第168話 ギルドの掌握と天空城崩壊
エイプリルフールネタを書き終わりました。
今年は普通のIFストーリーです。異伝ではありません。
「そう言えば、マリアの<勇者LV8>はどんなスキルを得られたんだ?」
<勇者>のスキルは単体では効果を持たず、レベルアップの度に新しいスキルを得る。
ある程度のレベルからはユニーク級スキルが手に入っているので、レベル8ともなれば、それ相応のスキルが手に入るのだろう。
ただし、名称は予想が付いている。
「はい、私が手に入れたのは<八咫鏡>と言うスキルです。全状態異常を無効にし、属性攻撃への耐性を得ることが出来ます」
「名前は予想通りとして、シンプルに強い。魔法や状態異常を頼りにする相手には天敵みたいなスキルだ。ただ、基本的に困っていない部分の強化なのが惜しい……」
状態異常の耐性は何だかんだで持っているから重複している。
後、魔法の耐性は完全無効がいるから目立たない。
「この効果はパーティメンバー全員に与えられるようなので、本来でしたら戦力が相当に安定することになると思います」
「パーティ全員は凄いな」
思っていたよりも効果が強かった。
パーティ全員が状態異常を無効にし、属性攻撃への耐性を得る。
まさしく、勇者のパーティに相応しい力だ。
「<勇者>スキル強いのです!欲しいのです!シンシアも早くレベル上げたいのです!」
「単独でも使えるのは良いですが、私はパーティを組まないので、追加効果はあまり関係なさそうです」
パーティを組んでいるシンシアが興奮し、単独行動がメインのメイドをしているリコは強い興味を示さなかった。
「また、災竜と戦う時は呼ぶから、レベル上げのチャンスはあると思って良いぞ」
「やったのです!」
「その時はよろしくお願いいたします」
出来れば、<生殺与奪>のレベルも上がって欲しいな。
《ごしゅじんさまー。ドーラのブレスもつよくなったー》
誰もいない方に向けてドーラがブレスを放つ。
ブルー、リーフ、ミカヅキも試し撃ちをしている。
<竜魔法>のスキルレベルが高いので、ドーラのブレスが頭一つ抜けている。
「元々のステータスが高すぎて、<英雄の証>の効果が実感し難いですわ……」
身体を動かしているセラが腑に落ちない顔をして言う。
「くー、皆羨ましい!ミオちゃんも生来の特殊スキルが欲しい!」
思い思いにレベルアップしたスキルを試すメンバーを見て、ミオが羨ましそうに言う。
俺とさくらの異能を生来の物とすれば、ミオだけが生来の特殊スキルを持っていないと言う事になる。悲しいね。
「生来の物は今更どうにもならないと思いますよ……?」
「来世にチャレンジだな」
「ご主人様の気が早過ぎる!後100年は生きるから!」
「意外と欲張りだな」
中世レベルの文明で100歳越えは人間には荷が重くないか?
「ご主人様の側なら、そんなに難易度高くないと思うけど……。ところで、ご主人様の異能はどんなのだった?便利?強い?頭おかしい?」
意外と切り替えの早いミオが異能について尋ねてくる。
『頭おかしい』って何だよ。……ああ、<生殺与奪LV9>か。
「普通に便利なのだな。前の迷宮と同じように、亜空間を管理できるようになった。行き来も自由だから、『姫巫女』が居なくても平気になったぞ」
「おおー。それじゃあ、ここは関係者専用の訓練場になるのね?」
「ああ、そのつもりだ。大技の練習にはもってこいだからな」
どうやら、ミオも俺と同じ発想に至ったようだ。
周囲の被害を考えなくていい土地と言うのは重要だ。
なお、今までは『灰色の世界』でやっていました。あっちは条件が色々と厳しいんだよ。
「……ご主人様の言う通り、便利なのは間違いないけど、<生殺与奪LV8>と<多重存在LV7>の組み合わせと比べると地味よね」
「まあ、それは否定できないな」
実質異能2つ分の効果は伊達ではない。
