第5話
申し訳ありませんが、今回は1話だけです。
前回の没ネタ:伊予柑の闇落ち形態「災霊刀・七罪・完」
標題:Sランク冒険者ココ 皇女空輸
視点:ココ
時期:第12章
その日、依頼を終えた私とシシリーに、アドバンス商会から緊急の指名依頼が入ってきた。
正直に言って、アドバンス商会からの指名依頼と言うのは形式的なものに過ぎない。
大きな括りで見れば、私もアドバンス商会も同じ所属と言う事になり、資本の移動は存在しないに等しい(冒険者ギルドにはマージンが入る)。
どちらかと言えば、指名依頼と言う手順を踏むことで、『冒険者として依頼を遂行している』という体裁をとる事を重視している。
なお、念話で事前に連絡は受けているので、詳細も把握済みだ。
ブラウン・ウォール王国に居るストロベリー皇女殿下を、真紅帝国まで送る。
これが、今回の指名依頼の内容であり、更に噛み砕いて言えば、『迷子を遠く離れた家まで送り帰す』となる。
確かに、この依頼は私とシシリーが適任だ。
ブラウン・ウォール王国と真紅帝国は遠いから、空路を使うのが一番良い。私達は、師匠より劣風竜を与えられているので実現可能だ。
皇女様には従者が1人いるが、劣風竜に3人以上で乗るのは厳しい。私はシシリーと行動する事が多いので、2組に分ける事が容易である。
ついでに言えば、相手は高貴な女性なので、依頼を受けるのも女性が好ましい。
「皇女様を待たせるのも悪いし、早く行きましょ」
「はーい」
私達は直ぐに依頼を受諾し、劣風竜の元へ向かった。
アドバンス商会、ブラウン・ウォール王国第19支店に居たのは、騎乗用の服に身を包んだ2人の女性だった。
ステータスを確認しなくても、薄紅色の髪をした気品のある女性がストロベリー皇女殿下で間違いないだろう。
劣飛竜に乗るという事で、ポニーテールにして髪をまとめている。
もう1人の女性は栗毛をショートボブにしているので、まとめる必要はなさそうだ。
「始めまして。依頼を受けたSランク冒険者のココです」
「同じくシシリーでーす」
初めは色々と戸惑ったものの、今では依頼者に敬語を使うのも慣れてきた。
「ストロベリー・クリムゾンと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「従者のミルフィです。姫様共々、よろしくお願いします」
簡単に挨拶を終え、早速依頼内容について話をする。
「真紅帝国の到着は3日後を予定しています。1日に最低5回は休憩を取りますが、お二人の体調を見つつ対応していきますので、何かあればすぐに仰ってください」
「ミルフィ、私に気を使って、無理をする必要はありませんよ」
「お気遣い、ありがとうございます」
ストロベリー皇女殿下は、見た目と違って強靭だった。
対するミルフィさんは完全な一般人なので、無理をさせる訳にはいかない。
なお、ストロベリー皇女殿下1人の場合、休憩なしの強行軍により1日半で到着可能だ。
「高級な宿がない事もありますので、その点はご了承いただけますようお願いします」
「はい、問題ありません。野宿も安宿も大分慣れました」
ふと遠い目をするストロベリー皇女。
どうやら、迷子になっていた時に色々あったようだ。
ストロベリー皇女殿下は私の劣風竜に、ミルフィさんはシシリーの劣風竜に乗ることになった。
「空の旅は久しぶりですね。良い眺めです」
劣風竜が上昇を終え、安定飛行に入った辺りで、ストロベリー皇女殿下がそう呟いた。
「劣風竜に乗った経験があるのですか?」
「いいえ。以前、乗せて頂いたのは、カスタールの竜騎士であるジーン様の騎竜です。詳しい種族は分かりませんでしたが、劣風竜ではなかったです」
なるほど、師匠と繋がりがあったから、アドバンス商会が動いたという訳か。
師匠(ご主人様)と女王騎士ジーンは別人と言う事になっているので、余計な事は口走らないように注意しよう。
「申し訳ありませんが、ジーン様の騎竜と比べると、乗り心地は良くありませんよ」
相棒である劣風竜には申し訳ないが、飛行に特化した天空竜に乗り心地で勝てるとは思っていない。
同じ水準を期待されると、少々困ってしまう。
「そう言えば、ジーン様から劣風竜を贈られたのでしたね。……残念ながら、乗り心地の違いが分かる程の時間は乗っていないので問題ありません」
師匠の伝手で女王騎士ジーンから劣風竜を譲り受けたと言うのが、私達が劣風竜を手に入れた経緯の『公式発表』である。
念のため、シシリーにも事情は伝えておこう。
《シシリー、話をする内容に注意が必要みたいよ》
《ココちゃん、どうかしたのー?》
《この人達、師匠と接点があるみたい。ドジって余計な事を口走らないように気を付けて》
《師匠と!?分かった。気を付ける。教えてくれてありがとう》
師匠の話題が出た途端、シシリーの間延びした口調が消える。
シシリーが師匠に対して抱く1番強い感情は『畏怖』であり、師匠の話題となると一切の余裕がなくなってしまうらしい。
ブラウン・ウォール王国を出発して2日、ここまでは問題なく進む事が出来た。
本人が言っていた通り、宿泊施設は比較的安価な宿でも文句は出なかった。
一体、彼女の身に何があったのかは気になるが、余計な事を聞くつもりは無い。余計な事を聞かないのが、長生きの秘訣だと先輩冒険者から教わったからだ。
ミオさん曰く、師匠の世界の諺にも、『好奇心は猫を殺す』という物があるとの事。
ちなみに、私は犬の獣人なので、好奇心は強くない方だ。
しかし、アト諸国連合を半分越え、もうすぐ真紅帝国が見えると言うところで、1つ問題が発生した。
いや、近々問題が発生すると言った方が正しいか。
