人には言えない!!
人間にはそれぞれ大なり小なり秘密があり、その事を必死に隠そうとするいきものである。
それは国家レベルでの秘密から家庭レベルいや個人レベルといった様々な種類に分類はされるが一概に誰かに『知られる』と『まずい』ものである。
どのようにまずいかは別として。
突然だが、黒増麗仁には人には言えない秘密がある。
いや先に述べたように人にはそれぞれ秘密があるものだけれど、しかし彼にはそう簡単に人には知られてはまずい秘密が多々あるのだ。そう、例えば彼の一番の秘密がホモセクシャル、つまりゲイであるという事だ。
初めて気付いたのは小学校四年生の頃体育の授業で着替えをしている男子にときめいたことだ。同じクラスの佐藤君。その裸体にときめいたのだ。当然その時はそれが特別変なことだとは思わなかったが、理科の授業でおしべとめしべから始まり男と女という概念を知ると、彼の中で小さな違和感として心に刻まれた。そしてその違和感の正体を知ること無く小学校を卒業することになる。佐藤君ともお別れだ。
こうして彼の淡い初恋は終わったのである。
ホモには二種類の人種がいると言われている。
心は男、しかし男が好きになるタイプ。心は乙女、そして男が好きになるタイプ。
彼はどちらかというと前者に入るだろう。普段の行動を鑑みても心は乙女とは誰が見ても思わない。
ただこれだけが彼のパーソナルではなく、他にも色々と秘密があるのだが、人間生きていくだけで秘密を溜めていく生き物なので仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
麗仁、十七歳、春。
「お兄ちゃああああああああああああん」
と雄叫びよろしく麗仁のベットへ潜り込む女、その名は黒増麗美、十五歳、血縁上れっきとした麗仁の妹で、その姿は流れる黒髪(普段はツインテール)、まだ張りのある白い肌そして下着である。
「うっ!」
とうめき声を上げ目覚めてはみるものの両足で左足を封殺、両手で上半身を抑えこまれては動かせるのは右足のみ。
「今日こそは、今日こそは!特別な日にしようね!!」
「なにを・・・!」
上半身に押し当てられる慎ましくも成長した胸、迫り来る唇、そう彼女は極度のブラコンである。
「だって、今日は私の高校入学祝いなんだから良いでしょ?」
と吐息混じりに女の声で話す麗美。実際はねのけようとと思えばそこは男の麗仁、力づくでもどうにか出来たかもしれない、しかし。
『か、かわいい!不覚にも妹をかわいいと思ってしまった!このまま、されるのもいいかもしれない』
と心中で思っておりパフォーマンスばかりの抵抗しかしていない。
先に述べてはいるが、僕はホモである。しかし妹は別枠のようで、何故か欲情してしまうらしい。
「本当に、男しか愛せないとかありえない体質、私が矯正してあ・げ・る」
と唇と唇が触れ合う一センチ手前で部屋のドアがバンッっと開かれた。
「あんたら、いい加減に起きなさい!!」
母である。
「麗美も、寝ぼけてお兄ちゃんの部屋に来ない、さっさと着替える!あんた今日入学式でしょ!麗仁に至っては何?まだ起きてないの?ほら、起きる!」
と片手で娘の首根っこをつかみ兄から引き離すと空いたもうひとつの手でその息子を文字通り叩き起こす。
「いってぇ!何すんだこの!起きる!起きるから!」
と抵抗すると、叩く手を止める。
「朝ご飯は出来てるからさっさと支度して食べなさい。」
「「はーい」」
と兄妹二人の声が重なったところで、妹が解放され母は鼻歌交じりで部屋を後にした。
「今日こそはいけると思ったのに・・・お兄ちゃん私お兄ちゃんの事諦めてないんだから!」
と捨て台詞と置き自分の部屋へ戻って行く妹。
「惜しかったな~、母さんさえ入ってこなければ今頃は・・・」
うむ、惜しいことをしたと嘆く俺、とはいえいつまでも嘆いている時間も無いと着替え始める。ホモであることはひょんな事から妹にはバレてしまったが未だ両親にはバレていない模様。あの堅物の父が自分の息子がホモでシスコンあることを知った際にどういうリアクションを取るのかは知りたいところであるが、麗仁としてはそれは避けなければならない事態の一つであろう。
「えーっと、今日は午前がクラス分けとホームルームで、午後から入学式だったか」
と口頭でスケジュールを確認し、制服に袖を通していく。
「つーかなんで麗美も、同じ高校に進学してくるかなー?あいつ頭いいんだからもっと上の学校へ行けばいいのに」
とは口に出してみるものの同じ学校に通えることを喜んでいる様子は口元を見ればすぐに分かる。
にやけている。
朝食を済ませ家を出る。その際にちょっとしたお小言などなど、新年度の何たるか、受験生の何たるかを両親からもらい少し気が重くなっている登校途中、声を掛けられた。
「やっほー麗仁!」
とても男が出したとは思えない高く澄んだ声に振り返ってみると、男子制服を来た女生徒が立っているかのような錯覚を覚えた。
一応男子でありはするが、その顔立ち、立ち振る舞いや仕草どれをとっても女の子のそれだ。きっと誰かが『お前は生まれてくる性別を間違えた』と言ったところで反論してくれる人間が居ないのではないかと疑うくらいには女の子に見える、しかし男。伊集院凛太郎。
「おはよう凛ちゃん」
「もう、その呼び方はやめてって言ってるでしょ?」
「でも、お前を凛太郎なんて呼ぶには気が引けるよ」
「じゃあ、伊集院さんでもいいのよ?」
「それじゃ仰々しくてな」
「もう、わかった凛ちゃんで許すけど特別なんだからね」
その後にプンプンという擬音がよく似合いそうな仕草をするところを含めても、なるほど女の子にしか見えない。
本人はそのことを少しばかり気にしているようだが、麗仁にとってはそれがきっかけで仲良くなったようなものなので変わらないで欲しいと思っている。なにより、数少ない『男』の『友人』である。
よく男女間で友情は成立するかという話を聞くがそれは恋愛と友情の曖昧さを線引き出来るかという問題である。麗仁にとっては、女の子にしか見えない凛太郎は恋愛の対象外と言え、友情を築ける男として貴重な存在である。
もちろん麗仁とてだれかれ構わず男好きという訳では無いのだが、そういう線引きが出来る凛太郎という存在は大きい。
「一緒だといいね」
ふと訪れた会話の合間の空白に凛太郎は言う。
「ん?」
「クラスだよ、僕らってほら一年生からの付き合いだけど同じクラスにはなってないじゃない?」
「ん、まあそうだな。」
「最後の年くらい一緒だと思い出も作れそうだなってさ」
てへっと舌を出す。仕草をとっても可愛らしい女の子のそれだ。
そんな会話をしているうちに学校へとつく。
私立海堂高校。
校門をくぐり抜けすぐそこにある掲示板に自分の名前のあるクラスを探す。
三年C組の欄にそれを発見すると隣から凛太郎から声がかかる。
「わあ、一緒のクラスだね!これから一年間よろしくお願いします」
ぺこりと深々とお辞儀をされた。
「ああ、よろしく頼むよ」と麗仁も頭をさげ「じゃ行こうか?」
と三年のクラスのある普通棟の三階を目指す。
普通棟は一階から一年、二階は二年、三階は三年と学年別に別れている。端からA組からF組まであるが、A組とB組は特進クラスとされ割と(この学校にしては)ハードなカリキュラムで学力向上、より良い大学へ進みたい人向けのクラスであり、一年は入試時の成績、二年からは昨年の成績を一定以上に満たしかつ希望者によるクラス編成となっている。
「そういや凛ちゃんは結構頭いいだろ?なんで特進クラスじゃないのさ?」
「えーっとね、僕は辞退したの」
「へー、なんでまた?」
「この学校を選んだのと一緒でさ、勉強に縛られたくないんだよ、それに家の手伝いも面白いからね」
「剣道だっけ?」
「剣術だね、これでも僕は師範代で弟子も十人はいるのだ」
「剣道、と剣術って何が違うのさ?」
「目的だよね、剣道は精神鍛錬とか己を磨きってところに重点を置くけど、剣術は純粋に剣の扱い方に重点を置くんだ」
より実戦的なんだよと付け加える。
「結構物騒なんだな」と笑い混じりで言い「ていうと、門下生は護身術として学びに来るのか?」
「そうだね、スポーツを習いにというより護身術を身に付けにって感じかもね。実際に女の人や子供の方が多いし、今の時代は物騒だしね」
「ふむ」
「だから麗仁に何かあったら僕が守ってあげるよ」
「いやいやいや」
家が十代は続く剣術道場というのは知っていたが詳しく聞くのはこれが初めて、という感じで意外な一面を垣間見たような気になる。
三階に上がり目当てのC組にたどり着くと割り当てられた席に付く。周りを見渡すと見知った顔、初めて見る顔で埋め尽くされる。
「ちょっと残念」
「どうしたの?麗仁」
「いや、こっちの話」
「?」
どうやら麗仁の眼鏡に叶う男子は居ないようだった。
「で担任は誰になるのかな?」
「麗仁、掲示板見てなかったの?体育の田辺先生だよ?」
「田辺先生ッ!」
「うわ!びっくりした、どうしたの、そんな大きな声出して」
「いや・・・はは、あははは」
体育の田辺哲史先生、年齢は二十七歳で今もっとも麗仁の心をときめかせている男性の教員である。
「これなら、一年間・・・うへへ」
「変な麗仁」
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴りガラガラガラと見計らったようなタイミングで入ってくる教員、綺麗に整えられた髪に爽やかな白い歯、普段はジャージの事が多いだろうが今日は黒のスーツがよく映える体型。
そう彼が田辺先生だ。
女生徒受けも良く、男子女子問わずに人気のある先生ではある。
「はーい、席に着けー。出席取るぞー。その後いろいろ決めるぞー」
と砕けた口調で教壇に上がる。
それから一通り出席兼自己紹介を各自簡単に済ませ、クラス委員長を決めることになったのだが、そこは凛太郎伊達に成績優秀なだけでなくその性格からか、割と人気者でスムーズに決まった。
それが決まればあとは各委員会の選出等を決め後は割り当てられた場所の清掃をすることになった。
「しっかし、あれだなー、田辺先生のあの無駄のない体型って憧れるな」
「そうだね、しゅっとしてて筋肉隆々って感じじゃなくて、本当に無駄な肉だけ落とした感じの体型だよね」
