第107話 爆発とアルタの端末
織原死す!(感想欄では信じていない人が多数)
織原のHPが0になって崩れ落ちると同時に、俺も力が抜けてその場に座り込む。
最後の連撃で全力を出したので、しばらくは休まないとキツイ。
「いやー、やっぱり負けてしまいましたね。残念です」
HPが0になり、死んでいるはずの織原が普通に喋りかけてきた。
「お前何で生きているんだよ……」
「いえ、ちゃんと死んでいますよ。ほら、HPだって0になっているでしょう?」
「じゃあ、大人しく死んでおけよ。何で普通に喋ってんだよ」
織原はHP0の状態で仰向けに倒れており、その身体は戦いの影響でボロボロだ。
しかし、その口だけはいつも通りに動いている。
「大したことじゃありませんよ。進堂との戦いなのですから負けて当然。なら、負けて死んだ後の準備をしておくのも当然じゃないですか」
「……まあ、織原なら驚くほどの事じゃないか」
HP的には確実に死んでいるのだが、織原ならと納得してしまう自分がいる。
俺もさくらの創造した『アンク』で死者を蘇らせることが出来るのだ。織原に似たようなことが出来たとして、何の不思議があるというのだろうか。
俺も大分織原に毒されている気がする……。
「そうそう、こんな下らない小技の事はどうでもいいじゃないですか。それよりも、進堂は何故ステータスで勝る僕に勝てたんですか?そのことを教えてくださいよ」
「……試しに俺のステータスを見てみろよ」
「え?……ああ、なるほど、それは僕が負けるわけですね」
織原が俺のステータスを確認して納得する。
今現在、俺のステータスは織原よりも高い。元々ほんの僅かな差しかなかった俺と織原なのだから、ステータスが逆転すれば戦いの結果が逆転するのも至極当然の話である。
「でも、おかしいですね。配下からの能力供給はまだ出来ないはずなんですけど……」
織原は「念入りに出来ないようにしました」と呟く。
織原は戦いに極力余計な力が介入しないように気を使っていた。先にも言った通り、あらゆる面でこの異世界は都合が良かったそうだ。
「それは既に配下に与えたステータスの話だろ?元々、配下に与えるステータスは、1度俺を経由してから分配される。そして、その機能自体は異世界でも無効になっていなかった」
今、元の世界では俺の配下達が全力で魔物狩りを進めている真っ最中だ。
この世界に来てすぐ、無効になっている効果を確認した俺は、念のためマリアに魔物を狩りまくるように依頼をしたのだ。
その後、最低限必要な人材を残し、ほとんど総出で魔物狩りを行い、共有した<生殺与奪>で奪ったステータス、その全てが俺へと集約されている。
時間はかかったが、織原との長い会話の間にもステータスは流れてきたし、防御に力を振って時間稼ぎすることで、何とか織原を上回ることが出来た。
絶え間なくステータスが流れてくるせいで身体の感覚が狂い、余計な被弾が増えてしまったのは誤算だったが……。
適応力には自信があったけど、高速戦闘中に瞬時に対応するのは流石に無理だったよ。
と言うか、ここまでなりふり構わずにやらんと勝てんのだよ。織原の奴には……。
「完全に読み違えましたね。やはり、異能は扱いが難しい。一部を奪うだけでは理解に限界があるようです。これは、今後の課題ですね……」
「死んだのに今後の事を気にするのか?」
「はい。死んだはずのキャラが再登場するのは必須の見せ場じゃないですか」
相も変わらず、理解できるような、理解したくないような理屈で動く奴だな……。
「でも、それって大抵の場合、死んだか死んでないんだかわからない奴の特権だよな?ここまで完璧に死んでいて、その役割が務まるのか?」
「大丈夫です。今から死んだか死んでないんだかわからない状態にしますから」
「……どうやって?」
織原の言い方に嫌な予感を覚えながらも尋ねる。
「もちろん、自爆です。自爆したキャラは基本的に生死不明扱いですからね」
「お前、爆発できるのか?」
「できます」
織原が躊躇なく言い切る。
「……………………もちろん避けるぞ?」
「頑なに逃げるとは言わないんですね」
「当然だろ。分かっていて言うなよ」
「それもそうですね」
俺は逃げることが嫌いだ。
