第222話 対話と開戦
前回のあらすじ:
・魔王城を魔王に破壊させ、ホームレスにする。
魔王城跡地に到着した俺は、騎竜から飛び降りた。言うまでもないことだが、マリアも一緒に飛び降りている。
飛び降りた場所は、全壊した魔王城以外に何もない荒野だった。木の一本、草の一本もない完全なる不毛の大地である。見晴らしは良いので、戦うには丁度良いかもしれない。
俺達が着地したのを確認し、ブルーが飛び去っていった。戦いに巻き込まれると危ないので、ブルーは少し離れた場所で待機する予定だ。
「やあ、よく来たね。待っていたよ」
少しだけ歩き、魔王の前に立つと、魔王は気安く声をかけてきた。
配下である四天王、対勇者の戦力である最終試練を倒され、魔族領を出る手段を失ったと言うのに、欠片も怒りや恨みの感情が見えない。
「知っていると思うけど、僕はこの魔族領を治める魔王、名前はホーリーだよ。君の名前を聞いても良いかな?」
「俺の名前はジーン。カスタール女王国の女王騎士、ジーンだ」
「カスタール……ロマリエを送り込んだ国だね。聞かせてほしいんだけど、君は一体、何人の四天王を殺したのかな?」
魔王がいきなり核心を突くような質問をしてくる。
事ここに至れば、そのくらいの予想はできて然るべきだろう。
「殺したのは3人だな」
「あれ?たったの3人だけ?少なくとも、過半数は君の仕業だと思ったのだけど……」
俺が肉体的に殺したのは、ロマリエ、ゼルベイン、グレイブフォードの3人だけだ。人格のことは知らん。
それはそれとして、四天王を3人殺したと言えば、普通は過半数なのでは?
「別大陸のこともあるから、流石にそこまで多くは無かったか。それで、君はここに何をしに来たんだい?まぁ、予想はできるけど、しっかり確認はしておかないとね」
「確認をする前に攻撃を仕掛けておいてよく言う」
「ふふっ。あんなのは挨拶代わりだよ。四天王と最終試練を越えてくる相手に、あんな見え見えの攻撃が通るとは思っていなかったさ」
言われてみれば、あれは奇襲の先制攻撃という様子ではなかった。
少なくとも、相手を視認できる距離から、隠れることなく放った攻撃だ。殺す気はあるが、殺せるとは思っていない一撃と言われれば、納得はできる。
「尤も、その挨拶のお返しは少々痛手となってしまったけどね」
「邪神獣ヘルとの戦いにも横やりを入れてきただろう?不意打ちばかりなので、意趣返しとして魔王城は壊させてもらった」
「ああ、アレかぁ。悪いとは思ったけど、最終試練の討伐報酬を敵に渡すのは嫌だったから。はぁ……、魔族にも討伐報酬が得られるなら、邪神獣ヘルのように弱い最終試練は魔族に倒させたんだけどね。……本当に、女神は碌なことをしない」
軽い口調の魔王だが、最後の一言からは、女神への強い恨みが滲み出ていた。
「随分、女神を毛嫌いしているようだな」
「当り前じゃないか。魔王ほど女神を恨んでいる存在もそうは居ないよ。知っているかい?この世界には、女神の犠牲者が山のように存在しているんだ」
「ああ、知っている。女神によって、不要なハンデを背負わされた者達のことだろう?」
「……へぇ、君、強いだけじゃなくて、色々と知っているんだね。なるほど……」
俺の回答を聞き、魔王は何かに納得したように頷く。
「分かった。君、異常個体でしょ?」
「……ああ、その通りだ」
『異常個体』とは、女神の思惑から外れた存在のことだ。
その分類は大きく、『勇者以外の異世界人』、『特殊スキルの所有者』、『特殊な種族』の3つであり、俺は『異能を持った異世界転移者』という異常個体である。
一応言うと、異常個体であること自体は隠すつもりも無いが、分類は隠させて貰うつもりだ。
「君が女神を敬っているように見えないのも納得だよ。どうやら、君は上手くハンデを乗り越えたみたいだね」
「女神の所業を知って、敬意なんて持てる訳が無い」
「ふふっ。当然だよね!」
多くの場合、異常個体は女神によってハンデを背負わされている。
ハンデの中には命に関わる物も数多く存在しており、その内情を知った上で女神を敬うのは不可能に近いだろう。
