苦労性ヒーローの失業
今日も戦闘の日。
基地という名の、叔父の営む電気工事会社兼自宅(ちなみに私も同居中)に召集されたカラーレンジャー。
だが、この前のことが解決に至っていないのだろう。チーム内の空気は異常なほど重苦しかった。
ムスッとしたまま怒りを隠そうとしない筋肉バカな大学生、レッドこと赤池。
ビクビクと怯えた表情のミスK女大(この辺では馬鹿だけど美人揃い)、ピンクこと桃花。
クールでいつも以上に無表情な医大生、ブルーこと青山。
夜勤明けなのか船を漕いでいる、グリーンこと緑川。
そして胃薬が手放せない、パープルこと私。
こんな雰囲気じゃ今日も戦うどころじゃないなとため息をつくと、イライラしながら部屋の中をうろうろしている博士こと叔父が声を張り上げた。
「今日は俺も一緒に行くぞ」
「え、おじ……博士も?」
これまで一緒に来ることなど一度もなく、かなり驚いた。
たとえ来ても、運動不足なおっさんじゃ戦力にはなりそうにないんだけどなぁ……。
「今日はな、悪の秘密結社のトップが来るんだと」
「「「「「トップ?」」」」」
全員が声を揃えた。
敵のトップは、十年以上戦士をしている私でも見たことがない。
女だってことだけは知っているんだけど、正体不明の人物だ。
「あのクソ女が来るとあっては、今日は絶対に負けらんねー。皆、心してかかれよ」
どうやら叔父はその女を知っているようだ。険しい顔で妙に熱くなっている。
普段なら「まぁ怪我しねー程度にやってこい」って言うだけなのに。
ここまで激昂している叔父は見たことがなくて、私は「その人、どんな人なんだろう……」と興味津々だった。
※※※
「ワハハハハ――ッ! この国は我々、悪の秘密結社が征服してくれるわぁあああ」
今日もNo.1が耳障りな高笑いをしている。
さて、お仕事しますかね。
「そんなことはさせないぞ」
「ムッ、誰だ!?」
「情熱のレッド」
「知性のブルー」
「優しさのピンク」
「……グリーン」
「……パープル」
「五人合わせて、正義の戦士カラーレンジャー」
若干覇気がない登場シーン。
仕方がない。内情ギスギスだし、ワンパターン化して飽きてきたし。
しかしNo.1は、いつもと同じように全力でやってくれる。
もしかしたらこの人、いい人なのかも。
「出たな、カラーレンジャー! ふふふ、今日は我らのトップに君臨する、悪の寵姫様が直々に貴様らを地獄に送って下さるそうだ。光栄なことだろう」
本当にトップが来ているんだ。
というか、寵姫様って……。ぷぷぷ。誰の寵姫なわけ?
「寵姫様! 寵姫様!」
No.1がしゃがんで片膝を地面につけて頭を下げると、黒タイツたちもそれに倣う。
するとやけに高い場所から黒いボンテージ姿の女が姿を見せた。
口元と目以外はマスクに覆われているが、ナイスバディだし、多分すごい美人だと思う。
「貴様らがカラーレンジャーか。喜ぶがいい。今日は私が直々に相手をしてやろう」
声もお色気ムンムンだ。何を食べたらそんな風になるんだろう。羨ましい。
私が呑気に考えていると、物陰に隠れていた博士が飛び出てきた。
「ふざけんな、クソ女。こいつらがテメーみたいな性悪女に負けるわけねーだろ!!」
博士を一瞥した寵姫は、フンと鼻で笑った。
「あ~ら、いたの? 冴えない偏屈博士。存在が薄いから気づかなかったわ」
「くっ、何だとこの若作りの化けもん女。テメーいくつだよ。歳を考えろ、歳を!」
かなりの失礼発言に、ピキッと青筋が立った様子。
「あんたこそ年甲斐もなくガキみたいな発明にハマっちゃって。才能ないのよ。止めちゃいなさい!」
「うるっせーよ! 俺は天才なんだよ。凡人のテメーになんぞ理解できないだろうな」
「したくもないわよ、そんなガラクタ! 仕事しろよ、加齢臭まみれの中年オヤジ!」
「テメ、俺の発明品をガラクタ呼ばわりしやがったな。降りてこいよ。泣かせてやる」
「泣くのはアンタよ! クソ男!」
何この子供の喧嘩。周囲はポカーンとその光景に見入っている。
しかし周囲の変な空気に気付いたのか、寵姫が咳払いをしてこちらに視線を向けた。
「そこのバカは放っておくとして」
「何だと!?」
「レンジャー・ピンク」
声を掛けられたピンクがビクッと肩を震わせた。
「アンタ、レッドとブルー、二股かけているんだって?」
「ふ、二股じゃないわ。二人とも私を愛してくれるから、どちらか一方を決められないだけよ!」
「それで両天秤にかけているのは、れっきとした二股と言うのよ。というか、どこがいいのよ。そいつらのこと」
