第209話 地下通路と過去の英雄
作者は貴賤は無いと思っています。
あらすじ:
何もかも巨大な巨人島に商人のフリをして観光に来た仁。
巨人族が呪われていたのでポーションを売って恩も売った。
転生者の楓を案内役に巨人島の観光を開始する。
かつての転生者が残したレアなアイテムをゲット(点字を読めることが条件)。
宝石鉱山でダイヤモンドなどの宝石をゲット。
呪いの原因である魔王軍四天王を呪い返しで撃破。
島の観光を再開したら、湖の近くで地下通路を発見。当然入る。
謎の地下通路には、金剛宝山のようにランタンは無く光源が不可欠だったため、先頭のマリアが<光魔法>を発動している。
補足しておくと、今回はマリアが先頭でセラが殿のフォーメーションだ。残りの4人は真ん中で適当に並んでいる。
「ようやく、スロープも終わりか」
10分ほど歩き、スロープ状の通路の終わりが見えた。もう少し進めば、地面と水平な通路が待っている。
ここに至るまで、通路では何も起きていない。敵も居なければ罠も無く、分かれ道すらない一本道なので、通路に入ってから初めての変化がこれだ。
湖のある範囲に入ったら何か変わるかと思っていたが、全くそんなことは無かった。
「もう少し、何かあると思っていたけど、何も無かったな」
「本当に、ただの通路って感じよね」
「多分、その通りなんだろう。俺の隠し通路センサーにも反応は無いし……」
ミオの言う通り、本当にここはただの通路のようだ。
当然、ただの通路に敵や罠が必要となることはない。分かれ道が無いということは、単一の到着点・目的を持つ施設の可能性が高くなる。
「叶うなら、この先にある物で全ての疑問が氷解してくれると嬉しい」
「物語的には綺麗な終わり方だけど、そんなに都合良く行くのかな?」
「仁君ですから、都合が良くても不思議じゃありません……」
《ですからー!》
久しぶりに聞くフレーズだ。
思わせぶりな隠し通路の先に、全ての答えがある、というのが最高に都合の良い展開だ。
「最悪なのは、撤収済みの空き部屋があるだけのパターンだな」
かつては重要な何かがあったが、今は撤収して何も残っていない。最悪の空振りである。
「いや、向こう岸に渡るための通路だったってオチの方が酷くない?」
「確かに……」
『入り口-通路-目的地』の構造ではなく、『入り口-通路-別の入り口』という構造だった場合、俺達を待っているのは絶望以外の何物でもない。
尤も、『空き部屋』や『ただの通路』なら、俺の面白い物センサーに反応する訳ないので、そもそも有り得ない仮定とも言える。
「さて、それじゃあ、答え合わせだ」
いよいよ、地面と水平な通路に到着し、通路の先に何があるか見えるようになる。
今まで同様、一本道ならばここで答え合わせになる可能性が高い。
マリアが<光魔法>の光源を通路の先に向けた。……さあ、何がある!?
