第201話 特別名誉会長と巨人島
あけましておめでとうございます。
大変長らくお待たせしました。第14章を開始いたします。
また、連載が不定期となっている事をお詫びします。
この世界では、ヒトとして扱われる種族の事を人類種と呼ぶ。
人類種の中でも数が多く、世界各地で見かけるのが、人間、獣人、エルフ、ドワーフ、ホビット、鬼人の6種族だ。
この6種族は多少の差はあるが生活スタイルが類似しており、共生が比較的容易という点が、数を増やした理由の1つかもしれない。
逆に言えば、大きく生活スタイルの異なる種族は、6種族との共存が難しく、集落から出ることが少なくなり、遭遇することも稀となってしまう。
その代表格とも言えるのが、巨人という種族だ。
種族名だけで自己紹介が終わりそうだが、もう少し詳しく説明すると、人間の縦横高さをそれぞれ5倍にしたような巨体を持つ種族だ。
生まれたての赤ん坊ですら人間の大人並みに大きく、成長すればほぼ確実に5mを越え、10m近くまで到達する者も少なくはないという。
……残念ながら、6種族と共生できるとは思えない。
縦横高さが5倍という事は、体積と体重と食べる量が大よそ125倍となる。
巨人族が人間の街に来た場合、住める家が存在せず、衣類を用意できず、食料が圧倒的に不足してしまう。
……どう考えても、6種族と共生できる訳がない。
巨人族は巨人島と呼ばれる、何もかもが巨大な島に住んでいる。
理由は不明だが、巨人島では動植物が巨人族と同じく5倍のサイズを持ち、巨人族の衣食住を満たす条件が整っている。
逆に言えば、巨人族は巨人島以外に住む場所がないという事でもある。
つまり、巨人族に会いたければ、巨人島に行くしかないのだ。
ここで勘違いしてはいけないのだが、巨人族は別に排他的な種族という訳ではない。
巨人島は他種族の立ち入り、居住を禁止していない。数は少ないが人間サイズの種族も住んでおり、人間サイズの施設も存在する(店員も人間サイズ)。
巨人島を訪れる者の多くが交易を目的とした商人であり、居住しているのは駐在員とでも呼ぶべき立場の者達だ。
巨人島にしか存在しない珍しい動植物には、それなりの値が付くのである。
なお、巨人族に貨幣の概念はなく、巨人族を含むやり取りは物々交換が基本となっている。
そもそも、巨人島に住む巨人族は1000人程で、島の外に出る事も無いので、貨幣経済の必要性が皆無だったりする。
観光目的で巨人島に来る者は0ではないが、非常に少ない。
商船以外の行き来がほとんど無く、自前の船か何らかのコネが必要になるからだ。
基本、金持ちの道楽と考えて良い。
加えて、巨人島はそれなりに危険度の高い島である。
巨人族視点で考えると、巨人族より強い生物がほとんど居ない安全な島なのだが、人間サイズの生物からすれば、巨大というだけで危険だ。
一例を挙げると、猫がライオンくらいの巨体になっている。じゃれつかれたら死ぬ。
そんな理由もあり、観光目的を前面に押し出すと、悪目立ちすること間違いない。
悪目立ちせずに巨人島を観光するにはどうすれば良いか?
答えは1つ。商人として、商売をするフリをして観光すれば良い。
どうも。アドバンス商会、特別名誉会長の進堂仁です。
世界各地に進出しているアドバンス商会は、当然のように複数の商船を保有している。
今、俺達が乗っているのは、特別名誉会長専用商船、『グランブルー号』である。
……観光のために商会員の立場と船を貸してくれと言ったら、『特別名誉会長』という訳の分からない役職と専用の商船を用意された俺の気持ちがわかるだろうか?
『特別名誉』は良いとしよう。実際に仕事をしたこともないから、実態が曖昧な役職名でも問題はない。問題はその後、『会長』の方である。そこはせめて『顧問』とかだろう?
商会トップに聞いたら、例え仮の役職でも、自分より下の立場には就けられないと言われた。……懇願された。
『グランブルー号』の方は、俺が海路で観光したいと言った時のために、予め準備をしていたそうだ。
有り難いのは間違いないのだが、「言った時のため」を理由に、巨額の資金をかけて最新鋭の船舶を製造するのはどうかと思う。明らかに、他の商船よりも高額だよ?