と同じ清掃区域に割り当てられた凛太郎とおしゃべりをしながらの清掃。
「その辺でいくと、凛ちゃんも結構な体つきだよね?やっぱ剣術で鍛えられるの?」
そう華奢に見えてつくところにはしっかりとした筋肉が付いている。
「そうだね、でも麗仁ほどじゃないよ。そういや麗仁は部活もやってないのにガタイいいよね?なにかやってるの?」
「あー、うん、まーね」と歯切りの悪い返事をしつつ「家では筋トレしてんだ、これ内緒だからな」
「うん、わかったよ、でもなんで筋トレなんかしてるの?理由があったら聞きたいな」
「特に理由は無いよ、ただ体鍛えるのが好きなだけだよ」
と言葉とは裏腹に下心が無いわけでもない。とある雑誌によると男が男にモテる秘訣は筋肉であるという情報を鵜呑みとまではいかないが、そこそこ信じて中学の頃から筋トレグッズを集めつつ密かに体を鍛えた結果がこれという。しかし、残念な事にその体を目につけられ上級生からの喧嘩の呼び出しがあったりと裏目に出ていたりする。
「でも筋トレだけでその筋肉ってすごいよね?僕なんか毎日剣を振ってもこの程度だもの」
「そんなのつけ方の問題だろ?俺なんかのは凛ちゃんから見れば見せ筋だよ。田辺先生や凛ちゃんの筋肉の方がよっぽど実用的な筋肉だって」
「そうかなー?」
「そうだよ」
「そうなのか、ありがとう。でもそれならいっそう実用的な筋肉つけるなら部活とか入ろうと思わなかったの?」
「あー、うん」
さすがに欲情するからとは言えない。
「水泳部とか」
「水泳・・・部・・・ゴクリ」
「レスリング部とか」
「レス・・・リング・・・ゴクリ」
「柔道部や新体操部なんてのもいいよね?」
「・・・ゴクリ」
「どうしたの?そんな顔真っ赤にして」
「いや、な、なんでもないよ、ははは」
想像力は逞しいそんなお年頃。
話し込んでいるうちに『キーンコーンカーンコーン』というチャイムがなり清掃の時間は終りを告げられる。
昼休みに突入し、屋上で凛太郎と弁当を食べることにした麗仁。いや、実のところを言えば弁当なんかより購買部へ行きあの混み合った中に入り込んでどさくさにまぎれて男子と触れ合いたいという願望があるのだが、そこは実家通い。毎日のように母がありがたい事に弁当を持たしてくれる。たまには母がめんどくさがって弁当を放棄しないかと密かに期待していたが、ここの二年間の間一日も欠かさず弁当を持たし続けた母には感謝をしなければならないのだろうが、いまいち複雑な心境である。一度弁当を故意的に忘れて学校へ来たこともあるのだが、なんと母が学校まで届けるという暴挙を起こしたために二度としないと決めている麗仁である。
「はい、あーん」
「・・・どういう状況だ?凛ちゃん」
「だってこっちの玉子焼き食べたそうに見てるから・・・」
「たしかに見てはいたが」
「僕の手作りだよー、はい、あーん」
「うー」
「食べてくれないの?」
と涙混じりに訴えてきた凛太郎。なんか可愛い。
「わかった、わかった・・・」
パクッ。
「わー、ね!美味しい?」
「うん、美味しいなこれ」
「よかった、一応自信作なんだ。それにしても食べてる姿可愛いんだね、麗仁は」
いや、お前の方が可愛いよと返そうかと思ったがなんか訳のわからない空間と化してきているのでここは苦笑いで誤魔化しておく。
とそこへ。
「お兄ちゃああああああああああああん」
麗美である。
「やっぱり屋上か!」
「麗美、お前なんでここへ?」
「お兄ちゃんと一緒にお弁当食べようと思って!」ちらりと凛太郎の方へ目をやると「この泥棒猫が!お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだからね!」
「・・・はあ?麗仁、この子は?」
「ああ、妹だ」
「妹さんか、よろしくね」
「何が、『よろしくね!』だ、この伊集院凛太郎!お兄ちゃんをたぶらかす泥棒猫が!」
「なんか面白い、妹さんだね。それにしてもなんで僕の名前を知っているの?」
「うっ・・・それは秘密よ!」
まさか以前兄をストーキングした結果知り得た情報だとは言えないのである。
「それより麗美、とりあえず自己紹介しとけ。これでも俺の友達なんだから」
「『友達』ねー」と懐疑的な目線を送りながらも「黒増麗美です、お兄ちゃんとは相思相愛の仲なので邪魔はしないで下さいね」
と自己紹介を済ませる麗美。
「仲のいい兄妹なんだねー、僕は一人っ子だから羨ましいよ」
と心底羨ましそうに眺める凛太郎。
「ふん、お兄ちゃんは渡さないんだから!」
麗美としては兄はこの凛太郎と付き合っているのではないかと睨んでいる様子。
傍から見ればたしかに可愛らしい姿の凛太郎、常にとはいかないがいつも一緒にいる相手が麗仁であるところからみて、なるほど凛太郎が女の子に見えるところも含めてみればカップルのように見えないこともない。
実際この学校の女子の一部にはこの二人をカップリングさせ妄想の種にしている連中もいるくらいだ。
麗仁としてはその気はなく、あくまでも友達として一緒にいる感覚なのであるが。
「それより、お兄ちゃんお弁当食べさせてあげる」
「それ、流行ってるのか?」
「?」
「というか、凛ちゃん何故貴様は俺の両手を抑える」
何故か羽交い絞めにされている。
「まあまあ妹さんが食べさせてあげるって言ってるんだから、可愛い麗仁が見られるかと思って」
「伊集院凛太郎!あんた中々やるわね!」
「とりあえず麗美、お前は凛ちゃんに先輩を付けろ」
「凛ちゃん先輩?」
「あーもう、凛ちゃんって呼ぶなー!」
半べそである。可愛い。
「まあいいや凛ちゃん先輩絶対に手を放さないでよ!」
「うん、わかったよ」
「何これ?拷問?」
「はい、あーん」
「うっ」
パクッ。
何かに負けた気がする。
「美味しい?」
「美味しいけど、これ作ったの母さんだからな」
「あ、そうだったわ、うむむ・・・次は私がお弁当も作ってあげる!」
「次もあるのか・・・」
とは言いつつもまんざらでもない様子の麗仁。
「本当に仲がいい兄妹だね、羨ましいな。で麗美ちゃん時間の方は大丈夫なの?そろそろ入学生は集まる時間なんじゃない?」
「あ!本当だ・・・もっとお兄ちゃんと一緒に居たかったのに。あ、そうだお兄ちゃん、入学式の私をちゃんと見ててね!」
と言い残すとバタバタと去っていく麗美。
「なんか凄い妹さんだね」
「あ、ああ、とりあえずよろしく頼むよ」
「麗仁がそういうなら喜んで」
入学式の厳かな雰囲気の中。
「いや見とけって言われてもなー。これだけ人がいたら見えねーっての」
「麗美ちゃん?」
「ん、?まあそうだけど、つか凛ちゃんだからって麗美はやらんぞ」
「大丈夫だよ、僕好きな人いるし」
「そいつは初耳だな、誰なんだ?」
「今は内緒だね」
「『今は』って事は今後から教えてもらえるのか?」
「さあ?」
凛太郎もお年頃の男の子、好きな人がいてもおかしくない。
つつがなく進行されていく入学式、入学生代表の挨拶。毎年入試のトップを取った学生が挨拶をするのが習わしである。
「入学生代表、黒増麗美」
「はい!」
「・・・えっ?」
思わず声に出た麗仁、そしてにわかにざわめく会場。
「おい、あのこ可愛くね?」
「うわー美人」
「黒増って麗仁の妹?兄妹揃って美形だ」
「ヤバい一目惚れだ」
「つか頭良くて美人て反則」
と壇上に上がるツインテールに対して称賛の嵐。
「桜咲くこの季節、晴れて私たちはこの私立海堂高校へ入学することが出来ました」
そして麗美の第一声で静まり返る。
「へー麗美ちゃん入試トップだったんだ、凄いね麗仁」
「あんにゃろ一言もそんな事言ってなかったのに、『ちゃんと見ててね』ってこういうことかよ」
「麗美ちゃんの晴れの舞台だね、ちゃんと見ておかないと」
「ああ」
麗美は堂々とその役目をしっかりと果たし自分の席へと戻る。
そうして厳かに、つつがなく式は終わりを告げた。
同時に入学生、新二、三年生は教室へ移動。
「それにしても堂々としてたよね、麗美ちゃん」
「その麗美ちゃんってのなんとかなんねぇかな?」
「どうして?」
「なんかむず痒いんだよ」
「あははっ、いいじゃない麗美ちゃんで、麗仁だって僕のこと凛ちゃんって呼ぶんだから」
「それとこれとは話が別じゃない?」
「僕にとっては変わらないの」
「わかった、わかったもういいよ麗美ちゃんで」
「理解のあるお兄さんでよかった」
と三名の男子が麗仁の元へ寄ってきた。
ウホッと内心で思う麗仁だが表情に出さないように訓練はしている。所謂ポーカーフェイスだ。
「なあなあ、あの入学生代表務めた子ってお前んとこの妹だろ?紹介してよ」
「お前にあんな可愛い妹が居たって言うの聞いてないぞ」
「俺一目惚れしちゃったよ」
と口に出るのは妹のことばかりで不満だ。
『妹のことばかりじゃなくて少しは俺のことを見ろよ!』などと言ってしまえばどう思われるだろうか?時と場合によってはこれまでに築き上げた『普通』の男子高生像が一気に音を立てて瓦解するのではないかという恐れはあるもののカミングアウトしたいという衝動をなんとかこらえる。
しかしながらこの三人の中には麗仁の眼鏡に叶う男の子は居ないのだけれど。
それでも、男の子と喋るときは胸がときめくものである。
「嫌だね、知り合いになりたければ自分で何とかしろよ。俺はこれでも過保護な方なんだ」
と『普通』を演じてみるがどうもシスコンの方が隠しきれていない。
「うわーそれでもお前友達か?」
「過保護ってなんだよ」
「頼むよ、マジお願いだから」
普段ロクに遊んだことも無いのに現金な奴らだと思う。
「俺も、鬼じゃない。そこまで言うなら時期を見て紹介してもいいが、俺は忘れっぽいからな」
ニヤリと何かを期待する目線を送る。
「なんだよなんか取るのか?」
「妹を売る気か?」
「金か?金なら出すぞ?」
「いや別に、何も取らないけどさ。」
じゃあなんだよという目線で返す三人に対し麗仁は言う。
「まあ俺は忘れっぽいって事だ」
「だからそれは分かったって」
「妹を売る気なんだろ?」
「いくらでも金は出すぞ?」
「いや、だから何も取る気は無いって。ただな、その俺お前らの名前も知らないんだわ。せめて俺に名前を覚えてもらえるくらい仲良くなってからな」
と言い放つ。もちろん麗仁は記憶障害を持ってる訳ではないので三人の名前を覚えていないのではない。右から赤城啓二、緑川勇、青木歩とクラスにはなった事こそ無いものの学校では『海堂の三原色<RGB>』と結構有名な三人である。