なお、異世界転移者にもハンデはあるが、異能の持ち主は対象外なので、俺は最初からハンデを背負ってなかったことを付け加えておく。
「……君、本当にどうしてここに来たんだい?そこまで事情を知っている人間が、危険を冒して魔族領に……僕の元に来る理由が思いつかないんだけど……」
「詳しいことを説明する気はない。ただ、魔王を倒す必要が生じただけだ」
「やっぱり、僕を倒しに来たんだね。良いよ、相手になってあげる」
魔王の威圧感が強まり、空気がピリピリと震える。
会話フェイズの終わりを察し、腰の『究聖剣・アルティメサイア』に手を伸ばす。
「あ、ちょっと待って!戦う前にもう少し話をしても良いかな?」
魔王の威圧感消失。会話フェイズ続行。
「ゴメンね。勇者ではない者が勇者より先にここまで来て、しかも僕に対する憎悪が無いときた。こんな珍しくて意外な状況で、話を聞かないなんて、勿体ないにも程がある」
俺が魔王を倒しに来たのは、正義感やこの世界の人類のためではない。親しい人の身体が、魔王に乗っ取られている可能性があったからに他ならない。
魔王の召喚に魔王自身は関与していないので、俺には魔王を恨む理由は無い。
強いて言えば、四天王に観光を邪魔された恨みはあるが、その恨みは全て四天王に返し、スッキリ解消しているので問題は無い。
「話をするのは構わないが、こちらの質問にも答えてもらえるか?」
恨みが無いのだから、魔王の身体が無事な限り、話をすることにも抵抗はない。
ただし、魔王側が一方的に質問をするだけ、と言うならば話は別だ。それは『話』ではなく『尋問』である。そんなモノに付き合う気はない。
「良いよ。僕に答えられることなら、可能な限り答えてあげる」
「それなら遠慮無く。お前……魔王の目的は何だ?人類種の根絶か?勇者の全滅か? ……それとも、他に何かあるのか?」
魔王が質問を許可したので、最初に尋ねたのは、『魔王の目的』である。
エルフの語り部、リリィによれば、500年前の魔王は『女神の思惑を打ち砕く』という目的を持って行動していた。
行動を見る限り、今代の魔王もその目的を引き継いでいるように見える。
しかし、断言できるほど魔王の思考を読める訳でもないので、念のため確認しておく。
「その聞き方、ある程度は予想できているみたいだね。うん、本当に君は面白い」
面白い男、進堂仁です。よろしく。
「そうだね、人類種の根絶に興味は無いよ。勇者の全滅は直近の目標の1つだけど、本質的な目的では無いかな。……僕の目的は、徹頭徹尾『女神に致命的な被害を与える』ことだけなんだ」
微妙に、『女神の思惑を打ち砕く』より過激になっている気がする。
それだけ、女神への恨みが強いのかもしれない。
「君は知っているかな?魔王が、女神によって生み出されていることを」
「知っている。俺は、エルフの語り部から話を聞いているからな」
「なるほど、君の知識の元はエルフの語り部だったのか。それなら、君がこの世界の真理を知っているのにも納得だよ。大部分の説明を端折れそうで何よりだ」
魔王は納得したように何度か頷き、手間を省けたことを喜んだ。
厳密に言えば、情報源は語り部だけでは無いが、その説明をする気はない。
「先代の魔王はね、『魔王が勇者に必ず敗れる』ことが許せなかった。女神の思惑に翻弄される自らの運命を呪った。故に、その目的は『女神の思惑を打ち砕き、魔王が勇者を倒せる状況を作る』というモノになった。自分の代で無理なら、次代の僕に引き継ぐなんて裏技まで使う徹底ぶりだよ」
ここまでは、リリィに聞いた話の通りだな。
先代魔王の目的は、俺が居なければ達成されていただろう。いや、マジで。
「もちろん、僕もその点は許せないよ。だけど、僕が許せないのはそれだけじゃ無い」
魔王の声に強い憎しみが宿る。
「魔王は、召喚した異世界人に人格を上書きして作られる。誰にも望まれず、無関係な者を犠牲にして、有害な寄生虫として生み出されるんだ。生まれたら生まれたで、狭い領域から出ることも許されず、何の目的も無いのに、世界の敵として人類と戦うことを強要される。そして、最後は勇者と戦い、必敗の運命を押しつけられる。不本意な誕生!不本意な生き方!不本意な死に様!女神は、どこまで僕達の意思を蔑ろにしたら気が済む!」
