第197話 平穏と破壊
本編ですが、3人称視点です。
物凄い勢いでネタバラシしています。
パジェル王国は複数の島で構成された海洋国家である。
王都(首都)は無く、代わりに中央島と呼ばれる島に統治機構が集中している。
中央島には、2つの大きな城がある。1つは王城、もう1つは『姫巫女』の居城だ。
『姫巫女』の居城は厳重に守られており、一般人は近づくことすらできない。
しかし、当代の『姫巫女』が行方不明となった今、居城を守る意味は小さく、通常の警備兵の多くが『姫巫女』の捜索に駆り出されている。
つまり、警備が手薄と言う事でもある。
そんな人の少なくなった『姫巫女』の居城を、3人と1匹が悠然と進んでいる。
1番目立つのは1匹。魔物であるバジリスクだ。しかし、普通のバジリスクはない。身体の至る所に、普通のバジリスクにはない器官が取り付いている為、バジリスクベースのキメラと言った方が正しいだろう。
そんなキメラの上に座っているのはドレス姿の少女。妖艶な笑みを浮かべ、これから起こる事を心待ちにしている様に見える。
キメラの横を歩くのは白衣の男だ。エルフ種の常として顔立ちは整っているが、不健康そうな様相がそれを台無しにしている。
最後にキメラの上で糸にグルグル巻きにされている少年。気絶しており、付いてきたと言うよりは、連れて来られたようにしか見えない。
しばらくすると、気絶していた少年が目を覚ました。
「う、うぅ……。こ、ここは……?私は一体……?動けない?な、何だこれは!?」
「あら、アストン様、お目覚めかしら?」
混乱する少年に向けて少女は微笑んだ。
「ア、アリア!?これは一体どういう事だ!それに今まで何処に行っていたのだ!?アシュリーを逃がした後、私がどんな酷い目にあったか知っているのか!」
「ええ、彼女がこの国にとってどれほど重要な存在で、それを傷付けると言う事がどんな意味を持っているか、私は誰よりも知っていると思うわ」
少女は怒声を上げるアストンに怯むことなく言った。
アリアとアストンは1月ほど前、中央島にある学園で行われた卒業パーティで、1人の少女、当代の『姫巫女』を嵌め、暗殺しようと画策した。
しかし、『姫巫女』は辛うじてその場を脱出することに成功し、以降行方不明となった。
アストン達の杜撰な計画は、その後の調査によりあっさりとバレた。
そして、主犯であるアストンには厳しい罰が与えられることになった。なお、この時点でアリアも行方をくらませている。
アストンの処罰には、国王の意向よりも『姫巫女』一族の意向が優先された。
これは、パジェル王国が『姫巫女』一族によって陰で支配されている事が理由である。
かつて、『姫巫女』の一族は『姫巫女』の安定した生存には、安定した国家の存在が不可欠と考えた。
しかし、エルフ種は種族的に国家運営には向いていない為、表向きの政治面を適当な人間に任せる事にした。これが、パジェル王国の建国秘話である
このような背景から、国王ですら『姫巫女』一族には逆らう事が出来ない。
『姫巫女』が逃げる原因を作ったアストンは、処刑される方向で話が進んでいたが、当の『姫巫女』一族から待ったがかかった。
アストンには、『姫巫女』一族監視の元、『姫巫女』アシュリーの捜索を命じられる。
そして、アシュリーを探し出し、謝罪が認められれば、罪に問わないとされた。
当然、これは善意の提案ではない。
簡潔に言えば、アシュリーの鬱憤を晴らすための生贄である。
アシュリーが見つかった時、アストンを許すとは思えない。勝手に殺すよりも、アシュリーの意向に従って罰を与えた方が良いと判断された。
それ故、条件が『見つける』ではなく、『謝罪が認められる』となっている。
アストンに未来はない。
本人は、アシュリーに会えば何とかなると思っているのが滑稽な点である。
「アリア!貴様、私を騙したのか!」
「騙してなんかいないわ。貴方にとっても私にとっても、アシュリーが邪魔だったのは事実でしょう?2人の望みを叶えるために、私は全力を尽くしたわ。無事にアシュリーを殺せていれば、貴方と結ばれて良いと思っていたわよ」
「ふざけるな!暗殺に失敗したらすぐに逃げた癖に!くっ、このっ!邪魔な拘束だな!おい、アリア、これを外せ!」
激高するアストンだが、拘束されている為、何もする事が出来ないでいる。
