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第35話 メイ探偵の種明かし

 共用スペースに関係者を集めた俺は、彼らの周りをゆっくりと歩きながら話し始めた。


「この基地を調査していた時、ずっと妙な感覚が付きまとっていたんです。ここは何かがおかしい。なのに、その違和感を具体的に説明することができない。今までに感じたことのない、不思議な感覚でした。……だけど、その正体がようやく分かったんです」


 俺はあたりをぐるりと見回しながら、


「一見すると、ここには生活に必要な全てのものが揃っているように見えます。食べ物があり、水があり、暖かな寝床があり、清潔さも保たれている。でも、逆に言うとそれだけなんです」


 にらむような視線の先には殺風景な壁が見えていた。そう、それ以外には何も無かった。

 こんなにオシャレな壁紙が貼られているのだから、色鮮やかなタペストリーや絵画なんかが一緒に飾られていてもおかしくないのに。


「ここには生活に不必要なもの、娯楽や趣味に関するものが何一つ存在しないんです。チェス盤も無ければトランプも無い。ちょっとした小物も。書籍に至っては仕事用の教本しか見当たりませんでした。こんなに味気ない生活じゃストレスが溜まるのも当然ですよ」


 意識の落とし穴というやつだ。

 間違い探しゲームにおいて最も難しいのは「本来あるべき物が無い」という異変を発見することだという。

 人間はプラスの変化に対して優れた洞察力を発揮する一方、マイナスの変化には非常に鈍感だ。そのうえ、消えた何かは必ずしも生存に直結するものではないと来た。


「しかし、娯楽一つでそこまで変わるものか? それこそ美味い食事や十分な睡眠でも心労は取れるだろうに」


 俺の説明を聞いたビカールさんはしかし、釈然としない様子でうなっていた。


「普通の場所で普通の仕事をしてる分にはそれでも構いません。だけどここはダンジョンの中で、彼らは軍人なんです」


 前哨(ぜんしょう)基地の建設はクリシュカ政府にとって初めての試みだった。それゆえ、彼らは地上と地下という環境の違いを思いのほか軽視してしまったのだ。


「ダンジョンは逃げ場の無い閉鎖空間であり、危険に満ちあふれた魔物の世界です。どんなに基地の守りを固めても、そこに住む人はここが戦場の真っただ中であるという意識から逃れることはできません。だけど、人間は四六時中緊張感を保っていられるほど強い生き物じゃない。心の安定を保つためには、戦場をいっとき忘れさせてくれる癒しが必要だったんです」


 俺はビカールさんがメイド学科に来た時のことを思い出していた。

 あの時のビカールさんは常在戦場という言葉を口にして、俺たちのもてなしを拒否しようとした。

 これほどプロ意識の高い人間が隊長を務めているのだから、その部下も含めた第3特務部隊全体に極めてストイックな組織風土が醸成されていることは想像に難くない。言い換えれば、息抜きの下手な人間ばかりということだ。


「娯楽は数ある答えの一つに過ぎません。必要なのは非日常に傾いた兵士たちの心を日常に立ち返らせてくれる何かなんです。それは小鳥のさえずりでもいいし、美しい夕日でもいい。……ただ、そういったものをダンジョンの中で見つけることは難しいと思います。だから、地上にいた時以上に意識して癒しを求める必要があったんです」


 身も蓋もないことを言うと、不真面目な隊員が漫画でも持ち込んでいたらその時点で終わっていた話なのだ。

 しかし、彼らはどこまでも真剣な気持ちでこの任務に臨んでいた。

 加えて、地下という限られたスペースを圧迫しないように、余計な私物はできる限り持ち込まないようにしていたはずだ。それがかえって仕事の能率を下げることになるとも知らず。


「……盲点でございました。メイド学科の一員として、ダンジョンの見えざる脅威については知り尽くしたと思っていたのですが」


 歯噛みするような面持ちの先輩に、俺は苦笑を返した。


「こればっかりは仕方ないですよ。メイド学科のノウハウはクリシュカの冒険者用に最適化されてますから」


「最適化、でございますか?」


「だって、少人数で動く冒険者がダンジョンに拠点を設けて何か月も探索を続けるなんて絶対に無理じゃないですか。やろうとしても人手が全然足りないし、物資もすぐに無くなります。だから俺たちは、日常の慢性的なストレスじゃなくて、恐怖や痛みによって引き起こされる一時的なストレスだけを気に掛けていれば良かったんです」


