第211話 工作員と暴かれた真実
あらすじ:
何もかも巨大な巨人島に商人のフリをして観光に来た仁。
巨人族が呪われていたのでポーションを売って恩も売った。
転生者の楓を案内役に巨人島の観光を開始する。
かつての転生者が残したレアなアイテムをゲット(点字を読めることが条件)。
宝石鉱山でダイヤモンドなどの宝石をゲット。
呪いの原因である魔王軍四天王を呪い返しで撃破。
島の観光を再開したら、湖の近くで地下通路を発見。当然入る。
封鎖された部屋で転生者の性癖を知る。後、巨人島の秘密も。
宝探しをしていたら、四天王の1人が転移してきた。
前話で記載したナーハルティのステータスですが、記載漏れがありました。
冒頭で再度ステータス表示しているので、前話を見返す必要はありません。
ナーハルティは竹取の林を慎重に進んでいるので、俺達はその進行方向から進む。
マップを見れば分かったことだが、ナーハルティの呪印を受けた木彫りの人形が竹取の林に置いてあったそうだ。
<存在交換>を使い、その人形と位置を交換することで、ナーハルティは船を使わずに巨人島に侵入したことになる。
余談だが、グレイブフォードが持っていた人形は、交換対象の特徴が分かるようになっていた。コジローが侍の人形と入れ替わったのは記憶に新しい。
既に存在しないが、竹取の林に置かれた人形は、ローブを被った正体不明感の強い人形だったという。マップ経由で本人を見たけど、黒いローブを被った怪しい奴だったよ。
そして、恐らくその人形を作ったのは、ナーハルティ本人なのだろう。
それなりにレベルが高く、バランスの良いスキル構成の中で、1つだけ異彩を放つ<彫刻LV8>がその証拠である。
名前:ナーハルティ
LV99
性別:女
年齢:19
種族:魔族
スキル:<剣術LV6><投擲術LV6><闇魔法LV6><無詠唱LV3><忍び足LV6><彫刻LV8><空間魔法LV6><身体強化LV6>
呪印:<存在交換LV->
改めてナーハルティのステータスを見てみたけど、よく考えたらレベル高くないか?
少なくとも、俺の知る限り四天王の中で最高だ。呪印は裏方向けっぽいけど、スキル構成的にもコイツが四天王最強なのかもしれない。なお、強敵だとは言っていない。
しばらく進み、マップ抜きでも存在を認識できる距離に到達した。
補足すると、俺達はナーハルティの存在を認識したが、ナーハルティは俺達の存在を認識していない。そんな甘い隠密行動なんてしていない。
その場でチョイチョイと仕込みをして、竹に隠れてナーハルティの到着を待つ。
今より、この場所をポイントGと呼ぶ。
それから間もなく、ナーハルティがポイントGに到着した。
「!?」
ナーハルティはソレを見て足を止め、周囲をキョロキョロと見渡す。
「グレイブフォード……。やはり……」
そう、ポイントGに設置したのは、グレイブフォードの死体である。
グレイブフォードの死体を見た反応で、ナーハルティの目的が推測できる。そして、『やはり』という呟きから、グレイブフォードの死を認識していたことが分かった。
つまり、ナーハルティの目的は、グレイブフォードの死因調査である可能性が高い。
周囲を念入りに確認し、危険が無いと判断したナーハルティは、グレイブフォードの死体に近づき、その様子を観察し始めた。
「これは、呪い返し?作戦に失敗したのは確実だな。何故、ここで死んでいる?一体、誰がグレイブフォードを殺した?」
「ソイツは俺が殺した」
「っ!?」
俺が竹の影から声をかけると、ナーハルティはほんの極一瞬だけ硬直し、すぐさまその場を飛び退いた。
空中で短刀を取りだし、着地時には完全な臨戦態勢となる。……悪くない反応だ。
何故、折角の奇襲チャンスを無駄にするようなことをしたのか?
普通に考えて、四天王の1人を会話もせずに奇襲で倒すの勿体なくない?
