第195話 石化解除と塩の山
本話は193話の最後の一行を読んでから読むことをお勧めします。
アスカが『何でもする』と言ったので、俺はその覚悟を問う事にした。
「じゃあ、俺の奴隷になれと言ったら、お前は奴隷になるのか?」
「うわぁ……」
ミオが何故か引いている。
「奴隷、何?」
アスカはキョトンとして聞き返してきた。
どうやら、奴隷という単語自体を知らなかった様子。
この島で奴隷なんて単語を使う機会があるとは思えないので、この島で生まれたアスカ(当時9歳)が知らないのも無理はない。
「俺の奴隷になったら、俺の言う事を何でも、ずっと聞かなければならない。自由はなく、『何でもする』を死ぬまで続けることになる」
ザックリした説明だが、その悲惨さがが伝われば良い。
「うーん。自由、無いかなぁ……?」
ミオが何故か首を傾げている。
「なる!皆、助かるなら!」
アスカ、即答である。
この世界の現地勇者って、基本的に全員思い切りがいいよね。
「おい、一体何の話だ?奴隷だと?」
アースが怪訝そうな顔をして俺に声をかけてきた。
まあ、いきなり女の子に奴隷になれなんて言ったら、そんな顔にもなるよね。
次に決めるのは、奇しくもアスカが現れる直前に考えていた、オッサン2人の処遇だ。
正直に言えば要らないが、これから先にすることを見られて、放置する訳にもいかない。
ここまで一緒に来た仲だ。折角だから2人に選ばせてあげよう。
「もし、石化してバラバラになった人達を救えるとしたら、アンタ達はどの程度まで許容できる?奴隷になる事を許容できるか?」
もし、2人が奴隷となる事を許容できるのなら、石化を解除した家族と再会させる。
奴隷になる事を許容できないのなら、話はそれで終わり。2人を島から帰還させた後、改めてこの島に来て、石化した人達を元に戻す。当然、2人に会わせる事は無い。
「当然じゃないですか。僕達が奴隷になる事で、家族が助かるなら安い物ですよ」
「そうだな。こんな老いぼれで良いなら、奴隷にでも何でもなってやるさ」
驚くべきことに、アイルもアースも一切躊躇せずに答えた。
現地勇者じゃないのに、コイツ等も思い切りが良いな。
「最初から、もし家族が亡くなっていたら、ここで命を絶つ覚悟だったのです」
「せめて、同じ場所で死んでやりたいからな」
表情を変えずに自殺の予定を告げる2人。
仮に俺がアースの望み通り、石化した人達を修復せずに石化解除して死なせていたら、その場でアースとアイルも自殺していたという事になる。
「初耳なんだが?」
「アンタらに話すような事でもないだろ?それに結構前に話し合って決めた事だしな」
「この島の状況が分からない以上、身の振り方は事前に決めておいた方が良いですからね」
「流石に石化は予想外だったけどな。……まあ、死んでいたのと同じ扱いで良いだろう」
「死ぬ覚悟が出来ているのです。奴隷になる覚悟くらい、すぐに決まりますよ」
なるほど。オッサン2人の覚悟は問うまでも無かったという事か。
良いだろう。それなら、こちらもその覚悟に応えてやろう。
俺は無言で<無限収納>から『バキューム』の魔法を発動した。
俺の足元に、丁度1人分の石像の欠片が集まってくる。
「おい!?石像の欠片が一瞬で集まってきたぞ!?」
「これは、一体……」
「アニーお姉ちゃん!」
アスカは集めた石像の欠片だけで誰だか分かるのか……。
俺はアニーちゃん(14歳)の欠片を<無限収納>で回収する。
「アニーお姉ちゃん!?」
「これは『格納』の魔法か?」
「詠唱、していませんでしたよね?」
<無限収納>の合成機能により、石像を自動で組み立てる。