 先輩は呆けたような顔で俺の言葉を嚙み締めた後、


「でしたら、ラオフー様のヒントにはいったいどのような意味が込められていたのですか? なぜ、同じメイド学科の中でそれに気付く者と気付かない者がいたのでしょう?」


「ああ、それは気晴らしが必要な人とそうでない人の差ですよ」


「……あっ」


 先輩はすぐにピンときたようだ。俺は軽くうなずきを返すと、


「仮に……俺たちがこの基地で暮らすようになったとしたら、ワーカホリックの先輩はみんなのお世話をするために休みなく働き続けるでしょう。修行マニアのセイレンも、睡眠以外の全ての時間を自己鍛錬に費やすはずです。だけど俺とユニは普通の人間だから、必ずどこかのタイミングで息抜きをしようとする。その時になって気付くんです。『あれ?ここには暇を潰せるようなものが何も無いぞ』って」


 なまじ有能であるがゆえに、とでも言うべきだろうか。

 奉仕に無上の喜びを見出す先輩と、スポーツ感覚で魔物との戦いを楽しめるセイレン。仕事と趣味が完全に一致している2人が気晴らしに興味を示すようになるのは、目の前の仕事が一つ残らず片付いた後だ。

 そして、この前哨基地において彼女たちの仕事が無くなる日はおそらく永遠に来ない。


「しかし……だとしたらなぜ、それほど重要な事実を誰も把握していなかったのだ? 前哨基地を建設する際に軍の内部文書にも目を通したが、娯楽の重要性などどこにも記載されていなかったぞ。これは何者かの陰謀か? それともクリシュカ軍が無知だったのか?」


 ちょうど今から言おうとしていたことをビカールさんが指摘してくれた。俺はにやりと笑うと、


「それこそがこの問題を難しくしている原因だったんです」


「何だと? どういうことだ?」


 俺はその問いには答えず、逆にこちらから質問した。


「ビカールさんはクリシュカにいくつの軍事拠点があるのか知ってますか?」


「当然だ。一つ一つ数え上げることもできる」


「じゃあ、その中で"人里から離れた場所にある軍事拠点"はいくつありますか?」


 ビカールさんはしばらく無反応だったが、突如として顔を上げると、


「この前哨基地だけだ! それ以外の拠点は例外なく町や村と隣接している! ははっ、そういうことか!」


「ええっと、どういうことなのか説明していただいてもよろしいでしょうかっ」


 いまいち話についていけないのか、遠慮がちに声を出すセイレン。ビカールさんはまくしたてるような口調で、


「初めてダンジョンが発見された頃、クリシュカ軍は数多くの基地や砦を所有していた。しかし魔物だらけのクリシュカにおいて人間の住める場所は限られている。人々は軍の庇護を求めて砦に詰めかけ、軍は彼らを城壁の内側に迎え入れる。難民の規模が大きくなるにつれて城壁は拡張され、避難所に過ぎなかった場所は町へと発展していく。当然、町である以上は娯楽施設も存在するだろう。ゆえに全ての軍事拠点はおのずから"娯楽"と"日常"を内包しているのだ!」


「そう。わざわざお金を掛けて環境を整備する必要が無いから、自然とクリシュカ軍のマニュアルから消えていっただけなんです。たぶん、他の国の軍事マニュアルにはちゃんと書いてあると思いますよ」