改めて並べて見ると、魔王の人生……魔生?も相当に悲惨だな。
……1つ、気になったことがあるので聞いてみよう。
「不本意なら、抵抗はできないのか?特に、人類と戦うという部分だ」
「できないよ。魔王として相応しくない行動を長期間取り続けると、意識を奪われ、魔王としての行動を強制される。……勇者と戦う時も、意識を奪われ、望む会話はできず、研鑽は無に帰し、準備した策を使うこともできなくなる。だからこその必敗だよ……」
つまり、魔王は勇者と対峙した時点で負けが確定するという訳だ。ハードモードだね。
だからこそ、最終試練を使い、魔王城に接近される前に勇者を倒そうとしたのだろう。
「本当に、不愉快極まりないよね。……さて、質問だ。ここまでされて、『思惑を打ち砕く』だけで済まそうとは思えるかい?」
「俺には無理だな」
「うん。僕にも無理だから、僕の目的は『女神に致命的な被害を与える』になった。……そういう意味では、先代の魔王は我慢できたんだね。凄いよ」
先代魔王の目的は『女神の思惑を打ち砕く』だった。逆に言えば、前魔王はそれ以上の報復を望まず、事を勇者の全滅だけで収めようとしたわけだ。
そして、今代の魔王はそれだけでは我慢できず、女神に直接被害を与える事を選んだ。
「どうやって、致命的な被害を与えるつもりだ?」
「いくつか考えがあるんだけど、一番有力なのは『思い切り殴る』かな。最初に顔面をぶん殴る。殺せるかは分からないけど殺すつもりで、最低でも歴代の魔王と同じ数だけは殴りたい」
シンプルに暴力的である。ある意味、魔王らしい。
歴代の魔王の数だけ殴るというのは、仇討ちのようなものだろう。俺の女神殴るカウンター(*213話参照)と同じだな。それだけ、女神の犠牲者は多い。
「君もエルフの語り部に話を聞いたなら知っていると思うけど、世界樹を成長させて『女神の領域』に行けば、女神を殴る機会を得られるからね。勇者さえ居なければ、異常個体を探す時間なんていくらでもある」
「え?」
俺は思わず、残骸となった魔王城の方を見た。
魔王城が人間の手により破壊されない限り、魔王は魔王城周辺から離れることはできない。先ほど、魔王の手によって魔王城は破壊され、その望みは叶わなくなったはずだ。
俺の視線の意味に気付いた魔王は、苦笑しながら話を続けた。
「ああ、魔王城のことなら大丈夫だよ。四天王の中には、魔王城を再生する呪印を持つ者が居るからね。残念ながら、それ以外の能力は普通の魔族並みだから、実際に魔王城が壊されるまでは召喚するのは憚られるけど……」
魔王が自ら魔王城を破壊したのに動じなかったのは、そういう理由があったのか。
建築専門の四天王は、流石に予想できなかったよ。きっと、呪印の名前は<存在再建>とかだろう。
……今更な話ではあるが、魔王は全ての裏話が通じる前提で話を進めている気がする。
「……ねぇ、君、僕の仲間にならないかい?」
ここで、魔王から驚くべき提案をされた。
「そこまで事情を知っているなら、僕と君には協力する余地があるんじゃ無いかな?君が僕を倒しに来た理由は分からないけれど、詳細を教えてくれれば、協力を惜しむつもりは無いよ。その代わり、勇者の排除と『女神の領域』に行く手伝いをしてほしいんだよね。ほら、対勇者の切り札である最終試練が全滅しちゃったから」
魔王の言いたいことは分かるが、残念ながら協力の余地は存在しない。
俺の望みは現在の魔王の消滅とイコールだからである。
「勿論、他にもお礼をするつもりだよ。勇者を排除したら、人間の国を襲撃して、異常個体を探す必要があるだろ?女神さえ殴れるのなら、人間の国に興味は無いから、事が済めば支配した国を全て君に贈っても良いよ」
これは、伝説の『世界の半分をやるから仲間になれ』というヤツではないだろうか?
いや、この魔王さんは半分どころか、全部くれる気みたいだけど……。
しかし、よく考えたら、俺、現時点で結構な数の国を実効支配している気がする。貰う前から、半分くらいは持っているのではないだろうか?
