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第37話 メイドさん、お世話される

 翌朝、俺は再びミスティア先輩の部屋を訪れていた。


「熱は……37度2分。一晩でだいぶ下がりましたね」


 朝食の際に先輩の体温を測ると、微熱程度にまで落ち着いていた。昨日は本当にどうなることかと思ったが、ひとまず峠は越えたようだ。

 もっとも、この世界の体温計は原始的な水銀式なので、ある程度の誤差は織り込んで考えた方がいい。つまり、まだ油断は禁物ということだ。


「体の調子はどうですか? 頭痛や吐き気は?」


「少し、体が重いですが……それ以外は特に問題ありません」


 先輩は最後の一口を食べ終えると、スプーンで器の底をかき混ぜながら言った。少なくとも食欲は完全に復活しているらしい。

 俺は空の器を笑顔で受け取りながら、


「それは何よりです。顔色も良くなってきたし、早ければ明後日には復帰できそうですね」


「ありがとうございます。これもソウタ様の看病のおかげです」


「言うほど何もしてませんけどね。ご飯を作って部屋の換気をしただけです」


「ですが、こうして足しげく様子を見に来てくださいますから」


「これもれっきとした依頼ですからね。依頼されたからには全力を尽くすのがメイド学科です」


 俺がそう言うと、先輩は急に口をとがらせ、


「……では、ユニの依頼が無ければ来るつもりは無かったと?」


「いや、その辺は色々と難しいじゃないですか。無理やり押しかけたらかえって迷惑になるかもしれないし……」


「わたくしがソウタ様を迷惑に思うことなどございません!」


「はいはい、分かりましたから落ち着いてください。興奮するとまたぶり返しますよ」


 ちょっと元気になったと思ったらすぐこれだ。相も変わらず扱いの難しい人である。

 恨めしげな様子の先輩をひとしきりなだめた後、俺はふと思いついたことを口にした。


「そうだ、この後ピオネールの町まで食材を買いに行くんですけど、ついでに買ってきてほしいものとか無いですか?」


 さすがに何日も部屋から出られないとなると、色々と不足する物も出てくるはずだ。特に女性は何かと入り用だと聞くし、念のために聞いておいた方がいいだろう。

 先輩は俺の言葉を思いのほか真剣に捉えたようで、指折り数えてむむむとうなった後、勢い良く顔を上げた。


「でしたら、裁縫用の糸をいくつかお願いいたします。それと銀食器が破損しておりましたので、ドワーフの鍛冶師様に修理を依頼しておいて欲しいのです。あっ、後は雑巾を作るためのボロ布を何枚か、ええと具体的に申しますと、北門付近の市場に青い看板の古着屋がございまして」


「それ全部仕事関係のやつじゃないですか! こういうものが食べたいとか、ティッシュが足りないとか、そういう意味で言ったんですよ!」


「ですが、一度でも気にしてしまうと落ち着かなくて……」


 血の気の引いた顔で両手を震わせる先輩。駄目だ、この人は骨の髄までメイドに汚染されている。

 こうなった先輩はもう他人の話を聞かないので(まあ普段から聞かないのだが)俺は仕方なしに彼女の要望を聞き入れることにした。


「それじゃあ行ってきます。帰りは昼過ぎになると思うので、お昼ご飯は机の上に置いてるやつを食べてください」


「かしこまりました。道中お気をつけていってらっしゃいませ」


 穏やかな微笑で俺を送り出す先輩。

 ベッドの上で控えめに手を振る姿はまさに深窓の令嬢という感じだった。そんなことを言うとまたへそを曲げるので黙っておいたが。

 銀食器の入った箱をがちゃがちゃと言わせながら、寮の廊下を歩いていく。玄関まで来たところで、同じく寮を出るところだったユニと鉢合(はちあ)わせた。


「あっ、ソウタさん! ミスティア先輩の様子はどうでしたか?」


 ユニはこちらの姿に気付くや否や、ぴょんと跳ねるようにこちらを向いた。


「ただの風邪だってさ。まだ熱はあるみたいだけど、(せき)も出てないし、じきに良くなると思う」


「そうなんですか、良かった……。実は僕、昨日も気が気じゃなかったんですよ」


「だったらユニもお見舞いに来れば良かったのに」


「そうしたいのは山々なんですけど……今はちょっと立て込んでて」


「もしかして、何かあったのか?」


 その口調に不吉なものを感じ取った俺は、気遣うような視線をユニに向けた。

 ユニは場の雰囲気を和らげるように笑うと、


「大したことじゃないんですけど……今のメイド学科は僕とポピー先生だけなので、どうしてもメイド学科を留守にする時間が増えてしまうんです。だから、依頼に来てくれた方に無駄足を踏ませてしまうことになって……」