師匠から与えられたマップにより、私達は目視の範囲を超えた状況把握が出来る。
しかし、事情を知らない人の前で、知り得ないはずの情報を公開する訳にはいかない。
故に、問題が起きると分かっていながら、知らない振りをして進まなければならず、もどかしい思いをすることもある。
しばらく進み、ようやく『問題』が目視できるようになった。
私はシシリーにも合図し、劣風竜をその場で停止飛行させる。
「何かありましたか?」
「はい。進行方向に、鳥の魔物が居ます」
見覚えのあるあの魔物の名前は『ブライト・ファルコン』。
Aランクの魔物であり、被害なしに討伐するのならAランクの冒険者が最低10人は必要になる。なお、有効な対空攻撃がある前提の話だ。
「どのような魔物なのですか?」
「ブライト・ファルコンと言うAランクの魔物です。今のところ、こちらには気付かれていないようなので、大きく迂回すれば避ける事が出来ます」
光っている魔物なので、気付かれる前に気付く、と言うのが楽な相手なのだ。
「やはり、避けた方が良いのですか?」
「いえ、倒す事は用意なので、殿下の指示に従います。速度優先で倒すか、安全優先で迂回するかをお選びください」
「お姉様、迂回して頂きましょう!」
シシリーの劣風竜上からミルフィさんが迂回することを推すが、ストロベリー皇女殿下は首を横に振った。
「申し訳ありませんが、その魔物を倒していただいてもよろしいでしょうか?」
「お姉様!?Aランクの魔物ですよ!危険ですよ!」
ストロベリー皇女殿下の発言にミルフィさんが悲鳴を上げる。
「しかし、Aランクの魔物が居て、それに対応できるSランク冒険者が居る、この状況を無駄にするのはあまりにも惜しいと思うのです。位置を考えれば、その魔物が真紅帝国に来る可能性もありますし、どこかに被害が出る前に叩くのが最善です」
どうやら、『速度優先』という訳では無く、自国や周辺国の安全を考えていたようだ。
正直に言うと、助かる。
ブライト・ファルコンは積極的に生き物を襲う魔物なので、見つけ次第殲滅すべきだ。
しかし、今回の依頼の目的が護衛なので、自分から倒しに行きたいとは言えない。
ここで迂回と言う事になれば、裏工作をして他の冒険者や傭兵の人に頼む必要があった。
「ですが、いくら空中戦に秀でた劣風竜とは言え、私達を乗せたままAランクの魔物と戦うなんて無謀です!」
「安心してください。お二人が危険に晒されることはありません」
「「はい?」」
劣風竜に護衛対象を乗せたまま空中戦をするつもりは無い。
「少々、手綱を持っていていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ……」
理解しないまま手綱を受け取るストロベリー皇女殿下。
「シシリー、お二人の護衛を任せるわよ」
「はーい。頑張ってねー」
私はそのまま、いくつかのスキルを発動しつつ、劣風竜から飛び降りた。
「「ええ!?」」
私は<飛行>スキル無しで空を飛び、空中戦を行う事が出来る。
高レベルの<風魔法>を使えば空を飛べるが、単体では制御が難しく、素早く動くことも出来なければ、魔力の消費が激しく、長時間の戦闘にも向かない。
しかも、飛行中は他の<風魔法>が使えなくなるため、魔法使いが空中戦をするのは困難なのだ。
私の場合、他のスキルや魔法の道具で高速移動を補助している為、何の問題も無く空中戦が出来る。
ついでに言えば、ステータスが高く魔力が大量にあるので長時間の飛行が出来るし、近接戦闘がメインなので<風魔法>が使えなくても困らないのも強い。
「はぁ!」
ブライト・ファルコンに気付かれる前に接近し、その頭を長剣で斬り落とした。
私のメイン武器は短剣なのだが、高位の冒険者として、基本的な武器の扱いは粗方習得している。長剣を使ったのは、大型魔物を一撃で仕留めるのに都合が良かったからである。
倒したブライト・ファルコンの死骸は、『格納』に入れる。
不用意に魔物の死骸を放置するのも問題だからである。
「お待たせいたしました」
「「……………………」」
劣風竜の元に戻ると、2人が呆けた顔をしていた。
「Sランク冒険者と言うのは、皆空を飛べるのですか……?」
「いいえ。少なくとも、単独で空中戦が出来るSランク冒険者を私は知りません」
師匠はSランク冒険者ではないので除外する。
仲間達は『精霊化』していれば空も飛べるが、『単独』ではなくなるので除外する。
「ココちゃんは凄いんですよー」
「それは、戦いを見るだけで分かりました……。そして、アドバンス商会で聞いた、最高レベルの冒険者、と言う評価にも納得です」
「ありがとうございます……」
評価されて嬉しい気持ちはあるが、上を見ればキリがないので、浮かれてはいけない。
ブライト・ファルコンとの遭遇以降、問題と言う問題も無く、無事に真紅帝国に到着した。
国境で入国の手続きをした時、ここまでで構わないとストロベリー皇女殿下は言ったが、元々の依頼内容を遵守して帝都までキッチリお送りした。
正確に言うと、帝都にあるアドバンス商会の敷地までお送りした。
「本当にありがとうございました」
「ありがとうございます」
商会が用意したドレスとメイド服を着た2人が深々と頭を下げた。
メイド服は師匠配下用ではなく、この国で使用されているタイプの物らしい。
依頼完了と言う事で商会を出ようと考えていたら、ドタドタと足音が聞こえてきた。
「2人共、良く戻って来た。迷子になったと聞いた時は驚いたぞ」
現れたのは、真紅帝国の皇帝、スカーレット・クリムゾン陛下だった。
あれ?兵士を呼んで城まで連れて行ってもらう予定だったよね?何で、国のトップが来ているの?