何らかの理由で周辺に欠片が存在せず、欠損となった部分には『リバイブ』を使用する。
コッソリ<奴隷術>を発動し、抵抗なくアニーちゃん(犬獣人)を奴隷にした。
そして、元の姿に戻った石像に『アンチストーン』を使えば、石化が解除されて、生まれたままの姿のアニーちゃん(低身長)が<無限収納>から出てくる。
見知らぬオッサンの目もあるので、全裸のままは可哀想だな。
ローブっぽい服を着せてから『アンチストーン』を発動。
石化解除と同時に<無限収納>から出て来たアニーちゃん(可愛い系)をお姫様抱っこでキャッチする。
「アニーお姉ちゃん!!!???」
目を真ん丸に見開いて、アスカが驚愕している。
「うっ……。私は……、一体……」
石化は普通の状態異常だ。
起きた状態で石化したのなら、石化さえ解除すれば、すぐに意識を取り戻す。
「アニーお姉ちゃん!」
俺がアニーちゃん(縞パン)を地面に降ろすと、アスカが顔を埋めるように抱き着いた。
さっきから、アスカのセリフがワンパターンだな。
「え……?誰……?」
感動の再会になると思っていたが、アニーちゃん(銀髪セミロング)から返ってきたのは、そんな無慈悲な疑問だった。
「覚えて、ないの……?」
顔を上げ、絶望的な表情をするアスカ。
「おい、そんな事ってあるのか?」
「いえ、少なくとも、僕は聞いたことがありません」
オッサン2人からすれば、自分の家族達が同じ状況に陥る事を懸念しているのだろう。
「ここが何処か分かるか?」
「え、ええとここは私の住む集落です。あ、あなたは誰ですか……?」
俺が3人を無視し、アニーちゃん(美尻)に質問をすると、正しい答えが返ってきた。
これは、恐らく……。
「俺の名前は仁。君の名前は?」
「あ、アニーです」
「この娘に見覚えは?」
俺はアスカを指し示す。
「いえ、ありません」
「じゃあ、9歳くらいの女の子に知り合いはいないか?」
「ええと……。アスカちゃんと……。え……?クンクン……」
何かに気付いた様子のアニーちゃん(無乳)が、抱き着いているアスカの匂いを嗅いだ。
そして、顔をしかめた。アスカは……野生生活により、臭いのだ……!!!
「う……。でも、やっぱり、アスカちゃんなのね?」
「アニーお姉ちゃん!!!」
再び、顔を埋めるアスカ。顔をしかめるアニーちゃん(小声で「臭……」って言った)。
そう、アニーちゃん(近視持ち)はアスカの見た目が変わり過ぎていて、気付かなかっただけなのである。後、臭くて知り合いの匂いだと気付けなかった。
それから、俺達はアニーちゃんにこれまでの事情を簡単に説明した。
「3年……ですか……信じ難いですけど、集落がここまで寂れているとなると、本当なのでしょうね……」
意外にもあっさりと事実を受け入れるアニーちゃん。
「石化の時の事は、どれだけ覚えている?」
「私が知っているのは、冒険者だった人が『コカトリスが来たぞ』と叫んで、鳥みたいな魔物を見たところまでです」
「何……?」
「え?ど、どうしたんですか……?」
俺の表情が険しくなり、アニーちゃんが身を強張らせる。
「おい、どうしたんだ?」
「何か、気になる事でもあったんですか?」
俺はオッサン2人を無視し、顔を手で覆う。
「何が……『この集落は、バジリスクに滅ぼされていたのだ』だ。違う魔物じゃねえか……」
集落を見た時の感想が、思いっきりハズレていたのである。
バジリスクを見た後に石化した集落を見つけたら、誰だってバジリスクがやったと思うよね!
コカトリスもバジリスクと並んで石化系の魔物として有名だが、流石にそれを予測するのは無理があったよね!?
