プロローグ:精密なる屠殺
人類領域の東端、東の砦の巨大な鋼鉄門を背にして、数時間が経過した。頭上に広がるのは、「膜」に遮られることのない、歪みのない夜空だ。
ふと振り返れば、遥か遠くに自分たちが捨ててきた「安寧」が見えた。聖都から放たれた光が、空を覆う巨大なドーム状の「膜」となって砦を包み込んでいる。
「……ガレノス、来るぞ。三、二、一……今だ!」
仲間の斥候の声が響くと同時に、外界の澄んだ月光を浴びて、巨大な「**大百足**」が姿を現した。
二人の大盾が地を蹴り、猛進する怪物の頭部を命がけで地面に縫い止める。轟音と共に土が舞い、防具の軋む悲鳴が夜の静寂を壊した。
「ガレノス、今だ! やれ!」
仲間が作ったわずかな隙。ガレノスは獲物を見定めた獣のように跳ね上がった。
荒々しく怪物の背に乗り上げると、暴れる甲殻の振動を自らの筋肉で強引にねじ伏せ、その右手に握られた短剣を――一寸の狂いもなく怪物の節々の隙間へと突き立てた。
断末魔すら上げさせない。
抉るようにねじ込まれた刃が、中枢神経を一撃で断ち切る。先ほどまでの猛威が嘘のように、巨躯が糸の切れた人形のごとく脱力し、沈黙した。
「……ふぅ。相変わらず、とんでもない精度の一撃だな」
盾を預けていた仲間が、肩で息をしながら苦笑する。
「これなら『一閃』の二つ名に傷はつかねえ。心臓は無傷だ」
ガレノスは仲間の言葉に答えず、血塗れの刃を無造作に太ももで拭った。
短剣を突き立てた瞬間の感触が脳裏によぎる……外皮が前回より、明らかに硬かった。
「心臓だけじゃねえ。……この外殻も、どこも死んじゃいねえよ。「**再生供給者**」に小銭を払う必要もない。お前ら、さっさと解体するぞ」
口の悪さは相変わらずだが、仲間たちは満足げに頷いた。
ガレノスは一度だけ、膜の向こう側――自分たちが守っている、あの濁った空の下にある街を忌々しげに一瞥した。
「……あの檻の中に帰るぞ。この空は、俺たちのツラを照らすには綺麗すぎる」




