外伝第8話 戦争開始の裏側で(裏)
連続更新の最後です。
タイトルは意味深ですけど、そんな大したことではありません。
木野あいちが報告を終え、執務室を出て行った後、七宝院神無は深いため息をついた。
「やはり、木野さんとお話をするのは緊張しますね」
「ああ、あの美貌だからな」
「本人にはその自覚がないようですけどね」
五十嵐芽衣も同意するように頷く。
木野あいちは確かに身長が低く、プロポーションも良いとはいえない。
しかし、その美貌だけは七宝院神無ですらも息を飲むレベルだ。
まるで日本人形のように整った顔立ちは、ほぼ完全な左右対称で、酷く人間味に欠ける。
中学生程度の未熟な精神では、その容姿に畏怖を覚え、排斥しようと思うのも無理からぬことだろう。
そう、木野あいちが中学時代に虐められていたのは、貧乏などと言う理由ではなく、単純に容姿が整い過ぎていたが故だったのだ。
高校生になっても、近寄りがたい雰囲気は変わらず、基本的には敬遠される傾向にあった木野あいちだが、その美しさは七宝院神無と二分するとまで言われていた。
いや、七宝院神無はその他のスペック込みで評価されている分、単純な美貌と考えると、七宝院神無すら圧倒していると言えた。
余談だが、勇者達が木野あいちに付いてきたのは、『木野あいちが七宝院神無と行動を共にしている』と言うレアショットを見たかった、と言うのも無視できない要因だったりする。
木野あいちは任務帰りなのでそのまま部屋に戻ったが、執務室に残った者達にはまだまだやることがある。
七宝院神無は、木野あいちが任務中にまとめていた報告書を読んでいた。
七宝院神無が報告書を捲る手が、ある時ぴたりと止まった。
「木野さん、また……」
「どうしたんだ?木野がまた何かやったのか?」
同じく書類仕事をしていた五十嵐芽衣が尋ねる。
「木野さんの報告書に書いてあったのですが、また新しい色を入手したようです」
「……っ!」
五十嵐芽衣が顔を引きつらせる。
木野あいちの持つ祝福である<十人十色>は最初、その名の如く10の色を扱うことが出来た。
しかし、現在では20もの色を扱うことが出来るようになっている。
基本的に祝福と言うのは成長しない。いや、より正確に言うのなら、使っただけでは決して成長しない。
では、どうやったら成長するのか?
それは、先にも述べた通り、勇者が死んだ際に現れる白い靄を取り込んだ場合だけだ。
木野あいちの場合、この白い靄を取り込むことで、靄1つにつき1つ、新しい色が扱えるようになるのだ。
つまり、木野あいちは既に10人もの勇者の死に立ち会っていることになる。
何故、そこまで勇者の死に立ち会っているのか?
実は、その10人は戦争から逃げる話を持ち掛けた木野あいちに襲い掛かった者達なのだ。
理由は戦争に賛成しており、木野あいちを裏切り者と判断したから、あるいは木野あいちの美貌に劣情を催し、襲い掛かろうとしたかのどちらかである。
「相変わらず、容赦も躊躇もありませんね」
七宝院神無が呟くように、基本的に木野あいちは容赦という物を知らない。
自身に襲い掛かってくるような相手ならば、確実に容赦はしないだろう。
そう、木野あいちは既に10名近くの勇者達をその手に掛けているのだ。
戦闘能力に乏しい木野あいちが、どうやって戦闘向きの祝福を持った勇者を殺せるのか?