現在、『グランブルー号』に乗っているのは、いつもの6人、隠れタモさん10匹、アドバンス商会の商会員14人の20人+10匹である。
建前上は商売が目的なので、本職の商会員に同行してもらい、実際の商売部分は任せる事になっている。
俺の主な仕事は、巨人島を見て回り、価値のある物を目利きする事だ(本音:観光)。
「ご主人様!巨人島が見えてきたわよ!」
甲板に設置したサマーベッドの上で、ドーラと一緒にゴロゴロしていると、興奮した様子のミオが近づいてきたので起き上がる。
ミオが指さす方には、一見すると何の変哲もなさそうな島が1つ。
「あれが巨人島か。サイズ以外は普通の島みたいだな」
「うん。近くにあるように見えるけど、実際にはかなり距離があるからね」
何もかもが巨大な巨人島は、当然のように島自体も巨大である。
普通の島よりも5倍大きければ、普通の島の5倍遠くから見えるという事だ(極論)。
マップ上で見ても、まだ相当に遠い。
「……まだ距離があるのに、もうメイド服を着ているのか?」
今回、俺以外の5人には、メイド服を着てもらう事にした。
仮の役職は、特別名誉会長付きのメイドである。
最初は、俺同様にアドバンス商会の商会員を装わせようと考えていた。
しかし、素人が商人のフリをするのは簡単ではない。偽物が6人も集まっていたら、どこかでボロが出てしまうに決まっている。
それなら、特別名誉会長1人(商売の素人)とメイド5人にした方がマシだろう。
少なくとも、メイド服を着ていれば、商人と思われる可能性は低くなるのだから。
なお、俺は逆に商売人に見えるよう、仕立ての良い服を着る予定だ。
「慌てて着替えるよりはいいでしょ?ご主人様も早めに着替えたら?」
「うーん……。もうちょい、ドーラとゴロゴロしたい」
《ごろごろー》
サマーベッドに横になり、竜形態のドーラを撫でる。
「仕方ないわね。マリアちゃん、島が近くなったら教えてあげて」
「はい。お任せください」
言うまでも無い事かもしれないが、マリアはずっと側に居る。
もはや、マリアが側に居るのが当たり前になっている。
ミオが去ってから、しばらくの間ドーラと戯れた。
竜形態のドーラはふわふわで、抱き心地も撫で心地も最高である。
《えへへー》
ドーラも撫でられてご機嫌になるので、まさしくwin-winの関係と言える。
そんな事を考えていたら、マリアから声がかかった。
「仁様、そろそろお時間になります」
「……そうか、分かった」
名残惜しいが、着替えるのが遅れて巨人島にはいる時に無様を晒す訳にはいかない。
仮にも、……いや、本当に仮の役職なのだが、世界中に支店を持つ新進気鋭の大商会、アドバンス商会の特別名誉会長だからな。
「ドーラもそろそろ着替えようか」
《はーい!》
着替えるため、ドーラと共に更衣室に向かう。
当然、マリアも付いてくるが、マリアは俺がドーラと戯れている間に、いつの間にかメイド服に着替えていた。忍者かな?
更衣室には、大量のメイド服と商人風の衣装がずらりと並んでいる。
全て裁縫メイドが作ったオーダーメイド品(渾身のギャグ)であり、品質的には王家御用達とかのレベルに達しているそうだ。王族女性達が褒めていたので、間違いないだろう。
「よし、こんなものか」
俺が選んだのは、適度に品があって、少しだけ成金感がある服である。
姿見に映る俺は、若く才能あふれる商人のようだった。
《ドーラもおわったー!》
メイド服に着替えたドーラがその場でくるくる回っている。
「よしよし、可愛いぞ」
《やったー!》
可愛いのは間違いないのだが、ドーラの見た目と仕草が幼過ぎて、どんなに頑張ってもメイド見習いにしか見えない。
商売に来た商人が、メイド見習いを連れているのは不自然ではないだろうか?
