第198話 水災竜討伐と報復
一部、露骨な文字数稼ぎがあります。ご了承ください。
少し予想外の出来事もあったが、概ね予定通りに『水災竜・タイダルウェイブ』が復活したので、色々と実験をしてみた。
「攻撃魔法は9割9分減衰して、直接作用するタイプの魔法は無効化されました……。<回復魔法>も効果がないので、無差別に無効化していると思います……」
《ドーラのブレスはきくよー!》
「<竜魔法>は例外的に効果があるようです……。異常個体由来の魔法スキルは別なのでしょうか……?」
「一応、矢は刺さるけど、薄皮一枚って所かしら。滅茶苦茶硬いわね」
「武器の特殊効果も減衰するようですわ。異常を与える様な物は完全無効ですわね」
「<草薙剣>を含め、強化系スキルを重ね掛けして、辛うじて目に見える傷を付けられました」
『水災竜・タイダルウェイブ』の能力は、文明社会に対して致命的な効果があるが、単体の敵として考えると、最も攻撃力が低いと言える。
なんせ、空を飛ぶ手段があれば、攻撃を受けることなく戦えるのだから。
他の災竜は近づくのも危険な連中だったが、今回はそうでもない。
これは仲間達に対災竜の経験をさせるのに丁度良いと考え、復活直後に皆でタコ殴りにしていたという訳だ。
「そろそろ、津波を止めた方が良さそうだな」
俺は周囲の様子を見て呟く。
現在、水災竜の起こした津波が周囲の島を飲み込もうと進んでいる最中である。
「お供します」
マリアを連れて辛うじて残っていた陸地に降りると、足踏みを数回繰り返した。
-ゴゴゴゴゴゴゴ!!!-
見ての通り、使用したのは地災竜の力である。
水災竜の身体を囲うように岩の壁を作り出して津波を止めた。
最初はラティス島方面だけを守ろうと考えていたのだが、ラティス島だけ守っても、周囲の島々が全滅していたら生活が苦しくなると思い、他の島も守る事にした。
え?災竜の封印されていた中央島?そこまで責任は持てないよ。
せいぜい、エルフの9割と住民の3割を救出したくらいだ。
石化して粉々になったエルフは、『バキューム』で全て集めて復活させた。
3割の住民と9割のエルフは、津波に巻き込まれた瞬間に、逆に石化させる事にした。
そして、水底に沈んでから回収して復活させれば、奇跡的な生存と言う事で対処できる。
何故、全員を助けないのかというと、一言で言えばカルマ値的な問題である。
崩壊した島に居た人間の7割が助けるに値しなかった。エルフの1割も同様だ。
貴族が腐った国の、貴族が最も密集している島である。7割が多いのか判断が付かない。
また、貴族に比べれば十分に真っ当な『姫巫女』一族のエルフだが、中には俺がNo!と言いたくなるような奴も居た。当然、助けていない1割である。
一応言っておくと、これはアシュリーも了解済みである。
過去の実績を考えれば、言うまでもない事だと思うが、助けた者は全員奴隷化している。
石化から復活させた後は、アルタが個別に事情を説明するそうだ。
これで、『奇跡的な生存』の口裏合わせが楽に行える。
……おっと、そろそろ水災竜が動きだしそうだ。
流石に岩壁だけでは、水災竜本体の動きは止められないだろう。
《それじゃあ、そろそろ水災竜に止めを刺そうと思う。悪いが、俺にやらせてもらうぞ?》
念話で確認を取ると、全員から了承が得られた。
《そこで嫌だって言う娘はいないと思うわよ?》
ミオに言われなくても理解しているが、形式的な手順を踏むのは大事な事なのだ。
なお、嫌だと言われたら、全力で説得していた。譲る訳では無い。
「せーの!」
-ドン!!!!!!-
水災竜に近づき、全力で殴った。
周囲の被害を考え、衝撃だけを内部に伝え、本体が吹っ飛ばない殴り方である。
コレ、実は元の世界でも使えた技術だったりする。
先の検証の結果、災竜には大火力の打撃攻撃が有効だと分かった。
固い表皮を無視して、内部にダメージを与えれば、災竜相手でも効果があるようだ。