<多重存在>に関しては、『レベルが高いから強力』とは限らないようだ。
基本的に、その時点で必要な効果が出て来るからね。
「さて、そろそろ地味な能力で亜空間から出るとするか。試し撃ちとかしたければ、亜空間にはいつでも来れるからな」
「はーい」×多
そう言えば、『火災竜・ボルケーノ』の姿を生で一度も見ていないな。
亜空間から脱出すると、ユリスズがひっくり返り、失禁、気絶していた。
なお、ユリスズは全裸のままだった。全裸のままひっくり返り、大股開きしている。
いや、その恰好は色々と駄目だろう。
「……ああ、完全に忘れていた」
「師匠、戻るなら連絡を入れてください」
ユリスズの惨状に気付いたクロードが頭を押さえる。
「悪いな。火災竜を足踏み殺すのに夢中になって、ユリスズの事が頭から抜けていたよ」
「足踏み殺す?」×8
居残りの冒険者組には、俺が何を言っているのか理解できなかったようだ。
クロード達の視線がミオに移る。説明はミオに聞くもの、という認識がある様子。
「ご主人様の新技が、足踏みと連動していたのよ」
「なるほど……。なるほど?」
何となく理解できたようだが、何となく以上の理解を拒む説明である。
「見た方が早いから、その内見せてやる」
「よろしくお願いします」
戦いに関して勤勉なクロード達なので、新しい技を見る事に躊躇はなさそうだが、多分、君達の戦いの参考にはならないと思うよ。
パッと見、遠くで足踏みしているだけだからね。これで殺されたら浮かばれないね。
「仁様、彼女は如何いたしますか?」
マリアがユリスズに『清浄』をかけながら聞いてくる。
「俺の目的は達成したし、クロード、悪いけど連れ帰ってもらっても良いか?」
「はい、大丈夫です。師匠達はこの後どうしますか?」
「勇者組、竜人種組はここで解散だな。俺達は正規の方法でここまで来たわけじゃないから、『ポータル』でこっそり帰る。そして、また温泉を楽しむ」
『火災竜・ボルケーノ』の脅威が去ったので、急いで温泉を堪能する必要もなくなった。
とは言え、折角来たのだから、出来る限り堪能しておきたいのも事実。
今日1日観光して、明日くらいに帰ればいいよな。
「僕達も少し観光していきます。知人にお土産を買わないといけませんし……」
「おすすめは温泉饅頭だな」
お土産は奇をてらわない男。進堂仁です。
「参考にさせていただきます」
「あ、クロード。そう言えば、私達の依頼ってどうなるのかしら?」
冒険者組のココがクロードに尋ねる。
「聞き忘れてた……。一応、会いに来て、話をするまでが依頼だったから、完遂しているはずだと思うけど、ユリスズさんが起きたら聞こう」
「冒険者を続けるかどうかも、考えないといけません」
ユリアの発言に冒険者組は表情を曇らせる。
今回の依頼はユリアをおびき寄せる為の罠だった。
ユリスズはギルド総長と言う立場を悪用し、自ら冒険者ギルドと言う存在の価値を貶めた。冒険者と言う存在に魅力が無くなれば、続ける理由も無くなる。
ユリスズの行動はまだ許されてはいないのである。
「無理に冒険者を続ける必要はないからな。お前達は俺の命令を既に果たしている」
「分かりました。皆でよく相談します」
Sランク冒険者になれ、とは言ったが、Sランク冒険者で居続けろとは言っていない。
理由があれば辞める事もやむなしだ。
「それはそれとして、天空城の方も気になるな」
「『風災竜・テンペスト』の件ですの?」
セラの問いに対し、首を横に振って否定する。
「いや、それは別にどうでもいい。大事なのは天空城の方だ。天空に浮かぶ島とか、観光地以外の何物でもないだろ!」
「ご主人様はホントブレないわね。いや、ミオちゃんも気持ちは分かるわよ。正直、めっちゃ行きたいから。観光地と呼ぶ気は無いけど、行きたい場所ランキングの上位に入るわね」
はっきり言って、『風災竜・テンペスト』はどうでもいい。