むしろ、俺が実効支配している国を襲われる方が問題かもしれない。
「悪いが、その提案を受け入れる訳には行かない」
「……まぁ、僕も簡単に受け入れるとは思っていなかったけどね。言いたくないなら構わないけど、言える理由だったら何故断ったのか教えてほしいな?」
「俺の目的に魔王の消滅が必要不可欠だからだ」
聖を救うためには、魔王の消滅は必須である。
魔王に協力するということは、聖を諦めることと同義なので、選択肢としてあり得ない。
魔王は少し考え込み、またしても驚きの提案をしてくる。
「……なるほど、確かにそれなら協力は難しいね。それじゃあ、提案の内容を変えてみようか。もし、協力してくれるなら、女神を殴った後に僕を殺して良いよ」
「!?」
普通に考えたらあり得ない提案である。
魔王は、女神さえ殴れるのなら、自分の命を差し出して良いと言っているのだ。
「勘違いされると困るから言っておくけど、僕は自分の命に価値があるとは思ってない。むしろ、こんな歪な命は早く消えるべきだとすら思っている。……それでも、女神の思惑通りになるのだけは絶対に許せないから、こうして足掻いているんだ。だから、僕は女神の思惑を破り、女神の意思と無関係な状況で死にたい」
女神の意思と無関係に死ぬ。あるいは、それが魔王の真の目的なのかもしれない。
魔王が嘘をついている可能性も0ではないが、今回は違うと分かる。
そして、少しだけ魔王に協力をするのも有りだと思っている自分がいる。
魔王の今までの行いを横に置いておくと、俺の目的と魔王の目的は大きく反発しない。
全ての目的が順当に叶った場合、魔王は女神を殴った後、望み通り女神と無関係に死に、俺は女神を殴った後、望み通り聖を元に戻すことができる。
「僕を後で殺せるなら、君の目的とは反発しないんじゃ無いかな?」
「悪くない提案だが、断らせて貰う」
確かに反発はしないが、協力できない理由が2つある。
1つ目は、確実に聖を助け出すためだ。
魔王に協力するより、この場で魔王を倒す方が早いし確実に聖を助け出せる。魔王に協力すると言うことは、聖の救出が遅れ、不確定要素が増えるだけで大きなメリットが無い。
2つ目は……。
「俺は女王陛下より『魔王討伐』を命じられてここまで来た。目的が反発しないからといって、魔王に協力するなんて言える訳が無いだろう?」
俺は『女王騎士ジーン』として、女王サクヤの命で魔王討伐に来ている。……事実はともかく、公的にはそうなっている。
ジーンはサクヤの最も信頼する騎士であり、その信頼に確実に応える騎士である。
故に、進堂仁としては、目的が反発していないから検討する価値はあるが、ジーンとしては、検討する価値もない提案となってしまう。
「ふふっ。そうか、それは残念だよ。目的は反発しなくても、立場が許さないなら仕方がないね。君の勧誘を諦めて、次の手を考えるとするよ」
「悪いが、次の手を考える機会は巡ってこない。お前は、俺の手によって倒されるからな」
「………………」
挑発的な俺の発言に対し、魔王は何故かしばらく無言になった。
そして、スッキリした顔で話し始める。
「……うん、中々に面白い時間を過ごせたかな。僕の方は会話に満足したけど、最初の約束通り、君にまだ聞きたいことがあるなら答えるよ」
魔王、律儀なヤツだな。嫌いじゃ無いぜ、殺すけど。
「まだ、聞きたいことはあるが、1番聞きたいことは聞けた。そして、魔王が満足したというのに、俺だけが質問を繰り返すというのも不格好だろう。……そろそろ、始めよう」
色々と謎は残っているが、魔王に直接聞いてまで答えの欲しいモノはない。
話をしたいというのなら聞くのも有りだが、魔王が満足したというのなら、長話をするより、本題に入った方が良いだろう。
俺は『究聖剣・アルティメサイア』を抜き、戦いの開始を求める。
「ふふっ。そうだね。それじゃあ、殺し合おうか」
魔王も『万魔剣・ディアブロス』を抜き、笑いながら応える。
互いに武器を抜き、ピリピリとした緊張感が漂う。
「「…………」」
両者、無言となり数秒。先に動いたのは魔王の方だった。
「はっ!」
一瞬で距離を詰め、横薙ぎに剣を振るう。
一瞬とは言ったが、転移スキルなどではなく、純粋な身体能力による移動である。
先代魔王の呪印である<存在継承>の中には、<身体強化LV10>が含まれているので、驚くべき程のことでは無い。
<存在継承>には、数多のスキルが含まれているが、直接戦闘に関わるスキルは軒並みレベル10に達している。当然、<剣術>もレベル10である。
俺は魔王が剣を振り始めてから動き始め、下から上に払うように剣を振るった。
「ふん!」
「何っ!?」
魔王が驚くのも無理は無い。
魔王の剣は最高速度で、俺の剣は最高速度まで達していない状態で衝突したというのに、より大きく弾かれたのは魔王の方だったのだから。
言うまでも無いことだが、<身体強化LV10>と<剣術LV10>は俺も持っている。
純粋なステータスは俺の方が上なので、スキルの補正に大差が無ければ、俺が打ち勝つのは当然の結果と言える。
予想外のことが起きただけで動きを止めるのは三流以下の仕事である。
流石は魔王、驚いた次の瞬間には体勢を整え、フェイントを交ぜて下段を狙ってきた。
これは、受けずに少し下がるだけで避けられ……ジャンプで回避!
