87.5話 配下達の懇親会
普通の1話分くらいありますが短編です。
こういう話を書いてみたいと思っていました。
その日、エステア王国にある迷宮の52層。本来なら常人の立ち入れない階層に種族、国籍を問わずに数多くの人、魔物が集まっていた。
彼らの共通点はただ1つ。全員が進堂仁の配下であるということだ。
「ダンジョンマスターとなられた主様より許可を得ましたので、エステア王国の迷宮第30層の火竜討伐大会を開催いたします」
そう宣言するのは、カスタールの元女王騎士にして、現在は仁の信奉者であるメイド長のルセアである。
本日は仁の配下同士の懇親会であり、そのイベントの1つとして『火竜討伐大会』が企画されたのである。火竜は泣いていい。
そもそもの発端は、仁の配下同士、横の繋がりもあった方が良いと判断したルセア達メイドのアイデアによるものである。
その時点ではただの立食パーティだったのだが、主である仁に許可を貰いに行ったところ、何かイベントのようなものを開催した方が良いとアドバイスを貰い、それならばと言うことで火竜討伐大会も企画したのである。
基本的に仁はエステア王国の迷宮に関して配下であろうと優遇措置をとることはない。しかし、正式な迷宮探索でなく、一時的な腕試しのためにボス戦を開放するということは『有り』としているのである。
いわば、公式記録に残らない参考記録のようなものである。
忘年会のビンゴ大会のようなノリで討伐される火竜が憐れである。
なお、腕試しのイベントなので、火竜から得られる経験値も特別に最低値に設定しており、そこらのゴブリンと同じ数値まで落とされている。
いっそ0にしてやればいいのに、態々ゴブリンに合わせられた火竜が憐れである。
「ルールは4人1組で火竜に挑み、その討伐タイムを競うと言う簡単なものです。スキルの発動は計測開始から始めてもらうので、事前に身体能力の底上げ等はできません」
「優勝者にはお兄ちゃんからお好きなスキル10ポイント分が贈られるよ」
「あ、でも仁様は不在ですので、スキルだけアルタ経由で送られることになります」
そう補足するのはカスタール女王国女王のサクヤとエステア王国王女のカトレアである。
一国の王族2人が司会進行を務めるとはなんとも豪勢な懇親会である。
「受付はこちらです、はい!」
「用紙に必要事項を記載の上、受付に持ってきてください(とフリップに書いてある)」
「飛び入り参加もぉ、有りですよぉ」
受付で声を上げているのはメイド達だ。
会場設営、料理の準備にイベントの準備と大忙しだが、彼女達は嫌な顔1つせずに精力的に動き回っている。
メイド達は人数が多すぎるため、そして、アドバンス商会等の常に動かしていないといけない案件もあるので全員が懇親会に参加できるわけではない。
今後も月に1回程度の頻度で懇親会を開催する予定なので、持ち回りで懇親会の参加、裏方として準備、外の案件の処理を分担するように決めたようだ。
受付が終了した後、参加者、観戦者で別れて集まった。
観戦者は迷宮内に生み出されたスクリーンによって火竜戦の様子を見ることが出来る。
参加者は自身の挑戦が終わるまでは他の参加者の戦いや結果タイムはわからないようにされている。
なお、このスクリーンは迷宮保護者が迷宮内の様子を伺うために用いるモノなのだが、主任迷宮保護者であるキャロに相談したところ、快く利用を許可してくれたのだ。
キャロ曰く。
「迷宮保護者にも娯楽は必要です、ピョン。むしろ、願ったりかなったりです、ピョン」
休日があるとはいえ、基本的に迷宮に籠りっぱなしの迷宮保護者には、どうしてもストレスが溜まってしまうようだ。
メイド達と同じように、最低限の人員を残して残りは懇親会に参加しているのだった。
もちろん、主任迷宮保護者のキャロもだ。
