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第6話 メイド学科は出しゃばらない

本日は2話投稿します。

 そして深夜。横穴の入り口で見張りをしていた俺は、かすかな違和感に身を起こした。


「何だ……?」


 横穴から顔を出し、周囲の様子を確認する。異常は無い。

 だが何かがおかしい。昼間に探索していた時と違って、肌をピリピリと刺激するような感覚がある。

 もしかして第六感? 違う。これは空気の流れだ。

 ダンジョンを吹き抜ける風とはまた別の、不規則な振動が空気を震わせている。水面に目を向けると、予想を裏付けるようにいくつもの波紋が生まれていた。

 その様子を例えるなら、まるで巨大な何かが寝返りを打っているかのような──


「先輩、起きてください。先輩!」


 同じく見張り役だったミスティア先輩は、俺の隣でうつらうつらしていた。

 あまり大きな音を立てると危険だ。俺は彼女の毛布をゆっくりと剥ぎ取ると、顔を寄せつつ小声で彼女に呼びかけた。


「ん……」


 何度か体を揺らしていると、先輩が浅く息を吐いた。


「ソウタ様……?」


 うろんな瞳が徐々に焦点を結んでいく。

 覚醒した先輩は間近にある俺の顔を見ると、真っ赤な顔で息を飲み、


「ソ、ソウタ様!? あのいえ、ですか、さすがにこのような場所では……皆様が起きてしまいますっ」


「何を寝ぼけてるんですか。むしろみんなを起こしてください! 俺は外の様子を見てきます!」


 俺は横穴から飛び出すと、なるべく身を低くしながら周囲を探索する。

 振動は先ほどより小さくなっていた。遠くに行ったのか、動きを止めたのか。

 しかし振動が消えたわけではない。大地を震わせるほど大きな物体が、この"花冠(かかん)の沼地"を練り歩いているのだ。

 暗闇の中を100メートルほど進んだ頃だろうか。広い道の真ん中に動かぬ証拠を見つけた俺はあっと声を上げた。

 それは真っ白なチューブ状の物体だった。チューブの幅は2メートルを越え、表面にはまだら状の模様がうっすらと浮かんでいる。

 間違いない。これは蛇の抜け殻だ。しかもこいつはバイパーなんかとは比べ物にならないくらい大きい。

 となれば、おのずと答えも絞られてくる。俺たちはついにヨルムの尻尾をつかんだのだ。


「……待てよ。よく考えたら大きなバイパーって線もあるんじゃないか? そもそも、バイパーとヨルムの違いって何なんだ……?」


 予想外の進展にガッツポーズを取った矢先、素朴な疑問が俺の頭をよぎった。

 ダリル先輩の説明を聞く限りハマチとブリみたいな関係だとは思うが、具体的に体長何メートルくらいからヨルム扱いされるのかを確認したことは無かった。これで人違いならぬ蛇違いだったらぬか喜びもいいとこである。


「こいつはどっちなんだろう……?」


 物言わぬ抜け殻を見つめながら眉をひそめる。俺の中の先輩が「さあさあ、張った張ったあ!」としきりに叫んでいた。

 背後から抑えたような声がしたのはその時だった。


「通常、バイパーの体表は黒い色をしているが、脱皮を繰り返すたびに少しずつ白くなっていく。そして色素が完全に抜け落ちたとき、そのウロコは鋼のような強靭さを獲得する。それが変異体ヨルムだ」


「ダリル先輩」


 ダリル先輩はすでに俺のすぐ傍まで来ていた。俺は彼に(うなが)されるまま抜け殻に近づき、その表面を軽く叩いた。

 鈍い音が響き渡り、俺の拳に鉄板のような感触が伝わってくる。抜け殻だけでこんなに硬いのなら、本体は一体どれだけ頑丈なのだろうか?

