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第213話 魔王の情報と殴る理由

ほぼ純粋な魔王と魔族に関する説明回です。

今まで、魔王に関する情報は断片的にしか出て来ませんでしたが、本話で大部分が明らかになります。

仁が魔王に関心を持たないから、一般的な知識の説明も無かったのです。

 魔王とは、その名の如く魔族の王であり、100年から200年に1度、定期的に生まれる強大な力を持った魔族の個体のことを言う。


 その目的は『人類種の根絶』と言われており、過去の歴史を紐解けば、魔王が関わった事件、被害は枚挙に暇がない程だ。

 一番有名な被害は、500年前のエルガント神国神都崩壊だろう。魔王1人に一国の首都が滅ぼされ、生存者は数えるほどしかいなかったそうだ。


 魔王は魔族の王であり、魔物の王ではない。しかし、何らかの関わりはあるらしく、魔王が現れると一部の魔物が『狂化』と呼ばれる暴走状態になることがある。

 『狂化』した魔物は魔王に従う訳ではないが、人類の敵でなくなる訳でもない。

 『狂化』すると能力も上がるので、人や街が襲われれば、大きな被害を受けてしまう。


 総じて、魔王の存在は人類にとって百害あって一利なしと言える。

 しかし、普通の人類には魔王を倒すことはできない。人類の攻撃では、魔王にほとんどダメージを与えることができないからだ。

 魔王に攻撃が通じ、倒すことができるのは、女神の神託により異世界から召喚された勇者だけである。過去に現れた全ての魔王は、例外なく勇者により討伐されたという実績もある。


 物騒な話ではあるが、魔王の発生を防ぎたいなら、魔族を絶滅させればいいはずだ。

 しかし、それは事実上実現不可能と考えられている。


 魔族とは、旧エルディア王国西部、パスフィル山脈を超えた先にある魔族の領域、通称『魔族領』に住む長命種のことで、人類種全ての敵とされている。

 肌は紫色、髪は金や銀などの金属光沢を持つ色で、一目で人類種でないことが分かる。

 一応、人類種との間に子を作ることができるが、生まれた子は漏れなくハーフ魔族となる。


 余談だが、人類種の異種族婚で生まれる子供は、基本的に母親の種族(極稀に父親の種族)になる。例外はエルフで、魔族と同じく漏れなくハーフエルフになる。

 エルフに言うと烈火のごとく激怒されるが、人より遥かに長い寿命、魔王やハイエルフといった特殊な個体が生まれるなど、魔族とエルフには幾つか共通点があったりする。


 話を戻そう。


 魔族の絶滅が困難なのは、パスフィル山脈と魔族領に発生している、2つの異なる特性を持った瘴気(のようなモノ)が原因だ。


 パスフィル山脈の瘴気は、能力が低い人類種、魔族に対して非常に強い毒性を持ち、弱い者が通ろうとすれば、死に至ることもある。

 この瘴気は勇者には効果が無いことと、定期的に効果が弱まることがあり、その時期は魔族だけが把握していることを補足しておく。


 魔族領の瘴気は、魔族と勇者以外に毒性を持つが、能力が高ければ効果が軽減されるし、長期間取り込まなければ影響もないので、短期的な……魔王討伐くらいならば問題ない。

 言い換えれば、長期間滞在するならば、確実に悪影響を及ぼすということでもある。


 パスフィル山脈の瘴気が一般人の行き来を、魔族領の瘴気が勇者以外の長期滞在を拒むため、魔族を滅ぼすための継続的な活動が事実上不可能な状態になっている。

 勇者が魔族を殺して回る手もなくはないが、ここにも厄介な障害がある。


 魔族は同種以外には非常に残忍で、好戦的な性格をしていることは有名である。

 しかし、魔王が勇者に殺されると話が変わる。その瞬間から、魔族はひたすら勇者及び人類種から逃げ隠れする臆病な種族に早変わりしてしまうのだ。

 後は、勇者が支援なしの鬼ごっこと隠れん坊に、どこまで耐えられるかの話になる。

 今も魔族が滅んでいないことが、その答えと思ってもらって構わない。


 1つ補足すると、魔族がパスフィル山脈を越え、人類種に敵対的な行動をとるのも、魔王が存在する期間に限られる。

 そして、基本的に魔王自身が魔族領から出てくることはない。先に述べた500年前のエルガント神国の事件が、魔王が魔族領から出て、人類種に被害を与えた唯一の事例である。


