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最終話 メイドさんの帰還

「たいへん長らくお待たせいたしました。ミスティア=ファルクーレ、ただいまをもって完全復活でございます」


 数日後。自室から出てきたミスティア先輩は、ゆったりとした寝間着からいつものメイド服へと華麗な変身を遂げていた。


「おかえりなさい、って言うべきなのかな。やっぱり先輩にはメイド服が一番似合いますね」


「わたくしもそう思います。この服に(そで)を通した瞬間、まるで生き返ったような心地がいたしました」


 胸に手を置き、メイド服をねぎらうように撫でる先輩。

 直後にくるりと一回転。踊るような動きで、全身をあますところなく披露した。


「……いかがでございましょう?」


 モデルのように足を交差し、こちらに向き直る先輩。ヒールで軽く床を鳴らすと、手拍子のような高音が抜けた。

 俺はゆっくりと息を吐きながらその姿を鑑賞していたが、やがて思い出したように口を開いた。


「すごく綺麗ですよ、先輩」


 飾らない本音を言うと、先輩は虚を突かれたような顔で、


「もう、急にどうされたのですか? 普段のソウタ様なら、もう少し皮肉めいたお言葉を返していたように思うのですが……」


「そう言われても……本当に綺麗だと思ったんだから仕方ないじゃないですか。それとも馬鹿にした方が良かったですか?」


「そう! それでこそわたくしの知るソウタ様ですわ!」


「どうやらまだ熱のせいで混乱してるみたいですね……」


 なんか知らんがやたら嬉しそうな先輩であった。この人、もしかして罵倒されると喜ぶタイプなのか?


