鏡12
12
「・・・80点。この調子で頑張れよ。次、清水84点だ・・どうした?甲子園も大事だが勉強はどうでも良いってわけじゃないだろ?大体同じ野球部の宮田は・・・・・・」
落ちた・・・
ついに、というべきか・・・やはり、というべきか・・・2位から一気に落ちてしまった。
今までも各教科で一時的に3位になってしまうことは何度かあったが、総合で3位になってしまったことはない。その各教科にしても今回のように5位などということはこれまでに1度もなかった。
3番目の男にはならない。
小学生の頃にたてたあの誓いが今破られた。
どうしよう・・・
なんだその顔は?
何故みんな笑っているんだ?
俺か?
俺のことを笑っているのか?
野球などに呆けて大事な勉強をないがしろにしていた大馬鹿者の凋落をクラスの全員が嘲笑っていた。
なんだこれは・・
教室が・・・世界がぐるぐると回っていた。
空気が薄い・・・
真一、真一・・・そんな顔で俺を見るな。そんな目で俺を見下ろすな。お前だけは・・・お前だけは俺を・・・俺を見捨てないでくれ・・・
・・・・・・・・・・・・
なんだ・・・
夢か・・・
そうだよな。いくらなんでも俺が5番なんてありえないよな。
なぁ、弥生・・・安心してくれ。俺は誰にも負けないから・・・
ん?真一・・・何してんだよ。おんぶなんて恥ずかしいからやめろよ。おい、田中まで・・・意味分からんねぇよ。お前ら・・・
ほら・・・真一・・・真一・・・次のカーブで・・・やよ・・・
ん・・・
白・・・ベッドか・・・
俺・・・は・・・
保健室のベッドで目を覚ました俺は意識がはっきりとしてくるのにつれて涙が溢れ出してくるのを止めることが出来なかった。何故だろう・・・たかが1度のテスト結果くらい次でどうにでも取り戻せる。分かってる。分かってるんだ。分かってはいるんだけどこの気持ちを止めることがどうしても出来ない。
今はただ、この場に俺以外の人間がいないことだけがありがたかった。
それにしても・・・
保健室の岩崎先生くらいいても良さそうなものなのに・・・
俺はまだ夢の中にでもいるのだろうか?と考えたとたん、ガラっという音とともに岩崎先生が入ってきた。
「あら、目が覚めた?どう、気分は?」
「はい。大丈夫です。ってか俺は・・・」
「教室で急に倒れたんだって。宮田君たちが運んできてくれたのよ。」
「あぁ・・・そういえば・・・」
何となく頭の片隅のほうに微かな記憶の残滓のようなものを感じた時、チャイムが鳴った。
「今のって何時間目が終わったの?先生。」
急にあわてた様子の俺をチラっと見、「5時間目よ。でももう少しゆっくりしていきなさい。あなた少し疲れてるのよ。大丈夫、先生には私から言っとくし、ちゃんと放課後には解放してあげるから。」
「うん。すいません。」
「宮田君に聞いたよ。毎朝、毎晩クラブ活動が始まる前と終わってから走ってるんだって?甲子園目指してるんじゃしょうがないけど、何でもやりすぎはだめよ。」
そこで俺は気が付いた。
このままじゃクラブに行かせてもらえないかもしれない。
成績が落ちて、その上クラブまで休んだんじゃ何のために毎日頑張ってきたのか分からなくなる。
「でももう大丈夫みたいです。俺、いけますから。」
「クラブのことね。1日くらい休んじゃだめなの?」
「いえ、そういうことじゃなくて、ホントに俺大丈夫だから。」
「ふん・・・しょうがないわね・・・それじゃあ先生には私から、たんなる寝不足で貧血起こしたみたいだって言っておいてあげるから、もう1時間だけ休んでいきなさい。」
「ホント?ありがとう先生。」
「その代わり1回戦なんかで負けたら承知しないわよ。ちゃんと私を甲子園に連れていきなさい。」
「え?来てくれんの?先生。」
「何言ってんの。これでも毎回野球部の応援には行ってるんだから。春もスタンドにいたのよ。知らなかったでしょ?」
こんなところにも応援してくれる人がいる。
こんなことくらいで負けて堪るか。
今日からまた、野球も勉強も誰よりも努力してやる。
絶対に取り返す。
「だから母さんがあれほど言ったでしょ。勉強出来ないんなら野球なんてすぐに辞めなさい。」
家に帰って待っていたものはヒステリックに喚き散らす母さんの怒声だった。
「まぁまぁ・・・辞めることはないけどもう少し勉強も頑張った方がいいかもな。何でもバランスが大切だ。野球ばっかりでも勉強ばっかりでも良くないと思うな。」
「何言ってるのよ。野球ばっかりは困るけど勉強ばっかりだったら大歓迎です。大体お父さんは・・・」
「いや、そんなこと言って正志が勉強だけのもやしっ子にでもなったら・・・」
「もやしっ子の何が悪いの?身体ばっかり大きくて頭からっぽよりはよっぽど・・・」
「聞けば正志たちは甲子園も夢じゃないそうじゃないか?甲子園だぞ、甲子園。」
「あんな進学校が甲子園なんて行ける訳ないじゃない。ああいうのはほんの一握りの・・・・」
「ちょっと待て。お前は自分の息子の事も信じられ・・・」
成績が落ちるというのはこういうことなのだ。
俺はとてもじゃないが聞くに堪えない両親の会話から逃げるようにさっさと2階の自分の部屋へと戻った。
そして鏡を見る。
鏡の中に映っているのは真一の顔だ。
真一は万能なんだ。
どんなに疲れていたってそれを理由に怠けたり休んだりしない。
鏡の中の真一はにっこりと微笑み、ゆっくりと教科書を開いた。




