第220話 邪神獣ヘルと最後の四天王
2点、修正させてください。
・魔族領は黒い雲で覆われている。描写忘れ。
・198話の異能とスキルのレベルアップを削除。ここでレベル10にすると困る事が発覚。
見返す程の変更ではありません。
リコパーティと邪神獣ヘル、四天王ヴィンヴァルトの距離はまだ数100mはあるが、互いが互いを認識しているのは間違いがない。
邪神獣達が何か話しているみたいだな。アルタ、音声拾える?
A:お任せください。
「ほら!やっぱり女の子じゃん!俺の言う通りだったっしょ?」
「チッ、バカ犬の鼻が当たりやがったか。急に人間の女がいるなんて言うから、遂にバカ犬が発情期になって盛り始めたのかと思ったぜ」
回復役の視界を借りて、ヘルとヴィンヴァルトの様子を眺める。
チャラそうな喋り方をしているのは、毒々しい紫色の体毛をした、高さ5mくらいの巨大な犬……獅子のような姿をした邪神獣ヘルだ。あまり、モフモフが気持よさそうには見えない。
チンピラのような荒々しい喋り方をしているのは、軽鎧を身に着けた四天王のヴィンヴァルトだ。口が悪いのに加え、目付きも悪いので、まさしくチンピラである。まぁ、魔王軍四天王だし、性格に関しては何も期待していない。
現在、ヘルがヴィンヴァルトを背に乗せて走っている最中である。
「ヴァルちゃん、酷いっしょ。俺は女の子に発情なんてしないじゃん。……俺は、ただ可愛い女の子を傷付けたり、苦しめたり、殺したりするのが好きなだけじゃん」
「発情期より碌でもねぇよ。それと、ヴァルちゃんって呼ぶなバカ犬。ぶっ殺すぞ」
おっと、早くもヘルが碌でもない趣味のカミングアウトをしてきたぞ。
コレは残念ながら処分かな?
「良いじゃん。ヴァルちゃん目つき悪いから、渾名だけでも可愛くしようぜ?」
「余計な世話だ。チッ、どうして俺がこんなバカ犬と組まなきゃなんねぇんだ……」
「魔王様の命令だからじゃん。俺も四天王も、魔王様の命令には逆らえないっしょ」
「チッ……。お前と一緒にするんじゃねぇよ」
やはり、魔王の命令で行動を共にしているようだな。
「それにしても、何でこんなトコに女の子がいるじゃん?見た感じ、可愛い子が多いっしょ。……ヴァルちゃん、あの子達を襲っちゃ駄目かな?久しぶりに、人間の女の子を殺したいじゃん。魔王様から、魔族の女ならいくら殺しても良いって言われているけど、反応悪いから正直なところ欲求不満っしょ」
うん、ツーアウトかな?
一応言っておくと、野球と違って、スリーアウトまで待つ保証は無いよ。
「バカ犬、少しは考えろ。連中が俺らの調査対象に決まっているだろ。そうじゃなけりゃ、こんな所に武装した人類種の集団が居る訳がねぇ」
「いやいや、そんな訳ないじゃん?そもそも、あの2人が女の子の集団に負けるとか、有り得ないっしょ?あの2人、俺をボッコボコにできるんだぜ?それなら、2人が魔王様の支配下から抜け出した可能性の方が高いっしょ」
「んなワケねぇだろ、バカ犬。2人が支配下から抜け出したなら、魔王様はそう言ったはずだ。魔王様は、『存在が消滅した』と言ったんだ。誰かに負けたに決まっている!そして、状況的にアイツらが無関係って事の方が有り得ねぇよ」
間違っていないんだけど、微妙に正しくない考察だな。
無関係ではないけど、少なくとも最終試練2名を倒したのはリコパーティではない。
「マジかよ、ヤベぇじゃん。……もう帰らねぇ?」
「チッ、このビビりバカ犬が。見つけただけで帰れるワケねぇだろ! ……とは言え、最優先は情報を持ち帰ることだ。殺すことより、殺されないことに全力を出す。良いな!」
「それが良いじゃん!ヤベぇ女には興味ナッシング!俺が狙うのは、簡単に甚振れそうな女だけって前世から決めてるっしょ!」
これ、前世でも同じ趣味だったというカミングアウトかな?
