第212話 魔王の名前と観光中断
あらすじ:
何もかも巨大な巨人島に商人のフリをして観光に来た仁。
巨人族の危機を救い、宝探しをしていたら、四天王の1人が転移してきたので倒した。
本章最終話です。いきなり別視点から始まります。
―――???視点―――
魔王と四天王の間には、呪印による繋がりがある。これは、四天王が四天王であるために必要不可欠な存在だ。
この繋がりが切れるケースは、『魔王が死ぬ』、『四天王が死ぬ』、『魔王が意図的に切る』の3つが基本となっている。
逆に言えば、3つのどれかを満たさずに繋がりが切れたら、何らかの異常事態が発生したということに他ならない。
「ナーハルティとの繋がりが消えた?」
いや、感覚的に繋がりは存在している。ナーハルティが死んだ訳でも無いようだ。
しかし、存在するはずの繋がりに干渉する事ができない。見えているのに、触れることができないような不思議な感覚だ。
「……参ったな。こんな事、初めてだよ」
四天王であるグレイブフォードが死に、調査に向かわせたもう1人の四天王、ナーハルティとの繋がりには異常が起きる。
ナーハルティは転移系の呪印と高い生還能力を持っている。
危険があるのは間違いなかったけど、ナーハルティなら最低でも何かしらの情報を持ち帰ってくれると思い、調査を命じたというのに……。
「巨人の島で一体何が起きているんだろう?」
ここまで来れば、特大の異常事態があったことは疑いようがない。
更なる追加人員を送るべきだろうか?でも、ナーハルティですら対処できない状況に対処できる人員なんて、1人しか思いつかない。しかし、その1人も……。
「申し訳ありませんが、私は調査には行けません。私は絶対に勇者に見られる訳にはいかないのです」
影のように存在感の薄い男が、僕の独り言に反応する。
「大丈夫、君の使命は分かっている。でも、アドバイスくらいはしてくれるよね?」
「ええ、勿論です。勇者と関わる可能性さえ無ければ、魔王様への協力は惜しみません」
彼の使命を考えれば、勇者と接点が生じるリスクは犯せない。勇者が巨人の島に居る可能性は非常に低いが0ではないのだから、彼を調査に向かわせることはできない。
それでも、彼の呪印は非常に有用なので、全く使えない今の状況は中々に厳しい。勇者召喚以前は遠慮なく使っていたから、余計にそう感じてしまう。
「それで、君はこの状況をどう見る?」
「まず間違いなく、ナーハルティはグレイブフォードを殺した者に捕らえられたのでしょう。魔王様、ナーハルティとの繋がりを切ることはできますか?」
「……いいや、できそうにないね」
繋がりを切るには、繋がりに触らなければならない。繋がりに触れる事ができない現状では、切ることは不可能だった。
尤も、捕らえられたナーハルティが脱出する可能性もあるし、既に枠が余っている状態で更に枠を増やす意味も無いので、繋がりを本気で切るつもりは無いけどね。
「どうやら、相当強力に隔離されているようですね。魔王様と四天王の繋がりが途絶えるということは、この世界に居ないのかもしれません」
「……『女神の領域』もしくは『亜空間』に居るということかな?」
「あるいは、『廃棄世界』かもしれません。どこであろうと、今の私達に確認する術はありません。当然、ナーハルティの転移も不可能となっているでしょう」
「それは、本当に厄介だね……」
今挙げた3つは、どこも簡単に行けるような場所ではない。『女神の領域』に至っては、行くことは困難を通り越して、不可能と言っても過言ではない。
しかも、僕は魔王の制約によりここから出られないし、彼は使命により出る訳にはいかない。他の配下を送り込もうにも、頼りにすべき四天王は事実上の全滅中。
「彼には連絡が付きそうかい?」
「いいえ。エルディア襲撃以降、一切連絡が付きません」
『廃棄世界』に行ける人材を知っているが、随分前から一切連絡が取れない。
勇者側の事情も知っているし、僕達ですら知らない知識を持っている、有能な人間だったのだけど……。
「そうなると、今は四天王を創り出すことを優先するしかなさそうだね」
