だ。
……と思っていたら、魔王が再び魔法を発動した。そして現れる10対の死神。
どうやら、『イヴィルバースト』が切れたので、もう一度『イヴィルナイトメア』を発動したようだ。『イヴィルナイトメア』、二重発動できるのか……。
そして、20体の死神が襲いかかってきたので、攻撃を避けつつ切り捨てる。
弱い!弱いけど、マジで面倒!
20体を倒しきると、更に10体の死神が追加された。『イヴィルオーラ』が切れたのね。
30体の死神に群がられ、息をつく間もなく動き続ける俺。
対する魔王は『イヴィルナイトメア』を発動してから一歩も動いていない。
『イヴィルナイトメア』は遠隔操作の魔法と言っていたので、全ての死神は魔王が操作しているのだろう。
流石の魔王も、30体もの死神を操作するには、それなりの集中力が必要なはずだ。
上手く死神を避け、魔王に接近できれば勝機はあるが、群がる死神がそれを許さない。
それに、上手く接近できたとしても、攻撃を仕掛ける前に『イヴィルシフト』で再び転移されてしまう気がする。そして、また死神が群がってくるのだろう。
この状況を打破するには、魔王を逃がさないような、完全な不意打ちで魔王を攻撃するしかない。中々の難問……。
遠距離戦闘を仕掛ける前に、魔王が『気が進まない』と言っていたのも納得だ。
正直、あまり格好良い戦い方ではない。魔王らしいかと言われると、ちょっと微妙。
「『イヴィルジャッジメント』」
死神に群がられた俺に黒い光の本流が襲いかかる。大量の死神で動きを止め、大技を当てようという作戦だ。見事!
今度は『ホーリージャッジメント』を発動することもできずに光が直撃する。
「当たった! ……あれ?」
喜ぶ魔王だったが、すぐに怪訝な顔に変わる。
俺はそんな魔王の背後から近づき、それなりに力を入れて剣を振り抜く。
「げふっ!?」
背中から強烈な一撃を食らい、勢いよく吹き飛ぶ魔王。
何度かバウンドしたところで受け身を取り、驚愕の表情で俺を見る魔王。
「な、何故……!?」
「お前が倒したのは、俺ではなく、俺の分身だ!」
俺の発動した元祝福、その名を<残影分身>と言う。
能力が低く、単純な命令しかできない分身を生み出すスキルだ。
俺は死神が30体になった時点でこのスキルを使い、分身に死神の対処を任せた。
能力が低くても、単純な命令しかできなくても、死神の攻撃を避けて倒すくらいのことはできる。能力が低いとはいっても、元が俺だからある程度は戦えるのだ。
しかし、命令に無かった『イヴィルジャッジメント』までは対処できなかったので、最後は攻撃を受けることになってしまった。
魔王もHPを吸収できない事に気付き、怪訝な顔をしていたが、俺が近づく方がバレるより早かったので、何とか良い感じの一撃を当てることができた。
これでも、魔王にバレないように、気配を消しながら、かなり遠回りして近づいたのだ。魔王が遠隔操作で集中力を使っていたのも上手く働いたな。
「分身……。そんなスキルまで持っていたのか……」
「そちらが遠隔操作なら、こちらは自動操縦だ。丁度良いだろう?」
遠距離戦闘の趣旨からは若干外れるが、魔王の戦法に合わせた結果、こうなった。
完全な偶然だが、俺の所有する元祝福が、上手い具合に魔王の戦術の対抗手段になっているのが面白い。
「君は一体どれだけ強力なスキルを持っているんだい?」
「秘密だ」
「当然だね。でも、タネが分かれば対抗する手段はある。『イヴィルシフ……っ!?」
魔王が転移により距離を取ろうとしたが、魔法の発動に失敗してしまう。
「残念だが、もう転移は許さない」
「な!?」
魔王が足下を見ると、足首に地面から生えたバラが絡み付いていた。
元祝福、<茨の檻>により生えたバラである。
「その能力、転移の際に空間の連続性を要求するんだろ?つまり、障害物があったり、拘束された状態では使えないってワケだ」
『イヴィルシフト』は分類で言えば<縮地法>に近い魔法であり、転移と言うよりは高速移動と言った方が正しい。
純粋な高速移動なら、バラを引きちぎって進むこともできるが、条件を満たした場合にのみ発動できる高速移動なので、足下にバラを絡みつかせるだけで防げてしまう。
「ふっ!」
魔王は足に絡みついたバラを引きちぎる。
<茨の檻>で操作できるバラは普通より頑丈だが、魔王ならば簡単に引きちぎれる程度の強度である。それでも、高速移動は封じることができる。
「その魔法、座標指定に集中力が必要だから、動きながら使えないだろ?そして、お前が魔法を発動するよりも、俺がバラを出す方が早い。もう、転移ができると思うなよ?」
実は、魔王は『イヴィルシフト』が使い易いように、色々と気を遣っていたのだ。
『イヴィルシフト』を発動する直前に会話をしているのは、会話中なら攻撃をされる可能性が低いから。そして、魔王城周辺が何も無い荒野なのは、障害物で魔法の発動を妨げないようにするためである。
「……ふふっ。これは流石に無理だよ。ここまで完全に対策されたら、まともな勝負になる訳がない。全力で戦っても、遠からず負けるだろうね」
魔王は清々しい表情をしており、そこに諦念や絶望などは一切見られなかった。
ちょっと、魔王の感情が理解できない。一体、何を考えている?
