第199話 復興と処分
実質的な章リザルト回です。
処刑がありますが、グロテスクな表現はありません。エグいことはします。
『水災竜・タイダルウェイブ』の復活から1日が経過した。
関係者が慌ただしく働いているのは別として、パジェル王国全体としての混乱はある程度だが鎮静化していた。
これは、本来の支配者階級であるエルフの大半が生き残っていた為である。
元々、災竜という特大の爆弾を抱えているパジェル王国は、非常時の対応が事細かに定められていた。当然、細かい内容を知っているのはエルフだけである。
アシュリーの行方不明と言うのは、文句なしの非常事態であり、エルフ達は災竜の復活も視野に入れて行動を進めていた。
中央島のエリートエルフ達は、高い地位を持っている代わりに、災竜復活の際にはほぼ確実に死ぬことになっている。
他の島のモブエルフ達は、災竜が復活したらすぐにラティス島に赴き、転移用魔法の道具で天空城へと避難することになっている。
余談だが、中央島が災竜復活により崩壊した場合、その情報を他の島に伝えるための魔法の道具がある。
余談その2だが、ラティス島から遠い島のエルフは、高速移動用の船を持っている。
アシュリー達と共にラティス島に到着した時には、転移の魔法の道具が起動せず、右往左往しているモブエルフ達の姿を見る事が出来た。
死を覚悟して働いていたエリートエルフと、予想外の出来事に右往左往するモブエルフ。やはり、エリートとモブの差は大きいという事か……。
なお、更にその下には旧天空城出身のダメエルフが存在する。
また、モブエルフ達には、災竜の最期や、俺達の存在は伝えないことになっている。
アシュリーと奴隷化したエリートエルフだけが事情を知っていれば、モブエルフにまで事情を知らせる必要は無いと判断したからだ。
所詮、奴らはモブエルフよ……。
そうそう、色々と事情を話すにあたり、アシュリーには俺の配下になってもらっている。
奴隷ではなく、普通の配下である。奴隷にしなきゃいけない理由が無いからね。
アシュリーの勧誘は困難を極めた。
「俺の配下になるなら、タモさんをアシュリーの専属にしてやろう」
「配下になります!」
この間、約10秒!
アシュリー、タモさんの事が大好きすぎる……。
その後、エリートエルフ達が表に出て、事実の公表と後始末を進めることになった。
一番大きな混乱だったのは、この島の真の支配者がエルフであると公表した事だった。
中央島が崩壊し、王族が全滅(犯罪者除く)してしまった以上、支配階級にあるエルフが統治しなければならない、という建前で表に出ることになった。
一般人は知らなくても、島を管理している貴族は、真の支配者について知っている。
しかし、島一つが滅んだことに合わせて、驚愕の事実を知らされたら、一般人が混乱するのは当然である。
つまり、一般人は混乱しているが、上層部は立て直しつつあるという状況になった。
一般人の方々には、是非頑張っていただきたい(他人事)。
俺達は直接的に国の復興に関わるつもりは無い。
俺達が関わらなくても、いずれイズモ和国からアドバンス商会の船が、復興に必要な物資を大量に詰んでやってくるのだろうけど……。
こんな分かり易い進出タイミングを逃す訳が無いからな。
パジェル王国の復興に関わらなかったこともあり、少し時間が空いてしまった。
何故時間が空いたかと言うと、簡単に言えばアリアとギレッドの復活待ちである。
実は、1つ俺にも予想外な事があった。
どうも、ケジメパンチが綺麗に決まり過ぎたようで、一晩経っても2人は目を覚まさなかったのだ。死んではいない。
無理矢理起こす事も考えたのだが、殴って気絶させた側が無理矢理起こすのは、流石に非道感が強いので止めておいた。
よって、2人が自然に起きるまでお仕置きタイムは延期することになったのだ。
そうそう、昨日は既に処分の内容が決まっていると言ったが、2人を捕らえた後に分かった情報を踏まえ、大幅な変更が入った事をお伝えしておく。