もう、スリーアウトで良いかな?来世行きで良いかな?
「最悪でも、1人は生き延びて魔王様の元に情報を持ち帰らなきゃならねぇ。……もう1人を囮にしてでも、生き残る必要がある」
「お、囮とかマジ勘弁じゃん……」
「……アスラとフレアが消えた以上、バカ犬まで失う訳にはいかねぇ。必要なら、俺が囮になるから、バカ負け犬は急いで逃げやがれ」
「助かるじゃん!そうさせてもらうっしょ!」
ある意味、真っ当な作戦を立てたところ申し訳ないが、どちらも逃がすつもりは無いよ。
……それにしても、ヘルは全ての言動が評価マイナスになる奴だな。
それから少しして、ヘル&ヴィンヴァルトとリコパーティが接近した。
「これでも喰らいやがれ!GAAAAAAA!!!」
一切の問答をせず、いきなりヘルが吼えた。これは<咆哮>スキルだな。
本来、<咆哮>に直接的な攻撃力はなく、威圧が主な用途なのだが、最終試練の名は伊達では無く、攻撃力を持つ衝撃波となっていた。
正直、アスラやフレアと同じく、会話パートから始まると思っていたので、大きく予想を外される展開である。
確かに、ヘルの<咆哮>は<邪神獣の呪詛>により能力低下効果が付与されるので、初手で放つのが正しいと言えなくも無いが、……情報、収集しろよ。
「バカ犬っ……!勝手なことを!」
どうやら、予想を外されたのはヴィンヴァルトも同じだったようだ。
「おっしゃあ!決まったっしょ!ヴァルちゃんも追撃するじゃん!」
「チッ、仕方ねぇ!」
不満そうな顔をしながら、ヴィンヴァルトはヘルの背中から跳躍する。
ヴィンヴァルトは空中で鞘から長剣を引き抜く。更にその身体に、瘴気と思わしき黒い靄が纏わりついていく。これは<存在汚染>の効果だな。
地面に着地する頃には、ヴィンヴァルトの身体は瘴気で真っ黒になり、シルエットのような姿になっていた。当然、長剣も瘴気塗れになっている。
「行くぜ!テメェら死ねやゴラァァ!!!」
チンピラみたいなセリフと共に駆け出すヴィンヴァルト。狙いは一番近く……先頭に居たリコのようだ。
戦闘特化の四天王だけあって、高い身体能力を持っている。<邪神獣の呪詛>により能力が下がったリコでは、この攻撃を防ぐのは……。
-ガキン!-
何の問題も無かった。
リコは、両手に持った短剣で長剣の振り下ろしをアッサリと止めている。
小柄な小人であるリコが、大柄なヴィンヴァルトと鍔迫り合いで拮抗している図は、中々に違和感が強い。
そもそも、<邪神獣の呪詛>によるデバフは精神系の効果なので、<多重存在>の精神防御の前に無力だったのだ。
一応、<咆哮>のダメージが多少入っているが、『決まった』と言えるほどではない。
「チッ!だが、受け止めやがったな!」
リコと鍔迫り合いを繰り広げるヴィンヴァルトがニヤリと笑った。
<存在汚染>によりヴィンヴァルトが纏った高濃度の瘴気は、人間にとっては有害なものである。
ヴィンヴァルトや彼が持つ長剣に触れることで、その瘴気が相手や武器を侵食していく。
瘴気に侵食されたとしても、直ぐに死んだり、武器が壊れたりするわけではないが、無視できない負担になることは間違いない。
単純な戦闘能力の高さだけでなく、長期戦になる程有利になる呪印を持つヴィンヴァルトは、戦闘特化の四天王として十分な能力があると言えた。
1つ、問題点を挙げるとすれば……。
「何で!侵食できねぇ!?」
長剣が纏う瘴気が、リコの聖剣に弾かれていることだろう。
折角、勇者を勇者として戦いに出すなら、その武器は聖剣こそが相応しい。
