第189話 料理大会と優勝
タイトルに結果まで書いていくスタイル。
多分、次は1/10になると思います。
ラティス島料理大会。
それは、ラティス島で年に1度、この時期に行われる恒例行事である。
ラティス島の誇る祭典週間の目玉イベントの1つでもある。
なお、祭典週間とは、大会を含めた数多くのイベントが開催される、一週間続くお祭りの事である。
思い返せば、街中の賑わいには祭り前の雰囲気があった。
料理大会には店舗の部と一般の部がある。
店舗の部はラティス島内外を問わず、店を出している者のみが参加できる。
実は、公開されるのは本選だけであり、予選は公開せずに行われていたとの事。
一般の部は誰でも参加が出来る。
ただし、そこそこの参加費がかかるので、冷やかしで参加するのは少し厳しい。基本的には、勝つ気のある者だけが参加することになる。
具体的に言うと、就職先を探している料理人とかである。良いアピールになるそうだ。
一般の部は予選と本選が2日に分けて行われる。
今日は予選であり、約40組が参加をしている。ここから、10組まで減らされる。
サラッと流したが、『組』と言った通り、2人1組のチーム戦だったのである。
ミオ1人では参加できないので、サポートとして、料理メイドのニノを呼び出した。
ニノは古参の料理メイドで、ミオの一番弟子である。
ホビット故に小柄なので、ミオと2人で一緒に居ると子供のお手伝いにしか見えない。
しかし、その実力は決して侮れるものではない。
店こそ出していないが、カスタールの王城に呼ばれるくらいの実力はある。
さて、ここで予選の内容を説明しよう。
参加者は屋台で料理を作り、一般の見学者に振る舞う。そして、見学者の投票によって順位が決まるのだ。
この試合では、比較的簡単に数が作れて、気軽に食べられて、美味しい料理が求められる。
参加を決め、ルールを読んだミオが選んだ料理はもちろん……。
「はい!特製コロッケ追加で揚がったわよ!」
ミオの得意料理の1つ。皆大好きコロッケである。
周囲の声を聴いてみれば、皆大好きなのがすぐに分かるだろう。ほら。
「金ならいくらでも払う!早く食わせてくれ!」
「匂いがヤバい!もう、我慢できない!」
皆大好き(棒)。
当然の様に屋台には長蛇の列が出来上がっている。
「押さないで下さい、はい!数は十分にありますから、はい!」
ニノが声を張り上げているが、周囲の喧騒の前に掻き消されている。
「頼む!もう1つ食わせてくれ!」
「1人1個です、はい!貴方は先程食べたはずです、はい!」
「そんな!」
ルール上、1人に2つ以上食べさせるメリットはない。
1人1個と宣言しているのに、2つ目を求める者が後を絶たない。
「相変わらず、ミオの料理はヤバいな」
余談だが、俺達は関係者と言う事でミオの屋台の近くで待機している。
参加者の2人以外は調理禁止だが、荷運びなどの手伝いは禁止されていないからだ。
「私達は慣れていますけど、耐性の無い方には依存性があるらしいですわよ」
セラが聞き捨てならない事を言った。
何それ、初耳なんだけど。
「まさか、ヤバい薬品とか使ってないよな?」
「ミオさんが料理に対してそんな事をするとでも?」
「いや、全く思わない。と言うか、そんな事をする奴はそもそも料理人とは呼べないだろ」
ミオは料理に対して人一倍真摯だ。
そうでなければ、旅の料理当番を任せる様な事はしない。
「もちろん、ミオさんはそんな事をしませんわ。……ただ、残念ながら、ご主人様の言う、自称料理人の方も紛れ込んでいるみたいですわ」
「うわ……。マジだ……」
全体マップは使わない縛り中なので、目に映る料理だけを確認した所、一部の料理に依存性禁止薬物が混入されているのを発見した。
有名な料理大会でそんな事をする馬鹿がいると言う事に驚きである。
「バレなければ良いと言う考えなのでしょうが、残念ながらそう甘くは無いようですわね。アレをご覧くださいな」
セラが指示した方向に居たのは、数匹の犬。
鼻をピクピク動かしていると思ったら、件の料理を食べている客に吠え出した。
「なるほど、分かり易い対策だな」
「あ、捕まっていますね……」
さくらが見ている先では、大会の運営が雇ったと思しき冒険者達が、自称料理人の店を制圧している最中だった。
自称料理人達は、屈強な冒険者達によって、なす術もなく捕らえられていく。