「では、まずは最初の挑戦者、カスタール女王国冒険者組Aチーム!メンバーはクロード選手、ココ選手、シシリー選手、ユリア選手の4名です。彼らは懇親会参加メンバーの中で、ドリアードのミドリさんに次いで古くから仁様に従っていたそうです」
「ええ、単純に配下になった順番で言えば、私よりも古いのです」
カトレアの紹介にルセアが補足を入れる。
メインメンバーを除いて最古参と言うことは、それだけで称賛されるべき事柄のようで、一部のメイドなどから『おー』と歓声が上がる。
なお、話にも出てきたドリアードのミドリは、一応懇親会に参加しているが、迷宮の隅の方でミオの従魔であるポテチと一緒にのんびりしている。
《ここの土、悪くない……》
「くーん」
52層は一部のメイド達が農業に使用しているので、土も高品質になっているためミドリもご満悦である。
スクリーンに映るクロード達が武器を構える。
それを見たサクヤが念話で火竜戦開始のカウントダウンを取る。
《それじゃあ行くよ!3、2、1、チャレンジ開始!》
開始とともに光の粒子が集まって火竜が呼び出された。
「『コールエレメント』ウィンド!アクア!ライト!」
最初にハイエルフの精霊術師であるユリアが精霊を呼び出し、他のメンバーに憑依させる必殺の『精霊化』を発動する。火竜のおおよその能力は公開されているし、今回は短期決戦が望まれているため、最初から出し惜しみせずに全力なのだ。
「<縮地法>!」
『精霊化』を受けてすぐにクロードが<縮地法>で火竜に接近する。
火竜は戦いが始まってしばらくすると空中に移動する。そうなると討伐タイムが一気に伸びてしまうので、短期決戦のためには序盤で飛行能力を封じるのが最適と判断した。
<縮地法>によって機動力の高いクロードが一番槍を任されることになったのはむしろ当然の流れである。
「はあ!」
瞬く間に火竜に接近したクロードがその翼を切り裂く。
「GYAOOOO!?」
呻き声をあげる火竜だが、それに怯んだり容赦をするような者は、そもそも火竜討伐大会に参加などしないだろう。
「え~い!」
間延びした声で遅れてきたシシリーが火竜に追撃を加える。
彼女の『精霊化』は水属性のため、火竜には非常に効果が高い。そのため、作戦開始の段階でシシリーの『精霊化』を中核に据えることは決まっていた。
「GYUROOOO!」
苦しげな声を出しながらも火竜は身体をよじり、クロード達を押しのけようとする。
さすがに攻撃の直撃を食らうと危険なので、一旦その場から離れた。
その隙に火竜は翼を広げ、無理矢理にでも飛び立とうとする。
「させないわよ!」
しかし、火竜の巨体が少し浮き始めた段階で、少女の声が火竜の頭上から聞こえた。
「はあ!食らいなさい!」
「GYOEEEEE!?」
少女、犬獣人のココは手に持つ2振りの短剣を火竜の翼に叩き込んだ。
ココは風属性の『精霊化』を操り、一時的にだが空を飛ぶことが出来る。なので、もし火竜が空を飛ぼうとしたら、空中からそれを防ぐという役割を与えられていたのだ。
その後は一方的な戦いとなった。
攻撃はクロードが盾で受け止め、シシリーの一撃が大きく火竜のHPを削る。そして、空中を移動するココが火竜の飛行を食い止める。
ユリアは『精霊化』を維持するため動けないが、短期決戦のためには『精霊化』が不可欠のため、仕方がないだろう。
それからしばらくの後、火竜のHPは0になって崩れ落ちる。
「はーい、そこまで。タイムは3分21秒。これはいきなり結構なタイムなんじゃない?さすが古参奴隷!」
「あのー、その言い方あんまり嬉しくないです」
サクヤの結果発表に抗議の声を上げるクロード。相手が女王なので、あまり強くは言えないようだ。仁の配下としての付き合いも長く、今更そんなことを気にする仲でもないのだが。