「なら、そっちに戻ろうか?」


「大丈夫ですよ。それに、もう対策は考えてあるんです」


 ユニは大きな手提げカバンを掲げると、中からブリキの箱を取り出した。

 赤いペンキに覆われた小さな箱だ。前面には細長い穴が空いており、上部にはカギ付きのフタが見えた。


「これは……依頼用のポスト?」


「ええ。これを扉の前に置いておけば、僕たちが留守の間にも依頼を受け取ることができるでしょう?」


 見たところユニが自作したもののようだ。造りは簡素だが、クオリティは市販されているものとそう変わらない。

 俺が興味深げに箱を見つめていると、ユニは思い出したように、


「と、そろそろ行かないと。とにかくそういうことなので、僕たちのことは気にしなくても大丈夫ですから!」


「了解。そっちも無理しないように」


「ありがとうございます。でも、多少無理するくらいがちょうどいいんですよ」


 ニヒルに笑うと、ユニは慌ただしい様子で飛び出していった。よくよく見れば若干のヤケクソ感が漂っている、ような。


「本当に大丈夫なんだろうか……」


 しっかり者のユニが体調管理を怠るようなことは無いと思うが、先輩の例もある。今度はユニが倒れるなんてことになったらそれこそシャレにならないぞ。

 俺は一抹の不安を抱えつつ、ピオネールの町へと足を向けた。



 先輩の頼み事を片付けた俺は、せっかくだからということでお土産を買って帰ることにした。

 時刻は正午を過ぎたばかり。適当な出店で昼食を済ませると、雑貨や食品を扱う店が立ち並ぶ通りを歩いていく。

 ピオネールの町は流通の拠点だ。市場には各地から集められた様々な品が揃っており、中には外国からの輸入品も多い。いくつもの店を冷やかしながら、先輩の喜びそうなものを探していく。


「まずは花を買って、次は……やっぱり食べ物が一番無難かな。って言っても、あんまり重い物は食べられないよな……」


 独り言をつぶやきながら、青果店や洋菓子店の付近をフラフラと行き来する俺。自分用の買い物は即断即決できるのだが、他人に渡すとなると急に優柔不断になるのが俺という人間なのだ。

 半時間ほど挙動不審な動きを続けた末、俺は最終的にプリンを買うことにした。

 詳しい理由は不明だが、俺の家では風邪を引く=プリンを食べるという図式ができあがっているのだ。根拠は無いが、おそらく異世界においてもプリンは病人の朋友となり得るに違いない。


「すみません、プリンを……とりあえず2つください」


 ユニたちの分も買うべきか迷ったが、あの様子だと当分はメイド学科に帰ってこない可能性もある。

 俺は店先で商品を受け取ると、代金を払うために──

 ──財布が無い。

 ヒヤリとした感覚が全身を襲う。他のポケットを探ってみるが、やはり何の手ごたえも返ってこなかった。

 呆然と立ち尽くす俺に店員が不審の目を向け始めた時、


「坊や、探し物はこいつかい?」


 喉を震わせるような笑い声に振り向くと、パンツルックで背の高い女性が立っていた。

 スマートないでたちに、ジャケットを飾るクマちゃんボタン。彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、俺の財布をひらひらと見せびらかしていた。