ピンクは照れたように、もじもじとしながら答えた。
「だってレッドは野球しているところが超カッコイイし~、ブルーは頭いいし~」
「馬鹿じゃないの。男はね、年収よ!」
ズバーンと言い切った寵姫の言葉に、ピンクは衝撃を受けたようだ。
「男は……年収?」
「そうよ。金がない学生なんかより、金持ちの男の方が贅沢させてくれるわよぉ。アクセサリーにブランド物のバッグ。デートは高級外車に高級ディナー」
「バッグ……アクセサリー……高級ディナー……」
「お、おい。ピンク……」
レッドの声も耳に入らないピンク。ブルーも怪訝な様子でピンクを凝視している。
すると突然ピンクがマスクを脱ぎ捨てて、勢いよく頭を下げた。
「博士ごめんなさい。私、ヒーロー辞めます!」
「おい、ピンク!!」
「こんなことしている暇があったら、合コンしなきゃ……」
「ピンク!」
「レッド、ブルー、……ごめんね。私のことは早く忘れて!」
言うだけ言って、ピンクは走り去ってしまった。
「待てよ、ピンク!」
レッドはピンクの後を追い、ブルーは大きなため息をついてマスクを脱いだ。
「博士。申し訳ありませんが、僕も今日で辞めさせていただきます。そろそろ勉強に本腰を入れたいですし、あのアバズレを思い出す環境には居たくないので」
マスクを博士に手渡し、私たちに一礼してブルーは帰って行った。
ちょ……、マズくない!? 三人抜けちゃったんですけど!?
博士は親の仇のごとく寵姫を睨み付けていた。
「こんの性悪女……ピンクに余計なこと吹き込みやがって。テメーの価値観をあいつに押し付けんな!」
「あら、私は事実を言っただけじゃない」
「男は金じゃねぇ。情熱だ!」
「ああ、暑苦しい」
「うっせーぞ、ババア!」
「私がババアなら、アンタはジジイじゃない!」
また子供の喧嘩が始まりそうになっていると、携帯の着信音が鳴り響いた。
それはグリーンのものだったらしく、彼が電話に出る。
「もしもし……はい。……えっ、はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
電話を切った後、グリーンは珍しく声を弾ませた。
「博士、パープル聞いてくれ! 俺、就職決まった!」
「お、おめでとう……」
苦労しているのを知っているから喜ばしいけど、嫌な予感……。
「つーことで、俺もヒーロー辞めます。お世話になりました!」
マスクを博士に渡し、グリーンはこちらを向いた。
「パープル、あんたには色々世話になった。元気でな。博士も」
見たこともないような晴れやかな笑顔で、グリーンは去って行った。
「嘘でしょ……。私、一人……?」
「アハハハハ。いい気味。これでアンタのチームはおしまいね。これで通算何回目? 私たちに負けるの。アンタ、もうやめちゃえば?」
真っ青な私とは対照的に、愉快で堪らない様子の寵姫。
隣の博士は黙り込んでいる。不思議に思って様子を窺うと、暗い目をしてどこかおかしい。
「博士……?」
呼びかけると博士は白衣のボタンを引きちぎって脱ぎ捨てた。
するとそこには――
「ば、爆弾!?」
博士の身体には、胴回りを覆うように爆弾がついていた。
手には起爆装置らしきスイッチ。
「ちょ、何考えてんのよ」
「こうなったらテメーら道連れにして死んでやる! 全部木端微塵だ!」
「やめてよ、叔父さん!」
「紫、お前は逃げろ。……悪かったな。だけどこれで婚活できる。よかったな」
「ふざけないで! 叔父さんが死んじゃって、婚活なんてできるはずないでしょ! いいから、それ外してよ!」
「俺の財産は全部お前にやるよ」
「いらないわよ! とにかく馬鹿な真似はやめて!」
必死に説得するが、全く聞き入れてもらえない。
周囲の敵も驚愕してざわついていた。
ただ一人、寵姫だけはなぜか落ち着いていた。
「形勢が悪くなって自爆……無様ね」
「何だよ。嬉しいだろ? 俺と一緒に死ねるなら」
「叔父さん、何言って……」
「……そうね。それもいいかもね」
「えっ?」
驚いて、彼女を見た。さっきまでの高飛車な態度は消えている。
二人は他の人間など目に入らないかのように、じっとお互いを見つめていた。
「……懐かしいわ。こうしてじっくり顔を合わせるのも久しぶりね」
「そうだな。昔は四六時中一緒にいたのに」
「一時は結婚の約束もしていたわ」
「ああ。互いの親から一緒になるのを反対されたときは、心中しようかとも考えたな」
ええっ! この二人、付き合っていたの!?
