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第33話 メイドさんは呪われてしまった!

 秘密のトンネルからダンジョンに忍び込んだ俺たちは、直径1kmはあろうかという巨大な縦穴を覗き込んでいた。

 縦穴はどこまでも深く、はるか下には全てを飲み込む漆黒の奈落が口を開けている。吹き上げる風が汽笛のように鳴り響く様は、まるで巨大な怪物がうなり声を上げているかのようだ。

 奈落の周囲にはらせん状の通路が幾重にも巻き付いており、ネジの溝さながらに穴の底まで続いているのだが……底まで行って帰ってきた者はいない。

 理由は単純。魔物の数が多すぎるからだ。

 前にも言ったが、全てのダンジョンは地下で一つに繋がっている。そして、俺たちが今いる場所はクリシュカのちょうど真ん中だ。ここまで言えば分かるだろう。

 そう、ここはダンジョンと呼ばれる巨大地下空間の中心部。最も多くのダンジョンと隣接し、最も多くの魔物が生息する危険地帯なのだ。

 名を"等活回廊(とうかつかいろう)"。クリシュカ全土から集まった魔物たちが四六時中縄張り争いを続けているため、このような名前が付いたのだという。


「冒険者を志す貴殿らには今さら言うまでもないことだが……ダンジョンの完全制覇を目指す我々人類にとって、等活回廊の戦略的重要性は非常に大きいものだ」


 崖淵にその身をさらし、下層にひしめく魔物たちをにらみつけるビカールさん。


「等活回廊はダンジョンの中枢に位置する交通の要衝である。ゆえにこの場所を制圧することができれば、各地のダンジョンに巣食う魔物どもを分断し、その後背(こうはい)を押さえることが可能となるのだ」


 ダンジョンにいる魔物をいくら倒しても、地下のネットワークを通じて別の場所から魔物が補充されてしまう。それこそがダンジョンの攻略を難しくしている原因であり、等活回廊が重要視されている理由でもある。

 ならば等活回廊という大動脈を寸断することで、魔物という名の血流を詰まらせてしまえばいい。……というのがクリシュカ政府の考えらしい。

 とんでもない力業だが、これくらい大胆な作戦でもなければ八方ふさがりの現状を打開することはできないのだろう。

 膠着(こうちゃく)した盤面をひっくり返す起死回生の一手。その先鋒を担うのが前哨(ぜんしょう)基地であり、ビカールさん率いる第3特務部隊なのだ。


「つまり、一つ一つのダンジョンを孤立させて各個撃破するための下準備ってことですか。……いや、むしろ魔物の往来をうまく管理して潰し合わせたい? そう考えると戦略の幅が一気に広がりそうですね」


「うむ、ソウタ殿は慧眼(けいがん)であるな。初めて顔を合わせた時はなまっちろい青瓢箪(あおびょうたん)めと酷く落胆したものだが、なかなかどうしてエカテリーナ殿の秘蔵っ子と言われるだけのことはある」


「秘蔵っ子……? いったい誰がそんなことを?」


「エカテリーナ殿ご自身だが」


「あの人の言うことを真に受けちゃ駄目ですよ。真面目そうな顔してますけど実際は身内びいきの(かたまり)みたいな人なので……」


 先輩もそうだが、俺の周りにいる人たちはとかく話を盛ろうとする傾向が強い。もう少し情報の大切さというものを理解してほしいと思う。

 さておき、こんなに目立つ場所でいつまでも話し込んでいるわけにもいかない。俺たちは縦穴から一旦離れ、外縁部に位置する細道に沿って下層へと降りていく。


「等活回廊の制圧が目的とおっしゃいましたが、もしや特務部隊だけでそれを成し遂げるおつもりですか? クリシュカ有数の精鋭部隊とはいえ、ダンジョンの規模を考えれば少々荷が勝ちすぎるように思いますが……」


 ビカールさんの話にうなずきながらも、わずかな懸念を(にじ)ませるミスティア先輩。

 それを受けたビカールさんは機敏に首を振り、


「前哨基地は前座に過ぎぬ。ここを足掛かりにして正規軍の作戦を支援し、等活回廊の各所に複数の拠点を設けるのが最終目的となる。堅牢堅固なダンジョンを打ち崩すために穿(うが)たれた第一の(くさび)……それこそが我ら特務部隊なのだ」