また、赤城は水泳部、青木は自転車競技部、緑川は陸上部(長距離)に所属し三人でチームを組みトライアスロンリレーに出場していることも知っている。
では何故麗仁がこういう事を言うのかというと、理由は単純。
麗仁ハーレムを形成しようと画策してるに過ぎない。
麗仁ハーレムとはその名の通り、麗仁の為の男のコミュニティであり、その条件は一に顔、二に性格、三に筋肉である。
その辺を見るとなるほど『海堂の三原色<RGB>』は顔はそこそこで、性格には難が多少なりとありそうだが筋肉には申し分がない。
これから麗美を餌に集まるであろう男子をまとめ麗仁ハーレム結成を今思いつたのである。
「ひっでぇ俺は少なくとも覚えてもらってると思ってたぜ?」
「なんだよ、ま、三年は部活も緩くなるし一緒に遊ぼうぜ。もちろん妹ちゃんも一緒に!」
「妹さん!妹さん!」
「じゃこれから仲良くしようぜ」
麗仁ハーレムの第一歩が産声をあげようとしていた。
放課後になり今日から心機一転と部活に励む学生と特にやることがないからと学校に残る生徒がちらほらとあるく校内。麗仁も家が近い(歩いて通える)ので特に帰りを急ぐ必要もなく校内をぶらついている。
「ん?あれ?凛ちゃんは帰らなくていいの?」
「なんで?」
「いやだって剣術道場の師範なんでしょ?」
「師範代だよ」
「その違いは俺にはよくわからんが」
「だってうちの道場は基本夜からだからね」
「そうなんだ」
「昨年度までも放課後は一緒に過ごしてたでしょ?」
「そういやそうだ」
「道場の掃除とかは親と門下生がやってくれるし僕は急いで帰る必要もないの」
「へー、そんな事になってるのね」
「それに今日は入学式で普段より早く学校も終わってるしね」
「じゃ今日はどうやって過ごすか」
「ねー、どうしようか」
「前みたいに教室卓球でもするか?」
教室卓球とは適当に机をくっつけて教科書を網がわりに立て、さらにラケットの代わりにしてピンポン玉を打ち合うという遊びで、ちょっと前から割とこの学校の放課後の暇人を中心に流行っている遊びだ。
「それもいいけど、僕としてはもっと静かに過ごしたほうがが好きかな」
「ふむー」
「とりあえず屋上に風に当たりに行こうよ」
「ま、それでいいか。今日は暖かいし」
と屋上に向かう事にした二人。よもやあんな事になっていようとは思ってもいなかったが。
「く、黒増麗美さん」
「なによ、急に呼び出して」
見知らぬ男子生徒がどうやら麗美を呼び出していたようだ。
屋上へのドアをちょっとだけ開けて覗き見る二人。
「麗仁!なにかただならぬ雰囲気だよ?」
「む・・・」
固唾を飲んで見守る。
「く、黒増麗美さん!」
「それで二回目!なんなの?」
「あ、あの今日の入学生挨拶素敵でした」
「そ、そう、ありがとう」
「あ、あ、あのそれでですね」
「うん?」
「よ、よければお付き合いを・・・」
「嫌よ!」
相手の言葉を最後まで聞かずに断りというか拒絶である。
「してもらえればと・・・えっ?」
とあまりにも早い返答に驚く男子生徒。
「だって、あなたかっこ良くないもの。そうね、せめて私のお兄ちゃん位かっこ良くなってくれれば考えてあげてもいいわ!」
「えっ?」
筋金入りのブラコンである。
「お兄ちゃん・・・?」
「そう、三年の黒増麗仁、知ってるでしょ?」
「『あの』麗仁先輩ですか・・・」
「そうよ、『あの』麗仁先輩よ。わかったらお引き取りいただけるかしら?」
と少しばかり高慢な態度だ。
「おい、なんであの男子生徒が俺の事知ってるんだ?」
「何言ってるの?麗仁は有名人だよ?」
「そんな話聞いたこと無いぞ?」
「あ、男子生徒こっち来るよ一応逃げとこうか」
「そうだな」
来た道を戻り教室へ。
「で、俺って有名人なの?」
「なんで自分でわかってないのかな?」
「心当たりが無いんだが」
「この学校ではもはや伝説になってるくらいなんだけど」
「何が?」
「麗仁ってさー、結構鈍いほう?」
「だから何がだよ」
「もうちょうど二年前だね、ほら僕らの入学式の頃にはまだ変な風習が残ってたでしょ?」
「『海堂対面式』の事か?」
「そうだよ、あの悪しき風習」
どこの学校にも大概いる不良と呼ばれるグループ。
それが自分たちの力を見せつけるために入学生を数人選んで見せしめと称しリンチする風習がこの学校にはあった。
あったという過去形なのはある事件をきっかけに無くなってしまったからだ。
その事件の張本人こそこの黒増麗仁である。
二年前、入学式が終わりのその放課後に麗仁は呼び出しにあい特に考えもなくその『海堂対面式』へ赴いたのである。
相手は武装に武装した十五人、こちらは怯えきった入学生と麗仁を含め三人。
完全に数での暴力+αだ。
しかし結果から言ってしまえば麗仁一人で十五人を倒してしまった。いや、倒してしまったという程生ぬるいものではない。
その現場に当時の入学生二人は後に語る。 『アレ』は地獄絵図だったと。
現場は血の海と化し、その中に『悪魔』が一人立っていたと。
いくらバットで殴られても倒れない、いくら鉄パイプで殴られても倒れない、いくらナイフで刺されても倒れない『悪魔』が一人ずつ確実に息の根を止めるが如く確実に倒していく様は同じ立場にいたはずの当時の入学生からも恐れられた。
なんせ流れていた血のほとんどがその『悪魔』一人の物で出血多量で倒れてもおかしくない程であったのにも関わらず最後に立っていたのはその『悪魔』だったというのだから恐怖の対象は上級生からその『悪魔』へと移っていったのであろう。
可哀想なことにその一緒に居た当時の入学生は精神を病んでしばらく通学が困難になったくらいだ。
さらに可哀想なのは自業自得とは言え『海堂対面式』を開式した上級生だ。
代々秘密裏に行われてきたこの『海堂対面式』だが事が公になり警察沙汰にまでなった。
しかし、不良グループにもプライドという物があり、たった一人を相手にしかも武器を使ってまで勝てなかったというのがなんとも情けないということで不良グループ内での喧嘩と口裏を合わせ突き通したようだ。
しかし、噂は広がりこの事件は後に『鮮血の革命』と呼ばれ、その不良グループは壊滅、『海堂対面式』もおそらくこの先凍結されるであろうことは誰の目から見ても一目瞭然だった。
そしてその張本人である黒増麗仁は半ば英雄視されるほどであった。
周りから『鮮血の邪神<ブラッディ・ナイトメア>』という変な通り名まで付けられた程である。
「それのどこに俺の有名になる要素があるんだ?」
「それ本気で言ってるなら抱きしめたくなるくらい可愛いよ」
「やめろやめろ」
「もう『鮮血の革命』はこの学校では伝説になって代々語り継がれるほどの偉業だよ。そしてそれを成し遂げた『鮮血の邪神<ブラッディ・ナイトメア>』の黒増麗仁といえばもう超がついていいくらいの有名人じゃないか。この学校に入る生徒は入試対策より先にエピソードを覚えて入るっていうのに当の本人がこれじゃあね」
「そんなこと言われてもなー」
「でも凄いよね、当時の上級生を一人で倒したんでしょ?」
「まあ、ああいうのは気に入らないしな」
「かっこいいね、麗仁は」
「つってもあの後大変だったんだぞ?当然血だらけで帰ったから母さん不良になっただとかいって泣かれて、親父にはこってり絞られてこっちは貧血で倒れそうだし、こっちの話を聞いてもらうのにどれだけの時間かかったと思ってるんだ?」
「・・・不良より両親の方が怖いんだね」
「そりゃそうだろ」
「あはは」
「笑うところじゃねぇよ」
「ごめんごめん」
「でもそれじゃお前はそんな『鮮血の邪神<ブラッディ・ナイトメア>』だっけ?と呼ばれる俺とよく友達になったな」
「よく考えたらそうだね、普通だとそんな人とはあまり関わりたくないもんね」
「意外とあっさり言ってくれるな」
「ごめんごめん、でも別に怖いって感じもなかったし、面白い人だなって思ったよ」
「面白い?俺が?」
「うん、見てるだけで面白いよ。やることが豪快で気持ちよくすらあるよね。それに最近は皆『鮮血の邪神<ブラッディ・ナイトメア>』っていう伝説の部分じゃなくて麗仁の素の部分も多く見てるからか何気に話かけてくるでしょ?」
そういえばそうだ。一年の頃こそ話相手は違うクラスのこの伊集院凛太郎だけだったものの二年の後半からは徐々に話しかけてくれる人も増えてきたし、何度か女子からの告白もあった。
もちろん女子には興味が無いので傷つけないようにやんわりと丁寧に断ったりしていた。
案外優しい人。
そういう評判も広がり今では忌避する目はほとんど無くなっている。
しかしながらまだ英雄視をする人はいる。特に新二年生からは絶大である。
それを裏付けるように告白してきた女子は全員新二年生、つまり当時の一年生だったという。
「たしかに最近は話しかけてくる人も増えたな。今日も『海堂の三原色<RGB>』とも話したし」
「麗仁の根が優しいってのはどこかしら伝わってくるもんなんだよ」
「俺が優しいねー、世も末だ」
「そんな事無いって」
「しかし、俺の知らないところでそういう話になってたとはねー」
「・・・鈍すぎるよ麗二」
とため息混じり。
「で、結局麗美もそのことを知ってて『あの』麗仁なんて言い方をしてたんだな」
「そりゃそうでしょうよ」
「そしてあの落胆ぶりか」
「あの男子生徒のことだね、そんだけ伝説化してるってことだよ、『鮮血の邪神<ブラッディ・ナイトメア>は』」
「なんか複雑だな」
「あはは」
「そこも笑うとこじゃないよ」
「ごめんごめん」
「もう、なんか気が削がれたな。とても遊んで帰ろうって気にならねえ」
「じゃあどうするのさ」
「帰る」
「そう?残念」
と帰り支度を済ませさっさと教室を出て行く。
「ちょっと待ってよ麗仁、一緒に帰ろ」
「あーはいはい」
と帰り道が途中までは同じなので断る理由もない。凛太郎も帰り支度を終えとぼとぼと二人で歩き出す。
「それにしても、麗美ちゃんも入学早々もてもてだね」
「ん、あー見てくれだけはいいからな」
性格は難有りというニュアンスを含めて言う。
「何か言いたげな感じだね」
「そりゃ、言いたいことだらけだよ」
「例えば?」
「あいつ今朝俺のベッドに・・・いや何でもない」
「何々?聞きたい」
「・・・なんでもないよ」
「そう?」
