外伝第8話 戦争開始の裏側で(上)
3本の短編です。2話目は12時、3話目は18時に投稿します。
勇者の1人、木野あいちの1人称視点です。外伝1話に(名前だけ)出ています。
私の名前は木野あいち。
普通の女子高生だったのに、今は何の因果か異世界で勇者と呼ばれている。
でも、私は知っている。
私が勇者と呼ばれるに相応しい人間ではないと言う事を……。
何故なら、私は……、私達はこの世界の行く末なんて、心の底からどうでもいいと思っているからだ。
そんな人間が、世界を救う勇者の称号に相応しい訳が無い。
「グルルル……ガア!」
「く、来るぞ!皆、避けろ!ぐうっ!!!」
そう叫んだのは勇者の1人で、戦闘向けの祝福を持った男子だ。
彼は手に持った大剣で襲い来る魔物の攻撃を受け止めた。
現在、私達はとある森の中で魔物の襲撃を受けている。
世間では勇者だ何だと持て囃されているが、蓋を開けてみればただの高校生に出来ることなどたかが知れている。
その証拠に10名以上いる勇者達が、たった1匹の魔物相手に手も足も出ない状態だ。
「木野さん!?どういう事!?この道は安全なルートなんじゃなかったの?」
同じく勇者となった女子が、泣きながら縋り付いてくるが、私は首を横に振った。
私は比較的安全なルートと言ったのだ。勝手に捏造しないで欲しい。
魔物が存在するこの世界に、本当の意味で安全な場所など一カ所しか存在しない。
「ぐわあっ!」
魔物と競り合っていた男子が押し負け、吹き飛ばされた。
巨大な狼のような魔物が、今は私達の方を値踏みするような目で見ている。
多分、どいつから食ってやろうかとでも考えているのだろう。
「アイツで駄目なら、俺達じゃあもっと無理だぞ……!どうすんだよ!」
「知らないわよ!私だって、こんな事になるなら、ついてこなかったんだから!」
吹き飛ばされた男子は元運動部で、この中では1番体格がよかった。
そんな彼が吹き飛ばされたことで、他の勇者達は完全にしり込みしている。
……情けない。こんな連中が勇者だなんて、本当に世も末だ。魔王がいる世界だから、世も末と言うのもあながち間違っていないのがなんとも言い難い。
仕方ない。気は進まないが、私も戦うとするか。
この世界に転移した際に得た祝福と言う訳の分からない力。
正直好きにはなれないのだが、使えるものを使わないというのも勿体ない。
「な、なんだ?」
吹き飛ばされた男子生徒に向けて、私は自身の祝福である<十人十色>を発動する。
私の<十人十色>は指先から色付きのシャボン玉のようなものを出す能力で、それに触れた者にシャボン玉の色に応じた補助効果や阻害効果を与える。
余談だが、指の形を銃のようにすると、同時発射が出来なくなる代わりに弾速が速くなるので、敵に当てるときに重宝している。
今、男子生徒に与えたのは『白・回復』である。
続いて、『赤・攻撃力増加』と『緑・防御力増加』、『青・移動速度増加』も与える。
「こ、これは……力が沸いてくる。これなら、やれる!うおおおお!」
「グル!?グオオオオン!」
補助効果で能力が上がった男子が再び魔物に向かって突撃する。
押し合いになったのは先程と変わらないが、今度は若干ではあるが男子が優勢だ。
「木野さん!何をする気!?」
私は女子が叫ぶのを無視して魔物に接近する。
魔物の死角から近づいた私は、魔物に向けて『黄色・麻痺』と『紫・睡眠』、『灰色・全能力低下』のシャボン玉を当てる。
途端に動きが鈍くなる魔物。残念ながら、眠らせることは出来なかったようだ。それでも、かなり辛そうにしていることから、効果が無かった訳ではないと判断する。
「魔物の動きが鈍く……、このまま切り倒してやる!」
「グル……ガアアアア!!!」
「うわっ!?」
魔物は後ろに跳ぶことで押し合いから脱出すると、私の方に飛びかかって来た。
どうやら、私の事を脅威と判断したみたいである。光栄なことだ。
だけど、私に向かってくると言うのは、最悪の悪手だ。
私は両手の指から計10個のシャボン玉を出す。その全てが阻害効果を持っている。
「グルオン!?グル……、zzz……」
シャボン玉の多くが直撃した魔物は、今度こそ耐え切れずにその場で眠ってしまった。
「す、すげえ……」
「アレが『シャボン職人』木野あいちか……」
その2つ名は微妙なので、正直止めて欲しいのだが……。
そんな事より、睡眠効果はそう長続きしないので、さっさと止めを刺すことにしよう。
私は短剣を抜き、魔物の首元に近寄り、一息に喉を掻き切る。
寝息を立てていた魔物は目を見開き、そのまま息絶えた。
どうやら、上手く1撃で絶命させることが出来たようだ。
折角なので、胸を掻っ捌いて魔石を摘出する。
流石にこのクラスの魔物になると、それなりに良い魔石を持っているようだ。
……何故、他の勇者達は私を恐ろしい物でも見るような目で見てくるのだろうか?