 そうですよね?と言いつつ、俺はラオフー先生に顔を向ける。すると先生は感慨深げな首肯(しゅこう)で応えてくれた。


劉国(りゅうこく)では雀卓(じゃんたく)紙牌(チーパイ)の無い砦など存在せん。若い頃は上官の目を盗んでは賭け麻雀に興じたものよ」


「ギャンブルは論外ですけど……とにかく、クリシュカという国は軍隊が町と共にある状況に慣れきっていました。だからこそ、こういう見落としが発生してしまったんです」


 チェスと同じだ。環境が変われば有効な戦術も変わる。クリシュカの定石がダンジョンの中でも通用するとは限らないのだ。

 とはいえ、今からでも十分逆転することはできる。打ち方を変えればいいだけの話だ。


「さて、ここからはわたくしの出番でございますね」


 タイミングを見計らったかのように先輩が躍り出た。この人、またおいしいところだけかすめ取っていくつもりだな……。

 だが、今回ばかりは許そう。

 何せこれまでさんざんな扱いを受けてきたのだ。最後くらい先輩に活躍の機会を与えてもバチは当たらないだろう。

 俺の内心を知ってか知らずか、先輩はこちらにぱちりとウインクを投げると、


「では改めまして──このメイド学科に万事お任せくださいませ。皆々様が真に心穏やかな生活を送れるよう、全力で仕事に当たらせていただきます」


 こうして、メイド学科の指導の下、前哨基地の改装計画が始まった。

 まずは娯楽だ。ボードゲームやパズル、知恵の輪といった定番の物に加えて、スポーツ用品を購入することにした。基地の玄関ホールはかなり広いので、キャッチボール程度なら出入りに支障をきたさないだろうと判断してのことだ。

 戦術教本ばかりだった本棚には様々な書籍を追加した。音楽隊の出身者が何人かいるということで、楽譜に加えていくつかの楽器も置くことになった。こういう環境下において、音楽のもたらす力は意外と馬鹿にできない。

 次は癒しに関わる物だ。公共スペースに観葉植物やぬいぐるみを置き、風呂には入浴剤を入れることにした。欲を言えばペットなんかも飼えればいいのだが、さすがにそれは難しいか。

 そして、ラオフー先生がごまかしていた"性別"に関係するアレコレ……つまりそういう、エッチなやつも気晴らしといえば気晴らしである。

 とはいえ水商売のお姉さんを雇ってくださいなんて言ったらビカールさんと女性隊員に殺されるので、これについては黙っておいた。まあ、そのうち誰かがエロ本でも持ってくるだろう。

 それからの数日間、俺たちは町と前哨基地を何度も行ったり来たりしながら、様々な準備を進めていき……

 そして。





「皆の者、ついにこの時が来た!」


 ビカールさんの勇ましい声が等活回廊(とうかつかいろう)にこだまする。


「敵はますます勢いを増し、今やこの等活回廊を覆い尽くさんとしている。なれど、この程度で臆病風に吹かれているようではクリシュカを救うことなど夢のまた夢!」


 彼らの眼前、見渡す限りの地面にはおびただしい数のミノタウロスが並んでいる。

 隊列を密に組み、威嚇するように(ひづめ)を鳴らすミノタウロス。殺気に満ちたうなり声が幾重にも重なり、呪言のようなおどろおどろしい響きを生み出していた。

 しかし、特務部隊の面々にもはやそのような脅しは通用しない。彼らは静かな闘志を胸に秘め、各々の武器を構えることで戦う意思を示した。

 隊員たちの揺るがぬ覚悟にビカールさんは大きくうなずき、


「総員、突撃! この戦いを見事制し、打倒ダンジョンの一里塚とせよ!」


 (とき)の声が轟くと同時、両軍は激突した。

 高速で振るわれた剣の残影が、弓の風切る音が、神術の輝き、魔術のほとばしりが。

 多種多様な音と光が戦場に氾濫(はんらん)し、それら全てが荒れ狂う嵐となって敵をなぎ倒していく。

 それは一方的な戦いだった。


「これが第三特務部隊の真の実力、ってわけか。とんでもないな……」


 もう加勢なんて必要無い。セイレンは早くも観戦に回り、ラオフー先生はのんきに酒を飲み始めている。

 2000を越えるミノタウロスの大軍勢はフライパンの上に乗ったバターみたいな勢いですり潰され、わずかに残った者たちもほうほうのていで逃げ出していった。

 そして、瞬く間に戦闘が終結した後。

 悠然とした足取りで帰ってきたビカールさんは、俺たちに向かって片手を挙げると、そこで大きく息を吸い、


「メイド学科よ! まことあっぱれな働きぶりであった!!」






 ──以上をメイド学科の活動報告として提出する


 神聖歴1522年4月30日

 ソウタ=マツユキ

 ミスティア=ファルクーレ


 【担当者から一言】

 ご苦労様。これでメイド学科の面目も保たれるでしょう。

 大きな仕事も片付いたことだし、メイド学科のみんなでゲーム大会を開くのも悪くないわね。

 うん、私? もちろん参加しないわよ。

 勝負事を一番効率よく楽しむ秘訣はね、観客に徹することなのよ。今回みたいに、ね。


 メイド学科担当教師 ポピー=ハミルトン



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