実は、リコとアスカを含むパーティ全員の武器は、聖魔鍛冶師のミミが打った伝説級の聖武器なのである。……ほら、討伐ボーナスの武器強化もあるから。
シンシアパーティ?彼女達は、自前の伝説級を使っているよ。
「ヴァルちゃん!援護するじゃん!」
今度はヘルが両手の塞がったリコに横から飛びかかり、鋭い爪を振るう。
当然、この爪に触れても、弱体化が付与される(不要な心配)。
-ドォン!!!-
「ぎゃあああああ!!!」
直後、リコパーティの魔法要員2名によって放たれた『ファイアジャベリン』が、ヘルの胴体に同時着弾して爆炎を上げる。
絶叫を上げて吹き飛んだヘルの巨体は、まさしく火だるまといった様子だ。
残念だけど、コレ、1対2じゃなくて、6対2なんだよ。
リコ以外のメンバーは、リコが狙われた時点でフォローに入る準備を進めていた。
魔法の同時着弾という高等技術を披露する余裕もあったようだ。
これは、複数の敵を相手にする時に、全員の行動を把握しておかないと、酷い目に遭うという良い例だろう。
「バカ犬!ぐはっ!」
「隙あり、です!」
だからと言って、目の前の敵から注意を外して良いという訳ではない。
鍔迫り合いの最中にそんなことをすれば、今のヴィンヴァルトのように、腹に蹴りを喰らって吹き飛ぶことになる。
手が塞がっていても、足は自由に動くのだ。鍔迫り合いの最中に足を出そうとすれば、体勢は崩れるし隙も生まれるけど、相手の隙に合わせるのならば利点だけが残る。
……え、直接触れたら瘴気に侵食されるんじゃないかって?足を<結界術>の結界で覆っているから、直接触れた訳じゃないよ。リコも器用なことするよね。
「ぐ……。ち、ちくしょう……。おい、バカ犬!無事か!」
「ぶ、無事じゃないじゃん……。これがホントのホットドッグっしょ……」
立ち上がり、リコ達を警戒しながらヘルに近づくヴィンヴァルト。
身体中が焼け焦げているヘルが、何とか起き上がってつまらない冗談を言う。
「バカが言えるなら無事だな。……どうやら、俺の呪印もバカ犬の呪詛も通じねえみてぇだ。純粋な戦闘力で勝てる自信はあるか?」
「無理っしょ。魔法に強い俺をアッサリ燃やす相手に勝てる気がしないじゃん」
「……チッ、悔しいが俺も同じだ。全力の一撃を涼しい顔して受け止めやがった。しかも、どう見ても余力があった。……最悪なのは人数が多い事だな。1対1なら打てる手もあるが、パーティ戦闘に慣れた連中と6対2じゃあ、勝てる見込みがねぇ」
「これ、マジでフレアとアスラを倒したヤツっしょ」
「だろうな。あの2人と戦った後に、無傷なのが気になるが……」
戦闘特化は伊達じゃないということだな。
ヴィンヴァルトは、今の短いやり取りだけで、ある程度の実力差を把握していた。
「「………………」」
無言でアイコンタクトをするヘルとヴィンヴァルト。
「うおおおお!!!」
次の瞬間、ヘルとヴィンヴァルトは真逆の方向に動いた。
ヴィンヴァルトは声を上げ、再びリコに向けて駆け出した。ヘルはリコ達に背を向け、全力で逃走を始めた。
戦闘前に話していた最悪のケースの通り、ヴィンヴァルトが囮となって、ヘルを逃がすつもりなのだろう。
しかし、残念ながらリコ相手に背を向けて逃げるのは悪手だ。
「はっ!」
リコは手にしていた短剣をヘル目掛けて投擲した。
リコの本職は暗器使いであり、高いレベルの<投擲術>を所持している。
「くっ!」
「ぎゃあ!?」