新進気鋭の商人だから、少し変わった所があるのは当然だろ? ……という言い訳で何とかなると良いな。
甲板に戻ると、さくら、ミオ、セラの3人が揃っていた。
全員、既にメイド服を着た状態である。
「あ、ご主人様が着替え終わったみたい。結構、似合っているわね」
「普段は見ない格好ですから、新鮮ですわ」
「仁君が立派な商人に見えます……」
中々の高評価、ありがとうございます。
「商人に見えるなら問題なさそうだな。……ああ、人と商品の目利きには自信があるぞ」
「それはここに居る全員が知っていると思うわよ?」
「ミオさんの言う通りですわ。私達もその目利きで購入されたのですわよね?」
「そう言えば、そうだったな」
俺の目利きの価値を一番知っているのは、奴隷組に間違いない。
「ただ、残念ながら、巨人島に奴隷商はないらしいので、今回は『奴隷を見る目』を活かせそうにない」
つまり、巨人族を配下に加える事は困難と言わざるを得ない。
連れ帰っても、住処に困るのだが……。
「仁君にとって、奴隷商が無い事は『残念な事』になるんですね……」
「ああ、非常に残念だ。奴隷商巡りは趣味の一つだからな」
「どう考えても、公言して良いタイプの趣味じゃないと思うわ」
奴隷商巡りと言うと印象が悪いのなら、人材発掘と言い換えれば良いのでは?
「そもそも、巨人族が1000人しか住んでいない島で、奴隷に需要がある訳ないでしょ?」
「いや、需要はあるぞ。アルタ曰く、巨人島に駐在している商人の一部は奴隷だ。危険度の高い場所に置けて、命令により逃げる事のできない人材ってヤツだな」
命の危険があるし、状況的に出世も望みにくい。その割に利益は見込める。
命令に逆らえず、元々出世の見込みがない奴隷を配置するのに丁度良い場所なのだ。
「うわぁ……」
ミオが盛大にドン引きしている。
この世界、奴隷の扱いというのはピンキリなのである。
「アドバンス商会の商会員はステータスを上げているから、もし巨人島に駐在員を置くことになっても安全だな」
「ホント、ステータス様々よね……」
巨人族はその巨体ゆえにステータスも高いが、精々が人間の5倍程度でしかない。
地球の物理法則で考えれば、縦横に5倍になったら、エネルギーは5倍では済まないだろう。
しかし、この世界では物理法則よりもステータスが優先されるので、巨人族の攻撃は人間の攻撃の5倍程度の威力しか持たない。
つまり、ステータスを人間の5倍以上に上げておけば、巨人族にうっかり蹴飛ばされても大丈夫という事になる。
余談だが、俺の場合は蹴った巨人族が突き指する。あるいは捻挫。
そんな話をしていたら、巨人島にかなり近づいていた。
「そろそろ巨人島に着きそうだな。……もう一度伝えておくが、俺は今回の観光でもマップの使用を禁止して、直接見た物の情報しか確認しないつもりだ」
今回、ラティス島での勇者探しと同じように、<千里眼>の使用を制限することにしている。
マップは禁止するが、ステータスチェックと鑑定は禁止しない。
簡単に言えば、商人の技能として相応しい物だけを使うという事だ。
マップにより知るはずの無い事を知っていたら、商人ではなく預言者になってしまう。
「大丈夫、ちゃんと覚えているわ。私達3人はご主人様と同じ条件にするつもりよ」
「はい……。私も仁君に合わせます……」
《ドーラもー!》
他のメンバーにまで同じ縛りを課す気はなかったが、ミオ、さくら、ドーラ3人は俺に合わせてくれるそうだ。
「私とマリアさんは念のため、マップの使用を制限しませんわ」
「仁様、申し訳ありません」
セラとマリアはマップを禁止せず、いざという時のために備えてもらう。
「謝ることじゃない。ただ、非常時以外はネタバレ禁止だからな?」
「はい、心得ています」
「ええ、気を付けますわ」
元々、<千里眼>自体がネタバレ製造機みたいなものだ。
誰もが認めるほどに役立つ能力だが、純粋に観光が目的の場合、ネタバレによって楽しみが減る可能性がある。
巨人島のように、明らかに文化が違う場所では、ネタバレ禁止の方が楽しめるだろう。