「壁、いや、扉かぁ……」
遥か彼方にある突き当り。壁かと思ったが、そこにあるのは扉だった。
今の状況を一言で表すと、『お預け』である。
「一応、セキュリティはあったみたいだな」
「ダイヤルロックみたいのが付いているわね。は?31桁とか、頭おかしくない?」
ミオが顔を引きつらせたのも無理はない。
重そうな金属製の扉には、同じく金属製のダイヤルが31個並んで取り付いていた。つまり、揃えろということだろう。
当然、扉を壊して進むなんて選択肢は、最初から存在しない。できるけど、しない。
「……よく考えたら、運で何とかなるモノなら、ご主人様がいれば何の問題も無かったわね」
「ああ、1000穣分の1くらい、何とかなるだろう」
ダイヤルに書かれている数字は0~9なので、一般的な10進数の31桁で良さそうだ。16進数とか言われたら、確率の計算が複雑になるのでやらない。
「仁君、穣って何ですか……?」
「数字の桁だな。一十百千万億兆京垓抒穣の穣だ。聞いたことないか?」
「何となく聞き覚えはありますけど……。良く覚えていますね……」
「実は、俺も覚えているのは穣までなんだ。そこから先は、使った事ないからな」
さくらは今までの人生で、穣という桁を使ったことがないのだろう。
存在を知っているのに詳しく覚えていないのは、使わないからに他ならない。
「ご主人様、穣なんて桁を一体何に使ったの?」
「ああ、元の世界で30桁のパスワードを一発で当てた時だな」
「実績あったかー……」
ミオが驚愕半分、呆れ半分の表情で呟く。
「30桁が一発で当たるから、31桁なら最悪でも10回やればロックが外れる計算だな」
「私の知っている確率論と違う……」
友人の東も、俺が絡むと確率論が仕事しなくなると言っていたな。
実験と称して、コイントスを1000回やらされたことを思い出す。確か、999回表だったと思う。1回の裏は、クシャミでキャッチし損ねた時だ。
東の最終的な結論は、『確率論は目の前の現実に対しては無力』だったはずだ。
雑談をしながら代わり映えのしない通路を進み、金属製の扉の前に到着した。
「一応、ヒントは書いてあるみたいね。意味は分からないけど……」
ミオが言っているのは、扉の横の壁に日本語で彫られた文字のことだ。
そこには、『私の最も愛する物』と書かれている。これだけだと、意味が全く分からない。
「ヒントは意味不明だが、ダイヤルロックの方は思ったより簡単に解けそうだな」
「10回以内に当てられそう?」
「10回どころか、1回で当てられる。知識があれば、運は不要らしい。……ミオ、さくら、ダイヤルロックの今の数字に見覚えはないか?」
俺はダイヤルロックを指差し、ミオとさくらに尋ねた。
現在のダイヤルロックの数字は、『3141592654589793237462643283279』となっている。
「その言い方、私達も知っている数字って事よね? ……うーん、駄目ね。分からないわ」
「すいません……。私も分かりません……」
「ご主人様、ヒント頂戴!ヒント!」
「そうだな。……ヒントはここに点が入る」
ミオにヒントを求められたので、少し考えてから最初の3と1の間を指差した。
「何々、3.141592……うん?なんか聞き覚えがあるような気が……」
「あ、円周率ですね……!」
「さくら、正解!ただ、序盤は正しいが、途中から一部が間違っている。恐らく、間違えた部分を修正し、正しい円周率にすれば扉は開くと思う」
なお、この推理には1つ致命的な欠陥がある。
それは、俺達がここに来る前に、他の誰かがダイヤルロックを弄り、元の数字から大きく変えていた場合、現在の数字が何の役にも立たなくなるというモノだ。
その時は、1000穣分の1を頑張ります。
「ミオは口に出したのに分からなかったのか?」
「いや、最後に円周率に触れたの、8年以上前だからね?すぐには出て来ないわよ」
「そうか、これが現役JKと20代(享年込み)の差なのか」
「20代って言わないで……」
「私、随分学校に行っていませんが、現役で良いのでしょうか……?」
大丈夫。卒業か退学しなければ現役だから。何歳でも!
「話を戻すけど、ご主人様は円周率31桁覚えているの?」
「語呂合わせで31桁までの奴を丁度覚えていたからな。もっと長い語呂合わせもあるけど、それは覚えていないから、ギリギリセーフだったよ」
「ご主人様の運、そっちに使われたんだ……」
これ以上長い語呂合わせは、ほとんどが物語性を失っている。俺が覚えた31桁の奴は、最後まで物語が一貫しているのでお気に入りだ。
ミオは運と言ったが、円周率を答えに選んだ誰かが、俺と同じく物語性が高い31桁の語呂合わせを気に入り、使っていた可能性も十分にある。
それなら、『運が良かった』と言うより、『気が合った』と言う方が正しいと思う。
解除番号の予測もできたので、ダイヤルロックを解除しよう。
「まずは左から10個目を4から3に変える」
「分かりましたわ」
俺の指示に従い、セラが金属製のダイヤルを回す。
俺が回しても良かったが、金属製のダイヤルは非常に重く、一般的な商人の腕力では回すことは不可能なので、俺も回せないことにした。
必要も無いのに役割を超えた動きをする気は無いので、最初から馬鹿力設定のセラに任せたという訳だ。
「次に19個目を7から8にする」
面倒臭がりの人がダイヤルロックを閉める時、正解の値から1しか動かさないという話を聞いたことがある。このダイヤルロックを最後に閉めた人も面倒臭がりなのだろうか?