「まさに反撃の狼煙(のろし)って感じですね。なんだか僕もワクワクしてきました」


 興奮気味に腕を振るうユニ。ますます気を良くしたビカールさんは軽快に舌を滑らせていく。


「それだけではないぞ。前哨基地の運用が軌道に乗れば、さらに多くの人員を受け入れられるようになる。ゆくゆくは一般の冒険者にも基地を開放し、ダンジョン下層域を探索する際の中継点とする予定だ。我らの活躍がクリシュカの未来に一筋の光明をもたらす。これほど名誉なことは無かろうて!」


「たしかに実現すればとても喜ばしいことと存じますが……現在の進捗(しんちょく)状況はいかほどでございましょう?」


 先輩の冷静な一言が盛り上がりにストップをかけた。

 火が消えたように意気消沈するビカールさん。彼は苦々しげに息をつくと、うなるように言葉を絞り出した。


「……まこと恥ずかしいことに、ようやく第一歩を踏み出したばかりだ。いや、その一歩目で早くもつまずいたと言うべきか」


「それが"重大な問題"ってやつですか」


 ビカールさんは答えなかったが、それが彼を悩ませている元凶であることは明らかだった。


「結局何が起きてるんですか? わざわざメイド学科(おれたち)に依頼するってことは、魔物の妨害とか物資不足みたいな話じゃないんですよね?」


「それが……我々にも見当がつかぬのだ」


「分からないって……それこそ意味が分からないんですけど」


 実際に良からぬことが起きているから何とかしたいのだろうに、それすら分からないとはこれいかに。


「先に申し上げた通り、問題は発生している。しかしそれが何らかの外的要因によるものなのか判断がつかぬのだ。認めたくはないが、我らの練度不足に過ぎない可能性もある」


「ここまで来て謎かけはよしてくださいよ。もっと具体的に説明してくれないと」


「ううむ……」


 ビカールさんは露骨に言い辛そうにしていた。何を隠しているのか知らないが、ここまで渋られると逆に聞くのが怖くなってくる。

 もしかしてセンシティブな話題とか? もしそうだとすれば、無理に聞き出すとめちゃくちゃ気まずくなりそうだ。

 妙な雰囲気に飲まれて尻込みする俺を見かねたのか、代わって先輩が口を開いた。


「ビカール様。所属は違えど、わたくしどもは皆この国のために戦う同志にございます。互いに手を取り合うことをためらう必要などございません」


「無論、それは自分も理解している、のだが……」


「でしたら遠慮は無用かと存じます。むしろ、こうした問答に時間を費やすことこそ厳に慎まれるべきかと」


 非の打ちどころのない正論を突き付けられ、ぐっと黙り込むビカールさん。

 だが、その口が再度開かれるまでそう時間はかからなかった。


「実は──」


 そうしてビカールさんが話を切り出した、まさにその時だった。


「うわあああああああああっ!」


 突如として聞こえてきた悲鳴に、全員が身を強張らせる。

 血に飢えた魔物の叫び声ではない。知性を持った何者かが助けを求める声だ。


「ちいっ、またか!?」


 舌打ちと同時、いの一番に駆け出したのはビカールさんだ。その横顔には焦りだけでなく、何らかの確信めいたものが浮かんでいる。

 「また」というセリフが気になったが、今は行くしかない。俺は先輩に目だけで合図を送ると、地面を派手に蹴り抜くことでビカールさんに追いついた。

 悲鳴の出所は俺たちの前方、縦穴に近い四つ辻の奥からだ。あくまで移動を優先しつつ、ビカールさんと短い言葉を交わす。


「今の声に心当たりがあるんですか?」


「おそらく自分の部下だ。名はアルヴィン。偵察班の班長を務めている」


「となると、偵察中に魔物に襲われたってことですか」


「事の始まりはそうであろう。だが、アルヴィンはその程度のことで取り乱すような男ではない……はずだ」


「はず、って……?」


 そこまで言った時、曲がり角の向こうからまた物音が聞こえてきた。

 複数の足音と破壊の音。そして野太いいななき。旗色は極めて悪そうだが、少なくともアルヴィンさんはまだ生きているようだ。