天空城に行きたい。地上の人をゴミ扱いしてみたい。
そもそも、ユリスズの話ではないが、天空城は一番問題にならない災竜だ。
地災竜・ユリシーズのように、封印されて苦しみ続けている訳ではない。
火災竜・ユリスズのように、表立って活動して、殺される危険性がある訳でもない。
天空城は苦しみが少ない状態で『姫巫女』が生き続けるのには最適なのだ。
不条理にユリエラが困っている訳でもなく、封印解除の危険性が少ない災竜を態々倒しに行きたいかと言われると、答えはNO!なのである。
「天空城には行きたいけど、エルフと関わり合いになりたくないってのが問題だな」
「行っても、歓迎はされないわよね……」
「クロード達に『ポータル』を置かせているから、行くのは簡単だけどな」
ユリエラとのゴタゴタの際、こっそり『ポータル』を設置させました。
いつでも転移出来ます。
「何なら、<無属性魔法>で透明になってこっそり観光してくるか」
ユニーク級スキル、<無属性魔法>には透明になる魔法があります。
「本当に見に行くだけって事ね」
「仁様が行くのでしたら、私もお供いたします」
《ドーラもー!》
行くにしても、まずはギルド連合地区の観光を終えてからだな。
観光地は並行して楽しむより、1つずつしっかりと楽しみたい派だ。
ボルケンの街をガッツリ観光してその日の夜。
目の前には全裸の女。
「どうか、アタイを貴方様の奴隷にしてください」
夕食後ののんびりタイムに宿を尋ねてきたユリスズが、全裸土下座で懇願してきた。
一応補足すると、全裸でここまで来たわけではない。
後、女性陣はマリアを除いてお風呂に行っている。
「いきなり何を言っているんだ?」
「貴方様に絶対服従しますので、どうかお慈悲を頂きたく思います」
「クロード、説明を頼む」
ユリスズは1人で尋ねてきた訳ではなく、クロード達に同行してきていた。
ユリスズの話だけでは分からないので、全裸から目を背けているクロードに聞いてみる。
「簡単に言えば、奴隷になって従うから、殺さないで下さいって事らしいです。ユリスズさん、師匠の事が心の底から怖いそうです。奴隷に、所有物になれば、知らぬ間に機嫌を損ね、殺されることは無いと考えたみたいですよ」
見れば、今もユリスズは震えている。
言わんとすることは分からなくもないが、極端な奴だな。
……よく考えれば、ハイエルフって大半が極端な連中だよな。例外はユリアくらいか。
「冒険者ギルド総長の立場はどうするんだ?」
「貴方様が望むなら今すぐにでも辞めます!」
即答である。
ユリスズの作る魔法の道具ありきの組織なので、ユリスズが辞めると立ちいかなくなる可能性が濃厚である。
ユリスズ自身が冒険者ギルドの価値を貶めたとはいえ、完全に崩壊されても各地で混乱が起きるだろう。
ユリスズには冒険者ギルドを続けてもらう方が無難だな。
「奴隷にしてやるから、冒険者ギルドは続けろ。基本、俺から口出しはしない」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
口出しをしないと言うか、そもそも既に興味がないから……。
そう言う訳で、早速<奴隷術>でユリスズを奴隷化した。
「そういや、クロード達の方はどうなったんだ?」
「僕達の依頼はギルド総長の部屋に入った時点で達成、火山に行ったのもギルド総長の依頼と言う事になりました。お金と大量の魔法の道具を渡す代わりに、今回の件の口止めと……師匠への取次ぎをすることになりました」
それでクロード達とユリスズがここに来たのか。
「クロード達には感謝している。アタイの事を完全に許した訳じゃないそうだが、少なくとも他への被害が出ない形で合意してもらえたからな。集めていた魔法の道具は根こそぎ持って行かれたが……」
ユリスズ、全裸土下座でそんなセリフ言っても、全く格好付かないよ?
