表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

第5話 メイドさん、お世話したがる

 "花冠(かかん)の沼地"の探索を始めてから半日余り。俺たちはダンジョンの環境に悪戦苦闘しつつ奥へと進んでいた。

 行軍は困難を極めた。巨木の根はますます密に生い茂り、ぬかるみは容赦なく俺たちの体力を奪う。

 最初は景気よくハンマーを振り回していたレナ先輩も、今ではだるそうな顔つきで迂回路を探していた。

 その代わりと言っては何だが、魔物に襲われることはほとんど無かった。

 魔物もこんなに不便な場所には住みたくないのだろう。俺たちは時折奇襲を仕掛けてくるバイパーを軽くあしらいつつ、ターゲットであるヨルムの捜索を続けていた。


「ミッチー、今何時ー?」


「午後10時を少し回ったところです」


「うわっ、もうそんな時間なの? 道理でお腹が空くと思った……」


 粘つく泥をかき分けながらレナ先輩がうめく。かれこれ数時間もの間、俺たちは広大な沼地をさまよっていた。


「ねえダーリン、今日はこの辺で終わりにしようよ。みんなヘトヘトだよ?」


 間延びした声で懇願するレナ先輩。10歩ほど先を行くダリル先輩は、前方に目を向けたまま、


「分かっている。だがもう少し待て。今日中にヨルムの手がかりだけでも見つけておかなければ……」


「焦りすぎ。初日からそんなに根を詰めてもしょうがないでしょ」


 ダリル先輩は不服そうに黙り込んでいたが、やがて仕方ないといった風に口を開いた。


「いいだろう。情報によれば、この沼地を抜けた先に休めそうな場所があるらしい」


「そこまで我慢しろっていうの?」


「泥の底で永眠したくなければな」


「ぶー」


 ふてくされた様子のレナ先輩を、ダリル先輩はにべもなく一蹴した。


「泣き言を言っている暇があったら足を動かせ。俺たちが一秒遅れるごとに、ヨルムは10メートル地上に近付くんだぞ」


 ダリル先輩はさらに歩みを速め、俺たちをどんどん引き離していった。

 がっくりと肩を落とすレナ先輩。彼女はしばらくその場で立ち尽くしていたが、俺たちが追いつくと苦笑を見せた。


「ごめんね、ダーリンっていっつもこんな感じだから。やんなっちゃうよね」


「気にしてませんよ。相手のペースに合わせるのがメイド学科ですから」


「へ~、何だかプロって感じ」


 素直に感心するレナ先輩。我の強いクラスメートやどこぞのメイドさんに振り回されて耐性が付いただけなのだが、それは黙っておいた。


「ですが、少々意気込みが強すぎるようにも感じます。ダリル様はなぜそこまでヨルムの討伐にこだわっておられるのですか?」


 ミスティア先輩の疑問に対し、レナ先輩は難しい顔を見せた。


「うーん、やっぱり実績が欲しいんじゃない?」


「実績? 名声にこだわるようなタイプには見えませんけど」


「ソウタ様、実績とは何も虚栄心を満たすためだけのものではございません」


 先輩の指摘に、レナ先輩は「そう!」と指を差すことで同意した。


「アタシたちってもう4年生だからさ、卒業した後のこととか、今のうちに色々考えておかなきゃならないのよ。特にダーリンは今学期中に卒業する気みたいだし」


 冒険学部は学園の体を取っているが、実際は学びよりも即戦力の育成という面に重きが置かれている。なので、一般的な教育機関とは異なる点もいくつかある。

 最も大きな違いは卒業制度だ。

 冒険学部の基本的なカリキュラムは2年程度で終了し、その後は学科の講義やクエストを通して各々が独自に経験を積む。そして、十分な成績と技能を修めた者には前もって卒業資格が与えられるのだ。

 学生という立場に問題があるわけではないが、見習いの身で受けられるクエストは限定されており、また報酬も少ない。生き急ぐ若者たちが早めの卒業を考えるのは自然なことだろう。