そして、俺は空いた時間を利用し、イズモ和国へと転移をした。
目的は、トオルとカオルに貰った身元証明書の返却である。
「結局、使ってもらえなかったのだぞ」
「残念ですの」
本気で残念そうに双子が言う。
「使う機会が無い方が良いって最初に言っただろ?」
国家の重鎮レベルの待遇を得られる証明書なんて、使わないに越したことは無い。
最終的に、国家の重鎮を配下に加えた事は脇に置いておく。
「それに、態々返さなくても良かったのだぞ」
「そうですの。パジェル王国以外でも、イズモ和国周辺の国なら使えますの」
「いや、身元の証明書くらいなら貰うけど、渡された証明書、国家でも保有数が限られるような貴重品じゃねーか。流石に貰う訳にはいかないだろ」
国家の重鎮レベルの待遇を得られる証明書なんて、王家であろうと簡単に発行できない。
元々、国として保有していた権利の1つを俺に渡していたのだ。
当初は気にせずに貰ったけど、後でアルタに聞いたら、国家レベルの貴重品だった。
アルタはアルタで、俺がそれを持つことを問題視していないし……。
「仁殿がそこまで言うのなら仕方ないのだぞ……」
「非常に残念ですの……」
「また、必要になったら頼む」
「「はい(だぞ!)(ですの!)」」
今までの経験上、俺が向かった国では、何らかの形で必ず権力と関わるので、一度行った国でもう一度証明書が必要になる事は無いというのは秘密だ。
待ちに待って昼頃、ようやく1人目が起きたという報告があった。
結論から言うと、先に目覚めたのはアリアだった。
どうやら、ギレッドの方がダメージが大きかったらしい。
俺はアリアの被害者、関係者を集め、再び処刑島(アシュリーの居た島を命名)に転移し、アリアを閉じ込めた檻へと向かった。
当然、アリアとギレッドは別の場所に拘束しているし、逃亡対策はガッツリ仕掛けてある。
「あら、見覚えのある顔もいるわね。今度こそ私を殺しに来たのかしら?」
アリアの目には生気がなく、自らの死を受け入れている様に見えた。
「悪いが、簡単には殺してやれなくなった」
「ふうん……。拷問でもするの?」
死も痛みもアリアへの罰にはならないのだろう。
だからこそ、アレンジが必要になったのだ。
「ああ、ただし、精神的な拷問だけどな」
「意味が分からないわね?」
「すぐに分かるさ。ああ、執行者はこの人だ」
俺がそう言うと、アリアの死角となっていた位置から、1人の女性が歩いてきた。
「貴女は!?」
「昨日ぶりですね。再び、貴女と向かい合うことになるとは思いませんでした」
俺が連れてきたのは、アリアの関係者、パジェル島の水先案内人であるアクアさんだ。
何と、アクアさんはアリアと同じ、水災竜の現身だったのである(棒)。
そして、2人は昨日、中央島の地下室で1度対峙している。
「何で貴女が……!?地下室で瓦礫に潰されたはずじゃ……」
「彼に助けていただきました」
そう言って俺を指し示すアクアさん。
アクアさんは地下からの脱出手段を持っておらず、瓦礫に潰されそうだった所を、風災竜の力でアッサリ救出していた。
「そもそも、貴女の企みの件も、彼から教えてもらったのですよ」
「そう言う事ね……」
はい。そう言う事なのです。
俺達がアクアさんの正体に気付いたのは、当然だがゴンドラツアーで会った時である。
いきなり、目の前に災竜の現身が現れた時は、流石の俺も驚いた。
しかし、何か悪さをしている訳でもないので、普通に接していただけだ。
余談だが、アクアさんの評判である『若いながらも優秀な案内人』と言う部分に関して、ステータスの年齢欄を見て苦笑したのは秘密だ。
後、『街の事は何でも知っている』の評判には納得させられた。
アリアの企みを把握した後、関係者という事で話をしに行った。
数日前の会話の一部がコチラ。
「俺達に災竜復活を止める気はない。この話を聞いた貴女がどうするかは自由だ」
「もう1人の現身を止めます。災竜は復活させません」
