第206話 帰還と呪術師の正体
前回の点字ですが、自分が調べた限りでは、「ようこそ」は「よーこそ」と記載する必要がありました。
○● ○○ ○● ○●
○● ●● ●○ ●●
●○ ○○ ○● ○●
あらすじ:
何もかも巨大な巨人島に商人のフリをして観光に来た仁。
巨人族が呪われていたのでポーションを売って恩も売った。
転生者の楓を案内役に巨人島の観光を開始する。
かつての転生者が残したレアなアイテムをゲット(点字を読めることが条件)。
宝石鉱山でダイヤモンドなどの宝石をゲット。
ダイヤモンド鉱山で普通のダイヤモンドを採掘できないのも悲しいので、さくら達には少し待っていてもらい、もう1度だけツルハシを振るった。ガツン、ポロッ。
ダイヤモンドの原石
備考:最高品質のダイヤモンドの原石。加工すれば非常に高く売れる。
「よし!」
鑑定結果を見て、小さくガッツポーズをする。
やる気を出すとレアしか出ないなら、やる気を落とせばコモンが出るのは当然の話だ。少しテンションを落としてツルハシを振れば、御覧の通りダイヤモンドも採掘できる。
「ダイヤモンドの採掘も確認できたし、鉱山の探索はここまでにしようか」
《はーい!》
個人的にはもう少し探索したい気持ちもあるが、商人としてはこの辺りが潮時だろう。
この山に入った目的は宝石の採掘ではなく、山の価値を確認することだからな。
「ジンさん。この山の宝石、お薬の代金になりそう?」
「勿論だ。安心して良いぞ」
楓が少し不安そうに聞いてきたので、自信満々に答える。
俺は最高品質しか採掘できないのでアテにならないが、さくら達が採掘したダイヤモンドを見たところ、透明度と色は十分に高かった。
当然、重量は最高なので、後は輝きさえどうにかすれば、相当な金額で売れることは間違いない。
「やった!本当にジンさんが言った通り、宝の山だったんだね!」
「ああ。何といっても、宝石の山だからな」
楓は無邪気に喜んでいるが、考えなければいけない事はまだある。
「楓、1つ教えてくれ。集落に宝石の加工ができそうな、手先の器用な人は居るか?」
宝石とは、加工の前後で大きく価値が変わる品目だ。
悪徳商人ロールなら原石を安く買い叩くべきだが、今は優秀な特別名誉会長ロールなので、継続的な利益を双方にもたらす、win-winな関係を構築していきたい。
ダイヤモンドの加工は難しいだろうが、それ以外の宝石の研磨なら、手先の器用な者に方法を教えれば、任せられるのではないだろうか?
「え?巨人族に手先が器用な人は居ないよ?」
「そうか……」
残念だが、手先の器用な者が居なければ、話はそこで終わってしまう。確かに巨人族に手先が器用なイメージは無いけどさ……。
優秀な商人(自称)として、不器用な者に任せて宝石の価値を落とす訳にはいかないので、原石のまま購入することになりそうだ。
実は、<無限収納>の加工機能を使えば、手間なく自動で美しいカットや研磨を施すことが可能である。
ただし、個人的に好ましい異能の使用方法ではないので、商品の加工を<無限収納>に任せる事は禁止している。売り物でなければOK。
《ご主人様、少々よろしいですか?》
《セラ、何かあったのか?》
セラの方から直接俺に念話をしてくるのは珍しい。
《ええ、ネタバレ禁止ですので詳細は省きますが、一度集落に戻ることをお勧めしますわ》
《そうか、集落に何かあったんだな》
現在、マリアとセラ以外のメンバーはマップの使用を禁止し、ネタバレを防いでいる。
マリアとセラにも、緊急時以外のネタバレは禁止しているが、『緊急時』の解釈やレベルは各々の判断に任せている。
恐らく、マリアは俺に危険が及ばなければ、緊急時とは見なさないだろう。しかし、セラは集落に起きた出来事も緊急として扱ったという訳だ。助かる。
《分かった。一旦、集落に戻ろう。急いだ方が良いか?》
《多少は猶予がありますが、急ぐことをお勧めしますわ》
セラは詳細を語らず、提案の形を崩さないで伝えてくる。
このタイミングの緊急事態。十中八九呪い関連だろうなぁ……。