「最後に26桁目の2を3にしてくれ。それで開くはずだ」
「これですわね。回しますわよ」
-カチッ-
セラがダイヤルを回しきった瞬間、ロックが解除された音がした。
「予想が合っていて良かったよ。さて、この先には何があるのかな?」
「ロックがあったし、向こう岸に渡るための通路のセンは無さそうね。まだ、空き部屋の可能性は残っているけど……」
ミオが再び最悪のパターンを口にする。しかし、今となってはどちらも有り得ない。
「撤収済みの空き部屋なら、態々ダイヤルロックを閉めておく理由が無いんじゃないか?」
「言われてみれば……。つまり、重要な何かが確実に残っている訳ね!」
「そういうことだ。それじゃあ、セラ。扉を開けてくれ」
「分かりましたわ。これ、普通の人間に動かせる重さじゃありませんわよ……」
セラが金属製の扉を開けていく。
スライド式の扉だが、タイヤのような物は無く、腕力だけで動かす必要がある。更に動かすための取っ手は小さく、大人数で動かせる造りにもなっていない。……嫌がらせかな?
31桁のダイヤルロック、人間に動かせない金属扉、力自慢の巨人は通れない通路。罠とかがある訳では無いが、中々に面倒なセキュリティである。
しかし、その一方で完全な拒絶をしていないのも気になる。
鍵を使う南京錠のような物なら、鍵を持たなければ入れないが、ダイヤルロックなら誰でも挑戦ができてしまう。加えて言えば、一応はヒントも用意されていた。
金属扉は重いが、今のセラのステータスは人間の限界を越えていない。つまり、超力自慢なら動かせる程度のモノだ。道具があれば、もう少し簡単に動かせるだろう。
かなり難しいが、不可能では無い。このセキュリティからは、そんな印象を受ける。
……何と言うか、セキュリティの方向性から林臭を感じるんだよな。
金剛宝山の点字と同じように、仕掛けを解くのに異世界の知識を要求してくる点がそっくりだ。しかも、どちらも微妙にマイナーな知識という……。
林さんが残した『転生の秘宝』は面白アイテムだったので、こちらも期待しています。
「さて、今度こそ本当の答え合わせだな」
-ゴゴゴゴゴ-
セラが開ききった扉の先は、学校の体育館くらいの広さを持つ部屋だった。
部屋の中心には台座があり、水晶玉くらいの大きさの赤い玉が置かれていた。まるで、ダンジョンコアのような扱いだが、ダンジョンコアと異なり、玉は光っていない。
それでは、お楽しみの鑑定だ!