つまり、今までの俺の方針、大正解と言う事である。
あっさりと水災竜が死んだので、<無限収納>に回収する。
これで、4体の災竜を全て倒した訳だが……。
残念ながら、異能のレベルは上がらなかった。
それと、マリア、ドーラ、セラのユニークスキルもLV9から上がらなかった。
他の現地勇者の<勇者>はレベルが上がっているので、LV10になるには何かが足りないということだろう。
さて、スキルレベルの確認も終えたので、そろそろ次の作業に入ろう。
方法はいくらでもあるが、折角だから水災竜の力を使おうと思っている。
俺が災竜を倒した場合、その災竜が司る災害に関わる属性を操る能力を得られる。
今回は『水』災竜なので、水を操ったり、生み出したりすることができる。
補足だが、水災竜の能力は『津波を起こす』ではなく、『どこでも津波を起こす』である。
例えば、水災竜を陸地にポイすると、周囲に大量の水を生み出し、津波が発生する。驚くべきことに、水中にいる時よりも、陸上にいる方が被害が大きいのである。
水中にいる時は水を生み出さないので分かり難いが、元々水災竜には水を生み出す力があるという事が伝えたかった為の補足だ。
俺は水災竜の力を使い、騒動の下手人である3人をまとめて水球の檻に拘束した。
あ、悪いけど面倒な魔法の道具は全部破壊しておくよ。
面白い魔法の道具は好きだけど、アレの作った物は縁起が悪すぎるし、楽しめる気もしないので、回収するつもりはない。
これから、俺は3人を収監した水球を最後の舞台へと移送しなければならない。
しかし、コイツ等を丁寧に運んでやるつもりは無い。なので、俺は水球を操り、勢いよく射出した。
水球は凄まじい速度で、ある島へ向かって飛んで行く。
《じゃあ、『ポータル』で転移しようか》
《アレ、大丈夫なの?》
《転移先でキャッチすれば問題なし》
素早く『ポータル』を使い、アシュリーの待つ無人島へと転移した。
空を飛んできた水球は、水災竜の力で操り直して宙に浮かせておく。
「悪い、待たせたか?」
俺は、その場にいる3人の女性に声をかけた。
1人目は水災竜の『姫巫女』アシュリー。
2人目は鬼人の勇者アスカ。
3人目は地災竜の『姫巫女』ユリシーズ。
何の集まりか分かり易いだろ?
水球に捕らえた3人……ギレッド、アストン、アリアの被害者達だよ。
他にも観客は居るが、主役はこの3人だ。
さくら達も観客席の方に行っている(マリアは除く)。
「いえ、お気になさらないで下さい。……それより、本当に水災竜が消滅したのですね。夢じゃないのですよね?」
驚きと喜び、戸惑いが混じった様な表情でアシュリーが問う。
「夢じゃないわ。仁さんなら、成し遂げてくれるって言ったでしょう?」
「はい。ユリシーズさんの言葉が正しかったです」
アシュリーの問いに優しく答えたのはユリシーズだった。
「少し見ない間に随分と仲良くなったな」
「ええ。境遇が似ていたから、自然と打ち解けられたわ」
「私はユリシーズさんほど酷い目には遭っていませんけど……」
同じ『姫巫女』の目から見ても、ユリシーズの境遇は酷いと……。
「準備、出来てる!早く!」
気合十分と言った様子のアスカが急かしてきた。
アスカはアスカで、少し見ない間にまた強くなっているな。
俺達が色々とやっている間、この島で配下達とひたすらに戦闘訓練をしていたのだから当然か。良い師が居れば、アスカはどんどん強くなるだろう。
いずれ、常識などを教えていく予定だが、今は自由にやらせていこうと思う。
なお、水災竜との戦いには連れて行かなかった。
災竜を倒すと<勇者>や<竜魔法>など、一部のスキルレベルが上がる。
人間の勇者や小人の勇者、天空竜と言った面々は、水災竜を倒す直前に呼び寄せていたのだ。そして、すぐに帰した。
しかし、アスカは配下に加わって日が浅く、状況をほとんど理解していない。