腐れ縁とは言え付き合いの長い織原だってそれは知っているはずだ。
そして、俺の定義では今回の件は『逃げる』ではなく『避ける』に分類される。
俺の中で『逃げる』と言うのは同格以上の相手に対して使う言葉で、『避ける』と言うのは格下相手、無意味な事に使う言葉だと決めている。
具体例を挙げよう。
例えば、将棋のタイトル持ちが居たとする。彼に挑戦したい者は沢山いるだろう。しかし、彼にはその挑戦の大部分を『避ける』権利がある。何故なら、大部分の者は彼と同格であると証明できないからだ。逆に言えば、対局に勝ち進み、資格を得た同格の者との戦いからは『逃げる』ことが出来ないと言う事になる(逃げたら不戦敗です)。
例えば、喧嘩をしている最中に相手の攻撃を『避ける』ことや、新品の靴を履いている時に泥水の水たまりを『避ける』こと、これらを『逃げた』とは言わないはずだ。それはもちろん、攻撃を受けることも、靴を汚すことも無意味なことだからだ。
今回、織原の自爆を受けるのは明確に無意味なことである。だから避ける。
「ああ、安心してください。自爆するのは進堂がこの場を去った後にしますから。折角なのですし、もう少し話をしましょうよ」
「いや、もう疲れたから休ませろよ。何で負けたお前の方が元気なんだよ……」
死んでいるはずなのに、無暗に積極的な織原の態度に辟易する。
「むしろ死んでいるからこそ、肉体的な負担を切り離せたんですよ。死んだら身体が疲れることはありませんからね。……でも、確かに負けて死んだキャラがいつまでもページを埋めていたら邪魔なだけですよね。わかりました。後、30秒で自爆します」
「早いよ!」
織原が自爆宣言をしたので、大急ぎでその場を離れる。
疲労が大きいので、<縮地法>のスキルを用いて何とか10km程の距離を取る。
「ここまでくれば大丈夫か?」
そろそろ30秒、織原があの場面で嘘をつく訳ないし、本当に爆発するのだろう。
-ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!-
きっかり30秒後、轟音と共に織原のいた辺りから爆炎が広がった。
爆風こそ届いていないが、余波でかなりの強風が吹き荒れる。
時々ビルが飛んでくるので裏拳で弾く。一体、何をどうしたらこれほどの威力の自爆が出来るのだろうか。
爆発が収まった後、織原のいた場所を中心に半径5km程のクレーターが出来ていた。
織原の姿は死体の一欠すら残っていなかった。……これ、『また来るよ』宣言だよな?
最後まで余計な手間をかけさせられたが、とりあえず織原との戦いは終わりだ。
俺は疲労感からその場に寝転がった。
織原との戦いが終わった以上、配下達にステータス供給を止めるように言わなければ。
俺が止めないと、いつまでも戦わせ続けることになるからな。流石にそれは可哀想だ。
《マリア、戦いが終わったから、魔物狩りによるステータス供給を止めていいぞ》
《仁様!ご無事ですか!?》
寝転がったままマリアに念話をすると、大きな声(意思)でマリアが聞いてきた。
《ああ、無事だ》
《良かったです……。本当に、良かったです……》
泣いているのだろう。
鼻声になったマリアが何度も良かったと呟く。
《マリア、他の皆に連絡を入れてくれ》
《ぐすっ……。はい、今すぐに》
そう言ってマリアは一旦念話を切った。
《ご主人様、お疲れ様。無事に終わったみたいね》
《ごしゅじんさまー!》
《ご無事そうで何よりですわ。勝ったんですわよね?》
マリアが念話を切っている間に、今度はミオ達から念話があった。
セラがミオ、ドーラと一緒にいると言う事は、さくらの戦いは終わったと言う事だろう。
《もちろん俺の勝ちだ。……それでさくらの方は終わったのか?》
《はい、私の戦いは終わりました……。落ち着いたら、お話しします……》
《いや、話したくなければ、話さなくていいぞ》
気になると言えば気になるが、無理に聞きたいとは思わない。
さくらの方で区切りが付けば、それだけで良いのだから。
《話します……。いえ、聞いて欲しいんです……》
《……わかった。この件が落ち着いたら聞こう》
話したいというのなら、それはそれで聞く。
さくらの話し方は暗くなってないので、それほど悪い方向にはいかなかったのだろう。
