『アディクション・ブービー・トラップ』
少し中毒がかっていたのかもしれない。毎日のアダルトDVD鑑賞が私の生活には欠かせなかった。会社での業績が芳しくない私にとってはここがオアシスなのだ。
もうAVレンタルの専門店に通い続けて何年経っただろうか。いつしか店で一番の上客になり、VIPな待遇を受けることも少なからずあった。
新作が出れば、封を切って最初の鑑賞をするのは私だったし、観たい作品があれば頼むと必ず入荷してくれた。店は大規模なチェーン店に比べれば小さいだろうが、個人店としてはかなり大きい方だと思う。
広いフロアに2000点の作品がゆったりと並べられているが、店内の殆どのビデオは見尽くしたと言っても過言ではない。
ビデオ鑑賞中は全てのしがらみから開放された。孤独感、会社での苛め・・・アダルトDVDは私の心の全てを満たしてくれた。
会社も退勤時間を向かえ、ワクワクしながら店へと向かった。
「おいまたあの店行くのか?お前にはそれしか取り得がないからなー。業績よりもAV優先か、いいご身分だよな。」。いつも苛めにあっている先輩からまた蔑んだ目つきで笑われながら馬鹿にされた。
言い返しても、また苛めが酷くなるだけだ。私は返事も早々に会社を後にした。
今日もVIP待遇だった。頼んでおいた新作が届いていた。いつものレンタルルームに通される。部屋は決まっていた、と言うより、ほぼ毎日通っているので実質は私の「隠れ部屋」みたいなものだ。マイカップ・マイティッシュ・マイゴミ箱まで完備・・・自宅より落ち着場所なのだ。
早速1本目から鑑賞開始。今回も可愛い娘が粒揃いで満足した。
ゴミ箱は使用済みのティッシュで満杯になっていた。
数ヵ月後、その日は私の誕生日だった。いつも苛める先輩が妙に優しかったのが少々気に掛かる。
退勤時間担った頃、その先輩に呼び出された。また何かの件でで苛められるのではないかと、ストレスが増大した。
呼び出された場所は非常階段だった。先輩は手に紙袋を持っていた。
「いつも苛めて悪かったな。今日は誕生日だろ?実は俺もAV好きなんだよ。これ、俺が好きな傑作選10本なんだ。コピーで申し訳ないがプレゼントするよ。是非見てくれよ。ラベルもコピって作ったんだぜ!」袋を差し出され、半ば強制的に持たされた。
「あ・・・はい。ありがとうございます。」。断ればまた苛めも酷くなるだろう。しかも好きなアダルトDVDだ。断る理由もない。受け取って、今日は自宅で観る事にした。
帰宅後、早速先輩から貰ったDVD鑑賞を始める事にした。
「10本か・・・2本ずつ5日で踏破だな。」。ラベルの娘は知っているのもあれば、初物もあった。少し興味がそそられる。
早速手元に「必需品」の用意。そして高揚した気分を少し抑えながら、スタートボタンを押した。
女優さんはもちろん、ストーリもカメラワークもそう悪くは無かった。中々上出来だ。が、美味しい場面に入ると少しノイズのようなものが入るのか、画面がチラチラする事がある。まあ、コピーものだし、コピーガード解除の機械を通してダビングしても、これくらいのチラつきはよくある事だ。
2日目・3日目と順調に鑑賞本数が進んでいった。いつしかチラつきも慣れてしまい、気にならなくなっていった。
いつも通り、ゴミ箱は使用済みのティッシュで山になっていた。
4日目の事だった。鑑賞中に少し違和感を覚えるようになった。興奮度の高まりが少し低いように感じ始めた。が、ゴミ箱を見るとその萎えも治まり、充実した時間を過ごす事が出来た。
5日目。かなりおかしい。DVDを観てもあまり興奮しなくなってきた。ティッシュの使用量もいつもの半分以下だ。体調のせいだろうか?いやそんな事は無いはずだ。ここ何年も風邪をひいても体調が悪く会社を休んでもAV鑑賞をしなかった日は無い。「何か」がおかしい。
遂に最後の1本になった。もうすっかり萎えてしまっていたのであまり見る気も起きなかったのだが、もう5日もレンタル店のマイルームを空けている。あまり開けるとマイルームが取られてしまう。今日この1本を見て、明日からはまたレンタルショップに通わなければ。
DVDがスタートした。が、始まりはあまり興奮は出来なかった。中盤、またいつものように画面がチラついてきた・・・一瞬何かが見えた。女優が裸になるシーンで違うものが、ほんの一瞬だが目に留まった。これは場面切り替えのノイズじゃない。話はまだ流れている。何だ?これは??