「今回の件は冒険者ギルドに不信を抱くものでしたが、冒険者ギルドを潰したり、影響を弱めるのは得策ではないと考えました。魔法の道具はユリスズさんが師匠の奴隷になれなかった場合の事を考えて入手しました。どちらにせよお渡しする予定でしたのでお納めください」
クロード達も冒険者ギルドをどうこうしようとは考えていなかったようだ。
後、ユリスズの魔法の道具は俺の為に入手したらしい。
「ありがたく貰っておこう」
「貴方様は魔法の道具に興味があるのですか?」
ユリスズが期待するような声音で聞いてくる。
「ああ、魔法の道具の収集は俺の趣味の1つだな」
「それでしたら!アタイに任せていただければ、沢山の魔法の道具をお作りいたします!」
ああ、自己PRのチャンスだと思ったのか。
「それは嬉しいけど、既に1人同じ担当がいるんだよ」
「アタイは『姫巫女』ですから、普通の人間よりも高性能な魔法の道具が作れます!」
「いや、だから、もう1人の担当も『姫巫女』だからな。地災竜の『姫巫女』、ユリシーズも俺の奴隷なんだよ?多分、お前よりも高性能な物を作れると思うぞ」
『姫巫女』の固有スキルが生産技能の強化だからね。
「え?」
「せめて、ユリシーズと被らない魔法の道具を作ってくれ」
「は、はい……」
自分にしか出来ない事、と思って提案したら、自分よりも上手が既に居た。
ユリスズがしょんぼりと肩を落とす。
なお、ユリアは『姫巫女』ではないので、魔法の道具作成スキルは持っていない。
……今更だけど、ユリア、ユリシーズ、ユリスズ。『姫巫女』の名前は紛らわしい。
特にユリシーズとユリスズが似すぎている。こういう時は先着順です。
「ユリスズ、ユリシーズと名前が似すぎているから改名しろ」
「はい?」
「そうだな。『ユリ』が紛らわしいから、取っ払って『スズ』だな。ユリスズ、お前の名前は今日からスズだ。分かったな?」
「は、はい!アタイは今日からスズです!」
こうして、ユリスズ、改めスズが俺の配下に加わった。
普段はギルド総長として今まで通りに活動してもらい、合間を縫って俺の為に魔法の道具を作る。
今回の件で信用がないから、俺の異能についてはまだ詳細を教えない方針だ。
「ご、ご主人様がついに冒険者ギルドまで掌握した……」
風呂上り、まだ全裸で土下座する奴隷となったスズを見てミオが一言。
いや、だから興味がないんだよ。特に、運営なんて100%確実に手を付けないぞ。
次の日、俺達は午前中にギルド連合地区を後にした。
そして午後、俺とマリアは天空城侵入作戦を開始した。
侵入作戦とは言ったが、<無属性魔法>で透明になり、景色を楽しむだけの観光である。
流石にぞろぞろ連れだって行くのもどうかと思い、一番行きたがっている俺と、護衛のマリアだけで来ることになった。
ミオも来たがっていたが、天空城に行くのを決めたのが今朝なのに対し、ミオは昨日の時点で今日の予定を入れてしまったため、不参加となった。
「ご主人様、行くの明日にしない?」
「何か、今日行った方が良い気がするから却下」
「マジかー……」
がっくりと肩を落とすミオには悪いが、思い立ったが吉日と言う奴だ。
もし次の機会があれば、ミオも連れてきてあげよう。
《やはり、この辺りには居住区はないんだな》
《災竜が近いですから、エルフには耐えられないのだと思われます》
『ポータル』で転移したのは、クロード達がユリエラに転移させられた地点。つまり、『風災竜・テンペスト』の肉体が近くにある場所だ。
普通のエルフでは災竜の瘴気に耐えられない為、この付近に人影はない。
《人の多い居住区に近づくのはリスクが高いよな》
透明とは言っても、存在の痕跡全てを消せるわけではない。
現に、会話はせずに全て念話にしている。
《中心の城はもっとリスクが高い》
天空城は直径15km程の浮遊島だ。
中心部にはその名に相応しい巨大な西洋城があり、そこから居住区が広がっている。
人口は1000人くらいで、ユリエラを除き全員がエルフだ。ハーフエルフはいない。
居住区の外側には農耕地区もあるようで、そこで採れる農作物で食料を賄っているようだ。水は魔法で出すようで、池や川などは存在しない。
この辺りは城からの距離で考えれば農耕地区なのだが、前述の通り災竜に近いため、人が近寄れず放置されている。
余談だが、災竜と距離が近い理由は、風災竜の頭がこの辺にあり、ちょっと上を向いているせいである。
《だからと言って外周を見てもあまり景色は良くない》
天空の城の常として、天空城の周囲は雲で覆われている。
外周から景色を堪能することは出来ない残念仕様である。
《仕方ない。外周と農耕地区を適当にブラブラしよう》
《お供いたします》
何と言うか、『来ること』自体が目的となり、『何をしたい』を考えていなかった。
せめて人の多い場所に大手を振って入れたらな……。
まずは外周を見に行こうか。
《やっぱり雲しか見えないな》