「そうだよ、何でもない!」
「顔真っ赤だよ、可愛い麗仁」
「うっせえ」
麗美のブラコンはいいとしても自分のシスコンが露見してしまうことは避けたいのでちょっとでもそこに触れそうな話題はしないことにしようと思い話題を早々に切る。
「それに、あいつ成績優秀スポーツ万能容姿端麗で兄の俺としては肩身が狭いんだよ、同じ学校だと」
「そういう割には嬉しそうだね?」
にやけ顔でそう語られても説得力に欠ける。
「嬉しくない!」
と力強く否定してみるも、何か否定しきれていない部分がある。
「あはは、そういう事にしてあげるよ」
「そうしてくれ」
と後は他愛もない話をしながら帰り道を進んでいく。
すると麗仁の携帯が間抜けな着信音を鳴らす。
「麗仁?鳴ってるよ?」
「ああ」
と携帯を出してみるとメール着信が一件。
麗美からである。
『もう帰ったの?ありえない!入学式くらい一緒に帰ってもいいじゃない!もう一緒に帰るまで校門で待ってるから早く来てよ!』
という内容。
「ちっ」
「どうしたの麗仁?」
「なんか呼び出しかかった」
「誰から?」
「麗美」
「噂をすれば、だね」
「あーめんどくせ、悪いけど凛ちゃんは先に帰っててくれ、麗美迎えてくる」
「お兄ちゃんは大変だね」
「茶化してくれるなよ」
「じゃまた明日だね、ばいばい」
「また明日なー」
と凛太郎とは別れまた学校へと引き返す麗仁。
校門付近でその特徴といえる独特のツインテールを見つける。
なんだか少しばかり胸が高鳴るのは麗仁がシスコンだからだろう。
「もう!お兄ちゃんやっぱり帰ってたの?信じられない!」
「お前の言動の方が信じられねぇよ」
「だって今日は特別な日なんだから一緒に帰るのは当たり前でしょ?」
と文句をたれながらも歩き始める。
「誰が決めたよ、それ」
「私!私が決めたの!当たり前でしょ?それより入学式ちゃんと私を見ててくれた?」
「あんだけ目立った事してくれたらないやでも目につくよ」
「嬉しい!見ててくれたのね」
「つか入試トップとか聞いてねぇぞ」
「だって言ってないもん、驚かそうと思って」
「本当、驚いたよ」
「へっへへー、でもいい事ばかりじゃないのよ。なんか目立っちゃった所為で今日だけで三人から告白されちゃったよ」
「三人もねー」
「もちろん、お兄ちゃん意外考えられないからせめてお兄ちゃんよりいい男になって来なさいって言ってあげたわ。まあ無理な話だろうけど」
麗仁達が遭遇した現場は何人目の人だったのだろうか?
「なんかそれもそれで嫌な断られ方だな。少しは相手の事を思いやってやれよ」
「嫌よ、お兄ちゃん以外の男に興味なんて無いんだから」
「そ、それは治した方がいいと思うぞ」
「嫌よ、だって本当の事なんだから」
その言葉を聞くとなんだか嬉しく思い、ちょっと照れくさい。
「で、でもその性癖はちょっと『普通』から逸脱してるからな」
「ホモに言われたくない」
「いいじゃないかホモでも」
「『普通』じゃないって言いたいのよ」
「むむ」
「本当になんで、お兄ちゃんがホモなのよ!恥ずかしいわ。まだ兄妹で愛し合ってるほうがまだ『普通』よ」
「いやいや、それは無いって」
「兄妹と言えど『男女』よ!同性愛よりよっぽど健全よ」
「そんな事ないと思うけど」
「そんな事あるね!」
とは言え麗仁はシスコンでもある。これは本当に秘密で麗美も知らない。
そのことを知ってしまえば麗美の狂喜乱舞する様が目に浮かぶ。
一歩間違えば一線を越えてしまう可能性すら出てくる。
一応は道徳というものを知っている麗仁それだけは避けたいとせつに願っているのだが、いつか自分の自制心が負けてしまうのではないかと心配している。
そう特に今朝の様な事がもう一度あれば完全に負けてしまうかもしれない。
「それよりお前凛ちゃんに対してちょっと失礼だよ」
「だって・・・」
「だってもへったくれもない」
「敵に塩を送れっていうの?」
「いや、それ意味わかんねぇ」
「だって付き合ってるんでしょ?」
「誰が?」
「お兄ちゃんが」
「誰と?」
「凛ちゃん先輩と」
「なんで?」
「ネタは上がってるのよ!いつもベッタベタに一緒にいるって」
「いや、いつも一緒にいることは認めるが」
「ほら、やっぱり!」
「あいつとはそんなんじゃないって」
「じゃあどんなんなのよ?」
「だってあいつは好きな人いるって言ってたぞ」
「・・・本当に?」
「本当に」
「それでも信じられなーい」
「じゃあどうしたら信じるんだよ」
「そんなのわっかんない!」
「うわー、本当にわがままだなお前」
「どうも」
「褒めてねぇよ、とりあえず俺と凛ちゃんはそんな関係じゃないよ。ほらあいつ女みたいだろ?そういう対象には見えないっていうか、友達なんだよ」
「ふーん、なんか複雑ね」
「そうでもねぇーぞ、ただの『友達』ほら簡単」
「いや、お兄ちゃんの性癖の方がね」
「それを言ってくれるな」
そんな会話をしつつその日は帰宅する。
家の前まで着くと麗美は二人だけになった時にいつもいう台詞を言う。
「お母さんとお父さんに知られたくなかったらちゃんと私の言う事を聞くのよ」
「あー、はいはい」
別に知られてもいいと考える麗仁にはあまり有効な台詞とは言えないもののとりあえずは従った風にお決まりに返す。
知られてもいいとは言え今はまだその段階ではないと思っているからだ。
家に入ると自分の部屋へ戻り着替えてから食卓へ。
今日は麗美の入学祝いということで母親が張り切ってごちそうを並べていた。
「麗仁、ちゃんと手洗った?」
「洗った」
「まだ食べちゃダメよ」
「わかってるよ」
晩ご飯は家族が揃ってからがこの家の決まり。とは言え仕事持ちの父は残業やらなんやらで一緒に食べられない日もあるのだが。今日は入学式ということで仕事を休んで両親揃ってちゃっかり出席していたようだ。
テレビでニュースを見ていた父が口を開く。
「麗美は入試でトップだぞ、麗仁。お前は今年から受験生なんだから・・・」
「はいはい、朝も聞いたよその話」
「全く、ちゃんと勉強だけはしっかりしろ、後のになって泣くのはお前なんだからな」
「わかったって、もういいだろ」
父の話は大抵決まってこういう小言だ。
正論だと分かっていても、素直に聞けない年頃の麗仁にとっては耳が痛いだけ。
「もう、お父さん今日は麗美の入学祝いなんだからそれくらいにして」
と母がたしなめる。
「麗美遅いわね、あんた呼んできなさいよ」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「はーい」
麗美の部屋へ向かう。
コンコンとノックしてみるが、返事がない。今度はちょっと強くドンドンと叩いてみる。
「はーい、ちょっとまって今着替えてるから」
「・・・ゴクリ」
今、板一枚を挟んで向こう側に麗美が着替えている。想像するだけで唾液が。いかんいかんと顔を振る。
「ご、ご飯出来てるから早くしろよ」
「わかってる」
「じゃ、先に行ってるぞ」
「待って」
「どうした」
「ご飯食べた後、今日は一緒にお風呂入ろ」
「へ?」
突拍子のない発言に間抜けな声を出してしまった。
「いいでしょ?」
「いやいやいや」
いや、一緒に入れれば嬉しいことには変りないのだが。
「ね、いいでしょ?」
「母さんも父さんもいるし無理だろ、いやまてそんな事じゃなくて、そもそもなんで一緒に入らないといけないんだよ」
「入学祝い」
「へ?」
「入学祝い貰ってない!」
「いやいやいや」
「だから一緒にお風呂で手を打とうっていってるのよ」
「問題あるだろ・・・」
「ぶー」
「こ、今度なんかおごるから!」
「・・・」
「な、なんとか言えよ!」
「デート!」
「・・・ん?」
「今度デート!」
「わかった、付き合おう・・・」
「やったぁ!」
「じゃ、先行くぞ」
「待って」
「今度は何だ」
「一緒に行く」
ドアが開かれる。白の短パンにピンクのキャミソールといういかにも部屋着という格好で出てきた麗美はどこか艶っぽく見え、今朝同様不覚にも『可愛い、ああ今すぐにでも抱きしめたい』と思ってしまう麗仁であった。
次の日の朝。昨日はあれからちょっと豪華な夕食を済ませ、日課になった筋トレをし、風呂に入り(もちろん一人)ながら歯を磨き床についた。
今日は妹からの襲撃は無いようで時間いっぱいまで惰眠を貪る事が出来た。
「あー良く寝たーっと」
大あくびをしながらベッドから上がり着替える。
「えーっと今日は?ああ放課後が部活勧誘だっけ?」
着替えの際にその日の日程を口にするのは癖のようだ。
「ちょっとレスリング部の勧誘なんかを覗いてみるのもいいかもしれないな・・・あ、やべ、ヨダレが」
と朝から妄想力が豊か。
欠伸混じりで朝御飯を食べていると麗美が居ないことに気づく。
いや、なんとなく違和感的なものがあったのだがその原因が麗美だったということには気がつかなかっただけなのかもしれない。
「母さん、麗美は?」
「はぁ、あんた麗美がA組に入ったの忘れたの?」
「いや、聞いてすら居ないんだが」
「本当に、あんたは・・・」
「そっか、って事は早速今日から0時限な訳ね」
A組とB組の特進クラスには通称0時限と言われる早朝講座とまた通称7時限と言われる放課後講座が組まれる。
出席自体は自由であるが、部活をしない生徒のほとんどが出席すると言われている。
ただ出席するだけで内申がガンガンと上がっていくので部活に入っている生徒もたまに部活を休み出席するくらいだ。
麗美も今日から漏れずにその通称0時限への出席をしているようだ。
「あんたは、特進クラスにも入れない癖に部活にも入らないでこの二年間なにしてきたの?」
母の小言である。
いつものことなので慣れているが、今日から麗美が特進クラスに入っている事を考えると多少なりとも胸が痛む。
しかし、運動系の部活に入ろうものならば性的興奮をしてしまい部活どころではなくなるだろう事を考えれば入らないことこそ正解である気もしてくる。
また文化系の部活には父から『入るなら運動系』と釘を刺されているので選択肢にすら入れてもらえない。
父の考え方は『健全な心は健全な身体に宿る』という事で、学生の内に身体を鍛えろといつも言っている。
結局部活に入れない麗仁である。
しかし、父からは部活に入らないことを責められなかったのは中学から続いている自主的な筋トレのおかげだろうか?