 また、魔王の配下には、四天王と呼ばれる幹部級の魔族が存在する。

 特殊な能力を持った魔族達で、500年前の件を除けば、人類種に対して害をなす実行犯とも言える。

 四天王は勇者以外でも倒す事ができるが、倒された事例はそれほど多くなく、やはり勇者に倒されることが多い。


 魔王が最初に発生した時代の記録がないため、正確なことは分からないが、随分と昔から勇者が魔王を討伐する工程は通例化されている。

 それは、パスフィル山脈を越えてきた、四天王を含む魔族達を倒し、十分な実力を付けてから、高い能力を持った仲間達と少数精鋭で魔族領に向かうというモノだ。

 魔王を倒した後は、特別な事情がない限り、速やかに魔族領を去るのも通例である。


 一部例外もあるが、ここまでが一般的に知られている魔王の情報である。



 ここからは四天王の記憶、アルタの解析から得られた魔王の情報になる。


 残念なことに、女神、勇者、魔王の情報については、アルタの知識でも不明な部分が多い。

 今回、四天王を完全な状態で解析できたので、不明な部分がいくつも解明したそうだ。


 一般的な情報の内、大きく間違っている物を3つ修正しよう。

 大半の情報は概ね正しいが、中には致命的に間違った情報が広まっている。……いや、間違った情報が広められていたと言った方が正しいか。


 最初に修正するのは、『魔王は定期的に生まれる強大な力を持った魔族の個体』という誤情報だ。魔王は魔族の中に生まれる存在ではなく、異世界から召喚された存在である。

 異世界から召喚された人間・・が、召喚と同時に魔族へと変質させられ、魔王として相応しい強大な力と人格を与えられるそうだ。この時点で、召喚された人間とはほぼ別人になっている。