 この人に財布をスられるのは2度目だが、今度ばかりは俺の完敗だった。


「エクレールさん! どうしてこんなところに?」


「それはもちろん、あんたに借りを返すためさ。……と言いたいところだけど、運に恵まれただけだよ。傭兵は運が良くないとやっていけないからね」


 言いつつ財布を放り投げるエクレールさん。カウンターの上に落ちたそれを店員が素早く回収し、きっちり代金だけを抜き取って返却した。

 俺は戻ってきた相棒を抱きしめるようにつかむと、ポケットの奥深くに押し込みながらエクレールさんに向き直った。


「しばらくぶりです。元気そうで良かった」


「そう言うあんたはずいぶんボケっとしてたじゃないか。春の陽気にやられちまったのかい?」


「……そんなに気が抜けてるように見えましたか?」


「財布が愛想尽かして逃げ出す程度にはね」


 小馬鹿にするように息を吹きかけるエクレールさん。俺は思わず顔をしかめ、


「油断してたことは認めますよ。先輩のことで頭がいっぱいで、周りを見ている余裕が無かったんです」


「そりゃあ何とも色気のある話だね。ますます興味が湧いてきた」


 嫌らしく笑うエクレールさんに対して、俺は呆れたように、


「そういう話じゃありませんよ。先輩が風邪を引いたってだけです」


「ミスティアが?」


 にわかに顔の険を深めるエクレールさん。


「それは良くない兆しだね。こりゃ、私らもしばらくは大人しくしておいた方が良さそうだ」


「いや、星占いじゃないんですから……」


「似たようなものさ。あの子が風邪引くなんて、ほうき星が落っこちるより珍しいことだろう?」


 まるで天変地異の前触れみたいな扱いだった。大真面目に警戒を強めるエクレールさんを見ていると、何だか俺まで歴史的な瞬間に立ち会っているような気がしてきた。


「それで、今は見舞いの品を見繕ってるってわけかい。どれどれ……」


 物珍しそうに荷物袋を覗き込むエクレールさん。


「仕事道具……はいいとして、花は、まあ定番だね。それと、さっき買ったのはプリンかい。へえ、ミスティアも意外と子供っぽいものが好きなんだね」


「先輩の好物かどうかは知りませんよ。無難なものを選んだだけなので」


「女に贈るプレゼントを適当に選ぶと後悔するよ。フォレ最後の王朝は痴情のもつれが原因で滅びたってもっぱらの噂だからね」


「脅かさないでくださいよ」


「善意の忠告だよ。こういう小さな事の積み重ねがボウガンの狙いを誤らせるのさ」


 この人が部下に恐れられている理由が何となく理解できた。女とはげに恐ろしき生き物である。


「はあ……俺だって、できることなら先輩が好きなものをプレゼントしてあげたいですよ。だけど、それが分からないんだから仕方ないじゃないですか」


 言い訳がましくつぶやくと、エクレールさんはポカンとした顔をしていた。


「分からないって……何も昨日今日知り合った仲じゃないだろう? 何とぼけたことを言ってるんだい」


「先輩はあんまり自分を出さない人なんですよ。いや、目立ちたがりではあるんですけど、自分なりの個性をアピールするような性格じゃないっていうか」


 もう1年以上の付き合いになるが、俺が知っているのは先輩の表層的な部分だけだ。

 そりゃあ色々と仲は深まってきたとは思うが、あの人の好き嫌いだとかファッションセンスみたいなプライベート情報は未だにさっぱりだ。俺が目にしているのはいつだってメイドという属性ありきの姿なのだから。

