第221話 古き四天王と魔王発見
「申し訳ございませんでした!」×6
邪神獣ヘルVSリコパーティの現場で俺を待っていたのは、リコパーティ6人が横一列に並び、綺麗な土下座をしている光景だった。
聞けば、ヘルを仕留め損ない、俺の命令を完遂できなかったことを詫びているそうだ。
「いや、謎の攻撃が来たら、回避を優先するのは当然だ。お前達の判断は何も間違えていない。想定外はあったが、失敗ではないから、土下座なんてする必要もない」
俺の指示は『何が何でもヘルを殺せ』ではなく、『勇者として、ジーンの配下としてヘルと戦え』なのである。
ヘルを殺すことは目的ではなく、現地勇者VS 最終試練のマッチングが目的なのだ。
魔王の横槍により、リコ達に討伐ボーナスを与えることはできなかったが、リコ達が何かに失敗した訳ではない。少なくとも、リコ達の行動は全て俺の指示に忠実だった。
何より、凹んでいるリコ達には言い難いが、『現地勇者VS 最終試練に魔王が割り込む』というのは、割と悪くないシチュエーションだったと思う。尤も、本人が来るならともかく、遠距離攻撃で済ませるのは大きな減点なのだが……。
俺がリコ達の行動を肯定したので、リコ達は土下座を止めて立ち上がった。
「邪神獣ヘルはどうなったんだ?あの黒いのか……」
少し離れた場所に放置された、真っ黒になったヘルの遺体を見る。
あの色は炭じゃない。何というか、一目で絶対に良からぬ物だと分かる。
魔王が放ったと思われる黒い光は、ヘルを殺すだけの威力を持っていたはずなのに、ヘルの周囲の物質を何1つ破壊していなかった。
アスラの闘気のようなエネルギー攻撃だと思っていたが、どうやら違うようだ。
A:あの黒い光は、攻撃力を持った攻撃ではなく、最大HP吸収魔法です。ダメージによりHPが減ったのではなく、最大HPが吸収され、HPが減ったように見えただけです。
マジかよ。最大HPに干渉するなんて、随分と珍しい効果だな(異能から目を逸らす)。
A:<生殺与奪>とは異なり、干渉の際には尋常ではない苦痛を伴い、肉体にも異常をきたします。邪神獣ヘルの遺体は、既に汚染物質のようになっています。マスターなら大した問題はありませんが、常人が触れたら死ぬ恐れがあります。
やはり、あの真っ黒な遺体は、良からぬ存在で確定のようだ。
『神霊刀・至世・完』を振るい、遠隔で一片も残さずこの世から消滅させた。
「1番の予想外は、魔王が超遠距離攻撃を持っていたことだ。アレを見せられたら、遠距離攻撃の警戒をしない訳にはいかなくなる。ただ、ヘルをピンポイントで狙い、近くに居たリコ達を狙わなかったのは、何か理由がありそうだな」
ヘルを狙った理由も不明だが、ヘルの周囲には魔王にとっての敵がいた訳だ。折角の超遠距離攻撃で、敵であるリコ達を狙わない理由が思いつかない。
狙って当然なのだから、狙わなかったのには、理由か制限があるということだろう。
A:解析して分かった事ですが、あの黒い光は呪印である<魔王>に含まれる魔法です。魔法の名称は『イヴィルジャッジメント』、効果は『魔族領内の1座標に最大HP吸収の魔法攻撃を行う』という物です。座標指定なので、周囲を攻撃する事はできず、消費MPが非常に高くクールタイムがあるため、容易に連発することはできません。
やはり、魔王の専用魔法だったか。効果の珍しさから、そうじゃないかと思っていた。
必殺級の一撃だけあって、簡単に連発できる物ではなさそうだが、警戒はしておいた方が良いだろう。魔王を殺さない以上、HPを吸収されると後で取り返せない。
ヘル戦は満足のいく結果ではなかったが、得る物も確かにあったということになる。
少なくとも、アルタが把握している中で魔法を使った、つまり、魔王の手の内が1つ明らかになったのは非常に大きい。……ところでアルタ、あの魔法は勇者に通用するのか?