まだ、俺の流儀に慣れきっていない内に、災竜の元に連れて行くのは気が引けたのだ。
当然、もう1人のドワーフの勇者(胎児)も連れて行っていない。
どう見ても、災竜は母体にいい影響がある存在じゃない。
「2人共、覚悟は良いか?」
俺が問うた覚悟とは、因縁のある相手と相対する覚悟だ。
俺が居る以上、身の安全は保障できるが、心の安全までは保障できないからな。
「「はい」」
2人のしっかりとした返事を聞き、俺は水球を地面に降ろす。
更に水球を操作し、球状から変形させて、3人の拘束具とした
「ゲボッ、ゴホッ!」
ギレッドは水球の中で半ば窒息状態だったので、必死で呼吸を繰り返している。
「貴女はアシュリー?ここはアシュリーの逃げた島なの?」
そこで、アリアがアシュリーの存在に気付いた。
この島にキメラを用意したのはアリアなので、覚えがあったようだ。
「アシュリー!!アシュリーなのか!?」
今まで呆然としていたアストンが急に叫び出した。
「助けてくれアシュリー!私はこの女に騙されていたんだ!私が真に愛しているのは君だけだ!頼む、私の元に戻って来てくれ!」
うわぁ……。これは酷い。
アシュリーは勿論、横にいるユリシーズもドン引きである。
事情を知っていれば、この物言いは流石に有り得ないと思うだろう。
なお、アスカは良く理解していない。アリアを強く睨み付けているだけだ。
「はぁ……、はぁ……。きひ、もしやそちらに居られるのはユリシーズ様ではありませんか?お久しぶりですね。やはり、水災竜同様、地災竜も滅ぼされていたという事ですか……。そして……貴方が討伐者ですね」
息を整えたギレッドは、ユリシーズを見て地災竜の末路を、俺を見てその正体を把握した。
やはり、ギレッドの知能は相当に優れている。
「まさか、人間が災竜を倒したというの……?そんな事、有り得ないわよ」
「きひ!でも、アリアさんも目の前で水災竜の最期を見たでしょう?それに、先程の水球にも災竜の力を感じたとご自分で仰ったではありませんか」
「そうだったわね……。確かに、この水の拘束にも同じ力を感じるわ」
自らを縛る水の拘束を見て、アリアがギレッドの言い分を認めた。
なお、横でアストンがまだ何か呻いているが、そちらは無視されている(満場一致)。
「きひ……。そちらのお嬢さんは知りませんが、ユリシーズ様とアシュリー様が居て、こちらがこの面子と言う事は、さしずめここは処刑場と言ったところでしょうか?」
使い道はクソだが、ギレッドの理解力は非常に高い。
そう、ここは被害者が加害者をぶん殴る為の舞台だ。
ユリシーズもアスカもアシュリーも、既に救われていると言えば救われている。
一番の不幸の原因は取り去ってあるからだ。
だからと言ってケジメを付けなくて良いワケではない。
加害者を一発もぶん殴らないで済ませる理由にはならない。
「正解だ。知っての通り、ユリシーズはギレッド、お前に水晶に閉じ込められ、地災竜の封印を強制された。アスカはアリアによって流れ島の集落を壊滅させられた」
「きひっ!ああ、アリアさんがそんな事を言っていましたね」
他人事の様に言うギレッドだが、そのコカトリスにはギレッドも関わっている。
「当然、お前にも責任はあるからな?そして、アシュリーはアリアとアストンに嵌められ、殺されそうになった」
「待て!誤解だ!私は騙されていただけで、アシュリーを殺すつもりは無かった!」
ダウト。
少なくとも、アシュリーを殺すところまではアストン自身が選んだ事だろう。
見れば、アシュリーの目は非常に冷ややかである。
「では、あの時の言葉は本心では無かったのですか?」
「ああ!勿論だ!あの時は心を痛めながら言いたくもない事を言っただけだ!」
うわぁ……(2度目)。
「それ程に仰るのでしたら、あの時、何と言ったかもう一度復唱して頂けますか?心を痛めていたというのなら、何を言ったかくらいは覚えていますよね?」