「……でも、その様子なら体の調子はもう大丈夫そうですね」


「もちろんでございます。これまでご迷惑をお掛けした分を取り返すべく、より一層奮起させていただきますので、どうぞご期待くださいませ」


「意気込むのはいいですけど、病み上がりなんだからあんまり無理はしないでください」


「ですが、わたくしのご奉仕欲はすでに臨界点を超えております。これ以上お預けされるとどうにかなってしまうかもしれません」


「もうすでにどうかしてるような……」


 修学旅行前日の小学生みたいにうずうずと体を動かす先輩。このまま放っておくと一人で飛び出して行きそうだ。

 だが、この暴走気味のバイタリティこそが先輩の先輩たる由縁なのだ。無敵の微笑を浮かべる先輩を見つめながら、俺は改めて日常が戻ってきたことを実感していた。


「そろそろ行きましょうか。みんなが待ってます」


 俺が手を差し出すと、先輩は目を丸くしながら戸惑いがちに笑った。


「本日のソウタ様は実にサービス精神旺盛でございますね。いったい何を企んでいるのやら」


「そういう日もあるってことです」


 別に他意は無い。今の俺はただ純粋に、先輩と手を繋ぎたかったのだ。

 自惚れかもしれないが、先輩も同じ気持ちだと信じていた。だから俺は、もう一歩前に出ると、


「というわけで、エスコートさせてください」


「では、お任せいたします」


 くすりと笑う先輩。俺たちは慣れたように手を重ね、互いに指を絡みつけた。

 いつもより時間をかけて、のんびりとした歩調で。くだらない馬鹿話で盛り上がりながら、俺たちはメイド学科への道のりを歩いていた。

 天気は快晴。西寄りの微風がグラウンドを駆け抜け、周囲の喧騒を伝えてくる。

 あちこちから聞こえる歓声、悲鳴、怒号。そしてバリエーション豊かな破壊音。それはまさに冒険学部の風物詩であり──


「ん……?」


「ソウタ様? 先ほどから何やら落ち着かないご様子ですが……何か気がかりなことでもございましたか?」


「いや、何ていうか……学園がいつもより騒がしくないですか?」


「……言われてみれば」


 冒険学部では年がら年中トラブルが発生しているが、それでもここまでやかましい日は滅多に無い。

 言いようの無い不安を覚えた俺たちは、どちらともなく歩みを速めていく。


「そういえば、ユニやポピー様は元気にしていらっしゃいますか?」


「2人とも元気、なはずですけど……。最近は先輩の看病に集中してたので、もう何日もメイド学科に顔を見せてないんですよ」


「つまり、現状は不明……と」


「ええまあ、そうですね。さすがにメイド学科が吹き飛んでるようなことは無いと思いますけど」


「…………」


「いきなり黙り込まないでください! 怖くなってくるじゃないですか!」


 肝試しにでも行くような面持ちで林の中を進んでいくと、木々の向こうにメイド学科の屋根が見えてきた。良かった、まだ吹き飛んでない。

 だが、今日のメイド学科は少しばかり様子が違っていた。

 玄関のドアは半開きになっており、毎日掃除しているはずの軒下には落ち葉が溜まっている。来客に最高のおもてなしを提供するメイド学科にあるまじき醜態である。


「変だな。あの2人がこんないい加減な仕事をするはずないのに」


「それより、玄関の前に何か置かれているようですが……」


 先輩が指差したのは、先日ユニが作った依頼箱だった。

 どうやら先ほど中身を取り出したばかりのようだ。上部のフタは開け放たれ、とりあえずといった感じで壁際に立て掛けられていた。

 ……何となく状況が分かってきた。

 俺は自身の仮説を証明するため、半開きのドアを勢い良く全開にした。

 直後、中にいた2人が弾かれたようにこちらを向いた。


「ああっ、ソウタさん! それにミスティア先輩も! やっと帰ってきてくれたんですね!」


「本当、間一髪ね。あと1日遅れていたら、私たちは依頼に埋もれて息ができなくなっていたわ」


 疲れ切った顔で目を輝かせるユニ。ポピー先生は腰を抜かしたように座り込み、ほっと一息ついている。

 そして、テーブルの上には彼らを悩ませている元凶が我が物顔で居座っていた。どっさりと山積みされた依頼書の山だ。


「ソウタ様、これは……」


「俺たちが休んでる間に色々あったみたいですね。というか、現在進行中ですけど……」


「そうなんです! もう大忙しなんですよ!」


 ユニが思い出したように大声を出した。


「お2人が休むようになってから学園中で事件が起き始めて……それで僕たち、朝から晩まで働き通しで、でも帰ってきたら依頼箱がまたパンパンになってて……必死に何とかしようとしたんですけど、それでも仕事はどんどん増えていくんです!」