それから間もなく、『グランブルー号』が巨人島に到着した。
港町には人間サイズの建物しか見当たらず、巨人族が住んでいるようには見えない。
恐らく、巨人族と人間サイズの種族は住む場所を分けているのだろう。
『グランブルー号』から降りると、船乗りっぽいオッサンが近づいてきた。
若干、呆れたような顔をしているのは、気のせいではないだろう。
「見ない船だが、アンタらはどこの商会の者だ?この辺りは巨人族と既に契約している商会だけが使える停泊所だぞ。向こうの停泊所に案内があるから、そっちに行きな」
巨人島の港には、大きく3つの停泊所が存在する。
『グランブルー号』を泊めたのは、巨人族と契約をしている商会の中でも、上客と呼ばれるような商会だけが使用できる豪華な停泊所だった。
オッサンが指差した方にあるのは、いわゆる新参向けの停泊所であり、今居る場所とは比べようもない程に貧相だ。
オッサンのセリフを悪意タップリに翻訳すると、『ここはお前みたいな新参者の来る場所じゃないぜ。向こうの貧相な停泊所がお似合いだ』となるのだろう。
まったく、酷い事を言うオッサンだ(言われてない)。
「俺達はアドバンス商会に所属している」
一応、この一団の代表者は特別名誉会長なので、俺がオッサンの相手をする。
「ああ、イズモ和国で頭角を現しているという商会か。悪いが、どんなに勢いのある商会でも関係はない。巨人島のルールは守ってもらうぞ」
巨人島があるのは、イズモ和国やパジェル王国から見て東の方向だ。
今回、パジェル王国(復興中)から船を出して巨人島までやってきている。
「これを見せても駄目か?」
1枚の証書をオッサンに見せると、明らかに驚いた顔になった。
「……ゴーック商会の権利がアドバンス商会に移ったのか?」
「ああ、パジェル王国中央島の崩壊に巻き込まれて、再起不能となったゴーック商会の権利をアドバンス商会が買い取ったんだ。その中に巨人族との契約が含まれている」
ゴーック商会とは、パジェル王国の中央島に本店を置いていた大商会である。
パジェル王国近隣では、かなり強い力を持っており、巨人族とも契約していた。
しかし、『水災竜・タイダルウェイブ』の復活による中央島の崩壊に巻き込まれ、人・物・金の大部分を失い、完全無欠の再起不能に追い込まれた。
再起不能だが、権利自体は残っていたので、これ幸いとアドバンス商会が安く買い叩いたという訳だ。
なお、俺がゴーック商会の存在とその事情を知ったのは、今日の朝の事だったりする。
補足しておくと中央島にいたゴーック商会の者達は、『水災竜』の被害から助けなかった7割の人間に該当するそうだ。
パジェル王国中央島の腐った貴族と仲の良い商会に、真面な者は居ないという事だろう。
遠慮なく、権利を使わせてもらおう。
「この島には情報が来ていないのか?」
「パジェル王国の話は来ているが、権利の話までは届いていないな。だが、証書は本物のようだ。ようこそ、巨人島へ」
オッサンの誤解も解けたので、俺達は停泊所を後にしてゴーック商会の駐在所に向かう。
パジェル王国にある本店は崩壊したが、巨人島の駐在所は未だ変わらずに存在している。
これは、本店が崩壊した時に、それほど重要ではない納入先である巨人島まで、船を出そうとする関係者が居なかっただけの事である。
補足すると、駐在所に居るのは奴隷だけなので、人員的な意味でも重要度は低い。
平たく言えば、巨人島の駐在所は関係者に忘れられているのである。
ああ、奴隷や駐在所の所有権もアドバンス商会が買い叩いた権利の中に入っているよ。
一応、専門的な知識を持っている奴隷だから、本来であればそれなりに値が張るのだが、とにかく現金の欲しい関係者達が安売りしてくれたそうだ。
ゴーック商会の駐在所には、3人の奴隷が住んでいた。
シンプルに駐在員A、B、Cと呼ぼう。
サクッと奴隷契約を更新して、この島での商売について説明を受けた。
駐在員Aの話によれば、巨人島では競りによる商品の入手が一般的だと言う。
競りという事は、主催者の存在が欠かせないのだが、それは巨人族ではなく、ジャガー商会という大商会が務めている。