森で受けた魔物の襲撃以降、特に大したトラブルもなく、私達はエルガント神国の神都(首都)に到着した。
エルガント神国は私達を召喚したエルディア王国から北側にある大国で、女神教と言う宗教を国教とした宗教国家だ。
「ここがエルガント神国か……」
「建物が白くてきれー」
勇者達はエルガント神国に来るのが初めてだったようで、その景観に圧倒されている。
宗教国家であるエルガント神国は、まさしくファンタジー特有の神聖さを体現したかのような国なので、初見で圧倒されるのも無理はないだろう。
私はこの国を拠点にしているので、今更圧倒されるようなこともないけど……。いや、私達は初見から圧倒されることも無かったか。
「皆さん、エルガント神国にようこそいらっしゃいました」
神都で私達を出迎えてくれたのは、元の世界で次期生徒会長は確実とまで言われていた、2年の七宝院神無先輩だ。
「し、七宝院先輩……。木野の言う事は本当だったのか……」
「本当に綺麗……。付いて来て良かったー……」
「やっぱり、絵になるな……」
勇者達は七宝院先輩の顔を見るなり、口々に感嘆の声を上げた。
それも無理はないだろう。何故なら、七宝院先輩は生まれながらの勝ち組だからだ。
容姿端麗、頭脳明晰、文武両道と言った、人を褒めたたえるような四字熟語をまとめ上げたような人だ。
整った顔立ちに、美しく艶のある長髪。プロポーションも抜群で、特に胸なんかは私と比べると……、いや、同年代の中でも平均以下の私と、グラビアアイドルが泣いて逃げ出す七宝院先輩を比べるのが間違っているか。
頭脳明晰で運動神経も良く、学校の成績も常にトップクラスと言う話だ。
ただ、2年生には頭のおかしい(誉め言葉)生徒がいるらしく、座学ではトップには立ったことがないという話だが、それでも十分以上に凄まじい。
運動部所属ではないが人並み外れた身体能力を持ち、昔から合気道や薙刀、柔術などの武術も一通り嗜んでおり、体育の授業でも常に注目の的らしい(同じクラスの子が噂しているのを聞いただけだが)。
そして、ここまでくると当然のように実家も凄まじい。
いくつものグループ会社をまとめ上げる大企業の社長令嬢で、私のようなにわかの成金娘と違った本当のお嬢様だ。
はっきり言って、欠点なんて1つもない完璧超人だ。
「木野さんから聞いていると思いますけど、皆さんにはこれからエルガント神国の中央神殿で、今後の事について説明があります。エルディア王国と何もかも同じ、と言う訳ではないので、皆さんご了承くださいね」
「「「は、はい……」」」
微笑む七宝院先輩に見惚れた勇者達は、そんな空返事しか出来なかったと言う。
全く、同性すら魅了する七宝院先輩には困ったものである。まあ、本命相手には無力なので、折角の魅力が何の意味もなしていないというのは皮肉なのだけれど……。
勇者達を神殿に連れて行った後、私と七宝院先輩は住処である屋敷へと戻って行った。
勇者達に言ったら羨ましがられるのだろうが、現在、私は七宝院先輩と同じ屋敷に住んでいる。別に百合百合しい意味はない。男子禁制で、17人の女性だけが住んでいる屋敷だが、決して百合百合しい意味はないのである。
単に『同じ目的を持った同志』と言うのが、私と七宝院先輩の関係である。
疲れてはいるが、報告を全て終えるまでが任務なので、そのまま屋敷の執務室へと向かう。
執務室に入ると、そこでは数名の女子達が書類仕事に追われていた。
「木野さん、お疲れ様です。ギリギリですけれど、何とか間に合ったようですね」
七宝院先輩が改めて私の事を労ってくれる。
私は七宝院先輩の言葉に強く頷く。本当にギリギリだった。
「今回は大分無理を言ってしまいましたから、しばらくは休暇を取ってください」
穏やかにほほ笑む七宝院先輩の言葉にもう1度頷く。
「木野さんのおかげで、戦争に参加したくないという勇者全員をエルガント神国に逃がすことが出来ました。本当にありがとうございます」