 いや、そんな心配は後でいい。とにかくこれがヨルムの抜け殻であることは確定したのだ。だったら後は、やるべきことをやるだけだ。


「ダリル先輩、ヨルムはきっとこの近くにいるはずです。まずは他の2人が追い付いてくるのを待って、それから捜索を始めましょう」


 そう言って俺は顔を上げ、


「──は?」


 もうそこにダリル先輩はいなかった。


「……まさか」


 俺はがばりと体を(ひるがえ)し、暗闇の向こうへと急ぎ視線を飛ばす。

 そこにはダンジョンの奥へと続くトンネルがあり、脇目も振らず疾走するダリル先輩の姿があった。

 彼が何を目指しているかなんて考えるまでもない。虚空の彼方にぼんやりと浮かび上がるシルエットは、紛れもなく白い光を放っていた。

 ヨルムだ。

 奴はまだ俺たちに気付いていないのか、巨体を緩やかに伸縮させながら曲がり角の向こうへと消えていくところだった。


「ちょ……ダリル先輩!? なんで一人で突っ走ってるんですか! 足並みを揃えてください!」


「あいにくだが時間が無い! このチャンスを逃せば次はいつヨルムを見つけられるのか分からん!」


 こちらを振り返りもせず叫ぶダリル先輩。


「ヨルムがいつまでもダンジョンに留まっている保証はどこにも無いんだ! 奴が地上に出れば取り返しのつかない被害が出る!」


「それで負けたら元も子もないでしょう!」


「冒険者が最も優先しなければならないのは自分の命ではない! クエストの達成と人々の安全だ!」


「それはそうですけど……できるだけ勝率を上げるって話はどこに行ったんですか!」


「たしかに確実性には欠ける選択だ。だが、ここに来るまであらゆる状況を想定してシミュレーションを重ねてきた。抜かりは無い」


 ダリル先輩は俺の制止に耳を貸すことなく、それどころかさらにスピードを上げていく。

 なんて頑固な人なんだ。余程自分の腕に自信があるのだろうが、置いてけぼりを食らった方はたまったものじゃない。

 どのみち彼を一人で行かせるのは危険だ。かといって俺まで行けば、残った2人とはぐれてしまう可能性がある。

 俺は焦れるように足踏みした後、最終的にダリル先輩を追うことにした。


「とはいえ、とても間に合いそうに無いけどな……」


 悠然と移動していた白い影が動きを止め、赤く光る眼が獲物を前にした興奮で燃え盛る。ヨルムがとうとうこちらに気付いたのだ。

 純白のウロコを除けばその姿はバイパーとほとんど変わらないが、問題はその大きさだ。

 その口は大型車をやすやすと飲み込めそうなほど大きく、全長に至ってはもはや何百メートルあるのかすら分からない。

 こいつがバイパーの成体ではなく変異体と呼ばれている理由がよく分かった。こんなデカブツはもう蛇とは呼べない。地を這う龍だ。

 ヨルムがゆっくりと鎌首をもたげ、耳が痛くなるような高周波で吠えたける。それが開戦の合図となった。


「一丁前に威嚇しているつもりか? いいだろう。貴様に人間の恐ろしさを教えてやる」


 挑発に応えるようにヨルムが動いた。

 頭をわずかに後傾させると、バネ仕掛けのオモチャよろしく突進。ダリル先輩目がけて飛び掛かった。


「はあっ!」


 寸前で回避し、脇をかすめるような動きで剣を振るうダリル先輩。