「『姫巫女』がいない以上、復活は時間の問題だと思うが?」
「現身を止めた後、エルフと協力して『姫巫女』を捜索します」
「無駄だと思うけどな」
「貴方は、『姫巫女』の居場所を知っているのですよね?」
「もし、そうだとしたら?」
「教えてください」
「……『姫巫女』を探して、どうするつもりだ?」
「戻るように説得して、それが無理なら私が『姫巫女』の役目を引き継ぎます」
「そんなことが出来るのか?」
「現身は『姫巫女』と非常に近い性質を持っているから可能なはずです」
「言われてみれば、ペスに専用スキルが移っていたな……」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
「……1つ聞かせてもらって良いですか?」
「何だ?」
「何故、水災竜の復活を止めようとしないのですか?災竜の復活が何を引き起こすか、知らない訳では無いのですよね?」
「ああ、知っている。止めない理由はただ1つ。俺が当事者じゃないからだ」
「意味が分かりません……」
「災竜の復活って言うのは、誰かの行動の結果起こる事だ。俺は当事者でもないのに、その『誰か』の後始末をするつもりは無ければ、責任を負う気もない。……ただ、災竜が復活したら、世界の危機だから俺も当事者の1人になる」
「でも、当事者になった時には手遅れになるのですよ?」
「ならない。災竜が復活したら、被害が大きくなる前に俺が倒すからな」
「災竜は人間が倒せる相手ではありません」
「そこについて議論する気はないが……1つ賭けをしないか?」
「賭け……ですか?」
「ああ、もし貴女が災竜復活を阻むのに成功したら、俺は『姫巫女』の居場所を教える」
「はい」
「もし貴女が災竜復活を阻むのに失敗し、俺が災竜を倒したら、俺に忠誠を誓い配下となれ」
「無茶苦茶な条件ですね……。それは、私に奴隷になれという事ですか?」
「いや、現身は奴隷に出来ない」
「え?何でそんな事を知っているのですか?」
結果的にアクアさんは賭けを受け入れ、見事俺の配下となりました。
配下になったのに、『さん』付けしているのは、アクアさんの雰囲気によるものである。
何となく、『さん』付けしたくなる容姿をしているのだ。
「つまり、貴女が私に拷問をするのね?確かに、それは屈辱的だと思うわ」
因縁のある者に拷問され、見下されるというのは屈辱的だろう。やらんけど。
「いいえ、私はそんな事は頼まれていません」
「どういうことかしら?」
「私が頼まれたのは、貴女を鎮める事だけです」
「やっぱり意味が分からないわ。鎮めるも何も、私にはもう、生きる気力もないわよ?一体、何をするつもりなの?」
俺はアリアの質問に答えず、アリアを閉じ込めている檻を開け、アクアさん、マリアと共に中に入る。……名前の語感が全員似ててややこしい。
「今は気力を失っているようだが、それは災竜の消滅による一時的なものだろう?お前の本質は『破壊を望む自我』であり、それは災竜の生死とは何の関係ない」
「確かに、私の心は今も破壊を望んでいるわ。いずれ、他の方法で破壊を齎そうとするでしょうね。殺すなら、今の内よ?」
「だから、鎮める。こうやって……」
俺はアリアの頭を鷲掴みにする。
「ぎ、ぎやああああああああああ!!!」
絶叫して暴れるアリアだが、その程度で逃げられるほど俺は甘くない。
久々登場、<生殺与奪LV9>と<多重存在LV7>のコンボによる『魂への接触・操作』である。
現身と言うのは、普通の生物と異なり、身体と魂の結びつきが弱い。
これは、災竜が人に似せて作った肉体と、災竜の自我から生まれた仮初めの魂という、本来あるべきではない組み合わせの生物だから仕方のない事なのだ。
それ故に俺の能力ならば肉体から魂を引っ張り出せる、引き剥がせてしまう。
肉体的な拷問は平気でも、魂に直接痛みを与えられて耐えられる者は少ない。
これが、『精神的な拷問』の第一段階である。……え?意味が違う?