……所持スキルの中に、虐めっ子達の祝福スキルがある以上、結末の方向性だけは分かってしまうのだが。
《それでご主人様、こっちに戻れる目途は立っているの?》
《あー、一応ヒントは聞けたんだが、正確な事はまだわからん。しばらくは戻れないと思ってくれ。悪いが、その間の事は頼むぞ。色々とやり残していることもあるからな》
ミオの質問に曖昧な返事をする。
織原からいくつかヒントは貰ったが、実際にかかる時間はわからない。
急に転移させられたせいで、やり残していることがいくつかあるのが気になる。
エルディアとの戦争や魔族四天王2人の事とかだな。
俺がいなくても何とかなるとは思うが、対応はしっかりしてもらいたい。
そして、可能な限り早く戻りたいと思う気持ちと共に、この世界を少し見て回りたいと思う気持ちもある。
何せ、消滅しかかっている以上、見て回れる時間に制限があると言う事だからな。
《わかったわ。そっちは任せてちょうだい》
《ああ、頼む》
《あの……、仁君、ちょっといいですか……?》
《さくら、どうした?》
さくらが気まずそうに話しに割り込んできた。
《マリアちゃんが、仁君の元に行ってしまいました……》
《え?どうやって?》
こちらの世界とあちらの世界を行き来できないという話をしている時に、マリアがこちらに来ると言われても反応に困る。
《<無限収納>を使ったそうです……。<無限収納>は無効になっていないんですよね……?》
《ああ、問題なく使えるな。そっちで入れたモノも取り出せるみたいだ。……あ》
俺が<無限収納>の中身を確認していると、驚くべきことに、その中には『マリア(凍結)』という表示が見つかった。
確かに<無限収納>の中には、凍ったり石化したりしていれば生き物でも入れられる。
向こうの世界で凍ってから<無限収納>に入れば、こちらで取り出して解凍することも出来るだろう。でも、いくら何でも自分から躊躇なく凍って<無限収納>に入るとか、正気の沙汰ではないだろう……。
《ああ、確認した……。うん、こっちで解凍するよ》
《よろしくお願いします……》
念話を切り、疲れた体に鞭打って何とか起き上がり、<無限収納>から『マリア(凍結)』を取り出す。
加えて、凍結解除のアイテムを取り出して、『マリア(凍結)』に使用する。
織原との戦いではそのような隙は無かったが、こちらの世界でも回復アイテムは同じ効果で使用できるみたいだ。
解凍されたマリアは、意識を取り戻すとともに俺の前に跪いた。
「仁様にお供するために参りました。どうか、お傍においてください!もちろん、護衛の任を果たせなかった私が許せないというのでしたら、切り捨てて頂いても構いません!」
「俺との付き合いも長いし、そんなことを望まないのは分かっているだろ?切り捨てるつもりなんてないし、傍にいることも許す」
「……仁様の寛大な御心に深く感謝いたします」
跪いていると思ったら、いつの間にか土下座になっていた。
「……ところで仁様、1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん?なんだ?」
「……どうして、仁様は服をお召しになっていないのでしょうか?」
「ああ、そう言えばすっかり忘れていたな……。そろそろちゃんと着るか」
そう、何を隠そう現在の俺は『不死者の翼』を腰に巻いただけの半裸と呼んで差し支えないような恰好なのだ。
何を隠そう、と言うか、隠すべきものがほとんど隠れていないような状態である。
何故、俺が腰巻1つで猫耳少女に土下座させているのかと言うと(人聞きが超悪い)、一言で言えば織原との戦いで服が弾け飛んだからだ。
俺と織原の戦いは超高速、超威力の戦いだ。普通の服が耐えきれる訳が無い。服が破れてどこかに行ってしまうのは、当然の結末だろう。
なお、織原の学生服は何故か最後まで無事でした。ボロボロにはなっていたけど、原形をしっかりと留めていた。何やったんだろうね?
そして、織原の元から離れるとき、かろうじて『不死者の翼』を腰に巻くだけの事はしたと言う訳だ。流石の俺も全裸で街を駆け抜けたくはないからな。
<無限収納>から服を出して、ササッと着替える。
いや、マリア、手伝わなくていいから!