私は首を横に振る。
感謝されるようなことではない。七宝院先輩の目的は、私の目的でもあるだから。
今回の私の任務は、エルディア王国、カスタール女王国間の戦争に参加したくないと言う勇者達を、エルディア王国から遠く離れたエルガント神国に逃がすというモノだった。
エルディア王国がカスタール女王国に対して戦争を仕掛けるという情報を入手した私達は、大急ぎで各地の勇者達に接触し、今後の動向を確認、そして戦争に参加しない勇者をエルディア王国に気付かれないようにエルガント神国へと送り届けたのだ。
勇者達を逃がす、と言う任務の性質から考えて、単騎の戦闘能力よりも『出来ることが多い』と言う私の祝福を見込まれての人選である。
最近使えるようになった『黒』のシャボン玉には隠蔽の効果があり、逃げることを選んだ勇者に使うことで、エルディア王国が仕向けた監視を撒くことも出来るようになった。
もちろん、そんな簡単な任務と言う訳でもなかった。
中には、戦争に参加したいと思っている勇者もいたし、私の事を裏切り者として追い立ててきた勇者もいた。
戦闘向きの祝福を持った勇者も多く、そんな連中の相手をするのは酷く疲れるものだった。
この任務が決まった当初、1番の関門はエルディア王国とエルガント神国の間にあるサノキア王国の存在だった。
サノキア王国の腐敗は有名で、勇者を逃がすための協力なんて、取り付けるのは不可能だと考えていたからだ。
しかし、サノキア王国で活動していた水原先輩に、戦争反対派の勇者を逃がす話をしたら状況が一変した。
水原先輩が最近政変により変わった王様に話を通し、国を挙げての全面的な協力が得られることになったのだ。知ってはいたが、水原先輩はとんでもない人だ。
噂によれば、先の政変にも水原先輩が大きく関わっているのだとか……。
サノキア王国の助けもあり、私達は戦争が始まるよりも前に全員を逃がすことが出来た。
今回、エルディア王国が仕掛ける戦争の情報を集めたのだが、どう考えてもエルディア王国の言い分に正当性は存在しない。
こんな正当性のない戦争に参加したがる勇者まで守る余力もない。そんな義理もない。
そもそも、この世界で勇者だ何だと持て囃されようと、私達はただの高校生だ。
そんな人間に戦争をさせようという国が間違っている。それも、人間の国を相手に……。
「戦争に参加する勇者がいることは残念ですが、ある意味、丁度いいのかもしれませんね」
「そうだな。そんな者達が残っても、今後の勇者の活動に悪影響しか残さないだろう」
七宝院先輩の言葉に賛同するようなセリフを発したのは、同志の1人である五十嵐芽衣先輩だ。
五十嵐先輩は凛々しい顔立ち。長身で均整の取れた肢体と、本当に同年代なのか不安になるレベルで大人びている。
同年代の平均以下の私と並んで立ったら、良くて年の離れた姉妹にしか見えないだろう。
私は平凡以下なのだが、私の同志達は人並み外れたスタイルを持っている人が複数人いるので、劣等感を感じることも少なくはない。
「ええ、彼らには申し訳ないですけれど、この戦争でカスタール女王国に敗れて死んでいただくことになりますね」
七宝院先輩は顔色一つ変えずに学友達の死を決定事項として話す。
「ああ、カスタールが勝つのは当然だな」
五十嵐先輩の言葉に私も迷わずに頷く。
普通に考えれば、100名以上の勇者を擁するエルディア王国に、勇者の1人もいないカスタール女王国が勝てる道理はない。
でも、私達はカスタール女王国が勝つと思っている。
いや、私達はカスタール女王国が勝つことを知っている。何故なら……、
「進堂様がいらっしゃるカスタール女王国が負ける理由がありません」
七宝院先輩の言葉に、その場にいた女子全員が頷く。
カスタール女王国には進堂様がいる。彼のいる国が、勇者如きに負ける理由が無いだろう。
戦争の裏で暗躍してました。