 そして4年生というのは、多くの生徒がプロとしてやっていける自信を持ち始める時期でもあるのだ。


「ほら、うちの学園って冒険者ギルドと提携してるじゃん? だから、アタシたちの経歴は当然ギルドも把握してるってわけ」


「ってことは……在学中にたくさん活躍しておけば、プロになった時に優遇してもらえる?」


「いえーす! 地味ーな下積み時代をショートカットしていきなり高額依頼を受けちゃうこともできるわけ! ……って言っても、ダーリンはお金なんかに興味無いんだけどね」


 レナ先輩が視線を遠くに向ける。そこにはダリル先輩の後ろ姿があり、彼は一切の迷い無く沼地を突き進んでいた。


「アタシはお金持ちになりたいから冒険者を目指してるけど、ダーリンは純粋に正義感で動いてるんだ。みんなを助けたいから冒険学部に入って、もっと重要な仕事を受けたいから今も実績作りを頑張ってる」


 両手を口元に寄せ、ほう、と湯気のような息を吐く。


「クエストを選ぶ時なんてすごいんだよ。報酬なんてそっちのけで、より困ってる人がいる方を選ぶの。鼻息荒くして『こちらの方が社会的なプライオリティが高いと判断した』なんて言ってさ」


「カッコいいですね。ヒーローみたいだ」


仏頂面(ぶっちょうづら)のヒーローだけどね。おまけに性格も最悪」


 けらけらと笑いながら軽口を叩くレナ先輩。


「だけど、一人くらいはそういう駄目駄目くんの世話を焼いてあげる人がいたっていいじゃん? だからアタシが付き合ってあげてるの」


「レナ先輩はむしろ世話を焼かれる側だと思いますけど……」


不躾(ぶしつけ)ながら、それはソウタ様の見識不足かと。お世話を焼く、とは必ずしも物質的な支援だけを意味するものではございません。心に寄り添うことも一つの奉仕なのです」


「そうそう。なんてったってぼっちは辛いからね~」


「そういうもんですかね……?」


 真偽はどうあれ、女性2人が結託した時点で俺に勝ち目は無い。

 意気投合する彼女たちをしり目に歩いていると、ダリル先輩がこちらに向かって手を挙げているのが見えた。


「もうすぐだ。この先にある横穴で夜を越すことにしよう」


 どこまでも続くかと思われた沼地がようやく終わりを迎え、粘土質の黒い地面が前方に広がっていた。視界を埋め尽くしていた木の根もまばらになりつつある。探索は新たな段階に入ったのだ。