「はい。今、我々がすべきことは、動ける配下を増やす事でしょう」
本当にできることが少なくて困る。
勇者召喚前に全力で動いていたのが、何とか功を奏したといったところかな。
「配下と言えば、君も良く考えたよね。人類の敵である最終試練を利用するなんてさ」
「私が考えたのではありません。私は主の指示に従っただけです」
「そうだったね。君の主には感謝しているよ。おかげで、戦力に十分以上の余裕があって、創り出す四天王も暗躍に特化できるからね」
勇者以外の存在は僕に絶対に勝てないし、勇者は最終試練に勝つことができない。
これで理屈上、僕達が負けることは無くなる。まさしく、敵の敵は味方というヤツだ。
「勇者との決戦を見越して、次に創り出す四天王は戦闘特化の方が良いかな?」
「はい。暗躍特化にしても、今からでは活躍する機会が限られるでしょう。ゼルベインやグレイブフォードの策が成っていれば、戦闘特化の出番は無かったのですが」
今までの四天王は、ほとんどが暗躍特化、あるいは軍勢特化だった。
どちらも長い準備期間が必要なので、今から創り出しても役に立たないだろう。
「さて、誰にしようか……」
僕は四天王候補のリストを開く。
そこには、日本で一週間以内に死亡し、四天王の人格を上書きできる適性を持った人間の情報が並んでいる。
四天王の人格は数あれど、適性を持った人間の方が居るとは限らない。望む能力を持つ四天王が創れるかどうかは、運次第なところがある。
「目的は即戦力だから……この『ヴィンヴァルト』にしようかな。準備は任せるよ」
「はい、承知いたしました」
願うべき神は居ないけど、この新しい四天王が役立ってくれることを願うよ。
―――進堂仁視点―――
10分程かけて、ナーハルティから情報の引き出しが完了した。
情報を引き出したとはいえ、俺がナーハルティの全てを理解した訳では無い。
例えるなら、HDDをコピーするようなものだ。データ自体は存在するし、アクセスも自由だが、実際にアクセスしなければ何が書かれているか分からない。
アルタなら全て精査しているだろうから、後で必要な情報を教えてもらおう。
A:お任せください。
以前、サノキア王国でロンドリーネから同様の方法で情報を引き出し、アルタに精査を任せた時は、重要な情報がほとんど得られなかったんだよな。
どうやら、ロンドリーネは欠員を埋めるために最近召喚された新人四天王だったようで、魔王との接点がほとんど無く、得られる情報が非常に限定的となっていた。
加えて、魔王が途中でロンドリーネを再起不能と判断し、呪印による接続を切ったので、更に得られる情報が少なくなるというオマケ付き。
まともに取得できたのは、魔王の呪印である<四天任命>に関する情報くらいのものだ。アレはアレで重要な情報ではあったが……。
今回、ナーハルティは最初期から居た四天王なので、ロンドリーネより多くの情報を持っていることは間違いないだろう。
更に、空間を切断することで魔王からの干渉を防ぎ、全ての情報を引き出す事ができた。
俺自身にとっては魔王の情報など不要だが、魔王討伐を目指す七宝院率いる偽勇者組に渡せば役立ててくれるだろう。
「う、うぅ……」
実を言えば、ナーハルティの人格はまだ消滅せずに残っている。
どうやら、件のコンボによる魂への衝撃だけでは、四天王になって時間が経った人格は消えないらしい。
ただし、容赦なく負荷をかけたので、二度と目覚めることは無いはずだ。
情報を引き出した以上、ナーハルティの人格に用はない。
魂からナーハルティの人格を除去して、5%となった御影巴の人格を<多重存在>で復元してあげよう。あ、復元する際には、配下にするために奴隷化が必須だよ。
「ま、魔王様……」
意識を失ったまま、ナーハルティが呟いた。
高い忠誠心のなせる技か、再起不能となっても呟くのは魔王のことだった。
「魔王……」
俺は再び魂の操作をするため、ナーハルティに手を伸ばした。
「ホーリー様……」
「うん?」
俺の手が止まる。
ナーハルティを処理した後、ドーラと巨人娘達を除いた面子を『ルーム』内に集めた。