リージョンコア
備考:ダンジョンコアの亜種の1つ。対象となる地域の環境(生態系含む)を操作する機能を持つ。ダンジョンの作成は不可、マスター設定無し、リソース回収機能無し。ダンジョンマスターでもなければ、リソースの回復ができないため、基本的に使い切りのアイテム。この個体はリソース使用済み。設定環境は、動植物の巨大化、多様性、適応力の強化が中心。
この説明だけで、この島で生じた疑問の大部分が氷解した。
ダンジョンにしては不自然な点が多々見られたので、ダンジョンではないと思っていたが、まさかダンジョンコアにこのような亜種があったとは……。
元々、ダンジョンコアにはダンジョン内の環境を操作する機能がある。
このリージョンコアは、環境の操作しか出来ない代わりに、ダンジョン内という制約が消え、地上の広範囲に影響を及ぼせる特化型のコアなのだろう。
そして、コアに残された設定からは、巨人族を生かそうという意思しか見えない。
巨人族の食料事情を考えれば、動植物の巨大化は必須だ。多様性と適応力を強化することで、生態系のバランスを無理矢理整えたのかもしれない。
その結果、この島では本来共存しない種が共存する、謎生態が生まれたという訳だ。
『何もかも巨大な島』という巨人族にとって理想的とも言える環境は、リージョンコアによって人工的に造られた物だった。……そりゃあ、理想的にもなるよ。
「ご主人様の言った通り、全ての疑問が解けたわ……」
「いや、全てじゃない。この施設に関する疑問がまだ残っている」
「そう言えば、それも疑問点だったわね」
この島の謎生態や地下通路の目的は分かったが、この施設を誰が何の目的で作ったかは未だ不明のままだ。コレが分からないと、スッキリはできない。
ミステリーで言えば、トリックは解けたが、犯人と動機が不明な状態だな。なお、容疑者は林さん。
「仁君、向こうに机とノートらしきものがあります……」
「まさに至れり尽くせりだな」
さくらが示す方には、机や椅子が置かれており、机の上には一冊のノートがある。
まさか、未使用のノートとかいう酷いオチも無いだろう。きっと、重要なことが書かれているに違いない。早速、見に行こう。
「普通の人には、アレが何なのか分からないでしょうから、取説は必須よね」
「それもそうか。ここはある意味、誰でも入れる場所だからな」
ミオの言う通り、取説である可能性が一番高そうだな。
先にも述べた通り、この部屋は侵入者を完全には拒絶していないので、特別な力が無くても、入ろうと思えば入れるのだ。
ダンジョンコアの亜種なんて、俺の鑑定に匹敵する能力がなければ、意味不明なアイテムでしかない。取説くらい、あって然るべきだろう。
「誰でもは無理じゃないかな?多分、異世界人に限定されるわね。他には……ご主人様クラスに運が良い人とか?」
「そんな人、仁君の他に存在するんでしょうか……?」
「少なくとも、前例がある以上、居ないとは言い切れないと思いますよ」
どうも。とても運の良い人の前例、進堂仁です。よろしく。
大した距離でもないので、すぐにノートのある机に到着した。
机と椅子は木製の簡素な物で、その上に置かれたのは大学ノートっぽいノートだった。
異世界人である林さんが日本から持ってきたノートなのかと思いきや、メーカー名らしき記載は『HAYASHI』……どうやら、自作らしい。そして、容疑者が犯人と確定した。
「やっぱり、林さんが関わっているのね」
「その言い方だと、ミオも気づいていたのか?」
「ええ。他に思い当たる人、居ないでしょ?」
「私も、何となくそうじゃないかと思っていました……。円周率の下りで……」
《ドーラ、分からなかったー……》
流石に、日本の知識のないドーラには厳しいと思うよ?
「それじゃあ、開くぞ」
さくら達にも見えるよう、机に置いたままノートを開く。
『ようこそ、異世界の知識を持つ者よ。私の名前はハヤシ、日本で生まれ、この地に転移した者だ』
日本語で書かれた文章を見て、最初に思ったことは……。
「石板に書かれた文章の頭とほぼ同じだな」
「テンプレなのかしら?」
石板は『日本の知識』だったが、ここでは『異世界の知識』になっている。
円周率は日本に限った知識じゃないからな。一応補足すると、点字自体は海外にも存在するが、読み方が日本独自の物だったので、『日本の知識』と断言したのだろう。
どうでも良いことだが、林さんは『俺クラスに運の良い人』を考慮していないようだ。
『このノートには、この施設と中央の球体について、できる限りの情報を記しておく。最初に説明しておくと、この施設に金銭的な価値を持つ物は存在しない。球体は貴重品ではあるが、換金しても高値が付くとは思えない。持ち帰るのは自由だが、徒労に終わる可能性が高いことを忠告しておく。宝物目当てならば、島内にある鉱山へ向かうことをお勧めする』
ミオの予想通り、この施設とリージョンコアに関する取説だった。
それにしても林さん、なんか財宝目当ての人間に優しくないか?最初からリージョンコアの金銭的価値を説明しているし、しっかり金剛宝山への導線を用意しているし……。
もっと言えば、金剛宝山自体が財宝目当ての人間を呼ぶための名付けだったよな。
そして、リージョンコアは持って行って良いらしい。
確かに、リージョンコアは貴重品だが、使用済みならば価値は無いに等しい。そもそも、リージョンコアの価値を正しく把握できる人自体、ほとんど存在しないか。
俺はリージョンコアの価値が分かるから、遠慮なく持って帰るよ。それと、俺は迷宮支配者だから、使用済みリージョンコアを復活できるよ。
『施設の中心にある球体はリージョンコアと言う。リージョンコアには、その土地の生態系を操作する機能がある。この巨人島の生物が巨大なのは、その操作の結果によるものだ。補足しておくが、これは人には効果がない。巨人族だけは、元々巨大な種族である』
林さん、リージョンコアの名前まで知っていたか。<鑑定>でも持っているのかな?