 さりとて、"メイドではない先輩"という概念がすでに矛盾をはらんでいる気がするので中々難しいところだ。


「ははあ、要するにあんたはメイドとしてのミスティアしか知らないってことかい」


 得心がいったという感じのエクレールさん。俺は強くうなずき、


「そうなんです。先輩は四六時中メイド服を着てあっちこっち駆けずり回ってるから、傍から見てるとずっと仕事モードを維持してるように見えるんです」


「見るからに仕事が生きがいみたいな顔してるからねえ。まあ、オンとオフの区別がはっきりしてないって意味では私らもそう変わらない──」


 不意に言葉を止め、憮然(ぶぜん)とした表情で口を閉じた。

 それから少し言い辛そうに、


「……ソウタ。あんた、早めに帰った方がいいかもしれないよ」


「え? どうしてですか?」


「行けば分かる。あの子もあの子で不器用ってことさ」


「?」


 まだ理解の及ばない俺の肩を気安く叩くと、エクレールさんは(きびす)を返した。


「ま、これも男の甲斐性ってやつだね。せいぜい頑張って手懐(てなず)けてみな」


 意味深な言葉を残したエクレールさんが喧騒の中に消えていく。

 俺はその後ろ姿を無言で見送った後、


「……帰るか」


 彼女の忠告に従うことにした。

 いまいち意味が分からなかったが、エクレールさんがくだらない嘘をつくとは思えない。それに、何だか無性に胸騒ぎもする。

 心中のざわめきに突き動かされた俺は、心持ち急ぎ足で帰路についた。



 ……で。

 結論から言うと、エクレールさんの懸念は当たっていた。


「──はぁ!? ちょっと、こんなところで何してるんですか先輩!?」


 寮に帰ってきた俺が見たものは、寝間着姿で廊下の掃き掃除をする先輩の姿だった。

 先輩はつまみ食いの瞬間を見られた子供のようなごまかし笑いで、


「え~、これは、ですね? 先ほどお手洗いに参ろうとしたところ、偶然廊下が汚れていることに気付きまして……」


「そんなの他の人に任せればいいじゃないですか!」


「ですが、汚れを前に背中を見せるはメイドの恥と申しますので」


「メイドは休業中でしょう! こんなことをしてまた熱が上がったらどうするんですか!」


「先ほど測りましたが熱は下がっておりました!」


「治り始めが一番危険なんですよ!」


 なおも言いすがる先輩をにらみつけながら、俺は己の認識が甘かったことを痛感していた。

 この人はもう駄目だ。メイドとしてあまりにも長く在りすぎたせいで、仕事と見るや体が勝手に動いてしまうのだ。

 もはやこうなってしまった以上、どれほどきつく叱ったとて意味は無いだろう。種族:メイドである先輩がメイドの本能にあらがえるはずが無いのだから。

 となれば、俺にできることは一つだ。


「……もう我慢なりません。今後は24時間体制で先輩を監視させてもらいます」


「24時間!? と……ということはつまり、わたくしの部屋で寝泊まりするということですか!?」


「何か問題でも?」


「問題だらけです! そのようなことをすればソウタ様に風邪をうつしてしまうかもしれません!」


「格闘学科仕込みの頑丈さを舐めないでください。こちとら巨人に殴られたってへっちゃらなんですよ」


 実際はそれほどへっちゃらでもないが、ここは見栄を張ってでも先輩を安心させておくべきだろう。

 なお、セイレンを殴った場合は逆に巨人の腕が粉々になる。


「先に言っておきますけど、反論は受け付けませんよ。こうなったらベッドに縛り付けてでも休んでもらいますから覚悟してください」


「あぁっ……やはりソウタ様は倒錯的な趣味がおありでしたのね……」


「茶化しても無駄ですよ。たとえ変態扱いされても今日は止まりません」


「こっ、今夜は寝かせないおつもりですか!?」


「むしろ寝ろって言ってるんですよ!」


 俺は盛大にため息をつくと、勝手に妄想を膨らませていく先輩を引きずっていった。



 その夜。俺は事前に用意した丸椅子に座りながら、退屈そうな顔でベッドに横たわる先輩を観察していた。


「……暇でございます」


 ぶーたれながら天井を見つめる先輩。俺は突き放すような口調で、


「病気ってのはそういうもんです。長引かせたくなかったら大人しく寝ててください」


「ですが、もう一日中こうしております。これ以上眠れません」


「我慢してください」


 観念したように目を閉じる先輩。

 数分後、その目がまたも開かれ、


「……暇でございます」


 そして最初に戻る。俺たちはかれこれ1時間以上、このループ現象に囚われていた。

 現在時刻は午後9時。夜はまだ始まったばかりだが、しこたま寝溜めした先輩の目はぎらぎらと冴え渡っている。この調子だと日付が変わる頃になっても暇だ暇だと連呼し続けていることだろう。