「アルヴィン! 無事かっ!」


 現場に駆け付けた俺たちが見たものは、大人の2倍はありそうな牛頭の怪人たち。そして壁際に追い詰められた一人の男だ。

 男の方はアルヴィンさんで間違いないだろう。装備は軽装だがデザインはビカールさんとよく似ているし、魔物が化けているような気配も無い。

 牛頭の方は初めて見る魔物だが、魔物学の授業で名前だけは聞いたことがあった。


「ミノタウロスめ、とうとうこの上層までたどり着いたか!」


 ビカールさんは奴らを見るなり剣を抜き、力強い足取りで加速。

 敵軍に肉薄し、先頭の一体に俊足を乗せた一撃を見舞った。

 見るも鮮やかな剣筋。断ち切られた上半身が宙を舞い、獣毛に覆われた下半身が崩れ落ちていく。

 が、その後隙を狙うべく、複数のミノタウロスが動き出していた。

 手にした得物は重厚にして長大な斧槍……ハルバードだ。柄の根本から穂先まで、全てがくろがね色の金属で構成されている。

 近くにいた3体が呼吸を合わせ、ビカールさんの脳天めがけて各々の武器を振り下ろした。


「ぐぬうっ──!」


 長剣を横に構え、支えるような姿勢で攻撃を受け止めるビカールさん。三重の衝撃が刀身をきしませ、足元の地面がわずかに陥没する。

 魔物たちは人の子の軟弱さをあざ笑うように鼻を鳴らすと、武器を持つ手に力を込めていく。自慢の怪力でこのまま押し切ろうというのだろう。

 その様子を目にしたビカールさんは、苦渋の顔を笑みに変え、


「愚か者が。力だけでクリシュカが落とせると思うな!」


 言った瞬間、剣を持つ手に強烈な光が生まれた。

 光は弾けるような高音と共に刀身を這い回る。それはすぐさまハルバードへと伝染していき──所持者たちに襲い掛かった。

 雷の魔術だ。

 爆発のごとき放電によって、3体のミノタウロスは見る間に焼き尽くされた。

 残ったのは炭の塊だ。炭化した死体が彫像のように絶命の瞬間を留め、自重によって少しずつ砕けていく。

 ……が、その工程を待つことなく、3つの炭が背後から破壊された。

 それを成したのはハルバードだ。後方に控えていたミノタウロスの集団が、味方の死体越しに武器を投擲(とうてき)したのだ。


「悪知恵の回る……!」


 ビカールさんの判断は早かった。バク転一つで距離を取り、回避と同時に魔術を発動。いくつもの火球を立て続けに発射して反撃に転じる。

 しかし敵もさるもの。怒号を合図に散開陣形へと移行し、容易に狙いを絞らせない。雷の魔術を警戒しているのか、遠巻きの包囲を保ちつつその辺にある岩を次々と投げつけてくる。

 まるで軍隊だ。一体一体の戦闘力はトロールとさほど変わらないが、一糸乱れぬ連携はミノタウロスの脅威度を爆発的に高めていた。

 もっとも、一番恐ろしいのはそんな奴らをたった一人で圧倒するビカールさんなわけだが……。


「助太刀は……必要無さそうだな。だったら今のうちにアルヴィンさんを……」


 俺だって、ただのほほんとバトル解説に(いそ)しんでいるわけではない。ビカールさんが敵の気を引いているスキにアルヴィンさんを助けようと頑張っているのだ。


(アルヴィンさん、チャンスです! 早く逃げてください!)


 目立たないように壁際を進み、奥の方にいるアルヴィンさんに向けて手招きをした。

 しかしアルヴィンさんは動かない。彼はその場に尻もちをついたまま、幼子のようにガタガタと体を震わせるだけだ。

 見れば、彼の武器であるサーベルはまだ腰の(さや)に収まっていた。というか、戦っていた形跡すら無い。

 まさか、この人はずっと逃げていたのか? 反撃もせずに? なぜ?

 そもそも特務部隊はエリート部隊という触れ込みだったはずだ。なのに、目の前にいるアルヴィンさんは魔物を前に情けなく腰を抜かしている。偵察兵ということを考慮しても、豪胆さが形を成したようなビカールさんの部下とは思えない反応だった。

 何か妙な感じだ。ひょっとすると、これがビカールさんの言っていた問題なのだろうか?

