第34話 メイドさん、敗北を知る
「俺とユニは分かるけど、セイレンや先輩には分からないもの……?」
満を持してお出しされたヒントはまったくもって意味不明なものだった。
日頃から小難しい話ばかりするラオフー先生だが、今回のそれはいつにも増して漠然としていた。まるで禅問答だ。
「……見当もつかない。たぶん、何かの基準を表してるとは思うんだけど」
観察力? インスピレーション? それとも何かの知識?
ぱっと思いついたものを手当たり次第に当てはめていくが、どれもしっくりこない。
助けを求めるように他の面々を見やるが、彼らも謎めいた言葉に翻弄されているようだった。
「なあ、ユニはどう思う?」
「僕にもさっぱり分かりません。僕とソウタさんはともかく、ミスティア先輩とセイレンさんに共通点なんてあるんでしょうか? 性別くらいしか思い浮かびませんよ」
「性別、性別ねえ……」
ユニの言葉を反芻しつつ、半目でラオフー先生を見る。
「まさかとは思いますけど、下ネタ絡みの話じゃないですよね?」
「ばばばば馬鹿を言うでないっ! そんなわけが無かろうがっ!」
「確認しただけですよ。そこまで焦らなくてもいいじゃないですか」
ラオフー先生はすねたように顔を背け、
「ふむ……いやしかし、当たらずとも遠からずか……?」
「え!?」
「ち、違うっ! 今の話は忘れよ! よいな!」
……若干不穏な気配を感じたが、出題者が忘れろと言っているのだからたぶん関係無いのだろう。ひとまずきわどい話は除外だ。
「セイレンは?」
「はい! 私は"分からない組"なので皆さんにお任せしたいと思います!」
「そ、そうか……」
一切の憂いなくギブアップを宣言するセイレン。これほどいい笑顔で物事を投げ出した者がいまだかつて存在しただろうか。
「己の限界を超えろと口癖のようにおっしゃっていた師範がそれでも無理だと判断されたんです。でしたら、私はその言葉を信じるしかありません」
「信頼の応え方が間違ってるような……」
どのみち頭脳労働が苦手なセイレンに多くを期待することは難しいだろう。
となれば、後は先輩だけが頼みの綱だが……
「はぁ……。このところ、わたくしは虚仮にされてばかりのような気がいたします」
セイレンと同じく"分からない組"に押し込まれた先輩は憤懣やる方無いといった様子だった。
ビカールさんに飯炊き女呼ばわりされてからほんの数日後にこれだ。先輩の怒りゲージはいつになく上昇しており、今なら奥義だって撃てそうな気配だった。
「ですが、下馬評を覆すのもまた一興かと存じます。ラオフー様がそこまでおっしゃるのなら、メイドの底力を存分に見せて差し上げましょう」
「ずいぶん燃えてますけど、先輩はヒントの意味が分かったんですか?」
「いいえ。ですが、主の予想を裏切り期待を裏切らないのがメイドの鉄則にございます。そもそも、わたくしどもはまだ前哨基地の門前にすらたどりついていないのです。勝負を投げるのは時期尚早かと」
ため息一つで笑みへと転じ、
「ソウタ様もラオフー様のお言葉にあまり惑わされませんように。わたくしどもが立ち向かうべきは曖昧模糊としたヒントではなく、呪いそのものなのですから」
たしかにそうだ。自分からヒントを要求しておいて何だが、こんなわけの分からないものをお出しされるくらいなら最初から何も聞かない方がマシだったような気がする。
ひとまずヒントのことは忘れよう。先輩の言う通り、現地に到着しないことには何も始まらない。全ての情報が出揃ってから、じっくり腰を据えて考えればいいのだ。
それに……こう言うとビカールさんに怒られそうだが、ぶっちゃけミノタウロスのことは気にしなくていいと思う。
俺たちだけならともかく、ここにはラオフー先生とセイレンがいるのだ。
クリシュカ屈指の実力者である彼らがいれば、たとえ等活回廊を埋め尽くすほどのミノタウロスが来たとしても余裕で勝てる。というか、この2人ですら勝てないような魔物がわんさか出てきたら、クリシュカどころか世界がヤバい。