「ユニ、まずは落ち着きなさい。従者たるもの(あるじ)を不安にさせるような態度は慎むべしと教えたでしょう?」


「あっ……すみません、つい」


 先輩に叱咤(しった)されたユニがはたと我に返る。

 深呼吸ののち、しかし困り果てたような表情で、


「だけど、これからどうすればいいんでしょう? こんなに大量の依頼、僕たちだけじゃとても(さば)き切れませんよ」


「手当たり次第に片付けようとするから混乱してしまうのですよ。まずは依頼の内容を一つ一つ整理して、それから優先度を決めていきましょう」


 やはり先輩はメイド学科の屋台骨だ。この人の言葉一つで、絶望感すら漂っていた場の空気があっという間に和らいでいく。

 落ち着きを取り戻したユニとポピー先生を加えたメイド学科一同は、さっそく依頼書に目を通すことにした。

 数は……明らかに100以上はありそうだが、ここで焦っても仕方が無い。全員で手分けして、依頼を緊急性の高いものと低いものを選り分けていく。


「洗濯、洗濯、お部屋の掃除代行……心苦しいですが、ご本人様でもできるような仕事は後回しにするしかありませんね。ユニ、そちらはどうですか?」


「こっちはリラ先生の依頼ですね。至急って書いてます」


「内容は?」


「重要な会合に参加するので、今夜までに一張羅(いっちょうら)のドレスをクリーニングしてほしいそうです。……どうします?」


「……努力はしましょう。ですが念のため、代わりの服をレンタルしておくようにと伝えてください。レンタル料は後ほどこちらで立て替えます」


 先輩はかなり思案した末に、かろうじてそう言った。世に並ぶ者無しのメイド神といえど、これだけの依頼をたった1日で処理することは難しいようだ。

 状況の深刻さを再認識した俺たちは、さらに気を引き締めながら作業を進める。


「ええっと……なになに、『ゴボウだけで作れる美味しい料理のレシピを教えてください』……何だこれ? まあいいや後回しで」


「あらまあ、こっちの依頼は錬金学科からよ。爆散した建物の……除……何かしら? 字が小さくてよく見えないわね……」


「文脈的には瓦礫の除去かと思われますが……ポピー様、もう少し読み進めてくださいますか?」


「そうは言ってもねえ、こんな砂粒みたいにちっちゃな文字じゃ何も分からないわよ。免責事項……とか、防護服……みたいな言葉が並んでいるような気はするんだけど」


「それは保留でいいです。というか絶対に行っちゃ駄目なやつです」


「あっ、こっちはホントに大事件ですよソウタさん! 魔物使い(テイマー)学科の厩舎(きゅうしゃ)からガルムが逃げ出したみたいです! 大事になる前に大至急捕まえてほしいって!」


「ええっ!?」


「急いで探しましょう! 早くしないと食べられちゃいますよ!」


「食べられちゃう……って、生徒が? ガルムが?」


「ガルムに決まってるじゃないですか!」


「そっかあ……」


 クリシュカの魔物は総じて人を食べるが、冒険学部の敷地内において食物連鎖の法則は逆転する。冒険学部生(やつら)はいつだって新鮮な肉に飢えているのだ。


「とにかく人命優先……じゃなくて犬命優先ですから、僕は先にガルムを探してきます!」


 大慌てで外に出ていこうとするユニ。

 彼がドアノブに手をかけるのと同時、向こう側からドアが開けられた。

 そこにいたのはギルドの親父だ。親父は俺の姿を見とめるや否や、ユニを押しのけるようにして入ってきた。


「おう坊主、ようやく帰ってきやがったか。復帰早々悪いんだが、また一つ頼まれちゃくれねえか?」


「申し訳ないんですけど、今はちょっと立て込んでて……」


「まあそう邪険にするなって。こっちはかれこれ3日も先方を待たせてるんだ。今日こそはお前を連れて行かないと俺の立つ瀬が無え」


「そう言われても……」


 いつになく強引な親父をどう追い返したものか迷っていると、今度は外からサイレンのような叫び声が聞こえてきた。

 このやかましい声は……レナ先輩?


「ソウちゃーん! ミッチー! アタシ今めっちゃくちゃヤバい感じなんだけど、できればちょっとだけ手を貸してくれないかなー、なんて……駄目?」


「駄目な感じでーす!」


「そこを何とか! このとーり! お返しにギャラは弾むからさ、ねっ、ねっ?」


「ギャラの問題じゃありません! こっちだってめっちゃくちゃヤバい感じなんです!」


 ギャアギャアと親父の肩越しに怒鳴りあっていると、背後からガラスの割れる音がした。

 また来客だ。窓を破ってセイレンが突入してきたのだ。この人たちはどうしていつもいつも何かを破壊するんだろう?

 セイレンは俺のウンザリした表情を一切気に留めることなく、がばっと俺の肩をつかむと、


「大変ですソウタさん! 師範が!」


「やめてくれ……それ以上は聞きたくない……」


 そうこうしている間にも、メイド学科に次々と人が集まってくる。

 見知った顔もいれば、初めて見る顔もいる。しかし、その誰もが一様にメイド学科の助けを求めていた。

 めいめいが好き勝手にわめき合い、状況はどこまでも混迷を深めていく。

 メイド学科全体がお祭り騒ぎのような熱狂に包まれる中、先輩だけがいつもと変わらぬ微笑を浮かべていた。

 その姿は優雅にして貞淑。自信に満ちた眼差しで、つむぐ言葉は主のために。


委細承知(いさいしょうち)いたしました。メイド学科に万事お任せを」




ようこそメイド学科へ 完



ここまでお読みいただきありがとうございました。

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