「それじゃあ、この山の事を村長に報告したいから、一度集落に戻ろう。他の場所にも行きたいから、帰りは少し急いでもらっても良いか?」
適当な理由を付ける事で、楓の移動速度を上げようという試みだ。
事実、急げばもう一か所くらい観光する事ができそうな時間でもある。……うん、やっぱり、もう一か所くらいは観光したい(断言)。
「うん、良いよ! ……そうだ!急ぐなら、ここから抱えて行くよ!」
「!?」
ここで、楓が有り難くない提案をして来た。
その方が速いのは間違いないが、薄暗い坑道内で何かを抱えて歩くとなると、転びやすくなるのも間違いない。
「……そうだな、頼む」
「うん!任せて!」
俺は少し考えた後、楓の提案を受け入れることを選んだ。
内心で楓をドジっ子認定しているが、実際に俺達の前で楓が起こしたドジは、集落と港町の間の道で転んだ1件だけである。まさしく、致命的ではあったが……。
確か、村長は『時々大きなドジをする』と発言していたので、実際の頻度は低いのかもしれない。
本音を言うと、楓のドジには期待している。ハプニングも観光の醍醐味の1つだからな。
可能ならば自分達に影響があるタイプのハプニングは避けたい。しかし、それを警戒しすぎて行動が制限されるのも面白くない。
ドジの頻度も低そうなので、楓がもう1度大きなドジをするまでは、ドジっ子認定を一旦解いて、警戒のレベルを下げてみようと思う。
「よいしょ!」
俺達は再び楓に抱えられた。俺は楓の胸元、定位置にしっかりと抱えられている。
「それじゃあ、急ぐからしっかり掴まっていてね!」
楓は俺達を抱えたまま、坑道の中を駆け足で進んでいるが、その足取りは安定していて、全く転びそうにはない。
元々、坑道の奥まで進んでいた訳ではないので、あっと言う間に坑道を抜けた。
「ここからはもっと急ぐよ!」
坑道の外に出ると、楓はそう言って更に加速した。
明らかに行きよりも速く、この状態で楓が転んだ場合、一般人なら確実に死ぬ。
俺達の場合は無傷で済むだろうが、それはそれで異常なので、『非常用の魔法の道具を持っている』という言い訳が必要になる。
折角なので、実際に衝撃吸収効果のある魔法の道具を出しておこう。そうすれば、『持っている』が嘘ではなくなる。持ってはいるよ、使っていないだけで。
「もう!急いでいるって言ったのに!」
楓が少し苛立ったように言ったのは、進む先に一匹の虎っぽい巨大生物の姿が見えたからだ。どう見ても楓を襲う気満々なので、村長の言っていた好戦的な個体に間違いない。
1人で行動しており、荷物(俺達)で両手が塞がっている巨人族。確かに、襲うには丁度良く見えるのかもしれない。
「蹴っ飛ばしてこのまま進むよ!」
どうやら、楓の辞書に『回り道』という言葉は存在しないようだ。
虎(仮)はその場から動かず、楓がある程度近づいたところで臨戦態勢をとり、射程範囲に入った瞬間に跳びかかってきた。鋭い爪を楓に向けて振るう。
虎(仮)は巨大猫ではなく、巨大虎である。つまり、巨人族から見て虎のサイズだ。絵面だけで考えると、虎が女子小学生に襲い掛かっていることになる。
「ギャオオオン!!!」
「えいっ!」
虎(仮)の爪を避け、軽い掛け声とともに楓が繰り出したのは普通の回し蹴りだった。
-ドゴ!!!-
「ギャウ!?」
良い感じのクリーンヒットを首に受け、虎(仮)は横に吹き飛んだ。倒れたまま動かないが、ピクピク痙攣しているので、死んではいないようだ。
そして、楓は虎(仮)に見向きもせず、そのまま走り続けた。
「楓、手加減したのか?」
「うん、食べないのに狩るのはあまり良くないから!」
完全に狩人の思考である。少なくとも、幼稚園児、あるいは小学生の思考ではない。
疑っていたつもりは無いが、ここまでアッサリと虎(仮)を倒す姿を見ると、巨人族が巨人島の生態系の頂点というのも納得できる。まさしく、巨人族が『狩る側』という訳だ。
「気絶したまま放って置いたら、他の動物に狩られるんじゃないか?」
「それは私が狩る訳じゃないから良いの!」
殺して放置するのは良くないが、気絶させた獣が他の獣に殺されるのはOKらしい。
虎(仮)の明日はどっちだ!