それから、戦闘に自信のあるメイドなどが数組火竜に挑むものの、クロード達の結果を越えることはなかった。当然その都度火竜は討伐された。戦闘描写もなく倒される火竜は泣いていい。
「はい、次のグループよ。えっと、ショコラ選手、メープル選手、月夜選手、ティラミス選手の4名、全員お兄ちゃんの従魔ね。……500歳、700歳、1300歳そして0歳って、年齢の偏りが酷すぎない?」
「私はまだ1291歳です!」
サクヤの余計な一言に、年を経た金狐である月夜(1291)が激しく反応する。
なお、現在のところ仁の配下の中で月夜がぶっちぎりの最年長である。
「誤差っすよね?」
「誤差だな」
「誤差だね♪」
「うう、皆さん、酷いです……」
仲間であるはずのパーティメンバーからの追撃により、試合開始前から大ダメージを受ける月夜。
ティラミス以外は400歳を超えているのだが、年齢を気にしているのは月夜だけである。他の2人は女性として年齢を気にするような環境で生きてこなかったので当然である。
「母様、ふぁいと」
月夜の娘である常夜が応援するが、スクリーン越しなので届かない。無情。
「じゃあ、場も盛り上がってきたところで、そろそろ開始!」
「急すぎるっす!」
サクヤの宣言と共に火竜が出現したので、4人(匹?)は慌てて戦闘態勢を整える。
「それでは、打ち合わせの通りに行きましょう!」
「まずはこれでも喰らうっす!『アクアジャベリン』っす!」
月夜の合図とともにメープルが<水魔法>の『アクアジャベリン』を放つ。
下っ端のような喋り方ではあるが、これでも<水魔法>についてはかなりの実力者である。初期位置から放ったにもかかわらず、水の槍は狙った通りに火竜の眉間に突き刺さる。
「GYOAAAA!?」
ボスとして呼び出されてすぐ、開幕から苦手な<水魔法>が直撃した火竜が悲鳴を上げる。火竜は泣くまでもなく水浸しになっている。パッと見はわからないが、多分泣いている。
「ティラちゃんぱーんち!」
「『ウィンドジャベリン』だ!」
「『ダークジャベリン』です!」
各々、得意とする属性の魔法を用いて火竜に攻撃を加えていく。
全員『ジャベリン』系の魔法なのは、弾速が速いからである。時間を競っているので、発動から着弾までの時間が速い魔法が有利と判断したようだ。
なお、『アクアジャベリン』に次いでダメージを与えているのは、ティラミスの物理魔法である。そんな魔法はない。
余談ではあるが、ティラミスは今回しっかりとスパッツを履いている。
仁以外の男性の目もあるので、こんなところでパンチラをするつもりはない様だ。
逆に言えば、仁以外の男性の目が無ければ5秒に1回くらいのペースでパンチラをする。むしろ、画面に映っている時は常にパンチラしているくらいの勢いである。
もう1つ余談をすると、今回のイベントの条件として人間形態の参加が義務付けられているので、メープル、ショコラも人間形態となっている。
魔獣形態よりは慣れていないので、その点がどう影響するかも結果に直結する。
初撃の後はティラミスが前衛で火竜の攻撃を受け持ち、メープルが<水魔法>で大ダメージを与え、ショコラが空中戦を防ぎ、月夜が<幻影魔法>で全員をサポートするという戦術をとっている。
図らずもクロード達と類似する戦闘方法となってしまった。
違いがあるとすれば、月夜を除いた3人は1度火竜を討伐している経験があることと、『精霊化』の発動で1人が行動不能状態になっていないことだろうか。
あまり時間をかけず、火竜はまたしても粒子となって消えていくのだった。
「はい、そこまで。タイムは3分18秒。わずかな差だけどクロードチームを抜いて1位に躍り出たわね」
この時点でトップが入れ替わり、クロード達の優勝はなくなった。
「あー、負けちゃったかー」
「せめて、『精霊化』中に私が動ければよかったんですけど……」