 真相は不明だが、ひとまず状況は落ち着きつつあった。

 すでに大勢は決した。ビカールさんの猛攻によってミノタウロスは次々と倒れていき、もはや敵は残すところあと1体となっていた。


「手心など期待するな。我が部下を痛めつけた罪は血によって(あがな)うことしかできん!」


 獅子のごとき気迫に飲まれ、怯えたように後ずさるミノタウロス。

 が、その動きが不意に停止し、牛の頭がぎりりと後ろを向いた。


「──いかん!」


 ビカールさんが慌ててとどめを刺そうとするが、あちらの方が一手早かった。

 ミノタウロスはハルバードを投げてビカールさんを牽制すると、(ひづめ)を踏み込み全速力で逃げていく。

 不穏に光る眼差しの先には、地べたの上でうずくまるアルヴィンさんの姿が。

 その時、俺の頭の中には一つの言葉が浮かんでいた。


「まさか、人質……!?」


 魔物がそんなことをするのか? と一瞬思ったが、ありえない話ではない。

 相手はただの獣と違って、武器を操り戦術を理解する知能を持っているのだ。言葉を理解しているようには見えないが、それすらもこちらを油断させるための演技かもしれない。

 どちらにしても、これは非常に危険な展開だ。ミノタウロスはアルヴィンさんのすぐ近くまで迫っており、今から追いかけても間に合いそうにない。


「ひっ……!」


 アルヴィンさんが恐怖に頭を抱え、ミノタウロスの剛腕が彼に向かって伸ばされた、まさにその時だった。


「等活回廊とはよく言ったものよ。地獄帰りの畜生どもがおるわおるわ」


 あくびのように間延びした一言が聞こえたかと思うと、ミノタウロスの横っ面に裏拳が叩き込まれた。

 重々しい壊音が響き渡り、頭部を砕かれたミノタウロスが通路の果てまで転がっていく。

 その様子を見届けた後、男は両手をかくような動きで決めポーズを取った。


「己が身可愛さに人質を取るなど、もののふの風上にも置けぬ奴よ。その腐りきった性根、今一度閻魔に叩き直してもらうのだな!」


 この大時代的な語り口。燃えるような色合いのカンフースーツ。そしてデタラメな強さ。クリシュカ広しといえど、これほど特徴的な人物は2人といまい。

 彼こそは紛れもなく、


「ラオフー先生!」


「うむ、久しいなソウタ。そなたも壮健そうで何よりである」


 そう言うと、ラオフー先生はこちらに向かってわずかに頭を下げた。

 先生がなぜこんな場所にいるのかは知らないが、とにかく助かった。俺はうなずきを返して感謝を伝えると、アルヴィンさんのもとに駆け寄っていった。


「アルヴィン、ケガは無いか?」


「隊長……」


 ビカールさんはアルヴィンさんの前に(ひざ)をつくと、気遣わしげに視線を合わせた。


「あれしきの手勢に追い詰められるなど、お前らしくもない。自分がいない間に何があった?」


 アルヴィンさんはひきつけを起こしたように息を荒げていたが、やがて声を震わせ、


「隊長の指示通り、ミノタウロスの拠点を見張っていました。ですが、奴らに気付かれて……」


「部下はどこに行った?」


「散り散りになって逃げたので、よく分かりません。ですが、俺を追ってきたのは少数だったので、この数なら倒せると思って、戦おうとして、なのに……」


 そこまで言うと、アルヴィンさんはぼろぼろと涙を流し始めた。


「……アルヴィン?」


 ぎょっとした顔で硬直するビカールさん。アルヴィンさんはしゃくり上げるように、


「だ、駄目だったんです。体が動かないんです。頭の中がぐちゃぐちゃになって、足が震えて、急に、自分を制御できなくなったみたいで……!」


「お、落ち着け! 特務部隊の隊員ともあろう者が涙など見せるな!」


「申し訳ありません……申し訳ありません……! こんな、部隊の名に泥を塗るような……俺、自分が情けなくて……!」


 人目もはばからず大泣きするアルヴィンさんを見て、ビカールさんは明らかに狼狽(ろうばい)していた。その様子を見れば、これが普段通りのアルヴィンさんでないことは容易に理解できた。

 間違いなく何かが起きている。だが、原因を推理するのは後回しだ。

 このダンジョンにいる魔物はミノタウロスだけではないのだ。まずはどうにかしてアルヴィンさんを大人しくさせないと、他の魔物がどんどん集まってきて手が付けられなくなる。