そんなわけで、俺は当初よりもいくぶん気楽な気持ちでこの依頼に向き合っていた。
方針を固めた俺たちは、ビカールさん率いる特務部隊の面々にうなずきを返す。彼らはすでに出発の準備を終え、俺たちが来るのを待っていた。
「話はまとまったようだな。では、各員整列! これより前哨基地に帰還する!」
ビカールさんの掛け声のもと、俺たちは等活回廊の奥へと進んでいった。
*
前哨基地は縦穴エリアから少し外側に位置する袋小路に隠されていた。
土壁に偽装した垂れ幕をくぐり、石造りの仕掛け扉を開ける。そのまま10歩も進めば、基地の玄関ホールが見えてくる。
ダンジョンの地層をくり抜いて作られたいくつもの空間と、それらを繋ぐ細長い廊下。幾何学的な箱型の小部屋がずらりと並ぶ様は、昔テレビで見たエジプトの墳墓をほうふつとさせた。
もっとも、この場所に墓穴のような陰鬱さは全く感じられない。シックな光を放つ魔術式の照明が複数設置されているおかげで、玄関ホールはオフィスのような清潔感に満たされていた。
ただ、それとは対照的に隊員たちの表情は優れなかった。軍人としての緊張感を保っているというよりは、どこか神経質になっているような印象を感じた。
落ち着かない様子で体を揺らす門衛の脇を抜け、俺たちは基地の中に入っていった。
「意外と広いですね。もっと閉塞感のある場所をイメージしてました」
俺が素直な感想を漏らすと、ビカールさんは自慢げに鼻をかいた。
「ここは人を最初に迎える場所なのでな。あまり窮屈だと帰ってきた隊員たちが息苦しい思いをするだろうと考えたのだ」
「正しい判断かと存じます。ですが、このようなダンジョンの奥地にどうやって作業員を連れてきたのですか?」
「いいや、これらはみな我々自身の手によるものだ。隊員の中には地質学や建築に明るい者も多いゆえ、作業を進めるのはさほど難しいことではなかった」
「芸達者だなぁ……」
専門家のチェックが入っているのであれば、おそらく間取りに問題は無いだろう。
見取り図を確認してみたが、取り立てて変わったところは見つけられなかった。それ以外のことは実際に自分の目で確認してみるしかない。
大人数であちこち歩き回っても仕方ないので、俺たちは一旦パーティーを解散して別行動を取ることにした。
ユニはアルヴィンさんの世話をするために医務室へ。セイレンは鍛錬がてら、外の見回りに参加するのだという。ラオフー先生は隊員たちに稽古を付けると言い残して練兵場に入っていった。
練兵場から漏れ聞こえてくる打撃音と悲鳴をバックに、俺、先輩、ビカールさんの3人は本格的な調査を開始した。
初めに訪れたのは共用スペースだ。
クリーム色の壁紙とカーペットに覆われた、温かみのある空間。広さも明るさも申し分無い。
整理整頓も行き届いており、棚の上には果物やお菓子といった食べ物の他、筋トレ用の器具と軍事教本が置かれていた。
一段高いスペースに並んでいるのは何かのトロフィーだろうか。どこかで見たような形だが……何であれ今回の件とは直接関係無いだろう。
「ここは問題無さそうですね。むしろ冒険学部の談話室より快適かもしれません」
「照明も明るすぎず暗すぎず、人がリラックスできるちょうどいい按配に保たれております。設計者はよほど住環境に気を遣われていたのでしょう」
「当然であろう。この基地はクリシュカが誇る技術の粋を集めて作られたものなのだぞ」
部屋の隅々まで見て回ったが、おかしな物は特になかった。住人に不便さを強いるような構造的欠陥も無ければ、呪いのお札や魔法陣が隠されている形跡も無い。
少々物が少ないような気もするが、ごく一般的な、どこにでもあるようなおくつろきスペースといった感じで──
(……あれ?)
わずかな違和感が頭をよぎる。
が、具体的に何かと聞かれると、言葉に詰まってしまう。
もう一度周囲を見回してみるが、妙なものは見当たらなかった。
(気のせいか……?)