深夜なので、良い子は寝る時間だ。ミオは夜更かしする悪い子だ。
「ちょっと、予定を大幅に変える必要が出てきた」
「珍しいわね。ご主人様がそんな深刻そうな表情するの」
ミオ、それは暗に普段は深刻そうな顔をしないと言っているのか?……しないな。
「ああ、流石にちょっと軽視できない情報が入ったからな」
「異能の組み合わせで、四天王から得た情報のことですわよね。もしかして、ご主人様が懸念していた、観光地の危機ですの?それなら、ご主人様が深刻そうにするのも納得ですわ」
セラの言うように、観光地の危機だったら、深刻そうな表情をした可能性はある。
「観光地は大丈夫だった。問題なのは、魔王に関する情報の方だ。今まで知らなかったことだが、魔王の名前はホーリーと言うらしい」
最初、ナーハルティの呟きを聞き間違えたのかと思い、引き出した情報にアクセスしてみたが、どうやら間違いなさそうだった。
ロンドリーネを含む、今までの四天王からは得られなかった情報であり、普通に考えれば重要な情報とまでは言えない。……正直、ナーハルティが呟いてくれて助かった。
「魔王なのにホーリー?魔王ならダークとかイービルの方が似合うんじゃない?」
「魔王の印象から、かけ離れた名前ですよね……」
『ホーリー』を日本語に変換すると『聖』となるのが自然だ。『魔』の王に付ける名前としては、不自然極まりない。
「確かに不自然ではあるが、重要なのはそこじゃない。重要なのは、俺の知り合いに『聖』という名前の女子が居ることだ」
四天王が転生者なのだから、魔王が転生者であっても何もおかしくはない。
魔王としては不自然な名前も、日本人としての名前を弄っただけならば、それ程不自然でもない。その場合、魔王には日本人時代の記憶があるということになるが……。
「いや、流石に偶然でしょ?」
「偶然ならそれで良いんだ。だが、可能性が少しでもある以上、確認しない訳にはいかない」
「四天王の記憶からは判断できないんですか……?」
俺は首を横に振る。さくらのアイデアは俺も気付いて実行済みだ。
「残念ながら、分からなかった。ナーハルティの記憶の中では、魔王は常に仮面を着けていて、声もボヤけていた。体型の出ない服を着ているから、男か女かも分からなかった」
「そうですか……」
魔王は徹底的にその正体を隠しているように見えた。
「一応、身長だけは俺の知り合いと同じくらいだったと思う。女子中学生だし、身長はあまり高くなかったはずだからな」
「JCとご主人様の間にどんな接点が?」
「親友の妹で、妹……凛の親友だよ。それなりに接点も多かったし、仲も良かったな」
少女の名前は浅井聖。親友である浅井義信の妹であり、妹である凛の親友であり、俺自身とも仲の良い少女。
知り合いの中でも、かなり親しい部類に含まれるだろう。
「……それだけ親しい相手なら、無視はできないわよね」
ミオが納得したように頷く。
親しい知り合いが魔王となり、人類と敵対している可能性がある。
非常に不愉快で、そのまま放置することは有り得ない状況だ。少なくとも、観光気分は吹き飛んでしまった。
「ああ。だから、朝になったら巨人島を出発して、魔族の領域へ向かう準備を進める」
最大の目的は魔王の正体を確認すること。そして、仮に魔王が俺の知り合いなら、何とかすることだ。
曖昧な表現だが、魔王の状況が分からない以上、これしか決められることはない。
今まで、俺は『魔王討伐は勇者の仕事』と言い切り、直接的に関わる予定は無かった。
しかし、魔王が俺の知り合いだった場合、そうは言っていられない。俺の中の優先順位に従い、少々の不都合は無視して行動させてもらう。
なお、魔王が知り合いじゃなかった場合、何もせずに帰還する可能性が高い。知り合いじゃないなら、『魔王討伐は勇者の仕事』だ。
余談だが、丁度巨人島の観光が一段落したところなので、タイミング良く次の目的地が決まったとも言える。
俺としては非常に珍しい事に、目的に観光が1ミリも含まれていない。少なくとも、『行き』で観光することは絶対にない。『帰り』は知らん。
そもそも、魔族の領域に観光できるような場所があるかも分からないが……。