 さて、ここで重要なのが、魔王は誰によって召喚されたのかという点だ。

 結論から言おう。……女神である。


 考えてみれば当然の話だが、異世界召喚なんて大技を実現できる手段は、この世界にそれ程多くは存在していない。

 勇者を召喚できる女神が、魔王を召喚できたとして、何を驚くことがあるだろうか。


 要するに、勇者と魔王の戦いは、女神によるマッチポンプ。しかも、異世界人同士を戦わせ、必ず勇者が勝つように調整された、趣味の悪い八百長試合でしかなかったのだ。


「この話、女神教の人には絶対に聞かせられないわね」


 ここまでの話を聞いたミオが、渋い顔をしながらそう言った。


「言ったところで信じないだろうし、何なら激高して襲い掛かってくるんじゃないか?」

「女神教の教義を全否定しているのですから、その可能性は高いですわね。わたくしですら、信じられない……信じたくない気持ちがあるくらいですわ」


 この世界の住人であるセラにとっても、常識が崩れるような情報だろう。


「私もちょっと、頭の頭痛が痛い。聞くんじゃなかった……」


 見事な頭痛の誤用を決めたのは、カスタール女王国の女王であるサクヤである。


「サクヤちゃん、大丈夫ですか……?別室で休みますか……?」

「何とか大丈夫。ここまで聞いたからには、最後まで聞いていく」

「無理はしないで下さいね……。『リフレッシュ』……」

「さくらちゃん、ありがとう」


 女王とはいえ、感性的には一般人であるサクヤには刺激が強すぎたようだ。

 少しグッタリしていたので、さくらが体調を回復させる魔法で介抱している。


 現在、カスタールの屋敷に関係者を呼び、魔王に関する情報共有を行っている真最中だ。

 サクヤは、女王騎士ジーンの立場を使う可能性があるので呼んでいる。

 なお、異能込みの話なので、配下以外は呼んでいない。また、この場には居ないが、念話経由で話を聞いている者も多数存在する。


「女神の性格が悪いのは前から知っていたが、俺の想像以上だったな。まぁ、ある意味では丁度良いか。元々、殴るのは決めていた訳だし……」


 言ってしまえば、殴る理由が1つ増えただけの話である(女神殴るカウンター+1)。

 勇者ではないけど、俺も勇者召喚で呼び出された関係者であることに違いは無いからな。


「一体、どんな理由があって、そんな事をしているんでしょう……?」


 さくらの抱いた疑問に、俺も考えを巡らせる。


 女神の目的に関しては、全く情報が存在しない。少なくとも、アルタの知識とナーハルティの記憶の中には。

 アルタ曰く、魔王は何か情報を持っているようだが、四天王には共有されていなかった。

 どうやら、魔王は四天王に対して、いくつかの情報を制限していたようだ。


「楽しんでいるだけ……と決めつけるのも良くないよな」

「楽しむだけにしては、ちょっと規模が大きすぎるわよね。何らかの理由はあると思うわ」


 ミオの言う通り、規模も影響も大きすぎるマッチポンプだ。何の理由もないとは思えない。


「そうだな。せめて、まともな理由だと良いんだが……」

「まともな理由があっても、殴るんでしょ?」

「ああ、殴る」


 女神の行いは到底許せるものではないが、理由如何では印象も変わる。

 殴ることは変わらないが、手心(女神殴るカウンター-1)が入るか否かという違いはある。


「兄さん、すいません。魔王について話をさせてください。魔王がひじりの身体を乗っ取っていたとして、元の聖に戻すことはできるのですか?」


 ここで、妹の凛が挙手をして質問をしてきた。


 情報共有後に行う魔王対策会議では、魔王の身体が知人のひじりの物である前提で話を進める予定だ。凛をこの場に呼んだのも、聖の親友だからである。

 親友の身体が、見知らぬ人類の敵に乗っ取られた状態というのは、決して許容できる状態ではないだろう。


「正直、得られた情報だけだと、どちらとも言えない。ただ、四天王と同じ条件なら、元の人格は既に上書きされて消滅しているはずだから、楽観視はできない状況だ」

「そうですか……」


 親友が消えた可能性があると聞き、凛の表情が曇る。


「ただ、魔王がホーリーと名乗っている以上、完全に人格が消えたとも思えない。人格が消えているなら、元の名前にちなんだ名前なんて名乗らないだろうからな」


 ホーリーという名前が本当に聖から来ているなら、魔王の中に聖の記憶が、人格が残っている可能性は十分にある。


「希望はあるのですね。でも、覚悟だけはしておきます」

「ああ、覚悟だけはしておいてくれ。だが、少しでも人格が残っているなら……いや、仮に人格が消えていたとしても、全力で取り戻す手段は探す。それだけは約束しよう」

「兄さん……、ありがとうございます」