A:いいえ。勇者に当てても無効化されます。
これで、<魔王>のコンセプトがはっきりしたな。
1つ、勇者からのダメージを増加し、それ以外の者からのダメージを減少させる。
2つ、勇者には効かないが、それ以外の者には必殺とも言えるダメージを与える。
共通して、『勇者に弱く、それ以外には強い』効果だ。魔王の武器であり、弱点でもある呪印なのだろう。
気になるのは、<魔王>の効果はこの2つだけなのかという点だ。勝手な推測だが、2個で終わりは寂しいので、最低3つは効果があると思っている。
「まだ不明なこともあるが、それは実際に魔王のステータスを見れば分かることだ。そろそろ、この場を離れるとしようか。リコ達はこのまま、周囲にある魔族の村の殲滅を始めてくれ。念のため、超遠距離攻撃には気を付けるように」
「はい!」×6
元気よく返事をしたリコパーティは、一番近い魔族の村に向かって進み始めた。
余談だが、道中に見つけた魔族の村は遠距離攻撃で壊滅させている。『神霊刀・至世・完』による遠距離斬撃ではなく、単純な遠距離範囲魔法で消し飛ばした。
そうだ。アルタ、魔王の超遠距離攻撃に気を付けるよう、他のパーティにも連絡をしてくれ。簡単に当たるとは思わないが、知らないよりは知っていた方が良いからな。
A:はい。関係者全員への連絡は既に済んでおります。
流石、アルタ。仕事が早い。
俺達は再びブルーに乗り、魔王上に向かう空の旅を再開した。
これで、予定していた現地勇者VS 最終試練のマッチングは全て終了した。
四天王も知らない、隠された最終試練が居なければ、これで最終試練は打ち止めだ。
残る魔王陣営の戦力は四天王だが、<祓魔剣>により祓われた四天王は、勇者に倒された場合同様、新たに補充する事ができなくなる。
ナーハルティとヴィンヴァルトを<祓魔剣>で倒したので、補充できる四天王は最大でも2人である。……ああ、後は前魔王の四天王が1人居たか。
正直に言って、『残るは魔王、ただ1人』状態である。ただし、最終試練を倒せるのだから、その1人は桁違いに強いのだろう。
500年前の魔王のように、魔族領から出て自由に行動できていたら、人類は相当な被害を受けていたに違いない。
ここで1つ補足をしよう。
魔王は特定の条件を満たさない限り、魔王城周辺から離れることはできない。
その条件とは、『魔王城の全壊』……違う、『人間による、魔王城の全壊』である。
魔族や魔物の手によって、魔王城が壊れても意味はなく、人間(勇者含む)が魔王城を壊した場合のみ、魔王は魔王城に縛られずに行動することができるようになる。
住む場所が壊れるまで外に出ないとか、魔王って引きこもりなのかな?
500年前の前魔王は魔族領を離れていたので、魔王城は一度全壊しているはずだ。
しかし、魔王城は魔王の降臨とともに復活するので、壊れたままということはない。仮に復活しない場合、魔王は魔王城跡地から離れられない、悲しい生き物となっていた。
長々と話をしたが、何を伝えたいかというと、『魔王と戦うときは、魔王城を壊さないようにしましょう』ということだ。
そもそも、500年前の魔王が自由に行動できたのって、当時の勇者が広範囲魔法とかで、魔王城ごと魔王を倒そうとしたからじゃないかと疑っているくらいだ。
相手が拠点から動かないなら、拠点ごと破壊するのは効率的とも言える。まぁ、『横着するな!』とばかりに、大きな報いを受けることになるのだが……。
《ご主人様、ちょっと良い?》
ここで、魔族領を包囲しているミオから念話が来た。
《ああ、何かあったのか?》
《うん。前魔王時代の四天王、見つけたわよ》
《はぁ?》
ミオ曰く、前魔王の代から生き延びた四天王が、包囲作戦組の検知範囲に入ったそうだ。
どう見ても、魔族領から離れるための行動を取っている最中だという。
《捕まえて、情報を引き出せそうか?何なら、拷問しても良いぞ》
《うーん、多分、難しいと思うわ。拷問したら、すぐ死にそうなくらい弱いのよ》
……えぇ、四天王なのにそんな弱いの?ステータスを見てみよう。
名前:シェドール
LV1
性別:男
年齢:558
種族:魔族
呪印:<存在残影LV->
<存在残影>
影を自由自在に操り、様々な効果を使うことができる。影から針を生み出す『影縫い』、影のバリアを張る『影纏い』、影から影へと移動する『影潜り』、影の分身を作る『影写し』、他者を影で拘束する『影縛り』などがある。
……いや、何だよ、レベル1って。仮にも四天王だろ?