魔王の剣は、俺の脚があった位置に届く直前、『射程強化』により射程が伸ばされていた。危ない危ない。
どうやら、『イヴィルエンチャント』の効果は発動してから一定時間持続し、その間は自由に射程を変えられるようだ。
見かけと射程の異なる攻撃か。中々に面倒だな。
通常、空中にいる状態では軌道を変更することはできず、地に足を付けていないので、踏ん張ることもできなくなる。つまり、攻撃をするチャンスと言っても過言では無い。
魔王はチャンスを無駄にしない性格らしく、空中の俺に射程を伸ばした剣で斬りかかる。
もちろん、俺も無策でジャンプした訳では無い。
<天駆>で不可視の足場を作り、二段ジャンプで斬撃を華麗に避ける。
その際、軽く前方宙返りするように跳び、頭が下を向いたところで、再び足下に足場を作る。その足場を強く蹴れば、魔王に対する上方からの突進斬撃となる。
こういうアクロバティックな動きは、マリアが得意としているが、俺だってできない訳じゃ無いからな。
「ちっ!」
魔王は受けきれないと考えたようで、迎撃ではなく回避を選んだ。
このままでは、俺は地面に突進自殺することになるので、更にもう一度<天駆>を使用した。
地面と水平になるよう軌道修正をして、勢いそのままに真後ろに避けた魔王を追撃する。
今度こそ避けきれないと判断した魔王が剣を振るう。しかし、それは俺を倒すための行動ではなく、突進攻撃を防ぐための行動である。
「ぐあっ!」
バックステップ中で踏ん張りが効かず、元々の腕力でも負けている魔王は、衝撃を殺しきれず、大きく吹き飛ぶことになった。
<魔王>の効果により、ダメージ自体はほとんどないが、衝撃が通らない訳では無い。
「くっ……、この僕を近接戦闘で圧倒するとはね」
なんとか空中で体勢を立て直し、無事に着地した魔王が話しかけてくる。
「魔王も、全力を出した訳じゃないだろ?」
「確かに、小手調べのつもりだったけど、それは君も同じだろう? ……そもそも、歴代最強の魔王である僕を、純粋な腕力で上回っていること自体が異常なんだよ」
腕力で勝る。これは最もシンプルなアドバンテージである。だからこそ、相手の行動を最も大きく制限することができる。多分、選べる選択肢の幅が倍は違うと思われる。
なお、力押しに頼り切って良いという訳ではないので、その点は注意すること。
「腕力だけならともかく、見知らぬスキルまで持っているとなると、真っ当な近接戦闘を仕掛けるのは分が悪そうだね。ここからは、魔王の本来の戦い方を披露させて貰うとするよ」
「それは楽しみだな。魔王の戦い方なんて、エルフの語り部ですら知らないだろう」
「ふふっ、そうだね。それに、この戦い方は、勇者相手には使えないから、本当に使う機会が少ないんだよ。僕も実戦で使ったのは、アスラとフレアを相手にした時くらいだ」
魔王の話によれば、魔王は勇者と対峙すると意識を奪われるという。
魔王本来の戦い方とは、理性が残っている状態でしか使えないのだろう。つまり、今までの勇者達は、魔王に実力で勝った訳では無く、接待プレイで勝っていただけなのだ。