しっかりとしたガタイに父は何も言えないのである。というか、ガタイで負けてしまった父があれこれと部活に対し言いづらくなったと言うのが本音だ。
早々に朝食を切り上げさっさと家を出る麗仁。
今日は父は何も言ってこないが、母の小言がうるさかったためだ。
「いってきまーす」
特に焦る時間帯でも無いのでのんびりと歩いて行く。
「そりゃ、そうだよな、主席で入学して特進クラスに入らないわけがないか」
麗美が朝にいないというのはなんだか違和感があったので自分に言い聞かせるような独り言。なんだかんだ言いながらも寂しい気持ちがある。
「てっきり俺は『今日から一緒に通う』と駄々をこねるかと思ってたけど・・・っていうか期待してたけど」
これから一年間は一緒に朝通えるかと思ったが、さすがに特進クラスの始業時間に合わせて登校しようとはさすがに思えない。
「特進クラスかー、放課後いつまで授業してたっけ?帰りくらいは一緒でもいいんだが」
麗美が聞いていたら跳ねて喜んでいるだろう。
「やっほー、麗仁」
振り返ると、やはりとても男には見えない伊集院凛太郎がそこにいた。
「おはよう、凛ちゃん」
「今日も会ったね、あれ?麗美ちゃんは一緒じゃないんだね」
「あいつは特進クラスに入った」
「そっか、仲がいいから一緒に通うのかと思ってたけど、主席入学だもんね。特進クラスか」
「今日まで知らなかったけどな」
「あはは、入試トップってのも入学式で知ったくらいだもんね」
「俺にはあいつが何を考えているのかよくわからないぜ」
「兄妹でもわからないことってあるの?」
「当たり前だろ?兄妹だからわからないこともあるくらいだよ」
「そんなもんなんだね」
「そんなもんだよ」
そこで会話は一段落し、何気なく後ろの方から視線を感じたので振り返ってみる。
綺麗にまとめられたポニーテールの女子が電柱に隠れながらこちらを伺っている。
「どうかしたの?麗仁」
「どうかしてるのはあっちの方だと思う」
とチラリと視線を送る。
「何か隠れてる感じだね、そしてこっちを食い入るように見ているよ」
「あれは何だと思う?凛ちゃん」
「さ、さぁ?聞いてみればいいんじゃないかな?」
「ああいうのには極力関わらないほうが長生きのコツだぞ?」
「でも」
「無視しておこう」
とは言ったものの、一定の感覚でついてくる。何気ない風を装って何度か振り返って確認してみるとどうやらうちの学校の制服の様だ。
「何か心当たりはないの?」
と凛太郎が訊いてくるが。
「有るようで無いようで、わからないねぇな。どっちにしろ今までに見たことのない顔だよ」
「ふーん。でもあのまま学校までつけてくる気かな?」
「どうだろ?ま、無視を決め込んでおこうか、何もしなけりゃ無害だろ・・・多分」
と奇妙な尾行を受けながらもなんとか学校へと到着し校門をくぐった当たりで尾行は中止され一般生徒に混じりポニーテールの女子も登校した。
「なんだったんだろうね?」
「俺が知るかよ・・・」
「でも麗仁って有名人だからねー」
「またその話か」
「案外そこに関係する話かもよ?」
「あー、面倒くさいことは勘弁して欲しいんだけど。ん?でもよくよく考えれば・・・」
「どうしたの?心当たりでも?」
「いや、俺の尾行って事で考えてたけど、案外凛ちゃんへの尾行だったんじゃないかなって」
「いや、さすがにそれは無いよ」
「なんでそんな事言えるのさ」
「だって視線が完全に麗仁だけしか見てなかったもの」
「そんなもんあの距離でわかるか!」
「わかるもんだよ?」
「お前も何者だよ・・・」
「さあ?」
数学の授業中。いくら夜に快眠が出来たところで授業中睡魔が襲ってこないとは限らない。麗仁も例によって新学期早々船を漕ぐ始末。
『あ、やべ・・・寝るとこだった』と一応授業は真面目に受けようという気は有るらしく眠気と格闘している。
この授業では去年度までの復習に重点を置き進めている様でいきなりとんとんと単元をすすめる気はないようだ。
ちなみに教員は新任の女教師、堂下友香というらしい。
その見た目から男子受けが良いらしく、浮き足立つ男子がちらほらと見て取れる。
それが少しだけ気に入らない麗仁だった。
とは言え嫉妬していても何も変わらないので授業はしっかりと聞くという努力はしているのだが、どうも去年度までの復習ということですでに分かっている事だらけで特に面白みも無い授業で眠気を堪えるというのも大変なもので、気を抜くとまた船を漕ぎ始める。
一応進学をを希望している麗仁としては内申は少しでも上げておきたいのである。
麗美や凛太郎とは違い、学力優秀な方ではない麗仁にとってはこれからの授業の一つ一つが大事な勝負である。
『つーかさ、復習はいいんだよ、春休みにちゃんとやってきたんだから。早く新しいとこ進めろよ』と内心で思いつつもとうとうこの時間は復習だけに終始してしまった。
「こんな事なら寝とけばよかった」
と休み時間に凛太郎に愚痴る。
「そう?結構あの先生教えるの上手いなーって関心してたよ僕は」
「そうか?凛ちゃんクラスになればどの先生でも変わらないだろ」
「いやいや、去年の数学の斉藤先生なんか分かりづらい上に出来るのが当たり前ってスタンスだったから大変だったよ」
「あー、あの噂の斉藤先生か。一度も担当になったこと無いな」
「特進クラスも見てるから余計にね」
斉藤常、ベテランの教師ではあるがそれゆえに授業では教える際に要点だけをまとめわからない人は置いていくというスタンスで彼の生徒になったがばっかりに数学が嫌いになるという生徒も多数存在する。
「その中でもお前は特進クラスに行けるほどの成績を維持してたのかよ、すごいな」
「それほどでもないよ」
てへっと舌を出して見せる。可愛い。
「ちょ、ちょっと、さっきのプリント集めてるんだけど」
とクラスの女子、市川朱美が話しかけてきた。短くまとめられた髪に黒縁の眼鏡。委員長の中の委員長と言ってもいいほどな貫禄を醸し出している。
実際凛太郎がこのクラスでなければ八割は彼女が委員長を務めていただろうと言われている。が、今期は副委員長の座に甘んじている。
「あ、ごめん朱美さん僕がやるよ」
と委員長の凛太郎がプリントを受け取るよと右手を差し出すも。
「だ、大丈夫だってこのぐらい。それにもう癖みたいになっちゃってるからね」
と遠慮する謙虚さ。いい人っていうのはいるもんだと少しばかりの感動を覚えつつもプリントを手渡す麗仁。
「はい、これでいいんだよな?」
「えっ?」
「どうした?」
「いやてっきり・・・」
解答欄を埋め尽くされているプリントを見てびっくりしている朱美。
「てっきり?」
「ご、ごめんなさい、眠そうにしていたからプリントなんかしてないと思ってたの。だから私の解答でも写させてあげようかと思ってたんだけど」
「あはは、こう見えて麗仁は真面目だからね」
「なんだよそれ、俺の見た目が真面目じゃないって言いたいのかよ」
「ごめんごめん」
そのやりとりを見てちょっと和んだ様子の朱美。どうやら少し緊張して話しかけていたようだ。
「たしかに預かったわ」
「ごめんね、朱美さん気が回らなくて」
「いいのよ、凛太郎君はこれから委員長として大変になってくるだろうしこれくらいなら私がやるよ」
そう言い、その場を後にする朱美。
「凛ちゃんちょっと気が緩んでるんじゃないの?」
「あはは、そうかも知れないね」
「笑うとこじゃないって」
「でも、朱美さんが気が回る人でよかった」
「そうだな、この際委員長の座を譲ってやれよ」
「出来ることならそうしたいね」
「あれ?そうなの?」
「なんか勘違いしてるね?僕は別に好きで委員長やってるわけじゃないよ?」
「そうなの?そういう風に見えるんだけど」
「いやいや、実は面倒事押し付けられて参ってるのですよ」
「凛ちゃんファンにはがっかりの台詞だ」
「僕にファンなんて居ないって」
「いや、こういう中性的なキャラには隠れファンがだなー」
「ああもう、中性的って言うなー」
と半べそをかかせてしまった所でチャイムが鳴り休み時間が終了した。
「はい、あーん」
「これは何だ、デジャブか?」
昼休みタコさんウインナーを差し出す凛太郎。
「お兄ちゃああああああああああああん」
「また、デジャブが!」
「今日はこのおかず私が作ったからって、凛ちゃん先輩!」
「やあ、麗美ちゃん」
「気安く呼ばないでほしいわ!」
「おい、麗美それはないだろう」
「だって・・・」
「じゃ、なんて呼ぼうか?麗美お嬢様?」
「ぐぬぬ、なんか精神的に来るわね・・・いいわよ麗美ちゃんで!」
「そうか、ありがとう麗美ちゃん」
「何かくすぐったいわね」
またよくわからない関係の三人で昼飯と食べることになった。
「うーん」
「どうしたの?麗仁?便秘?」
「ちげぇよ」
「ちょっと、凛ちゃん先輩食事中にそんな話ししないでよね」
「ごめんごめん、で麗仁なにかあったの?」
「いや、あそこ」
麗仁の目線を追うと朝のポニーテールの女子がドアに隠れながらこちらを伺っている。
「朝の子だね」