スキルはなく、呪印が1つあるだけ。ステータスも軒並み近い。人間の一般人(低レベル)相当といえる。確かに、これは拷問で死ぬ可能性すらある。
呪印は万能型っぽいが、それだけでフォローできる範囲を超えている。
《念のため、捕まえておく?ご主人様なら、異能で情報を引き出せるでしょ?》
確かに、拷問などしなくても、俺の異能ならば記憶を直接読み取れる。
しかし、そのためには俺が直接対象に触れる必要がある。折角、ここまで進んだのに、情報を得るためだけに中断するのは勿体ない。
《いや、俺は魔王との戦いを優先するから、四天王は泳がして目的を探ってくれ。……ああ、すまん。転移持ちだから、追いかけるのは難しいか……》
『影潜り』でマップ範囲外に転移されたら、追いかけるのは困難となるだろう。
捕まえても、魔王を倒したら連鎖して四天王は死亡するから、石化させて<無限収納>に入れる以外に手はなさそうだな。……石化、大活躍だな。
《仁君、私に任せてください……。対象とした相手のいる方角がわかる、『マーキング』という魔法を創ってあります……》
さくらの創った魔法の一覧を見ると、確かに『マーキング』という魔法が存在した。
ふむふむ、対象に当てるタイプの魔法だけど、実体がないので当てられても気付けない。ビーコンのように一定間隔で探査用の微弱な魔力を放出する。分かるのは方向だけで、距離は分からない……そんなの、2人で当てれば簡単に算出できる。
《……その魔法、丁度良すぎないか?》
《ええと、最近は仁君の能力をフォローできる魔法の創造に注力していました……。転移能力持ちが面倒なのは、この間のナーハルティを見ても明らかでしたから……》
俺の異能、便利だけど不十分な部分も結構あるので、さくらが創った魔法でフォローしてくれるのはとても有り難い。
《ナイスだ、さくら!早速、誰か2人で『マーキング』を使用してくれ》
俺の指示に従い、包囲作戦組のメイドが2人、『マーキング』を発動して四天王に当てた。
これで、今からシェドールがどこに転移しようと、確実に追いかけることができる。……むしろ、何故今まで転移していなかったんだ?
A:<存在残影>で使えるのは、日光により直接発生する影だけです。魔族領に広がる暗雲の下では、能力を使用することができません。
……それ、致命的な欠陥では?
影使いなのに、曇り空では無能となる。そして、魔族領は常に曇り。致命的に噛み合っていない。
つまり、今のシェドールは、転移能力が使用できる場所、太陽の出ている魔族領外まで移動している最中という訳だ。あの低いステータスで……。
A:大きく息を切らし、大量の汗をかきながら走っています。
何か、可哀想……。
少しして、シェドールはようやく太陽の下に到達した。
シェドールはすぐに『影潜り』を発動したようで、マップから姿を消した。
《ご主人様、どうやら旧エルガント神国の神都に向かったみたいよ》
《……なるほど、前魔王の四天王は、『灰色の世界』で消滅を免れたのか》
四天王は魔王が倒されると共に消滅する。
この消滅が適用されるのは、魔王が倒れた瞬間だけであり、その瞬間さえ呪印のリンクが切れていれば、消滅を免れることができる。
別異世界である『灰色の世界』に逃げ込めば、リンクを切ることができるので、入り口のある旧エルガント神国神都(廃墟)へと転移したのだろう。
1つ疑問なのは、『灰色の世界』には、祝福の効果で転移できるのだから、呪印の効果でも転移できそうなのに、それを選ばなかった点だ。
……いや、よく考えたら、『灰色の世界』には太陽無かったわ。『影潜り』の対象外だったわ。うん、自己解決。
《流石に、別世界までは『マーキング』も追えません……》
《それは仕方ない、行き先が分かっただけで十分だ。さて、目的も分かったことだし、もう泳がせる意味もないだろう。……セラ、悪いけど、何人か連れて捕獲してきてくれ》
《了解ですわ。行って参ります》
包囲作戦組は1000人以上いるので、セラを含む数人が抜けても問題ない。
そして、<存在残影>は魔法に分類される呪印らしいので、敵性魔法の通じないセラに任せれば、万が一すら有り得ない。
《ドーラもいくー!ちょっと、あきたからー!》
ドーラがセラを追って転移していった。
《ドーラちゃん、飽きちゃったかぁ》
《小さい子に『ずっと待っていろ』は厳しかったみたいだな。……包囲作戦組も、交代で休憩をとって良いからな?》
《私は大丈夫です……。動かずに待つのは慣れていますから……》
さくらのソレは、聞いて平気な『慣れ』なのかな?