「い、いや……。もう一度なんて、そんな心苦しい事は出来ないよ」
「そんな事を仰らないで下さい。むしろ、その時の本心を合わせてお伝えいただければ、私の心も救われるという物です」
「…………」
本気じゃなかったというのなら、その時に何を言ったか思い出して復唱し、本心を伝えろという事だ。
中々の難問である。アシュリー、意外と良い性格しているな。
「アシュリー、キミに伝えたい事がある」
いつまで経ってもアストンが何も言わないので、アシュリーが口を動かした。
「私は貴様が嫌いだ。王になるための勉強が忙しいというのに、いつも付きまとって来て、迷惑だった。私は甘いモノが苦手なのに、毎度毎度美味しくもない菓子を持ってくる。子供の頃はともかく、今の私と貴様では、身長に差があり過ぎて、エスコートではなく子守にしか見えない。そんな事も理解せず、エスコートを求めてくる。みっとも無い。時折、酷く憔悴した顔で会いに来る。正直、不気味で顔を見るのも嫌だった。王子である私が護衛なしで学園に通っているのに、貴様だけは物騒な護衛が常に張り付いていた。物々しくて、学園生活を楽しむ妨げだった。距離を置こうとしても、構わずに近寄ってくる。時期国王の座が確約されると聞いたから受け入れただけだ。これ程、面倒な相手だとは思っていなかった。後で婚約を解消させてほしいと父上に言っても、それは無理だの一点張り。ここまで、我慢をし続けてきて、後1年の辛抱で貴様から解放される。それは分かっているのだが、私にはその1年が我慢できそうにない。私には、貴様の様な偽物ではない、心から愛する人が居るからな。アリア、待っていたぞ。……これで、役者が揃ったな。これは、私が貴様と言う呪縛から解放されるための儀式だ。この日が来るのを、どれだけ心待ちにしていたか……。アシュリー、貴様との婚約を破棄させてもらう。ああ、愛するアリア。もう少しで私達の望みが叶う。さて、貴様も気づいていると思うが、今この会場で意識があるのは私達3人だけだ。これは、アリアが持っていた秘蔵の魔法の道具で起こした現象だ。当然、私達はそれを防げる。貴様は、話をする為に動けない程度に留めておいた。貴様をここで殺し、私達も眠るふりをする。賊の仕業に見せかけた、完全な計画だ。武器の持ち込みは禁じられていたが、会場の調査は甘かったみたいだな。ギリギリになって、貴様を呼び込んだ甲斐があったというモノだ」
ここでアシュリーは一度、大きく息を吸った。
「これで永遠の別れだ。言い残す事はあるか?伝える事はしないが、聞くだけ聞いてやる」
アシュリーの様子を見る限り、これで終わりのようだな。
「これが、あの日貴方が私に贈った言葉です。何処で、どのように心を痛めていたのでしょうか?私には全く分かりませんでした。アストン様、さあ、教えて頂けませんか?」
「いや……、待ってくれ……。誤解だ……。私はアシュリーを愛しているんだ……」
「はぁ……」
アシュリーは大きくため息をついた。
「ハッキリ言って、本心とか本心じゃないとか、そんな事はどうでも良いのです。婚約自体が茶番だったのだから、元々愛なんて求めていませんでした」
「なら、何故婚約なんて……」
「心の支えが欲しかった、それだけの事です。貴方に求めていたのは、婚約者らしく振舞う事だけ。国王から、聞いていたはずなのですが……」
『姫巫女』として苦しみながら生きていくなら、せめて心の支えとなる、物語のような素敵な思い出が欲しい。それが茶番でも構わないから。
これが、アシュリーの願いだった。
「逆に言えば、あの日、貴方は私を裏切り、殺そうとした。本心は関係ありません。私にとって、その行動、振る舞いが全てなのです。だから、私が貴方を許す事は絶対にありません。絶対!許しません!」
言い方は悪いが、ハッピーエンドの劇を、役者がアドリブでバッドエンドに変えたような物だ。
アシュリーからしてみれば、本心なんて関係なく、許せる裏切りではない。