《下側も雲に覆われていますね》
申し訳程度に設けられた柵を越え、ギリギリから天空城の周囲を見渡す。
天空城の周囲を覆う雲は、全体を包み込むように存在している。
太陽光を取り込む上部だけが空いており、上を除く全方位どこから見ても天空城を覗くことは出来ない。
《雷雲じゃあないみたいだな。入ろうと思えば外から入れるのか?》
A:雲は凄い風速で回転している為、通常の手段で突破するのは困難です。上部も雲はありませんが、風速は速いので上から侵入することも出来ません。
一応、防衛方法も存在する模様。仮に『風雲の障壁』と呼ぼう。格好いい。
《周囲は強風が吹いているのに、天空城自体は無風なんですね》
マリアの言う通り、陸地部分はほぼ完璧な無風だ。
そうでなければ、柵を越えてギリギリから見るなんて真似はしない。いや、落ちても平気だけど、精神的に……。
《風も無く、雨も降らず、気候も変わらない。エルフらしい、閉鎖的で停滞した空間だな》
変わらない事を悪いとは言わない。
変化をリスクと捉えれば、災竜の封印を守る地が変わらない事は、1つのセーフティとも言えるのだろう。
尤も、俺なら飽きて3日と保たないだろうけどな。
雲を長々と見ていても面白くないので、農耕地区へと移動する。
災竜に近づく一部を除き、円環状に広がる農耕地帯には、様々な作物が育てられている。
災竜の肉体は凄まじいエネルギーを持っており、『地災竜・アースクエイク』と同じように、『風災竜・テンペスト』の上で育てた作物も高い栄養価を持つ。
それだけではなく……。
A:地上では絶滅した種が多数現存しています。
との事だ。
絶滅種の保存とか、まるでノアの箱舟みたいなことをしているな。
まあ、箱舟自体が災いの塊と言うのがミソだが……。
《仁様、折角ですので確保いたしますか?》
《いや、それは駄目だ。敵でもない、貸しもない相手から奪うのは趣味じゃない。これは、スキルに限った話じゃないからな。ユリエラは半ば敵対的な行動をしてきたが、だからと言って作物を奪うって言うのは違うだろ》
《承知いたしました》
俺は畑泥棒が嫌いだ。
人が精魂込めて育てた作物を、対価も払わずに奪うなんて最低な行為だ。
え?精魂込めて育てた作物を奪うのは良いのかって?
だから、根こそぎ奪うのは敵相手に限定しているだろ?敵から略奪するのは普通の事なので問題なし。
貸しのある相手から奪う時は、1ポイントだけ奪って、2ポイント返しているので、俺の精神的には問題なし。
実際に農産物を見て回りつつ、マップで確認して気付いたことをアルタに尋ねてみる。
《農作物はあるけど、畜産物は無いんだな。と言うか、天空城にエルフ、ハイエルフ以外の生物っているのか?》
A:いません。普通の生物の適応できる環境ではありませんし、小さな生物は災竜の瘴気を受けて生存が出来ません。
創作物において、エルフは菜食主義なイメージがあるが、この世界のエルフは普通に肉も魚も食べる。
しかし、天空城のエルフは肉がないため、完全な菜食主義なのだ。
排他的で引きこもり、菜食主義で魔法使い。まさしくエルフのイメージそのままな連中がここに居る!
それが分かっただけでも、ここまで来た甲斐があると言うモノだ。
A:ユリスズ、いえ、スズと交流があった時、地上から食肉を輸入していたようです。
………………………………………………………………。
《帰るか……》
《承知いたしました。『ポータル』》
テンションが極限まで下がった俺は、マリアの設置した『ポータル』で帰ることにした。
A:少々お待ちください。
しかし、そんな俺をアルタが止める。
アルタが止めると言う事は何かイベントが起きたはずだ。一体何があったんだ?
A:天空城に転移してきた者がいます。その者の名は『ギレッド』です。
……誰?
《仁様、ユリシーズさんを水晶に閉じ込めたハイエルフです》
《ああ!》
そうだった。前に要注意人物にカテゴライズしたんだった。
要注意人物にしておきながら忘れるとか、締まらないにも程がある。
それにしても、件のギレッドとやらは天空城に何をしに来たんだ?
そう言えば、ここにはユリシーズ所縁である地の一族も居るんだよな。それなら、ここにギレッドの家があっても不思議ではないのか?
A:どうやら、単なる帰郷と言う訳ではなさそうです。2人の会話をリプレイいたします。
アルタはマップ内の音声全てを把握できる。過去の会話を再現することくらい訳はない。
(きひひひひ、ユリエラ姫様、お久しぶりですね)
現実に追いつかせる為、リプレイは早送り再生となっている。
そのせいで、少しだけ声が高音になる。
高音で男女の区別がつきにくいが、これがギレッドの声だろう。
(ギレッドですか。相変わらず、気色の悪い笑い方をする男ですね)
(きひひ、姫様も相変わらずお厳しい。お約束の最新版封印水晶をお持ちしましたよ。それで、ユリア様はどちらにいらっしゃいますか?)