《捕まえましたわ》
《《早っ!?》》
あまりの早業に、俺のミオのセリフが被った。
《<手加減>パンチ一発でしたわ。弱すぎて、まるで紙でも殴った気分ですわ》
《よわそーだったー!》
どうやら、シェドールの強さはステータス通りだった模様。
《何か、話を聞けたか?目的は分かっているから、動機のようなものとか……》
《話しかけたら、何も言わずに『影潜り』で逃げようとしたので、殴りましたわ》
《いしにして、しまったよー!》
《なるほど、情報は何も得られなかったか……》
話をする前に逃亡しようとしたので、殴って行動不能にして、石化させて<無限収納>に入れたそうだ。残念だが、仕方がない……。
魔王攻略後、改めて情報を抜き出して、元の人間に戻そう。四天王になってから、永い時間が経っているみたいだけど、問題なく元に戻せるだろうか?
A:問題ありません。
アルタのお墨付きが出たので、シェドールについて考えるのは後回しにすることにした。
しばらく進み、ついに魔王城がマップ圏内に入る時が近づいてきた。
《次のエリアで、魔王城が見えるマップに入りそうだな》
事前情報(ナーハルティの記憶)によれば、魔王城は魔族領の丁度中心部にあるという。
魔族領はエリアが細かく分かれているが、エリアごとのサイズは大体同じくらいなので、逆算すれば魔王城が近いということも分かる。
《マリア、約束通り、何かあってもギリギリまで手は出すなよ?》
《……はい。我慢、致します……》
マリアがメッチャ苦しそうに言う。
《俺も、約束通り危険なことは極力しないようにするから》
《本当にお願い致します!》
マリアがメッチャ真顔で言う。
再三になるが、俺の目標は『魔王を殺さず、元人格を取り戻す』である。
今回に限り、危険を冒さず、目標を達成することを一番に考え、状況によっては撤退すら視野に入れている。
正直、俺の主義には反しているが、それで親しい人が助けられるなら、我慢もできる。
……それはそれとして、『女王騎士ジーンが、少し危なくなっただけで、少女に庇われる』という、非常に格好悪い状況を避けたいというのも事実である。
故に、『無理はしないから、マリアはギリギリまで手を出すな』という約束になった。
《さて、いよいよだ……》
後、10秒もしないでエリアが切り替わり、魔王城のマップが見えるようになる。
アルタ、マップが見えたら、先行して確認を頼む。
A:はい、お任せください。
そして、8秒後、エリアが切り替わった。
A:魔王、確認致しました。魔王は浅井聖に間違いがありません。また、魔王の呪印を含め、ステータスはマスターなら対処可能と思われます。<祓魔剣>の効果も有効です。
ふぅ……。
アルタの一次報告を聞き、『やはり……』と『よし!』、2つの感情が湧き上がる。
魔王が聖なのは、良いことではないが予想通りだ。重要なのは、魔王の対処が可能で、元に戻せる公算が高いという点である。
これで、少し安心して魔王のステータスを確認できる。
名前:ホーリー(浅井聖)
LV500
性別:女
年齢:16
種族:魔族
称号:魔王
呪印:<魔王LV->、<四天任命LV->、<暗黒領域LV->、<存在継承LV->、<存在昇華LV->
流石は最強の魔王、圧巻の呪印5個装備である。
折角なので、1個ずつじっくり見ていこう。
<魔王>
『異界の勇者』に絶対的不利となり、『異界の勇者』以外に絶対的有利となる統合スキル。『異界の勇者』から受けるダメージを10倍にして、『異界の勇者』以外から受けるダメージを100分の1にする。『異界の勇者』には無効となる専用魔法を使用できる。『異界の勇者』が半径10km以内にいなければ、ステータスが大幅上昇し、<飛行>を使用できる。
やはり、『勇者に弱く、それ以外には強い』呪印だった。
専用魔法は『イヴィルジャッジメント』の他にも有用そうなのが複数ある。
俺の予想通り、3つ目の効果も存在しており、勇者さえ近くにいなければ、ステータスアップに加えて、<飛行>で空まで飛べるというものだ。……これ、勇者の上空を飛んだら<飛行>が消えて落ちる?