服を着た後はマリアが淹れる茶を飲み、しばらくの間休憩をしていた。
ゆったりと10分くらい休んだら、随分と体力も精神も回復してきた。
織原との戦いは全く気が抜けないから、精神的にも疲れるんだよな。
「そろそろ行動を開始するか」
「これから、如何なさるおつもりですか?」
ああ、マリアにはまだ説明していなかったな。
一応、織原から聞いた話の概要は説明したんだが、実際に何をするかは話していなかった。
「この世界から出るために、この世界の中心を探すつもりだ。そのために、まずは世界の端っこを見に行こうと思う」
「中心を探すのに端に行くのですか?」
「ああ、この世界は端から崩壊しているって話だからな。見ておいて損はないと思う。……観光的な意味でも、中心の大まかな位置を探るという意味でも」
端がわかれば、全体的な世界の形状もわかるかもしれない。
崩壊の速度や状況も知っておいて困ることはないだろう。
「崩壊する世界に飛ばされてまで仁様は観光をお求めなのですね……」
「むしろ逆だな。崩壊するからこそ、その前に観光しておきたいと言う訳だ」
崩壊すると言う事は、見ることのできるチャンスが限られると言う事だ。
期間限定とか言われると弱いのだ。
「本当はその様な危険な真似はお止めしたいところですが、仁様がお望みならば仕方がありません。今度こそ、全力でお守りいたします」
「ああ、任せるよ」
普通に考えて、織原が相手でもなければマリアが出し抜かれることもないだろう。
でも、織原の奴、多分また来るんだろうなぁ……。
そんなことを考えながらマリアがお茶の片づけをしているのを見ていたら(手伝うのは拒否された)、久しぶりにアルタからの連絡が来た。
A:マスター、大変お待たせいたしました。この世界への対応が終了いたしました。
思っていたよりも長かったな。何にそんな時間を食っていたんだ?
A:この世界で使用できない異能を可能な限り使用できるようにしていました。<生殺与奪>の機能を全て有効にするのに特に時間がかかりました。
本来、ステータスで勝る織原に勝とうと思ったら、織原のステータスを直接奪うのが1番楽だったはずだ。
しかし、実は<生殺与奪>もこの世界に来てから機能不全を起こしていたのだ。具体的には、<生殺与奪LV1>までレベルダウンするという形で……。
元々、<生殺与奪>のLV1効果は、2mの距離で徐々にステータスを奪うというモノだ。織原との戦いの最中、そんなことをする余裕がある訳が無い。
遠距離から奪う効果が残っていればよかったのだが、ままならないものである。
なお、このレベルダウンはこの世界で使用する場合に限定されていたので、俺の配下達は高レベルの<生殺与奪>をそのまま使えたのだ。
余談だが、<生殺与奪>のレベルが1になっていたせいで、死んだ織原からステータスを奪えなかったのである。
あの時点では、アルタの復帰を待つことが出来なかったのでそのまま倒してしまったが、織原のステータスがそのまま残っているというのは正直嫌な予感しかしない。
……織原の事を考えるのはもう止めよう。アイツはなるようにしかならん。
はぁ……。それでアルタ、全ての異能は使えるようになったのか?
A:大半の異能は元通り使えるのですが、ヘルプ機能とマップ機能だけはこの世界に対応しきれず、能力に制限が掛かっています。マップに関しては今いるエリアの情報だけが制限付きで表示されます。
よりにもよって、この世界を脱出するのに役立ちそうな異能に制限がかかるのか……。
マップを確認すると、今までの半分以下の範囲の情報が表示された。
隣接エリアの情報は全く分からないし、今いるエリアの情報も歯抜けのような状態だし、そもそも今いるエリアすら全体が表示されている訳でもない。かなり狭い。
使えない程ではないが、今までと比べると得られる情報が雲泥の差である。
A:申し訳ありません。代わりと言う訳ではありませんが、マスターのサポートのために端末をお送りしたく思います。必要に応じてお使いください。
端末? ……ああ、鬼神の『依り代』でアルタの端末を作るっていう話だっけ。完成したのか?