「嫌よ。良い子だから、しばらく、大人しくしていてくれないかしら?」
「……私を、何処に連れて行くつもりだ?」
拘束を自力で解くことも、アリアに外させることも無理だと悟ったアストンは、恨みがましい目をアリアに向けながら質問をする。
「アストン様には感謝しているのよ。貴方のお陰で、私の長年の望みが叶うのですもの。感謝の証として、特等席で終わりの始まりを見せてあげたいと思ったのよ」
「何を言っている!質問に答えろ!」
アストンが叫ぶと同時に、進行方向に2人のエルフが現れた。
「ま、魔物!?貴様ら、何者だ!」
「くっ、こんな時に……」
少ないとはいえ、『姫巫女』の居城には警備兵が居る。2人のエルフはその数少ない生き残りだ。そう、生き残りなのである。
「邪魔ね。やりなさい」
「う、うわああぁぁぁ!?」
「な、何だこれはぁぁぁ!?」
アリアが指示した瞬間、バジリスクによって2人のエルフは石化した。
その石化の速度は、一般的なバジリスクとは比べ物にならない程に速い。
更に、石化した警備兵達はそのまま崩れ砂となった。復活の可能性すらも奪う、恐るべき能力である。
「な、何を……?」
「この子はね、私のテイムした魔物を、そこのギレッド博士が改造したのよ。名前は、そうね。バジリスク・ディザスターとでも呼ぼうかしら。この国のエルフ程度なら、一瞬で石化できるわ。貴方も、煩ければ石化してしまおうかしら?」
「ひっ……!?」
「それで良いわ。大人しくしていれば、貴方は生かしておいてあげる」
目の前で起きた惨劇を前に、怯え、震え、大人しくなるアストン。
その様子を見て、アリアは満足そうに頷き、再び歩みを進めた。
3人と1匹は『姫巫女』の居城の奥深く、地下への階段を進んで行く。
「ぐ……!?がっ……!」
階段を進むにつれ、徐々にアストンの顔色が悪くなっていった。
そして、ある程度深く進んだところで、限界と言ったように呻き声を上げた。
これは、地下に眠る災いから漏れ出る瘴気に耐え切れなくなった証だ。
「この辺りが限界のようね。ギレッド博士は平気かしら?」
「きひひ、多少なら私にも耐えられますよ。これでも、ハイエルフですからね。まあ、少し早いですが、念のため薬を飲んでおきましょう。コレにも飲ませますよ?」
「ええ、お願いするわね」
そう言って白衣のエルフ、ギレッドは懐から取り出した錠剤を飲む。
そして、拘束されているアストンの口を無理矢理開き、同じ錠剤を放り込んだ。
「むぐっ!?ゴヘッゴボッ!はぁ、はぁ……」
ギレッドとアストンが飲んだのは、瘴気に対する耐性を得る薬だ。
アストンは知らないが、人間にとっては非常に重い副作用がある。
なお、アリアは薬を飲まなかった。飲まなくても問題がない理由があるからである。
「さあ、進みましょうか」
「きひ、ええ、そうしましょう」
地上部分とは異なり、地下への階段には警備兵は居ない。
普通のエルフでは瘴気に耐えられないからである。
無人の階段を進み続け、3人と1匹はとうとう最下層へと到着した。
そこは、一見すると何もない空洞のようだが、ある一面の壁だけ他の面とは異なる材質で出来ている様に見える。
実際には、その一面は壁ではない。丁度、ある生命体の身体の一部なのだ。
「あら、意外ね。まさか、貴女が先に来ているとは思わなかったわ」
「…………」
アリアが心底意外そうに言う。
その空洞には、アリア達が来る前から1人の女が居たのだ。
「どうしたの?黙り込んじゃって。折角、姉妹の感動の再会だと言うのに」
「貴女を、妹だと思った事はありません」
「奇遇ね。私も貴女を姉だと思った事は無いわ。アリア」
アリアと呼ばれている少女が、もう1人の女をアリアと呼んだ。
互いに姉妹だとは認めていないが、少女と女の容姿は非常に似ている。少女を少し成長させたら、女と同じような姿となるだろう。
「今の私は、アクアと名乗っています。貴女の名前は決まりましたか?」
「どうして私が下等な人類種と同じように、名前を持たなければいけないのよ? ……まあ、仮初めの名前として、貴女に合わせてアリアを名乗ってはいるけどね」
「面倒な事を……」
本名をアリアという者が、現在はアクアを名乗っている。
本名の無い者が、現在はアリアを名乗っている。