犬に禁止薬物を検知させて、冒険者に捕らえさせる。シンプルで有効な対策だ。
余談だが、犬はミオの料理には反応しなかった。
……違う。反応はしている。ミオの料理を見て、大量の涎を垂らしていた。
ゴメンね。客じゃないから食べさせるメリットが無いんだ。
俺が余所見をしている間に、大捕り物は終了していた。
「問題は、禁止薬物の含まれた料理を食べた客だな」
「酷い事をしますわね」
「最低です……」
セラとさくらが不快感を顔に出す。
ステータスチェックで調べたところ、自称料理人達が食べさせた禁止薬物は依存性が高く、早期に対処しなければ脳に後遺症が残るタイプの薬物だった。
目先の勝利だけに拘った、最悪の選択である。
「さて、と……」
しばらく様子を見ていたのだが、大会運営は被害者を集めたのは良いものの、今回使用された薬物の対処法までは用意が無い模様。医療スタッフもお手上げ状態だ。
当然の事だが、俺に薬物被害者達を助ける義理はない。
しかし、折角ミオが頑張っているのに、勝負にケチが付くと言うのは気に食わない。
ミオが料理大会で優勝しました。優勝賞品でゴンドラに乗りました。
大会のせいで人生を台無しにされた人が居ます。後遺症で苦しんでいる人が居ます。
スッキリしない事この上ないだろう。
「ちょっと行ってくる。俺が、気分良くこの街を観光する為に」
「ご主人様。そこは被害者の為、と言うべきではありません?」
「ちょっと行ってくる。可哀想な被害者を救う為に」
セラのセリフの方が正解っぽいので、すかさず修正する。
「お供します」
俺はマリアを引き連れ、大会の運営本部へと向かった。
思ったよりも時間がかかり、俺が皆の元へ戻れたのは、出発してから10分後だった。
「ただいま」
「仁君、お帰りなさい……」
「それで、どう対処したんですの?」
俺は<無限収納>から丸薬を取り出しつつ説明する。
「まず、ミドリの作った秘薬を丸薬に混ぜます」
ドリアードのミドリは様々な秘薬を作れる。
依存性薬物への特効薬を作る事など、ミドリにとっては朝飯前なのだ。
「これを食べさせたんですか……?」
「どう説明したんですの?」
「説明?そんな面倒な事をする訳が無いだろ?こうやって……こうした」
俺は丸薬を指で真上に弾き、落ちてきたソレを口でキャッチする。
「何も言わず、口に放り込んだんですの!?」
「強引ですね……」
《それ、ドーラにもやってー!》
俺はもう1つ丸薬を取り出し、口を開けたドーラに向けて弾く。
見事口に入り、ドーラがモグモグと楽しそうに丸薬を食べる。
「厄介だったのは、1人だけ全く口を開けない奴が居た事だな」
ソイツ1人のせいで10分近くもかかってしまった。
「最後は透明化したマリアにソイツの鼻と口を摘まませた。少し待って、口だけを開放する」
息が出来なかったので、開放された口で大きく呼吸をすることになる。
そして、開いた口を狙って丸薬をシュート。
「流石に強引すぎませんか……?」
「ご主人様、時々意味不明な暴挙に出ますわよね?」
2人が呆れたような表情になる。
仕方が無かったんだ。
最初に思いついたのがソレだったから……。
「こうして、無事に被害者達は薬物の呪縛から解放されました。めでたしめでたし」
「強引にまとめてきましたわね」
「もう、特に話す事も無いからな。それより、ミオ達の様子はどうだ?」
いや、長蛇の列を見れば、順調なのは誰の目にも明らかなんだけどさ。
「ミオさん達の方は見ての通り順調ですわ。予選1位通過は確定したも同然ですわね」
《ミオがいちばーん!》
「マップ禁止ですから、票数までは分かりませんけど、間違いは無いと思います……」
この大会のルールでは、投票は好きなタイミングで行ってよい。
既に投票箱には大量の投票用紙が入っている。
マップを使えば、詳細な票数も分かるが、今はマップ禁止中である。
そもそも、この手の大会で結果が出る前に票を見る様な真似をするつもりもないが……。
それから少し経ち、予選終了の時刻が近づいてきた。
「そろそろ時間ですわね」
「それなのに、人が減りませんね……」
未だにミオのところの行列は終わらない。
「時間が来たらどうなるんだ?」
「その時点で料理の受け取りが禁止され、食べ終わり次第投票することになりますわ」
