鏡 8
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毎朝5時に起きる。
顔を洗って眠っていた時のジャージ姿のままで飛び出す。
この朝練前の早朝ランニングと、放課後の練習が終わってからの夜のランニングは確実にスタミナを蓄えることが出来る。
5時を過ぎれば辺りはすっかり朝の景色だ。この季節になれば吐く息ももう白くはない。俺達は毎朝・毎晩、モノも言わずにただひたすら走った。
走ることにより分かったのは、酸欠の頭では真一になって遊ぶことが非常に簡単に出来るということだ。
今までは、本人の目の前では真一になって遊ぶのは難しかったんだけど、走っているときならとても簡単なんだと分かった。どんどん走って息が苦しくなってきたとき、すっかり真一になった俺の横を走っているのが正志・・・つまり俺に見えて驚いたことも1度や2度のことじゃなかった。
「でな・・・弥生がそのとき・・・」
それらとは別に、休憩しているときはすっかり自分に戻って色んなことを話した。
「うん。正志に言われてから何となく岸田に目がいくようになったんだけど、確かにあいつ可愛いよな。お前が惚れるのも分かるよ。」
最近はようやく真一も弥生の魅力が理解出来てきたみたいで、俺としても何だか照れくさいような誇らしいような変な気分だったが、当然悪い気がするはずもなかった。
「俺な・・・決めたよ。 甲子園を決めたら告ることにした。」
「マジかよ。んじゃ益々頑張らないとな。ってか、俺も責任重大か・・・」
「今までみたいにお前だけに任せておかねぇよ。しっかりアシストすっからな。やったろうぜ。」
「うん。期待してるよ。マジで。」
朝と夜のランニングを始めてから、最初の頃こそ溜まった疲労でキツかったが、慣れてくるにしたがい明らかに俺達は変わっていった。もちろんそのことは先輩や監督にも分かる。俺達は他のやつらに比べて、朝練での最初の動きが段違いだ。そして放課後の練習でも余裕が出てきた。余裕が出てくれば練習の質が変わる。そして、俺達が変われば、みんなもそれにつられてチーム全体のレベルが上がるんだということが分かった。
俺達は強くなる・・・
そのころにはほとんどの部員が確信をもっていたはずだ。
日課のランニングを終え、家に帰るともう何もする気が起きない。
決して大げさではなく指先1本だって動かしたくないほどだ。
「早くシャワー浴びて勉強しなさい。」
分かってる。
分かってるんだ。
いくら野球が上手くなったって、それで成績が落ちるようなら俺自身が納得しない。
3番目の男になってしまうのは絶対に耐えられそうにない。
俺は疲れた身体に気合を入れて立ち上がるとシャワーを浴び、カバンの中を見ることもなく手を突っ込み、最初に触った教科書を引っ張り出して無理矢理開いた。たまたま取り出された現国の教科書に併せ、参考書とノートを取り出し活字を追う。
すると教科書に書かれていたのは、最初の頃こそ意味を成した活字であったのに、少しずつ象形文字や子供の落書きのような意味のない図形に変化していき、最後は真っ白な紙になるくらいならまだマシな方で、時には象形文字が躍りだすことさえあった。
だめだ・・・
真一は絶対成績は落とさない。
それだけを気付け薬のように唱え、無理矢理に文字を頭に叩き込んでいく。
弥生・・・
見てろよ・・・
お前を甲子園に連れて行ってやる・・・
ほんと?
あぁ・・・任せとけ。
誰も俺のタマを打てるやつなんていないんだから・・・
俺は正志の構えたミットだけ見てりゃ良いんだ・・・
岩井さんなんて関係ないね・・・
弥生・・・愛してるよ・・・
うん・・・私もよ・・・し・・・ん・・・ちゃん・・・