得られる祝福は千差万別、戦闘用とは限らないのに、歴代の勇者が必ず魔王に勝てていたのが疑問だったが、接待されていたというのなら納得だよ。
「『イヴィルウイング』」
魔王が無詠唱で魔王専用魔法(推定)を発動すると、魔王の背中から黒い翼が現れた。
<魔王>の効果で<飛行>を使えるというから、空中戦というのは想定の範囲内である。
もしかして、飛行能力の無い相手を空中からボコるとか、そんな感じ? ……いや、<天駆>による空中機動を見せているから、それだけの訳はないか。
「それじゃあ、そろそろ序章は終わりにして、本当の戦いを始めようか」
そこまで言うと、魔王は宙に浮かび上がり、後方に大きく飛び上がった。
「『イヴィルバースト』」
魔王が左手をかざして魔法を発動すると、掌から魔力の塊が高速で射出された。
握りこぶし大の黒い魔力塊が、ショット系……いや、ジャベリン系の魔法より速く跳んでくる。内包された魔力量から見れば、高レベル魔法相当の威力があることも間違いない。
速度に特化した上位魔法並の速度で、上位魔法級の威力の魔法を、無詠唱で発動できるのか。これは中々に強力だな。
まあ、距離があるし、避けられない速度でもないので、軽く横に動いて避ける。
強力ではあるが、たったこれだけの魔法なのだろうか?魔王の動向を注意深く観察する。
魔王が左手を少し動かすと、再び掌から魔力塊が発射された。避ける。
魔法の発動には、魔法名を口で唱えるか、頭の中で唱える必要がある。
一度目は口で唱えたのに、二度目は頭の中で唱えたのか?
A:魔王の専用魔法は、詠唱が不要な代わりに、全て口で魔法名を唱える必要があります。
<無詠唱>なしで無詠唱発動ができて、頭の中で魔法名を唱えるだけで良ければ、前兆なしで魔法が飛んでくることになる。流石にそこまで理不尽な性能ではなかったか。
逆に言えば、今の状況は、頭の中の宣言すらなく魔法が飛んできたということでもある。
A:『イヴィルバースト』は、一度発動すれば、一定時間は掌を相手に向け、発動を意識するだけで発射することができます。
なるほど、『イヴィルバースト』も『イヴィルエンチャント』同様に、発動後は一定時間効果が続くタイプの魔法ということか。うん、普通に理不尽な性能の魔法だな。
欠点は掌を向けるから、射線が読みやすいことと、勇者に対しては使えない点だろうか。……後者が致命的である。
「当然、これくらい避けるよね。それなら、これはどうかな?」
魔王はそう言うと、掌から魔力塊を連射してきた。連射もできるのか、理不尽!
少しギアを上げて避けていると、魔王が右手の『万魔剣・ディアブロス』を振るう。
『イヴィルエンチャント』により大きく射程の伸びた刀身が、『イヴィルバースト』の隙間を通すように襲いかかる。
「ちっ」
ステップだけでは避けられないと判断し、舌打ちをしながら『究聖剣・アルティメサイア』で迎撃する。剣の打ち合いなら、今のところ全戦全勝だ!