 妹の親友を、親友の妹を、下らないマッチポンプの犠牲にする気はない。


 そして、この情報を知った時点で、『魔王討伐は勇者の仕事』という主張を取り下げることにした。いや、取り下げる以外の選択肢はないだろう。

 どう考えても、勝手に召喚され、身体を奪われ、勇者に殺される魔王の元人格は被害者だ。

 仮に魔王が聖ではなかったとしても、勇者なんぞに殺させるつもりはない。


 魔王攻略の第一目標は、『魔王を殺さず、元人格を取り戻す』に決定した。



 次に修正するのは、魔族という種族そのものの情報だ。


 一般的な知識からも分かる通り、魔族についてはほとんど知識が広まっていない。

 分かっているのは、残忍で好戦的という性格面の情報だけで、生態については全くと言って良いほど分かっていないのだ。


 ある意味では、それは当然の話だろう。

 そもそも、魔族にまともな生態など存在しないのだから。


 魔族は生殖行動によって人口を増やすことできる。人類種との間にハーフ魔族が生まれるのだから、魔族同士で子を生すことができるのも当然の話だ。

 しかし、メインとなる人口の増やし方は生殖行動ではない。

 実は、魔族の多くは、魔王の呪印カースにより生み出されているのだ。


 その呪印カースの名を<暗黒領域ダークゾーン>と言い、魔王を魔族の王たらしめる効果を持っている。


 なんせ、この呪印カース1つで、国家の3要素である『国民』、『領域』、『主権』を一気に満たすことができるのだからな。

 呪印カースにより魔族を生み出して『国民』とし、魔族(と勇者)以外には毒となる瘴気を張り巡らせて『領域』を確保し、魔族に対する絶対命令権により『主権』とする。

 他にも効果はあるようだが、どれも魔王としての統治を補助するものばかりだ。


 ここで2つ、小さな誤情報を修正しよう。


 1つ目、過去の勇者の中には、魔族を皆殺しにした者も存在する。

 魔族の領域を虱潰しに探索し、逃げる魔族を殲滅して回った勇者が居たことがある。

 しかし、魔王は召喚によって現れ、魔族は魔王により生み出されるので、全滅させることに大きな意味はないのである。

 魔族を全滅させたはずなのに、時代の魔王が現れたので、勇者による殲滅が失敗したと判断されてしまったそうだ。


 2つ目、魔族は魔王が居なければ、ある意味では好戦的な種族ではない。

 実は、魔族は魔王が死ぬと逃げる種族に変わるのではなく、逃げる種族が、魔王の存命中は好戦的な種族に変わるのである。

 これは、魔王の意思とは無関係であり、魔王が存在するだけで確実に発生する現象だ。

 魔王さえ居なければ、人類種と魔族は手を取り合える……訳はない。魔族の本能に『人類種が憎い』が組み込まれているので、どう頑張っても不可能だったりする。

 つまり、魔王が居ない時は『人類種が殺したいほど憎いけど、身体が言うこと聞かないから逃げる』の状態であり、魔王が居る時は『人類種憎い、絶対殺す』の状態なのだ。


 ここまでの情報から推測するに、魔王にとって魔族とは自国の民ではなく、替えの利く道具のような存在に位置するようだ。

 実際、魔王の呪印カースで生み出すのだから、いくらでも替えは利くからな。


「もしかして、魔王に生み出される魔族は、四天王と同じように転生者なんですか……?」

「いや、転生者は四天王だけだ。生み出すための呪印カースも異なるし、同じ種族ではあるけど、ほぼ完全に別物と考えて良いだろう」


 さくらの問いに首を横に振って答える。


 四天王は<四天任命フォースオーダー>で生み出し、他の魔族は<暗黒領域ダークゾーン>で生み出す。

 四天王は転生者であり、特殊な呪印カースを持っているが、一般的な魔族は転生者ではなく、呪印カースも持っていない。


「良かったです……。魔族とは言え、転生者が大勢死ぬのは気分が良くないですから……」

「そもそも、何で態々転生者を四天王にするの!?魔族を自由に生み出せるなら、そっちを四天王にすれば良いのに!」


 転生者であるミオは、四天王が転生者であることを不快に思っているようだ。


呪印カースの効果と言えばそれまでだが、何かしらの理由はありそうだな」

「うーん……。呪印カースは異世界人にしか使えないとか?」


 転移者(勇者)にしか使えない祝福ギフトの対となる存在だから、呪印カースも異世界人である転移者(魔王)と転生者(四天王)にしか使えないと……。

 面白い推測だが、少し問題がある。


「その可能性を否定はできないが、既に例外が存在しているな。一部の魔物とグランツ王国の国王ゼノンも呪印カースを持っていただろ?」

「あ、そっか。良い考えだと思ったんだけど……」


 アルタ、この疑問に答えられる情報を持っているか?


