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虹色の檻  作者: そらいろ
第1章:外征供給者(フィールダー)

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第2話:査定される死

 検収場には、特有の重い空気が滞留している。

 凝固しかけた重油のような血の臭いと、防腐剤の鋭い刺激臭。だが、それらは一定以上に濃くなることはない。大型魔獣から生成された清浄魔道具が、皮肉にもその死臭を絶え間なく濾過し続けているからだ。


 ガッ、という鈍い音と共に、鋼鉄のクレーンが大百足の巨躯を検収台に叩きつけた。


「……第104回、東の外征。検収を始める」


 私は「**検収官グレーダー**」としての習慣に従い、使い古された革の手袋をはめ、手元の記録票にペンを走らせる。目の前に横たわるのは、かつて森の王として君臨したであろう怪物の残骸だ。だが、私の目にはただの、巨大な「資源リソース」にしか映らない。


「おい、手加減してくれよ。今回も上出来だろ?」


 背後から、低く掠れた声がした。振り向かなくてもわかる。ガレノスだ。街の少年たちが、その名を口にするだけで瞳を輝かせる憧れの象徴。そんな男が今、血と泥にまみれた重い鎧を軋ませながら、壁に背を預けて煙草を吹かしている。


「評価を決めるのは私ではない。君の獲物の『状態』だ、ガレノス」


 私は無機質な声を返し、大百足の結合部に手をかけた。

 検収官グレーダーの仕事は、外征供給者フィールダーが持ち帰った「死」を「数字」に翻訳することだ。そこには少年たちが抱くような熱い憧れや、命懸けの武勇伝が入り込む余地など一分いちぶもありはしない。


 まず、外殻の断面を調べる。

 断面の滑らかさから、中枢神経を一撃で断ち切ったであろうことが窺える。そのおかげで、死後硬直による筋肉の強張りが最小限に抑えられている。素材の価値を理解し、扱いを心得ているガレノスらしい仕事だ。


 指先で第3節の外殻をなぞる。結合部の光沢は美しいが、左側に微細なひびが入っているのが触知できた。


「……第3節の左側、外殻に微細なひびがある。素材の品質にこだわる君が珍しい。再生供給者リクレイマーの手にかかれば問題ないが……『再生費』は引かせてもらう」

「……チッ、いい目をしてやがる。思いの他、こいつの外皮が硬くてな」


 私は淡々と記録票にマイナスの記号を書き込む。ガレノスの腕は確かであり、素材への敬意も高い。だが、戦場には常に不確定要素が付き纏う。その僅かな「汚れ」を削ぎ落とし、純然たる価値だけを抽出するのが私の役割だ。


「いいじゃねえか、心臓コアは無傷だぜ。一番高いのはそこだろ」

「黙っていろ。今からそこを見る」


 私は解体用の魔導メスを起動した。繊細な駆動音が、空気清浄機の唸りに混じって響く。

 コアを包む生体保護膜は、死してなお強固だ。だが、その表面は薄氷のように過敏になっている。わずかな手元の狂いで膜に傷をつければ、中から高純度の魔力がじわりと滲み出すだろう。そうなれば、この部屋の魔力濃度は不快なレベルまで上昇し、私の神経をじわじわと焼き、思考を混濁させる。


 私の指先は、死骸をただの資源リソースへと変えるための、最も静かで、最も神経を削る真剣勝負を演じている。


「……相変わらず、精密な指使いだ。あんたほどの「**抵抗値レジスト**」がありゃ、少々漏れたところで鼻歌もんだろうに」


 壁際でガレノスが、紫煙を吐き出しながら笑う。彼は、濃密な魔力場の中でも平然と立っていられる数少ない適合者だ。


「私を君と一緒にしないでくれ。私は君のように、その力を荒野で浪費するために使っているわけではない」


 私は最後の一本、中枢へと繋がるいつもより太く感じる魔導神経を、魔力の揺らぎを殺しながら切り離した。膜は無傷。漏出はゼロだ。これで、「**変換供給者コンバーター**」たちは汚染を恐れることなく、最高の効率でこの命をエネルギーへと精製できる。


「ガレノス、外皮が硬かったといったな?他に異常は見られたか?」

「他には何も感じなかったが……それより判定はどうなんだ?」


 ガレノスの問いに、私は記録票に違和感の報告を加えながら答えた。


「……心臓コアはAだ。外殻については、先ほどのひびは再生供給者リクレイマーの手にかかれば問題ない……今回は『A』として通してやる」


 私は淡々と、だが確定的な筆致で記録票に記号を刻む。


「君が持ち帰る素材は、根幹の魔導神経が生きている。変換供給者コンバーターの連中も、君の獲物なら『歩留まりの計算が狂わない』と太鼓判を押しているからな。彼らの手間を増やさなかった分、評価を維持してやった」


 私が印を押し、記録票を完成させた。この無機質な記号が、数分後には街の掲示板に「リソース評価:A」として貼り出され、人々を安堵させ、少年たちを熱狂させるのだ。


「相変わらず、甘くないな」


 ガレノスは不敵に口角を上げ、煙草の火を床で踏み消した。


「……おい、検収官グレーダー。あんた、たまには『膜』の外を見に行ったらどうだ? 数字ばっかり見ていると、本当の空がどんな色だったか忘れちまうぞ」


 ガレノスが去り際、皮肉げに笑った。

 私は答えなかった。

 

 私が見ているのは、空の色ではない。この血の臭いがする現実が、いかに効率よく、無機質な「平穏」へと変換されていくか。その真実だけだ。


 私は次の『資源』が運び込まれるのを待ちながら、血に汚れた手袋を脱ぎ捨てた。

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