投擲に気付いたヴィンヴァルトが長剣で短剣を弾こうとしたが、速すぎて反応しきれず、空振りしてしまった。
恐らく、ヴィンヴァルトは『ファイアジャベリン』くらいの弾速なら防ぐ自信があったのだろう。残念、<投擲術>の極致は魔法よりも速いのだよ。
そして、リコの放った短剣はヘルの右後脚に刺さった。ヘルは悲鳴を上げながらも走り続けるが、その速度は明らかに遅くなっている。
「バカ犬!いや、武器を……!」
ヘルの負傷に意識を奪われながらも、リコが武器を1つ手放したことを好機と見て、攻撃を続けることを選んだヴィンヴァルト。
特に関係ないけど、コレ、リコの投げた短剣の鑑定結果ね。
聖剣・アミュレット
分類:短剣
レア度:伝説級
備考:所有者制限、勇者強化、魔族特効、瘴気除去、武器召喚
武器召喚
・手を軽く開いた状態で、指輪に少しだけ魔力を込めながら、聖剣の名前を呼ぶと鞘なしの状態で手の中に転移してくる。
「喰らいやがれ!」
「『アミュレット』」
ヴィンヴァルトが剣を振るうと同時にリコが武器の名を呼んだ。直後、ヘルの足に刺さった短剣が消え、リコの手に戻ってくる。
『聖剣・アミュレット』は、ミオが持っている『聖剣・タリスマン』と同じく、呼べば手元に戻ってくる便利効果を持っている。
投擲用の武器としては、これ以上ない最高の効果と言えるだろう。
「な!?」
驚くヴィンヴァルトだが、既に振るった剣を止める事はできない。
図らずも先程とほぼ同じ構図で剣を受け止めるリコ。再びの鍔迫り合いとなる。……いや、これはあえて鍔迫り合いにしたのか?
今のヴィンヴァルトの斬撃は、驚愕の影響で筋が少しブレて力の伝わりが甘かったから、リコがその気になっていれば、長剣を弾くこともできたはずだ。
「今です!追ってください!」
「はい!」×5
リコパーティの5人が、ヘルを追いかけて走り出す。
「しまった……!バカ犬、早く逃げろ!」
「ひょえええ!ヴァルちゃんこそちゃんと止めるっしょー!役立たずー!」
「ンだとこの野郎!」
なるほど。鍔迫り合いということは、1対1が成立しているということである。
リコは鍔迫り合いに持ち込むことで、ヘルを追うメイド達を止める術を、ヴィンヴァルトからから奪ったのだな。
そして、これでヴィンヴァルトとヘルが分断できたという訳だ。
「クソッ、せめてテメェだけでも……!うおおおおおお!!!」
渾身の力で長剣を押し込み、リコを斬ろうとするヴィンヴァルト。
シルエット状態なので断言出来ないが、その目にはリコしか映っていなさそうだ。
「おおおおおお!!!」
「てい!」
-ドコッ!!!-
「おおぐほっ!?」
隙だらけのところを横から蹴られ、ヴィンヴァルトは変な声を上げて吹き飛んだ。
「後はお任せしてもよろしいですか?」
「ああ。リコ、よくやった」
「はい、光栄です!」
という訳で、お待たせしました。俺、到着。
吹き飛んだヴィンヴァルトが立ち上がり、俺に長剣を向ける。
「テメェ!どこから現れやがった!?」
「気付かなかったのか?空から降りてきたところだ」
「空、だと……?」
騎竜を上空に待機させ、俺とマリア(透明)が飛び降りて着地したのである。
ヴィンヴァルトは目の前のリコに集中していたし、静かに着地したから、気付かなくても無理はないだろう。
「そして、ここから先、お前の相手は俺が引き継がせてもらう」
「チッ、また敵が増えたってことかよ……」
「ああ、俺の名前はジーン。カスタール女王国の女王騎士だ。覚えて死ぬと良い」