四天王だよ、四天王。4人以上いるけど四天王。6人、つまり1セット分以上倒している四天王。キャラが濃い奴が多い四天王。放っていたら、割と洒落にならない被害が出る作戦使う四天王。
殺すのは確定しているけど、折角だからナーハルティのキャラは把握しておきたい。
なお、マリアには引き続き隠れてもらっている。
ナーハルティが数的不利を悟り、会話する前に逃げられたら困るからね。
「貴様、何者だ」
「人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るように教わらなかったのか?魔王軍四天王の1人、ナーハルティ」
「なっ!?」
これが圧倒的強者ムーブだ。
「悪いが、名前を名乗るつもりはない。代わりという訳ではないが、先程の独り言に答えてやろう。俺が巨人に掛けられた呪いを解き、呪い返しでグレイブフォードを殺した。グレイブフォードの死体は、お前の足を止めるために置いただけで、ここで死んだわけではない」
「何故、私がここに居ると分かった」
臨戦態勢は変わらないが、情報収集を優先しているようだ。
目的がグレイブフォードの死因調査だから、当然と言えば当然だな。普通、殺した相手からは情報を得られない。例外的に、それができたグレイブフォードも死んでいる。
「その理由に、心当たりは無いのか?」
「まさか、グレイブフォードが喋ったのか? ……いや、それはない。奴は、自分の功績はいくらでも語るが、他人の功績は一切口にしない男だ」
ここで、グレイブフォードが転移に関する情報を出さなかった理由が明らかになった。
確かに、グレイブフォードが饒舌に語ったのは、自分に関する情報だけだった。他人を褒めるようなことは一切なかった。
「ああ、グレイブフォードが喋った訳ではない。だが、奴の行動から、魔王軍に転移ができる者が居ることは想像できた。そして、この林にグレイブフォードが持っていたのと同じ人形があった。予想するのは、そう難しい事ではないだろう?」
「…………」
なお、実際に人形について知ったのは、ナーハルティが転移した後である。態々、説明してやるつもりはないけど。
「何故、私の名を知っていた」
「俺だけが質問に答えるのは不公平だと思わないか?お前が俺の質問に答えた分だけ、俺も質問に答えてやろう」
「……言ってみろ」
俺が素直に質問に答えるから、ナーハルティが質問以外してこない。
キャラを把握するために、コチラからも質問をして、感情を揺さぶっていこう。
「なら、質問だ。魔王軍四天王、今は何人残っている?」
「!?」
フード越しでも伝わる最大級の驚愕。うん、良い感じに揺さぶれたな。
「……その聞き方、貴様、四天王について何を知っている!」
想像以上に感情を揺さぶれたようで、ナーハルティから怒気が向けられてくる。
勝手なことはしないと思うが、マリアが武器を構えて、ナーハルティを何時でも殺せる準備を整えている。
「質問をするなら、まずは俺の質問に答えてからにしろ」
「私が魔王様の不利益になるような事を喋ることはない!」
それ、会話が続かないヤツじゃん……。
うーん、もっと簡単な質問にした方が良かったかな?スリーサイズとか、パンツの色とか。……強者ムーブが確実に死ぬけど。
「それなら、俺も質問に答える義理はない」
「ならば、力づくで答えさせるまで!」
感情を揺さぶるどころか、ナーハルティの許容範囲を超えていたようだ。
残念ながら、『会話(言語)』でほとんど個性を引き出せず、『会話(肉体言語)』に移ることになってしまった。
肉体言語で、個性を引き出せるかな……?
ナーハルティの初手は、最小限の動きで放たれた投げナイフだった。
『力づくで答えさせる』の宣言通り、殺すつもりはないのだろう。急所に当たらないように上手くコントロールされている。
その代わり、麻痺毒が塗られているので、当たると動けなくなってしまう(一般論)。
「よっと」
俺は投げナイフを半歩動いて軽々と避ける。
そして、その場で屈むと、頭上をナーハルティが振るった短刀が通り抜ける。
ナイフと自身の位置を入れ替え、不意打ちを狙う。悪くない呪印の使い方だが、転移直後の位置を把握するため、タイムラグができるのが欠点だな。
屈んだまま、振り向きながら足払いを仕掛ける。
ナーハルティはナイス反応で避けようとしたが、完全には避けられず体勢を崩した。
「ぐっ……!?はあ!」
体勢を崩しながらもナイフを投擲し、位置を入れ替えることで俺から距離を取る。