非常に紛らわしい。以降、特に指定が無ければ、現在の名前で示す事とする。
「きひひ、アリアさん。そろそろ私にも彼女をご紹介いただけませんか?」
「あら、貴方には言ったことが無かったかしら?」
ギレッドの質問にアリアは首を傾げて返す。
「きひ、ええ。聞いていたら忘れる訳がありませんよ。彼女、貴女の同類ですよね?」
「そうよ。その女は私と同じ災竜の現身。先に生まれたのが向こうだから、一応は姉に当たる存在と言う事になるわね。尤も、元となった自我が違うから、仲は悪い……有体に言って敵対関係ね」
「きひ!きひひ!それはそれは!なんとも興味深いお話です!災竜が自我を持ち、現身を用意しただけでも驚きなのに、まさかそれが2人もいるとは!ああ!どうしてもっと早く教えてくれなかったのですか!?」
「また、質問攻めにされるのが面倒だったのよね……」
興奮するギレッドの耳には、アリアが小さく呟いた言葉は届かなかった。
アリアとギレッドの関係は『共犯者』と呼ぶのが相応しいだろう。
企みに関係のある内容は共有しているが、お互いの半生を全て明かした訳では無い。
質問攻めがあると分かっている事を話さなかったとしても無理はない。
「それで、貴女はここに何をしに来たのかしら?」
「決まっています。貴女の企みを……災竜の復活を止めに来ました」
アリアが嘲るように問うと、アクアは殺意を込めて宣言をした。
災竜とは、世界を滅ぼしかねない『災い』だ。
姿形を持った自然災害とも呼べる存在であり、現在は封印されているが、その封印は絶対的、永続的な物ではない。現に、その封印はアリアによって解かれようとしている。
「あはっ!あはははは!流石、『平穏を望む自我』は言う事が違うわ!災竜から生まれておきながら、災竜の復活を拒むなんて、存在意義が意味不明過ぎて笑いしか出て来ないわ!」
災竜は本来自我を持たないが、何らかの理由により自我が発生することがある。
その場合、災竜は人を模した現身を生み出す事が出来るようになる。
この現身の性格や性質は、災竜の自我と感情に大きな影響を受ける。
先に生まれたアクアは『平穏を望む自我』、後から生まれたアリアは『破壊を望む自我』を元に生まれた。
アリアはアクアの発言を馬鹿にしたが、実際には正しくない。
災竜に自我があっても、善悪といった概念はない。存在自体が破壊をもたらすとはいえ、好き好んで破壊をもたらしている訳では無いのだ。
つまり、災竜自身は封印を解いて欲しいとも思っていない。
身も蓋もない事を言えば、気分がイライラしていた時に生まれたのがアリアで、落ち着いた時に生まれたのがアクアなのである。たったそれだけの事なのだ。
「何とでも言いなさい。災竜は復活などさせるべきではありません。それと、白衣のエルフ、貴方は何故こんな女と行動を共にしているのです。災竜が目覚めれば、貴方も波に呑まれることになるのですよ」
アクアの怒りの矛先はギレッドにも向かった。
災竜が復活すれば、世界が滅びるのなら、その協力をした者も滅びるのが道理だ。
アクアの目には、ギレッドは自殺志願者のようには見えなかった。
「きひ、それは簡単な話ですよ。私には水災竜が復活しても、生き残る手段があります。それより、災竜の復活を間近で見る方が重要ですからね」
実は、ギレッドには以前も災竜の復活を見る機会はあった。
しかし、その時は退避の準備が十分ではなく、その場を離れざるを得なかった。
今回は入念な準備をして、自分だけ生き残る気である。
「ここに来ている時点で、説得なんて無駄だって分かっているわよね?」
「……そうですね。私が愚かでした。なら、力ずくで止めさせてもらいます」
アクアは、アイテムボックスから剣を取り出し、鞘から抜いて構えた。
「ふふっ、私も前から貴女が目障りだったから、丁度いい機会だわ。貴女の方が先に生まれたとはいえ、『平穏』が『破壊』に勝てるか見ものね」
先に動いたのはアリアだった。
「やりなさい」
その一言でバジリスク・ディザスターの目が怪しく光り、不可避の石化がアクアを襲う……事は無かった。
「あら、対策をしていたのね」
「当然です。流れ島……いいえ、島鯨での企みは割れています」
アクアは水災竜の現身なので、魔法を使わずに水を操る事が出来る。
自身の表面に薄い水の膜を張る事により、直接見た者を石にする邪眼の効果を無効にしたのだ。