「この、裏切り者!!!」
-ドゴッ!-
「グベッ!」
アシュリーによるケジメの一撃がアストンの顎を打ち抜いた。
吹き飛び、気絶するアストン。
「ふう、満足しました」
言いたい事を言って、一発ぶん殴って、スッキリした顔を見せるアシュリー。
「きひ!なるほど、被害者が加害者に報復する!次はどちらの番ですかな!?」
「アリアだ。アンタは黙ってろ」
「きひひ!」
次はアスカがアリアと対峙する番だ。
アシュリーもアリアに恨みはあるが、恨み言まで言うつもりはないそうだ。
アシュリーが最も許せなかったのは、アストンの裏切り行為だった。
アリアは共犯者ではあるが、水災竜の復活という目的からしてアシュリーとは相容れない。言わば純粋な敵であり、結果として勝った以上、今更何かをする相手ではないとの事。
アシュリーが下がり、アスカがアリアに近づいた。
「集落、何で襲った?」
「何の事?そもそも、貴女は誰なのかしら?」
アリアはアスカの事を覚えていなかった。
当時とは見た目が大きく違うので無理もない。
「3年前、流れ島の集落、コカトリスで襲った」
「ああ、それは覚えているわ。ギレッド博士の研究室に魔物を引き取りに行った時、島に居た子供に見つかったから、魔物の力試しと口封じを兼ねて襲わせたのよ」
「私、その子供」
「そう、生き残りが居たの……。それは恨まれて当然ね。言い訳のしようもないわ」
全員石化を解いたけど、ここで言う必要は無いだろう。
「一発、殴る」
「好きになさい。水災竜が滅んだ以上、私に生きる意味はないわ。殺しても構わないわよ」
目的を失ったアリアは、生への執着も失っていた。
-ゴスッ-
良い感じの腹パンが決まり、崩れ落ちるアリア。
「私、これでいい」
アスカはそれだけ言うと、アリアの近くから離れた。
本当にケジメを付ける事だけが目的のようで、とてもあっさりとした対峙だった。
アストンとアリアが気絶したので、意識があるのはギレッドだけとなった。
「きひひ、これで残るは私1人ですね。お相手はユリシーズ様で間違いありませんか?」
2人が殴られるところを見ても全く動揺せず、余裕の表情を崩さない。
「ええ、その通りよ」
そう言ってユリシーズが前に出る。
アスカもギレッドと因縁があるが、会ったこともない相手に言う事は無いそうだ。
「きひっ、私の研究の尊い犠牲となり、水晶に封印された事を恨んでいるのですよね?災竜の瘴気を6千年も浴び続けていたら、さぞ恨みも深いでしょうねぇ」
「別に、水晶に封印されたことに関して、貴方に恨み言を言うつもりは無いわ」
「きひ?」
どうやら、ギレッドは『恨まれている理由』を勘違いしている様子。
「封印を実現したのは貴方でしょうけど、封印する事を決めたのは一族全体だったはずよ。貴方1人を恨んでも仕方ないじゃない。……それに、6千年耐えたご褒美みたいな出会いもあったから、悪い事だけじゃないと思えるようになったのよ」
チラチラと俺の方に流し目を送るユリシーズ。
そうだね。シャロンとファロン、2人の友達と出会えたからね(目逸らし)。
「きひひ?では何故この場を用意したのですか?他に恨まれる覚えはありませんよ?」
本気で恨まれる覚えがないようで、全く理解できないという表情をしている。
「貴方、動けないし、耳を塞ぐことも出来ない私に、延々と自慢話を続けていたわよね?災竜の瘴気で私が苦しんでいる時に、封印水晶を見て悦に浸っていたわよね?」
ユリシーズの恨み、それは封印後のギレッドの行動だった。
苦しんでいる人の前で、自慢話したり悦に浸ったりしたら、恨まれて当然である。
「きひ?何故それで恨まれるのですか?研究の犠牲になった貴女に、せめて私の頭脳と研究の素晴らしさを教え、犠牲が無駄ではないと伝えてあげただけではありませんか。それに、自分の研究成果を見て悦に浸るのは、研究者としてごく自然な事ですよ?」
驚愕!ギレッドの自慢話、まさかの善意!
