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野良怪談百物語

実の生る木

作者: 木下秋

 強い雨が降っていた。


 わりかし大きなビニール傘をさしていたが、こんなの“顔が濡れない”程度の効果しかない。傘を持ってない方の左腕には水滴が滴っているし、スーツもスラックスもじっとり。


 防水スプレーをふりかけた、いつも手入れを欠かさないお気に入りの革靴までもが浸水している。……最悪だ。


 時刻は二時。場所は住宅街の狭い裏道。オレンジ色の街灯が点々と光る細い道を、俺は一人とぼとぼ歩いていた。


 夕方から降り始めた雨は勢いを増し、止む気配がない。雨が少しでも収まることを祈って、仕事帰り、バーに寄ってゆっくりしていたのだが、これなら早く帰ってりゃよかった。明日も早いのに……。なんとも不愉快。じっとりとした湿気が、全身にまとわりつく。


 ふと気がつくと、目の前に大きな木の枝が道路に覆いかぶさるように伸びていた。その枝の出現元を目で追うと、鉄の柵を破ろうという力強さで、太い木がうねるように生えている。


(チッ……切っとけよぉ。道路まではみ出てんじゃねぇか)


 俺は心の中で毒づく。いつも通っている道で、その木の枝にも今気がついたわけではない。しかし、こうして傘をさしている時に通るのは初めてだった。晴れている時なら少し首を縮めるだけで済むので気にも止めなかったが、この高さだと傘にぶつかってしまう。


 鬱蒼うっそうと茂る青々とした枝葉に、段々と近づいてゆく。(……突っ込もう)。俺はしゃがむのも面倒臭く、傘から枝葉にぶつかって行った。


 ガサガサという音が、雨音に混じる。肩をすぼめ、突っ切る。その時、視界の端に不思議なものが目に入った。


 緑一面の枝葉の中に、桃のような大きな実がっている。それに気づき、反射的そちらを見る。


 ――生首だった。無数の葉の中に、無表情の女の顔が生っているのだ。


 目鼻立ちのはっきりした、眉の濃い女。唇は血のように赤く、目は虚ろ。そんな目が、俺を見ている。


「ゥアァアァァ‼︎」


 思わず叫び、勢いに任せて枝の向こう側に出た。バッ、とすぐさま振り返る。そこには、余韻で揺れる枝葉があった。――顔など、どこにも見えない。


 見間違い……幻覚……。様々な言葉が頭に浮かび、徐々に冷静さを取り戻した。


 (帰ろう……)。そう思って前に向き直った時、気づいた。


 ビニール傘の表面に薄っすらと、赤い塗料のようなものがついている。


 口紅――! 咄嗟とっさに、そう思った。



 ――これは後日気がついたことだが、その木の生えている柵の向こう。そこは広い、墓地だった。

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