奇襲にも緊急離脱にも使えるのは便利だな。
「『ダークショット』!」
転移してすぐ、ナーハルティは魔法を発動した。
ナーハルティの<無詠唱>はレベル3なので、<闇魔法>レベル3の『ダークショット』は消費MP増加と引き換えに無詠唱で発動できる。
右手で『ダークショット』を放ち、左手で3本のナイフを投げてきた。
親指以外の指の間にナイフを一本ずつ挟み、タイミングをずらして放射状に投げるという器用な真似をしている。高レベルの<投擲術>は曲芸になりやすいから仕方ない。
見た目からして攻撃力の高そうな『ダークショット』を混ぜることで、相手の注意を散漫にさせる目的があるのだろう。
残念ながら、当たらないナイフなんて無視するし、当たるナイフと『ダークショット』も最小限の動きで避ければ良い。
そして、バックステップして裏拳。
「べぶっ!?」
性懲りもなく背後に現れたナーハルティの顔面に裏拳が当たり、変な呻き声とともに鼻血が飛び散る。
「ぐっ……。私の交換先を、読んだだと……」
「転移直前、あれだけ熱心に投げたナイフを見つめていれば、簡単に読めるだろう」
ナーハルティはナイフを投げた後、目標である俺ではなく、ナイフの方を見つめていた。正確に言えば、ナイフと俺を両方視界に入れていたが、注視はナイフに向けられていた。
位置の交換にタイミングが重要なのは分かるが、能力と視線から目的が簡単に分かるのは減点だ。せめて、ナイフを投げた時の感覚から、軌道を把握する訓練をすべきだったな。
「それと、背後を取れば有利と思うのは止めた方が良い。その手の奇襲は、格下相手だから意味のある物だ。相手の実力を知らずに乱発しても、逆に隙を曝け出す羽目になる」
転移能力者あるある、『相手の背後を取りたがる』。
転移能力者の奇襲が最も効果を発揮するのは、相手が能力を知らない状況だ。転移能力者が目の前から消えたら、基本的には後ろか上か下を警戒すれば良いからな。
ついでに言えば、視覚以外の認識能力(気配、嗅覚)があれば、それだけで対処できる。
「一撃必殺に近い能力の使い方だ。今まで、欠点を指摘されることも無かったのだろう?」
口には出さないが、どちらも同格の戦闘力を持つ者と訓練をしていれば、気付けた類の欠点だと思う。
四天王にマトモな『戦士』が居ない弊害と言えるかもしれない。四天王最強かもしれないが、本人の知らない弱点は意外と多そうだ。実戦形式の戦闘訓練、マジで重要。
「殺さぬように気を使っていれば、知った様な口を……」
ナーハルティは鼻血を拭いながらそんなことを言った。
正面から戦ってもそれなりに強いナーハルティが、背後からの奇襲に拘っていたのは、殺さずに麻痺毒で無力化するためである。
『殺さずに無力化』というのは、相当の実力差が無ければ狙ってできる物ではない。
「やむを得ん。殺してから、情報を得るとしよう」
ここに来て、ナーハルティの怒気が明確な殺気へと変わった。
『まずは殺す』って、殺したら終わりでは? ……もしかして、グレイブフォードと同じように、死体から情報を得る手段が他にもありますか?
「『ダークショット』!」
先程と同じ『ダークショット』と投げナイフの組み合わせだが、いくつか相違点がある。
ナイフの速度が上がっており、狙いも急所に変わっている。避けさせる前提の攻撃ではなく、当てるつもりの攻撃という訳だ。
加えて、ナーハルティ本人も致死毒を塗った短刀と共に接近してきている。
本気を出したナーハルティの動きは、高位の冒険者に匹敵、あるいは上回っていた。
……逆に言えば、その程度の能力でしかない。
「はぁっ!」
紙一重で『ダークショット』とナイフを避けたところに、ナーハルティの斬撃が迫る。
-ひょい-
「まだだ!」
紙一重で斬撃を避けたところに、ナーハルティの斬撃が迫る。
-ひょい-
紙一重、紙一重、紙一重、紙一重、紙一重、紙一重、紙一重、紙一重(以下略)。
-ひょい、ひょい、ひょい、ひょい、ひょい、ひょい、ひょい、ひょい(以下略)-
短刀、近距離での投げナイフ、近距離での<闇魔法>の全てを避ける。
途中、蹴りなども混ぜてきたが、<格闘術>も無ければ慣れてもいないようで、斬撃に比べれば全く拙いものだった。
「何故だ……。何故、当たらん……」
10分程避け続けたら、ナーハルティが足と腕を止めた。
<身体強化>のレベルは6だから、この程度で疲れたとは考えられない。
補足すると、<身体強化>があっても、精神的な疲れは緩和されない。<精神強化>ってスキルはあったっけ?