叔父さんの恋愛話、聞いたことなかったから驚き。
独身を貫いていることも、「俺みたいなモテ男、結婚したら女は泣くぜ」なんて冗談みたいなことを言っていたし。
「でも死ぬのが怖くて、結局駆け落ちしようとしたのよね。あなたは来なかったけど」
「何言ってんだ。来なかったのはテメーだろ?」
「私は行きました」
「俺も行った」
「……どこに?」
「駅の西口」
「私もよ」
「駅にあるATMの前だぞ」
「ええ、私も」
「……おかしいな」
「おかしいわね」
どうやら二人とも、駆け落ちの待ち合わせ場所には行ったみたい。
「どこの銀行のATMよ」
「青空銀行」
「ウソ、太陽銀行でしょ!?」
「違う。青空銀行だ」
「…………」
「…………」
「「っていうことは……」」
二人は表情を緩めた。
「何だよ、ただのすれ違いかよ」
「本当よ。私はてっきりあなたに裏切られたかと思って」
「俺もだ」
しばし黙り込み、二人は見つめ合う。
周囲にいる私たちもつられるように無言になる。
それから沈黙を破り、寵姫が口を開く。
「ねぇ、今でも私を愛している?」
「……ざけんな」
呟いた叔父は、目元を赤くして寵姫から視線を逸らす。
「テメーよりいい女なんて……どこ探したっていねーんだよ。責任取れよ、馬鹿野郎」
「うん……責任取るわ」
寵姫は叔父のもとへ駆けて行き、叔父は爆弾を外して胸に飛び込んできた彼女を抱きしめた。
「私も愛しているわ、博昭」
「もうぜってー離さねーぞ、姫乃」
そして二人はブッチューと濃厚なキスをかましました。
それをただ眺めるしかない私、そして悪の秘密結社の皆さん。
「…………」
「…………」
「……えっと、どうしましょう」
「どうしような……」
私とNo.1は困り果てて、互いの顔を見合わせた。互いのトップがこうなっては、下の者はどうすればいいか迷うんですけど。
気が済むまでキスをしたようで、ようやく唇が離れた。腰砕けになった寵姫をしっかりと支え、叔父がこちらを向いた。
「紫、今日でヒーロー業は辞める。お疲れさん」
すると寵姫もNo.1に声を掛ける。
「一井、秘密結社も今日で終わりよ。今までありがとう」
「「はぁああああ!?」」
私とNo.1(一井って言うんだ、初耳)が同時に叫ぶ。
「何で、何でよ!?」
「おめー辞めたかったんだろ? よかったじゃねーか」
「そうだけど、そうなんだけど。でも家業をそんな簡単に辞めちゃっていいわけ!?」
「いいんじゃね? 姫乃と和解したから戦う必要もねーしな」
寵姫も頷く。
「ええ。この人に裏切られたと思ったときは『地獄に送ってやる』ってムキになっていたけれど、今となっては愛しかないもの」
「だな。俺もおめーに対する恨みや憎しみでヤケクソになってこれまでやってきたけど、もうそれも終わりだ。それに昔はお互いこんなにいがみ合ってねーし。なんつーか、サークル的ノリ?」
「そうね。今で言うサバイバルゲーム兼合コンみたいな感じかしら。結構仲はよかったわよね」
二人の話に頭に血が上り、声を荒げた。
「サークル的ノリ!? 合コン!? 何よ、それ! 叔父さんたちが私怨で関係を悪化させて、ゲームを本気の争いに捻じ曲げたってこと!?」
「テヘ、ごめ~ん」
「かわいくないわよ!」
まさかの急展開。こんな終わりを想像してなかったよ。
私がこんなに悩んで辞めたかったけど家業だから(いや、もはや家業でもなんでもないのか?)我慢して続けてきたのに、蓋を開けてみたら個人的な恨みってどうなのよ!?
それに振り回されてきた私たちはどうなるわけ!? 崖からダイブとか、爆弾でドッカーンとか、結構危険なことしてきましたけど?
嬉しいやら情けないやら、私はあっという間に裏の仕事を失った。
次回、本編最終話です。