「『朝になったら魔族の領域に行く』じゃなくて、準備を進めるだけなの?ご主人様なら、魔族の領域に今すぐ行くことだってできるわよね?」
「ああ、まずは準備を進める。今回の相手は魔王だ。俺が好き勝手するには影響が大きすぎる。関係者に事前に話を通しておいた方が良いだろう」
主に魔王が俺の知り合いだった場合の話だな。
その場合、勇者に魔王を倒させる訳にはいかなくなる。結果として、色々と不都合が出て来ると思うので、その辺の調整を事前にしておきたい。
「とりあえず、魔王討伐の代表であるサノキア王国首脳陣と偽勇者組は必須だな。女王騎士ジーンとしての立場を使うかもしれないから、カスタール女王に話を付けよう。後は、念のため真紅帝国皇帝にも連絡しておくか……」
俺が魔王と接触することで影響が出そうな人達、情報のやり取りをしておいた方が良い人達をリストアップしていく。
大半の関係者が俺の事情を知っているので、説明が最小限で済むのは楽で良い。
問題は、俺の方に魔王に関する情報が少なく、調整に手間がかかりそうな点だな。
「今まで、魔王に対して興味を持たなかったが、本格的に情報を集めた方が良さそうだな」
関わる気が無かったから、自分から何かを調べることも無かった。
関わることが決まったなら、しっかりと調べておくべきだろう。
「ご主人様、興味が無いコトは一切気にしないわよね」
「ああ。だから、色々と調べることも『魔族の領域へ向かう準備』の一環にしよう」
アルタに情報をまとめてもらうのが一番かな?ナーハルティから得た情報も含めて。
A:既にまとめてあります。
相変わらず、アルタは仕事が早いな。
後は、エルフの語り部に話を聞くのも有りかもしれない。過去の魔王について、情報を持っている可能性がある。ハイエルフなら火災竜の姫巫女であるスズ(旧名:ユリスズ)に聞くという手もある。冒険者ギルドを大昔から運営しているからな。
「思ったよりは時間がかかりそうね……ふあぁ」
ミオの欠伸で思い出したが、今は深夜だったな。
「これ以上は今話すことでもないな。続きは巨人島を出てからにしよう。とりあえず、これから少し忙しくなると思っておいてくれ」
伝えるべきことは伝えたので、今日はもう寝て、明日から行動しよう。
翌朝、『ルーム』内でドーラに昨夜の出来事を分かりやすく(ミオが)説明した。
《ドーラもおこしてほしかったー……》
「良い子は寝る時間だからな。ドーラは良い子だよな?」
《うん!あ、ミオはおきてたからわるいこなのー?》
「そうだな。ミオは悪い子だ」
ウチのドーラは良い子です。ミオは悪い子です。
「え?そこで私が引き合いに出されるの?そもそも、ご主人様が起こしたんだからね?」
「分かった。今度から、良い子のミオはドーラと一緒に寝かせておくよ」
《なかまー!》
「それはそれで精神年齢的にちょっと……」
ミオの精神年齢的に、ドーラと同じ扱いは止めて欲しいようだ。
「ご主人様、朝食の準備ができましたわよ」
そこで、セラが『ルーム』内に入ってくる。
ミオが説明係となっていたため、セラとさくらに朝食の準備を任せていた。
正確に言えば、<無限収納>に入っていた料理の盛り付け部分だけである。セラはともかく、さくらは料理に無力だからな。なお、俺はさくら以上に無力だ。
「ああ、今行くよ」
《ごはんー!》
『ルーム』を出て、テントを出れば、テーブルに料理が並べられ、他のメンバーが全員座った状態だった。巨人娘達のテーブルは、人間用の125倍サイズの物である。
ご飯とみそ汁、無限山で採れた巨大山菜を使った料理(ミオ作)が朝食に並んでいる。
余談だが、竹取の森で巨大タケノコを採取しているので、近日中にタケノコの炊き込みご飯が食卓に並ぶ予定だ。
「いただきます」
食事が始まって間もなく、何故か巨人娘達が呆然としていた。
理由を聞いてみると、『料理が美味すぎる』とのこと。……ああ、初めてミオの料理を食べたのか。今までは集落で作ってもらった料理だけを食べていたからな。
それから、楓を含め、巨人娘達がミオを見る目が明らかに変わった。