「というわけで先輩、お願いします」


「あら、気付いていらしたのですか?」


「勘ですよ。先輩の足ならそろそろ追いつく頃だと思ってました」


「うふふ、ソウタ様はわたくしのことをよく見ていらっしゃるのですね」


 屋敷精霊(キキーモラ)の異名は伊達ではない。ここぞというタイミングで、狙いすましたかのように現れるのが先輩なのだ。

 先輩は俺の後ろからさっと飛び出し、木目のカップをそっと差し出した。カップから立ちのぼる湯気がアルヴィンさんの顔を優しく撫でる。


「……これは?」


「不眠症の方に処方される妖精花のハーブティーでございます。差し出がましいこととは存じますが、アルヴィン様にはお心を休める時間が必要かと判断いたしました」


「そう、だな……。今日は、本当に、疲れた」


 アルヴィンさんはのろのろとした動きでカップをあおると、そのまま壁にもたれかかった。しばらくののち、落ち着いた寝息が聞こえてきた。

 人心地ついたように胸を撫で下ろすビカールさん。ラオフー先生はそんな彼に(いた)わるような視線を向けていた。


「その男は私に任せるがよい。そちらもかなりの手練れとお見受けするが、大人一人を抱えながら戦うのはちと骨が折れるであろう」


 返事を待たず、ぐったりしたアルヴィンさんを担ぎ上げるラオフー先生。

 ビカールさんは感情をこらえるようにあごを噛み締めると、


「ミスティア殿。それに、ラオフー殿……といったか。このビカール、貴殿らの助力に深く感謝いたす」


「そうかしこまるでない。ささやかな老婆心に過ぎん」


「右に同じく、ささやかなメイド心でございます」


「ああ……ああ?」


「先輩の言うことは気にしないでください。それより、確認しておきたいことがあります」


「……承知している。アルヴィンのことだろう」


 ビカールさんの表情が一段と険しくなった。


「もう気付いていると思うが、貴殿らに依頼を寄越した理由はアルヴィンを襲った異変と深く関わっている」


「やっぱり……」


「原因が一切分からぬゆえ、我々は便宜上(べんぎじょう)"呪い"と呼んでいる。それが前哨基地を脅かしているものの正体だ」


 呪い。説明のつかない異常現象を言い表す際にこれほどぴったりな言葉は無いだろう。


「始まりはささいなことだった。基地の本格的な運用が始まってからしばらくして、隊員たちの間に精神的な不調をうったえる者が増え始めたのだ」


「精神的っていうと……情緒が不安定になったり寝不足になる、みたいな?」


「そのようなものだ。当初は慣れぬ地下暮らしで疲労が溜まっているのだとばかり思っていたが、いくら休息を取らせても一向に治る気配が無い。カウンセリングなども受けさせてみたが、さほど効果は感じられなかった」


 だんだん怪談じみた話になってきた。俺たちはごくりとつばを飲み込みながらビカールさんの話に耳を傾ける。


「日を追うごとに状況は悪化し、ついには作戦行動に支障が出るほどになった。今に至るまで脱走騒ぎが2件、殴り合いの喧嘩が5件、精神を病んで戦線を離脱した者が3名出ている」


「……と、少しよろしいでしょうか」


 何か引っ掛かるところがあったのか、先輩が鋭く口を挟んだ。


「離脱とおっしゃいましたが、そのお三方は地上に戻られたのですよね? その後の経過観察などはなさいましたか?」


「まさしくそれが重要な点なのだ」


 ビカールさんは握り拳を縦に振り、


「驚くべきことに、ダンジョンを離れた者たちは例外なく不調から立ち直りつつあるという報告が届いている。となれば原因は彼ら自身ではなく、ダンジョンそのものにあると考えるべきであろう」


「ダンジョンの中にある何かが人間に害を与えている、ってことですか?」


「そうだ。魔術的な装置、ないしは未知の毒性物質。ウィスプのような霊的存在の仕業ということも考えられる」


「なんだかオカルトじみてきましたけど……」


「いやしかし、他にそれらしい理由が考えられぬゆえにな……」


 ビカールさんの理屈はそこそこ的を射てはいたが、いささか強引な論理展開であることは否定できなかった。

 そもそも、ダンジョンに人間を狂わせるような仕掛けが本当に存在していたら、真っ先に被害を受けるのは俺たち冒険者のはずだ。しかし、あいにくそんな話は聞いたことがない。