「次はこちらの番です」
そう言うと、アクアは手にした剣でアリアに斬りかかる。
その動きは明らかに素人のものではなく、長年の修練を感じさせるものだった。
アクアの斬撃はバジリスク・ディザスターに座ったアリアを完全に捉えていたが、当たる直前に跳躍する事で回避された。
更にアリアは空中で身体を捻ると、数本のナイフをアクアに向けて投擲した。
「毒……!」
アクアはナイフに毒が塗られている事を察知すると、剣で弾かずに避けることを選んだ。
「追撃しなさい」
アリアの指示に従い、バジリスク・ディザスターがアクアに襲い掛かる。
石化に特化した魔物とは言え、物理的な攻撃力を持たない訳では無い。比較的大型の魔物だけあって、ただの突進でも当たればただでは済まないだろう。
「『アクアウォール』!」
アクアは<無詠唱>で発動した魔法でバジリスク・ディザスターの突進を止める。
アリアもアクアも高位の<水魔法>を使えるが、水災竜の現身には<水魔法>がほとんど効果を持たない。
<水魔法>同士の戦いでは、ただの水遊びに等しくなるため、結果として物理的な戦いを強いられる。互いにそれを理解しているからこそ、2人は直接戦闘能力を鍛えてきたのだ。
勿論、バジリスク・ディザスターが相手ならば遠慮はいらない。
「『アクアジャベリン』!」
高レベルの攻撃魔法がバジリスク・ディザスターに直撃する。
余談だが、背中にはまだアストンが縛られている。
普通のバジリスクなら、今の一撃で死んでいたが、バジリスク・ディザスターは大した被害もなく、大きく仰け反るだけにとどまった。
これも、アリアがアクアとの戦いを見据えた上での対策である。
「はあっ!」
バジリスク・ディザスターの横を通り過ぎ、アクアは再びアリアに向けて斬りかかる。
「あら、私だけを狙うなんて、そんなに私の事が好きなのかしら?」
「黙りなさい!」
軽口を叩きながら、アリアは両手に持った短剣でアクアの斬撃を捌く。
投げナイフの腕を見ても分かる通り、アクアも武器の扱いに習熟していた。
そこからは剣戟の応酬が始まった。
短剣にも毒が塗られているようで、アクアの攻撃は深追いをせず、一太刀も浴びないという方針を取らざるを得なくなり、結果として決め手に欠ける。
リーチ自体はアクアの方が長いので、アリアとしては攻めにくく、拮抗することになった。
「やりなさい!」
「無駄です!」
定期的にアリアがバジリスク・ディザスターに指示を出すのだが、アリアとの連携を取れているとは言えず、簡単にアクアに避けられている。
これは、魔物を改造した弊害であり、単純な命令しか聞く知能がないためである。
それ程の脅威ではないとは言え、2対1であることには変わりがなく、これも決め手に欠ける原因の1つであった。
しばらく、拮抗した戦いが続いたが、アリアの一言がそれを崩した。
「そろそろ良いかしら?」
「きひひ。ええ、構いませんよ」
アリアの問いに応えたのは、今まで不干渉を貫いていたギレッドである。
「な!?」
アクアが見たのは、災竜の肉体が露出している壁面に触れているギレッドの姿だった。
「馬鹿ね。貴女の相手よりも災竜の復活を優先するに決まっているじゃない」
「貴女が災竜を復活させるのでは!?」
「違うわ。むしろ、ギレッド博士の研究こそが、災竜復活のカギを握っているのよ」
アリアは災竜の現身として、特殊な力をいくつも持っているが、災竜の復活を早める力など持ってはおらず、その点に関してはギレッドの研究頼みだった。
また、災竜の復活に邪魔が入った場合、アリアが時間稼ぎをして、ギレッドが復活を進めるという筋書きでもあった。
つまり、アリアが前面に立っていたこと自体がフェイクであり、災竜復活の主犯はギレッドという事である。
「きひ、きひひひひ!!!」
ギレッドは高笑いをしながら水晶のような物を災竜の肉体に押し当てる。
水晶が一瞬だけ光り、ギレッドの手元から消滅していた。
たったそれだけで、途方もなく長い年月続いた災竜の封印が解けた。
-ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ-
災竜が動き出し、地響きとともに地下室が崩壊を始める。
「きひ!きひ!やはり、私の理論は正しかったのです!」