 しかし、白銀のウロコは生半可な攻撃を寄せ付けない。金床(かなとこ)を打ち鳴らしたような音が生まれたかと思うと、剣もろともに弾かれたダリル先輩がたたらを踏んだ。


「ちっ、やはり硬いな」


 初撃は引き分けといったところだが、ヨルムの攻撃はなおも止まらない。長大な尻尾がしなるようにうごめいたかと思うと、そこらじゅうの壁をめちゃくちゃに打ち付けた。


「何を──」


 と俺が思った時、みしみしと何かがきしむ嫌な音が聞こえてきた。

 見上げた瞬間には、音の正体がすぐそこまで迫っていた。

 それは"花冠の沼地"のあちこちに存在し、事あるごとに俺たちの行く手を(はば)んできたもの──巨木の根だった。

 ヨルムが暴れたことによっていくつもの木の根がへし折れ、落ちてきた破片がそこらじゅうを転げ回る。


「うわっ……!」


 俺は転ぶような動きで木片を避けると、這いずりながらその場を離れた。

 木片、と言っても元は巨大樹の根っこなのだ。折れてなお馬鹿デカい(かたまり)であることに変わりはない。

 質量は数十トンを下らないだろうし、当たれば当然ただでは済まない。そしてヨルムが身じろぎすれば、木片はいくらでも供給される。

 などと分析している間に第二波が来た。ヨルムが尻尾を器用にくねらせ、木片をピンボールのように打ち出したのだ。


「──っ!」


 バウンドする木片が道を埋め尽くし、ささくれた断面がキャタピラのような轍を刻む。

 俺は右に左に逃げながら、遠くに見えるヨルムを忌々しげににらみつけた。


「くそっ、これじゃあ(らち)が明かない」


 まるで嵐の中を歩いているような気分だ。行けども行けども押し戻され、一向に距離を詰めることができない。

 しかし悠長に構えている時間はない。

 ヨルムから相当離れた場所にいる俺でさえ、これだけ苦戦しているのだ。奴の膝元(ひざもと)にいるダリル先輩の負担は計り知れない。

 一刻も早く助太刀を、と俺が思った時、ついに恐れていた瞬間がやって来た。

 槍のようにとがった木片が天井から剥がれ落ち、ダリル先輩の頭上に降り注いだのだ。

 不運なことに、ダリル先輩はヨルムの体当たりをかわした直後だった。

 回避している時間は無い。かといって受け止められる大きさでもない。


「危ないっ!」


 最悪の光景をイメージした俺はたまらず目を覆い、しかしその瞬間は訪れなかった。

 見えたのは赤の色彩。

 しかしそれは鮮血ではなく、紅蓮の炎だ。

 炎は木片に直撃すると、強烈な光を伴って爆発。炭化した残骸が粉塵となって四散する。

 一瞬ののち。立ちのぼる黒煙が風と共にかき消え、無傷のダリル先輩を映し出した。


「炎の魔術!? そんなものまで使えるのか……!」


 ダリル先輩は頬に付いたすすを払うと、何事もなかったかのように顔を上げた。そこには不思議そうに首をかしげるヨルムの姿がある。


「魔術を見るのは初めてか? ならばしっかりと目に焼き付けておけ。これが最初で最後になる」


 ほんのわずかに目を細め、ぎらついた笑みを見せる。それは捕食者と獲物の関係が逆転した瞬間だった。

 そこから先は一方的だ。剣から魔術に切り替えたダリル先輩は、ヨルムをかく乱するように跳ね回りながら火球を連射した。

 ヨルムは小うるさいハエを仕留めようと手当たり次第に攻撃を繰り返したが、拙速な行動は相手に隙を与えるだけだ。渦巻く火球が立て続けに着弾し、弾ける炎がダンジョンの闇を裂く。