「仕方ないわよ。今後の課題にしましょ」
「だねー。まだまだ上がいるねー」
列伝では大活躍のクロード達だが、身内同士になるといまいち活躍できないのが実情である。まあ、大半が元々は特殊な力のない孤児奴隷なので当然と言えば当然である。
「うむ、今回は前回以上にスムーズに行ったな。月夜の立ち回りは素晴らしかったな」
「そうっすね。こっちの動きがわかっているみたいにサポートしてくれるっすからね」
「助かったよ☆」
「いえ、大したことはしていません。皆さんの力あっての事です」
どうやら、魔物娘(娘と言うにはティラミス以外の年齢ががが)は意外と仲良くやっているようだ。
それからさらに数グループが終わった。
今のところティラミスたちのタイムを越える者は出てきていない。
「それじゃあ次のグループ行ってみよー!お、いよいよ本命の一角、エステア王国探索者チーム!シンシア選手、カレン選手、ソウラ選手、ケイト選手の4名よ!」
「現在、墓地エリア攻略中のシンシアちゃん達は何度も火竜を討伐しているということで、優勝候補の一角に名を連ねています」
サクヤとカトレアの紹介も終わり、ボス部屋にシンシアたちが転送される。
<迷宮適応>スキルを持つシンシア達にとって、迷宮の中は庭のようなものだ。迷宮内で戦うのならばこれほどの適任もそうはいないだろう。
なお、<迷宮支配>を持つ仁にとっては、迷宮内はリアルで庭である。
「行くのです!」
「「待って!」」
「むぎゅう!?」
-ドスン!-
サクヤが開始を宣言する前にシンシアが特攻をかけようとしたので、カレンとソウラの双子が慌ててそれを止めようと手を伸ばす。
しかし、掴めたのがスカートだったため、シンシアはつんのめってそのまま転んでしまった。当然、スカートは脱げて白いパンツが丸出しである。
これがこの世界産の『人間の勇者』であるというのだから、頭が痛い話だ。
「……痛いのです」
《シンシアちゃん、『待て』ですよ》
「……わかったのです」
いそいそとスカートを履き直しながら、ケイトの念話指示に従って『待て』をする。
完全に犬扱いである。犬獣人のココよりも犬っぽい。
「えーっと、大丈夫?」
《大丈夫です》
「それじゃあ、3、2、1、開始!」
サクヤの宣言により、再び火竜が登場するが、どうせ今回も討伐されるのだろう。火竜の顔には少し諦めの色が見えているような気がする。
なお、基本的にボスを含めた迷宮の魔物は記憶を引き継いだりはしない。
「今度こそ、行・く・の・で・す!」
本当に凄まじい速度で突っ込んで行くシンシア。身軽さだけで競うのならば仁の配下の中でも指折りの実力者であるシンシアには、カレンとソウラも追いつけない。
「先に行っちゃったね、ソウラちゃん」
「置いてかれちゃったね、カレンちゃん」
2人は諦めの表情でいつもの通りにシンシアを追いかける。
通常の戦闘ではシンシアも大分落ち着いてきたのだが、ボス戦などの盛り上がる場面ではいまだに戦闘欲求を抑えきれないらしい。
《今回は早さを競うので、シンシアちゃんの暴走も放置です》
なお、ストッパーであるケイトが止めないのはそんな理由である。
戦闘自体は概ねの予想通りシンシアたちが優勢で進んだ。
「目・を・ね・ら・う・の・で・す!」
「GUGYAOONNN!?」
金属製の棒によって目を突かれた火竜が情けない声を上げる。これは痛い。
「羽を狙うのなら!」
「先端ではなく根元を狙う!」
カレンとソウラは息の合った攻撃により、同時に火竜の翼の根元を攻撃する。
慣れた手つきで的確に翼にダメージを与えて、火竜の飛行を完全に封じた。
《『アイスボール』『アクアボール』『アイスボール』『アクアボール』『アイスボール』『アクアボール』『アイスボール』『アクアボール』》
ケイトはいつものように魔法で3人をアシストする。