《まーた、ご主人様が変な事でショック受けてるし……》
《ミオちゃん、ご主人様は何をお悩みなのでしょうか?》
《それはね……》
無慈悲にもミオが俺の内心を代弁してくれやがった。
「「「「???」」」」
念話対象外の4人は全く理解が出来ていない様子である。
俺は、失敗を無かったこ……気を取り直してアニーちゃん以外の3人に尋ねる。
「さあ、選べ。俺の奴隷になるか、ならないか?」
「え、奴隷?何のことですか?」
アニーちゃんには奴隷の事情まで話していなかったので、不思議そうに聞いてきたが、説明が面倒なので後回しにする。
「あんなものを見せられて、僕達に選択肢がある訳ないじゃないですか……」
「そうだな。……俺達が奴隷になったら、家族を助けてくれるんだよな?」
「ああ、約束する。それと、アスカはどうする?」
「奴隷、なる。皆、助けて」
やっぱり躊躇しないアスカである。
「俺も奴隷になる。家族を、助けてやってくれ」
「勿論、僕もです」
3人が同意したところで、俺は1人ずつ奴隷にしていった。
「そう言えば、この嬢ちゃんはどうするんだ?いや、ど、どうす……るだ……ですか?」
奴隷になったばかりのアースが、アニーちゃんを示し、下手糞な敬語で尋ねてきた。
「無理して敬語を使わなくても良い。違和感しかないからな」
「お、おう。……助かる」
明らかに安堵しているアースであった。
「アンタらを奴隷にしたのは、俺の能力に関する口止めをする為だ。当然、石化から復活させた連中も口止めの為に奴隷にする」
「やっぱ、そうなるよな……」
「はい。予想はしていましたが……仕方ないですよね?」
「皆、奴隷?酷い事、する?するなら、私だけにして」
不安そうにする3人の新奴隷達。
「あー、安心して良いわよ。ご主人様、奴隷に酷い事はしないから。弄りはするけど……」
恐らく、最も俺に弄られている奴隷のミオがそう言った。
「今更だが、その言い方からして、嬢ちゃん……達も奴隷なんだな」
「そうよ」
「はい、私の誇りです」
凄く誇らしげに言っているが、マリアの返しはそれで良いのか?
「それなら、この嬢ちゃんも一緒に奴隷にするべきだったんじゃねえか?」
「アニーちゃんは既に俺の奴隷だぞ。アニーちゃん、お手」
「はい。……え?」
自分の意思と無関係にお手をしてしまったアニーちゃんが驚く。
大抵の獣人は、ベースとなる動物と同様に扱われることを嫌がる。正確に言うと、他人からペットや家畜のように扱われることを嫌がる(家族、恋人など、親密な関係は別)。
犬獣人で、ほぼ初対面の相手に『お手』をするなど有り得ない。
「あの手順の、何処に<奴隷術>を使う機会があったのでしょうね……?」
「分からん。とりあえず、細かい事を考えるのは諦めた方が良さそうだな」
「そうですね。いちいち驚いていたら、キリがありません」
ある意味、『驚かない』が俺に対する最も正しい接し方です。
「それじゃあ、残った人達を元に戻すかな」
「頼む……」
「お願いします」
「お願い」
「お手……知らない男の人に……お手……」
想像以上に、アニーちゃんのショックが大きかった模様。
それから1時間後、全ての住民を石化から解放することに成功した。
簡単な作業なのに時間がかかったのは、マリアからの提案により、石化の解除を1人ずつ順番に行ったからである。
マリアの提案の意味はすぐに分かった。
目の前でバラバラになった石像から人が復活する様子は、自身もそうであったという恐怖を呼び起こし、それを治せる存在を畏怖させるのに十分な圧力を持っていた。
その状態で奴隷になった事を伝えたら、平伏されることはあっても、反発心を持つ者は一切いなかった。
最初に時間をかける事によって、後の手間を低減したのである。
それはそれとして、住民達は全員が無事だったことを喜び合っている。
アースとアイルの家族も復活させたので、今は感動の再会の真っ最中だ。
余談だが、石化していた3年という月日と、アスカの変貌は全員を驚かせた。
そして、全員が落ち着きを取り戻した頃、今後の事を話す事にした。
「集落の住民には、今後の事を決めてもらう。選択肢は大きく3つ。『この島に残る』、『住んでいた場所に戻る』、『俺の所有する拠点で働く』のどれかになる」