封印水晶ってユリシーズを閉じ込めていたヤツか?
A:はい。
会話から察するに、ユリエラはユリアを封印するつもりだったんだな。
(ユリアはここにはいません。ユリスズが不甲斐ないせいで取り逃がすことになりました)
(きひ?それは困りましたね。ようやく78代目の封印水晶が完成したのに、肝心の『姫巫女』がいないのでは意味がありません)
(……ギレッドがここに来れたと言う事は、災竜の封印は解かれていない?どうやら、ユリスズは殺されずに済んだようですね。つまり、ユリアも生きていると言う事です)
(きひ姫様?どうかしましたか?)
(何でもありません。ギレッド、次は貴方もユリアの捕獲を手伝いなさい)
(きひ?それは構いませんが、良いのですか?私がユリア様に接触しても?ユリア様は私の事を大層警戒しておりましたよ?)
(ええ、問題ありません。ユリアは記憶喪失になっていましたから。……以前の封印水晶の欠陥ではありませんか?)
(きひ!きひ!ああ!ああ!やはりそうなっていますか!77代目を解析したら、記憶を破壊する可能性があると分かったのですよ!)
(分かっていたのなら、事前に伝えなさい)
(きひ、すいません。気付いたのは最近なんです。まさか、封印水晶の暴走で転移魔法が発動するとは思わなかったので、そちらの解析に掛かりきりだったんですよ。やっぱり、姫様の魔法の道具をそのまま組み合わせたのが不味かったみたいですね)
(私のせいにしないで下さい。貴方の不手際でしょう)
(きひ、それはすいませんでした)
(転移と記憶喪失、道理で見つからないはずです。今度はその様な不具合、存在しないのですよね?)
(きひひ!当然です。今度こそ私の理論に間違いは無いはずです。姫様の望むように、封印した『姫巫女』の能力だけを外部から使用できるようになっていますよ)
(封印の保護のため、『姫巫女』の封印は必須です。しかし、『姫巫女』の持つ能力自体は閉じ込め、死蔵するには惜しい。これで、私も心置きなく引退が出来るはずだったのです)
(きひひひひ。ええ、ええ、私の研究もはかどりました。人柱となるユリア様と50代目封印水晶、失敗作の犠牲となられたユリナ様には感謝しかありません)
(ユリナ……。ああ、居ましたね、そんな者も。私の役に立つことなく死んだ人柱候補など、何の価値もありませんよ)
ここで、音声が止まった。
リプレイ内容が現実に追いついたのだろう。
まとめます。
ユリアに使用するつもりだったのは、ユリシーズと同じ封印水晶ではなく、『姫巫女』の能力を外部から使用できる改良版。
ユリアが天空城から消え、記憶喪失になったのは、ギレッドの作った未完成の改良版封印水晶の暴走事故によるもの。
ユリアの前の『姫巫女』候補は、封印水晶の事故で死亡している。
ホント、碌でもねぇな……。
ああ、そうだ。ユリシーズにギレッドを一発殴らせる約束だったよな。
アレは、殴り殺してもいい手合いだ。
A:マスター。問題が発生しました。
……聞こうか。
A:ユリエラがエルフの1人に襲われ、間もなく死亡いたします。……死亡しました。
はい?
A:今のギレッドとの会話を、話に出ていたユリナの父親が聞いていました。娘の仇と言う事で自暴自棄になり、ユリエラに魔法攻撃を仕掛け、奇襲が成功いたしました。また、ギレッドはユリエラ製の転移魔法の道具で逃げました。
うわぁ……。
完全な自業自得ですやん。
これ、『風災竜・テンペスト』の封印が解けて、天空城が崩壊するよね?
A:します。
……………………。
あ、そうだ。これだけは言っておかないと……。
「ばるす」
最後の一言を言う為だけにこの章があったと言っても過言ではありません。
仁がユリエラを殺す理由が全く思いつかなかったので、自らの因果で死んでいただきました。
そして、いつも通り雑に明かされる真実。
ギレッドは運よく生き残ったので、どこかでもうひと働きしてから死んでいただきます。