『これだけ聞くと、価値のある物のように思うだろうが、このリージョンコアは使用済みであり、エネルギーを供給しなければ再度使う事はできない。申し訳ないが、エネルギー供給方法については説明できない。私自身が持つ知識ではなく、知人から与えられた知識であり、知人から記載する許可が得られなかったためである』
林さん、知人に迷宮支配者が居たのかな?
知人に迷宮支配者が居たとして、リソースの話を不用意に広めることを許可できないのは当然だよな。
『私がリージョンコアを見つけたのは、巨人島のギガント湖の中である。その時点で、巨人島には巨人が住んでおり、巨大な生物が生息していた。発見したリージョンコアのエネルギーが空だったことから考えても、何者かがリージョンコアを用いて、巨人島の環境を整えたのだろう』
リージョンコアは自動的に動き出す類の物ではない。誰かが設定を行わなければ、その機能が効果を及ぼすことは無い。使った誰かが居るのは確定だ。
『リージョンコアに与えられた指示は『動植物の巨大化』だけだった。恐らく、その何者かの目的は、巨人族が飢えることなく生活できる環境だったのだろう。しかし、残念ながら私が巨人島に来た時点で、巨人族は酷く飢えており、絶滅を待つばかりの状況だった。動植物を巨大化させて、食物連鎖のバランスが維持できる訳がなかったのだ』
どうやら、最初の使用者のポカのせいで、巨人族は滅びかけていた模様。
……巨人族って、見た目に反して脆い種族だよね。
『私は、飢えた巨人族の悲惨な姿を見て、状況の改善に乗り出した。紆余曲折あり、ギガント湖の底に沈んだリージョンコアを発見、エネルギーを供給と追加の指示により巨人島の環境を改善する事ができた』
『紆余曲折』の辺りで、重要な話を相当に端折られた気がする。
あえて隠したのか、長くなるから端折っただけなのかは判断が付かないな……。
そして、追加の指示というのが、『多様性、適応力の強化』なのだろう。
この島の謎生態系は、巨大生物が生きていく上で意味のある物だったのか。
『ここはリージョンコアを保護するために私が作った施設である。リージョンコアは脆くもないが、絶対に壊れないと保証できる物でもない。リージョンコアによる生態系の変化には、ある程度の時間がかかる』
今度はこの施設の目的を説明してくれるようだ。林さん、気が利く。
……ちなみに、生態系の変化にはどのくらいかかるの?
A:エリアのサイズにもよりますが、巨人島サイズですと、全域が完全に変化するまで10年はかかると思われます。
意外と長い……いや、生態系が変わるにしては十分短いか。うーん、気軽に使えるアイテムじゃないし、使うにしても時間がかかるし……。使い道、案外無さそうだ。
『そして、効率的に生態系を変えるため、その土地の中心に配置するのが好ましかった。それが、このギガント湖である。恐らく、先にリージョンコアを使用した者も、それが分かっていたからギガント湖にリージョンコアを置いたのだろう。しかし、当時はともかく、現在のギガント湖には巨大生物が生息している。今まで壊れていなかったからといって、今後も壊れない保証もない。先人に倣いギガント湖に配置するにしても、保護は必須としてこの施設を作ったという訳だ』
撤収こそしていないが、この施設は遠い過去に目的を果たしていたようだ。
巨人族、今も元気で暮らしているよ。先日、滅びかけていたけど……。
『以上が、この施設とリージョンコアに対する説明である。短くはあるが、多くの疑問は解けたと思う。逆に、私の存在に対する疑問は増えたと思うが、それについて答える気はないので悪しからず。ここからは、やや私的な話をさせて頂く。増えた疑問を解けるほどの情報は無いが、私という人間を知る一助にはなるだろう』
そこで、丁度ページの終わりに到達した。続きを読むなら、ページをめくる必要がある。
そう言われてみれば、林さんが何者かという情報は、ほとんど出て来なかったな。
転移者(日本人)である。リージョンコアを鑑定する術がある。暫定、迷宮支配者の知人がいる。この施設を作る事ができる。……これくらいか?