今もアイスボールで張った氷に足を取られた火竜が、バランスを崩して倒れ込む。
後は3人がタコ殴りにする必勝パターンだ。歩こうとした相手の着地点に氷を張る技術はケイトの専売特許と言ってもいいだろう。普通に悪夢である。
「勝ったのです!」
「やったね、カレンちゃん」
「殺ったね、ソウラちゃん」
《自己新記録ですね。参加人数と今までにかかった時間を考えれば、1位になれましたね》
試合内容は見れないとはいえ、自身の試合が何番目か、それまでに何分かかったかはわかるので、大よその結果はわかるだろう。それでも、迷わずに計算し、自信を持ってそれを宣言できるケイトはおかしい(誉め言葉)。
「タイムは2分54秒!ここに来て新記録が出ました」
「まさか、3分の壁を超えるとは思わなかったわね。いやー、やっぱ本場の探索者は凄いわ。ね、さっきガチガチの対火竜装備で挑んで、12分かかったルージュ選手?」
「うるさい!普通の探索者はもっと何倍どころではなく時間がかかるんだぞ!」
「私達、これでもかなり強くなったんですけどね……」
サクヤに煽られたのは、真紅帝国の皇女であり、現役の探索者でもあるルージュだ。
ルージュのお付きであるミネルバが言う通り、ルージュたちはこれでもかなり強くなった。以前、最初に火竜を討伐したときは、この倍の人数である8人で3時間以上もかかったのだから。
仁の配下になり、効率的な強化を進めた結果、以前とは比べようもないほどに強くなった。確かに強くなった。だが、所詮はルージュと言うことである。
専門家だけあり、中々シンシア達の記録を塗り替えるものは現れない。そのまま試合は進み、いよいよ最後の挑戦者となった。
「最後はカスタール冒険者組Bチーム。さっき参加しなかった4人。アデル選手、ノット選手、ロロ選手、イリス選手の4人ね。こっちは『精霊化』がないみたいだけど、どう戦うのかしら?」
「こちらはこちらで切り札はあるみたいですよ」
「あ、そうなの?初耳!」
サクヤの疑問にカトレアが答えた。
微妙にネタバレになっているのはご愛敬と言う奴だろう。
「じゃ、試合開始!」
火竜が泣きそうな顔になって出てくる。記憶は引き継がないはずだが、不思議な力が働いているのかもしれない。
「じゃあ、皆、行くぜ」
「「「おー!」」」
ドワーフであるノットの掛け声に他の3人が応じて、それぞれが武器を手にする。
竜殺し
分類:片手剣
レア度:秘宝級
備考:竜種特効
竜貫き
分類:槍
レア度:秘宝級
備考:竜種特効
竜断ち
分類:大剣
レア度:秘宝級
備考:竜種特効
竜潰し
分類:槌
レア度:秘宝級
備考:竜種特効
「GYO……、GYO!?」
驚きのあまり、思わず2度見をする火竜.
ステータスチェックなどできない火竜ではあるが、その武器に込められた殺意だけは理解が出来たのだろう。その瞬間、火竜は本能で理解した。あ、殺られる……と。
ちなみに、これらの武器はノットがヒヒイロカネを素材に作り出したものである。
コツコツと<鍛冶>レベルを上げ、ついにはヒヒイロカネによる武器作成を完全マスターしたのだ。
ヒヒイロカネは素材にすると必ず秘宝級以上になり、特殊な効果を有することになる。今回、能力は完全な竜特効に振られた。
なお、ヒヒイロカネは火竜のレアドロップ品である。自身のドロップ品で狩られる火竜は泣いていい。
「クロード達にばかり良い格好はさせられないからな」
ノットが竜潰しで火竜の横っ腹を殴る。
「うん……。僕達だってやれるんだって所を見せなきゃね……」
アデルが竜貫きで火竜の足を貫く。
「何言っているのよ。武器の力で強くなっても、そんなの自慢できることじゃないわ。まあ、悪い気分はしないけどね」
イリスが竜殺しで火竜の翼を斬り落とす。
「これが、ご主人様への愛を込めたロロの一撃です!」
そして、ロロが止めとばかりに竜断ちで火竜の首を断つ。