A:はい。転生者だから呪印カースを使えるのではなく、<暗黒領域ダークゾーン>で生み出された魔族が呪印カースを得られないのです。四天王以外の魔族は、後天的にスキルを得ることはできません。スキルポイントを得られないので、スキルが成長することもありません。これは呪印カースも同様であり、一度生み出した魔族に後から呪印カースを付与することはできません。


 思い返せば、エルディアで倒した魔族達は、スキル構成が全員似たり寄ったりだった。

 もしかして、スキル構成のパターンが限られているのか?


A:はい。魔族のスキル構成は全20種のパターンしか存在しません。スキル構成は<暗黒領域ダークゾーン>により設定できます。


「ふむふむ。<暗黒領域ダークゾーン>で生み出した魔族は、スキル構成は初期設定からカスタマイズ不可能な大量生産品ってコトね」

「まさしく、ゲームの雑魚キャラって感じだな」


 ゲームの雑魚キャラは、同じ名称ならば全ての個体が完全に同じステータスで登場することも多い。個体差があったとしても、限られた範囲の誤差程度のものだ。

 魔王なんてゲームのキャラみたいな存在が居て、その配下である魔族までゲーム的な性質を持っているのは少し面白いな。


「……ゲームの雑魚キャラなら、無限沸きするのかしら?」


 ミオがこれまたゲーム的な話を持ち出してきた。アルタ?