住民達を奴隷化した目的は、口止めと口裏合わせだ。
帰る場所がある。ここに残りたいという者を、無理に連れて行くつもりは無い。
「この島から出る場合、3年間石化していた、という事実は残す事にする。ただし、石像はバラバラにならなかった。普通の石化解除魔法で元に戻った事にする」
石像が破壊された事実さえ無くなれば、話の不整合が無くなるのである。
「あのう……。そもそも、この島から出られるのですか?」
手を挙げ、質問してきたのはアニーちゃんだ。
俺はアニーちゃんを風災竜の力で宙に浮かせる。
「ひっ!?」
「俺の力を借りても、この島から出られないと思うか?」
アニーちゃんをお手玉の様にくるくる回す。
「出られます!出られると思います!」
理解してくれたようで何よりである。
「何か、親近感……」
ミオが不思議な親近感をアニーちゃんに感じていた。
その後、住民達が話し合った結果、この島に残る者はおらず、元々住んでいた場所に帰る者と俺の拠点で働く者の2つに分かれることになった。
以下、住民達の意見である。
「この島にも良い思い出はありますが、やはり私は帰りたいです」
「ここで生まれた子供を連れ、実家に帰ります。親に孫の顔を見せてあげたいので」
「集落がボロボロなので、まともに生活できません。貴方について行くのが最善でしょう」
「死んだ両親から外の話を聞いて育った。両親の代わりに、外の世界を見て回りたい」
「この島も安全ではないと痛感した。集落に思い入れはあるが、命には代えられない」
大体こんな感じ。
出来れば島に残りたいが、住民が減り生活が成り立たなくなるので諦めた者もいる。
流石にこの島に残る者まで面倒を見るつもりは無い。
余談だが、アースとアイル及び、その家族は俺の元で働くことを選んだ。
「約束通り、貴方の奴隷として働きます。家族も付いて来てくれるそうです」
「こちらも同じだ。このデカい借り、残りの人生を全て使っても返すぞ」
もう1つ余談だが、アスカには選択肢を与えていない。
悪いが、現地勇者にはやってもらう事があるからな。
なお、俺が強制的に連れて行くことを告げても、アスカは一切動じなかった。
「大丈夫。思い残す事、もうない。言う事、全て、聞く」
これはこれで覚悟が決まり過ぎな気もするが……。
閑話休題。
今後の方針が決まったところで、住民達は脱出の準備を進めることになった。
家具などは島に残し、貴重品や思い出の品だけ持って行くことを許した。
家具を残すのは、今後の漂着者の為と言う側面もある。ボロボロではあるが、建物や家具があれば、多少は状況がマシになるだろう。
住民達が準備を進める間に、俺達もこの島でやるべきことをやろう。
「という訳で、宝探しの時間だ」
俺、ミオ、マリアにアスカを加えた4人は、島に1つだけある山に向かっていた。
流れ島の山にはお宝が眠っていると言う噂に従っての事である。
「やったー!良い物があると良いな!というか、本当にあると良いな!」
残念ながら、噂話に過ぎないので、無い可能性の方が高い。
それを承知で俺もミオも盛り上がっているのである。当然、マリアは盛り上がっていない。
「私、見たの、こっち。もうすぐ」
アスカを連れてきたのは、謎の少女が山へ向かっていたからである。
アスカによると、謎の少女を追いかけていたが気付かれたようで見失い、次に見つけた時にはコカトリスを引き連れていたようだ。
住民が石化された後、何度も山の周辺を探したが、何も見つからなかったと言う。
お宝の噂と石化の真相に迫る為、俺達ははるばる山へとやってきたのだ。
あるいは、その2つには何か関連があるのかもしれない。
「そう言えば、ご主人様は何時までマップ禁止の縛りプレイを続けるの?」
歩いている最中、ミオが思い出したかのように聞いてきた。
「……そうか。アスカを見つけた時点で、マップを縛る理由が無くなったのか」
ミオに言われるまで完全に忘れていたが、今回の冒険でマップを禁止したのは、<勇者>スキルの持ち主と偶然出会う事が1番の目的だった。
鬼人の勇者であるアスカを見つけた時点で、その目的は達成されているのだ。
