第9話 メイドさん、クエストを受ける
ACT2開始。
なお、本作ではたまに地名や人名について解説が無いことがありますが、そういう場合は単なるフレーバーなので流してください。
朝7時。寮の自室で寝ていた俺は、響き渡る轟音によっていつものように目を覚ました。
冒険学部の一日は喧騒と共に幕を開ける。
朝は門衛が交代の警笛を鳴らす時間であり、戦士学科の生徒が野太い声で朝練に励む時間であり、徹夜明けで疲労した錬金学科の生徒が大事故を起こす時間だ。
夢うつつの状態でベッドから身を起こし、断続的な地響きをBGMに朝食を済ませる。
あくびを嚙み殺しながらカーテンを開けると、窓の外には平和な冒険学部が広がっていた。
「また爆発かぁ。1年生が怖がってないといいけど」
見上げた空には毒々しいキノコ雲。その真下には錬金学科の建屋があるはずだ。まだ原型が残っていればの話だが。
神術学科の救急隊が現場に急行する様子をひとしきり見物した後、俺は自室を出ることにした。
「あら、ソウタくんじゃない。今日は休みの日なのにずいぶん早起きなのね」
ロビーに降りると、ホウキを持った寮母さんが声をかけてきた。俺も軽い会釈であいさつを返す。
「むしろ休日だから早いんですよ。授業が無いってことは一日中クエストに集中できるってことですから」
「あなたもそうだけど、冒険学部の子って本当に熱心なのね。頑張るのはいいけれど、あまり根を詰めすぎちゃ駄目よ?」
「はい、気を付けます」
寮を出た俺は、イチョウの並木道に沿って本校舎へと進む。
この並木道は正門と本校舎を一直線に結んでいおり、ゆえに行き交う生徒も多い。
世紀の大発見を求めてダンジョンに向かう者。遊び半分に魔術を撃ち合って医務室に運び込まれる者。鍛え上げた肉体を駆使して補習授業から逃げ出す者。
一部の素行には賛否あるが、俺は冒険学部のハチャメチャな空気をおおむね肯定的に捉えていた。
物事をそつなくこなす必要など無い。冒険者に求められているのは、明日へと踏み出す一途なエネルギーなのだから。
「よし、それじゃあ今日も一日頑張りますか」
歩みを速め、本校舎の西側にある食堂へと。
といっても食事をするためではない。クエストを受けるためだ。
そこには俺たち冒険学部生にとって最も重要な施設──冒険者ギルド・ヴィエッタ学園支部があるのだ。
*
冒険学部の生徒は冒険者ギルドを通してクエストを受けることができる。クエストの内容は様々だが、その多くは何かしらの危険を伴う。
とはいえ俺たちはまだ見習いの身。いきなりプロと肩を並べて重要な仕事をこなすことは許されていない。
学園側が情報を精査し、俺達でも十分対応できると判断したもの……比較的危険度の低いクエストだけが、冒険学部に送られてくるのだ。
あくまで"比較的"なので、ヤバいクエストもあるにはある。例えば前回のヨルム討伐クエストがそうだ。
それでも死人が出ていないのは、この支部を取り仕切る彼の采配によるところが大きい。
彼は見た目に反して面倒見のいい人だ。当たりはきついが適切な助言をしてくれるし、舐めた気持ちでダンジョンに挑もうものなら鬼の形相で怒鳴られる。
食堂フロアの最深部。壁一面に貼り出されたクエスト用紙に生徒たちが群がる中、強面の男がむすっとした顔で受付カウンターに座っていた。
彼こそが冒険者ギルド・ヴィエッタ学園支部の支部長その人だ。
その風貌を一言で言い表すなら、"その筋の人"である。
頭にバンダナを巻いたヒゲ面の中年男性。熊と見まごうような体格で、膨れ上がった筋肉がタンクトップを押し上げている。
本名は不明だが、多くの生徒が畏怖を込めて"親父"と呼んでいるため、俺もその慣例に倣っている。
親父はいつも通りの不機嫌顔で生徒に応対しており、その前に立っているのは、
「あれ?」
特徴的な後ろ姿に俺は思わず声を上げた。
冒険学部生はみな個性的な外見をしているが、さすがにメイド服を着た生徒はごくわずかだ。綺麗にブラッシングされた桃色の髪も合わせれば、候補は一人しかいない。
「もしかして……先輩ですか?」
「まあ、ソウタ様ではございませんか」
やはりミスティア先輩だった。思ってもみなかった邂逅にポカンとした表情を浮かべる俺。
先輩は小首を傾げるように振り向くと、顔をぱあっと輝かせ、
「あの……どうして拝んでるんですか?」
「朝ソウタ様は縁起がいいと申しますので、此度のクエストがうまくいくようにと祈願しておりました」
「だったら普段から粗末に扱わないでください。祟りますよ」
手をすり合わせてインチキくさい祝詞を唱える不信心メイド。
一見狂気じみたやりとりだが、翻訳すると「おはようございます」という意味になる。物事の本質を正確に見抜かなければ先輩とコミュニケーションを取ることはできないのだ。
「ところで、先輩が一人で冒険者ギルドに来るなんて珍しいですね。どういう風の吹き回しですか?」
先輩がふざけ終えたところで俺は話を切り出した。