「苦しんでいる側からすれば、無駄か無駄じゃないかなんてどうでも良いのよ!それより、加害者の自慢話を聞かされたり、嬉しそうにしている姿を見る方が余程不愉快なのよ!」
ですよねー。
「きひ?全く意味が分かりません。私もまだまだ勉強不足のようですね」
「これは何を言っても無駄ね……。とりあえず、殴るわよ」
恨み言の意味がないと判断したユリシーズは、会話を打ち切った。
「きひ!お手柔らか……」
-メキョッ!-
「きひぶ!」
ギレッドのセリフの途中で、ユリシーズの拳がギレッドの頬にめり込んだ。
この一撃はユリシーズの恨みを込めた一撃だ。
封印から解き放たれた後、ギレッドを殴るために鍛錬を欠かさなかったユリシーズ。
自分の力だけで殴りたいからと、俺からのステータス譲渡を拒否したユリシーズ。
まさに、手加減の手の字もない本気の一撃だった。
歯が折れ、気絶し、崩れ落ちるギレッド。
一応、生きているようだが、HP的には半分以下になっている。紛れもないレッドゾーンだった。ギレッドゾーンと呼ぼう。
……………………。
こうして、3人の加害者は全員が意識を失うのだった。
被害者が加害者を殴り、ケジメは付けた訳だが、話はそれで終わらない。
アリアとギレッドは普通に犯罪者だし、アストンも処分保留の身である。
パジェル王国の中枢たる中央島は崩壊したが、国の有力者であるエルフの一族は大半が生き残っている。そして、ここには最高権力者であるアシュリーもいる。
一般人にはあまり知られていないが、この国の法はエルフを中心に作られている。
基本、王族に任されているのは統治だけであり、法務に関してはエルフが優先される。
ある程度の権限を持つエルフが居れば、現行犯の犯罪者の処罰くらい、自由に決められる。
つまり、アシュリーはこの場で3人の処分を決めて良いのである。
「この後の事は、事前の打ち合わせ通りに進めるぞ?」
「「はい」」
「分かった」
既に処分の内容は決まっている
まずはアストン、彼が一番シンプルに処刑される。死刑である。
アストンの処分保留と言うのは、アシュリーを見つけて許されたら無罪放免、そうでなければ処刑という物だった。
知っての通り、アシュリーはアストンへの絶許宣言をしている。処刑確定である。
なお、アシュリーの願いにより、アストンの処分は正規の手順で行われることになった。
つまり、アシュリーの独断による私刑ではなく、パジェル王国の法に則った死刑である。
何の意味があるのかと言うと、処罰の内容が正式な文書に残り、国民にも告知されるので、全ての名誉を失い、大罪人として後世まで残る。
「彼にはみすぼらしい最期を迎えてもらいます。劇の終わりに、悪が裁かれるのはお約束でしょう?台本が滅茶苦茶になった上に元々茶番劇ですけどね……」
アシュリー、中々面白い事を言った。
一応言っておくと、アストンの処刑はしばらく後になる見込みだ。
流石に島1つが崩壊した影響は大きいからな。
国としての機能を復旧するのに少なくない時間がかかるだろう。
アストンの名誉を正式に貶めるには、国としての機能が正常な方が望ましい。
アシュリーがそれを望んだ以上、アストンは処刑の恐怖に怯えて残りの人生を過ごすことになる。
アストンとは反対に、アリアとギレッドは正規の手順では裁かれない。
そもそも、今回の中央島崩壊の件は、自然現象による事故として公表される。
アシュリーが災竜の件を秘匿する事に決めたからである。当然、文書にも残さない。
それでも、2人の罪が消える訳では無い。結果として、秘密裏に処分されることになる。
まあ、秘密裏に処分するのは俺達の仕事なんですけどね。
建前は、『アシュリーによる処分の委任』となる。
本音は、『本気で罰を与えるなら俺達が適任』である。
知っての通り、アリアとギレッドの被害者はアスカとユリシーズだけではない。
配下の中には、他にも複数の被害者が居る。
全員に殴らせるのも拷問みたいになって嫌なので、殴るのは代表者だけにした。
代わりに、2人に下す罰の内容は、他の被害者達に決めさせた。
2人の罪に相応しい罰になったと思う。
こうご期待!
ギレッド、死なず。
補足ですが、ギレッドは「研究に犠牲は付き物」、「犠牲者には感謝している」というスタンスです。
犠牲者を悪し様に言うような事はさせていません。だからと言って、行いが許されるかは別の話。
2022/08/10改稿
・災竜討伐時の異能、スキルレベルが10になったのを取り消し。