「……魔王軍四天王、汚泥のヴィンヴァルト。テメェが死ね……」
俺が名乗ると、嫌そうな顔をしながらヴィンヴァルトも名乗った。
四天王恒例の二つ名は『汚泥』か。……確かに、今のヴィンヴァルトの姿は頭から汚泥を被ったように見えなくもない。瘴気塗れのシルエット状態だからな。
「リコ、ここは俺に任せて先に行け」
「はい!お任せください!」
適当に死亡フラグっぽいことを言いながら、リコにヘルの元に行くように促す。
リコは元気よく返事をすると、物凄い速さで走り出していった。
あっという間にリコの姿が小さくなる。小人だから、元々小さいけど。
「良いのかよ?折角2対1のチャンスだったんだぜ」
「問題ない。お前こそ、あの犬を守るため、リコの移動を止めるべきじゃないのか?」
先程まで、ヴィンヴァルトはヘルを逃がすことを優先していたが、今はリコがヘルの元へ向かうのを黙って見逃した。
立ち位置的に止めるのが難しかったとは思うが、止める素振りすら見せなかった。
「フン、どう考えても、あのバカ犬が逃げ切れる状況じゃねぇよ。せめて、1人でも敵を殺してやろうと思ったが……。テメェ、さっきの女達より弱いってことはあるか?」
「そんな訳がないだろう。彼女達6人を相手にしても、負けることはない」
「チッ、だと思ったよ。だが、テメェが1番強ぇなら、テメェさえ殺せれば後が随分と楽になるってことじゃねぇか。……魔王様の為にも、テメェだけは死んでも殺す!がああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
ヴィンヴァルトが叫ぶと、その身体から大量の瘴気が溢れ出た。
ヴィンヴァルトは、<存在汚染>の効果により、その身に瘴気を溜め込めば溜め込む程に強くなる。
その瘴気は身に纏うだけならば減らず、身体から放出するか、触れた相手に侵食させれば減ることになる。当然、瘴気が減ればヴィンヴァルトの強化値も減少する。
よって、基本的に瘴気を放出することに意味はない。
ならば、何故ヴィンヴァルトは瘴気を大量の放出したのか?
その目的は、相手を高濃度の瘴気で汚染すること以外に考えられない。
武器を経由した侵食がリコに通じなかったのは、ヴィンヴァルトも記憶に新しいだろう。ならば、必ず取り込む空気中の瘴気に干渉するしかない。
ヴィンヴァルトの身体から溢れる瘴気は、魔族領を満たす瘴気よりも遥かに高濃度なので、空気中にばら撒けば、相手は確実に取り込み、弱体化するという訳だ。
相手が勇者なら使えない戦法だが、俺が勇者ではないのは、名乗りの時点で察する事ができただろう。
なお、相手の弱体化に負けず劣らず、ヴィンヴァルト自身も弱体化するのはご愛敬。まさしく、『死んでも殺す』の宣言に相応しい自爆攻撃である。
「ふん!」
高濃度の瘴気が俺に迫ってきたので、『究聖剣・アルティメサイア』を抜き、<祓魔剣>スキルを使いながら横に振るう。
<祓魔剣>は魔を祓う剣だ。魔王が生み出した存在ならば、瘴気だって祓うことができる(一般的な瘴気は祓えない)。
そんな瘴気特効のスキルを、瘴気除去の効果を持つ最高クラスの聖剣(両方の瘴気を祓える)で振るったのだ。
「は……?」
瘴気除去の相乗効果により、目に見える範囲全ての瘴気が浄化され、ヴィンヴァルトが呆けた声を上げるのも、当然の結果といえるだろう。
目に見える範囲、と言ったが、実際にはもう少し広い範囲で瘴気が消滅しているようだ。しかも、瘴気が除去された範囲には、新しく瘴気が入ってくることもない。