しばらくして、身体と魂が完全に分裂し、アリアの肉体は力を失い、アリアの魂は俺の手の中で悶え苦しんでいる。声が出ないので無言だが。
「じゃあ、行くぞ」
「はい、お願いします」
俺はアリアの魂を、アクアさんに押し込んだ。
「ぐぅっ……!?」
今度は一瞬だけアクアさんが苦悶の声を上げたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
引き剥がすより、押し込む方が楽なのである。
「気分はどうだ?」
「説明しにくい不思議な気持ちですが、不快ではありません。……後は私に任せてください」
「ああ、頼む」
俺は、アリアの念話……声にならない声を聴く。
《何よ!?何なのよ、これ!?『破壊を望む自我』が薄れる!『平穏を望む自我』に飲み込まれる!許して!許して!来るな!来るないでぇぇぇ!!!ああああああ!!!???》
はい、切断。
アリアへの処分を一言で言うと、『自我の塗り替え』である。
アリアとアクアは同じ『水災竜・タイダルウェイブ』の現身であり、元となった自我の種類以外はほとんど同じ存在と言える。
普通の人は身体1つに魂1つしか入らないが(例外:シャロン)、この2人なら比較的簡単に魂を押し込め、二心同体とすることが可能だった。
そして、アリアの本質である『破壊を望む自我』は、アクアの肉体の中で『平穏を望む自我』に押し潰され、徐々に塗り替えられて行く。当然、アリアに肉体の操作権はない。
アリアの行動や思想は、全て『破壊を望む自我』を中心としていた。
アクアさんは逆に、『平穏を望む意思』が行動の中心なのだろう。そうでなければ、『姫巫女』になってでも災竜の復活を止めるとは言えないはずだ。
2人にとって、元となった自我は非常に大きな影響を持つ。2人の致命的に仲が悪いのも、その自我が真逆だからに他ならない。
最も大事にしている自我が、最も嫌う真逆の自我に塗り替えられていく。
これが、アリアの為に用意した、最も相応しい処分である。
余談だが、この処分はアクアさんが配下になったことで、元々の物から大幅に変更された。
アクアさんが居るから分かる事、アクアさんが居るから出来る事が色々とあったからだ。
なお、具体的な実現方法にはアルタのアドバイスがあったので、俺の能力がガッツリ利用されている事もここに示す。
アリアにとっては拷問に等しい処分だが、終わりのある苦行ではある。
アリアが完全な『平穏な自我』となれば、アクアさんとの同化は苦ではなくなるからだ。
ある種の禊と言っても良いだろう。凶悪な魂を浄化する的なアレだ。
アクアさんからしてみれば、仮にも自分の妹が『破壊を望む自我』の影響で、破壊の事だけを考えて生を送ると言う事を不憫に思っていたそうだ。
余計なお世話である事は承知の上で、妹にも『平穏』を贈りたいという思いの元、アリアの魂を受け入れることを決めたという。
更に時間が経過し、ギレッドが復活した。
HPも自然回復によりギレッドゾーンを脱しているようだ。
なお、折れた歯は戻らない。治さない。
今度はギレッドの被害者、関係者を集めて檻へと向かう。
「きひひ、覚えのあるお顔が多いですね。ユリシーズ様、ユリスズ様、ユリア様まで居られるではありませんか」
集まった面々を見て、ギレッドが面白そうに言う。
ユリシーズとユリアは被害者枠。ユリスズは関係者枠で来ている。
「きひ、ユリエラ姫様はお亡くなりになられているので、この国に『姫巫女』が勢揃いしているという事ですね。そして、全ての災竜が葬られた後、という事でもあると……」
記憶は失っているけど、復活したのでユリエラも生きているが、言うつもりはない。
ユリエラが一度死亡したのは自業自得なので、関係者として呼んではいない。
