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引篭りと天使

作者: 古緑空白

 彼のことを人は引篭りといい、彼女のことを人は天使といった。

「あなたの願いを叶えてあげましょう」

 天使の姿は遮光布で閉ざされた薄暗い三畳間の中でほのかに輝きを放っている。

 彼はまず疑う。

 当て付けのように天使は美女の相をしている。豊かな金髪は緩やかに巻き毛になっていて、人を安心させるような柔和な表情である。彼はそのことがまず気に食わなかった。

 お前はこういうのが好きなんだろう、そう言う意図が見え隠れする演出というのは見ていて鼻につく。天使のくせに誘惑をしているのか、それではまるで、と思いいたった所で悪意が浮かぶ。

 言葉にどんな反応をするか、彼はなるべく嫌なやつを装って言葉にする。

「へぇ、じゃあ、俺が脱げって言ったら脱ぐのかよ?」

 下卑た笑いを浮かべる。天使の格好は白い宗教画にあるような白い法衣だ。舐め回すように天使の身体を睨めつける。

 電子筐体に入っている彼が好む画像記録にあるように豊満な肉付きというわけではなく、どちらかと言えば少女性の強い体つきである。そのため彼は萎えた。少女への性嗜好も理解はできるが共感ができない。引篭りではあるが彼は女性の趣味にはこだわりがあるのだ。

「それがあなたの望みなら」

「へっ、そ、そうかよ、じゃ、じゃあ――」

 この言動は彼の演戯だった。正直この天使が幻視ではないかと思えるのだ。故、付き合うのはここまで、と正直に思う。

 だが、天使はそのあどけない表情とは裏腹に毅い意思で問う。

「――それがあなたの本当の望みならば」

 私は叶えます。

 天使の言葉に、彼は言葉にする。

「へっ、へぇ、じゃあよ、一生引きこもって暮らせるようにしたいって言ったらどうするよ?」

 彼は頑張るということが苦手だ。どんなことも続かない、そのくせ引篭りだけは続いている。

 けれども限界は近い、親は既にいないし、肉親は彼をはれもののように扱っている。一人で生きていくことも、できなくはない。

 だが、確信が持てない。引篭りで終わることには確信しているが、いつづけることは不安しかない。

 一生遊んで暮らせる金でもこの天使様は寄越してくれるのか、彼は淡い期待を抱きながら答えを待った。

「わかりました」

 そう言うと天使は小さな燐光を発する指先を天に上げた。

「あなたの願いを――叶えましょう」

 そうして、彼の世界は――



 ――終わった。


「なっ!」

 彼はまず驚きに声を上げる、世界は原初に戻り、電子筐体や軽銀机、撥条の効かない寝台、親の形見になっていた携帯電話、およそ現代の発明した道具は一切ない。代わりに彼に残された現代の異物は自身が身にまとう汗臭い高校の体操服だった。

「はい、あなたの願いを叶えました」

 天使も淡い光を放ちながら神々しさを放って存在している。

「あなたの願いを叶えるには、現在では我々ではとても叶えられません、なので、比較的安易な方法として時間移動を行いこの惑星の文明が始まる曙にあなたを飛ばしました」

 さらっと、流す天使に彼は言葉が出なかった。

「一生引きこもって暮らせる、という解釈は引きこもる場所がない世界で一生を過ごせばあなたの考えに沿うものと、解釈しました」

「か、介錯のまま間違いだろ、じょ、じょじょじょ常識的に考えて」

「あら」

 天使は小首を傾げて彼を見る。

 視線を合わせると、彼は血流が流れるのを感じる。ここは今までの暗い部屋ではない、もはや遮るものない未開の大地だ。天使の顔もはっきり見える。それが彼は恥ずかしく視線を逸らした。

「案外、可愛らしいお顔なのですね」

 その言葉に彼は悶える。

「お、お、おまい、お前、ど、どっ、どっかいけよ! もぉ、願いか、叶えたんだろ!?」

 いえ、と天使は首をふる。

「あなたの願いは一生引きこもって暮らすというものです、ですが、あなたのような矮小な存在がこの群雄割拠の時代を生き残れるとは私達には思えません」

 ですので、天使は、笑った。

「あなたが死ぬまで、私は一緒にいます」

 彼はその笑顔に、こう返した。最初に出会って思ったことを口にする。

「お、おまえ、じ、じじじつはああああ悪、魔だろ?」

 天使は、にっこり笑って応えなかった。

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