「テ、テメェ、何……しやがった……?」
「見ての通り、周囲の瘴気を祓わせてもらった。随分、スッキリしたみたいだな」
大部分の瘴気を放出したせいで、ヴィンヴァルトが纏う分の瘴気もなくなり、シルエット状態が解除されている。当然、ステータス的にも大幅に弱体化している。
「バカな……。そんなこと、できるワケがねぇだろ……」
「瘴気を操るヤツが居るんだ。瘴気を祓える奴が居ても、何の不思議も無いだろうよ。……さて、俺には弱者を甚振る趣味はない。そろそろ、終わりにさせてもらおう」
既にヴィンヴァルトに打つ手は無い。これ以上、戦いを引き延ばす理由もない。
「チッ。どうにも、なりそうにねぇか。……うおおおおおお!!!」
ヴィンヴァルトは一度諦めた顔をした後、明確な殺意を持ち、鬼気迫る表情で俺に斬りかかってきた。最後まで、やるべきことはやるつもりなのだろう。
俺は武器を『究聖剣・アルティメサイア』から『精霊刀・至世』に換える。
「悪しき魂よ。あるべき場所に還れ。滅魔一閃」
「……っ!?」
<祓魔剣>の練習中に考えたキメ台詞と共にヴィンヴァルトを両断する。
その斬撃はヴィンヴァルトの肉体を一切傷付けず、魔族としての人格、魂だけを一瞬で切り裂き、断末魔を上げることすら許さずに消滅させた。
ヴィンヴァルトは力を失い、勢いそのままに転倒する。……痛そう。
見れば、ヴィンヴァルトの身体から魔族の特徴が消失し、普通の人間に戻っていた。
<祓魔剣>を四天王に使うのは二度目だが、問題なさそうだな。これなら、魔王に使っても同じ効果が期待できるだろう。
放っておく訳にもいかないし、この場で奴隷にする訳にもいかないので、最終試練達と同じように、タモさんに石化してもらい、<無限収納>に格納する。
最終試練2名とは異なり、既に魔王の支配からは外れているので、屋敷で奴隷にしてもらえば良いだろう(奴隷化は必須)。非常に珍しい、男性の転生者奴隷である。
俺は邪神獣ヘルやリコ達の走り去った方に向けて歩き出した。
まだ、向こうの戦いは終わっていないようなので、中継で様子を見てみよう。
結論から言うと、邪神獣ヘルVSリコパーティ(リコ不在)は、ほとんど消化試合となっていた。
まぁ、当然だよな。2対6の時点で形勢不利だったのが、1(手負い)対5(無傷)になったからと言って、有利になるなんてことはないだろう。
「この!離れるじゃん!」
現在、ヘルは最後のあがきと呼べるような暴れ方をしている最中である。
相手を倒すために狙った攻撃ではなく、自分に近寄らせないための場当たり的な攻撃を繰り返しているのだ。
「来るな!来るなぁ!あっち行くっしょ!」
まるで、駄々っ子のような暴れ方だが、こんなんでも最終試練だけあって、その攻撃力は馬鹿にできない。当たるとそれなりに痛いだろう。
リコパーティも無理に接近戦を狙わず、ヒットアンドアウェイと中距離からの魔法を主体とした戦術で、ちまちま削っている状況だ。
「『サンダージャベリン』!」
「ひょえ!」
駄々っ子のように暴れていても、魔法は脅威と認識しているようで、魔法の発動と同時に、情けない声を上げながら跳んで逃げる。み、見苦しい……。
最終試練とは、人類に対する試練である。逆に言えば、いずれは討たれるという宿命を背負っている。ある意味では、普通の人と同じく、限りある命なのだ。
生き残りたいという意思を否定はしないが、必ず訪れる自分の最期と、もう少し真剣に向き合っても良いのではないだろうか?