コマ送りをしてみた。コマ送りでAVを観るなんて初めてだ。1コマずつ、慎重に進める。
数十コマ進めた所で、そのノイズの素に突き当たった。背景の色は似せてあったが、全く違う画像がぼんやりと映っていた。
「ゴミ箱だ!」。思わず叫んでしまった。私の部屋のゴミ箱にそっくりなゴミ箱がその画面の中に映し出されていた。
サブリミナル手法だ。先輩からの”究極の苛め”だ。やられた・・・洗脳された。
気落ちした私はゴミ箱を片付けようと、ゴミ箱に目を向けた。だが、何故かゴミ箱に愛着を感じ、見るほどに興奮してきた。
我慢の限界を超えた私は、ゴミ箱を見ながらイッてしまった。女優さんの迫真の演技よりもただのゴミ箱に興奮を覚えてしまうとは。
暫く呆然とした。「ゴミ箱でイクなんて・・・。」。気持ちは濃いブルーで満ちていた。そして溜まっていた怒りが一気に爆発した。「絶対仕返ししてやる!」と心に強く誓った。すぐに仕返しの計画を立て、ある旧友に相談を持ちかけた。彼らとは数年ぶりだったが、面白そうだと話が盛り上がり、早速計画実行に移った。
それから数ヵ月後、今日は先輩の誕生日だった。先輩はロックが好きだった。40を過ぎた今も週末はここ数年流行の「オヤジバンド」で楽しんでいる。今度は私の番だ。先輩を非常階段まで呼び出した。当然、紙袋を持って、だ。
「先輩、誕生日にビデオ、ありがとうございました。お礼と言っては何ですが、先輩が前から欲しいと言っていたレアモノのロックバンドのCDとDVD、やっと探してきたんです。友人の持っていたもののコピーですけど、良かったら聞いて、見て観てください。」と紙袋を渡した。中にはCDが5枚、DVDが5本入っている。
「本当か?いいのか?悪いな~」。真剣に喜んでいた。後は観て聞いてくれるのを待つしかなかったが。
先輩に変化が現れたのは、約1ヶ月後の事だった。いつも同じ課の女の子にセクハラギリギリの態度を取っていた先輩がすっかりおとなしくなり、逆に同性を見る目に色気が出て来た。第一段階は成功だ。
更に新婚だった先輩は数ヵ月後、奥さんと別れてしまい、歓楽街で出会ったゲイと同棲を始めた・・・ミッション・コンプリート!
目には目を、歯には歯を。「ハムラビ法典」の原則に基づいて仕返しをしてやっただけなのだが。
「ざまあみろ!」私は心の中で笑いが止まらなかった。あの先輩が美人の奥さんを捨ててまでゲイと同棲までとは。
少し悪いなとは感じたが、今までの苛めの累積を考えれば、同等だろう。少しずつ返すか一気に返すかの違いだけだ。
私が相談した友人は映像クリエーターと某大学の心理学の準教授。昔から仲が良かった。彼らのお陰で私は「ゴミ箱」から無事解き放たれた。持つべきものは旧友だとつくづく実感した。
私が相談しに行った時、騙されたビデオを見ながらクリエーターの友人が、「コマの挿入は稚拙なサブリミナルなんだよね。ほら、某TV番組で大きく問題になったでしょう、宗教団体の教祖のサブリミナル画像。チラッとすると気になっちゃうでしょ。完全に見えちゃうと、それはただの静止画像になっちゃうし。スリット挿入にすると画面もチラつかないし、洗脳効果も上がるんだよ。そうそう、使った画像はこれ。」。美しきゲイの写真の数々。
心理学の友人も、「ビデオにも入れたけど音楽CDの中に薄く相手の名前を男の声で誘うように連呼する音を入れておいたよ。超音波に近い高周波数と同時に連呼するようにね。人間って面白くってね、やさしく連呼されると、これが靡いちゃうんだよね。高周波数はモスキート音より高くて聞こえないけど洗脳効果は高いよ。」。
3人は顔を見合わせて、ニヤリと笑みを浮かべた。そして同時に「これで世界征服、する?」と冗談ながらに談笑を始めた。