村まで残り半分という所で、再び好戦的な巨大生物が正面に現れた。
今度は猪っぽい生き物が楓に向かって突進してきている。
「何で急いでいる時に何度も出てくるの!?」
「手が塞がっているから、勝てると思ったんじゃないか?」
「え!?それくらいじゃ負けないよ!?」
そもそも、俺達を降ろすだけで楓は万全の状態になれる。
俺達の存在をハンデにしたいのなら、最低でも初手は奇襲にする必要があるのに、襲ってくる動物は必ず正面からやってくる。……もうちょっと、頭を使うと良いと思うよ?
「それに、パンチよりキックの方が得意だし!」
加えて、手が塞がることは楓にとって大きなハンデにならないそうだ。
蹴りが得意なのは構わないが、楓の服装はミニスカートである。俺の位置からは見えないが、先程の回し蹴りでも盛大にパンチラしていただろう。サービス要員かな?
お互いに向かい合って走っているので、すぐに猪(仮)との距離が縮まる。
「邪魔するなら、蹴飛ばすからね!」
楓は少し苛立ったように言うと、俺達を抱えたまま猪(仮)に向けて跳躍した。
高く跳んだ楓が何をするつもりか?そう、飛び蹴りに決まっている。
「てやぁ!!!」
猪(仮)は楓の跳び蹴りに脅威を感じて避けようとした。通常、突進中の猪にそんな器用な真似は出来ない。そして、残念ながら猪(仮)も器用ではなかった。
-ドカーン!!!-
「ぶもぅ!?」
楓の飛び蹴りは猪(仮)の顔面に突き刺さり、悲鳴のような鳴き声を上げて吹き飛んだ。
綺麗に跳び蹴りを決めた楓は、猪(仮)と正面衝突した反動で高く跳ねた。空中で体勢を整え、無事に着地……。
-ズルッ!-
できなかった。
「ああ!?」
楓は着地点にあった窪みに足を滑らせ、体勢を崩して俺達を放り投げてしまう。
なるほど、これが楓のドジか。流石に、活躍シーンの直後にドジっ子シーンを見せられるとは思わなかったよ。
こうして、楓のドジっ子認定は、解除されてから約10分で復活することになった。
「よっ!」
放り投げられた俺達も空中で体勢を整え、今度こそ無事に着地する事ができた。
10mくらいの高さから落ちて着地するくらい、少し鍛えた商人ならできて当然だ。魔法の道具による言い訳も不要だろう。
「ご、ごめんなさい!」
楓は涙目になり、素晴らしく綺麗な土下座を決めた。
最初に会った時に丁寧なお辞儀を見せてもらったが、今度は綺麗な土下座である。……こっちは見たくなかったな。
「楓、俺は失敗を責めるつもりは無い。ただ、同じ失敗を二度繰り返すのは良くない。特に、人の命や安全が関わる部分では。今、転んだのは何が悪かったと思う?」
人は失敗する生き物だ。大事なのは、同じ失敗を二度繰り返さない事である(建前)。
同じドジを二回見ても面白くないからね(本音)。
「えっと……。少し、イライラしてたから、キックの後にざんしんしてなかった……」
楓、武術でも習っていたのかな?残心なんて、普通の幼稚園児は知らない単語だぞ。
やはり、楓(前世)の教育内容には謎が多い。
《マリア、合っているか?》
俺は楓の胸元で前を向いていたので、背後のことは(胸の感触以外)分からない。
楓の様子を確認できたマリアに念話で聞いてみる。
《はい。跳び蹴りの後、彼女は注意力が切れていました》
どうやら、楓の自己分析は正しいようだ。
楓の跳び蹴り自体は正確な狙いだった。しかし、蹴りの直撃でストレス解消した後、反動で注意力が散漫になり、着地点の確認を怠ってしまったのだろう。
「後は、胸が邪魔で足元が見えなかった。面倒だから、そのまま……」
………………。
《セラ、合っているか?》
《……何故、私に聞いたんですの?》
《他に理解できそうな人が居ないからな》
仲間をある順番で並べると、巨峰、人並み、発展途上、幼女、幼女となる。何がとは言わない。
《……胸が大きいと、足元が見えないのは事実ですわ。戦う時も特に気を付けています。注意力が落ちている時に、転びやすくなるのも良くあることですわ》
『巨乳は足元が見えない』。よし、覚えた!