「大人しく負けを認めても、命乞いを聞き入れるつもりはないからな」
「僕は命乞いなんて無様な真似をするつもりないよ。これでも、魔王だからね。それに、負ける可能性が高いだけで諦めるなら、最初から女神に弓引こうなんて考えてないよ」
魔王から見ても、女神に敵対するというのは、分の良い賭けではないのだろう。
何せ、魔王という存在を作り出した創造主に挑むのだから。
「ただ、この状況は僕にとって、それほど悪いモノじゃないんだ。何故なら、勇者ではない君が魔王を倒すのは、明らかに女神の思惑から外れているからね。女神を殴ることができないから、100点満点とは言えないけど、女神の思惑が大きく外れてくれるなら、80点は付けても良いと思う。十分、笑って死ねる点数だよ」
……なるほど、ソレが魔王の本心というワケか。
魔王は自分の命を重要視していない。女神を殴った後に殺されて良いと言うくらいだ。
女神を殴って死ぬのが理想だが、女神の思惑を外して死ねるなら、それも悪くないと考えていても不自然ではない。避けたいのは、勇者に殺されることだけか。
「とは言え、僕もタダで殺される気はない。最後まで全力で戦わせてもらうよ。 ……1つ、頼みがある。最後は近接戦にしてくれないかな?小細工はしないからさ」
「小細工?魔法のことか?つまり、魔法を禁止して、接近戦だけをするというのか?」
「違うよ。魔法もスキルも禁止しない。魔法で距離を取って、中距離や遠距離戦にシフトするような真似はしないってこと。まあ、僕は1種類しか魔法を使わない……いや、使えなくなるのだけどね。無理にとは言わないよ。このまま戦えば、勝利するのは君だから」
それは、どう考えても、先に述べた『魔王本来の戦い方』に反する戦い方だ。
近接戦なら、ここから逆転できる可能性があるのか?少なくとも、魔王のスキル構成からは、その情報は読み取れなかった。
「分かった。その要求を受け入れよう」
正直、魔王が何をするつもりなのか見てみたい。
「ありがとう。それなら、僕も後先を考えない、最後の戦術で戦わせてもらうよ。『イヴィルブースト』『イヴィルブースト』『イヴィルブースト』『イヴィルブースト』」
魔王は『イヴィルブースト』を4回使用した。元から使っている分も合わせて、持続型魔法の5枠を全て『イヴィルブースト』で埋めたことになる。
その結果、魔王の能力値は最初の6倍になっている。
ステータスを2倍にする魔法と聞いていたが、正しくは100%分のバフを得る効果らしい。元のステータスを100%として、5回分の500%を足して600%となった訳だ。
「一応、この魔法も同時発動できる魔法なんだよ。……同時使用数を増やす毎に、デメリットが急増していくから、こんな状況でもなければ、使えない方法だけどね」
急増したデメリットを列挙していこう。
最初に発動した『イヴィルブースト』の効果時間が切れると、他の4つの効果時間も切れてしまう。
終了後、ステータスは半減が1時間ではなく99%ダウンが16時間続くようになり、1週間のクールタイムが5週間になる。
うーん、厳しい……。マジで後先を考えない最後の手段だな。
「本気で、最後の戦いにするつもりのようだな。それなら、こちらももう少し近接戦闘に特化させてもらおう。<漆黒ノ剣>」
スキルの発動と同時に、左手に黒い剣が現れる。
<漆黒ノ剣>で呼び出した黒剣は、特殊な効果はないが、破壊不可能でそれなりに攻撃力が高い。
正直、右手の『究聖剣・アルティメサイア』と比べると随分見劣りするけど、重要なのは魔王の『万魔剣・ディアブロス』に当たり負けないことなので問題はない。
「今まで剣1本で戦っていたけど、二刀流が本職だったのかい?」
「いや、本職は剣1本だな。いざという時のために、片方の手を空けておく主義だ。ただ、近接戦闘に特化するため、今回は二刀流で手数を増やさせてもらう」
基本、俺は左手に何も持たずに戦っている。
魔王にも言った通り、片手を空けておいた方が、状況の変化に対応しやすいからだ。
片手が空いていたら、何か手を使う行動が発生した際に、両手が塞がった状態より一手早く行動できる。俺にとっては、下手に何かを持つよりも利点が多いのだ。
ただし、近接戦闘だけに注力するなら、左手に何かを持つという選択肢も存在する。
そして、盾のような防具より、手数を増やす剣の方が性に合っているので、二刀流になるのは極自然なことなのである。
「羨ましいな。魔王ってこの剣しか装備できないから、二刀流は無理なんだよ。君の言う通り、片手を空けた方が状況に応じて戦い方を変えるには都合が良いけど……」
魔王が不愉快そうな顔をして言う。
「もしかして、盾も装備できないのか?」
「そうだよ。この剣以外の武装が許されていないんだ。当然、盾や鎧などの防具もそこに含まれている。鎧はともかく、盾くらい装備できても良いと思わない?」
「本当に、魔王って自由がないな」
下手をすれば、魔王がこの世界で最も不自由な存在かもしれない。
「少なくとも、今は自分の意思で戦える分、かなり良い方だよ。さて、名残惜しいけど、そろそろ最後の戦いを始めようか。この強化状態もあまり長くは続かないからね」
「そうだな。そろそろ始めよう」
そこまで言うと、お互いに武器を構える。
魔王はここに来て、『万魔剣・ディアブロス』の柄を両手で握った。
それは、片手を空ける利点を捨てて、一撃の威力を重視すると宣言しているに等しい。
図らずも、剣を2本にして手数を増やした俺とは真逆の行いである。
「行くよ!」
「ああ!」
そして、戦いは佳境を迎える。