悪役幹部は生真面目 前編
自分で言うのもなんだが、私は真面目を絵にかいたような人間だ。
やるべきことは常に全力で、そして融通が利かない。
何でも馬鹿みたいに真面目にしてしまうので、周囲は「堅物」だの「疲れそうな人生だ」などと陰でボソボソ言っている。
だが仕方ない。これが性分なのだ。直す気はない。
それでも時折、ふと考えることがある。
自分は一体何が楽しみで生きているのだろうか、と。
代わり映えのない単調な日々。
しかしそんな日常に転機が訪れた。
付き合いで、とある高級クラブへ行ったときのこと。
店のホステスたちと楽しそうに酒を飲む周囲に馴染めず、一体何が楽しいのかわからないまま静かに酒を飲んでいた。
そんな私に話しかけてきたのは、綺麗に着飾った美しい大人の女性だった。
「失礼します、お客様。この後、少しお時間ございますか?」
ニッコリと微笑みかけてきたのは、このクラブのオーナーママだった。
わけがわからぬまま連れて行かれたのは店の事務所だった。
なぜ私に声を掛けてきたのか、なぜ連れて行かれるのか。用事があるからと嘘でもついて逃げればよかったのか。どんどん不安になる。
私に席を勧め、座ったところで彼女は先程と口調をガラリと変えた。
「あなた人生つまんなさそうね」
カチンときた。初対面なのに酷い言い草だ。
「若いんだからもっとハメを外しなさいよ」
ハメを外してどうなる。余計なお世話だ。
「刺激的なことに興味ない?」
突然何だ?
「私、副業しているの。あなたをスカウトしようと思って」
犯罪系なら通報するぞ。
「普段とは違う自分になれるわよ」
ヤバイ薬か?
「ストレス発散できるし、報酬も弾むわよ」
ストレス発散……弾む報酬……?
「どう?」
…………
※※※
そして――――
「ワハハハハ――ッ! この国は我々、悪の秘密結社が征服してくれるわぁあああ」
普段ではありえないキャラで、私は巷で言うところの弱い者いじめをしていた。
この仕事に声を掛けてくれたクラブのママの姫乃さんは、この悪の秘密結社のトップだ。
しかし悪とは言いつつ、特に非合法なことをしているわけではないそうだ。もし法に触れることをしているなら、きっと引き受けなかっただろう。
なぜこんなことをしているのかと訊いてみたら「家業みたいなものなの」と苦笑していた。どうやらやめるにやめられないようだ。
結社の一員として下っ端の黒タイツ軍団から始めたものの、馬鹿みたいに真面目にしていたら、私は知らぬうちに組織の幹部に上り詰めていた。姫乃さんは戦闘に来ないので、実質トップと言っても過言ではない。
私の高笑いを遮るように、五人のカラータイツが現れた。彼らは悪の秘密結社と敵対している戦隊ヒーロー、カラーレンジャーだ。
ヒーロー側は五人いる。一対五など卑怯じゃないかと思ったが、こちらは更に数十人の黒タイツ軍団が控えているのでどっちもどっちだった。
ヒーローたちは弱い。何せ五人揃わなければ幹部クラスと満足に戦うことはできないのだから。それでも黒タイツ軍団よりは強く、あっという間に全滅させられてしまう。
「どうだ! 今日こそお前を倒す!!」
レッドがこちらを指差し、勇ましく叫ぶ。
「ぐぅううう。小癪な……」
私は苦々しい顔で唸る。
しかしやられっぱなしではいられない。今度はこちらの攻撃だ。
とはいえ暴力は嫌いだ。この結社に入るとき、絶対に法に触れる行為はしないと姫乃さんに約束させた。そこだけは絶対に譲れなかった。
そこで考え出された私の攻撃。それは考えようによれば法に触れるが、自分の中では何とかセーフのものだった。
「……そうそう。この間の金曜日の夜、我が下僕の一人がな、見たそうだ」
「……何を言っている?」
「ブルーがラブホテルへ入って行くところだ」
相手を動揺させることを言い、精神的に追い詰める戦術だ。