ロロの言い方だと仁が真っ二つにされそうだ。
特効武器の名は伊達ではなく、水属性の武器や魔法以上に圧倒的な威力を発揮した。
火竜には一切攻撃のターンは回って来ず、瞬く間に倒される運びとなった。
「ルージュ選手以上にガチガチの対火竜装備ね」
「完全にノット選手達の作戦勝ちと言えるでしょう。そう言えば、クロード選手達には対火竜装備を渡さなかったんですね」
「あー……」
実況2人が微妙な目をノット達に向ける。ノット達は目を背ける。
「えーと、タイムは1分11秒。これは優勝が決まったかな?」
「そうですね。ここからは飛び入り参加を受け付けます。観戦者側の方で、火竜戦に参加してみたい方はいらっしゃいませんか?さすがにハンデがあり過ぎるので、タイムは結果から+30秒させていただきます」
この話を聞いて『じゃあやろう』と思える者は最初から参加しているだろう。
+30秒となると41秒以内に決着を付けなければいけない。それは流石に困難だろう。
「やっぱり無理よね。じゃあ、そろそろ締め切らせて……」
「常夜、やりたい」
閉め切ろうとしたサクヤを止めたのは金狐幼女の常夜だった。
「常夜ちゃん、大丈夫?火竜って結構強いよ。後、4人1組の参加だから、1人じゃ参加できないよ」
「常夜は大丈夫。貴女と貴女と貴女、手伝って」
心配そうに聞くサクヤに対して常夜は無表情ながら自信満々に答える。
仁曰く、常夜はガチの最強候補とのことだが、現時点での常夜はほとんど戦闘経験のないただの幼女である。
何を思って火竜戦への参加を表明したのだろうか?
なお、この時に呼ばれたのはアーシャ、ユリーカ、ミラの3人である。
「え、僕かい?僕、魔物使いだから戦闘力は高くないよ?」
「いい。常夜がやるから」
Aランク冒険者であるアーシャだが、本人が言う通り魔物使いとしての能力に特化しており、アーシャの個人戦闘能力は決して高くない。
最近仲間になったということもあり、仁の能力によるステータスの底上げ量が少ない。結果として戦力としてのアーシャは並程度の実力なのだ。
「…………いいけど、自信ないよ」
「私も、あまり自信はないですねぇ。一応、自衛くらいは出来ますけどぉ」
ユリーカ、ミラもそこまで戦闘に特化している訳ではないので、火竜が相手となると厳しいだろう。ついに火竜の面目躍如か?
「常夜に任せて」
結局、常夜に押し切られる形で3人は常夜と共に火竜戦に参加することになった。
戦闘要員ではない者が複数混じっているので、念のためボス部屋には迷宮保護者が治療要員兼火竜の後処理要員としてスタンバイすることになった。
これで、火竜には生き延びる目がなくなった。
「何か変なことになっちゃったけど、飛び入り参加の常夜ちゃんチーム。チャレンジ開始!」
準備を終えた常夜達が火竜のボス部屋に入る。
これで最後と言う事もあり、今まで以上にやる気をたぎらせた火竜が咆哮を上げようと息を吸い込む。もちろん、結論は変わらないのだろうが……。
「GYAOOOOO……」
「消えて」
常夜の手から放たれた黒球が、咆哮を上げかけていた火竜に吸い込まれるように直撃する。黒球は火竜に当たった瞬間に膨張して、瞬く間に火竜を包み込む。
膨張した黒球は火竜を包み込んだ直後に収縮し、そのまま小さくなって消えてしまった。
「終わった」
「「「「「「………………」」」」」」
何事もなかったかのように呟く常夜に、会場にいた者は全員言葉を失った。
それは、同じボス部屋にいたアーシャ、ユリーカ、ミラも同様である。
「えっと……、何をしたの?」
「火竜、この部屋以外では生きられない。<空間操作>で火竜をこの部屋から引きはがした。そして、消滅した」
迷宮の守護者である火竜はボス部屋から出ることは出来ない。それが、迷宮のルールの1つである。