A:ありません。
普通にありそうな名前のスキルだが、残念ながら無いらしい。
「ギリギリ、全ての攻撃を避けられたな」
「くっ、白々しいことを……」
ギリギリで全ての攻撃を避けたのは本当だ。意図的にギリギリにしたけど。
「ならば、絶対に避けられない攻撃を見せてやる」
そう言って、ナーハルティが取り出したのは1つの人形。
グレイブフォードが傀儡を召喚したのだから、ナーハルティが似たような事をしても、何の不思議もない。ナーハルティは使役系能力を持っていないので、協力者か他の誰かが使役した存在が呼び出されるのだろう。
「現れよ!邪神獣ヘル!」
ナーハルティは狂暴そうな獅子(あるいは狼)が彫られた人形を放り投げた。
避けられない攻撃か……。獣系の魔物なら咆哮による範囲攻撃かな?種族によっては、ブレスの可能性もあるな。
-コツン-
人形は重力に従って地面に落ちた。
「……………………は?」
人形を放り投げた体勢のまま、間抜け面を晒すナーハルティ。
悪いけど、今の時間は巨人島の内外で転移を通すことができないんだ。だから、邪神獣ヘルとやらがどんな『絶対に避けられない攻撃』をするか、知ることもできないんだ。
「私の交換が失敗しただと……?有り得ん。そんな事は絶対に有り得ん!」
ナーハルティはそう言うと、ナイフを近くへ放り投げ、<存在交換>により自身とナイフの位置を交換した。
巨人島内にある物同士なら、交換による転移は可能である。だからこそ、今までナーハルティが気付けなかったのだ。
「やはり、島外にある物との交換だけができない!何故だ!?」
すぐに交換ができなくなる条件を把握したナーハルティだが、明らかに狼狽している。
しかし、ナーハルティが狼狽していた時間は想像以上に短かった。
「……貴様なのか?貴様が何かをして、私の交換を封じたというのか?」
ナーハルティは恐る恐る尋ねてきた。
その声色からは、『むしろ違っていて欲しい』というようにも聞こえる。
でも、大正解!
「どうやって……いや、そんなことはどうでも良い。問題なのは、私に対する的確な対処をしてきたことだ。……まさか、グレイブフォードも同じなのか?グレイブフォードが呪い返しを受けたのは偶然ではなく、グレイブフォードが呪いを使うと知っていたから……?」
何か、滅茶苦茶考え出したぞ?
「……以前から疑問だったのだ。四天王が勇者以外の者に殺されるなど、相当な偶然が重ならなければ起こり得ないことだ。その起こり得ないことが連続したら、それは偶然ではなく必然である可能性が高くなる。……そうか、四天王は狙われていたのか」
おや?
「貴様だ。貴様が四天王を殺し回り、魔王様の邪魔をした張本人だ」
ナーハルティが殺意と憎悪に塗れた目で俺を睨みながら宣言した。
大正解……。まさか、適当にバラ撒いたヒントから、答えに辿り着くとは思わなかった。
もしかして、ナーハルティって優秀?
「死ね!」
ナーハルティは俺が話すのを待たず、俺の顔面に向けてナイフを投げてきた。
言葉とは裏腹に、ナイフの投擲速度は遅い。簡単に避けられる攻撃の意味とは?