プライバシーの侵害ではあるが、私は結社の情報収集担当者から教えられたことを言っているだけ。だから問題ない。
絶句するブルーに、更に追い打ちを掛けるように続ける。
「随分お楽しみだったようだなぁ。チェックアウトぎりぎりまで粘っていたな。……で、どうなんだ? ブルーの技は」
「一体誰に訊いている!?」
声を荒げるレッド。よほど仲間が大事なのだろう。ブルーの秘密を暴露したことを自分のことのように激怒していた。
いい奴だと思う。……だから付け込まれるんだよ、君は。
「そこにいる貴様に決まっているだろう。なぁ、ピンク」
爆弾を落とした瞬間、場の空気が凍ったのを感じた。
「ピ、ピンク……嘘だろ……」
動揺するレッド。黙り込んでレッドから視線を外す、ブルーとピンク。
「さぞかし楽しいだろうなぁ、ピンクよ。レッドと付き合いながらブルーをも手玉に取るとは。稀代の悪女だな」
嫌な感じでそう言うなり、レッドがブルーの胸倉を掴んだ。
「ブルー、お前ふざけんな! 俺とピンクが付き合っていること知ってるくせに!」
「お前がピンクを放置しているのが悪いんだ。隙があるなら奪って何が悪い」
「何だと!?」
「やめて! 二人とも、私のために争わないで!」
あっけなかった。これで三人は戦闘どころじゃない。
そもそも手近で女を漁るからこんなことになるんだ。私は同じ男として、彼らの女の趣味が全く理解できない。見るからに取柄は顔だけの尻軽そうな女じゃないか。最近の若い男はわからない。
おっと、まだ終わっていなかった。気は抜けない。
「ワハハハハ! グリーンにパープル。次は貴様らだ!」
すると案の定、グリーンが気怠そうに声を上げた。
「あー、悪い。俺、そろそろバイトだから帰るわ」
「ちょ……グリーン!?」
グリーンのアルバイトのシフトは把握済み。彼のアルバイトの時間を狙って戦闘を始めるので、彼はこの戦闘にまともに参加したことはないのだ。
「グハハハハ! 骨のない連中よ。パープル、あとは貴様だけだ」
「ぐっ……」
焦り顔のパープルが本当に不憫でならない。
「さあ、パープル。どうする。もはや貴様に味方はいない」
崖の淵まで追いつめられるパープル。そんなに後ろに行くと危ないぞ。
彼女は懐から爆薬を取出し、こちらに投げてきた。しかし爆発しても白い煙を上げるだけの粗末な代物。あちらもこちらを怪我させないように配慮しているのがわかる。
「フ……フハハハハ。正義の戦士など大したことはないな」
私は五人の中で彼女が一番好ましく思う。が、恋愛感情ではない。何というか……かなりの苦労性で、不憫で、つい応援してあげたくなるのだ。
そして彼女が不憫なのは、何も仲間内での気苦労だけではない。
「パープル。貴様も年貢の納め時だ。覚悟しろ!」
すると彼女はチラリと崖の下に視線を向け、何を思ったのか崖から飛び降りた。
「おい! 馬鹿な真似はよせ!!」
慌てて淵まで駆け寄ろうとすると、後ろから黒い影が現れてふわっと崖下に消えた。
その黒い影を見て、さっと全身から血の気が引いた。
その場にへたり込んだ私に、黒タイツの数人が駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫か!?」
「……ああ、もう帰りたい」
この後に起きるであろうことを思うと、気が重い。
そう。彼女の最大の不幸は、最も危険なアレに執着されていることである。
しばらくして先程の黒い影がパープルを伴って戻ってきた。
意識のない彼女をそっと地面に横たわらせ、自らのマントを掛ける。
一見するとどこぞのおとぎ話のような優美さ。しかしそんな生易しいものではない。
優しく彼女の頭を撫でた後、地の底から出たような声が投げかけられる。
「何度言えばわかってくれるかなー」
その声の低さに、周囲が恐怖で支配された。
「『パープルはオレの獲物』……そう言ったよねー?」