A:はい。正確にはマスターがエルディアで四天王と戦闘している時に完成したのですが、丁度立て込んでいて話すタイミングがありませんでした。
確かに四天王と戦った後、王族を回収しようとしたところで織原の襲撃だからな。
アルタが端末の話をするタイミングなんて存在しなかったよな。
A:私の端末は生物ではありませんので、<無限収納>に入れられます。取り出していただければすぐにでも起動いたします。
ふむ、とりあえず取り出してみるか。
<無限収納>の俺専用スペースから、アルタの端末を取り出してみる。
出て来たのは、黒いスーツ(下はタイトスカート)に身を包んだ20歳くらいの女性(的なモノ)だった。
アルタはマネージャーとか秘書っぽいイメージがあるのでピッタリである。
日本人を意識したのか黒髪で、髪は肩より少し上で短く切りそろえられている。
ただ、何と言うか……整ってはいるが、日本人的に平凡な顔である。特徴がないというか、何と言うか……。
今は眠るように瞼を閉じて……直立不動である。
「仁様、これは一体なんでしょうか?」
片づけを終えたマリアが尋ねてきた。
「アルタの端末だな。取り出したら起動するって言っていたんだが……」
そこまで言ったところでアルタの端末が目を開いた。
思っていた通り目の色は黒だった。
「マスター、起動シーケンス完了いたしました。これからよろしくお願いいたします」
ビシッと姿勢を正し、機械的な動作でお辞儀をする。
「何か、ロボっぽいな……」
「マスター、似たような物だと思われます」
「アルタが普通に喋っているのは、なんだか不思議な感じですね」
アルタとの会話は、ずっと頭の中の念話だけだったから、微妙に落ち着かない。
「マスター、お望みでしたら、口調パターンの変更も可能ですが、如何なさいますか?」
「そのままでいい」
ロボ娘枠を持って行くのだから、これ以上の属性付けはいらないだろう。
アルタが属性過多になったら扱い難くてしょうがない。
「マスター、この行動用端末にロボ『娘』の呼称は正しくありません。この行動用端末は男性形態にも変更可能です」
「マジか……。すぐに変更できるのなら、試しにやってみてもらってもいいか?」
「マスター、可能ですが衣服は変更されません。それでもよろしいでしょうか?」
「……じゃあ、また今度でいいや」
男性の女性用スーツ姿を愛でる趣味はない。と言うか、見たくもない。
そんな大きな代償と引き換えにしてまで、アルタの男性形態は見たいものではない。
「ステータスは全体的に結構高く設定してあるな。この端末は戦闘を想定しているのか?」
「マスター、はい。この行動用端末は戦闘も出来るような仕様となっております。ですが、マスターやマリアと比べると明らかに弱いですし、この世界での戦闘でどこまでお役に立てるかはわかりません。どちらかと言うと、マップが効かないので先行して危険の有無を察知するためにお使いいただければと思っております」
「囮扱いかよ……」
秘書の最初の仕事が囮と言うブラック企業。
見知らぬ土地でマップが制限されるから、行動には今まで以上に気を付ける必要がある。
そう言う意味では、生き物ではないアルタの端末を囮にして先行させるというのは、悪い手ではないのだろう。
なんか、微妙に情けない気もするけど……。
「後、アルタの端末は1つしかないんだから、危険があって壊れる可能性を考えたら、まともに使えるのって1回だけじゃないか?」
「マスター、万が一破損しても、破損した残骸があれば再生可能です。加えて、一応ではありますが、危機回避する機能も持っています。ただ、残念ながら欠点もあります。動力がこの世界では供給方法のない魔力のため、長時間の単独行動が出来ません」
この世界では魔法が使えない。
その理由はこの世界には魔力がないためである。より正確に言うのなら、魔力が伝搬しないと言った方が正しいか。
周囲の魔力に影響を与えることが出来なければ魔法は使えない。ただ、元々持っている魔力がなくなる訳ではない。
「じゃあ、充電はどうするんだ?後、危機回避の方法って何だ?」
「マスター、もう1つの世界へと<無限収納>経由で帰還します。これは単独行動中の危機回避にも使用できます」
危機回避のために何をするか聞いてみた所、なんと<無限収納>に入ると答えてきた。
何でも、この端末は<無限収納>を発動出来て、<無限収納>に入れるのだと言う。
つまり、自身を対象に<無限収納>へ格納、と言った裏技が出来るのだ。
ただし、<無限収納>から出るのは自力では無理らしい。