 いくつかの可能性を頭に浮かべた俺は、もう少し突っ込んだ質問をしてみることにした。


「呪いの影響が出始めたのはいつぐらいのことですか?」


「2月ほど前からだ」


「基地が建設されたのは?」


「去年の暮れだ」


「つまり、最初の数か月は平和だったと」


 毒や魔術といった直接的な要因なら初日から問題が起きているはずだ。それが無いということは……

 俺と先輩は無言で顔を見合わせる。互いの顔には同じ予想が浮かんでいた。


「話を聞く限りですと、環境によるストレスの蓄積が原因のように思われます」


「俺も同意見です。でも」


 その先を口にしたのはビカールさんだった。


「それこそ考えられぬ。前哨基地の建設は何年も前から綿密に計画されてきたものだ。隊員たちに快適な生活空間を提供するため、家具の位置一つ取っても細やかな工夫が施されている」


「そんなに快適なんですか?」


「地上と全く同じとまではいかぬが、限りなく同じ生活を営めるよう心掛けている。衣食住全てにおいて最高の環境を用意しているつもりだ」


「でしたら計画段階で瑕疵(かし)が見過ごされていたと考えることもできます。この際全てを疑ってかかった方がよろしいかと」


「しかし、基地の運用はクリシュカ軍の軍事拠点を参考にしているのだぞ。それなら地上でも似たような問題が起きていなければおかしいのではないか?」


「うーん……」


 ビカールさんも馬鹿ではない。地下という環境が人間にストレスを与えることくらい当然知っているだろうし、そのための対策もしているはずだ。

 だが事実として隊員たちは目に見えぬ苦痛にさいなまれており、その原因はストレスという説が濃厚だ。

 先輩が言うように、基地を建設する際に何か見落としている部分があったのだろうか? あるいはもっと別の原因があるのだろうか?

 難しい顔で悩み込んでいると、先輩が出し抜けに明るい声を出した。


「空鍋をかき混ぜるのはこの辺にいたしましょう。メイドの基本は現場百遍。お連れの皆様もご到着されたことですし、そろそろ出発いたしませんか?」


「お連れ? ミスティア殿、それはどういう──」


 その時、俺たちがやって来た方向から規則正しい靴音が聞こえてきた。

 四つ辻の角から現れたのは、アルヴィンさんと同じような装備を身に着けた数人の兵士たちだった。そして、彼らの先頭には場違いなチャイナドレスを着た少女の姿が。


「やっぱりセイレンも来てたのか」


 兵士たちの列から離れ、軽快な足取りでやってくるセイレン。小脇にはユニを抱えている。なお、ユニは重度の乗り物酔いみたいな顔で目を回していた。


「ご無沙汰してます、ソウタさん! もしかしてソウタさんも合宿に参加されるんですか?」


「合宿? ……いや、何となく意味は分かったから説明はいいし参加もしないよ。それよりそっちの人たちは?」


「なんとか隊?の偵察班の皆さんです。班長さんがはぐれてしまったので、私と師範も一緒になって探していたところだったんです」


「そうしたら先輩に出会ってユニを押し付けられた、と」


 戦闘力の無いユニの安全を確保するためとはいえ、物みたいに扱われるユニがちょっとかわいそうではあった。

 さておき、俺たちの前には再結集した偵察班の面々が横一列に並んでいた。

 兵士たちはビカールさんとアルヴィンさんを見て一瞬顔をほころばせ、直後に軍人らしい鉄面皮(てつめんぴ)をかぶり直した。


「ビカール隊長、よくぞご帰還なさいました!」


 足並み揃えて敬礼。

 コンマ1秒の狂いもなく、同時に言葉が放たれた。

 ビカールさんは視線の動きで人数を数え、誰一人欠けていないことに安堵した後、


「現在の状況を報告せよ」


 ねぎらいの言葉すら無い冷徹な一言。

 しかしビカールさんのそれは信頼の裏返しでもあるのだろう。隊員たちはまるで気にした様子もなく、それどころか誇らしげに胸を張っていた。


「ミノタウロスの軍勢は着々と版図(はんと)を広げつつあります! 等活回廊の下層区はすでにミノタウロスのコロニーと化しており、この上層にも複数の斥候部隊が侵入しています!」