「ただいま戻りました、お父様」
『2人共』と言われていたが、返事をしたのはストロベリー皇女殿下だけで、ミルフィさんはその場に跪いた。
ミルフィさんも陛下の娘らしいが、愛妾の子で継承権はないと言う(非公開情報)。
王族の事情には踏み込まないのが長生きの秘訣だ。
「それで、そっちの2人が噂のSランク冒険者か?」
「はい。ココさんとシシリーさんです」
「なるほど……。ジンの奴、このレベルを量産出来るのかよ」
聞いていた通り、スカーレット陛下は師匠の事情をある程度知っている。
師匠が言った訳では無いだろうが、私達の力が師匠由来の物だと気付いているのだろう。
「ココ、シシリー、2人を送ってくれた事、感謝する」
私達も跪いた方が良いのだろうか?
完全にタイミングを見失っていたのだけど……。
「お前達が望むのなら、城で持て成そうと思うがどうだ?」
「大変ありがたいお申し出ですが、過分な報酬になってしまいますので、申し訳ありませんが、辞退させて頂ければと思います」
「分かった。まぁ、ジンの関係者ならそう答えるよな。分かり易く、恩を返させてくれねえから困る……」
ため息をつくスカーレット陛下。
余談だが、今回の依頼はアドバンス商会からの物で、真紅帝国は一切関わっていない。
つまり、依頼料も全額アドバンス商会から支払われている。
師匠の関係者で、お得意様になってもらう予定の相手だからサービス、らしい。
帰る直前、スカーレット陛下からこんな質問をされた。
「なあ、ジンに借りを返す方法、知っていたら教えてくれないか?」
そんな物、私が1番知りたい。
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登場人物
名前:ココ
性別:女
年齢:12(登場時)
種族:獣人(犬)
称号:仁の奴隷、Sランク冒険者
備考:カスタールの冒険者奴隷組の1人。仁に対する1番強い感情は『忠誠心』。分かり易く言うと忠犬。<風魔法>といくつものスキルを合わせて使う事で、空中戦闘を実践レベルまで高めた。これは、仁が当たり前のように空を飛ぶので、仁の役に立つには独力で飛行する必要がある考えたためである。目立たないが、行動原理の大半が仁に関わる。
名前:シシリー
性別:女
年齢:11(登場時)
種族:人間
称号:仁の奴隷、Sランク冒険者
備考:カスタールの冒険者奴隷組の1人。仁に対する1番強い感情は『畏怖』。周囲からはおっとりしていると言われているが、仁の前でだけその余裕は無くなるため、仁からはいつも真剣な顔をしている子だと思われている。ココと一緒に行動する事が多く、派手なココのサポートに回る事が多い。
名前:ストロベリー・クリムゾン
性別:女
年齢:17(登場時)
種族:人間
称号:真紅帝国皇女
備考:真紅帝国の第2皇女。10章の途中で登場して、10章の終わりにレガリア獣人国で目的を果たす。その後は迷子。ピンチのところをアドバンス商会に保護される。戦力的なピンチではない。空腹的なピンチだ。帰国後、衣食住に対して注文を付ける事が無くなった。
名前:ミルフィ
性別:女
年齢:15(登場時)
種族:人間
備考:ストロベリーの侍従。旅の中で、自らの世間知らずを痛感した。お金が無いと言う事は、命がないと言う事。帰国後、節約と貯金にハマる。
名前:スカーレット・クリムゾン
性別:男
年齢:38(登場時)
種族:人間(転生者)
称号:超越者、真紅帝国皇帝
備考:真紅帝国の皇帝にして、仁の協力関係を結んだ転生者。今回はお出迎えのみ。
リアル優先で次回も20日後かもしれません。