つまり、自身で<無限収納>に入って、向こうで俺の配下に出してもらう。魔力を供給してから再び<無限収納>に入って俺かマリアが取り出す、と言うのが充電の基本的な流れらしい。
「先程、私も似たような事をした記憶がありますね……」
マリアは凍結した後、ルセアに<無限収納>に格納してもらったそうだ。
マリアも共通するが、今のところ<無限収納>経由でしかこの世界には来れないようだな。
「仁様、1つ考えたのですが、同じ要領で仁様を向こうの世界に戻すことは出来ないでしょうか?恐れ多い事ですが、私が仁様を凍結させて<無限収納>経由で移動出来れば、少なくとも仁様は戻ることが出来ます」
「あー、残念ながら俺は<無限収納>には入れないようなんだ。何と言うか、自分のポケットに自分が入るみたいな感じ……、いや、どちらかと言うと、自分で自分を丸飲みするような感じ?織原みたいな例えで嫌なんだが……」
アイツなら自分で自分の丸飲みとか出来そうだよな。
と言うか、『影で呑み込める』と言う事は、自分で自分を飲み込めるってことだよな。
もしかして、爆発の時……。
「そうですか、残念です。仁様だけでも脱出していただこうと思ったのですが……」
「いや、そもそも、マリアなりアルタ(端末)を置いて自分だけ戻るとか、そんな情けない真似は出来ないって。それに、観光と言う目的を忘れてもらっては困る」
「……そうでした。仁様はこの世界を観光したいのでしたね」
第1の目的がこの世界の観光で、第2の目的が脱出なのだ。いや、厳密に言えば第1の目的は『脱出方法を探す』か。この世界からの脱出方法を知らないままだと、落ち着いて観光出来ないし。
「そう言う事だ。……さて、いつまでも話しているのもアレだし、今度こそ出発するか」
「はい、仁様の仰せのままに」
「マスター、どちらの方角に向かうのでしょうか?私が先行いたします」
先ほど言っていた、アルタの端末が危機の有無を確認する、と言うのは本気のようだ。
「本当は態々そんなことをしなくてもいいんだけど……」
「マスター、お願いいたします。やらせてください。マップを復元できなかった責任を取らせてください」
アルタ(端末)が無機質な瞳でじっと見つめてくる。
別にマップが使えないのはアルタのせいって訳でもないんだけどな。
「いや、アルタの端末には行動時間に制限があるんだろ?あまり無意味に使うべきじゃない。嫌な予感がしたら使うから、それまでは待機だ」
「マスター、それでも、最初だけは先行させてください。可能な限りこの世界の情報を集めておきたいのです」
確かに俺達にはこの世界の情報が圧倒的に不足している。
アルタが情報収集をしてくれるというのなら、それが1番確実であるのも事実だ。
「……わかった。それでアルタの気が済むというのなら、アルタの好きにしろ」
「マスター、ありがとうございます」
「それで、これから向かう方角か……。最初の目的はこの世界の果てを探すことだから……、んー、あっちだな」
とりあえず、周囲をぐるりと見渡して、ここだと思った方向を指差す。
地図がないから、東西南北がわからない。参考情報として、転移した時に向いていた方角から考えると北東だな。今後は暫定的にその考え方で方角を扱って行こう。
「了解いたしました。先行させていただきます」
「待て。とりあえず、このままだとアルタ、アルタの端末で区別が付けにくいから、その端末にも名前を付けておこうと思う」
「マスター、よろしくお願いいたします」
コクリと頷くアルタの端末。どうやら、意外と乗り気な様子。
「ああ、そうだな。……ベガっていうのはどうだ?アルタに合わせたんだが」
日本の七夕、織姫と彦星の織姫のことだ。断じて織原ではない。
彦星がアルタイルでアルタと掛かっているから、女性型の端末には織姫、ベガの名を与えようと思う。
ぶっちゃけ、一人二役なんだけどな……。
「マスター、ありがとうございます。では、行ってまいります」
「おう、気を付けていけよ」
こうして、アルタの端末ことベガは高速で北東方向へと走り去っていった。
なお、この世界では<飛行>スキルも使えないので、移動は徒歩である。<飛行>さえ使えれば、天空竜を呼んで空の旅も出来たのだが、残念である。
アルタ、いやベガが走り去ったのを見送り、俺達も北東方向へ進む。
「ベガが先行しているから、しばらくはゆっくりと進もうと思う」
「はい。了解いたしました」
俺達が急ぎ過ぎると、ベガに追いついてしまう。
まあ、「ゆっくり」とは言っても普通の自動車以上のスピードで進んでいるんだけどな。
流石に普通に歩いているだけじゃ、世界の果てに着くまでにどんだけ時間がかかるのかわからないし……。