 沼から上がり、硬い足場の頼もしさに安堵することしばし。俺たちは50メートルほど先に見えるくぼみのような空洞に注意深く近づいて行った。


「このエリアを探索する冒険者はここをキャンプ地として利用するらしい。だからといって安全が保証されているわけではないが」


「先客がいないといいんですけど……」


「その時は"お掃除"させていただきます。主にソウタ様が」


「丸投げですか……」


 先輩は腕をシャカシャカ振りながら、


「ソウタ様の~、ちょっとイイとこ見てみたい~♥」


「苦手なノリだ……」


 ここで言う先客とは人間以外の存在を指す。人間にとって快適な空間は、魔物にとっても快適なのだ。

 幸い、中には誰もいなかった。念のため物陰や天井も一通り確認した後、俺たちはようやく肩の力を抜くことにした。

 穴の広さは10メートルほどで、ほぼ円形の空間だ。

 周囲を岩盤に囲まれているため、木の根もここには入り込んでいない。壁際には地下水が染み出した小さな川があり、少なくとも今日明日の水に困ることは無さそうだった。


「やったー! 水だーっ!」


「お待ちくださいレナ様。まずは水質を確認いたしませんと」


 先輩はさっと進み出ると、川に飛び込まんばかりのレナ先輩を牽制(けんせい)した。その手にあるのは乾燥した草の(かたまり)だ。

 これはドクロヨモギの枯草玉といって、俺たち冒険者が水場の安全を確かめるための道具である。

 ドクロヨモギは有毒な成分を栄養にする変わった植物だ。枯草の状態であっても、毒に触れればあっという間に息を吹き返す。


「では、始めさせていただきます」


 水場の前にかがみ込んだ先輩は、透き通った水面にドクロヨモギをそっと浮かべた。

 何かしらの反応が現れたらアウト。無ければセーフだが……さて。


「さあさあ、張った張ったあ! でございます」


「いきなり賭けを始めないでください。……でもまあ、他の冒険者も使ってるんだし大丈夫なんじゃないですか?」


 神妙な顔でドクロヨモギを観察する俺たち。

 ……が、特に変化は無い。

 先輩は懐中時計できっかり20秒計った後、こちらに向かって無邪気にガッツポーズを見せた。


「今度こそ水だーっ!」


「毒性が無いからといって生水を直接飲む馬鹿がいるか! 寄生虫がいたらどうするつもりだ!」


「そんなこと言って、どうせ虫下しも用意してるんでしょー?」


「そういう問題じゃないだろう……」


「うふふ、すぐにお茶を()れますのでもう少しだけお待ちくださいませ」


 そうして俺たちはキャンプの設営に取り掛かった。

 ここまで大した見せ場の無かったメイド学科だが、ことキャンプにおいては俺たちの独壇場だ。

 俺が折り畳みの家具とテントを組み立てている間、テキパキと火を起こした先輩が倍速再生みたいな速さで料理の準備を進めていく。

 うなる包丁。踊る鉄鍋。数多の調理器具を並列使用する姿はドラムセットを演奏するバンドマンのようだ。

 先輩は体の内から沸き起こるエネルギーを発散するように動き続け、程なくしてテーブルの上には豪勢な食事が並ぶこととなった。


「ふおお……こんなごちそう、ダンジョンの外でも見たこと無いよ。完全にお高いレストランのやつじゃん……」


 SNS映えしそうな料理の数々を前にして、気後れするようにつぶやくレナ先輩。


「今回は討伐クエストということで精の付くものをたくさんご用意させていただきました。お口に合えばいいのですが」


「ねえミッチー、これホントに全部食べていいの? 後で追加料金請求するとか無いよね?」


「ございません」


「ホントのホントに!?」


「メイドは噓をつきません。ですが、そう何度も確認されると気が変わってしまうかもしれませんよ?」


「い、いただきまーす!」


 先輩が意地の悪そうな笑みを浮かべると、レナ先輩は慌てて料理をかき込み始めた。

 その横ではダリル先輩が不可解な面持ちでテーブルを見つめていた。


「馬鹿な……制限された食材と調理環境で、どうやってこんなに手の込んだものを作ったんだ? 何かの魔術を使ったのか?」


「あら、いったい何のことでしょう? わたくしは普段通りの仕事をしただけですが……」


 涼しい顔で答える先輩。事前にがっつり下ごしらえしておいただけなのだが、ここは先輩に花を持たせてあげよう。

 というのも、先輩はここに至るまで何度も活躍の機会を奪われていたからだ。

 原因はダリル先輩だ。先輩が何かしらの手段で探索の手助けをしようとすると、決まってダリル先輩が有効な解決策を準備しているのだ。

 もちろんダリル先輩に悪気は無いのだが、お株を奪われた先輩が居心地の悪い思いをしていたのは事実。せめて食事の時くらいはドヤ顔させてやろう。


「ふむ……だが、ダンジョンに割れ物の食器を持ち込むのは感心しないな」


 と思ったら、いきなり小姑(こじゅうと)みたいな駄目出しが始まった。ダリル先輩は白い皿の(ふち)を指先でなぞりつつ、