死んではいないけど、武神アスラ、美神フレアの散り様を見た後なので、余計に見苦しく感じてしまうのかもしれない。
その時、ヘルの死角から短剣が飛んできて、無事な後左脚に突き刺さった。
「ぐあ!?」
「お待たせしました!」
短剣を投げたのはもちろんリコである。
合流に時間がかかったのは、少し迂回して死角から攻撃するためだったようだ。
「ちくしょう!もう追いつきやがった!ヴァルちゃんは一体何をやってんじゃん!?囮も満足にやれない上に、1人すら足止めもできないなんて、役立たずにも程があるっしょ!つーか、まさかもう死んだの!?人のことバカ犬って言っておきながら、本人は犬死とか笑えないっしょ!」
リコが追い付いたことから、ヴィンヴァルトの末路を察し、鬱憤を晴らすように罵倒しながら暴れている。見苦しい……。
実力差を考えれば、ヴィンヴァルトは善戦した方じゃないかな。少なくとも、パーティ最速であるリコの動きをしばらく封じたワケだし。
……今思えば、最善手はヴィンヴァルトを乗せて、ヘルが逃走することだったのでは?ヴィンヴァルトが後方を守れば、リコの投擲を防げる可能性もあったから。
当然、ヘル1匹で6人の相手をするなんてことは不可能だ。
「……ぐうっ!……がはっ!」
リコパーティの人数が増え、攻撃の手数が増えたことが1つ。
両後脚を負傷したことで、攻撃の回避が困難になったことが1つ。
合わせて2つの理由により、ヘルの被弾は加速度的に増えていく。
そして、ついにヘルの後脚は動かなくなり、その場で暴れることしか出来なくなった。
「『サンダージャベリン』!」
「ぎゃあああ!」
動けないヘルに容赦のない『サンダージャベリン』がクリーンヒットして、その巨体が音を立てて横倒しになる。
これは、勝負ありかな?HPはまだ半分残っているが、逆転の目が一切無い状況だ。
うーん、正直、邪神獣ヘルは配下に欲しくないなぁ……。
言動のほぼ全てが俺判定でマイナス評価になっている。モフモフ要因としても、評価はあまり高くない。やはり、闇落ち進化形に触り心地を期待するのは間違いだったようだ。
「ま、待ってくれっしょ!あ、謝るから、話を聞いて欲しいじゃん!実は、今まで俺は魔王の魔法で操られていたっしょ!だから、君達を攻撃したのは、俺の意思じゃないじゃん!今の電撃で魔王の魔法が解けたから、もう戦う必要はないじゃん!」
いよいよ後が無いと判断してからの命乞いフェイズ。まだ俺の評価を下げて来るのか。
1番笑えるのが、命乞いをしているのに、マップ表示は赤(敵)のままなのである。……残念だけど、その敵意、隠しきれていないよ。
更に言えば、その命乞いで嘘を吐いている。『魔法で操られた』というのは、従魔になっているから完全な嘘ではないが、攻撃したのは100%ヘルの意思だし、電撃で従魔の契約が破棄されることはない。さて、命乞いで嘘つく奴が、信じられると思うか?
「な、何なら、魔王と戦うのに俺も協力するっしょ!実は、今まで魔王に操られていたせいで、本来の実力が発揮できてなかったじゃん!魔王は本気の俺よりちょっと強いだけだから、俺が手を貸せば必ず勝てるっしょ!そうだ!それが良いっしょ!」
当然、今までのヘルの実力が、正真正銘ヘルの全力である。
そして、アスラとフレアを下した魔王の強さが、ヘルのちょっと上、で済むはずがない。
コレ、間違った情報を与えて、魔王と共に襲い掛かってくるパターンだね。
……これは、要らないな。
アルタ、リコ達にヘルを倒すように伝えてくれ。
A:承知いたしました。
リコ達がアルタの指示に従い、武器を構えたところで、唐突に攻撃の気配を感じた。
「離脱!」
「へっ?」
リコ達6人も同じ気配を察知したようで、全力でヘルから距離を取った。
次の瞬間、上空……暗雲から降り注いだ黒い光の奔流が、呆けた声を出したヘルの身体を飲み込んだ。
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
ヘルは光の中で絶叫を上げ、そのHPを減らしていく。半分あったHPは僅かな間に1割以下になってしまった。
位置的に回避行動をとったリコ達では、ヘルに止めを刺すのが間に合わない。
「ちっ」
俺は舌打ちをしながら、『神霊刀・至世・完』を呼び出し、遠距離からヘルの首を落とし、HPを0にする。
ヘルのHPが0になって数秒後、黒い光の奔流は消失した。確実にヘルを狙った攻撃である。そして、今の強い魔族の気配は、魔王の気配に違いない。
つまり、最終試練の邪神獣ヘルは、主である魔王によって殺されるところだったのだ。
実際には、ギリギリだが俺の攻撃によりヘルが死んだようで、奴のスキルやステータスの回収には成功した。
ただし、俺は既に最終試練を討伐しているので、討伐ボーナスを貰うことはできなかった。魔王の横槍が無ければ、リコ達に討伐ボーナスを取らせられたのに……。
3体目の最終試練との戦いは、とてもじゃないが満足のいく結果とは言えなかったな……。