ユリアはギレッドのせいで記憶を失ったので呼んでいる。今が幸せなので、記憶を失う前の事で文句を言うつもりは無いそうだが。
「きひひ。まあ、それは後で考えれば良いでしょう。それより、私に何か用ですか?」
「お前の処分が決まった」
「きひひ、そうですか。それで、私は何をすれば良いのですか?」
ギレッドは平然とした様子で尋ねてくる。
「ユリシーズに殴られた時も含め、随分と余裕があるんだな?」
「きひ、アリアさんと王子が殺されなかったから、私も同じだろうと予想していただけです。被害者に殴られるのは仕方ないですが、私だって死ぬのは嫌ですよ。そして、実際に今も生きている以上、その処分でも私が死ぬことは無いのでしょう?」
なるほど、それがギレッドの余裕の理由と言う訳か。
「きひひひ、自分で言わせていただきますが、私は非常に優秀です。貴方も、私を殺すのは惜しいと思ったのでしょう?だから私を殺さなかった。あれだけ見事に負けたら、逆らう気にもなりません。貴方に忠誠を誓い、この頭脳を貴方の為に使いましょう」
その言葉に嘘はないようで、マップの表示も青(味方)になっている。
ただ、その味方面を受け入れられるかどうかは、また別の話である。
「ああ、確かにお前の頭脳は惜しい」
「きひ!そうでしょう!そうでしょう!」
「だが、お前は要らない」
「きひ?」
ギレッドの頭脳は確かに優れているが、俺が好む『真っ当』から大きくかけ離れている。
優秀な研究者と言うのは、多かれ少なかれ常人とは違う感性の持ち主なので、『真っ当な性格』を求めるのは酷かもしれない。
しかし、『真っ当な理想』を持たない研究者など、論じる価値もない存在だ。
災竜の『封印』に関する研究と言うのは、言ってしまえば『世界の為』という免罪符があった訳で、『真っ当な理想』に含めることは可能だった。
また、ギレッドの行為は上位者の命令に従っただけという見方もできる。
碌でもない存在なのは間違いないが、『真っ当な理想』があるのなら、被害者による鉄拳制裁だけで済ませても良かった。
配下に被害者が居るとは言え、俺が関わってからの被害は何もないからだ。
しかし、災竜の『解放』に関する研究は話が別だ。
確かに、『封印』を研究する過程で『解放』も研究するというのは有り得る。だが、ギレッドは『解放』の研究成果を試す事に躊躇しなかった。
これは、アリアという協力者こそいたが、ギレッド自身が決め、実行したことだ。
俺は、ギレッドが『真っ当な理想』を持っているとは認めない。
『真っ当な理想』を持たない研究者など、懐に入れたいとは思わないし、生きているだけで有害であるとさえ思っている。
そもそも、これは『姫巫女』の城を襲撃した事や、災竜を復活させた事に対する正式(ただし非公式)な処分なのだから、基本的に助命の余地はない。
俺達の仕事は、処分の内容を考え、それを執行することである。
……一応、アシュリー経由で無理を通せば助命できなくはないが、それだけの価値がギレッドにあると思っていない。
「お前に対する処分は『知識の剥奪』と『封印処刑』だ」
「きひ?流石に意味が分かりませんよ?」
最近分かった事なのだが、記憶や知識とは魂に刻まれた情報だ。
生物を蘇生する時、死亡してから時間が経つほど記憶に欠損が現れる。これは、時間経過とともに身体から魂が抜け出て、それが記憶の欠損に繋がるのだという。
以前、風災竜の『姫巫女』であるユリエラを蘇生した時、記憶の欠落が通常よりも早いという事があった。詳しく調べると、これはハイエルフの性質だったことが分かった。
ハイエルフと言うのは、元々災竜を封印するために創られた生物であり、常人とは異なる特殊な魂をしている。