A:<暗黒領域ダークゾーン>により生み出せる魔族の数に限りはありません。ただし、同時に存在できる個体数に限界があるのと、生み出すのにMPの消費が必要になります。


 限界はあるが、復活殺しリスキルはできるみたいだな。

 魔王が転生者じゃなければ、スキルポイント稼ぎのために、捕らえて魔族を生み出し続けるリスキル装置にすることも検討していたかもしれない。


「ご主人様、リスキルは良くないわ」

「何故分かった!?」

「悪巧み顔してたわよ。まぁ、流石に考えただけでしょうけど……」

「当然だ。いくら魔族相手とは言え、殺すために生み出すなんて真似をする気はない」


 既に生み出された魔族は敵だから殺すが、俺の都合で生み出させて殺すのは話が違う。

 検討をしたとしても、不愉快だから却下することになっただろう。



 さて、最後に修正する情報は、魔王の目的である『人類種の根絶』だ。


 結論から言うと、今代の魔王の目的は『人類種の根絶』ではなく、『異世界から召喚された勇者の殲滅』である。

 今までの魔王軍の作戦を振り返っても分かることだが、連中は終始一貫して勇者を害するための行動しかしていない。

 なお、その行動の過程で人類種が傷付くことを全く厭わないので、人類種の敵であることに変わりはない。ただ、最終目的が人類種の根絶ではないというだけだ。


 一般的な魔族とは異なり、魔王や四天王にとって、人類種は憎悪の対象ではないらしい。少なくとも、今代の魔王と四天王に関して、これは確実と言える。

 今まで出会った四天王も、人類種を見下してはいたが、憎悪していた訳ではなかった。……会話中にキレたのは別とする。

 勇者に対しても、殺すという強い意志は感じたが、憎悪しているようには見えなかった。

 つまり、魔王と四天王は、勇者が憎いから殺そうとしているのではなく、必要があって殺そうとしているということだ。


 ある意味では、納得できる話でもある。

 魔王を倒せるのが勇者だけということは、勇者さえ殺せば魔王を倒せる者はいなくなる。

 魔王にとって、勇者とは唯一自分を脅かす存在なのだ。それは殺したくもなるだろう。

 しかも、勇者は勇者で明確に魔王や魔族を敵視しているのだから尚更だ。


 ただ、魔王にとっては残念なことに、今までに勇者の殲滅を成し遂げた者は居ない。

 何故なら、女神によって魔王は負ける側と決めつけられているからである。

 全ての条件が魔王に不利……必敗となるように整っているからである。


 特に厳しい条件は大きく3つ存在する。

 1つ目、勇者の攻撃は魔王に対して特効を持っている。魔王には勇者以外の攻撃がほとんど効かない代わりに、勇者の攻撃だけは非常に大きなダメージとなる。

 2つ目、魔王はある厳しい条件を満たすまで、魔王の本拠地である魔王城の周辺から離れることができない。まだ能力の低い勇者を、魔王本人が強襲することはできず、魔族の領域で迎え撃つことを強制されている。なお、500年前のエルガント神国神都崩壊事件は、厳しい条件を満たした稀有な魔王の所業である。

 3つ目、勇者を倒せば倒す程、残る勇者が強くなる。勇者が死ぬと現れる祝福の残骸ガベージは、他の勇者の元へ自動で向かう。祝福の残骸ガベージを取り込んだ勇者のステータスと祝福ギフトは強化され、最終的には必ず魔王を上回る力となる。


 魔王が勝利するには、これらの条件をひっくり返さなければならないのだ。

 先に述べた通り、まさしく必敗の条件と言って差し支えないだろう。


 しかし、驚くべきことに、今代の魔王はこの3つの条件を打ち破る準備を終えていた。


 いくつか作戦があるのだが、その中で最も有力なのは、『最終試練をテイムし、勇者と戦わせる』というものだった。

 勇者……いや、異界の勇者は最終試練と呼ばれる強力な魔物に対し、一切のダメージを与える事ができない。これは、勇者がどれだけ強くなろうと関係ない。

 強くなった勇者を倒すことは無理でも、消耗させることはできる。あるいは、同行者の殲滅くらいはできるはずだ。これだけで、魔王の形勢不利を大きく変えられる。


 ナーハルティの知る限り、魔王がテイムしている最終試練は5匹だ。

 エルガント神国に現れた雷神と風神。魔王城の番犬であり、ナーハルティが呼び出そうとして失敗した邪神獣ヘル。武術を極めた武神アスラ。あらゆる存在を虜にする美神フレア。


 雷神と風神は討伐済みなので、魔族の領域には残る3匹の最終試練が待ち構えているのだろう。能力的に考えて、恐らく雷神と風神よりも強い最終試練が3匹だ。

 何も知らず、ただ強くなっただけの勇者が魔族の領域に向かっていた場合、最終試練によって壊滅的な被害を受けていたことは想像に難くない。


 <魔物調教>では最終試練はテイムできないので、何か別の方法を使ったのは確実だが、四天王であるナーハルティの記憶にも残っていなかった。知らないのだろう。

 当然、魔王の持つ呪印カースにそのような能力はない。

 そもそも、魔族の領域から出られない魔王が、どうやって最終試練と邂逅したのか?


 その鍵を握るのが、『謎の協力者』の存在である。


 謎の協力者は、最初の四天王が生み出される前から魔王と共にあり、魔王すら知らない魔王の知識を持ち、呪印カースらしきスキルで魔王軍の行動を補助していた。

 その正体は四天王にも伝えられていない……が、情報から推測する事はできる。

 過去の魔王に関する知識を持ち、呪印カースらしき能力を使える存在。そんなの、以前の魔王の代の四天王に決まっている。


 これで四天王の人数は、今代含めて5人となってしまった。いよいよ、四天王と言う名前の是非が問われる状況である。


 実は、魔王が勇者に倒されると、四天王も同時に死亡するようになっている。

 四天王の持つ呪印カースは、魔王との繋がりリンクが必要不可欠となっており、魔王が死亡しリンクが切れると同時に、四天王の人格ごと呪印カースが消滅するからだ。

 しかし、謎の協力者(名前は不明)はその消滅を回避した。恐らく、リンクが無効になる領域にいる時に魔王が死亡したのだろう。それが偶然か、意図的なモノかは不明だが……。