……というか、楓のドジの根本原因ってそれじゃないのか?
「転んだ理由がそこまで分かっているなら、どうすれば良いかも分かるよな?」
「うん……」
「なら、次から気を付ければいい。楓ならできるだろ?」
「うん!」
元気よく頷く楓を見て……正確に言うと、頷いた拍子に揺れた胸を見て思いつく。
「もし、胸が大きくて困っているなら、セラに助言を求めると良い。楓よりも長い間、大きな胸と共に生きている先輩だからな」
分からないこと、困ったことがあるのなら、その道の先達に聞くのが一番だ。
巨人族に楓よりも胸の大きい人は居なかったので、必然的にセラが適任となる。
「良いの!?」
「こんなに嬉しくない先輩は初めてですわ……」
嬉しそうな表情をする楓と、複雑そうな表情をするセラが対照的だ。
「駄目なの……?」
「……軽い助言くらいならしても良いですわよ」
「ありがとう!」
表情は晴れないが、セラは楓を突き放すような事は言わなかった。
巨乳の苦労が分かるのは、巨乳だけなのだろう。
二度同じ失敗はしないと言った楓を信じ、俺達は再び楓に抱えられることにした。
楓は転ばないように気を付けて走っており、若干だが走る速度が遅くなっている。肩に乗ったセラから、巨乳ならではの注意点を聞いているのも理由の1つかもしれない。
また、好戦的な巨大生物の襲撃も続いている。虎(仮)、猪(仮)に続き、狼(仮)とゴリラ(仮)も襲い掛かってきた。楓の蹴りで瞬殺(死んでない)である。
楓は跳び蹴りのような大技を使わず、回し蹴りと足刀で確実に撃退していた。……そもそも、人を運んでいる時に跳び蹴りをしたのが最初の間違いだよな。
そして、楓が転んでから15分後、俺達は無事に集落へ到着したのであった。
「皆!どうしたの!?」
帰還した楓の第一声がコレである。
簡単に言えば、俺達は無事だが、集落は全く無事ではなかったのだ。
入り口から見た限りだが、集落のあちこちに巨人族が倒れ伏しており、起きている者は1人もいない。全員が倒れ、苦しそうに呻いている。
原因は分かりきっているが、念のため鑑定しておこう。
名前:榎
性別:女
年齢:19
種族:巨人
状態:呪い
スキル:<繁殖>
やはり、呪いが原因……それよりもスキルの方が気になる!?
後天的にスキルを覚えない巨人族にとって、持っているスキルは全て先天的なモノだ。
その先天スキルも、持っている者は相当に珍しい。ただし、それが<繁殖>では、一生使う機会も無いかもしれないが……。
楓は俺達を抱えたまま、倒れた1人の巨人族に駆け寄った。
「どうしたの!?何があったの!?」
「うう……」
楓が声をかけるが、倒れた巨人族は呻くだけで返事をすることもできない。
他の巨人族も鑑定したが、HPはまだ余裕がある。瀕死というよりは呪いによる苦痛が酷いのだろう。当然、この状態が続けば遠からず死ぬことになる。
セラの言った通り、猶予はあるが急ぐべき状況だ。
「ジ、ジンさん!どうしよう!?」
「落ち着け。これは恐らく呪いだ。なら、まずは村長の元に向かおう。解毒ポーションを預けていたから、無事な人が居るかもしれない」
「う、うん!」
俺の提案に従い、楓は村長宅に向かって走る。
急いでいても、足元に気を付けるのは忘れていないようだ。確実に成長している!