その特殊な魂は、ハイエルフの肉体との結びつきが弱く、身体から魂が抜けやすいという性質がある。ユリエラ蘇生時の件や、ユリアの記憶喪失もこの性質が理由の1つである。
そして、今回の処分である『知識の剥奪』とは、ギレッドの魂から記憶を残したまま、学術的な知識だけを消し去るというモノだ。
言うまでも無いと思うが、<生殺与奪LV9>と<多重存在LV7>のコンボによるものである。
ホント、こういう時には使い勝手が良いよね。
一応言っておくと、これは誰を相手にしても使える技術ではない。本来、記憶や知識と言うのは魂の中でも重要な扱いを受けているからだ。『個性』で言えば、Rank4以上は確実となる。
*作者注『第170.5話 魂について』参照。
ただ、ハイエルフや現身の様に、特殊な魂をしている生物は別で、記憶や知識がかなり低い重要度として扱われており、俺の異能でも操作できてしまう。
アクアさんの言っていた通り、現身と『姫巫女』……ハイエルフは、良くも悪くも本当によく似ている。
当然、この性質は『姫巫女』ではない男のハイエルフであるギレッドも同様だ。
皮肉な話だが、今回の騒動の首謀者である現身とハイエルフには、似たような処分を下す事になったという事だ。
「理解しなくても良い。お前に出来るのは、後悔する事だけだ」
俺はギレッドに触れ、異能を発動した。
記憶をそのままに知識だけを消すというのは、かなり面倒な作業ではあるが、アルタの補助があればそれ程難しくはない。
「きひいいいいいいいい!?きひあああああああ!?」
拘束されたまま暴れ回り、絶叫するギレッド。
魂を弄られると、言葉に出来ない程の不快感や激痛が発生するらしい。
「き、きひぃ……。きひぃ……」
『知識の剥奪』を終えると、ギレッドは変わった息の切らし方をしていた。
まだ、自分の身に何が起きたかは理解していないのだろう。
「質問だ。災竜の瘴気を防ぐにはどうすれば良い?」
「きひぃ……。そんなの、簡単です。……あれ?何故、思い出せないのです!?研究に関する事が!何一つ思い出せません!貴方!私に一体何をしたのです!」
「それも忘れたのか?さっき言っただろ?」
それは『記憶』の方だから、忘れていないはずなんだが……。
「きひ……、知識の……剥奪……」
「正解だ。お前の頭の中から、学術に関する知識を消し去った」
魂から完全に消え去った記憶が元に戻る事は無い。
「きひ!?きひ!?そんな馬鹿な!そんな事が出来るはずがありません!いい加減な事を言わないで下さい!」
「仮にも研究者だろ?憶測で話をするなよ。反論するなら根拠を出せ」
「きひぃ!!!」
根拠を捻り出す知識がないのが問題でもある。
「きひ!まだです!まだ私は終わっていません!忘れたのならもう一度覚え直せば良いのです!私はハイエルフ!実質無限の時間があるのですから!」
まさに不屈の研究魂と言ったところか。
本当に、『真っ当な理想』を持っていないことが悔やまれる。
「悪いがそれは叶わない。お前には、もう1つの処分が残っているからな」
「きひ!?……た、確か、『封印処刑』……」
「ああ、お前はどうやら、人を閉じ込めるのが趣味みたいだからな。お前も閉じ込められる立場になってみると良い」
俺はそう言うと、<無限収納>から水晶の塊を取り出した。
「きひ!?それは、私の作りだした『封印水晶』……」
「ああ、ユリシーズを閉じ込めていた水晶だ。この中にお前を封じる」
「きひひ!?知識を奪い、新たに知識を得られないように封印して苦しめ続ける!?あまりにも酷い罰です……!?」
流石のギレッドも青褪め、顔を引きつらせる。
「安心しろ。お前への罰は処刑、つまり死亡は確定している。封印されて100日後、お前は死ぬことになる。その間は苦しんでもらうが、明確な終わりは与えてやる」