こちらに近寄ってくる奴はマスク越しで表情は窺えないのに、怒りがひしひしと感じる。
「それなのにNO.1はいつも全員を自分で片づけようとするし。ほんと仕事熱心だよねー。でも……」
ピタッと私の前に立ち止まり、ズイッと顔を寄せた。
「彼女に手を出したら……殺すよ?」
マスクの隙間から覗くその目は鋭く、殺気が籠っていた。決して冗談ではないのだろう。
この非常に物騒な黒い影の正体は、一応私の部下となる幹部NO.2の二階堂という青年だった。
凄んだ後すぐ、彼は間延びした口調を普段のように変えてニッコリと笑った。
「賢いあなたなら、もちろんわかりますよね? 一井さん」
恐怖のあまりこくこくと頷くと、彼はパンパンと手を叩き、何事もなかったように硬直していた黒タイツ軍団を解散させた。
私はただ恐ろしくて、見ていることしかできなかった。
※※※
戦闘が終わると、決まって黒タイツの数人と居酒屋の座敷で打ち上げをしている。
「お疲れ――!!」
「かんぱ――い!!」
仕事の後の一杯はたまらなくうまい……はずなのだが。
先程のことが尾を引き、私は心の底から楽しめずにいた。
「一井ちゃーん、暗いよ。飲んでるか?」
「……飲んでますよ」
私の肩をポンと叩いて隣に座ったのは結社最高齢の雅さんだ。
彼はブルーの個人情報を探ってきた情報収集担当で、黒タイツ軍団の一員だ。
「むしろいつもと変わらない皆さんが不思議なんですが」
「二階堂ちゃんのことは毎度のことだろ? しょうがないって。パープルちゃんにご執心だからさ」
「私は彼より上の立場なのに……」
それなのにこの体たらく。凄まれて恐怖のあまり何も言い返せないとは。
気落ちしたまま呟けば、彼は豪快に笑い飛ばした。
「気にすんなって! 一応そういう肩書あるけど、そんなもんはあってないようなもんだ。所詮お遊びだからな。本当に真面目だなー、一井ちゃんは」
馬鹿にされたように感じるのは、俺の勝手な思い込みだろうか。ますます落ち込む。
「……真面目なのは駄目なんでしょうか」
「駄目じゃねーよ。俺達、トップが一井ちゃんだからついていってるようなもんだぜ。姫乃ちゃんは基本ノータッチだし、二階堂ちゃんだったら黒タイツ達こんだけまともに人数集まらねーと思うし」
「二階堂ちゃんは周りに線引くからねー。だからこれも一井ちゃんの人望だよ」とビールを注いでくれた。
周囲を見回せば、雅さんの言葉に頷いている。その温かさに、不覚にも涙が出そうになった。
「ありがとうございます」
返事をすれば彼は「よし、みんな。もっと飲もうぜ――!」と周囲を煽って大盛り上がり。
少しだけ気持ちが上がり、その光景を微笑ましく見ていると、顔を真っ赤にした黒タイツ軍団の女性の一人、今村さんがこちらへやって来た。
「あ、あの……隣、いいですか?」
「ああ。構わない」
まるでロボットみたいにカクカクしながら彼女は隣に座る。じっと眺めていたら、どんどん顔を真っ赤にしていく。その異様な様子に思わず声を掛ける。
「大丈夫か?」
「は、はいっ、何でしょう?」
上ずった声に、ますます心配になる。
「飲み過ぎじゃないか? 顔が真っ赤だ」
「いえっ……その、私、下戸で……」
「じゃあ熱でもあるんじゃないか?」
体温を診ようと彼女の額に自分のそれをコツンと合わせた。
「……熱いな。やっぱり熱が……」
そう言いかけると同時に、彼女が急にぐったりとして私にもたれ掛る。慌てて抱き留め、顔を覗きこむ。彼女の全身は燃えるように熱く、そして真っ赤だった。
「ま、雅さん、大変です! 倒れました!」
叫ぶと何事かと私たちの周りに集まって来る。
すぐに彼女を横たわらせて、店員に持ってきてもらった氷水を額に当てた。
彼女が介抱される様子を眺めて呟く。
「体調が悪いなら無理して出て来なくてもいいのに……」
即座に全員から「違うって!」と突っ込まれた。
全く意味がわからない。一体何が違うのだろう。