その話を仁から聞いていた常夜が考えたのは、守護者の隔離である。
常夜のユニークスキルである<空間操作>ならば、一時的にではあるが対象をその空間から引きはがし、隔離することが可能なのである。
『ボス部屋』から引きはがされた守護者の火竜はどうなるか?見ての通り消滅してしまったということだ。
「お兄ちゃんが言っていた『未来の最強候補』の片鱗が見えたわね……」
以前、サクヤが興味本位で仁に『お兄ちゃんの配下の中で1番強いのは誰?』と質問したのだ。その時、仁は何人か候補を挙げた。しかし、将来的な最強は誰か、と言う話になった時に最初に名前が挙がったのは常夜だったのだ。
その時はいまいち理由がわからなかったが、今、その理由の一端が垣間見えた気がした。
「あー、常夜ちゃんチーム。記録は15秒ね。うん、ぶっちぎりの優勝よ」
「勝った」
30秒を加えても45秒なので、文句なしの第1位である。
これを超えるとなると、仁のメインパーティがステータスを解放する必要すら出てくるだろう。もしくは仁の腹パン。
「次の飛び入り参加者は……いる訳ないわよね。じゃあ、このまま表彰式に移りましょ」
その後、別の部屋で待機をしていた参加者チームも合流しての表彰式となった。
「と言う訳で、優勝は常夜ちゃんチーム!皆さん、盛大な拍手をお願いいたします!」
―パチパチパチ―
会場にいた全ての者が常夜たちに向けて拍手を送る。
裏技のようなものではあるが、それを否とする空気はどこにもない。そもそも論ではあるが、ここにいる者達の主である仁本人が裏技の塊のような男だからだ。
頭を使って裏をかいたことについて、否定的な感情を持つ者はいないだろう。
「流石は常夜、私の娘ですね」
「うん、母様の仇はとった」
「常夜……」
どうやら、「母である月夜が優勝できないのなら代わりに自分が優勝する」と言うのが常夜が火竜戦に参加した動機だったようだ。相変わらず母親大好きっ娘である。
「それで、常夜ちゃんはどのスキルが欲しい?」
「仁様からリストを受け取ったんですけど、かなり色々と種類がありますよ?」
サクヤとカトレアが賞品の目録を常夜に見せる。
そこには仁の保有するスキルの大部分がリストアップされていた。当然、そこには希少なユニークスキルも含まれる。
ちなみに、アーシャ、ユリーカ、ミラの3人はスキルを貰う権利を放棄していた。
流石に常夜が単独撃破した功績をかすめ取るような真似は気が咎めたのだろう。もちろん、常夜自身は気にしないだろうが……。
「これ、前から欲しかった」
そう言って常夜が選んだのは……。
こうして、『第1回仁様配下懇親会』は大盛況の中幕を閉じた。
今後も第2回、第3回と続いていく『仁様配下懇親会』の中で、『火竜討伐大会』は鉄板のプログラムとなるのだった。
当然、火竜は毎回泣いていい。
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ステータス
常夜
LV15
スキル:<幻影魔法LV1><変化LV5><空間操作LV7><幸運LV1 new>
月夜
LV112
スキル:
武術系
<格闘術LV4><弓術LV5>
魔法系
<火魔法LV6><闇魔法LV7><回復魔法LV3><幻影魔法LV7><空間魔法LV3><無詠唱LV7>
技能系
<作法LV7><交渉LV4><話術LV8><洗脳術LV9>
身体系
<身体強化LV6><HP吸収LV4><MP吸収LV4>
その他
<変化LV10><吸精LV10><幸運LV1 new>
*常夜の要求により、<幸運>10ポイントを5ポイントずつ月夜と折半。
配下達にも横の繋がりがあるんだぞ。と言う事を示したいので書きました。
時系列的には5章のどこかです。仁達はまだ秘境にいます。
2017/03/05改稿:
火竜から得られる経験値を最低値にする旨を記載。