 神秘的に輝いていたヨルムのウロコは、もはや見る影もない。体のあちこちに残る黒い焦げ跡は、すなわち鉄壁の防御が破れつつある証左でもある。


「……これ、もしかして勝てるんじゃないか?」


 俺の口からは自然とそんな言葉が漏れていた。

 いよいよ焦りを見せ始めたヨルムが、牙も露わに突撃の構えを取った。ダリル先輩を丸飲みにすることで一気に勝負を決めようというのだ。

 両目に怒りを携え、土ぼこりを巻き上げながら迫り来るヨルム。

 ……その鼻先に、小さなランプが投げ込まれた。


「あ」


 閃光ランプにはもう一つの使い道がある。レナ先輩の言葉を思い出した俺はすぐに両手で目を隠した。

 ランプが地面に衝突し、円筒部のガラスが粉々に割れる。

 直後、世界が白く染まった。

 まぶたの奥まで届くほどの光。至近距離で直視したヨルムが無事でいられるはずがない。

 確信と共に目を開け、予想通りの光景を確認。

 ヨルムは光に目をやられ、グッタリとその場に横たわっていた。力なくこうべを垂れる姿は、さながら介錯を待つ罪人のようだ。


「しょせんは獣か。図体を大きくする前に頭を鍛えるべきだったな」


 光が収まった時、ダリル先輩はすでに走り出していた。踏み出す足は力強く、数歩と経たずトップスピードに乗る。

 大上段に構えた直剣は、とどめの一撃を見舞うべく力を溜め込み続けていた。

 ここまで来れば勝利は決まったようなものだ。ダリル先輩が一人で突っ走った時はどうなることかと思ったが、終わってみれば何もかもあの人の手のひらの上だった。

 危なげなく強敵を撃破した手腕に俺は感服し、


 ──そこで信じられないものを見た。

 ダリル先輩が、転んだのだ。


「……えっ!?」


 俺はまず自分の目を疑い、次に自分の正気を疑った。

 ありえない。この状況で、このタイミングで、そのうえ何も無い平坦な地形で。

 何より冷静沈着が服を着て歩いているようなダリル先輩が、こんな間抜けなミスをしたことが信じられなかった。

 その時俺の頭に浮かんだのはバイパーの存在だ。

 どこかの物陰に潜んでいたバイパーが、ヨルムの危機に反応してダリル先輩に襲い掛かった……とか。可能性といえばそれくらいしか考えられなかった。

 だが、あのダリル先輩ならその程度のトラブルは想定しているはずだ。"花冠の沼地"の探索を始めてからというもの、俺たちはダリル先輩の周到さを何度となく目にしてきたのだから。

