鏡17
17
「真一、話がある。帰り待っててくれ。」
誰だ・・・
誰かが頭の中で呟いている。
「・・・分かった・・・」
誰かがマジメな顔で肯いている。
お前は誰だ。
大きな穴がぽっかり開いている。
顔の真ん中に大きな穴がある。
暑い・・・な・・・
汗が背中を伝い、流れ落ちていく。
窓の外には真っ黒な灰色の大きな虹が掛かっている。
誰かが俺の周りを飛び回り、離れ、また飛び回り、離れる。
羽虫が・・・
何も見えない目の裏で翅の音だけが煩く響き渡っている。
暑い・・・な・・・
「待ったか。」
真一はいつもと変わらずそこに立っていた。
「いや・・・」
俺の返事を聞くともなく踵を返し教室を後にする。
長い廊下。
食堂の窓。
風が・・・
俺達はいつもの土手を降り、川原に座って話していた。
「あのときのカーブが忘れらないんだ。」
「ん? 春の話か?それはもう過ぎた話だよ。岩井さんだって覚えちゃいないよ。」
岩井・・・誰だそれ・・・
顔のない男は喋り続けている。
「そういえば正志にはちゃんと謝ってなかったな。」
「ん?」
「感謝してるんだ。済まないとも思ってる。正志じゃなかったら黙っててくれなかっただろうな。」
「何の話だ。」
「いいよ。惚けたりしなくても。正志だから内緒にしててくれたんだよな。」
まさし・・・ないしょにしててくれたんだよな・・・
まさし・・・ないしょだよな・・・
まさしにはないしょだよ。
「まさしにはないしょなのか?」
「な・・・何を言ってるんだ?」
「見たんだよ。俺。」
何を・・・
何を見たんだろう。
「見た・・・のか・・・」
顔のない男が何かを喋っている。
「・・・で、甲子園が決まったら俺に告白するつもりだったらしいんだけど・・・」
ここは場所が悪い。
大きな石がゴロゴロしているところに手を置いているせいで、右手がじんじんと痺れてきていた。
「・・・で、付き合ってるのか。」
「うん・・・正志には悪いと思ったんだけど・・・」
俺はどこで間違ったんだろう・・・
やっぱりあそこはカーブじゃなくストレートかスライダーで・・・
「全部か・・・」
「全部って・・・?」
そうか・・・全部欲しいのか・・・
空には、川風に逆らうように1羽の黒いカモメが舞っていた。
何故お前は顔がないんだ?
その真ん中にぽっかり開いた大きな穴は何のためにある?
その穴に石でも詰めれば何かが変わるのか?
俺の右手を痺れさせるこの大きな石でも詰めれば・・・
「でもな・・・弥生は真剣に俺のこと・・・」
弥生・・・
どこかで聞いた名だ・・・
弥生・・・
痛い・・・
やよいいたい
やよいいたいいたいたいたいたいたいたいたいたいいたいやよいいたいいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたい
「俺も弥生が好きなんだ。今日もこれから弥生が俺んちに・・・」
全部欲しいのか・・・
全部持ってるのにまだ足りないのか?
勉強も運動も家族の愛も友達の尊敬も教師の信頼も全部全部持ってるのにまだ欲しいのか。
これも欲しいだろ。
この大きな石をお前の顔に開いた大きな穴に埋め込んでやるよ。
1個じゃ足りないだろ?
お前は満ち足りるということを知らない欲張りだからな。
もっとやるよ。
ほら、もっとだ。
穴がすっかり塞がっても満足なんてしないんだろ?
2番目の男がいくら追いかけても追いかけても追いかけても追いつけないところまで走って走って走って走って走っていくのがお前だからな・・・