 また、四天王に対する情報の制限は、謎の協力者の意思によるものであり、魔王と謎の協力者の間で秘密のやり取りが行われていることは、ナーハルティも把握していた。

 ナーハルティから情報を抜き出して色々と分かってきたが、魔王にとって本当に重要な情報は、魔王と謎の協力者だけが知っているということだろう。


 少し話は変わるが、魔王の目的が人類種の殲滅ではなく、憎悪も無いとなれば、人類種に利益を与え、協力者とすることが可能になる。

 それは、人類種にとっての裏切り者とも言える存在だ。現時点で、最低2名の協力者が存在していたことが明らかとなっている。


 その内の1人は、恥ずかしながら俺の幼馴染である織原である。織原の協力により、勇者死亡時に現れる祝福の残骸ガベージを回収する装置が開発された。

 先に述べた、魔王にとって不利な3つ目の条件を覆すための作戦の1つである。


 もう1人はグランツ王国の国王だったゼノンである。呪印カースを持ち、最終試練を引き連れて、エルガント神国で勇者を殺そうと画策していた。

 ゼノンは2つの呪印カースを持っており、その内の1つは今代の魔王から与えられたようだが、もう1つの自分の子孫に乗り移るための呪印カースは、以前の魔王に与えられていなければ計算が合わない。


A:グランツ王国の建国は今から大よそ500年前です。


 うーん。計算、合っちゃったよ。

 どうやら、500年前の魔王は色々と例外的な存在みたいだ。もしかして、謎の協力者も500年前の四天王なのか?その場合、今代の魔王の目的とも関わりがあるかもしれないな。

 運が良ければ、魔王と対峙した時にその辺の話が聞けるかもしれない。可能性は低いので、あまり期待せずに期待しておこう(矛盾)。


 さて、2人の裏切り者を紹介したが、隠れて魔王に協力している者は他にもいるのだろう。

 ゼノンは魔王から呪印カースという利益を享受して協力者になっていた。

 呪印カースは見ていて不快な効果が多いが、人知を超えた力であることも事実だ。呪印カースによる利益を求め、魔王に協力する者が居ても不思議ではない。


 一応、俺の認識が及ぶ範囲には、呪印カースを持った人類種は居ないが、それだけで魔王の協力者が居ないという証明にはならない。

 魔王から与えられる、最も強力な利益として呪印カースを挙げたが、利益というのは人それぞれだ。他の利益により魔王に協力する者が居る可能性もある。

 直接的な利益が無くても、自分の目的に合致するので協力するという者も居るだろう。

 実際、織原は織原の目的のため、呪印カースを得ることもなく魔王に協力していた。


 1つ安心できるのは、魔王に隠れた協力者が居ても、何かを為すことは無いという点だ。

 魔王の協力者の暗躍は、ほぼ全てが勇者に向かうはずだ(例外:織原)。しかし、勇者(偽)の周囲からは、マップ機能で判別された勇者(偽)に敵意を持つ者は排除されている。