 いったいあと何時間このやりとりを続ければいいのかと陰鬱な気分に浸っていると、先輩が唐突に高い声を出した。


「あの、でしたら何かお話でもしてくださいませんか?」


「話? どんな話が聞きたいんですか?」


「トロールのいびきは歌姫の沈黙に勝ると申します。この地獄のような時間を紛らわせることさえできれば、どのようなお話でも構いません」


「人に物を頼む時のセリフじゃないんだよなぁ……」


 とはいえ、今回のループはいつもと違う展開だった。俺は固着していた思考を徐々に慣らしつつ、


「いざ話せと言われるとかえって難しいですね。何を話せばいいんだか」


 料理でもそうだが、「何でもいい」が一番困る。せめてある程度の方向性を伝えてくれないと作る側の悩みは深まるばかりなのだ。

 先輩もそこは理解していたのだろう。考え込む俺を見てくすりと笑うと、


「でしたら、ソウタ様について教えていただけませんか?」


「俺ですか? 今さら語るようなことも無いと思いますけど」


「そのようなことはございません。わたくしはソウタ様の過去についてあまり知りませんので」


「……そういえば、思い出話なんてたまにしかしませんでしたね」


 話したくないわけではないが、これまでは単純に自分語りをするタイミングに恵まれなかったのだ。

 恥ずかしいから、というのも理由のひとつだが……この際それは内緒にしておこう。


「ソウタ様は地球(あちら)でどのように過ごされていたのですか? やはり異世界の生活様式はクリシュカとはかけ離れているのでしょうか?」


 期待に満ちあふれた目でこちらを見る先輩。おそらく彼女の中では摩訶不思議な世界でドキドキワクワクの冒険活劇を繰り広げる俺の姿がイメージされているのだろう。

 俺はどう答えるべきか一瞬悩んだ後、ありのままを伝えて少女の夢を壊すことにした。


「がっかりさせて申し訳ないんですけど、魔物がいない点を除けばそんなに変わりませんよ。マジックアイテムが電化製品に置き換わっただけです」


「ですが、そちらの技術はこの世界よりも遥かに進んでいるのでしょう? 洗濯や掃除を行うマジックアイテムのせいでメイドが絶滅の危機に瀕していると聞きました」


「それは間違った情報ですね……」


 ゆゆしき問題だとでも言いたげに眉をひそめる先輩。どうやら昔何の気なしに言った発言が曲解されてしまったようだ。

 掃除機や洗濯機の存在を知って驚く異世界人は多そうだが、対抗心を燃やす人はたぶんこの人だけだ。同じメイド学科でもユニやポピー先生は普通にうらやましがっていた。


「確かに便利なものはたくさんありますけど、人の手でやらなきゃいけないことはまだまだ多いんですよ」


「例えば?」


「洗濯物を畳んだり、拭き掃除をしたりですね。料理だってそうです。火加減の調節なんかは楽ですけど、基本的には人間の技術と経験に依存してます」


 先輩はふむふむとうなずきながら、


「ソウタ様に初めてお洗濯をお任せした時、殿方にしてはやけに物覚えがいいように感じておりましたが……そういうことでございましたか」


「男が家事に疎いのはこっちも同じですけどね。俺は小さい頃から家の手伝いばかりしてたので、たまたまそういう作業に慣れてたんです」


「ふふ、親孝行なさっていたのですね」


「うーん、親孝行とはちょっと違うかな? 俺としては点数稼ぎのつもりだったんですよ」


 俺はわずかに目をそらし、


「その……うちはあんまり本音を言い合えるような家庭じゃなかったから、両親が何を考えてるのかイマイチ分からなかったんですよ。だから、手っ取り早く褒めてもらうために家事を頑張ってたんです」


「それがソウタ様なりのご両親との向き合い方だったのですか?」


「子供じみたやり方ですけどね」


 おそらく当時の俺は不安だったのだろう。

 両親が俺のことを愛しているという自信が持てず、彼らの本音をそれとなく探るような行為を繰り返していた。

 今考えると実に馬鹿なことをしていたと思う。

 そんなに回りくどい手段を取る暇があったら、面と向かって自分の気持ちを打ち明ければ良かったのだ。そうすれば簡単に「好き」という答えを得ることができたはずだ。

 誰かに想いを伝える方法なんて、それくらい単純で良かったのだ。


(……もしかして、先輩も不安だったのか?)


 俺はこの数日間に渡る先輩の行動を思い返していた。

 突然体を壊したせいで、ろくに心の準備もできないまま"メイドではない自分"と向き合うことを余儀なくされて。

 ぽっかりと空いた時間をどう過ごせばいいのか分からず、自分の存在意義を揺るがすような焦燥感に一人耐え続けていたのだとしたら。

 そんな彼女に、俺がかけるべき言葉は。


「はい、今日のお話はここまで。次回をお楽しみに」


 俺が話を打ち切ると、先輩はまだまだ食い足りないといった風に、


「もっとお話ししてくださいませ。まだ最初の山場にすらたどりついておりません」


「素人の与太話にストーリー性を求められても困ります。ほら、いい子だからもう寝なさい」


「子供扱いなさらないでくださいませ。わたくしの方が年上ですのに……」


「いちいち細かい人だなぁ。じゃあ今だけ年下ってことで」


「えっ……? お、おにいちゃんはそういうシチュエーションが好きなの?」


「いきなりアクセルを全開にしないでください。またおかしくなったのかと思ったじゃないですか」


「また!?」


「あーもう、いいからおとなしく言うことを聞いてください!」


 布団を無理矢理かぶせると、不満たらたらの先輩をまっすぐに見つめた。

 わずかな苦笑と嘆息を経てつむいだ言葉は、


「大丈夫ですよ。俺はずっと先輩のそばにいますから」


 俺の想いが先輩の心に届いたのかは分からない。

 先輩はただゆっくりと表情を緩め、


「……信じてもよろしいのですか?」


 俺は一拍の間を置いて、


「……トイレに行くのはセーフですよね?」


「寛大な心で許しましょう」


 女王様然とした口調で答えると、先輩は静かに目を閉じた。

 彼女が穏やかな寝息を立て始めるまでの間、俺は片時もその場を離れることはなかった。



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