分からない。だが、そもそも疑問を感じた理由すら分からないので、俺はこの違和感を頭の隅に追いやることにした。
続いて向かったのは水回りの施設……風呂、トイレ、調理場だ。特にトイレは衛生的に重要な地位を占めているので、重点的に調査する必要があった。
風呂は銭湯のような大浴場だった。入浴時間ではないのでお湯は抜かれていたが、浴槽の底は汚れも無く綺麗なものだ。
「水はどうやって確保してるんですか?」
「地下水脈から配管を通して水道を確保している。際限なく使えるわけではないが、最低でも週に4日は入浴できるよう心掛けている」
「うーん……できれば毎日がいいけど、それくらいの頻度ならぎりぎり不潔にはならないかな」
ついでに水道を見せてもらったが、蛇口をひねると濁りや異臭なども無い透き通った水が流れてきた。
次はトイレだ。事前に汲み取り式と聞いていたのでそれなりに覚悟していたのだが、ドアを開けた時の感想は「無臭」だった。
「ここ、本当にトイレなんですか? 全然臭くないし、穴の中に入ってるのも排泄物じゃなくてただの土にしか見えないんですけど」
「大地の自浄作用を促進するマジックアイテムのおかげだ。ダンジョンは閉鎖空間ゆえ、有毒ガスが発生すれば命にかかわるからな」
「あっ、あのっ! 差し支えなければどちらの業者から買い入れたのか教えていただけませんかっ!?」
デリケートな問題を解決する救世主の登場に色めき立つ先輩。
食い気味に詰め寄られたビカールさんは気圧されたような顔で、
「それは構わんが……個人で購入できるような価格ではないぞ? 維持費も馬鹿にならんしな」
「そんなに高いんですか?」
「この基地で最も金が掛かっている部分と言っても過言ではない」
「でしたら! お金を! 貯めます!」
「無茶言わないでください」
しつこい先輩を引きずりながら調理場へと向かう。
ここも清潔だった。生ごみはきちんと処理されているし、害虫も沸いていない。
ならば、肝心の料理はどうだろうか。
医食同源という言葉もある。どんなに高価な食材を使っていても、栄養のバランスが偏っていては意味が無い。ビタミンが一種類不足しただけで重病に侵されることさえあるのだ。
俺が献立表を片手にちまちまと計算をしている間、先輩は給食担当に頼んでいくつかの料理を作ってもらっていた。献立だけでは分からない味や盛り付けを確認するためだ。
「概算ですけど、栄養価はほぼ完璧です。こういうのは政府全体で共通のマニュアルを整備してるんでしょうね」
「その通りだ。おそらく別の基地でもほぼ同じメニューが採用されているだろう」
「献立のバリエーションはそこそこ豊富だし、甘いものも適度に食べられる。たまにだけどお酒も飲める。となると、後は味だけど……」
言いつつ、横目で先輩を見やる。
先輩は小動物のように口を動かしながら、真面目な顔で料理をつついていた。
沈黙がしばらく続いた後、先輩は気取った動きで口元を拭き、
「念のためレシピを拝見させていただけますか? それと調理の様子も。ええもちろん他意はございませんわたくしは純粋に皆様のためを想って」
「先輩!? 調査にかこつけて技術を盗むのはまずいですよ!」
水回りもクリア。次は隊員の寝室だ。
上官であるビカールさん以外は全員相部屋となっているが、申請があれば何日か個室を使うこともできるのだという。プライバシーに対する配慮の一環なのだろう。
で、部屋の内装だが……これも特に変わったところは無かった。窓が無い点を除けばごく普通の、それもちょっとお高めのマンションの一室といった雰囲気だった。
ただ……何か、何か分からないが、ここも違和感があった。
机、椅子、ベッド、筆記用具、クローゼット、カレンダー、個人用のカップに保温ポット、訓練用の木剣、壁掛け時計、鏡台、歯ブラシ……
部屋にあるものを一つ一つ書き出してみるが、特にこれといって思い当たる点は無かった。
どうにも煮え切らない感じだ。俺は後ろ髪引かれる思いを胸に抱えたまま、次の場所へと向かった。
その後も俺たちは色々なところを回った。
医務室。練兵場。執務室。会議室。倉庫。そして廊下の隅々に至るまで。
全ての場所を調べたが、俺たちが期待するようなものは何も無かった。
「基地自体に問題が無いってことは、生活サイクルが不規則とか? いやでも、軍隊ならそういうところはキッチリ管理してるよな……」
「ここはダンジョンですから、魔物の生み出す騒音が皆様に害を与えているのかもしれません」
「でも、ここからじゃ外の音なんてほとんど聞こえませんよ。それよりエアフローはどうですか? 空気が薄くなると睡眠が浅くなるって話を聞いたことがあるような」
いよいよもって行き詰まりを感じ始めた俺たちは、とにかく思いつく限りの要素をしらみつぶしに調べていくことにした。