<四天任命>
異世界で死亡した人間の魂を、再構築した肉体と共に四天王として召喚し、四天王に相応しい人格を上書きする。召喚した四天王には、人格の他に専用の呪印が与えられる。四天王は呪印の発動者と不可視のパスで結ばれる。最大4人まで、何度でも召喚できるが、勇者に倒された場合、召喚できる枠が失われる。
既知の情報しかないので、言うべきことは特になし。
<暗黒領域>
魔族領を魔族の国家とするための統合スキル。MPを消費することで、魔族を生み出すことができる。魔族と勇者以外には毒となる瘴気を魔族領に張り巡らせる。四天王を含め、全ての魔族に対する絶対命令権を得る。
既知の情報しかないので、言うべきことは特になし。
<存在継承>
使用者の持つスキル、知識、呪印を他者に譲渡する事ができる。使用者の得たスキルは、一度この呪印に統合される。知識を対象とする場合、知識の複製が譲渡される。この呪印を対象とする場合、完全な譲渡、変質した複製の譲渡から選択できる。魔族に対しては、完全な譲渡しかできず、副作用も存在する。
これが、前魔王の固有呪印だな。
この説明だけだと分からないが、この呪印の中には、前魔王が揃えたと思われる大量の高レベルスキルが含まれていた。
呪印の名前には『継承』と付いているが、スキルや呪印は、『継承』ではなく『譲渡』する必要がある。
前魔王は、大量のスキルを自分では使わず、知識と共にこの呪印に詰め込み、今代の魔王に渡したことになる。……言い換えれば、今代の魔王は、実質的に魔王2人分の強さということになる。それは強くて当然だな。
<存在昇華>
レベルの存在するスキルの効果を、一時的に2レベル分上昇させる。LV9のスキルに使用するとLV10、LV10のスキルに使用するとLV11相当のスキルに強化される。この効果は、同時に3つまでのスキルに使用できる。
最後、今代の魔王の固有呪印だろう。
スキルレベルに干渉するという、他に類を見ない強力な呪印であり、スキルをLV11相当にすれば、通常の常識を越えた効果を得られるようだ。
……うーん。何というか、<拡大解釈>の劣化版?
強力な効果なのだろうが、上位互換のような異能を持っているので、脅威に思えないのが不思議だ……。
アルタ、呪印に関して、何か補足とかはあるか?
A:はい。3点、補足させてください。1点目は、<存在継承>に関する補足です。説明の中にある『変質した複製の譲渡』というのは、グランツ王国国王、ゼノン・グランツの所有していた<存在憑依>のことです。
ああ、なるほど。
ゼノンが前魔王から貰った呪印は、<存在継承>が元になっていたのか。若干効果が違うのは、変質した影響なのだろう。
A:2点目ですが、<存在昇華>の効果でLV11相当となった<魔物調教>を使うことで、魔王は最終試練をテイムしていたようです。
図らずも、俺が<拡大解釈>を使ってやろうとしていたことを、魔王は<存在昇華>を使って実行済みだったという訳だ。
俺がこの世界に来る前の出来事だろうけど、何か先を越されたみたいで悔しい……。
A:3点目ですが、<魔王>の効果は称号の『異界の勇者』を参照しているため、祝福の有無は関係ありません。祝福を失った元勇者を呼べば、行動を大きく制限することができます。
出た!時々現れるスキルのガバガバ処理!
召喚された勇者は、祝福を失っても、称号の『異界の勇者』は失わない。
一度死亡し、祝福を失って俺の配下となった元勇者を呼ぶだけで、魔王は一気に弱体化することになる。当然、呼ぶつもりはないけど。
尤も、勇者だけでは弱体化した魔王でも倒すのは困難だろう。固有の呪印で弱体化分以上の強化を得ているからな。
A:呪印に関する補足ではありませんが、魔王は専用装備を所持しています。
言われてみれば、魔王の装備までは確認していなかった。一応、見ておこう。
万魔剣・ディアブロス
分類:片手剣、呪い
レア度:幻想級
備考:所有者固定、不壊、所有者は他の武装を使用できない
ふむふむ、壊れず、譲渡できず、武器を変えられない。……呪いの装備じゃん。
壊れる心配と、敵に奪われる心配がないのは良いけど、他の武器が使えないのは痛い。
……道理で<存在継承>の中にあるスキルで、武器を使う物は<剣術>系統しか存在しなかった訳だ。
剣以外の武器が使えないから、スキル経験値が得られないんだな。
魔王の呪印と装備を見てみたが、アルタが言っていたとおり、対処不可能なものは存在していなかった。
<存在継承>に含まれたスキルを見ても、<祓魔剣>を防ぐ術はなさそうなので、当初の予定通り魔王の元に向かって良いだろう。
更に少し飛ぶと、とうとう魔王の姿が肉眼で見えるようになった。
魔王は、魔王城から少し離れた場所に1人で立っている。
魔王は魔王城を背にして、何をするでもなく、パスフィル山脈の方角……俺がいる方をずっと見続けていた。
どうやら、侵入者が来るのを待ってくれているらしい。
魔王なのだから、魔王城(黒い西洋風の城)の玉座で待ち構えていれば良いと思ったが、すぐに間違いだと気づいた。魔王が玉座で待ち構えるのは、勇者だけなのだ。
これは、役割的な話ではなく、もっと実利的な話である。
魔王は勇者が相手だと能力が制限される。言い換えれば、勇者が相手でなければ、魔王は全力を出せる。魔王城で魔王が全力を出すとどうなるか?