「たった数日の間にそこまで動いたか……あなどれぬ奴らよ」


「敵の本隊は中層区で魔物の群れと交戦中でありますが……ミノタウロス側が勝利するのは時間の問題かと」


「ずいぶんと調子づいているようだな。敵軍の規模は?」


「少なく見積もっても1000以上。後方にいる部隊も合わせれば2000近くのミノタウロスが確認されています」


「2000だと!?」


 桁外れの数字に思わず目を剥くビカールさん。

 俺はというと、あまりにも数が多すぎて全く実感が沸かなかった。こういったデカい数字を具体的にイメージできるかどうかが一般人とお偉いさんの違いなのだろう。

 しかし、そんな俺でもミノタウロスが危険だということは分かる。

 魔物ならではのパワーと体格に加え、強固な団結力と人質作戦を思いつくほどの小狡さを兼ね備えた連中だ。そんな奴らがひとたび地上に出てしまえば、人類はかつてない窮地に立たされるだろう。


「……もしかして、俺たちに依頼することを決めたのはミノタウロスのことも関係してるんですか?」


 俺がたずねると、ビカールさんは深刻な顔で首肯(しゅこう)した。


「ミノタウロスが活動を開始したのはほんの1月ほど前だ。本来ならば即座に奴らの出鼻をくじき、勢力拡大を未然に防ぐべきなのだが……」


「この状況で事を構えるのはリスクが高かった、と」


 恥じ入るように眉間を押さえるビカールさん。隊員たちもうつむきがちに同意する。


「本音を言えばこのような醜聞(しゅうぶん)を外部に漏らしたくはなかった。なれど、名誉の失墜を恐れるあまり魔物どもの横暴を許せば、それこそ国王陛下に、ひいては民草にも顔向けできぬ」


 ゆえに、と続け、


「貴殿らには可及的速やかに呪いの原因を突き止めてもらいたいのだ。奴らが前哨基地に到達する前にな」


「コンディションが万全なら勝ち目はあるってことですか? 2000ってものすごい数だと思いますけど」


 問いを返すと、ビカールさんは凄みを利かせて笑った。


「我ら第3特務部隊を舐めないでいただこう。普段通りの力を発揮することさえできれば、ミノタウロスなど物の数ではない」


「……了解しました」


 俺は背筋を震わせながらその言葉を絞り出した。

 これは決してただの強がりではない。この人なら間違いなくやれる。たった今、そう確信した。

 俺はミノタウロスの2000倍恐ろしいビカールさんから逃げるように離れると、ラオフー先生の姿を探した。一つ、気になることがあったからだ。

 特務部隊に降りかかった呪いと、ラオフー先生の部下を襲った"一本の矢"。

 両者の間には少しばかりの共通点がある。どちらも極限状況における兵士の不安定な精神状態に端を発し、それが作戦行動に大きな影響を与えている。

 過去の経験から学ぶべきことは多い。かつて同様の事件に遭遇したラオフー先生だからこそ気付けるものがあるかもしれない。

 そう思った俺は、セイレンと話し込んでいたラオフー先生に声をかけた。


「ラオフー先生、ちょっといいですか?」


「おおソウタか。ちょうどいいところに来た。実は」


「嫌です」


「まだ何も言っておらんぞ」


「どうせ修行とかいう名目でミノタウロスの群れに突撃させられるんでしょう? やりませんからね、俺は」


「あいや、まっこと女々しい男子(おのこ)よな。フェザーの爪の垢でも煎じて飲むがいいわ」


「フェザーは関係ないでしょ──」


 ……ちょっと待て。

 この人、まさか。


「こんな場所にあの2人を連れてきたんですか!? 頭おかしいんですかあなたは!!」


「急に声を荒げるでない! さすがにそこまでせんわ!」


「ほんとですかぁ? 怪しいなぁ……」


「馬鹿者! もう少し師を信用せんか!」


「そういうセリフはご自身の行動を(かえり)みてから言ってください」


 前回のこともあって、ラオフー先生に対する俺の信頼度は最低ランクまで落ちていた。

 そっぽを向いた先生に疑惑の視線を向けていると、セイレンが苦笑しながら言った。


「安心してくださいソウタさん。今回の合宿はなりゆきで決まったものですから、フェザーくんとアスファルくんには連絡できなかったんです」


 連絡できたら呼びましたみたいな言い方に一瞬寒気を感じたが、まあそれはいい。

 それより"なりゆき"とはどういうことだろうか。"思い付き"なら格闘学科の恒例だが。


「ええと、3日くらい前でしょうか。師範と一緒に日課のランニングをしていたら、なんとか隊のみなさんとばったり出会いまして。なんでも隊長さんが不在で色々大変ということだったので、師範の方から協力を申し出たんです」