 真相は分からない。今確かなことは2つだけだ。

 1つ目は、ダリル先輩が転倒したということ。

 そして2つ目は、意識を取り戻したヨルムがダリル先輩に襲い掛かろうとしていることだ。


「ダリル先輩! 逃げてください!」


 復讐に燃えるヨルムがすさまじい勢いで近づいてくる。ダリル先輩はまだ地面に(ひざ)をついたままだ。

 助けに行こうにも、ダリル先輩のいる場所まではかなりの距離がある。木片の回避に手間取っていたせいで、俺はまだ戦場にたどりついていなかった。

 裂けた口を喜悦に歪ませるヨルム。じわりと染み出る焦燥感が俺の背筋を震わせた、まさにその時だった。


「ダーリンっ!」


 その声は、あろうことか前方から……それも、ダリル先輩のすぐ近くから聞こえてきた。

 レナ先輩だ。

 俺やダリル先輩より後にキャンプ地を出たはずのレナ先輩が、なぜあんなところにいるのか。

 考えられる理由は一つだ。ミスティア先輩に起こされた彼女は全速力でダンジョンを駆け抜け、知らぬ間に俺を追い抜いていたのだ。

 巨木の残骸が荒れ狂い、俺がもたもたと進みあぐねていた、まさにその瞬間。彼女は大切な相棒を救うため、ためらうことなく死地に飛び込んでいたというわけだ。


「この蛇野郎! ダーリンはアンタのエサじゃないっての!」


 がむしゃらに飛び出したレナ先輩は、勢いそのままにダリル先輩を蹴飛ばした。

 力任せな動きではない。足全体ですくい上げるようにして、ダリル先輩の体をヨルムの射程外に逃がしたのだ。

 だが、その行動は結果として自身の無防備な姿をヨルムの前にさらすことになる。これでは犠牲者が入れ替わっただけだ。


「まずいぞ、何か方法は──」


 ここからではどうあがいても間に合わない。かといって魔術の使えない俺には遠距離から攻撃できる手段が無い。

 せめて何か道具でもあれば、と俺が思った時、救いの女神が神託を授けに来た。


「ソウタ様、これを!」


 振り向けば先輩の姿が。彼女は息を切らせて叫びつつ、体全体で振りかぶるような動きを見せた。

 飛んできたのは白い何か。

 俺は投げ寄こされたそれを反射的につかみ、


「……おいおい」


 と苦笑いをしたのも束の間。俺はそいつを右手に構え、コマのような動きで投擲(とうてき)した。

 猛スピードで放たれたそれは、空気を裂くように直進し──


「──!!」


 ヨルムの左目を貫いた。

 不意の攻撃、そして激痛がヨルムの動きを止める。俺は半笑いのような表情でその様子を眺めていた。


「さすがミスリル製。武器にもなるんだな……」


 もうお分かりだろう。俺が投げたのは夕食の時に使っていたお皿だ。

 たかが食器と(あなど)ることなかれ。この世界でも屈指の強度を誇るミスリル銀であれば、ただぶつけるだけでも相当なダメージを与えられるのだ。当たった場所が比較的柔らかい眼球であれば、なおのこと効果は高くなる。

 激しく首を振り乱し、たじろぐように身を引くヨルム。

 このチャンスを逃す手は無い。俺は声を張り上げ、レナ先輩に指示を送った。


「レナ先輩、今です! ヨルムが混乱してるうちに決めてください!」


「任せなさいっての!」


 ハンマーを手にしたレナ先輩がヨルムのもとへ走る。

 しかしヨルムの快復が思ったより早い。奴はすでにショック状態から立ち直りつつある。


「させないわよっ!」


 レナ先輩が取った行動は大胆かつ迅速だった。

 杭打つように踏み込むと、その足を軸に回転。遠心力を利用してハンマーを投げ飛ばしたのだ。

 が、いかんせん狙いが甘すぎた。ハンマーは大きく狙いを外れ、ヨルムの横を通り過ぎていく。

 「人間、恐るるに足らず」とでも言いたげに舌を出すヨルム。

 一方、唯一の武器を失ったレナ先輩は……してやったり、といった風に笑っていた。


「ねえソウちゃん、イイコト教えてあげる。冒険者ってのはねぇ……意表を突いてナンボなのよ!」


 そこで俺は自身の間違いに気付いた。

 レナ先輩はまだハンマーを手放していない。正確にはハンマーの一部……()の部分だけが、彼女の手元に残っている。

 柄の先から伸びる銀色の何かは、おそらく鎖だ。

 ということは、つまり、あの武器の正体は。彼女の言っていた"奥の手"とは。


「鎖鎌……じゃなくて、鎖付きハンマー!?」


「当ったりー!」


 レナ先輩が漁網(ぎょもう)を引くように腕を振ると、ピンと張り詰めた鎖がハンマーに力を伝えた。

 あらぬ方向を目指していたハンマーが空中で軌道を変える。弧を描くような進路の先には、油断しきったヨルムの横っ面が。


「──!?」


 野太い打撃音。のけぞるヨルムがかすれたような悲鳴を上げる。その右目からはおびただしい量の血が流れていた。

 戦況は一気に好転した。

 両目を潰されたヨルムにもはや打つ手は無い。追い詰められたヨルムがあちこちを無軌道に動き回り、壁や天井に何度も頭をぶつけていく。

 わけも分からず当てずっぽうで頭を振り乱すヨルム。その軌道上に(おど)り出たのは、なんと先輩だった。


「先輩!」


 先輩は顔色一つ変えず、静かにヨルムを見据えていた。その手には金属製のはたき棒が握られている。

 俺は知っている。あのはたき棒は……先輩が掃除をする時に使う、ただのはたき棒だ。


「おそれながら──」


 (ぎん)じるように言葉を(つむ)ぐ先輩。

 はたき棒がしたたかにヨルムの顔を打ち、痛みにうめく頭部が攻撃の矛先をそらした。

 その先にいたのは、直剣を構えたダリル先輩だ。

 先輩は音も無くはたき棒を収めると、


「メイドたるもの、主人の手柄をかすめ取るような無礼はいたしませんので」


 その瞬間、ヨルムの脳天に必殺の剣戟(けんげき)が叩き込まれた。


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