第8話 秘湯「メイドのゆ」
それからは驚くほど順調に事が進んだ。
ヨルムの死骸を焼却した俺たちは、小一時間ほどの小休止を挟んで探索を再開。第二第三のヨルムが生まれるのを防ぐため、可能な限り多くのバイパーを退治した。
その後も慎重に慎重を期してキャンプ地で夜を越し、ダンジョン内の様子に変化が無いことを確認してから"花冠の沼地"を後にした。
地上に出ると、すでに日が落ちかけていた。
俺たちは森の中で少し早めの夕食を取り、よもやま話に花を咲かせる。どこかぎこちない雰囲気だった昨日とは打って変わって、和気あいあいとした時間を過ごすことができた。
そして、今。俺たちの目の前で、風呂が沸いていた。
「……なんで?」
「風呂焚き業務もメイドの務めですので」
「いやそうじゃなくて」
「人に仇なす魔物を討つのが冒険者のさだめと申します。そしてお肌の汚れは淑女の大敵。ならば浮世の垢を討たずしてこのクエストが幕を下ろすことはございません」
「答えになってないんだよなぁ……」
もうもうと立ちのぼる湯気の下には木製のバスタブが横たわっていた。半割の大きな丸太をくり抜いて作られたもので、裏返してしまえばほとんど倒木と見分けがつかない。
岩陰からこんなものを引っ張り出してきた時は何事かと思ったが、どうやらこれは先輩の私物らしい。
どうして森の中に隠してあるのかは知らない。いつ持ってきたのかも分からない。毎度のことながら先輩の行動は謎だらけだ。
「まさかとは思いますけど、ここ以外にも色んな場所にバスタブを隠してるんですか? お風呂に入りたくなった時のために?」
「バスタブだけではございません。ボートに寝袋、物干し竿……持ち歩くには不便ですが、あれば役立つ様々な品を、クリシュカの各地に忍ばせております」
「ドングリを貯め込むリスみたいだ……」
「まあいいじゃん。重要なのは帰る前にお風呂でさっぱりできるってこと! うひょー! 一番風呂もーらいっ!」
「こら、こんなところで脱ぐんじゃない! お前には羞恥心というものが無いのか!?」
辛抱たまらず服を脱ぎだすレナ先輩。ダリル先輩は彼女の尻を蹴飛ばしながら、枝に布をかけて作ったカーテンの中に押し込んだ。
「で、なんで先輩まで脱ごうとしてるんですか? 2人同時に入るのは無理だと思いますけど」
「存じております。ですが"意地でもメイド服を脱がない"などと揶揄されたものですから、これを機に玉のお肌をアピールしておこうかと思いまして」
「根に持つ人だなぁ……」
ロングスカートを艶めかしく羽ばたかせたかと思うと、先輩はいたずらっぽく舌を出した。
こういうネタを繰り返すたびに周囲からの信頼度が下がっていくことをこの人は理解しているのだろうか。
ほら、ダリル先輩がさっそく咎めるような目で俺たちを見ている。あれ? 俺も共犯扱い?
「あ~、その、俺たちは夕食の片付けをしてきますから、ダリル先輩は見張りをお願いします。ほら、入浴中のレナ先輩を一人にしておけませんから」
俺はごまかすような笑みを作ると、ダリル先輩に向かって手を合わせた。ダリル先輩は気乗りしない顔で、
「それなら女性の方が好都合だろう。つまり……あれだ。男性だと、いざという時に、困るだろう?」
ダリル先輩も人並みに恥ずかしがることがあるのか。俺は何だか新鮮な気持ちで彼の顔を覗き込み、露骨に嫌な顔をされた。
先輩はそんな俺たちをニコニコ顔で眺めながら、
「ダリル様のおっしゃりたいことは分かりました。ですが、乙女の純潔を守るのは騎士の役目と相場が決まっておりますので」
「なあ、これは何かの暗号なのか? それとも彼女はまともに会話をするつもりが無いのか?」
「たぶん後者ですね。これ以上話しても無駄なので諦めてください」
「君も苦労しているようだな……」
眉間を押さえるダリル先輩に後を任せ、俺たちは近くの河原へと向かった。
水の冷たさに顔をしかめつつ、丁寧に食器を洗っていく。風はまだ少し肌寒いが、息の詰まるようなダンジョンに比べると気分はだいぶ楽だった。
周囲に魔物の気配はなく、暮れなずむ空に虫の声が響いている。あちらの様子をこっそり盗み見ると、湯船に入ったレナ先輩がダリル先輩の後頭部に水を飛ばしていた。
「危うい場面もありましたが、無事に探索を終えられてほっといたしました。ダリル様も心なしか表情が和らいだように感じられます」
「そりゃあそうでしょう。今回はたまたま悪い方に転んだだけで、本来はそこまで大げさに扱うような問題じゃなかったんですよ」
「と、申しますと?」
「ダリル先輩も男の子ってことです」
俺は川のせせらぎに耳を傾けながら、遠く空の向こうへと視線を投げかけた。
「先輩にはちょっと理解しがたいかもしれませんけど、男子はある時期を迎えると急に背伸びしたくなるんです。男のくせに誰かに助けてもらうなんて情けない。自分はもう一人前の大人なんだから、なんでも一人でこなせるようにならないとって。自意識過剰って言えばそれまでなんですけど」