一国、いや、世界すら滅びかねない状況を前にして、ギレッドは歓喜に震えて叫ぶ。
「そんな……」
こうして、ギレッドとアリアの望みが叶い、アクアの望みが断たれることになった。
パジェル王国の中心である中央島は、災竜の封印地を核とした人口の島である。
故に、災竜の封印が解ければ、中央島が崩壊するのは当然の話とも言える。
『水災竜・タイダルウェイブ』が司る災いは、その名の如く『津波』だ。
ここで勘違いしてはいけないのは、水災竜が海を泳ぐことによって津波が起きるのではなく、水災竜が存在するだけで津波が発生する点である。
地震(振動)と言う原因が無くとも、津波と言う結果が顕現するのが水災竜の性質である。
中央島は、核を失ったことによる崩壊と、水災竜の津波の影響を直に受け、原型を残さずに消滅していた。
そして、島に暮らす何万と言う命が水底に沈むこととなった。
地下室を脱出したアリア、ギレッド、アストンの3人は、宙に浮くバジリスク・ディザスターに乗っていた。
水災竜の被害を受けず、様子を見る為に海上から100m程の上空にいる。
これは、バジリスク・ディザスターが改造によって得た<浮遊>の力によるものである。
「見てごらんなさい。これが、貴方の行動の結果よ、アストン様?」
「あ、ああぁ……」
アストンは眼下の光景を前に震える事しか出来なかった。
生まれ故郷である中央島が崩壊し、水災竜から発生する絶え間のない津波が、他の島へと向かう様を見て、何かを考える余裕などどこにもない。
「アシュリーはこの状況を防ぐのが仕事だったの。貴方と私が、アシュリーを追い出したから、こんな事になったのよ」
「そ、そんな……。わ、私はそんな事を望んでなどいない……」
「私は、こんな事を望んでいたの。本当に貴方には感謝しているわ」
ここに至り、ようやくアストンはアリアの目的を知った。
いくらアストンが愚かでも、あんな化け物が出てくると知っていたら、アシュリーを殺そうとはしなかった。
逆に言えば、それを知らない愚か者だから、アリアに狙われたとも言える。
「ち、違う……。私は、か、関係ない……」
「あら、そんな酷い事を言わないで欲しいわ。貴方の協力が無ければ、望みをかなえるのは無理だったもの。だから、これはお礼なのよ」
「や、止めろ……。止めてくれ……!」
嗜虐的な笑みを浮かべるアリアと、絶望的な表情をするアストン。
ギレッドはそんな2人に目もくれず、災竜の活動を観察し続けている。
アストンの目から見れば、十分に絶望的な状況だろうが、実際には始まりに過ぎない。
そもそも、水災竜はまだ大きく動き出していないのだ。
封印が解けたばかりの災竜は、それ程活発には動けないからである。
動かなくても被害を出す存在が、活発に動き出した時、その被害がどれだけ大きく、広範囲に渡るかは、想像に難くないだろう。
まさしく、この世の終わりに相応しいはずだ。
大きく動き出すときまで、生きていられたらの話ではあるが。
-ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ-
「え!?何!?」
水災竜の復活と、似ているようで異なる地響きが聞こえる。
-ドバアアアアアアアアアン!!!-
10秒も経たず、海中から巨大な岩壁が突き上がって出てきた。
岩壁は中央島を中心に、半径数kmの円形で隙間なく囲むように現れた。
その結果、水災竜の起こした津波は、全てが岩壁によって進行を阻まれる。
津波のエネルギーを受け止めても、岩壁は揺るぎもしない。
絶え間なく続く津波が、完全に封じ込まれている。
「何、これ……?」
「きひ!?きひひ!?意味が分かりません!何が起きているのです!」
アリアは愕然とし、ギレッドは狂ったように叫ぶ。
災竜という超常存在を知る2人ですら、目の前で起きた現象に理解が及ばない。
もし、この時2人が冷静に考えれば気付けたかもしれない。
超常存在を無力化できるのは、同じく超常存在だけである事を。
しかし、現実に『もし』という状況は存在しない。
-ドン!!!!!!-
身体の芯に響くような衝撃音から数秒。
『水災竜・タイダルウェイブ』は、忽然とその場から姿を消した。
こうして、ギレッドとアリアの望みは、2人が何かに気付く前に断たれることとなった。