 敵意も持たず、勇者に害をなせる者でもなければ、勇者に被害を与えることはできない。

 そして、ほぼ全ての暗躍が勇者に向かう以上、俺が魔王と対峙する障害にはならない。


 人類にとって有害な裏切り者だが、今すぐ被害を出さないというのなら、態々探して潰すまではしなくても良いだろう。

 あ、呪印カース持ちは話が別だよ。どうせ、碌なことはしないから、見つけ次第排除対象になると思う。


 閑話休題。


 色々と話をしたが、正直に言えば魔王の目的はそれほど重要な情報ではない。


「魔王がどんな目的を持っていようと、魔王を元の人格に戻すことは確定している。だから、余程のことがない限り、魔王の目的が達成されることはない」


 魔王の目的に関係なく、俺のすべきことは最初から決まっているのだから。


「おお、ご主人様の目が本気だ!」

《ごしゅじんさま、かっこいいー!》


 本気モードな表情を、ドーラが格好良いと言ってくれた。照れるね。


「あ、真面目な表情が崩れましたわ」

「……せめて、普通の表情に戻ったと言ってくれ」

「分かりましたわ」


 普通の表情に戻った俺は、先程から気になっていたものに目を向ける。


「……………………」

「サクヤ、大丈夫か?」


 テーブルに突っ伏し、物言わぬオブジェとなったサクヤに声をかける。

 話の途中で衝撃情報がキャパオーバーしたようで、完全にダウンしていた。一応、目は開いているし、瞬きもしているので、話は聞いているようだが……。


「あんまり、大丈夫じゃない……」

「サクヤちゃん……」


 先程は大丈夫と言っていたが、今度は大丈夫ではないらしい。

 さくらも心配そうにサクヤの様子を覗っている。


「この世界の歴史が、ただの茶番劇だったなんて……」


 この世界の歴史は、魔王と勇者の戦いの歴史でもある。

 それが、全て女神の自作自演マッチポンプ。結末の決まった劇であるなら、戦いにより生じた悲劇も、勝利により得た栄光も、意味や価値が失われる。

 この世界の歴史書は、劇の台本と大差がなくなってしまうのだ。

 一国の女王として、国や世界の歴史に造詣のあるサクヤにとって、辛い事実であることは想像に難くない。


「前々からお兄ちゃん経由で知った情報から、勇者や女神様が怪しいとは思っていたけど、ハッキリ確定するとやっぱりキツイわね。しかも、魔族すらある意味では被害者とか……」


 この世界では、人類種のほとんどが魔族を敵視している。

 実際、敵であることに変わりはないが、視点を変えれば魔王や魔族も被害者と言っていいだろう。もちろん、加害者は女神である。


「魔族が被害者だとしても、さっきも言った通り、やることは変えないからな」

「そこに異議を唱える気はないけど、純粋に恨めなくなっちゃったのよ」


 サクヤの親族は魔族ナーハルティによって殺されている。自身も魔族ロマリエに酷い目に合わされているので、恨みを持っていて当然である。

 しかし、魔族側の事情や女神の思惑を知ったことで、恨みの矛先を真っ直ぐ魔族に向けることが難しくなってしまったようだ。


「何なら、サクヤも女神を一発殴るか?」


 いずれ、真紅帝国スカーレットと共に女神の領域に行き、女神を殴る予定なのだ。

 1人くらい、殴る係が増えても構わないだろう。……正直、この世界の住人のほとんどが女神を殴る権利を持っていると思う。


「え?いや、それはちょっと……。私だけが被害者って訳でもないし。あ、でも、お兄ちゃんが女神様を殴る理由の1つにしてくれると、少しだけスッキリするかも」

「ああ、良いぞ。サクヤの分も女神を殴ってくる」


 こうして、女神殴るカウンターがまた1増えるのであった。

 ……色々含めると、もうタコ殴りだよ。


魔族領に居る最終試練の数や名前は変わるかもしれません。

もちろん、噛ませ犬ですが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホーリー=聖か。なるほどね。相変わらずの雑さで安心しました [気になる点] 魔物が『狂化』するのには理由があったりするのかな。特になさそうな気がするけど
[良い点] アルタさんは偉大 [気になる点] 結局なんで主人公は女神を殴りたいの?女神を殴ったところで何か解決するわけでもないし元の世界に戻るだけなら殴る必要もないわけで。それ以前にできるのが当然かの…
[一言] 色々読んで凄いなって思いました。 まず魔王の一人称が僕、聖も僕というところなどでちょっと伏線を張っていたり… そして祝福を改変したら呪印になったという織原のセリフが本当なら能力が似ている=女…
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