外伝第8話 戦争開始の裏側で(下)
ある意味仁の過去話。
私、七宝院先輩、五十嵐先輩を含め、この屋敷には現在17名の女性達が暮らしている。
学年も部活もバラバラの17人だが、私達は同志として行動を共にしている。
一体何の同志なのか?一言で言えば、『進堂仁の信奉者』と言う名の同志だ。
この世界に転移する前、私達は全員が元の世界で進堂様に命を救われている。
圧倒的な絶望、恐怖、苦痛に苛まれている私達を、進堂様は何でもない事のように救った。
大きすぎる感謝が恋愛を越え、信奉の域に至ったとして、何の不思議があるのだろうか?
なお、17人いる同志だが、その存在を探し当てるのは難しい事ではなかった。
全校集会とかで、常に進堂様に恋愛を越えた目を向けている者がいれば、それはほぼ100%間違いなく同志なのだから……。
1人の少女が進堂様に救われたときの話をしよう。
バレバレだから隠す必要もないが、私の過去である。
中学時代の私は、月々の学費ですら不自由するレベルの貧乏だった。
親が経営する会社が倒産寸前になり、借金に塗れ、極貧生活を余儀なくされていたという、比較的よくある話だ。
貧乏な人間が1人いると、面白いくらいに悪意と言うのが集中してくる。
私は当然のようにクラスで虐められていた。
今思い返しても、あれは壮絶な日々だったと思う。
牛乳を拭いた雑巾って本当に臭いよね。
貧乏と虐めによって私の精神はすり減らされ、生きていくのが限界になった。
授業が終わり、気が付いたら屋上のフェンスを越え、飛び降りる準備が整っていた。
私は何も考えず、そのまま飛び降りた。
でも私は死ねなかった。
偶然、本当に偶然下の階にいた進堂様が飛び降りた私に気付いたのだ。
「うおっ!?」
「きゃあっ!」
進堂様は落ちる私の脚を掴んだ。
私の悲鳴はスカートが捲れ上がって、見えてはいけない物が見えた結果だ。
パンツは……水泳の授業の後に無くなっていた。
進堂様は私を引っ張り上げると、泣き出した私を宥めて、私の身の上話を聞いてくれた。
昼食が満足に食べられなかったせいで盛大にお腹が鳴ったら、何故かカバンに入っていた未開封のパンをくれた。「昼食は幼馴染が作って来たから余った」そうだ。
話を全て聞いた進堂様は、頭をかきながら、「まあ、これも1つの縁ってことだな」と言って、私に紙切れを手渡した。
その紙切れは、俗にいう宝くじというモノだった。
何でも、知り合いから貰ったが、出来れば手放したいものだったそうだ。
後に聞いた話なのだが、進堂様は直接現金が絡むようなクジは基本的にやらないらしい。
進堂様がクジを引くと大抵の場合は当たる。つまり、他人の当選を無理矢理奪ってしまう結果になるからだ。今考えても常人の発想ではない。
自分が当てるよりは、と考えて、風船に括り付けてどこかに飛ばそうと考えていたらしい。
進堂様は時々子供っぽいお茶目な事を平然とやってのける。
それで学校から風船を飛ばすために窓を開けていたら私が落ちてきたのだとか。
一体、どれほどの偶然が集まればそんなことが起きるのだろうか?今考えても全く理解できない。
そのまま家まで送り届けられ、次の日からしばらくは学校を休んだ。
そして、宝くじの当選日、当然のように私が貰った宝くじは一等を示した。
今ならわかるのだが、私が進堂様から貰ったものは、宝くじの一等だけではなかった。
父親の会社の業績が前触れもなく急に上向いてきたのだ。まるで、進堂様に関わったことで、幸運の女神が急に微笑みだしたかのように。
自身に起こったことを振り返り、あまりの事実に驚愕した私が、進堂様の信奉者になるのに、それ程の時間はかからなかった。
似たような事は同志全員に共通して言える。
例えば、七宝院先輩は小学生の頃、社長令嬢と言う理由で誘拐された。
犯人は身代金を得た後、口封じのために七宝院先輩を殺そうとした。
犯人の凶刃が七宝院先輩に迫った瞬間、進堂様が上から落ちてきたそうだ。それにより犯人は押し潰され、凶刃もどこかへ飛んで行ったのだとか。
何でも、進堂様が崖で遊んでいたら、足が滑って崖下まで転げ落ちることになったらしい。
丁度その崖下に犯人の隠れ家があり、そこに突っ込み、犯人を押し潰したそうだ。