そして、数時間が経過し。
ああでもないこうでもないと議論を重ね、知恵を絞りに絞り尽くした結果。
「うふっ……うふふふふ……。わたくしは……わたくしはどうせ役立たずの駄メイドでございます……」
メイド学科、まさかの黒星。
壁に向かってぶつぶつと話し続ける先輩を介抱した後、俺たちは布団に入っておとなしく明日の朝を待つことにした。
不貞寝とも言う。ちくしょう。
*
その夜。ふかふかの毛布から顔だけを出した俺は、力尽きたような表情で天井を見つめていた。
「悔しいな。あれだけ頑張ったのに解決の糸口さえつかめないなんて」
口をとがらせ、煙突のようにため息を立ち昇らせていく。豆電球よろしくあたりを照らす魔石ランプがやけにまぶしく見えた。
あれから色々と考えてみたが、呪いの正体は一向に謎のままだ。
ストレスが関係しているのは間違いないはずだが、そのストレスを生み出している原因が見つからない。
飯は美味い。風呂にも入れる。部屋も広い。換気も十分。部下と上司の信頼関係も良好。たぶん給料も多い。
軍隊はブラック体質などとよく言われるが、これほど好条件が揃っていれば不満なんてほとんど感じないと思うのだが。
「……何か忘れてることがあるかもしれない。もう一度、先輩と話し合ってみようかな」
どのみち疑問を抱えたままでは眠る気にもなれない。だったらギリギリまであがいてみるのも悪くないだろう。
体をごろんと横に向け、先輩の姿を探す。
俺たちが寝ているのは共用スペースにあるソファの上だ。
ビカールさんは空いている個室を使ってもいいと言ってくれたが、先輩の様子がいつも以上にアレだったので全員が一緒にいられるこの場所を選ぶことにしたのだ。
その先輩はというと……あれ? いない。
先輩が寝ていたはずのソファはもぬけの殻になっていた。
不審に思った俺が身を起こした時、部屋の端で白い何かがさっと動くのが見えた。
「……!?」
すぐさま振り向き、それの姿を視界に収める。
暗闇の中にぼうっと浮かび上がったそれは、音も無くこちらに近づいてくると、
「がおー」
「……先輩、何してるんですか」
白い毛布をかぶったそれは、俺の言葉に一瞬だけ動きを止めると、
「がおー」
「リトライされても困るんですけど……」
「はーっ、ソウタ様は小指の先ほどの遊び心も持ち合わせていらっしゃらないのですね。こういった時は嘘でも驚いた表情を見せるのが最低限のエチケットでございますのに」
「いや、一応驚きはしましたよ。駄メイド先輩がついに幼児退行したのか、って」
「そういう驚き方は期待しておりません!」
「わがままな人だなぁ」
体をずらしてスペースを空けると、先輩は猫のようにもぐり込んできた。
2人で1つの毛布をかぶり、小さな声で会話を続ける。
「それはともかく、意外と元気そうで安心しました」
俺が笑みを向けると、先輩はすまし顔で、
「己の未熟さを悔やんだところで意味はありませんから。ここは潔く敗北を受け入れ、成長の糧とさせていただきます」
「さっきはあんなにふさぎ込んでたのに切り替えが早いですね。……もしかして、ああやって大げさに落ち込むことが先輩流のメンタル調整術なんですか?」
「さあ……あまり意識したことはございません。挫折を味わったことがほとんどありませんので」
偉ぶりもせずに言う先輩。いかにも天才肌という感じの回答だった。
俺が感服するように息を吐いていると、先輩はわずかに顔を寄せ、
「それに……今は慰めてくださる方がいらっしゃいますから、失敗を恐ろしいとは思いません」
どこか甘えるような声色。俺はくったりと脱力した先輩を優しく支えながら、
「まあ、先輩みたいな人はほどほどに打ちのめされた方がいいような気もしますけどね」
「なぜでございますか!?」
「いやだって……先輩って放っておくとすぐ調子に乗るから」
「ソウタ様の鬼畜!」
「ちょっ、大声で暴れないでください! 今何時だと思ってるんですか!」
毛布の中でドタバタと揉み合っていると、向かいのソファでもぞもぞと動く影が見えた。どうやらユニを起こしてしまったらしい。
寝ぼけ眼をこすりつつ、ぬぼーっとした顔であたりを見回すユニ。まだ状況を把握できていない彼は、よたよたとした歩みでこちらに来ると、
「もう、うるさいなあ……ゴキブリでも出たんですか……?」
「がおー」
「うわあっ! お化けが出た!?」
「あぁ~まさにこのリアクションを求めておりました! ユニは本当にいい子ですね♥」
「この人、狂ってる……」
だらしない顔でよだれを垂らす先輩にドン引きしていると、今度はビカールさんがものすごい形相で飛び込んできた。
「どうした! 何があった!?」
室内照明が一斉に点灯し、見るに堪えない馬鹿騒ぎが白日の下にさらされる。そのままの姿勢で動きを止める俺たち。