「なになに?誰よあいつ」
「しらねぇよ、朝あいつにつけられてたんだよ」
「僕が声かけてみようか」
と凛太郎が提案してくる。
「大丈夫か?」
「声かけるだけだよ」
言うと弁当を置きドアの方へ歩いて行く凛太郎だが、それに気がついたのかポニーテールの女子は一目散に逃げていく。
「あらら、逃げられちゃった」
「なんなのよあの娘」
「だからわからねぇって」
「あんなに急いで逃げなくてもいいのにね」
「よくわからないわ」
「全くだ」
「それよりお兄ちゃんお弁当の続きしましょ。はい、あーん」
「だからそれ流行ってるのか?」
「だってね麗仁の食べるところ見てると可愛いんだもんね、ね麗美ちゃん」
「う、うるさいもう凛ちゃん先輩は早く手を抑えて」
「ってまたかよ」
昨日よろしく羽交い締めにされあーん攻撃を受けるのだった。
昼休みが終わる数分前教室へ戻ると麗仁はある違和感を感じた。
机の中身が増えているのである。
小奇麗な封筒。中には可愛らしい便箋で女性特有の丸文字が綴られている。
『突然の手紙ですみません。あなた様の噂は伺っておりましたが、初めて見たときに心を奪われてしまいました。どうかあなた様とお会い、そして話す機会が欲しいです。もし御用などがなければ放課後体育館の裏でお待ちしております。それでは失礼します。一年D組伊吹佐奈』
伊吹佐奈。聞き覚えも無い名前だ。
「伊吹佐奈さんねー、さてどうしたものか」
「あ、麗仁君?さっきポニーテールの可愛い子があなたの机を探してたから教えてあげたけど問題なかったかな?」
朱美が申し訳なさそうに話しかけてくる。
「ああ、特に爆薬も仕込まれてないし問題無い」
冗談で返してみるも自分でいってみて寒くなった。
「あはは、よかったわね」
やはり愛想笑いで返される。
そこでひらひらと手紙を見せて。
「どうやらこれが目的だったらしい」
「ら、ラブレターなの!?」
「どうだろう?文面だけだとわからないし、放課後に体育館裏で待つって事しかわからない」
「そ、それってラブレターだよ」
「いやー果たし状かもよ?」
これも冗談半分で言うが、半分は本気だ。ラブレターに見せかけて袋だたきなんて安っぽい手だが無いとは言えない。
「そ、そんな物騒な事・・・」
「なんだっけ?ほら俺えーっと『鮮血の邪神<ブラッディ・ナイトメア>』だっけ?だから狙われてるのかもよ?」
「そ、そんな冗談笑えません!」
朱美はきっぱりと言う。
「そうかい、まあ俺も喧嘩はごめんだから慎重に事にあたるとするよ」
「そうしてください」
そう言ったところでチャイムが鳴り授業の開始が告げられる。
「多分、あのポニーテールの女だよな」
そう決定付け後は放課後に考えることにして思考を授業の方へ向けることにした。
放課後。体育館裏。
麗仁にとってはあの『鮮血の革命』の記憶がよみがえる場所でもある。
ひらけている場所にも関わらず人目に付きにくく、秘密裏に何かをするには持ってこいの場所で昔は不良と呼ばれる生徒のたまり場でもあった。しかし『鮮血の革命』後ここに寄り付く生徒は激減したと言われている。
元より私立の高校である海堂高校には不良と呼ばれる生徒は少数派なのだが、だからこそなのか質の悪い連中が揃っていた。
バレなければ何をしてもいいと表沙汰にはしないように注意を払い悪事を働く者ばかりだった。
「どうやら、早くに着いてしまったようだ」
誰もいないそこに立つ麗仁。
「というか、いたずらって線も考えられるか?それともこの手紙の差出人は特進クラスとか?いやD組って書いてあったか」
右手に握りしめた手紙を見やる。
そこへ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息を切らした女子生徒、朝の尾行そして昼の覗き見をしていたあのポニーテールの女子、伊吹佐奈。
「す、すみません・・・あ、あ、あ、ああの掃除が、が長引いてしまって・・・」
「ああ、気にするな俺もいま来たところだ。というか確認したいんだが、この手紙は本当に俺宛で間違いないのか?」
「先輩宛で間違いありません!」
力強く返事をするポニーテール、伊吹佐奈。そして続ける。
「あ、あの噂は聞いています・・・入学前から。あ、あの『鮮血の革命』の『鮮血の邪神<ブラッディ・ナイトメア>』だということも知っています。」
「俺は最近そう呼ばれていることを知った」
「そ、そうなんですか?」
「ああ」
「はじめは、どんな人だろう?怖い人なのかな?って思ってたんですけど、昨日の帰り道偶然見てしまって・・・妹さん・・・麗美さんとあんなに微笑ましくされているところを見てなんというか、一目惚れしてしまいました。付き合ってください!」
また唐突だなと麗仁は心のなかで思う。
「あれが、微笑ましいねー。というか麗美を知ってるのか?ああ、あいつ入学式で挨拶してるくらいだし知っててもおかしくないか。」
話をずらそうとしてみるも、顔を真赤にしたポニーテール、伊吹佐奈は真剣な眼差しで返答を待っている。
「俺はさ、回りくどいのは嫌いだから結論から言わせてもらうよ?」
「・・・はい」
「ごめんなさいだな。理由は伊吹佐奈さん?だっけ?君にあるんじゃない。ただ俺には恋だとか恋愛だとかそういう概念がわからないんだ」
これは恋と恋愛の前に『普通』のと注釈がつく。もちろん、麗仁だって人を、というか相手が男なのだが好きになることもあるし、付き合いたいという願望もある。だがここは自分に好意を持ってくれた相手をなるべく傷つけないように返事をするにはどうしたらいいものかと考えた結果の答えだ。
「そ、それなら・・・私で、私と付き合ってみてどう感じるかでもいいんです。はじめは形からでもいいんです私と付き合ってください」
どうやら本気のようだ。
「そんな不誠実な真似は出来ない」
きっぱりと断る。
「どうしても駄目なんですね・・・」
「ああ、すまない」
「わかりました、でも私・・・先輩の事好きでいます。気持ちが変わったらいつでも待ってます」
「伊吹佐奈さんはまだ一年生だろ?入学早々こんな変なの捕まえて告白するより、もっといい男が見つかるはずだよ、そっちをがんばりなって」
「いいえ、先輩じゃないと駄目なんです・・・あっ!いえ忘れてください」
「?」
「とにかく、私は諦めませんそれではまた、失礼しました」
今にも泣き出しそうな顔をして走り去っていく。
「結局泣かしちゃったか」
何度経験しても抵抗がある。
「それにしても『諦めません』か、今までに居ないタイプだな、これからも何かしてくるのかな?」
つぶやきながらまたこの体育館裏に苦い思い出を作り、麗仁もこの場所を後にする。
特にやることも無いので教室へ戻りぼーっとしてみる。
「どうしたの?麗仁、今日は元気ないじゃん」
とどこから湧いたか凛太郎だ。
「あ、まあね。また女の子振って来た」
「そ、そうなんだ。でもなんで麗仁は言い寄ってくる女の子全員を振ってるの?」
「好みの問題だ」
「そっか」
「そういうお前はどうなんだよ」
「僕?僕は告白とかされたこと無いよ?」
「嘘つけ、そんな可愛い顔して女の子の一人や二人くらいから告白された事くらいあるだろ」
「何その理論、わけがわからないよ。でも、そうだね僕の場合男として見られてないのかもね?」
「ああ納得した」
「ああもう冗談なのに納得するなー!」
また人を泣かせてしまった。が凛太郎なのでどうでもいい。
「ああ、もうこんな時間か」
教室の時計を見ると特進クラスの通称七時限目が終わる時間だ。
「うるさいのが来る前に帰るとするか」
「麗美ちゃんの事?」
「ああ」
「三人で帰ろうよ」
「ああ?」
「僕麗美ちゃんと仲良くなりたいかなって、えへっ」
「あいつはお前のこと嫌ってるっぽいんだが」
「大丈夫だよ、案外趣味は合うと思うんだ」
「例えば?」
「麗仁に食べ物を与えるとか?」
「ほほー?」
「あ、怒っちゃった?」
「まあいいよ、じゃ帰る準備でもするか」
と言ったところで麗仁の携帯が鳴る。麗美からの電話だ。
「あ、お兄ちゃん?もう帰った?」
「いや、まだ教室にい・・・」
「プッ・・・ツーツー」
「切るの早ッ!」
階段側から雄叫びが聞こえる。
「お兄ちゃああああああああああああん」
「そして来るの早ッ!」
「あはは、さすがは麗美ちゃんだね」
「はぁ・・・はぁ・・・ちょっと・・・休憩・・・」
「さすがにお前でも階段を一気に三階まで登ると息切れするのな」
「あ・・・当たり前でしょ!」
「お疲れ様麗美ちゃん、はいタオル」
「あ、ありがとうって伊集院凛太郎!なんであんたがいるのよ!」
「まだ帰ってないからだよ?」
「それはそうか」
「三人で帰りたいんだってさ?どうする」
「えーやだー、お兄ちゃんと二人で帰りたいー」
「あはは、正直だね麗美ちゃんは」
「お前学校ではその性格ちょっとは何とかしろよ」
「やだ!」
「じゃ決まりだな、三人で帰ろう」
半ば無理やりだが途中まで三人で帰ることになった。
「ねぇデート!」