アリアとギレッドは、『水災竜・タイダルウェイブ』の消滅後、しばらく呆けていた。
突然、岩壁が現れて津波が止められたと思ったら、衝撃音とともに災竜が消滅した。
言葉にするとこれだけだが、見る者の理解を拒む光景だったことは間違いない。
災竜の存在に全てを賭けていた2人にとって、その衝撃は計り知れなかった。
特に、アリアは災竜による破壊を見届ける事が自身の存在理由と考えていた為、望みが叶うと思った瞬間にそれを取り上げられたことで、顔から表情が抜け落ちていた。
-ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ-
災竜の消滅により津波が治まると、岩壁は同じように音を立てて沈んでいった。
後には、災竜の復活により滅んだ中央島だけが残った。
「きひひ、まさか……」
その光景を見届け、ギレッドが何かに気付いた素振りを見せる。
「きひ、きひひひひ!!!まさか、まさか!信じられません!有り得ません!『風災竜・テンペスト』は復活しなかったのではないのですか!『姫巫女』が生き残ったのではないのですか!まさか!災竜を!殺し得る存在が居るのですか!?馬鹿な!しかし、そう考えれば辻褄が合います!いえ!それより、『地災竜・アースクエイク』は!?『火災竜・ボルケーノ』は!?天空城との縁が切れた時点で、水災竜だけに注力したことが裏目に出ました!」
一方的にまくし立て、ギレッドは髪を掻き毟った。
「しかし、そうだとしたらタイミングが完璧すぎます!風災竜が復活してから、大きな被害を出すまでどれだけの時間的猶予があったというのですか!中央島以外の被害が出る前に岩壁で囲うなど、ずっと見ていなければ合わせる事すら出来ません!偶然でそんな事が出来る訳がありません!……まさか!風災竜、いや、それ以前から、この私の行動が監視されていたというのですか!?」
されていない。
「天才であるこの私を出し抜くなど信じられません!しかし、その可能性を無視することも出来ません!ただ、災竜が復活するまで行動を起こさないというのは理解が出来ません!何を目的にしているのか分からなければ、対策するのも難しくなります!ああ!何から手をつけるべきでしょう!?」
この時、ギレッドにとって最善の選択肢は、何も考えず全力でこの場を離れる事だった。
そうすれば、破滅の時が来るのが、少しだけ伸びたのだから。
「これは!?」
今まで呆けたままだったアリアが、驚愕に目を見開いて叫んだ。
「きひ!アリアさん!一体どうし……」
ギレッドが最後まで言う前に、3人と1匹を閉じ込めるように水球が覆った。
「きひ。これは……魔法ですか?」
「違うわ……。これは、水災竜の力よ。何故……?」
アリアが水球に触れると、壁に触れたような感触だった。
力を入れて押しても、手は水球の先には進まない。
「きひひ?水災竜が生きていたという事ですか?生きていたとして、我々を閉じ込める意味がありませんね。……まさか、水災竜の力を取り込めるのですか?」
ギレッドは、有り得ないと思いながらも、有り得ないことを選択肢から外さない。
その柔軟な思考はギレッドの美点と言えるが、柔軟なアイデアを実現するために、倫理観などを無視する点を考えると、世間一般から見れば十分に害悪である。
「きひ、これはもう逃げるしかありませんね」
ギレッドは基本的に用心深い男である。そして、自分の研究の危険性も理解している。
いざという時の事を考え、緊急用の離脱手段は常に複数用意していた。
-グシャ!-
「きひ?」
今、ギレッドの用意した離脱手段のほぼ全てが、水球から伸びてきた水の槍に貫かれ、意味を為さなくなった。
「ゴボッ!?」
次いで、水球から伸びてきた触手のような物がギレッドの口に入り込み、口内にある最後の緊急離脱手段を破壊した。
「きゃ!?」
「ひっ!?」
「ゴボッ!?」
今まで動かなかった水球が急に動き出した。
当然、バジリスク・ディザスターごと3人も運ばれることになる。
水球が向かう先には、1つの島があった。
まだ執筆中ですが、後1話か2話で章が終わると思います。
次回、『ギレッド死す』。
2020/06/06改稿:
水災竜が『光の粒子になって消滅した』のを、『忽然と姿を消した』に変更。
粒子になるのは亜空間限定。