このジャガー商会が巨人族から商品を預かり、競りを主催し、商品の代金を受けとる。
この代金から手数料を引いた物が、巨人族の手に渡る。
正確に言うと、巨人族は貨幣を持たないので、ジャガー商会に預ける形となっている。
そして、巨人族は必要に応じて、ジャガー商会に預けた外貨により、島外の商品をジャガー商会経由で購入する仕組みだ。
聞いて分かる通り、巨人島ではジャガー商会が大きな力を持っている。
港町を作ったのもジャガー商会だし、停泊所の管理なども手掛けており、巨人島ビジネスのトップと呼んで差し支えない。
なお、先程のオッサンもジャガー商会の関係者である。
さて、一通り話を聞いた俺の感想はといえば……。
「つまらないな」
この一言に尽きる。
駐在員A曰く、ジャガー商会の関係者以外、つまり一般の商会員には、巨人族との接点は皆無であり、偶に遠目で見る機会がある程度だそうだ。
残念ながら、俺が求めていたのはそういうモノではない。
「何か、巨人族と直接取引をする方法はないのか?」
俺が尋ねると、駐在員Bが恐る恐る口にした。
「巨人族に交渉を持ちかけること自体は禁止されていません。ただ、2点問題があります。1つ目は、巨人族は価値観が大きく異なるので交渉が難しい点です。ジャガー商会が一手に引き受けているのは、そのノウハウがあるからなのです」
少し考えれば分かる事だが、巨人族と6種族では、物の価値が大きく異なる。
取引をするにしても、巨人族の求める物、量が分からなければ話にならない。
仮に巨人族が求める物が分かっても、ジャガー商会以上のメリットを提示できなければ、交渉は失敗するだろう。
「2つ目は、交渉の為には危険を覚悟で巨人族の集落まで行く必要がある点です。港町では、巨人族に対する交渉が禁止されていますから」
ジャガー商会が権力を持つのは、港町の中に限られる。
『港町のルール』を決める事はできても、『巨人島のルール』を決める事はできないのだ。
「巨人族の集落に向かえば良いだけじゃないのか?」
「言うのは簡単ですが、危険度が高いのです。島の生物達は、港町には近寄りませんが、港町と集落の間にも生息しているのです。巨人族が一緒なら襲われる可能性が低くなりますが、人間だけで集落に向かうのは相当に危険です」
港町と巨人族の集落はそれなりに距離が離れているそうだ。
巨人族的には『軽い散歩』でも、人間サイズで考えると『軽い散歩×5』になるのである。
巨大生物に襲われる可能性がある中、『軽い散歩×5』は中々に危険度が高い。
「話をまとめると、巨人族が欲しがる物を持って、巨人族の集落まで行けば良いというだけだろ?」
「はい。まとめればそういう事ですが……」
余裕では?
「それなら話は早いな。準備ができ次第、巨人族の集落に向かうとしよう」
「「「ええ!?」」」
駐在員A、B、Cが驚きの声を上げる。
逆に言えば、驚いたのは駐在員だけという事でもある。
「集落には6人で向かうから、他の商会員達は取引の準備を進めてくれ」
「はい」×14
ゴーック商会の権利があるので、ジャガー商会を介した取引をすることもできる。
折角の権利を無駄にするのも勿体ないし、十分な利益の見込める商売だろうから、アドバンス商会(本物)に任せるのがベストだと判断した。
良く言えば適材適所、悪く言えば丸投げである。
さて、俺達も巨人族の集落に向かうための準備をしなければ……。
「そういえば、巨人島の地図ってあるの?」
ジャストタイミングでミオが駐在員に尋ねた。
マップが禁止だから、集落に向かうにしても情報が必要なのである。
「は、はい。実際に役立ったことはありませんが、こちらにあります」
駐在員Cが地図を取り出し、テーブルの上に広げた。
「……やっぱり、縮尺が狂っているわね」
地図上でも普通の島に見えるが、記載されている縮尺は通常の約5倍だった。
地図によれば巨人族の集落は、港町から北に向かえば良いようだ。
「これが集落かしら?一本道だし、道に迷う心配もなさそうね」
「その道はジャガー商会が切り拓いたそうです」