更に、犯人は1人ではなく、もう1人が進堂様に拳銃を向けたそうだ。しかし、いくら引き金を引いても弾は飛び出さず、その隙に進堂様が投げた石が犯人の頭に直撃して、気絶させることになった。
その雄姿を目の当たりにした七宝院先輩が進堂様に惚れたのは当然だし、いつしか信奉の域にまで到達したのも不思議な話ではない。
余談だが、誘拐と言う経験があって七宝院先輩は武術に力を入れることになった。今では大の男でも5人までなら武器無しで無力化できるそうだ。
もう1つ余談だが、進堂様に救われた直後、七宝院先輩はエスカレーター式のお嬢様学校を辞め、進堂様と同じ小学校に転校したそうだ。
進堂様と同じ高校を受験した私が言うのも何だが、結構アグレッシブなお嬢様である。
頬を染め、蕩けるような顔で当時の事を話す七宝院先輩は美しいのだが、話している内容は割ととんでもない。止めてくれ、私の過去話が霞む。
進堂様の恐ろしい所は、余裕があるときにはその偶然が作用しないところだ。
本当の本当にギリギリになるまで、進堂様との関わりが持てないのだ。
ある程度余裕のある時に助けてもらった場合、感謝はしても信奉までは行かないだろう。
でも、本当の本当にギリギリに、劇的な状況で助けてもらったら、心を奪われるなと言う方が無理である。
私達もその事は理解しているのだが、1度心を奪われてしまった以上、逃れる術はない。
そもそも、逃れたいとすら思えない。
そして、進堂様の酷い所は、私達に何もさせてくれないところだ。
進堂様に心を奪われた私達は、進堂様のために何かしてあげたいと常々考えている。
しかし、進堂様には何かをして差し上げる隙が全く無い。何故なら、基本的に進堂様は困らないからだ。まるで、運命が困ることを許さないかのように……。
元の世界でも同志を集めて何度も話をしたのに、進堂様にしてあげられることの1つも見つけられなかった。
進堂様に困りごとがないから、接触する切っ掛けさえ掴むことが出来ないのだ。
そう、私達は不甲斐ない事に、進堂様に救われてからまともにお話すら出来ていない。
アグレッシブなお嬢様である七宝院先輩ですら、遠くから眺めるのが限界という有様だ。
進堂様に近づこうとすると、水原先輩の妨害が必ず入ると言うのも、大きな理由の1つなのだけれど……。
七宝院先輩がある時、水原先輩を全力で排除しようとしていたが、失敗に終わったと聞いている。七宝院先輩は一体何をやっているのだろうか。そして、それを跳ね除ける水原先輩は何者なのだろうか。謎だ。
時は流れ、運命のあの日、学校にいた全ての人間が同時に異世界へと転移させられた。
それ自体は構わない。何の問題もない。進堂様のクラスだけが転移した、とかだったら問題だが、学校全体、教員まで一緒に転移したのだから文句などあるはずもない。
同志達全員に、「元の世界と進堂様のいる世界のどちらか1つしか取れないとしたら?」と確認したところ、もれなく進堂様のいる世界を選んだのだから、文句の出ようがない。
ただ、私達は転移した当日、致命的な失態を犯してしまった。
進堂様に敵意を向けると言う致命的な失態を……。
私はすぐにその敵意が異常であることに気が付いた。
進堂様に敵意を抱くなど、正常な精神状態ではありえないことは明白だ。
すぐに私は色々な事を試した。
結果、進堂様を直視しなければ敵意を抱かなくなることが分かった。
勇者達で集まらず、離れて進堂様を見る分には敵意を抱かなくなることが分かった。
直後、進堂様がエルディア王城を追い出されることになったのだが、この状態の私達がついて行ったところで、何の役に立つのかわからない。
むしろ、この敵意のせいで足を引っ張ってしまうかもしれない。
そう考えた私達は、この場に留まることを選択した。かなり、辛い決断だった。
それから私達は、勇者として活動をする傍ら、可能な限り進堂様の情報を集めた。
進堂様の情報を集めるのはそれほど難しい事ではない。勇者に関連するモノ以外で、何か大きな噂があれば、それは大体進堂様関連だからだ。
調査の結果、進堂様はカスタール女王国とエステア王国を中心に活動しているようだ。
進堂様の性格に合致した噂が多数流れてきているから、ほぼ間違いないだろう。
「カスタールと戦争する事になれば、最悪の場合、進堂様と敵対することになりかねません」