冒険学部生である先輩がクエストを受けること自体は別段おかしくない。ただ、一人で、というところが気に掛かった。
メイドは戦闘職ではないので、単独でダンジョンに向かう機会はほとんどない。たいていは他のパーティーに随伴する形で探索に参加し、仲間のサポートに徹するのが基本だ。
先輩も全く戦えないというわけではないが、それでも先陣をきって魔物の群れに飛び込んでいくタイプではない。自ら戦うのではなく、戦う者を助けるのがメイドの存在意義なのだから。
「別に大したことじゃねえ。こっちから声をかけたんだよ」
俺の疑問に答えたのは親父だった。親父は面倒くさそうに鼻息を吹かすと、
「実は、ちと面倒なクエストが送られてきてな。そこいらのボンクラどもに任せるわけにゃいかねえってことで頭を抱えてた時に、ちょうどメイド学科の名前が浮かんできたわけだ」
「難易度の高いクエストならもっと強い人に頼んだ方がいいんじゃないですか? メイド学科は戦闘系の学科じゃありませんよ」
「んなこた分かってる。だがな坊主、今回は力でどうこうするような話じゃねえんだ」
「はあ……?」
謎かけのような言葉にぼんやりとした相槌を返す俺。すると、先輩が何やら思いついたように手を打った。
「百聞は一見に如かずと申します。せっかくですから、ソウタ様もわたくしと共にこのクエストを受けてみませんか?」
「ん? ああ、そういや坊主も一応メイド学科だったな。じゃあそっちに頼むって手もあったのか」
「親父さん、今まで忘れてたんですか……」
「てめえにメイドらしいイメージがねえんだから仕方ねえだろ。メイド扱いしてほしけりゃ明日からメイド服でも着て来いってんだ」
「そういう話題はマジでシャレにならないんで勘弁してください」
親父がそんなことを言うものだから、先輩が目を細めて俺のスリーサイズを目測し始めたじゃないか。
邪悪な企みが密かに推し進められる中、何も知らない親父は疑わしげな目で俺をにらみつけた。
「だいたいお前、本当にメイドの業務なんてできるのかよ? パッと見洗濯や針仕事とは縁が無いように見えるがな」
「そりゃもちろん、でき……それなりにできますよ」
途中で言い直したのは急に自信が無くなってきたからだ。
俺だっていい加減な気持ちでメイド学科に所属してるわけじゃない。免許皆伝とはいかないまでも、ある程度の家事技術は習得している。
ただ、隣にいるメイド神と比較されるとどうしても見劣りしてしまう感は否めない。あと、ユニと比べるのもやめてほしい。周りが天才ばかりだと凡人は肩身が狭いのだ。
そんな俺の懊悩が伝わったのか知らないが、先輩がタイミングよく助け舟を出してくれた。
「ご安心くださいませ支部長様。ソウタ様はかのメイド三訓を修めた有段者でいらっしゃいますので、此度のクエストに同行する資格は十分にございます」
「なんですかそのメイド三訓って。そんな言葉今初めて聞いたんですけど?」
「ソウタ様がご存じないのも無理はありません。学びとはすなわちその本質を己の血肉と化すこと。教えを常に意識しているようでは真の意味で身についたとは言えません。思うに、日々のお勤めがソウタ様を我知らず大悟の境地へと導いたのでしょう」
「なるほど。理解できないということを理解しました」
禅問答じみたやりとりを交わす俺たち。
親父はしかめつらしくうなずいていたが、きっと何も分かっていないのだろう。俺だってそうなのだから。
「難しく考えることはございません。ソウタ様の御心にはすでにメイドの神髄が深く根付いているということです」
「そうなんですか? いまいち道を極めた実感が無いんですけど」
「あら、わたくしが一度でもソウタ様に嘘をついたことがありましたでしょうか?」
「嘘というか、誤解するように誘導したことは何度もありますね」
先輩の笑みが凍り付く。
直後、言い繕うような早口で、
「そっ、それではメイドに関することでソウタ様に嘘をついたことがありましたでしょうかっ? ありませんよね?」
「デタラメな豆知識を吹き込もうとしたことがあったような……」
「それもノーカンで!」
「なんて都合のいい判定基準なんだ」
過去に刺されるとはこういうことを言うのだろう。ぶっちゃけ因果応報だが、アワアワする先輩が存外に可愛かったのでこれ以上の追及はやめておいた。
「……よく分からんが、仕事に支障がねえってんなら俺としても文句はねえ。改めてよろしくな」
「それはいいんですけど、具体的にどんなクエストなんですか?」
「ある冒険者が手掛けてるクエストを一緒にこなしてほしい。まあお守りみたいなもんだな」
「ああ、探索の補助ですね。それならメイド学科の基本業務ですよ」
「正確にはちょっと違うんだが……その辺は順を追ってだな。とにかくこいつを見てくれ」
困ったように頭をかくと、親父はデスクの中から書類の束を取り出した。
ざっと内容を見る限り、ギルドが管理する冒険者の個人情報のようだ。クエストの成否を記録したリストの一番上に、不健康そうな男の似顔絵が添えられている。
この人が依頼人、なのだろうか?