朝食後、巨人娘達に巨人島を出発する旨を伝えた。
「随分急な話だね。昨日の夜に何かあったの?」
あまりにも急な話なので、楓が疑問に思うのも当然だ。
「ああ。実は楓達が寝た後に魔王軍の四天王が現れたんだ。集落を襲ったグレイブフォードの仲間だな。グレイブフォードが死んだことを知り、調査にやってきたみたいだ」
「ええ!?もしかして、まだ島に居るの!?」
「!?」×5
楓と巨人娘達の顔に緊張が走る。大丈夫、処理済みだよ。
「それは問題ない。俺達がしっかりと排除したからな。……ただ、ソイツから重要な情報を得て、帰る理由ができたんだ」
「その理由、この島に関係あること?」
「いや、この島とは関係がない。だから、安心して良いぞ」
「良かった……」
地理的な話をすれば、巨人島は魔王軍と関わるような場所にはない。
グレイブフォードの呪印と相性が良すぎるから、巨人族が住む巨人島が狙われただけだ。グレイブフォードが死んだ以上、魔王軍が関わる可能性は皆無と言っていい。
魔王軍の心情的にも、四天王が2人も消えた島に魔族を送りたくないだろう。
また、アドバンス商会の支店があり、戦闘員も駐在するから、何らかの理由で魔王軍が来ても、撃退することは可能なはずだ。
「それなら、帰りは急いだ方が良い?」
「無理はしなくて良い。大急ぎという訳じゃないからな」
「……うん、分かった!」
話も終わったので、食事と野営の片付けをして、さっさと撤収することになった。
帰還中、明らかに巨人娘達の歩みが早いのは気のせいではないだろう。……別に、1分1秒を争う話ではないからね?
そもそも、魔王が現れてから随分と時間が経っている。
仮に魔王が浅井聖本人だったとして、何かが手遅れになっている可能性は低くないだろう。
今更、1分1秒を気にしても意味がない。それより、準備不足で相対し、悪い結果を引き起こす方が問題である。時間よりも準備を重視し、今から可能な最善を目指すつもりだ。
巨人族の集落に戻った俺達は、そのまま村長宅へと向かい、巨人島を出る事を伝えた。
「俺は島を出るが、集落にあるアドバンス商会の支店には駐在員が残る。普通のポーションや解毒、解呪ポーションも置いてあるし、人間サイズだが普通の商品もあるから、困った時は頼りになると思う。後、俺に伝言がある場合、駐在員に伝えてくれ」
実は、アドバンス商会巨人島支店に関する報告はこれが初めてだったりする。
巨人族に頼んだら支店の土地と建材、商会員を準備してくれたが、細かい事を聞かずに力を貸してくれるので、支店の役割や利用方法を理解していないと判断した。
アドバンス商会巨人島支店は、巨大素材の仕入れをメインにした支店だ。
しかし、その真の目的は巨人族に対するフォローである。巨人族の性質として、弱いモノには滅法弱い。困った時に頼れるのが、港町の商人だけというのも少し厳しい。
集落の中に困った時に頼れる場所があるのは、安心感が全く違ってくるだろう。24時間営業のコンビニと同じくらいの安心感だ。
「何から何まで、本当にありがとうございます。しかし、よろしいのですか?この集落にポーションを置くということは、他の土地で売る機会を失うということですよね?」
「大丈夫だ。その辺はしっかり考えてある」
流動性の無い巨人島内で商品の在庫を抱えるということは、商品を売る機会を大幅に制限することになる。つまり、『巨人族が必要な時にしか売れない』のだ。
一般的な商人なら避けるべき状況だが、商品のやり取りを<無限収納>経由で行うアドバンス商会には関係ない。輸送費、リードタイム、時間経過による劣化が無く、全ての在庫を全ての店舗で共有できるという、反則極まりない商会なのだから。
「ジン殿がそう言うなら、本当に大丈夫なのでしょう。ありがたく利用させていただきます。それで、すぐにでも島を出発するのですか?」
「ああ、そのつもりだ。大急ぎという訳では無いが、早いに越したことはないからな」
「分かりました。ただ、可能でしたら出発するのは少々お待ちいただけませんか?」
まさか、ここで待ったが掛かるとは思わなかった。巨人族の『少々』って如何ほど?