「き、きひぃ……」
力なく項垂れるギレッド。
安心したのか、絶望したのかは知らない。
永劫に苦しめ、というのは趣味ではないので終わりは与える。
被害者達もそこまでして欲しいとは言わなかった。
俺はギレッドを『封印水晶』の中に入れ、100日後に死ぬように手配した。
2人の処分を終えた以上、パジェル王国ですべき事は全て終わった。
俺は屋敷に戻り、パジェル王国で加わった配下の今後について頭の中でまとめる。
パジェル王国では、かなり多く配下が増えたから、整理しないと忘れかねない。新入りのフォローは大事です。
まずは勇者2人だが、『鬼人の勇者』アスカは知っての通り一般常識が皆無なので、その習得が最優先課題となった。戦闘訓練は本人の意思もあり、並行して行う予定だ。
『ドワーフの勇者』は健康に産まれることが最優先。母親の方も安定しているようなので、このまま無事に産まれてくれることを願う。
母親曰く、恩人であり主である俺に子供の名前を決めて欲しいそうだ。……俺のネーミングセンスを知っても同じこと言える?後悔しない?
『水の姫巫女』アシュリーは、パジェル王国の機能がある程度復旧できるまで残るそうだ。
災竜の脅威が消えた今、パジェル王国に居続ける意味はない。元々、外の世界に興味を持っていたアシュリーは、義理を果たしたら俺の元に来ると言っていた。
頭の上には今もシュバリエが乗っている。あ、正式に改名しました(本人承認済)。
『水災竜の現身』アクアさんはラティス島に残る。
アクアさんはラティス島に職場があるから当然だ。本人が現職を希望しているのに、それを捨てて俺の元に来いとは言えないし、言わない。
正直に言って、俺も今の職業が合っていると思う。
バジリスク、コカトリスによって石化させられた者達は、以前言った通り『帰る場所がある者は帰らせる』、『帰る場所が無い者は俺の元で働かせる』と言う方針のままだ。
当然、口止めと口裏合わせは行っている。後、元冒険者は冒険者以外に就かせる。傭兵部隊に入るのはOKしているので、戦いに身を置きたい者はソチラで。
中央島の住民には基本、説明はない。奇跡的に生き残ったという事になっている。
エリートエルフ達には全員アルタが説明をしてある。
パジェル王国の今後について考えるのが彼らの仕事だ。ただし、今までと全く同じ状態にしない事は厳命しておいた。具体的に言うと、腐敗した貴族制度の事である。
最後に従魔枠だ。
アリア、ギレッド、アストンと一緒に拘束したバジリスク・ディザスターだが、命令が無ければ動かず、ずっと放置されていた。
特に敵対した訳でもなく、命令に従っていただけなので、ギレッドによる改造の悪影響をちょいちょいと治してやった。
そしたら懐かれた。……ミオが。
「何で!?」
本人も驚いていたが、折角治したのに今更殺すのもアレだし、リリースするのも危ないので、ミオがテイムすることになった。
「あ、騎獣としてはアリかも……」
ノシノシ歩くバジリスクに乗るミオ。微妙な絵面である。
なお、住処は迷宮に与える事にした。屋敷に住まわせるには少々物騒な魔物だから仕方がない。テイムされているとは言え、バジリスクを街中に住まわせるのは憚られるよね。
こんな所か……。
忘れている配下はいないよな?
A:はい。居りません。
それじゃあ、パジェル王国の件は終わりという事で、エルフの里に向かう準備を始めよう。
100日後に死ぬギレッド。
再登場はありません。ひっそりと誰にも看取られる事なく死にます。
アストンの最期も特に書きません。
次回、頑張って7/20に投稿予定です(13章最終話)。
書くこと決まっているから、多分大丈夫です。多分。恐らく。……間に合わなかったらごめんなさい。