「仁様、捕捉しますと、完食していない料理に投票する事は出来ないそうです」
セラとマリアの話を合わせると、時間ギリギリでも良いから料理を手渡し、完食させることが重要になるようだ。
「ニノちゃん!行列を締め切って!」
「はい!」
そんな話をしていると、ミオ達の方に動きがあった。
ニノが『売り切れ』と書かれたパネルを取り出し、最後尾の人に持たせた。
そして、すぐに並んでいる人数を数える。
「ミオさん!89人です、はい!」
「思っていたよりも多いわね。……まあ良いわ。ラストスパートよ!」
「はい!」
どうやら、並んでいる人数分は作り切るつもりのようだ。
並んだのに買えないのは悲しいからな。
並び損ねた人?ルールを知っているはずだから、それは自己責任だろう。
それから5分後。
「大会終了です。これ以降の料理提供は出来ません。料理を食べ終えた方は速やかに投票をお願いいたします」
大会終了のアナウンスが響き渡った。
「セーフ!」
「ギリギリだったのです、はい!」
ミオ達はアナウンスの10秒前に最後の1人にコロッケを手渡していた。
凄まじい速さの調理風景だった。俺にはとても真似出来ない(そもそも料理が出来ない)。
「ミオ、ニノ、お疲れ様」
ミオ達の元に向かい、労ってから屋台の片づけを手伝う。
「いやー、結構疲れたわね」
「クタクタです、はい」
ステータスがいくら高かろうと、本気で行動すれば疲れるものは疲れる。
ミオ達がそれだけ真剣に料理をしていた証拠とも言える。
「……それで、あの連中の相手はしなくて良いのか?」
俺が示したのは片づけ中の屋台の前に集まってきた連中だ。
「相手をする意味がないわよ。ご主人様の元を離れるつもりは無いんだから」
「当然です、はい!」
集まった連中の目的は、ミオとニノの勧誘である。
この大会では、大会期間中(試合中は除く)に参加者を勧誘する事は禁止されていない。
あの行列を見て、実際に料理を食べれば、勧誘が集中するのも無理からぬことだ。
しかし、ミオ達には勧誘を受ける気など欠片も無い。
疲れた2人の代わりに、1番迫力のあるセラが追い返している。
「それに、大声では言えないけど、ご主人様以上の調理環境を準備できるとも思えないわ」
「そうですね、はい。食材や器具は最高級で、意欲の高い料理人達が集まっているのです、はい。これ以上の環境もそうは無いと思うのです、はい」
実感はないが、ウチの料理環境は高水準らしい。
「意外そうな顔をしてるけど、ご主人様の存在が1番の理由だからね?皆がご主人様の為に力を尽くしているんだから」
「頑張っているのです、はい!」
俺が食事に拘っているから、配下が全力を出す。
うむ、納得の理由である。
そんな話をしていたら、勧誘達を追い返し終えたセラが戻って来た。
「……ふう、結構しつこい人が多かったですわ」
面倒な手合いが多かったのだろう。セラの表情は優れない。
「あ、セラちゃん、ありがとね」
「ありがとうございます、はい」
「いいえ、お気になさらず。……ただ、少し面倒があるかもしれませんわ」
セラ曰く、勧誘の中にこの国の貴族の使いが居たとの事。
セラの様子を見る限り、あまり印象は良くない様で、最悪の場合は強引な手段を使ってくる可能性もありそうだ。
「なるほど。貴族からの強引な勧誘か……」
「ご主人様?何で悪そうな顔をしているの?怖いわよ?マジで」
ミオが少しビビっている。
どうやら、感情が顔に出ていたようだ。冷静になれ、俺。
「言うまでもない事だが、強引な手段で来るようなら俺も容赦はしない」
「まあ、ご主人様ならそう言うわよね」
「貴族関連のトラブル、大嫌いですものね」
とても大嫌いです。
「多少強引なくらいなら、トオル達から貰った身分証で対処するのもアリだな」
「そう言えば、そんな物もありましたね……。穏便に済むならそれが一番です……」
さくらは優しいなぁ……。
「ただ、許容範囲を越えたら、派手に潰すことになる」
《ハデなほうが良いー!》
「ドーラちゃん……。仁君に似てきましたよね……」
さくら:穏健派。ドーラ:過激派。
ドーラの教育に不安を感じる今日この頃。
俺に似てきたと言われると、言い訳も出来ません。
試合終了から一時間後、集計が終わり、結果が発表された。
特に大番狂わせも無く、大方の予想通りにミオとニノが一位となった。