「長くなければ構わないが、何かあるのか?」
「はい。村総出でジン殿達のお見送りをさせて欲しいのです。本当は宴でも開きたいところですが、早く島を出たいと言うのでしたら、せめてお見送りだけでもしなければ、村の者達の気が済まないと思うのです。大急ぎで人を集めるので、10分程お待ち下さい」
「……分かった」
どうやら、俺はまだ巨人族の感謝パワーを甘く見ていたようだ。
島を出るだけで村人総出のお見送りになるとは……。
それから10分後、本当に村人全員が集落の入り口付近に揃っていた。仕事中の村人もいたはずなのに、漏れなく全員が揃っている。
解禁したマップを見ても、青色(味方)表示のマーカーがギッシリ並んでいる。
身体も声量も大きい巨人族がギッシリなので、とにかく迫力が凄い。
「本当に皆集まった……。ジンさん達、凄い人気だね」
「俺もここまでとは思っていなかったよ」
前世の影響か、他の村人ほど感謝が極端ではない楓が若干引いている。
「皆さん、お待たせいたしました。村人がようやく揃いました」
村長が示すのは集落の入り口に向かう大通り、道の中心を空け、左右に巨人族が立ち並ぶ。
まるで、凱旋パレードか何かのようだ。これから行く訳でも、帰ってきた訳でもなく、帰るところなのだが……。
集落から港町までは巨人娘達に運んでもらう予定だが、集落の入り口までの大通りは俺達自身の足で歩いて欲しいと村長に言われた。
巨人族に運ばれると、俺達の姿がしっかりと見えないからだとか。まるで、芸能人か何かのような扱いに困惑しかできない。
「ジン殿、皆さん、色々とありがとうございました。是非、またいらしてください」
「ああ、機会があれば、また来させてもらう」
村長とはここでお別れとなる。
機会があれば来ると言ったが、ここまで大袈裟に見送られると、気楽に来られる雰囲気ではなくなるのが難点だ。……いや、ほぼ確実に来るとは思うけどね。
まさか、次に来た時も帰りは村人総出で見送られたりしないよな?
村長と別れ、大通りを進んで行くと、芸能人扱いの困惑は更に強くなった。
明らかに、俺達が通っている横の村人の声や反応が大きくなっている。以下、村人のセリフ抜粋である。
「ジンさん達が帰るから、皆で声援を送るわよ!(女性)」
「おう!任せろ!(男性)」
「ありがとう!ありがとう!(男性)」
「やった!ジンさんがこっち見たわ!(女性)」
「また来てくれ!いつでも歓迎するぞ!(男性)」
「ジン様、愛してるわー!(女性)」
「え?妻よ、俺は……?(男性)」
「抱いてー!(女性)」
「…………(男性)」
何か、可哀想な男性が居ますね。別の意味で困惑だよ。
「何と言うか、圧が凄いですね……」
さくらが若干気圧されながら呟いた。
「人数は1000人だけど、体積的には12万5000人に囲まれているようなものだからな」
「そう聞くと余計に凄く感じます……」
10万人以上の人間に囲まれる機会はそう多くない。
日本の野球場だって収容人数で言えば5万人程度なので、ドーム2個分以上の圧を受けていることになる。……この計算、正しいのか?