道中の巨人族も全員が昏睡状態になっており、誰1人として無事な者は居ない。
少し集落を離れていただけで、ここまで状況が変わるとは思っていなかったよ。
「村長!無事!?」
村長の家に駆け込んだ楓が叫ぶが、誰も返事をすることは無かった。
そのまま進み、村長の部屋へと入る。
「村長!?」
そこには、村人同様に倒れた村長と……割れた解毒ポーションの瓶があった。どう見ても、1本2本が割れたという雰囲気ではない。渡した100本全てが割れているかもしれないな。
部屋の中には争った形跡も無いので、村長、もしくは村長の顔見知り……村人が割った可能性が高い。
いや、推理パートに入ることは無いよ。犯人、既に分かっているから。
「思っていたよりも、早いお帰りでしたね」
その場に現れたのは、相変わらず無表情な椿だった。この惨状の中でも平然としており、呪いで苦しんでいるようには見えない。
椿の鑑定をするのは、初めて会った時以来だな。まあ、変わっていないだろう。
名前:椿
性別:女
年齢:25
種族:巨人
状態:生きた死体
ほら、変わっていない。前と同じく、生きた死体だったよ。
「椿さん!無事だったの!?」
「ええ、無事です」
無事……なのかなぁ……?
「教えて!村で一体何があったの!?」
「ええ、構いません。村に仕掛けた呪いが解呪され、本気になった我が主が、村全体を強力に呪い直したのです。邪魔な薬は私が割っておきました」
「え……?」
おお!まさか全て教えてくれるとは。
補足しておくと、椿の『我が主』というのは、椿を呪い殺した者のことだ。
椿を詳しく調べると、<呪術>で殺された後に<死霊術>に類するスキルで使役されている事が分かった。
<死霊術>は死体を動かすだけのスキルであり、知識や知性は存在しない。少なくとも、椿は<死霊術>で操られている訳では無いということだ。
一般的なスキルでは不可能な事象なので、ユニーク級のスキルなのは間違いない。
初めて会った時に行った鑑定で椿の正体は分かっていたが、商人が知っているはずのない情報だったので、知らないフリを続けていた。
遠からず何らかの動きがあるとは思っていたが、俺達が坑道に行っている間に行動を起こしたのは、俺達を警戒していたからだろう(渾身のギャグ)。
「どういう……こと……?」
楓は未だに椿の犯行告白を受け入れられていないようだ。いや、楓の頭は悪くなさそうだし、脳が事実の理解を拒んでいるだけか?
「察しが悪いですね。村を呪っていたのは私だと言っているのです」
「な、何で……?」
「全ては、我が主の御心のままに」
使役されている相手に、行動の理由を問うのは無意味なことだ。理由を知りたいなら、使役している本人に聞くべきだろう。本人が、すぐ近くに居るのだから。
「ふっふっふっ。椿よ、物事は正確に言うと良い。呪っていたのは、貴様ではなくこの俺様!魔王軍四天王が1人、『奪命のグレイブフォード』様だ!」
そう言って、別の部屋から出てきたのは、明らかに魔族と分かる風貌をした男だった。
なるほど、四天王か。その発想は無かった。もしかして、ユニークスキルじゃなくて、呪印で椿を使役しているのかな?