「おおかた料理の見栄えを重視したのだろうが、ダンジョンはピクニックの会場ではない。戦闘中に食器が割れたら君だけではなく周囲の仲間にも危険が及ぶことになるんだぞ」


 重箱の隅をつつくような発言だが正論である。ダリル先輩は本当に目端(めはし)の利く人だ。なお、レナ先輩は(はな)から料理しか見ていなかった。

 しかし先輩もさる者。厳しい指摘に柔和な笑顔を返し、


「これは陶器ではなく、ミスリル製の食器を(かま)に入れて白く焼き上げたものでございます。多少の衝撃ではビクともいたしません」


 ダリル先輩はあっけに取られた後、


「料理皿を作るためだけに貴重なミスリル銀を使ったのか!? 黄金より価値のある金属だぞ!」


「はあ、何か問題がございますでしょうか?」


「なんともったいないことを……どうせなら強力な武器や防具を作ればいいだろうに」


「メイドの戦場は炊事場でございますので」


「そういう意味ではないが……まあいい。君たちが特殊な価値観を持っていることは理解した」


 ダリル先輩はまだ納得のいっていない様子だったが、先輩の堂々とした態度に押されて渋々矛を収めた。

 先輩が「どうよ?」みたいな顔でこちらを見ていたが、俺は構わず食べることを優先した。この人をあまり調子に乗らせると後々面倒なのだ。

 食事がひと段落したところで今度は洗濯の時間だ。先輩はレナ先輩から泥と木くずまみれの衣類を受け取り、水場の下流で洗い始めた。俺は靴担当だ。


「あまり水音を立てるなよ。ヨルムが近くにいないとも限らん」


 素足で伸び伸びとシートに寝そべるレナ先輩から目をそらし、ダリル先輩がぼそりと言った。


「それこそメイドに説法でございます。寝た子を起こすことなく、幽鬼(レイス)のように仕事を済ませよと両親からきつく教え込まれておりますので」


 先輩は一旦洗濯物を置くと、ダリル先輩に向かって両手を差し出した。


「ダリル様もお召し物をお出しくださいませ。まとめて洗わせていただきます」


「必要無い。自分のことは自分でやる主義だ」


 間を置かずして返ってきた拒絶に不満の表情を見せる先輩。洗濯物を見れば洗わずにはいられない家事ジャンキーには酷な仕打ちである。

 先輩に加勢するわけではないが、俺もちょっと気になったことがあったので2人の会話に割り込むことにした。


「ならせめて手当をさせてください。そこ、血が出てるじゃないですか」


 ダリル先輩の首筋、(えり)の陰になっている部分に小さな切り傷ができていた。

 傷の形を見る限りささくれか何かに引っ掛けただけのようだが、それでも油断は禁物だ。かすり傷を放置した結果大変なことになるのはよくある失敗談の代表例なのだから。


「ふっ、目ざといな。ソウタくんと言ったか? 少々君を(あなど)っていたようだ」


 ダリル先輩はばつの悪そうな顔で笑うと、


「しかし心配は無用だ。すでに消毒は済ませてある。それでも気になるというのなら……」


 ダリル先輩の手が首元に伸び、その唇が何事かをささやく。

 生まれたのは淡い光だ。生命の温かみを感じさせるそれは、癒しの力の発露に他ならない。

 詠唱を終えたダリル先輩が払うように手を退けると、傷口は綺麗にふさがっていた。


「これは……治癒魔術? 戦士学科なのに魔術を習得してるんですか?」


「だからこそだ。パーティーで最も負傷率の高い戦士が自分のケガすら治せなくてどうする?」


「理屈の上ではそうですけど、たいていの人はそこまで考えないと思いますよ」


 俺がそう言った時、休憩していたレナ先輩が眠そうな声で説明した。


「ダーリンは石橋を叩いて渡るタイプだからね~。いざという時のために!とか言って、戦士学科以外にも色んな学科を掛け持ちしてるの」


「色んなって……そんなに掛け持ちしてるんですか? 俺も掛け持ちしてますけど、それでも2つが限界ですよ」


「アタシもあんまりよく知らないけど、メジャーな学科は全部いっちょ噛みしてるんじゃない? 魔術も結構使えるみたいだし、この前なんか自分で薬まで作ってたよ」


「不測の事態に備えて可能な限り手を打っておくのは冒険者として当然のことだ。特定の技能だけでは全ての状況に対処することはできないからな」


「そういう時は他の仲間に頼ればいいんじゃないですか?」


「それは甘えというものだ。他人を当てにする者は成長できない」


「そこまで自分に厳しくしなくてもいいと思いますけど……。一人で何でもできる人間なんて、それこそ一握りですよ」


「だが、できなければそこで終わりだ。人生に二度目はなく、冒険者の命は朝露のように(はかな)い」


 ダリル先輩は重い息をこぼすと、俺たちに背を向けた。

 先輩は未だに手を突き出したまま、しつこく衣類を要求していた。ダリル先輩は一度だけ振り返り、


「君たちメイド学科の仕事を否定するつもりはないが、自己管理を他者に丸投げすることが良い結果に繋がるとは思えない。一流の冒険者を目指す者はあらゆる面で完ぺきを求められるんだ」