「やっぱり、ご主人様が一番注目されているようですわね。村の方々が口に出すのも、ご主人様の名前ばかりですわ」
「仁様が代表なので当然です」
「メイドが主人より目立つのも問題あるわよね。創作物ではメジャーだけど……」
今回は俺がアドバンス商会の代表で、他の皆はメイドとして来ていたから、俺の知名度だけが飛び抜けて高くなるのも当然だろう。
「ご主人様、折角だし手でも振ってあげたら?」
ミオに促され、軽く手を振って応えると、村人の声量が急増した。
もはや、騒音にも等しいレベルなので、流石に手を下げると、明らかにガッカリした表情が増える。仕方ないので、もう一度手を振ると、声量が更に増した。
……まさしく、ファンサービスする芸能人の気分だ。
集落の入り口に到着しても、村人達は声援を送り続けている。これ、俺達の姿が見えなくなるまで、このままなのか? ……このままっぽい。
村人達は帰る気配が無いが、見送りは一応終わったと考えて良いだろう。
「それじゃあ、港町まで頼む」
「うん、任せて!」
楓率いる巨人娘に運ばれ、港町までの移動を開始する。
なお、俺達の姿が見えなくなるまで巨人族はその場を動かず見送りを続けていた。
「楓、そこのカーブには気を付けろよ」
「もう!慌ててなければ、あんなところで転ばないから!」
楓と出会った……楓が転んでパンツ丸出しで気絶していたカーブに差し掛かったので、念のため軽く注意を促すと、楓は恥ずかしそうに否定した。
本人に自覚があるかは不明だが、頭に『慌ててなければ』と付いている時点で、慌てている場合の安全性は保証できていなかったりする。
今回は慌てていなかったようで、転ぶ事なくカーブを越え、無事に港町に到着した。
楓達は港町に入らず、そのまま集落に帰るそうなので、外壁の近くで降ろしてもらう。
「ジンさん達とはここでお別れだね。絶対、また村に来てよね!歓迎するから!」
ほんの少しだけ寂しさを滲ませながら、楓は元気良く言った。
なお、他の巨人娘5人は普通に寂しそうにしながら、楓の言葉に同調して頷いている。
「ああ、分かった。その時は、島の案内の続きを頼む」
「もちろん!任せて!」
「それじゃあ、またな」
「うん、またね!」
楓達との別れは意図的にアッサリさせた。
今生の別れという訳でもないし、アドバンス商会巨人島支店の商会員となった楓達とは、これからも縁が続くのだから、大仰な別れ方をする必要はないよな。
楓達に背を向け、外壁の門へと歩いて行く。
門に居たのは、行きにも会った衛兵さんだった。何故か、驚愕の表情をしている。
「驚いた。巨人族に運ばれてくる商人が居るとは……」
「商売が上手く行って、集落の人達と仲良くなれたからな」
どうやら、衛兵さんも巨人族と仲良くなった商人を見るのは初めてのようだ。
「そうか、それは良かった。……実は、集落に向かったまま戻ってこないから、次に巨人族の担当者が来た時、君達の話を聞こうと思っていたところだ。最悪、道中で巨大生物に襲われていた可能性もあったからな」
港町を出て何日も経っているからな。商売の結果に関わらず、そこまで長く集落に滞在するとは思っていなかったようだ。
「身を守る力はあると言っただろ?」
「そうだったな。とにかく、何事もなく無事に帰れたようで何よりだ」
「ああ……」
曖昧な返事になってしまったのは、『何事もなかった』と言われると疑問だからである。
行きは楓が事故っていたし、集落は呪われていた。無事なのは本当に帰りだけだ。
本当ならば、呪いのことや魔王軍四天王のことを港町にも報告すべきだろう。しかし、報告したら港町に長時間拘束されてしまうのは確実だ。
1分1秒も早く帰りたいとまでは言わないが、既に解決した問題の説明のために時間を取られたい訳では無い。報告は駐在員と巨人族に任せよう。
さて、ここまで来たら、後は本当に帰るだけだ。特筆することも無いので、巻きで。
商会の駐在所に行き、船の準備を頼み、出航した船の中で『ポータル』を使い、カスタールの屋敷に転移したところで、巨人島観光ツアーが終了した。
ここからは、魔王攻略の時間だ。
少し中途半端に見えるかもしれませんが、巨人族編の終わりとしてはここが一番キリが良いです。
親友の妹こと聖は第248部分に登場しています。いや、魔王の正体が聖とは言いませんが。
次回から、魔族の領域編が始まります。
章終わりの登場人物紹介は12/20です。