その日の夜のことだ、麗仁の部屋に突如として現れて麗美はそう言い放つ。
「ねぇデート!約束したよね?」
「昨日の今日じゃねぇか」
「いいじゃない、いつとか約束してないんだから今からで!」
そう時間は十時を少し回った位の時間だが今からデートを要求しに来たのである。
「いま何時だと思ってやがる!」
「んー?十時過ぎだけど?」
「何当然のように返してるんだよ、今から行くようなとこなんて無いだろ、つかその前に時間が遅い!」
「えーどうでもいいー」
「よくなーい!」
「いいじゃない、行くとこは決まってるんだから」
「ど、どこだよ」
「学校!」
「どうして?」
「・・・したの・・・」
「なに?」
「忘れ物したの!」
実を言うと本当に忘れ物をしたという訳ではない。ただ麗仁とどこか夜に行きたいというだけのために吐いた嘘だ。
「あーもうめんどくせえ、明日でもいいだろこんな時間なんだし」
「いーやーだ、あれがないと安心して眠れないの!」
「何忘れたんだよ?」
「そ・・・それは、何でもいいじゃない!大切な物なの」
「あーもう、わかったよ、じゃあ取って帰ってくるだけな?それでデートじゃないとか文句は受付ないからな!」
「うん!」
とびきりの笑顔で返す麗美を見ると、やはりこれでデートの件を別扱いにしとけばよかったかと思い直す麗仁ではあったが、一旦口にした以上それはできないなと少しばかりの後悔をしたのだった。
両親には近くのコンビニに買い物に行くといい二人で外出。
一応『デート』ということで手をつなぎ学校へと向かう。
夜道ということでいつもと感覚が狂い、道を一本間違えそうになったりもする。
「えへへ、なんか嬉しい」
「そうかよ」
学校へ行って帰ってくるだけのデートでも麗美はとても嬉しそうにしている。
「ところでよ、お前なんでうちの学校にしたの?お前の頭ならもっといい学校行けただろ」
「だって他の学校だとお兄ちゃんに会えないじゃん」
「それだけの理由!?」
「それが一番じゃない!」
「おいおい、ちょっとは自分の将来を・・・」
「お父さんと同じ事いわないで!私には私の人生があるの」
「それで、お前がいいんならもう言わないけどよ」
「うん、お兄ちゃんのそういうところ好き」
天にも昇りそうな気分になる麗仁であったがそこは悟らせない様にする。
「も、もうすぐ学校だぞ」
「う、うん」
校門が見える位置まで来たところでドーンと爆音が鳴り響く。
近くで雷でも落ちたかのような轟音だったが空は雲ひとつ無い星空。
そのあともドドドと地響きが鳴る。
「何?お兄ちゃん怖い!」
音のする方へと行くと、学校のグラウンドだった。
「麗美!お前はここから動くな!」
言うが早いか走り出していた。
そこには。
「へ・・・蛇?」
蛇がいた。
「ふしゅう!」
それもただの蛇ではなく大蛇。
「ふしゃあ!」
それもただの大蛇ではなく顔だけでも三メートルは有るのではないかという程ケタ違いの蛇。
「ふしゅう!」
グラウンドを全部使ってとぐろを巻くほどの大きさ。
「ふしゃあ!」
「な、なんだよ・・・これ!」
「うーん、多分ヤマタノオロチでも召喚しようとして失敗したんじゃないかな?」
暗闇の中から声がした。そこには袴姿の女の様な人が立っていた。
その姿は凛々しく、どこか聞き覚えの有る声だったが、今はそれどころではない。
「ヤマタノオロチ?」
「名前くらいは知ってるでしょ?日本の昔話に出てくる伝説の蛇」
「それが、これって言うのか!?」
「いや、頭ひとつしか無いから失敗だろうね。でも、厄介だね。不幸中の幸いは八つ頭じゃないって事だね。完成体で召喚されていたら草薙の太刀でも無ければ文字通り太刀打ち出来ないからね」
「どうして、こんなのがいるんだよ!」
「それは、わからないけど誰かが陣でも張らないと召喚されないからね。気の流れ的には近くで張ってるんだけど、まずはこいつをどうにかしないとそれもどうにか出来ないね」
会話は終了という合図のように腰に付けた鞘から一本の剣を取り出す。
その動きは一瞬だった筈なのに無駄な動きが無い所為か酷くゆっくりに見えたがその後の動きは目で終えないものだった。
十五メートルは離れていた間合いを詰め。
「弧月」
とつぶやかれながら繰り出された刃は下から上へ弧を描き振り上げられ。
「閃月」
そこから円を描きながら振り下ろされる。
「ふぎゃああああああああああああああ」
蛇の体は三つに輪切りされる形になった。
分断された体はそれぞれ独立しさらに暴れ回る。
「困ったなー、余計にたちがわるいや」
詰めていた間合いを外し一旦刃を鞘に収めると居合の構えを取る。
「月下美人」
外された間合いはまた一気に縮められ、まさに縦横無尽の動きで蛇の体を分断していく。
しかし。
「あ・・・っと」
刃が折れた。
「やっぱ白虎レプリカじゃこんなもんか、やっぱり本物持ってくるべきだったかな?」
さもこの事を予見していた様なしゃべりだったが、蛇の体はそれでものた打ち回る。
「あとは任せたよ?麗仁」
「え?」
言うが早いか身を翻し校舎を駆け上がっていく。
「って壁走って登ってる!?」
「ふぎゃああああああああああああああ」
振り返ると蛇の頭が目の前まで来ていた。
「うおっ!ってどうすんだよこれ!!!」
顔だけで噛み付いて来る蛇を相手に反射的に顎に向けてアッパーを繰り出す。
「痛え!」
思った以上に蛇の頭は重く硬かった。
「こんなのどうすればいいんだよ!」
見ると体の細切れにされた胴体も回復しているのか細胞同士がくっつこうとしている。
「生き物の常識覆すなよ・・・」
とりあえず走り麗美とは逆の方へ。
「追って来いよ?」
心配だったが蛇はそのまま麗仁に向かいのそりのそりと動き出す。体はまだくっついてはいないが、時間の問題だろう。
それでも顔だけで飛び跳ねて麗仁へと向かう。
「うお!」
蛇に体当たりされた格好になり吹っ飛ばされ倒れる。
「お兄ちゃん!」
麗美が叫ぶ。
蛇は頭だけで振り返り麗美を睨みつける。
蛇に睨まれた蛙の如くその場に立ちすくんでしまった麗美に向かいのそりのそりと動き出す蛇。
「人ん家の可愛い妹に・・・手ェ出すんじゃねぇぞ!!」
叫び麗仁は走っていた。おぼつかない足で。それでも倒れないように必死に走りそして気がつけば蛇のそのでかい牙が左手を噛んでいた。
「お兄あああああああああちゃん!!!」
「大丈夫だ、お兄ちゃんは弱い子じゃない!」
普段から鍛えている力か火事場のクソ力か右手で蛇の口を開け、左手を抜くと鼻の先に右肘を打ちおろし地面へと叩きつけ、その鼻の上に立ち懇親の回し蹴りを目に打ちつける。
「ふぎゃああああああああああああああ」
叫び声を上げ飛び上がり再び麗仁は吹っ飛ばされる、が今度は着地に成功した。
蛇の頭はのた打ち回り自分の体へと戻って行く。
「お兄ちゃん腕!」
損傷が酷く変に曲がっており、大量の出血をしている。
「痛いけど・・・大丈夫だ」
「きゅ、救急車!」
と震える手で携帯を取り出そうとしては落とし拾おうとしては落とし繰り返す麗美。
「ふしゅうううううううううううううう」
蛇の声が聞こえる。さっき切られたばかりの体は傷を残しながらもくっついている。
「麗美それは後だ逃げろ!」
麗美の背中を右手で突き飛ばし自分は蛇へと走る。
「少しでも囮になれれば・・・」
全長は何メートルくらいになるだろうか?それすらもわからない程のケタ違いの蛇と相対し思うことは妹の無事を祈ること。
『ああ俺は筋金入りのシスコンだな』と思いながらも逃げることなど少しも考えないでいた。
「ああ、出来れば彼氏の一人でも作りたかったな」
蛇を目の前に大の字になる。いわゆる通せんぼの形。
「ふぎゃああああああああああああああ」
と頭と体がくっついた蛇は勢い良く跳ね出して麗仁へと向かう。
幸か不幸か蛇は口を開けずに飛び掛ってきたので体当たりのようになる。空中に放り出された麗仁をさらに追いかけるように口を開け跳ねる蛇。そのままだと飲み込まれるだろう。
「あいにく・・・悪あがきは・・・得意なんでね!」
空中で体を捻り飲み込まれることだけは回避したが、さらに鼻で押し上げられる形になって校舎の屋上まで吹っ飛ばされる。
『まるでジャグリングだな』思いつつも最低限頭を打たないように受身を取り屋上。
「麗仁、大丈夫?」
袴姿の女性の様な人間の顔を月明かりが照らす。
「凛ちゃん・・・かよ・・・」
「えっへへー僕でした」
てへっと舌を出す。可愛い。
「妖気を感じたからね、久しぶりだったから白虎レプリカしか持ってこれなかったけど、それも折れちゃった」
折れた刃を見せながら言う。
「妖気って・・・なんだよ・・・」
「まあ話すと長くなるから先にこっち終わらすね?もう少しだから」
指差す方向を見ると円が描かれなにやら文字が周りに書かれそして中心にポニーテールの娘が倒れていた。そう伊吹佐奈だ。
「後はこうしてココに傷を入れるだけ」
折れた刃で描かれた円の一部に傷を入れると。
「ぎゃあああああああああああああああ」 とグラウンドから蛇の悲鳴が上がる。