余談だが、初日の総評の場で、薬物を使ったチームの事が公表された。
チームのメンバーは犯罪者として処罰されることになるそうだ。
被害者の無事だけが、この話題の良いニュースだった。
それと、一応警戒していたのだが、その日は貴族からの強引なうんたらは無かった。
素直に諦めたのか、何か画策しているのかはマップ禁止中の俺には分からない。
ただし、アルタは知っている。
A:…………。
そして一夜明け、料理大会本選の日となった。
本選は予選と異なり、審査するのは観光客ではなく、あらかじめ決められた審査員だ。
当然、審査員達は食にうるさい舌の肥えた連中である。
また、彼らは明日の店舗の部でも審査員をすることになっている。
大会の順番が一般の部→店舗の部なのは理由がある。
言い方は悪いが、一般の部は店舗の部の前座と言う事だ。
腕の良い料理人が1人2人居たところで、店が一丸となって作った料理には敵わないと言う理屈によるものである。まあ、言いたい事は分かる。
本選のルールもシンプルだ。
10人の審査員が1人1票持っており、10組の参加者の料理を食べ、1番美味かった物に投票する。同率の場合は同率一位だけ残して再投票となる。
本選では予め全ての材料が準備済みの為、調理中の裏方が不要になる。
よって、俺達は完全なる観客として料理大会の様子を眺めることになった。席はミオ達に配られた関係者用のチケットを使わせていただきました。
「さて、ミオ達はどんな料理を作るのかな?」
「あら、ご主人様、聞いてないんですの?」
「セラは聞いているのか?俺はミオに見てのお楽しみと言われたんだが……」
流石に『見てのお楽しみ』と言われたら、それ以上聞く事は出来ない。
「ええ、普通に聞いていますわ。……ここは、秘密と言う事にしますわね」
「そうだな。そうしてくれ」
そして、大会の説明を聞き流した後、ミオ達の調理が始まった。
ミオ達が最初に取り出したのは……。
《もしかして、アレってハーピィの卵か?》
《ええ、そうですわ》
ハーピィの卵は超高級食材に分類される。
大っぴらに話せる内容じゃないので、念話を使用してセラに確認した。
更にミオ達は小麦粉、ミルクなどの材料を次々と取り出していった。
《他の食材も珍しいモノなのか?》
《小麦粉や油、調味料は迷宮で作った物ですわ。市場には高級品として流れていますわね。ミルクは闘争山羊、果物は精霊樹人のモノですわね》
《すまん、後半の2つは何だ?》
いきなり聞いたことのない食材を語られても困るんだが……。
《5大魔食と呼ばれている、超高級食材ですわ》
セラ曰く、この世界には5大魔食と呼ばれる魔物由来の希少食材が存在するそうだ。
・鳥人の卵
・闘争山羊のミルク
・精霊樹人の果実
・虹魚の身
・羽竜の肉
ちゃっかり、フェザードラゴンが紛れ込んでいる……。
《この内、魔物を殺さずに食材を得られるのは卵、ミルク、果実なんですの》
《ああ、なるほど。つまり、テイムしたのか》
そこまで聞いて、ミオ達の考えが少し分かった。
その3つは対象の魔物をテイムする事で、継続的に食材を調達できるのだ。
《その通りですわ。ミオさんはご主人様に内緒で、闘争山羊と精霊樹人をテイムしていたのですわ。そして、3つの食材を合わせた料理の研究を始めました》
なお、残る2つの食材と合わせる事は断念したらしい。
ミオはフェザードラゴンを食材として見る事は出来ないので論外。
虹魚は継続的入手が出来ないし、卵、ミルク、果実と合わせられる料理が無かった。少なくとも、ミオは知らないそうだ。
《問題はそれ以外の材料や調味料の方でしたわ。市場にある物で、その3つと合わせて見劣りしない物を探しても駄目でした。そこで、最後は迷宮に頼ることになりましたわ》
迷宮の50階層以降には大規模な田畑がある。
そこで、品種改良の試行錯誤を繰り返し、5大魔食にも見劣りしない高品質な食材の生産に成功したと言う。
相変わらず、迷宮は便利だな。
《その結果を見せつけるのが今日と言う日なのですわ!》
柄にもなくセラが熱くなっている。
多分、その辺りの話にセラも関わっているのだろうな。
「ミオ達が作る料理って、もしかしてクレープか?」
ミオがフライパンの上で生地を伸ばしているのを見て悟る。
ニノが横でクリームを作っているのを見ても間違いなさそうだ。