当然、<十人十色>によるものである。
とある勇者は、逃げる木野あいちを追う際に川を飛び越えようとした。
その際、川の途中に設置されていた『黄・麻痺』や『紫・睡眠』のシャボン玉を避けきれず、その効果によって川に転落、溺死することになった。
とある勇者は、木野あいちの提案を受け、付いて行く振りをして寝込みを襲おうとした。
その際、テントの入り口、暗い足元に設置されたシャボン玉を踏みつけ、眠りこけた。そのまま、先の魔物のように喉元を掻っ捌かれた。
木野あいちは自身の戦闘力とは無関係に、他者の動きを封じることに特化している。
そして、動きが封じられてしまえば、どんな強者であろうと死を免れることは出来ない。
戦闘力が低い=弱いと言う訳ではないことを体現しているのが木野あいちなのだ。
「まあ、木野の容赦がないのは、今に始まった事でもないだろう?何せ、私達を無理矢理同志としてまとめ上げたくらいなんだからな」
「……そんな事もありましたね」
今でこそ七宝院が同志達をまとめているが、最初にこのようなグループを作り出したのは木野あいちだった。
自分1人では出来ることが限られると判断し、自分と同じような境遇の者達を探し、集めて1つの集団としたのは木野あいちの手腕によるものだった。
先にも述べた通り、木野あいちは自身の目的のためならば、手段を選ぶこともないし、何かを容赦することもないし、実行に躊躇する事すらない。
元々、進堂仁へのアプローチ方法の違いから、仲が良いとは言えなかった水原咲に対して、一切躊躇することなく連絡を取ったのも七宝院神無達を驚かせた行動の1つだったりする。
「あの時は本当に驚きました。『進堂様の力になりたくはないですか?』と見ず知らずの美人な後輩に真顔で詰め寄られたのですから」
「隠れて慕っているはずだったのに、あっさりと看破されてしまったからな。それは驚くさ」
しかも、理由を尋ねてみても『目を見ればわかる』としか言わない。
木野あいちの進堂仁に関する嗅覚については、同志達の中でも群を抜いているだろう。
異世界に転移して進堂が追放された際に、狼狽していた同志達をいち早くまとめ直し、七宝院をリーダーにして指揮系統を作り上げたのも木野あいちだ。
学校の成績が殊更に良い訳でも、リーダーシップに秀でている訳でもないのに、進堂仁が絡んだ時だけ行動力や機転、洞察力が向上するのである。
「いっそ、木野さんにリーダーを任せるのも手だと思うのですが……」
「木野もリーダーは嫌がるだろう。その気があれば、最初からそうしているはずだしな」
その気になればリーダーになることも出来た木野あいちだが、本人は裏方に徹することを選んでいる。その性質は面白いくらいに祝福にも現れている。
それでも、同志達の中には、七宝院神無を表の代表者、木野あいちを裏の代表者として考えている者も少なくはない。例え、木野あいちにそのつもりが無くても、である。
「さて、お喋りはこのくらいにして、書類仕事を進めるとするか」
「そうですね。私達にはするべき事、しなければいけない事が沢山ありますからね」
七宝院神無と五十嵐芽衣は話を切り上げると、それぞれ書類仕事に戻って行った。
勇者達の大半がエルディア王国を見捨てたことで、戦争の後、世界各国の社会情勢は大きく変わることになるだろう。
勇者がいなくなり、戦争にも負けた(断定)エルディア王国は言うに及ばず、勇者達を受け入れたエルガント神国にも多大な影響を及ぼすはずだ。
特に勇者関連の契約は大幅な見直しが必要になる。勇者支援国の契約などはその最たるものだろう。
今現在、七宝院神無達が手を付けているのは、そんな『戦争後のための書類』なのである。
本人達は進堂仁の事しか考えていないが、曲がりなりにも勇者達をまとめて亡命させた立役者達である。知らず知らずの内に『勇者達の代表』のような立場になっていたのだ。
彼女達も自身の行動の結果なので、その後始末を無視する訳にもいかない。
幸か不幸か彼女達には能力があり、目的が1つなので団結力もある。
エルガント神国では、そんな彼女達を打倒魔王の旗頭にしようと言う動きが水面下で繰り広げられている。
よりにもよって、祝福を自ら捨てようとしている者達を旗頭にしようとしているとは、エルガント神国は夢にも思っていないことだろう。
テーマとしては、元の世界の信者達です。
仁が元の世界で何もしていない訳が無いだろうというお話です。でした。
この信者グループには入っていないですけど、仁は男子も助けています。ホントです。