林さんの私的な話が気になり、ページをめくる。
『まずはダイヤルロックについて補足しておこう。気付いていると思うが、この部屋に入るための番号には、円周率を使わせてもらった。そして、ヒントとして横の壁に『私の最も愛する物』と記載したが、意味が分からなかった事だろう。その説明をさせてもらう』
答えが円周率と分かっても理解できず、謎のヒントのままだったヤツだ。
確かに、『愛する物』は、私的な話に含まれるだろうな。
『結論から述べよう。私は、おっぱい星人であり、私の最も愛する物は女性のおっぱいだ』
!?
『円周率はπ(パイ)と表記されることは知っているだろう。故に、それを知った小学生の頃、もちろん、当時から私はおっぱい星人だった。その時から、私の最も好きな数字は円周率πとなった。私の名前はハヤシ サトシ。名にパイの始まりたる314を持つ、ナチュラルボーン・おっぱい星人だ』
!!??
『巨人とは、言うまでもなく巨大である。当然、そのおっぱいも人間とは比べ物にならない程に大きい。トップとアンダーの比率で考えれば人間と大差ないだろうが、重要なのはそこではない。巨人族ならば、おっぱいに埋もれるという幼少期よりの夢を叶えられるのだ。実際、飢えた巨人族に食料を提供した際、感謝の抱擁により夢が叶うことになった。しかし、長年の飢餓状態は巨人族女性のおっぱいから、張りや滑らかさを奪っていた。到底、許せる事ではない。故に、私は動植物巨大化の謎を解き、真の意味で巨人族の楽園を作ったのだ。ついでに言えば、それは私にとっての楽園でもあった』
………………………………。
ノートの続きには、延々とおっぱいに対する熱い思いが綴られていた。申し訳ないが、最初の1ページでギブアップである。
やや私的な話をすると言っておいて、100%純粋な性癖で殴られるとは思わなかったよ。
「ヤバいな」
「ヤバいわね」
「ヤバいです……」
これは、ヤバいの他に言いようがないだろう。
少なくとも、林さん……いや、林に対する俺達の評価は地に堕ちた。
「正直に言って、林さんのイメージはインテリ眼鏡だったのよね。文章も理性的だし、散りばめた謎にも教養が必要になるから」
「ああ、そうだったな」
ミオの言葉に、過去形で同意する。
「このノートの後半を読んだら、イメージが一気にムッツリ変態眼鏡に変わったわ」
「ああ、そうだな」
ミオの言葉に、現在形で同意する。
「功績が大きいのは認めるが、動機が酷すぎる。……うん?夢がソレなのに、『転生の秘宝』で巨人族になったのは何故だ?」
自分も巨人族になったら、少なくとも埋もれることはできなくなる。
『ピコン』と何かが閃き、俺はノートを最終ページまで捲る。
そこには、今までと少し異なる線の太さで文章が書かれていた。ここだけ、後から追記したように見える。
『私は、夢を叶えてくれたこの島で最期まで生きる事を決めた。生態系の操作も終わった今、もうこの施設に入ることもないだろう。最後に、この島には、私が今までの旅路で得たいくつかの秘宝を隠してある。どれも日本人にしか分からないようにしてあるので、興味があれば探してみると良い』
最期まで生きるというのは、巨人族となって共に生きるという意味だろう。細かい理由は分からないが、林は自らの意思で巨人族となったようだ。
巨人族となれば、地下通路を進めず、この施設に入ることはできない。時系列としては、この施設を作る→生態系が変わる→ノートに追記→『転生の秘宝』で巨人族になる→金剛宝山にメッセージを残す、の順番かな?