ちなみに、普通に話していい内容なので念話を止めました。
「正解ですわ。シンプルな料理ですから、内緒にしても調理法ですぐに分かりますわよね」
バレるのが早すぎて、セラが苦笑している。
「有名な料理大会で出す料理にデザートを選ぶとは、中々大胆な事をするな」
他の参加者を見ても、デザートを作っているチームは存在しない。
「私の調べた限り、デザートを出して優勝した方は居ないそうですわ」
「それで優勝したら、目立つだろうな」
「そうですわね。ですが、最高級の食材を、最高の腕を持つ料理人が調理するのですから、優勝できない方がおかしいとも言えますわ」
「凄い自身だな」
俺がそう言うと、セラはアイテムボックス(のフリをした<無限収納>)を取り出した。
「食べて見れば分かりますわ。事前に作っておいた分があるので、頃合いを見て皆さんに配るように言われていますの」
《やったー!》
俺の膝の上に居たドーラが全力で喜んでいる。
ドーラが無言だったのは、食い入るようにミオの料理風景を眺めていたからである。
《マリアさん、匂いを通さない結界を張っていただけますか?》
《分かりました》
セラに頼まれ、マリアが<結界術>を発動し、俺達の周囲を匂いだけ阻む結界で囲んだ。
《何で態々結界を張らせたんだ?》
《美食に慣れていない方が嗅ぐと、正気を失う可能性がありますわ》
《俺の知っているクレープと違う……》
ヤバい薬品を使うまでもなく、料理そのものがヤバかったと言う事か。
「見せるのは料理大会を最初にしたいけど、食べてもらうのはご主人様を一番最初にしたいと仰っていましたわ。だから、このタイミングでお渡しすることにしたんですの」
「二人とも本当に仁君の事が大好きですね……。仁君、ミオちゃん達の希望通り、最初に食べてあげてください」
「それじゃあ、遠慮なく頂きます」
そして、セラに手渡されたクレープをパクリ。
「これは……ヤバいな……。滅茶苦茶美味いぞ……」
一口食べた瞬間に分かる料理としての完成度。
菓子だからと言って、甘ければ良いというモノでは無い。
食材の品質、食材同士の調和、料理人の技術、それが最高水準で満たされた時、一つの料理として完成するのだ。
ちょっと、自分でも何を言っているのか良く分からなくなってきた。
確かに、これほどの美味となると、一般人には耐えられないかもしれない。
古来より、美と美食は人を狂わせるモノなのである。
「ほ、本当に凄い美味しいです……」
「ミオちゃん、凄いです。ここまで道を究めていたんですね」
《うーまーいーぞー!!!》
「至福の一時ですわ。長い時間お預けでしたから特に」
続いて食べ始めた4人も大絶賛である。
どうやら、セラも完成品を食べるのは初めてらしい。
「うん?会場の様子がおかしいな?」
「何でしょう……?」
完全に食べる方に意識が行っていたが、よく見ると試合会場の方で何か揉めている。
アルタ、教えてくれ。
A:ミオ達の両隣で調理をしていた参加者が、ギブアップを申し出たそうです。ミオの料理の匂いを嗅ぎ、心を折られたようです。
「ミオさんの両隣、事前情報では優勝候補だったはずですわよ?実力がある分、勝てないと悟ったと言う事でしょうか……?」
ミオ達の料理(匂いのみ)は実力者の心を折る程の領域にあるらしい。
ひと悶着あったものの、無事に本選の審査が始まった。
余談だが、両隣の選手のギブアップは認められず、料理を最後まで作る事になった。
予選をトップ通過したミオ達の審査は最後である。
狙っていたのかは不明だが、デザートを出すには最適なタイミングと言える。
「狙っていたに決まっていますわ」
そして、いよいよ実食となった。
途中経過に特筆すべき事も無いので、ミオ達の料理を食べた審査員達の反応だけ教えよう。
「美味い!美味すぎる!」
「何だこれは!こんな美味いモノ今まで食べた事が無い!」
「美味ぇ……、美味ぇ……」
「……(無言で貪るように食べている)」
「……(美味すぎて気絶している)」
「……(人前で見せてはいけない顔をしている二十代女性)」
美食に慣れているはずの審査員10人の内、3人が真面なコメントをして、3人が言語を失い、4人が意識を失った。
優勝した。
前話(188.5話)との温度差が酷い。
卵、ミルク、果実、魚を組み合わせた美味い料理をご存知の方はお教えいただけると幸いです。