「縛りプレイが楽しいのは分かるけど、ご主人様もマップ解禁した方が良いんじゃない?」
マリア、真剣な表情でコクコクと力強く首を縦に振る。
「目的も果たし終えたのだし、マリアちゃんに負担を掛け続けるのも良くないわよ」
マリア、真剣な表情でブンブンと力強く首を横に振る。
「負担だとは思っておりません。ですが、仁様の安全が少しでも改善することを望みます」
「あ、負担の部分は否定するんだ……」
マリア自身は負担である事を認めないが、事実として負担になっているのは間違いない。
マップ縛りは楽しいが、何時までも拘る理由もない。
「分かった。この探索が終わったらマップを解禁する。流石に、宝探しの途中でマップ解禁とか、消化不良にも程があるからな」
「それが良いわね。じゃあ、マップ禁止の最後のイベントを楽しみましょう?」
楽しめるイベントだと良いんだけど。
アスカの案内で森を進み、10分程で山へと到着した。
「おー、塩の山なんて初めて見るけど、中々に神秘的な光景ね」
ミオの言うように、目の前の小さな山は全て塩で出来ていた。
塩が水晶のような半透明な結晶となり、山の形をとっているのである。
実はこの山は、島鯨の噴気孔なのだ。
謎生態の鯨型魔物とは言え、生態の中には鯨と共通する部分も多く、潮吹きも行う。
火山の噴火ならぬ海山の噴水と呼ぶべきだろうか。
海水の噴水が長い年月の間繰り返され、噴気孔の周辺に塩が溜まり、何時しか山のようになったという訳だ。大自然の神秘である。
……冷静に考えると、その理屈でここまで綺麗な結晶にはならないのだが、そこは不思議な力が働いたという事で、気にしないようにする。
「ご主人様的にはどう?」
「最高だ。これぞまさしく、観光の醍醐味ってヤツだな」
その土地でしか見られない大自然の神秘。
観光地として絶対に外せない物と言っても過言ではないだろう。
「島の外、山がない?」
俺達の様子を見て、アスカが不思議そうに尋ねてきた。
「いや、そんな事は無いが?」
「何故、喜んだ?」
「塩の山なんて、ここにしか無さそうだからな」
「外の山、塩じゃない???」
アスカはこの島で生まれたから、知っている山がこの『塩の山』だけなのか。
他の山を知らなければ、『塩の山』が基準になってしまうのも無理はない。
世間的に珍しい物でも、その土地の住民には珍しくない物なのだ。
「ミオ、説明してやってくれ」
「はーい。あのね。外の山って言うのはね……」
説明担当のミオにアスカへの説明を任せ、俺は山の調査を始める事にした。
『塩の山』の調査を開始してから1分が経過した。
「見つけたぞー」
「早!?」
山の周りを歩いている最中、ふと違和感に気付き調べてみたところ、ある一部分だけ塩の結晶ではなく、本物の水晶で出来ていた。
周囲の結晶に巧妙に似せてあった為、アスカが調べても分からなかったのだろう。
「多分、ここに隠し扉が……あったな」
力ずくで開けるのは難しいが、少しコツを知っていれば簡単に開くタイプの隠し扉だ。
力ずくで開けられないとは言っていない。
ミオ達が近づいてくるので、隠し扉をいつでも開けられる状態にしておく。
「早いわね。ホントにマップ無しなのよね?」
ミオが隠し扉を見て失礼な事を言ってくる。
「俺がそんな下らない嘘を付くと思うか?」
「思わないわね。ご主人様なら、それ程不思議じゃないし……」
隠し通路の発見には定評のある男、進堂仁です。
「と、扉……あった……。こんな、早く……」
自分には見つけられなかった隠し扉を、俺が僅か1分足らずで見つけた事にショックを受けているアスカである。
自分で言うのもなんだけど、相手が悪かったと思うよ。
「アスカちゃん、相手が悪いわ。ご主人様はね、とにかく無茶苦茶なの」
自分で言わなくても、ミオが言ってくれました。
「無茶……苦茶……?」
「そうよ。石化してバラバラになった人を戻したり、50人をこの島から脱出させたり、隠し扉を1分で発見したり。そんな事、普通の人に出来る?」
「出来ない……」
「ご主人様はね、もっと凄い事も色々と出来るのよ。こんな事でショックを受けていたら、ご主人様の奴隷はやっていけないわ。早く慣れるのがお勧めよ」
ミオのそれはアドバイスなのだろうか?