魔王城が魔王の手によって破壊される可能性が高くなり、魔王が魔族領から出る事ができなくなる可能性も高くなる。つまり、魔王が困るのである。
魔王が魔王城を背にしているのも、自身の攻撃に巻き込まないようにしつつ、敵の攻撃で破壊されることを願っての事なのだろう。
魔王城の中に魔族は1人も残っていないし、貴重品のような物も何1つ残っていない。
魔王にとって、魔王城は既に『自分で壊さず、相手に壊させる』ためのオブジェに成り下がっているようだ。
……ここでUターンして、魔王を待ちぼうけさせてみたい。
冗談だ。もう、魔王の姿が見えているのに、ここで帰るのは流石にない。
折角、魔王の姿が見えたのだから、その風貌にも触れておこう。
ナーハルティの記憶にあったとおり、魔王は一般的な女子中学生程度の身長で、顔には仮面、ローブのような体型の出にくい服装をしていた。
マップの機能を使い、仮面の奥の素顔を調べてみたが……うん、間違いなく聖だな。
ここで、魔王が唐突に動き出した。恐らく、俺のことを視認したのだろう。
魔王は『万魔剣・ディアブロス』を抜き、魔法を発動した。発動した魔法の光は、万魔剣・ディアブロスを包み込む。
A:マスター、魔王が剣に『イヴィルエンチャント』を付与しています。お気をつけください。
アルタ曰く、『イヴィルエンチャント』とは、武器の射程距離を伸ばす魔法である。
発動したら、消費MPに応じた長さの魔力の刃が、『万魔剣・ディアブロス』に付与される(重量は据え置き)。
歴代最強と思われる今代の魔王が、大量のMPを使って発動した場合、500mくらいなら余裕で届く長さになると思われる。
特に関係のない余談だが、現時点で俺達と魔王の距離は大体500mくらいだ。
魔王はその場で、『イヴィルエンチャント』が付与された片手剣を振るった。
魔力の刃は重さを持たないので、片手剣の重量、重心、威力のまま、純粋に射程だけが伸びることになる。
強力ではあるが、魔王城の中で使うと、魔王城が破壊されるので、非常に使いにくい。
魔王、勇者が相手じゃなければ、本当に屋外向きの能力だよな。
長さ500mを超える魔力の刃が高速で俺達に向かってくる。
魔王、相手が勇者じゃないからって、遠距離先制攻撃とかしてくるのかよ。
邪神獣ヘルの時の横やりといい、どうやら正々堂々系の魔王じゃなさそうだ。それなら、こちらも少し意趣返しさせて貰うとしよう。
《こ、これ、大丈夫なの!?》
刃が迫るのを見て、ブルーが焦った声を上げる。
《ああ、俺を信じて、そのまま進め!》
《わ、わかったわ!貴方を信じてるから!》
俺は『究聖剣・アルティメサイア』を抜き、角度を調整して、衝撃波を飛ばし魔力の刃を打ち返した。
単純なステータス差では俺に軍配が上がるので、魔王の剣は弾かれ、俺達とは真逆の方角に押し返される。
魔王を中心に、俺達の真逆にあるのは何か?……そう、魔王城である。
―ズドーン!!!―
『イヴィルエンチャント』による魔力の刃は、押し返された勢いそのままに、魔王城へと直撃した。その衝撃は凄まじく、魔王城は半壊したと言って良い程だ。
事前に調べておいたのだが、このようなケースでは、『魔王城は魔王が壊した』扱いとなる。……あーあ、やっちまったなぁ。
これで、魔王は魔王城周辺から出ることができなくなり、ついでにホームレスとなった。
魔王、ホームレス化確定!