 噛み締めるような言葉に、ダリル先輩の意気込みの強さを感じた。


「……ダリル先輩」


 俺は()に落ちたような感覚と共に彼の背中を見つめていた。

 馴れ合いを避けるかのような態度。徹底して探索を主導しようとする姿勢。

 そうした行動の根底には、他人に甘えてなるものかという彼なりの意地があったのだ。

 加えて今日は俺たちメイド学科までいる。独立心の強いダリル先輩にしてみれば、まるで悪魔に堕落をそそのかされているような気分だったのだろう。

 どこまでも真面目で、自分に厳しい人だ。個人的にそういう人は嫌いではない。

 だが、同時に言いようの無い危うさも感じた。


「何も無ければいいんだけど」


 一人つぶやき、靴洗いの作業に戻ろうとして、


「ソウタ様、良ければお手伝いいたしましょうか?」


 先輩がずいっと迫ってきた。この人はいつも唐突だ。


「いや、別にいいですよ。先輩は洗濯物の方をお願いします」


「すでに片付いております」


「そんな馬鹿な」


 本当でした。

 ここには数秒前まで泥で真っ黒になった服が置いてあったはずなのに、今では新品同様の白さで焚火(たきび)の傍に吊るされている。相変わらず物理法則を無視した作業スピードだ。


「……まあとにかく、こっちは大丈夫なんで先に休んでいてください。すぐに終わりますから」


「でしたら後ほどマッサージでもいたしましょうか?」


 間髪入れずにずずいっ、と歩を詰める先輩。


「それとも体をお拭きする方がよろしいでしょうか?」


 ずずずいっ。


「いえ、いっそのこと膝枕でも──」


「……先輩、もしかして暇なんですか?」


「そういうわけではありませんが、想定していた奉仕ポイントが得られなくなってしまったのでソウタ様で補填させていただこうかと」


「意味は分かりませんけど分かりました」


 ダリル先輩の洗濯に使うつもりだったエネルギーを持て余しているのだろう。お世話したがりの先輩らしい思考回路だ。

 こういう時の先輩を遊ばせておくと逆に危険なので、俺は仕方なしに靴洗いを手伝ってもらうことにした。

 肩を寄せ合い、レナ先輩のブーツの底に溜まった泥をかき出していく。

 先ほどのことをまだ気にしているのだろうか。ちまちまと手を動かす先輩は少しだけしょんぼりしているように見えた。


「そんなに気を落とさないでください。ダリル先輩もそのうちメイド学科の良さを分かってくれますよ」


 俺が慰めの言葉をかけると、先輩は意外そうに顔を上げた。


「あら、ソウタ様はダリル様と異なるお考えを持っておられるのですか? わたくしはてっきり同じお考えなのかと思っておりましたが」


「どうしてそう思うんですか?」


「メイドではないソウタ様がメイド学科に所属しておられるからです」


 先輩は作業の手を止め、俺も合わせて居住まいを正した。


「わたくしとて、ソウタ様が本気でメイドを志しているとは考えておりません。おそらくはご自身の自活力を鍛えるためにメイド学科を活用しておられるのでしょう」


「それだけじゃないですけど、理由のひとつではあります。その点はダリル先輩と似てますね」


 日本育ちの俺にとって、異世界の生活スタイルは驚きと戸惑いの連続だった。

 電子レンジも洗濯機も無い世界。便利なマジックアイテムもあるにはあるが、不便に感じることは多かった。

 それでも最低限、自分の面倒は自分で見られるようになりたい。メイド学科を受講する際にそういった思いがあったことは否定しない。


「でしたら、ソウタ様もメイドに頼るのは甘えだと思われますか? 冒険者のあるべき姿とは、他人の助けを必要としないことなのでしょうか?」


「哲学的な問いだなぁ」


「ですが、わたくしどもメイドが向き合うべき命題でもあります」


「うーん……」


 いつになく真剣な先輩に引きずられて、俺は頭を働かせた。

 安易に他人を頼るべきではないというダリル先輩の考えは俺にもよく理解できるし、見習うべきところもたくさんあると思う。

 あるいは、全ての冒険者が彼のようにしっかりしていれば、メイドという職種が存在する必要も無くなるのかもしれない。

 ……いや、本当にそうか?

 いくつかの自問自答を経て、俺が出した結論は。


「それでもメイドは必要だと思います。もちろん俺やダリル先輩だけじゃなくて、全ての冒険者にとってです」


「ソウタ様にしては大きく出ましたが……なぜそう思われるのですか?」


 熱心な学生のように問い詰める先輩。俺は少し考え、


「完ぺきな人間なんて存在しないから、ですかね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