そして、この島には『転生の秘宝』以外にもお宝があることが確定した。実に楽しみだ。
目的を果たした俺達は、リージョンコアを回収して施設を後にすることにした。
林ノートはここに置いていく。持って行く理由もないし、持っていたくもないから。
「それで、ダイヤルロックはどうするの?」
「中に何もないから、開けっ放しで良いんじゃないか?苦労して開けて、中が空だと悲しいだろ?最初から開いていたら、自分達の方が遅かったって一目でわかるからな」
宝箱というのは、先着一名だと決まっている。最初から開いている宝箱は、空箱なのだ。
金属製の扉を開いたままにして、地下通路を歩き始める。補足すると、この部屋には扉が1つしか存在せず、向こう岸に渡る通路にはなっていなかった。
「重要な情報は色々とあったのに、最後のアレで全部持っていかれたな」
「そうね。最後の最後でアレはインパクト強すぎるわよね」
未だに林インパクトが抜けきらない俺達である。
成果はあったし、今後の楽しみも出来たが、印象に残ったのが何かと問われれば、『林の性癖』と答えるしかない。
「セラちゃん達は知っていたんですよね……?」
ネタバレ済みのセラとマリアは、どんな気持ちで俺達の探索を見ていたのだろう……。
「ええ、知っていましたわ。流石にドン引きでしたわ」
「個人の趣味・嗜好の範疇ですので、特に感想はありません」
巨乳がドン引きするのは仕方ないよな。そして、マリアは性癖に寛容だった。……いや、興味がないだけか?
なお、ドーラは教育に良くないので、おっぱいページに入ってすぐに目隠しをした。そして、気付いたら寝息を立てていたので、俺が背負っている最中である。
行きと同じく雑談しながら15分程歩き、ようやく地上へと到着した。
「あ、おかえりー!」
地下通路を出ると、丁度楓がアイテムボックスに素材を入れていた。
他の5人は素材を採取している最中なのだろう。
「何か売れそうなものはあった?」
「残念ながら、売れそうなものは無かったな」
「そうなんだ。それは残念だったね」
言っても意味が無いので、楓にリージョンコアの説明はしない。
巨人島の物を巨人族の許可なく持って行くべきではないと思うが、林関連のアイテムは日本人が日本人に残した物だから構わないだろうという判定だ。
「それで、素材の方は集まったのか?」
「うん!結構な量を集めたよ!」
アイテムボックスを調べると、容量の9割近くが埋まっていた。
まだ、1時間くらいしか経っていないし、リミットである2時間を待たずに満杯になっていたことは間違いなさそうだ。
「この短い時間で良くこれだけ集めたな」
「私も頑張ったし、皆もジンさんの役に立つんだって、張り切っていたからね!」
ほとんど面識の無かった巨人少女5人も、当然のように好感度MAXみたいだ。
「そうか。目的も果たしたから、その5人を呼んできてもらえるか?」
「うん!分かった!」
元気よく走り去る楓、その良く揺れる胸を見ながら、1つの予想を口にする。
「巨人族になった林は、この巨人島で終生を過ごしたのだろう。もし、林がこの島で結婚したなら、相手は間違いなく巨乳だ。そして、俺の知る限り今の巨人族で一番の巨乳は楓だ。……もしかしたら、楓は林の子孫なのかもしれないな」
小さい集落だし、林の血が誰に継がれていてもおかしくはない。
しかし、転移者の末裔に転生者が現れ、他の転移者と共に遺物に関わるというのは、中々に因果な物を感じる。
「女の子の胸をガン見しながら、真剣な表情でそんなこと語られても困るんだけど……」
せやな。
全国のサトシさん。本当に申し訳ございません。
リージョンコアは我ながら上手い事考えたと思う。今後、出番があるかは別の話。