クエストに協力してほしいとのことだが、特にメイド学科を指名しているわけではないようだ。
単純に人手が足りないだけなら普通に仲間を募ればいい話だと思うが、わざわざ仲介料を払って依頼という形式にこだわる理由でもあるのだろうか。
俺たちは資料に目を通しつつ、親父の話に耳を傾ける。
「名前はジェイク・ザ・グラスホッパー。以前はヘクセンモーゲンでケチな盗人をやってたらしいが、色々あって今じゃクリシュカの冒険者だ。よくある話だな」
「よくある話って……それでいいんですか?」
眉をひそめる俺。先輩は爽やかにほほ笑むと、
「全く問題ありません。冒険者ギルドは来るものを拒みませんので」
「嫌な文化だなあ……」
冒険者はカタギ扱いされないという話は聞いていたが、まさかガチの犯罪者まで採用しているとは。俺は何とも言えないような表情でジェイクさんとやらの似顔絵を見つめていた。
「それはそうと、少々独特なお名前をしていらっしゃいますが……このグラスホッパーというのは本名なのですか?」
「さあな。おおかた自分で付けたんだろ。高飛びしたからグラスホッパーってな」
「偽名でもOKなんですか? 戸籍の照合とかした方がいいんじゃ……」
「簡単にできるならそうしてるがな、ギルドだってそこまで暇じゃねえんだ。たかだか一人のためにえっちらおっちら他所の国まで歩いて行けってか? へっ、お断りだね」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに口角を歪める親父。予想以上に杜撰な管理体制に俺は閉口するしかなかった。
「本当に大丈夫なのかなぁ……。経歴が経歴だし、もうちょっと気を付けた方がいいと思いますけど」
俺が苦言を呈すると、親父はやれやれとため息をついた。
「あのなぁ……いいか坊主、冒険者ってのはならず者の受け皿なんだよ」
親父は素早く指折り数え、
「すぐに手が出る乱暴者! 食い詰めもんの傭兵くずれ! ロクデナシの犯罪者! そういう奴らが馬鹿やらかす前に拾い上げてやるのが俺たちの仕事ってもんだ。脛の傷をいちいち数えてたらギルドは今頃閑古鳥が巣作りしてるぜ」
「薄々気付いてましたけど、冒険者を育てる学校ってやっぱり一般的じゃなかったんですね……」
「そりゃそうさ。冒険者を目指すような奴が椅子に座ってお行儀よく授業を受けると思うか?」
「ですが、現にわたくしどもはそうしております」
「そうとも。だから適任なんだ」
どっかりと座り直すと、親父はジェイクさんの資料に目を落とした。
「この野郎、冒険者になってからそれなりに経つんだが、ここんとこクエスト達成率がかなりよろしくない。最初はてっきり昔の悪い癖が出たのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい」
「身の丈に合わないクエストを受けてるとか?」
「ギルドだって馬鹿じゃねえ。冒険者の実力に応じたクエストを割り振ってるはずなんだが……」
「それでも上手くいってない、と」
「そうだ。それで、このままじゃ都合が悪いってことで、本部がこういう仕事を回してきたわけだ」
「本部? ということは、ジェイク様ではなく冒険者ギルドからの依頼ということでしょうか?」
なぜだか意外そうな顔をする先輩。しかし親父は気にした風もなく、
「冒険者の質が低いとギルド全体の信頼に関わるからな。監査、ってほどでもねえが、奴の仕事ぶりを調査してくれる人間が必要なんだ。ほら、改善案ってのは本人に考えさせるよりオブザーバーを頼った方が効率的だろ?」
「クエストの意義は理解いたしましたが……ふむ」
考え込むように口を閉じる先輩。受けたくない、というわけでは無いのだろうが、何か引っかかるものがありそうな素振りだった。
そんな先輩を見て、難色を示していると勘違いしたのだろう。親父さんは慌てたように言葉を重ねた。
「何も手取り足取り指導しろっつってるわけじゃねえ。ジェイクの後ろについていって、その都度適当に助言するなり尻を叩くなりしてくれりゃいい。こっちとしてはクエストさえ上手くいけばそれで構わねえんだからな」
「そう聞くとたしかにメイド学科向きの依頼ではありますね」
「だろ? こういう繊細な仕事を頼める冒険者は貴重だからな。ここは一つ、頼まれちゃくれねえか?」
こちらの機嫌をうかがうように愛想笑いを浮かべる親父。
とはいえ心配ご無用だ。そんなことをしなくても、メイド学科が他人の頼みを無下にすることはない。
先輩は均整の取れた笑みを返すと、自信たっぷりに宣言した。
「委細承知いたしました。メイド学科に万事お任せを」
メイド三訓その1:主を不安がらせることなく、常に堂々とした態度でいるように