「ですが、その方にとっては重要なことなのでしょう?」
「もちろん。男の沽券にかかわりますから」
早いか遅いかの差はあれど、男なら誰しもが通る道だ。少なくとも俺はダリル先輩より先にそういう時期を経験していた。
「だけど、そういった行動は必ずしも周囲を遠ざけようとしてるわけじゃない。むしろその逆で、誰かに自分の力を認めてもらいたいって思いがそうさせるんです。要は頼られたいんですよ」
「では、その誰かというのは……」
「まあ、そういうことでしょうね」
気難しさにかけては冒険学部随一であるダリル先輩が、軽い気持ちでレナ先輩のような人とパーティーを組むはずがない。
むしろ、彼がああいう人間になったのは何かと危なっかしいレナ先輩を助けるためだったのではないだろうか。
先輩がどこまで察していたのかは知らないが、乙女を守る騎士というたとえはあながち的外れでもない。
ウザ絡みするレナ先輩を罵倒しつつも周囲への警戒を怠らないダリル先輩を見て、そんなことを思った。
「四角四面なダリル先輩と、良くも悪くも自由奔放なレナ先輩。両極端な2人がお互いの短所をフォローし合ってる。相性がいいんでしょうね」
とがっていようと、穴があろうと問題ない。凸凹だから歯車は嚙み合うのだ。
「なるほど、よく見ておられますね」
先輩は俺の結論に微笑で同意すると、続く言葉で、
「ただ、ソウタ様は一つだけ心得違いをしておられます。わたくしが思うに、ダリル様とレナ様は相性ゆえに共にいることを決めたわけではありません」
「え? じゃあどうして一緒にいるんですか?」
先輩はくすりと笑うと、困ったように眉尻を下げ、
「共にいたいと思うがゆえに、互いの在り方を寄せ合ったのです」
「……なるほど」
今度は俺がそのセリフを使う番だった。
俺たちは互いの存在をすぐ近くに感じながら、無言で作業を続けた。むず痒さと安心感が入り混じったような、変な気分だった。
ふと騒々しい声に顔を上げると、腕を掴まれたダリル先輩がバスタブの中に消えていくところだった。一拍置いて、大きな水音とレナ先輩の笑い声がした。
「あらあら、また洗濯物が増えてしまいますわね」
鈴のように心地良い先輩の声が、いつまでも俺の耳元に残っていた。
*
「──そんなわけで、本当に大変だったんだ」
翌日。冒険学部に戻ってきた俺は、メイド学科でくつろぎながらユニに事の顛末を話していた。
「結局、ダリル先輩は今学期で卒業する予定を繰り上げたんだってさ。自分にはまだ学ばなきゃいけないことがたくさんあるとか何とか」
「本当に堅実な人なんですね。今すぐプロになっても十分活躍できそうなのに」
「とことん不安要素を排除しないと気が済まないんだろうな。それがダリル先輩の強みだから仕方ないけど」
「何ていうか、聞いてるだけで頭が下がる思いですね……」
感服したように息をつくユニ。俺も全く同じ感想だった。
自身の力不足を痛感したダリル先輩はより一層鍛錬に励み、レナ先輩も愚痴りながらそれに付き合っているらしい。
冒険学部広しといえど、彼以上に勤勉な者は2人といないだろう。石橋を叩いて渡るタイプだとレナ先輩は言っていたが、この分だといずれは石橋の補強工事まで始めそうだ。
とはいえ、それもまた一つの解だ。
勢い任せの蛮勇は冒険者の長所だが、時にはダリル先輩のような人がいたっていい。
誰一人として同じ道を歩むものはいない。その多様性こそが冒険者の強みなのだから。
さて、他人のことばかり気にしてもいられない。多様性の最先端をひた走るメイド学科の一員として、今日も仕事に励まねば。
「……あら、またどなたかいらしたようですね。ユニ、お出迎えを」
窓際の席で裁縫をしていた先輩が、耳をぴくりと震わせた。
その予測を裏付けるかのように、呼び鈴が3度打ち鳴らされる。
次なる依頼人は生徒か、教師か、はたまたそれ以外か。誰であっても俺たちのやることは変わらない。
扉を開けて来客のコートを受け取るユニ。部屋の奥でお茶菓子の準備を始める俺。席を立った先輩が代表して前に立ち、礼儀正しく会釈する。
紡ぐ言葉は寄り添う意思を伝えるために。
「ようこそメイド学科へ。わたくしどもに何なりとお申し付けくださいませ」
──以上をメイド学科の活動報告として提出する
神聖歴1522年4月3日
ソウタ=マツユキ
ミスティア=ファルクーレ
【担当者から一言】
お勤めご苦労様。
ソウタちゃんも男の子だからって身だしなみをおろそかにしちゃ駄目よ。きちんとした身なりは心を健やかに保つんだから。
あなたさえ良ければ、いつでも新しい執事服を仕立てる準備はできてるわよ。お望みならメイド服もね。
ミスティとお揃いだなんてとっても素敵だと思わない?
メイド学科担当教師 ポピー=ハミルトン
ストックが尽きるまでは毎日夜~深夜に投稿。尽きた後は2~3日に1投稿となります。現時点で20話まで執筆済み。
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