エルディア王国がカスタール女王国に戦争を仕掛けることを知った日、七宝院先輩が同志を集めてそう言ったことを今でも覚えている。
あの時はとてもじゃないが生きた心地がしなかった。
七宝院先輩ですら青い顔をしていたくらいだ。
それから、私達は何とか進堂様と敵対しない方法を考えた。
その結果、戦争反対派としてエルディア王国を捨てることを選んだのだ。
可能な限りの勇者をこちらに引き込み、エルディアに残った者達が少数派になるようにした。これで、私達はエルディアのやり方に反対だ、という姿勢を貫けたと思う。
そもそも、進堂様がいるカスタール女王国に手を出した時点で、エルディア王国の破滅は決まっている。態々沈む船に乗り続ける理由はない。
進堂様が勇者に対してどのような意識を持っているかはわからないが、勇者がまだ全滅していないから、そこまで恨まれている訳ではないと信じたい。
エルディア王国に残った勇者達には、進堂様の対応を測る試金石になってもらうつもりだ。そう言う意味で七宝院先輩も丁度いいと言ったのだ。
進堂様が勇者全体を「不要」と判断していないことを切に願う。
「エルディアの戦争の件も片付いたことだし、これで本命の方に本腰を入れられるな」
「ええ、木野さんもしばらく休んだら、そちらの任務への参加をお願いしますね?」
それは当然の事なので、私はすぐに頷いた。
本音を言えば、休みなんていらないからすぐにでも任務に参加したいくらいだ。
今、同志たちの半数以上はとある任務に就いている。
『勇者の祝福を捨てる方法の捜索』と言う重要な任務だ。
最初に色々試した時に感じたのだが、進堂様に敵意を抱いた理由はほぼ間違いなく祝福の影響だ。あれから、様々な検証をしたけれど、この世界に来てから変わった事と言えば祝福だけだったからだ。
故に私達は祝福を敵と判定した。
この祝福がある限り、安心して進堂様に近づけないと言うのなら、排除するのは当然のことだ。
「木野さんの情報では、勇者は死ぬと白い靄のようなものを出すそうですね」
「その靄を勇者が吸収すると祝福が強化されるのだったな」
私は再び頷く。
今までの任務の中で、その情報を得られたことは大きい。
「それが祝福の力の源である可能性は低くないだろう。死んだ時のそれが外に出ると言う事は、……死ねば祝福が消える訳だ」
乱暴な方法ではあるが、その可能性はある。
しかし、簡単に試せる方法ではないのも確かだ。
「……今後は、死者を蘇らせる方法を探すことも、並行して行った方が良いかもしれませんね。魔法のある世界ですから、死者蘇生の手段がある可能性も十分に存在します」
「そうだな。それに上手くいけば、進堂様への手土産になる可能性もある。流石の進堂様も死者蘇生の領域には至っていないだろう」
五十嵐先輩が冗談めかしてそう言うが、七宝院先輩の表情は優れない。
「五十嵐先輩、1つお聞きしたいのですけど、進堂様が死者蘇生に至っていないと本当に思いますか?魔法の1つもない元の世界であれだけ運命に愛された方が、魔法のある世界でその程度の事が出来ないと、本当にお考えですか?」
「……出来そうだな」
確かに出来そうだ。
進堂様ならば、その程度容易に成し遂げてしまいそうだ。
「本音を言えば、恥も外聞もかなぐり捨てて、進堂様に許しを請い、その上で祝福を消していただくように頼むのが1番だと思います。多分、進堂様ならば祝福を消す方法の2つや3つは既にお持ちでしょう」
どんな荒唐無稽な話でも、相手が進堂様と言うだけで、可能性は0でなくなってしまう。
私達はそれを誰よりも詳しく知っているだろう。
「あり得る……」
「でも、それは最後の手段にしたいのです。今の私達は何も成し遂げていません。そんな状態で進堂様に負荷をかけるだけの行動をとるなど、とても耐えられません」
同じく、部屋にいる少女達が頷く。
命を救われ、何も返せず、更に迷惑をかける?絶対に御免だ。
「ですから、清い身体で進堂様の元に向かうためにも、私達は何としても祝福を破棄しなければいけません。良いですね?」
「「「「「「はい」」」」」」
拳銃の弾が出ないのは、幸運・運命使いの基本能力です。
レベルが上がると、撃たれても重要な器官を1つも傷つけません。
撃たれない方が良いように見えますが、撃たれて無事の方が運命力は高いです。
仁の過去話の中では、撃たれない方を(仁が)選びました。