なんとか体を起こし屋上から見下ろしてみると蛇は跡形も無く消え去っていた。
「どう・・・なってるんだ?」
「召喚なんだ」
「召喚?」
「うん、ロールプレイングゲームとかしない?あれで言うとこの召喚魔法を思い浮かべればいいよ」
「召喚魔法・・・」
「不完全だったけどね、それより腕の傷どうにかしないとね。念の為に持ってきた秘薬があるんだ。少し痛いかもしれないけど我慢してよ」
「事情を説明・・・」
「事情は手当が済んでからね」
言葉を遮られて手当が行われる。
「神経がいくつかやられてるね、大丈夫かな?」
と秘薬を塗り始める。
「これ痛いって!」
「うん、痛いよ?僕も小さいころこれで泣いちゃったからね。でも効果は絶大だよ?多分傷は二三日もすれば元に戻るはずだよ?ああでも骨までは治せないからちゃんと病院いってよね、一応骨の曲がりは治しておくけど」
バキバキと早速左腕を引っ張ったり曲げたりする。
「痛いっっって!」
「我慢我慢!あとは固定してっとこれでよし。あとはあの娘だね、っていっても単純に疲れて倒れてるだけだからそのまま放っておくのが一番なんだけどこの寒空の下置いていくわけにもいかないしさ」
と伊吹佐奈の元へ歩み寄る。
「もしもし?大丈夫ですか?」
肩を叩く凛太郎。
「う、うう・・・」
と目を覚ます伊吹佐奈。
「こんなとこで寝ていると風邪引きますよ」
のそっと、ゆったりと緩慢な動きで起き上がる。
「目が覚めましたか?大丈夫ですか?」
「あ・・・はい。」
「ここで何をしてたんですか?」
と優しい口調で聞き出す凛太郎。
「え・・・っと」
周りを確認し麗仁と目が合うポニーテール伊吹佐奈。
「先輩・・・」
「麗仁とお知り合いなの?」
と凛太郎は聞く。
「あ、えっ・・・と。」
まだ意識がはっきりしてないのか、歯切れが悪い。
「正直に話して、ここで何をしていたの?もしかしたら君の所為で麗仁が死んでいたかもしれないんだから」
「えっ!?先輩が!?」
答えは簡単だった。単に本に書かれていた『恋のが必ずうまくいく秘術』というおまじないを試しただけで悪意なかったそうだ。
ただし、そのおまじないの方法がよくあるまがい物やなんちゃって占いや都市伝説的なおまじないでは無く具体的すぎた。
そしてそれが間違った方法で伝わってしまった召喚の儀式であった。
幸い間違った方法で伝わってしまったが故に中途半端で本来ヤマタノオロチを呼び出すはずだった物が大きな蛇という形に落ち着いたというだけの話。
さらに言えば何の力も無い一般人が陣を張ったところで何も召喚されるはずはなかった。
しかし星の巡り、月の位置、場所等様々な要素が組み合わさり大きな蛇を生み出したということだった。
「そんな事があるのかよ?」
「あるよ」
「す、すみません!知らなかったとは言え先輩を傷つけて!そんな、私先輩と上手くいきますようにってそれだけです。それだけ願ってやったんです!傷つけようなんて・・・」
といい最後には泣き出した。
「ああもういいよ、死んでないし。悪いのは伊吹佐奈さんじゃなくてその間違って伝わった本だろ?」
「で、でもぉ・・・」
「麗仁はモテるね、妬けちゃうよ」
「それにすみません。こんな可愛らしい彼女さんがいるなんて知らずに告白なんてして」
「いや、そいつ男だし」
「そんな嘘つかなくていいですよ。でも先輩・・・私先輩の事好きなままでいていいですか?迷惑は掛けません」
まっすぐに見つめられてそう言われると案外悪い気はしない。凛太郎は女だと思われているが。
「好きにしなよ。誰かを好きになるなってのは周りから言われてできることじゃないだろ」
「ありがとうございます」
言うとふらふらながら立ち上がり屋上を後にするポニーテール伊吹佐奈。
「で、お前は何者なんだ?伊集院凛太郎」
「僕は伊集院凛太郎、何代も続く剣術道場の師範代だよ」
「そんな事は分かっている。聞きたいのはそういう事じゃない!」
「出来れば裏の肩書きは知られたくはなかったんだけどね、まあいいか。『対妖怪討伐武装二式』伊集院凛太郎。僕の家系はね代々妖怪退治を専門にしてきた武術の家系のひとつなんだよ。特にうちは剣術に長けた家系だね。だから精神鍛錬とか己を磨く事に重点を置く剣道ではなく純粋に剣の扱い方に重点を置く剣術なんだ。一言で妖怪って言ってもいろいろだけれど畏怖、恐怖の対象が具現化した物を指すんだ。今回の蛇は本来そういった感情で呼び出されるはずだったんだけど、麗仁への強い愛情が生み出したんだろうね。強く願うって点に置いては同じようなものだからね。大抵の妖怪は人が産み出すんだ。弱い心強い畏怖、恐怖・・・まあこの話はいいかもう済んだし。でも人には言えないよねこんな話。したところで信じてもらえないし。僕だって本物の妖怪をこの目で見るまでは信じられない話だったもの。あそうそう、今回の蛇はあのヤマタノオロチの出来そこないだから麗仁でも視覚出来たけど、普通の妖怪はまず訓練しないと見えないからね?僕だって結構努力して見える様になったんだから勘違いしないようにね。あの蛇は特別。で何か聞きたいことは?」
「よくわからない事だらけだぜ」
「あはは、だよね?」
「でも、お前はあんなのが出る度に戦うのか?」
「そうだね、そういう事になるね」
「・・・大変だな」
「そうでもないよ?それに今回は麗仁を盾に使っちゃったし」
「そうだな!俺見捨ててさっさと校舎登っていったもんな!」
「あ、怒ってる?ごめんごめん。でも術者がどこに居るかわかってて放っておく方が危険なんだよ。今回はただ意識を失って倒れてくれてたから良かったけど、意思を持ってあの蛇を悪用することも出来たんだ。だから優先順位を変えたんだよ。それに僕は麗仁の事信頼してるしね」
「何をどう信頼してるんだよ?俺は本気で死にかけた」
「またまたー『鮮血の邪神<ブラッディ・ナイトメア>』がそんな簡単に死なれたら困るよ?」
「だからそれは勝手にそう呼ばれてるだけだろうが。俺だって普通の人間だ」
「普通ねぇ」
と意味ありげな笑顔を見せる凛太郎。
「まあ何はともあれお疲れ様。そう言えばなんで麗仁は学校に来たの?」
「麗美の忘れ物・・・あ麗美大丈夫かな?」
「ん?麗美ちゃん?」
と屋上の扉が開かれる。
「お兄ちゃんここ?」
「噂をすればだね」
「い、伊集院凛太郎・・・」
「麗仁ならここにいるよ?」
指差す。
「よかった生きてるのね!お兄ちゃん」
と泣き崩れる。
「言ったろお兄ちゃんは弱い子じゃないって」
「・・・うん」
「じゃ帰ろうか?」
「・・・うん」
手を差し出し立ち上がらせる。
「じゃ、凛ちゃん先帰るわ」
「うん」
そして一呼吸置いて凛太郎は言う。
「愛してるよ、麗仁」
その瞬間だった。
「やっぱり二人付き合ってたのね・・・」
かつて無いほどの怒気をその身に宿す麗美。
「ま、まて何の悪ふざけだ凛ちゃん・・・ってもういない!?」
屋上から壁を走り降りたようだ。
「ちょっと!説明してもらうからね!!」
次の日。
どんな事があっても夜は明け日は登るようで今日も今日とて例外ではない。
親には左腕のことは転んで折れたかもしれないと伝え病院へ行くことに。
初期治療がよかったのか医者にはこれなら二週間ほどで治ると言われる。
驚いたのは傷跡で、綺麗サッパリに無くなっている。例の秘薬とかのおかげなのだろうか?
病院で左腕にギプスをまかれた後に、今日は学校を休んでもいいと親に言われてはいたが特にやることも無いので昼から登校することにした。
教室に入るとギプス姿の麗仁は異彩を放っていた。あの『鮮血の邪神<ブラッディ・ナイトメア>』が怪我をして登校してきたことを見てまたよからぬ噂が流れるだろうことは眼に見えているが当の本人が全く気にしていない。
「やっほー麗仁その後いかが?」
と軽い調子で凛太郎がやってくる。
「お前・・・昨日の別れ際のあれなんだよ!お前の所為で麗美には一晩中問い詰められるし、さんざんな目にあったぞ」
「何って本心だけど?」
「えっ!?」
「僕は麗仁を愛しているのです!」
「ちょっと待てそれは・・・」
「僕に何か不満でも?」
「俺はお前の事は友達としか・・・」
「友達感覚から始まる愛でもいいじゃない」
「言ってる意味をわかってるのか!?」
「わかってなきゃ駄目?」
「つまりそれは・・・」
「うん、僕はカッコイイ男の子が好きなのです」
唯一の男の友達と思っていた伊集院凛太郎に告白を受ける。
どう答えようか、いや正直凛太郎の事を嫌いなわけじゃない、がしかしこれを恋愛の対象として受け入れていいのか、やはり友情と恋愛の線引きは難しい物である。
完
初めましての方は初めまして
そうでない方はお久しぶりです
negidarakeです
ちょっと昔に書いたものですが、眠らせておくのも勿体無いので上げておきます
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けなされれば泣きます
それでも最後まで読んでいただけて嬉しいです
それではまた