なお、マリアは誇らしげに頷いている(ネタバレ禁止の為、いつも以上に無口)。
「分かった。頑張って、慣れる」
「それで良し!」
アスカちゃん12歳、素直である。
「じゃあ、開けるぞ」
ミオの話が終わったところで、俺は早速隠し扉を開けた。
「これは……」
「腐臭ね……」
「薬品の匂いもします」
「凄い、臭い……」
中から漂ってきたのは生き物の腐った臭いと、良く分からない薬のような臭いだった。
幸いと言って良いのかは分からないが、人間の臭いはしない。
楽しめるイベントな気がしない!
「失礼します」
マリアはそう言うと、<結界術>で俺達を覆った。
次の瞬間、不快な臭いはシャットアウトされる。相変わらず、便利なスキルだな。
「これは……?」
「マリアちゃんもね。結構無茶苦茶だから……」
「分かった。慣れる」
やはり、現地勇者の適応力には目を見張るものがある。
臭いが無くなったので隠し通路に入ると、すぐに地下へと続く階段があった。
隠し通路の壁や天井、階段も全て隠し扉と同じ水晶で出来ていた。光の屈折を上手く利用して、外から見ても分からないようになっている。無駄に高度な技術である。
「随分と手が込んでいるな」
「この分だと、普通のお宝って事は無さそうね……」
通路の隠し方と不快な臭いから、宝部屋と言うよりは秘密の研究所感が漂っている。
「下りるぞ」
俺の号令と共に水晶の階段を降り始める。
今居る陸地は島鯨の背中にある苔なので、それ程深い階段では無いはずだ。
予想通り、降り始めてから10秒程で階段は終わった。
「うっ……」
アスカが口元を抑えて呻く。
「まあ、何となくそんな気はしていたわよね」
「そうだな」
地下室にあったのは、大量の魔物の死骸だった。
バラバラに解剖されていたり、薬品に漬けられていたり、魔法の道具に取り込まれていたりと様々な扱いを受けている。
どう見ても、秘密の研究所です。はい。
「相当にマッドなサイエンティストが研究していたのね。嫌な感じに魔物の種類も偏っているし……」
ミオが嫌そうな顔をしたのも、魔物の死骸のラインナップを考えれば当然である。
コカトリス(石化)、緑マッシュー(麻痺)、ララバイバイ(眠り)、紫マッシュー(毒)、ゴブリン・シャーマン(呪い)、アイススライム(凍結)、茶マッシュー(混乱)等々。
見事に状態異常を引き起こす魔物のオンパレードなのである。
集落を襲ったコカトリス、島鯨への上陸を妨げていたバジリスクも無関係とは思えない。
「色々あるが、愉快な物はなさそうだな。マップ、解禁するか……」
「ここを手作業で調べるの、気が進まないものね……」
ここに来た目的は『山に隠された財宝』と『石化の真相』の2つだ。
この研究室に俺が望む財宝があるようには見えない。石化の真相の方はありそうだ。
ここに辿り着いた時点で、冒険としては一段落しているし、これ以上マップを禁止しても、楽しい事があるようには思えない。
後、調査するにしても、手を触れたくない物が多すぎる。
これは、マップを解禁するのに丁度いいタイミングと言えるのではないか。
《と言う訳で、マップを解禁します》
ラティス島で待っているさくら達にも念話で通知し、俺はマップの非表示を解除した。
次回、マップ解禁により物語が一気に進みます。