鏡 7
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「あんたねぇ・・・練習は良いけどいったいいつ勉強するの?」
「しょうがないじゃん。母さんだって見たろ?俺も真一も明らかにスタミナが足りないんだよ。帰ったらちゃんとするから。」
「それは真ちゃんの問題でしょ?それに真ちゃんは何もしなくても学年で1番だけど、あんたは必死でやってやっと2番じゃない?真ちゃんが走ってる間に勉強した方がよっぽど良いに決まってるよ。」
「真一が走ってる時に勉強?ただでさえ真一の方が上手いのにこれ以上離されるわけにいくかよ。」
母さんとの噛み合わない会話を適当に切り上げて、俺は雨上がりの道路に飛び出した。
「よぉ。」
真一はすでに家の前でアップに余念がない。
恐らくさっきの会話も聞こえてたはずで、俺は照れくさいのを誤魔化すためにワザと無愛想に声を掛けたんだけど、余計なことを言わないのも真一の良いところだ。
「よし。見てろ・・・夏はぜってぇー甲子園まで行ったる。」
強く自分に言い聞かせ、両の太腿を平手で2回叩いてから走り出した。
真っ直ぐ前を向いた目線の先にははっきりと甲子園が見えていた。上体はやや前傾させ、ストライドは幾分か広めに取り、呼吸は自然に任せて無理な方法は取らず、出来るだけ大量の酸素を取り込むことだけに集中する。
余計なことは考えるな。
俺達には光しか見えない。
ともすれば置いていかれそうになる真一のペースに必死で食らいついていく。
安心しろ。真一。俺はお荷物なんかにはならないぞ・・・
公園の葉桜を過ぎて土手の堤防を上がっていく。後は川を見ながらひたすら脚を動かす。
右・左・右・左・・・
土の上を自分の足先だけが交互に現れては消える。
だめだ。
気が付いたら下を向いていた。
明日を見つめろ。
前を向け。
「転がる前に、ストレッチしとかなきゃ筋肉が固まるぞ。」
息も絶え絶えの俺を横目に真一はストレッチに余念がない。
「分かってるよ。」
俺もノロノロと動き出しながら精一杯強がってみせる。
「なぁ・・・真一。お前さぁ・・・」
「ん?」
「・・・いや、いい。悪ぃ。何もない。」
「何だよ。そこまで言って隠すなよ。」
「いや・・・」
何故こんな話を始めたのか・・・
やはり酸欠の頭で話すとロクなことはない。
「誰にも言うなよ。」
とは言え、ここまで来たらもう言ってしまうしかない。いや、むしろ俺はどこかでそれを望んでいたのか・・・
「お前さぁ・・・岸谷どう思う?」
「岸谷? 岸谷弥生か?」
「うん・・・あいつ結構可愛いくね?」
「ん? なんだ正志、弥生のこと好きなのか?」
「弥生とか下の名前呼び捨てにすんなよ!」
「悪ぃ悪ぃ。岸谷なぁ・・・そういやぁ結構可愛いかもな。」
「だろ?俺結構ヤバいかも・・・」
「ま、女も良いけど、野球も頼みますよ。清水さん。」
「分かってるよ。んなこたぁ・・・」
それから俺はいかに弥生が優しくて、いい香りがして、可愛いかを真一に向かって延々と話した。
「制服の上からじゃ分からないけど、あいつ結構エロい身体してんだよなぁ。」
真一は大した興味もなさそうに時々肯きながらも「さ、身体が冷える前に帰ろう。」最も真一らしい答え方で話を中断した。
言われてみればすっかり冷えた身体に夜の土手に川風が冷たかったんだけど、それよりも俺はその態度にちょっぴり不満だったんだ。とは言え、やっぱり真一に遅れないように必死で脚を動かすうちに、いつしかその不満も消えていったんだけど・・・