地図を見る限り、まともな道はその一本だけだった。
巨人族にとって、道という存在は重要ではないという事だろう。
「この地図は借りても良い?」
「はい。先程も言いましたが、使っていませんので」
こうして、俺達は地図(本物)を手に入れた。
準備を終えた俺達は、巨人族の集落に向かうため、港町を歩いている。
ゴーック商会の駐在所に向かう途中にも見たが、正直に言って港町は賑わっていない。
港町に存在する建物は、多くが駐在所と駐在員向けの店であり、一般の民家は存在していない。港町の存在意義が商売の拠点なので、そもそも民家が存在する余地がない。
競りがある日は賑わいを見せるらしいが、競りは毎日催されている訳では無い。競りの無い日に町を往来する理由のある者は、それほど多くないという事だ。
観光なんて微塵も考えていない町なので、特に興味を惹かれるものも無く、アッサリと外壁まで辿り着いた。
そう、外壁である。
巨大生物から町を守る為、港町の周囲は20m近い高さの外壁で覆われているのだ。
武器や魔法の道具も蓄えられており、衛兵(門番兼任)でも巨大生物を追い返すくらいは可能だという。
なお、本当に危ない場合は発煙筒のような物で合図を送ることで、巨人族が救援に来てくれる。……巨人族が気付いてくれれば。
この島の生態系の頂点である巨人族にとって、巨大生物は全く脅威ではない。
巨大生物達も、巨人族を恐れ、巨人族の集落と港町には近づかない。
しかし、その間の道には、少なくないリスクがあるのは、先にも聞いた通りである。
「衛兵である我々に、町の外に出る者を止める権利はない」
そう言ったのは、外壁の門を守る中年衛兵さんである。
「しかし、人として危険を冒そうという若者を見過ごすこともできない」
簡単に言うと、港町を出ようとしたら、危険だから止めろと言われたのである。
ここで一度、俺達の現状を客観的に見てみよう。
特に武装もしていない若い商人が1人、若いメイドと幼いメイド合わせて5人が危険な町の外に出ようとしている。
……これは止められても仕方が無いよね。
しかし、止められた程度で止まる俺ではない。
ただ、この説得力皆無な状況で説得をしても、それは言い訳にしか聞こえないだろう。
つまり、必要なのは言葉を越えた説得力だ。
「セラ」
「何ですの?」
俺はセラの名を呼び、足元にあった小石を手渡す。
「握り潰せ」
「……分かりましたわ」
俺の意図を理解したセラは、微妙な表情をして小石を握り締めた。
-ベキッ!-
「……………………はっ?」
セラの手の中で粉々になる小石。それを見て呆然とする衛兵さん。
この程度の事なら全員ができる。セラを選んだのは、身長が高く、迫力があるからだ。
「心配してくれるのは有り難いが、身を守るだけの力はある。このメイドは俺の護衛でもあるからな」
セラが俺の護衛なのは紛れもない事実だ。
「足りなければ、もう少し実力を見せても良いぞ」
「…………力自慢の護衛がいることは分かった。だが、1人の護衛で5人を守るのは難しいだろう。全員で行くのは、危険ではないか?」
俺は再び小石を拾い、マリアに向かって投げた。
「マリア、斬れ」
「はい」
-スパッ!-
マリアの手刀により、小石は空中で上下に分断された。
「……………………えっ?」
衛兵さんはマリアと切断された小石を交互に見ている。
どうやら、マリアの動きを見切ることはできなかったようだ。
「悪いが、護衛が1人とは言っていない」
俺がそう言うと、衛兵さんはミオ、さくら、ドーラへと視線を動かした。
ゴメン、その3人は護衛じゃないんだ。タモさんは出せないし……。
「良ければ、門を開けてくれないか?」
「…………分かった。気を付けて行くといい」
色々と諦めた衛兵さんが、人間用の扉を開いてくれた。
思わぬ場所で時間を食ってしまったが、ようやく港町を出る事ができた。
港町は人間サイズの種族の為にある町だ。
ここから先が本当の巨人島と言っても過言ではないだろう。
いきなり説明回で申し訳ありません。
今まで登場した事のない種族・環境なので説明が必要なのです。
しかし、巨人は出て来ない……。