ナーハルティはナイフを投げた直後、身体の向きを反転させ、もう1本ナイフを取り出して思い切り投げた。攻撃ではなく、遠くに飛ばすのが目的に見える。
そして、<存在交換>により位置を交換したようで、ナーハルティの居た場所に遠投したはずのナイフが落ちた。
「なるほど、逃げたのか」
これは、ナイス判断と言って良いだろう。
グレイブフォードの死に関する調査だったのに、他の四天王も殺した犯人を発見した。
ここまで大きな成果を得たら、次に重要になるのはその情報を生きて持ち帰ることだ。
目の前にいるのは四天王に対して明確な対処方法を持つ存在。島外への転移は封じられている。自分の攻撃が通じないことも証明されている。もう、そのまま逃げるしかないよな。
マップを見れば、ナーハルティが全力疾走しているのが分かる。
ある程度進む度にナイフや人形を投げているのが面白い。島内なら転移できるから、俺に追いつかれた時の逃げ場を作っているのだろう。
《仁様、どういたしますか?》
《当然、追いかける》
ナーハルティの目的が帰還である以上、会話を続けることさえ困難になった。
幸いなのは、ナーハルティのキャラが工作員と分かったことだ。
呪印と個性が一致した、安定感のある四天王と言えるだろう。……他の四天王程、濃いキャラとは言えない。
《マリアは、ナーハルティが投げた物を回収してくれ》
《……分かりました》
ほんの一瞬だが間があったのは、俺から離れることに抵抗感があるからだろう。
隠れ護衛タモさんが付いているから、本当の意味で俺が1人きりになる事は無いよ。
俺はナーハルティよりも速く走り、ナーハルティとの距離を徐々に詰めることにした。
商人としては有り得ない速度だが、足の速さに特化したSランク冒険者ならギリギリ可能な速度……ほぼ、人類の限界値である。
余談だが、マリアは少しでも早く俺に追いつくため、人間の限界を軽く凌駕して人形とナイフを拾い集めている。
<無属性魔法>の『透明化』を使った状態で、<縮地法>や『ワープ』もフル活用している。……そこまでするか。
《仁様、投擲済みの物は回収が終わりました。以降、投げられた直後の物を回収いたします》
言っている側から、マリアが仕事を完遂していた。早いよ。
マリアは裏方に徹してくれるので、俺はナーハルティを追い詰めることに全力を出そう。
マップを見る限り、ナーハルティが向かっているのは港町だ。
島外との転移ができないのなら、船を使って島を出ようという試みだろう。……残念ながら、船を使っても島外に出ることはできないけどね。
補足しておくと、神霊刀・至世・完による巨人島の断絶は永続ではない。
普通の空間には自然治癒力のような物があるから、時間経過でいずれは元に戻る。今回は軽く斬っただけなので、明け方には治っていると思う。
つまり、ナーハルティの勝利条件は、明け方まで俺の追跡から逃れ、空間の断絶が治った後、船もしくは転移により島外へと脱出することである。
この時、神霊刀・至世・完による遠隔斬撃は考慮しないものとする。
「待たせたな」
「ちっ!」
はい、ナーハルティに追いつきました。
俺が走りながら声をかけると、忌々しそうに舌打ちしたが、足は止めなかった。
「早すぎる……。私を超える身体能力まで持つか」
俺について分析しているところ悪いけど、その情報は持ち帰り厳禁なんだよ。
ここに、命と一緒に置いて行ってね!
「やむを得まい……」
ナーハルティは躊躇なく道中で投げていた人形と位置を交換した。
「がはっ!?」
俺は近くに現れたナーハルティを掴み、地面に引きずり倒し、そのまま拘束した。
「な、何故……?」
何故と問われても、それほど大したことはしていない。
『透明化』状態で近くに居るマリアが、交換直前に交換対象となる人形を俺の近くの地面に置いただけだ。
ナーハルティの<存在交換>の欠点は、交換先が何処にあるか、どんな状態にあるのかが分からない点だ。
「ぐはっ!」
拘束から逃れるため、更に他の人形と位置を交換したので、近くに現れたナーハルティを掴み、倒し、拘束した。
それを5回繰り返した時点で、ナーハルティは諦めてくれた。
「はぁ……、はぁ……」
地面に押し付けられた状態で荒い息をするナーハルティ。合計6回、地面に思いきり叩きつけられたので、肉体的にボロボロである。
拘束していなくても、立ち上がれるようには見えない。転移を諦めたのは、転移しても逃げるだけの体力がない、というのも理由の1つだろう。
「くっ……、殺せ!」
朗報。ナーハルティ、くっころキャラだった。
どうでも良い話だが、繰り返し地面に叩きつけられる中で、ナーハルティのローブは脱げ、今まで隠されていた姿が露わになっていた。
黒いチューブトップとミニスカートという軽装で、非常に肌色面積が多い。何がとは言わないが、出るところは出ている。まぁ、色仕掛けも工作員の仕事ではあるか……。
さて、折角ナーハルティを拘束したのだから、当初の予定通り<生殺与奪LV9>と<多重存在LV7>のコンボを使い、魂から直接情報を引き出すとしよう。