ビカールさんはばつの悪そうな顔で黙り込む俺たちを見ると、複雑な表情で嘆息した。
「まったく……肝が冷えたぞ。貴殿らまで呪いの餌食になったのかと思ったではないか」
「驚かせてすみません……。でも、俺たちは今日ここに来たばかりだし、ストレスなんてほとんど感じてませんよ」
「そうは言うが、まだストレスが原因と決まったわけではなかろう。魔術的な干渉という線も捨てきれん」
「ビカール様はやけに外部からの干渉説を推しておられますが……何かお心当たりでもあるのですか?」
先輩がたずねると、ビカールさんはどこか悔しげに首を振った。
「そうではないが……自分はただ、認めたくないだけなのだ」
「認めたくない、っていうのは?」
「……ラオフー殿は呪いの存在を否定された。であれば、もはや我々の弱さに責を求める他に無かろう?」
「部下が未熟だったからすぐにへこたれたんじゃないかって言いたいんですか? その考え方はちょっと極端すぎるような……」
「わたくしもそう思います。どれほど優秀な方でも環境が合わなければ十全に力を発揮することはできません」
「そう言ってくれるのはありがたいが……世間の人々が彼らにどういった評価を下すのかと考えると、な」
視線を周囲に移すビカールさん。
使い古されたダンベルに、いくつもの付箋が貼られた戦術書。
隊員たちの努力の痕跡でもあるそれらに触れると、ビカールさんは静かに目を閉じた。
「隊長である自分は彼らの努力を誰よりも近くで見てきたのだ。だからこそ、このような事で彼らが臆病者扱いされることは我慢ならん。……だが、この問題が長く続けば、陛下とて彼らの処遇を考えざるを得なくなるであろう」
そうはならない、と言いかけて、俺は思わず口を閉じた。
真相がどうあれ、傍から見れば特務部隊の士気が落ちていることは確かなのだ。それに対して苦言を呈する人がいないとは言い切れない。
思い返せば、ビカールさんはこの問題について異常なまでに情報を出し渋っていた。あの時は融通の利かない人だとしか思わなかったが、あれは妙な噂が流れることで隊員たちに批判の目が向くことを避けようとしていたのだろう。
ビカールさんは思いをはせるように沈黙していたが、やがて顔を上げると、今度は部屋の奥にあるトロフィーに目を向けた。
「見よ、これは去年の軍事競技会で勝ち取った優勝トロフィーだ。クリシュカ中の猛者が一堂に集まる中、彼らは第1、第2部隊の優勝候補すら押さえていくつもの種目を総なめにしたのだ」
「これほど多くのトロフィーを1つの大会で獲得したのですか!? とてつもない快挙と存じます」
「うむ。貴殿らには情けない姿を見せてしまったが、彼らの真の実力は決してあのようなものではない。この部隊を率いる隊長として、それだけは言っておきたかったのだ」
その競技会とかいうのはよく知らないが、有識者っぽい先輩が驚いているのだからきっとすごいことなのだろう。
少しだけ自慢げなビカールさんをよそに、感心したような面持ちでトロフィー群を鑑賞する俺たち。それは金ぴかの柱のような形状をしており、それぞれの先端は馬や城壁、王冠を思わせる形をしていた。
そのシルエットに見覚えのあるものを感じた俺は、自然と声を上げていた。
「……あれ? これってもしかして、チェスの駒を模してるんですか?」
口にしてから改めて気付いた。ナイト、ルーク、それにキング。端の方にはポーンもある。さすがに全種類ではないが、もう少し増えればそのままチェスができそうだ。
「まさか、全種目制覇すると駒が揃う……とか?」
半信半疑でそう言うと、ビカールさんは小粋に口角を上げた。
「半端に揃ってしまうと据わりが悪かろう? ゆえに、一つでも手に入れた者は全て揃えるまでは研鑽を怠ることができぬという仕組みだ。陛下も面白いことを考えるものよ」
ビール瓶より大きなポーンのトロフィーをつかみ取り、冗談めかして前に進めるビカールさん。それを見たユニが笑みを漏らした。
「やっぱりビカールさんがやると様になりますね。実を言うと、最初に見た時はこれでチェスをしながら筋肉を鍛えてるのかなって思ってました」
「いや、いくらビカールさんでもチェスは普通の駒でするだろ……」
「それはそうなんですけど、普通のチェスが見当たらなかったからつい勘違いしちゃって──」
……あ。
「それだっ!」
その瞬間、俺の中で全てが繋がった。
ところどころで感じた違和感の正体。ラオフー先生が提示したヒントの意味。
特務部隊の人たちが今まで気付かなかったのも当然だ。こんなもの、彼らには逆立ちしたって分かるはずがない。
そして同時に、俺やラオフー先生に分からないはずがない。
なぜならこれは、クリシュカという特殊な土地ならではの問題だったのだから。
全員が何事かといった様子で見つめる中、俺は確信に満ちた声で、
「──娯楽だ!」