マリアと並んで走りながら、この世界の様子をもう少し観察してみる。
自動車以上の速度で10分以上も走っているのに、まるで景色が変わらない。右を見ても左を見てもビルしかないのである。
ちょっと大ジャンプしてみたのだが、数kmどころではない距離でビル群が広がっているようだ。
景色が変わらない中を走り続けるのは少し飽きる。
目に映る物全てが灰色と言うのも飽きる原因の1つだろう。
「仁様、ここは本当に仁様のいた世界ではないのですか?ミオちゃんから聞いていた話の通りなのですけど……」
マリアは地球、と言うか『俺がいた世界』に興味があるようで、ミオに良く地球の話をねだっていた。そんなマリアから見てもこの世界は地球そっくりだという。
確かに、この世界は元の世界にそっくりだ。しかし、確実に元の世界ではない。
「それは間違いがないな。いくつか理由があるんだけど、最も大きな違いはアレだ」
そう言って俺は上を指差す。
そこには赤い月と青い月の2つが空に輝いていた。
「俺達の世界に月は1つしかない。それもあんな色ではない。……って、それに関しては世界全体が灰色になっている現状では根拠にならないか」
この世界はほぼ全てが灰色のくせに、月だけは赤と青と言う自己主張をしているのだ。
空の色も灰色だから昼なのか夜なのかもわからない。月があるのだから夜、と考えることも出来るが、それだって当てになるかはわからないしな。
「それに、もし仮にここが俺の元いた地球だったとしても、ここまで完全に滅んでいたらどうしようもない。戻る方法を探す必要がなくなるだけだな」
「そうですね。申し訳ありません。余計な事を聞きました」
ここが元の世界で、しかも滅んでいるというのなら、エルフの隠れ里とかに行って、元の世界への帰還方法を探す必要もなくなる。もちろん、観光では行くんだけど……。
と、そこでふと織原の言葉を思い出す。
「……いや、よく考えてみたら織原が第3の世界って言っていたな。やっぱり地球じゃないのは確定だな」
「仁様の敵の言葉なのですよね?信じてしまってもよろしいのですか?」
「ああ、織原はあの場面で嘘をつくような奴じゃない。説明フェイズで嘘をついたら解説キャラの価値がなくなるからな」
自分のキャラクターを台無しにするような事をあの織原がする訳が無い。
基本的にアイツはテンプレに忠実なのだ。ああ、先に言っておくが褒めてはいないからな。
「聞けば聞くほど、よくわからない関係ですね」
「まあな」
俺の話を聞いたマリアが首を傾げる。
俺自身、織原との関係性を一言で表せと言われたら困る。
アイツの事を理解していると言われるのは業腹だが、付き合いが長いからなんとなく分かってしまうんだよな。
「幼馴染なのですよね?殺してしまって、本当によろしかったのですか?」
「……ああ、マリアには言っていなかったか。多分、アイツはまだ生きているぞ。そう簡単に滅びる訳が無い」
「え……?」
マリアが走りながらポカンとした顔を見せる。
「HPが0になった。肉体がはじけ飛んだ。でも、多分生きてまた現れるな」
「……それは本当に人間なのですか?」
「さあ?種族も不明だったし、人間である保証はどこにもないな」
裏伝
*本編の裏話、こぼれ話。
・2人のステータス
織原には自身のステータスの一部を他者に与える能力と、食い殺した相手の3倍のステータスを得る能力があるので、時間が経てばその分有利になるように見える。
しかし、実際には『他者に与えるステータス』には限度値があり、織原のステータスは既にその限度値を超えているので、それ以降に得られるステータスはほぼ一定となる。
対する進堂は倒した相手のステータスそのまましか手に入れることが出来ないが、配下の数は次々と増えており、比例して得られるステータスも上がっている。
進堂と織原のステータスは第105話開始時点ではほぼ拮抗していた。
逆に言えば、このタイミングで進堂と織原が戦わなかった場合、織原は進堂にステータスで引き離されることになるところだったのだ。
流石の織原も異能を十全に使える進堂が相手では分が悪い。異世界に引き込むにも、転移の祝福は1度踏んだ場所しか転移できない。そんな能力を持った勇者が進堂の行動範囲に入ったら警戒されてしまう。だからエルディアで待ち伏せるしかない。
終始織原のペースだったように見えて、実はギリギリの綱渡りをしていたのである。
???「ええ、その綱渡りは楽しかったですよ」
バトル物って不自然なくらい服は無事ですよね。作者はリアリティ重視です。
不死者の翼「俺は腰巻じゃねえ!」