「安心しろ。お前から情報を引き出すまで殺しはしない」
肉体的には死なないよ。精神的には保証しないよ。
「はぁ……、はぁ……。拷問……程度で、私が口を割るとでも……思っているのか?」
「拷問程度では済まないな。そして、お前が口を割るかどうかは関係ない」
まずは体験版ということで、件のコンボを1秒間だけ発動した。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!」
ナーハルティは絶叫を上げて痙攣する。はい、終わり。
これで、ナーハルティが暗躍した土地とナーハルティの前世……魔族の人格を上書きされる前の元人格に関する情報を引き出せた。
全ての情報を引き出そうとすると時間がかかってしまうが、重要な情報をピックアップして引き出すだけなら、短時間で完了する事ができる。
得られた情報によると、ナーハルティは初期から存在した四天王だったため、元人格は既にほぼ消滅していた。……そう、完全には消滅していないのだ。
本来なら、<四天任命>により魔族の人格が100%上書きされてしまうはずだが、ワケあって上書きの比率が95%まで抑えられていた。
何故、元人格が5%残されたのか?それは、『ナーハルティの元人格も工作員だったから』という、とんでもない理由によるものだった。
ナーハルティの元人格である御影巴は、元の世界では優秀な工作員として活動していた。
魔族として召喚されている以上、元の世界では死亡しているのだが、その理由も工作員として無謀な潜入作戦を成功させ、施設を自分諸共爆発させるという壮絶なものだった。
御影の優秀さを知った魔王は、その知識と経験を利用するため、あえて御影の人格を5%残した。人格を100%上書きしてしまうと、元人格の知識も失われてしまうからだ。
元人格を5%残せば、ナーハルティの人格でありながら、御影の知識や経験も利用できて一石二鳥となる。
事実、工作員としてのナーハルティは優秀だったと思う。
ナーハルティの暗躍の内、俺達に最も馴染み深いものと言えば、カスタール女王国の女王に四天王のロマリエが成り済ましていた事件だ。
ロマリエはサクヤのフリをしていたが、その事前準備は全てナーハルティが行っていた。具体的に言うと、カスタールに潜入してサクヤの家族を殺したのはナーハルティだ。
普通に国が傾くレベルの暗躍をする工作員を、優秀と言わず何と言うか……。
ただし、ナーハルティの暗躍は勇者達が召喚されるまでの間に限られた。
どうやら、ナーハルティは魔王に絶対の忠誠を誓っており、勇者が召喚されてからは、護衛のために魔王の側を極力離れないようにしていたようだ。
だから、現在進行形でナーハルティの被害を受けている土地はない。被害の後遺症に苦しんでいる土地はあるが……。
今回、ナーハルティがグレイブフォードの死因調査に来たのは、忠誠の対象である魔王の命令によるものであり、本人的には好ましくない任務だったようだ。
まぁ、今の状況を見れば、調査に来たのは大失敗だったと言わざるを得ないだろう。
「ゼヒュー……、ゼヒュー……。私に……、ゼヒュー……、何をした……」
瀕死の状態で拘束され、敵に情報を引き出される羽目になったのだから。
「勝手に情報を引き出させてもらったよ、御影巴」
「馬鹿な!?ガッ、ゴホッ!」
息も絶え絶えなのに大声を出したら、咳き込んで当然だよね。
「次はもっと長い時間をかけて情報を引き出させてもらう。恐らく、お前はそれに耐えられないだろう。最後に言いたい事があるなら、聞いてやるぞ」
「……………………魔王様……、ゼヒュー……、申し訳……ございません……」
ナーハルティはしばらく考えた末、魔王への謝罪の言葉を残した。
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裏伝
*本編の裏話、こぼれ話。
・四天王の枠
魔王の呪印である<四天任命>は、仁達の元の世界から死者を転生させ、四天王に相応しい人格を上書きする事ができる。
四天王が勇者(祝福持ち)以外に殺された場合、魔王はその枠に四天王を再召喚する事ができる。勇者に止めを刺されなければ良いので、四天王が殺されそうなら、他の四天王が止めを刺すことで、枠の消滅を回避する裏技があったりする。
四天王の再召喚は、魔王側にも制約や負担があるため、気軽に使える物ではないが、四天王が勇者以外に殺されることは非常に稀だったので、万が一が起きたとしても勇者との戦いの前に四天王が3人以下になる事は無かった。
四天王の枠の推移は下記の通り。
虚構のロマリエ(変化)→変貌のクラウンリーゼ(中二病)→幻影のロンドリーネ(隠密)
大軍のゼルベイン(強化)→堕落のキャリエリウス(魅了)
奪命のグレイブフォード(亡者使役)
偏在のナーハルティ(位置交換)
一話丸々使うほどの敵だったかと言われたら、そんなことは無いです。
最後の1人なので、見せ場を作ってあげたかった。
タイトルの暴かれた真実とは、仁が四天王殺しの犯人という部分です。主人公が暴かれる側です。
次話で本章は終わる予定です。