鏡18
18
2番は嫌だ。
2番は嫌なんだ。
1番がいい。
本当は1番がいいんだよ。
全部じゃなくていい。
たった1つきりでいいんだ。
他は全然だめでも、たった1つだけ誰にも負けない1番が欲しいだけなんだ。
苦しくて
切なくて
俺の前を歩くな。
俺に背中を見せるんじゃないっ!
弥生を抱いたのか?
それは俺のモノだ。
俺が見つけて俺が大事にしてたんだ。
俺のモノまで奪うのか。
全部何もかも持ってるじゃないか。
夜の川原に座り込んで星を眺めていた。
両手に抱えた大きな石は、それが夢でないことを物語っていた。
真一・・・
今も手に残る肉が潰れていく感触。
俺の幼馴染にして最高の親友。
俺は真一を目指し、真一を追いかけ、真一を諦め、真一になって遊んだ。
真一は俺の全てだった。
その真一は今、俺の両手で抱えた大きな石の下で、車に轢かれた猫のように潰れて冷たくなってしまった。
ぽっかり大きな穴が開いていた顔は全く原型を留めない真っ赤な爛れた肉の塊と化し、全てを掴み取った腕はただだらしなく両脇に投げ出されていた。
暑い・・・な・・・
川風に吹かれてやっと正気に戻った俺が取った最初の行動は、真一の死体の両足を持ってずるずると引きずっていくことだった。
真っ黒な灰色の虹は今や天空にまで駆け上がり、その姿をまん丸に変えて紫の月の周りを大きく縁取っていた。そしてそれに押しやられた満天の星屑は今や地平線にまで迫り、生暖かい腐臭を含む黄緑色の風が俺の周りに満ち満ちていた。
水際までずるずると引きずっていくと、ぼこぼこと黄色いメタンの泡立つ水面を破り、膝まで水に浸かってゆっくりと川の真ん中に向けて死体を押し出した。押し出された死体は水面をいくらも進まず、すぐに流れに呑まれて沈んでいった。
これで・・・
これで永遠にお別れだ。
もう、遊んでいるふりをして俺を欺き、横から何気ない顔をして1番をさらっていく真一という男はいない。
たった1つでよかったのに・・・
小学校・中学校・高校・・・
春休み・夏休み・冬休み・・・
思えばいつも隣に真一がいた。
共に喜び、共に悲しみ、共に生きてきた真一は、今はこの川の底で魚や海老、虫たちに顔の傷口を啄ばまれているかもしれない。
うっ・・・
突然潰れた顔にそれら無数の生物がたかっているリアルな映像が浮かび、俺は水面に激しく嘔吐した。
それは本当に激しく、これ以上ないほどに激しい嘔吐で、このまま内臓まで出て行ってしまうんじゃないかと考えたとたん、その映像までもが即座に浮かび上がり、最後はすっかり胃液以外に出るものがなくなってもまだ水面に向かって吐いていた。
やっとのことで涙のせいで滲んでいた風景が元に戻り、嘔吐のために乱された水面にすっかり静寂が戻ると、月明かりに照らされた水面には涙を浮かべた真一の顔が映っていた。
何だ今のは・・・
俺は思わずその場で尻から川に落ちた。
膝まであった水面がしゃがみこんだ両脇にまで達し、今にも真一の両手が川の底から這い上がってくるような気がして、俺は川原を目指し慌てて後ろ向きに逃げるようにして後ずさる。
その瞬間突然のフラッシュバックが起こった。
両手に抱えた大きな石を、一心不乱に俺に打ち下ろしてる俺。
バカな・・・
そこには真一はいなかった。
いや・・・
石を持って打ち下ろしている男こそ真一であった。
俺は・・・
俺は俺を殺したのか・・・
混乱している頭のまま、びしょ濡れ姿で家に向かった。
俺は誰だ・・・
小さい頃からの記憶が蘇る。
そこには常に真一の背中があった。
背中・・・
考えてみれば、俺が見つめていたのは、いつも真一の背中だった・・・
玄関を開けると、ただいまも言わずに2Fに上がった。
真一・・・
鏡を・・・鏡を見ることが出来なかった。
「もう・・・帰ってるんならただいまくらい言いなさい。」
母さんがノックもせずにいきなり入ってきた。
「あら・・・真ちゃん・・・どうしたの・・・正志は・・・一緒じゃないの?」
言った母さんの顔は突然ぐにゃりと歪み、それは見ている間に真一の母親の顔へと変わっていった。
「あら・・・まーくん・・・どうしたの・・・真一は・・・一緒じゃないの?」
更に真一の母親の顔が歪み、天井が歪み、壁が歪み、俺は虚空を彷徨っていた。
夢を・・・
夢を見ているんだ・・・
いつも通り、俺は夢の中で真一になって遊んでるんだ。
そして起きたらいつも通りに元の・・・
鏡に映る真一に向かって顔のない俺がいつまでも呟き続けていた。
了