「申し訳ありません、グレイブフォード様。分かり易さを重視してしまいました」
「ふっ、まあ良い。それで、この者達が俺様の呪いを解いて回った商人か?」
「はい、その通りです」
グレイブフォードとやらが俺の方を不愉快そうに眺めてくる。
目があったので、ついでに鑑定しておこう。
名前:グレイブフォード
LV15
性別:男
年齢:25
種族:魔族
スキル:<呪術LV10>
呪印:<存在冒涜LV->
<存在冒涜>
殺害した相手を蘇生し、使役する事ができる。生前の記憶は残り、スキルは残らない。使役できる数は、対象の魔力量によって変わる。魔力量が多い者は数が制限される。
無駄に偉そうなグレイブフォードだが、本人の戦闘力は皆無に等しかった。
レベルは四天王の中で最低だし、スキル構成はシンプル過ぎて、『呪い殺して使役する』以外の事ができそうにない。
しかし、巨人族との相性は抜群と言えた。
魔法に対する耐性がないから呪い放題だし、魔力が無いから大量に使役する事ができる。
死んだ者はスキルを失うが、元々スキルを覚えない巨人には、デメリットが小さい。
「貴様らが余計なことをしたせいで、貴重な『身代り人形』をいくつも失うことになってしまった。この代償、高くつくからな?」
知っている人も多いだろうが、呪術というモノは、掛けられた側が解呪したら、掛けた側に呪いが返ってくる。これは、異世界の<呪術>というスキルでも同じである。
この世界では、呪いや呪い返しを防ぐには、専用の魔法の道具が必要になる。
『身代り人形』もその1つで、人形に呪いを押し付けることで回避することができる。
なお、グレイブフォードも言っていたが、貴重なので高価である。<呪術>の使い手ならば、リスク回避のために持っていて当然だが、失えばそれなりに痛いモノだ。
「椿に聞いたぞ。もう、貴様は解毒ポーションを持っていないのだろう?今、巨人どもに掛かっている呪いは、前とは比較できない程に強力だ。生きて明日を迎えられる巨人が、一体何人いるだろうなぁ?」
グレイブフォードが挑発するように言った。
残念!<無限収納>の中には、調剤メイドが作成した解毒ポーションが、使ったのと同じ数だけ補充されているんだよ。
「……あなたが、村をこんな風にしたの? ……何で、そんな事をするの?」
ここで、ようやく話を理解した楓がグレイブフォードに尋ねた。
「聞いていなかったのか?俺様は魔王軍四天王だ。人類種を害するのに、『魔族である』以上の理由が必要だと思っているのか?」
グレイブフォードは『ニヤリ』という擬音が似合いそうな笑みを浮かべた。
今のところ、俺は人類種に対して友好的な魔族を見た事がない。
全ての魔族が敵対的とは限らないが、少なくとも『魔王軍』に関しては友好的な魔族は居ないと思って良いだろう。
「まおうぐん?まぞく?何それ?」
残念ながら、楓は魔王軍も魔族も知らなかった。
「……これだから、田舎の、辺境にまで来るのは嫌だったのだ」
心底忌々しそうにグレイブフォードが呟く。
ここで補足しておくと、この世界には大きく2つの国家群が存在している。
1つはカスタール女王国やエステア王国がある大陸を中心とした国家群。もう1つはイズモ和国やパジェル王国など、島国や大陸とは言えない規模の陸地が集まった国家群だ。
2つの国家群は距離が離れており、交流はあるが情報の行き来は少ない。
魔族領は大陸側の国家群にあり、島国の国家群では知名度が低くなっている。
島国側の中でも、特に情報が隔絶している巨人島の巨人族が、魔王軍や魔族について知っている可能性は非常に低い。
つまり、『田舎』は『島国の国家群』、『辺境』は『巨人島』のことだな。
「しかし、嫌々でも来た甲斐はあった。ここまで傀儡にし易い種族がいたのだからな」
グレイブフォードも、自身の能力と巨人族の相性が良いことを理解していた。
「ふっふっふっ。ついでに良い事を教えてやろう。俺様は殺した相手を操る事ができる。この椿は、俺様が島に来て最初に呪い殺した巨人だ。椿の手で村に弱い呪いを広め、全員を呪い殺すつもりだったのだが、商人風情が余計な邪魔をしてくれたものだ。弱い呪いの方が、無駄な力を消費しなくて済むのだが、そうも言っていられなくなったからな。少々、本気で呪わせてもらった。貴重な呪物を使ったから、並大抵の手段では解呪することなど不可能だ!解呪ポーションでは、呪いを和らげることもできないだろう。余計な手間はかかってしまったが、巨人どもを傀儡にしないという選択肢も無い。いずれ来る勇者どもとの決戦で使う駒は多い方が良い。巨人で勇者を殺せるとは思わんが、消耗させることはできるはずだ。俺様の傀儡は寝る必要も休む必要も無く、休む暇なく追い詰めるには最適だからな」
うん。大体、全部説明してくれたんじゃないかな?
巨人なのに得意技は飛び蹴り……。ウルトラかライダーかどちらかにしろ!
なお、グレイブフォードは初登場ではありません。
「第35話 後始末と褒賞」の最期に出てきています。名前は出ていません。
ロマリエを「四天王の中でも最弱」と言っていますが、殴り合ったらグレイブフォードが負けます。