しかし、打ち合った瞬間の感触が、今までと明らかに異なっていた。
魔王のヤツ、ほとんど腕に力を入れてない。力が入っていないから、弾いても相手に衝撃が伝わらない。迎撃される前提の、当たればラッキー程度の攻撃だ、コレ。
尚も連射される『イヴィルバースト』と、偶に振るわれる力の抜けた斬撃。避けるのも迎撃も苦ではないが、絶え間がないので防戦一方になってしまう。
地味に上からの魔法で足下が穴だらけになっているのも鬱陶しい。徐々に移動が制限されていく感じだ。
防戦一方も飽きてきたし、そろそろ攻勢に移るとしよう。
俺は攻撃の隙間を見て、剣を振るい、衝撃波を飛ばす。
慣れた<飛剣術>ではなく、最近手に入れた<剣聖>によって。
「おっと!」
魔王は連射を止め、俺の斬撃を空中で回避する。
「中距離攻撃まで持っているのか、流石だね」
俺は魔王の台詞を最後まで聞かず、地面を蹴り、<天駆>を使い、魔王に向けて空中を突進する。
魔王の本来の戦い方が中距離戦闘で、俺は近接戦闘が有利というのなら、距離を詰めて近距離戦闘に持ち込むのは、当然の理屈である。
恐らく、近接戦闘になれば、魔王は『イヴィルバースト』を使えない。
行動と行動の間が少ない近接戦闘では、魔法に意識を向けるのは、一瞬とは言え隙を作る事に繋がるからだ。
加えて、人体の構造的に掌を水平な場所に居る相手に向けるのは難しい。言い方はアレだが、『イヴィルバースト』は上から下に放つ専用の魔法なのである。
魔王は下から迫る俺に掌を向け、『イヴィルバースト』の連射をしてきた。加えて、魔王は少しずつ後方に下がっている。当然、魔王も有利な射程は維持し続けたいよな。
俺は<天駆>で細かく足場を作り、立体軌道で魔力塊を避けていく。
「喰らえ!」
ある程度近づいたところで、<剣聖>の衝撃波を飛ばしてみる。
しかし、俺の放った衝撃波は、魔王に『イヴィルバースト』を打ち込まれ、相殺されてしまった。
「ちっ」
残念ながら、<剣聖>の衝撃波はそこまで強くないのである。
<剣聖>の効果は、『漫画のような剣の達人になれる』というもので、少し意地の悪い言い方をすると、『魅せ技』に特化しているのである。
『魅せる』基準で言えば、剣士が遠距離攻撃を持っているのは高評価だが、剣士が遠距離攻撃で相手を圧倒するのは低評価なので、威力が控えめなのは当然かもしれない。
威力で言えば、斬撃の威力がそのまま乗る<飛剣術>の方が遙かに高いけど、今回は<飛剣術>を使う予定は無いんだよなぁ……。
衝撃波が『イヴィルバースト』により一対一で相殺されるとなると、連射速度で負けているので、撃ち合いに勝つことは不可能だ。
俺は衝撃波による攻撃を諦め、地道に『イヴィルバースト』の弾幕の中を進んでいく。
随分と距離を詰めたと思ったら、魔王がニヤリと笑った。
「!?」
次の瞬間、『イヴィルバースト』の連射速度が急激に上昇した。
ああ、そうだよな。最初から最大連射速度を出す理由は無いよな。
距離が近づき、避けにくくなった時点で連射速度を上げれば、それは立派な奇襲になる。
空中に足場を作りながらでは、まず避けられない数の弾幕が飛んでくる。
俺は、避けるのを諦めて、全て迎撃することにした。……そろそろ、本格解禁しても良いだろう。
俺は足を止め、無詠唱で魔法を発動した。その名は『ファイアショット』と言う。
―ドン!―
俺の『ファイアショット』は、最も近くにある『イヴィルバースト』に直撃し、音を立てて爆散する。見事な相殺であった。
『イヴィルバースト』は1つではない。次々と襲いかかる『イヴィルバースト』に向けて、同じ数の『ファイアショット』を発動し、相殺していく。
「何!?」
魔王が驚いたのは、俺が無詠唱で魔法を発動したからか、たかがLV3の魔法である『ファイアショット』で魔王専用魔法の『イヴィルバースト』を相殺できたからか、通常あり得ない連射速度で魔法を連射しているからか……。
確かなのは、俺と魔王の魔法連射合戦が、完全に拮抗したということである。
ネタばらし、と言うほど上等なものではないが、俺が使用したスキルを説明しよう。
その名も<魔導図書館>。LV3以下の魔法を低コストで使用できる便利なスキルだ。
元々は勇者の持っていた祝福で、カスタールとエルディアが戦争をした際に、所有者である勇者を殺して回収したものだ。
今回、魔王との戦いに関して、1つ考えていたことがある。
それは、『積極的に元祝福のスキルを使っていく』というものである。
折角、魔王と戦うのだから、ほんの一欠片だけでも勇者要素を入れようと思ったのだ。
幸いなことに、元祝福のスキルは、使い勝手の良いものが多いからな。
俺が既に使用した元祝福のスキルは5つ。
足場を作り、空を駆ける<天駆>。
漫画のような剣術の達人になれる<剣聖>。
意識を加速させる<加速>。
相手の嘘を見破れる<真実の眼>。
低レベル魔法を低コストで使える<魔導図書館>。
さて、魔王との戦いでは、一体いくつのスキルを使うことになるのか……。
ユニークスキルですが、説明せずに使っているモノもあります。