「日課の……ランニング……?」


「はい! 向こうにある大きな穴に飛び込んで、一番下からここまで走ってくるんです。これを毎朝2セット続けています!」


 ……どうやら「底まで行って帰ってきた者はいない」という言説は間違いだったようだ。世の中、上には上がいるものである。


「ん……? ってことは、セイレンたちはもう前哨基地に行ったことがあるのか?」


「ええ、今は向こうで寝泊まりさせてもらっています。すごく居心地のいいところですよ!」


 セイレンの言う"居心地のいい"はあまり信用できないが、2人が前哨基地の様子をすでに知っているのは俺としても都合がいい。

 俺はいち早く問題を解決するため、ラオフー先生の意見を聞いてみることにした。


「ラオフー先生、基地で過ごしていた時に何か気になったことはありませんか?」


「……呪いのことか」


 ラオフー先生の目が剣呑(けんのん)に細められる。やはりこの人も呪いに興味を抱いていたのか。


「料理が不味いとか、ゴキブリがいたとかでも構いません。もしかすると、そういうささいなことが巡り巡って呪いを引き起こしているかもしれないんです」


「ほう、そなたは分かりやすい脅威ではなく、日々の暮らしの中に原因があると考えておるのだな」


 鷹揚(おうよう)に笑みを作るラオフー先生。

 あからさまにもったいぶった態度……この人、何か知っているな。


「そういえば、先生は俺たちが呪いについて話してた時に一言も口を出しませんでしたよね。実はもう呪いの正体に気付いてる……とか?」


 俺の質問は的の中心を射抜いたようだ。先生は思わしげに目を閉じ、


「もしや、という思いはあった。だが、そなたらの話を聞いているうちにそれは確信へと変わった。──ゆえに断言しよう。これは呪いなどではない」


「それはまことか!?」


 つんざくような大声に貫かれた俺はバネみたいに飛び上がった。

 振り向くとビカールさんが立っていた。彼は大股歩きでラオフー先生に詰め寄ると、


「お教えくだされラオフー殿!! 一体! 何が! 我々を苦しめているのか!!!」


 銅鑼(どら)のような大音声(だいおんじょう)が響く度、ラオフー先生の体がびりびりと振動する。おかげで俺は先生の肩からずり落ちそうなアルヴィンさんを必死に支える羽目になった。


「ははは、まあそう急くなビカール殿」


 当事者以外の全員が耳をふさぐ中、ラオフー先生は春の野を歩むがごとく穏やかな表情をしていた。


「ここで私が種明かしをすることはたやすい。しかしそれでは若者たちが成長する機会を奪ってしまうことになる。どうですかな、ここは一つ、彼らを信じて任せてみることにしては?」


「しかし……事は一刻を争うのですぞ! 平時ならばともかく、ミノタウロスが迫っているこの時期に悠長なことをしている余裕は……」


「ならば期限を設けようではないか。明日の朝までに何の進展も無ければ、その時は私が答えをお教えしよう」


「結果がどうあれ明日になれば全てが分かるということか。それなら異論は無いが……」


 ビカールさんを上手く丸め込むと、ラオフー先生はこちらに視線を投げかけた。俺たちに花を持たせてくれるということだろうか。

 子供扱いされているみたいで(しゃく)だが、せっかくの依頼を横取りされてすごすごと帰るよりはいい。俺たちの目的は、ビカールさんにメイド学科の実力を思い知らせることなのだから。

 皆の視線が集まる中、先輩は不敵な笑みを浮かべ、ユニは慌てて姿勢を正した。

 俺はラオフー先生に自信ありげな表情を返すと、


「とりあえずヒントをください」


「……そなた、誇りというものは無いのか?」


 呆れたように頭を押さえるラオフー先生。俺は能天気に笑いながら、


「そうは言っても、明日の朝ってあと半日くらいしかないじゃないですか。これでノーヒントはいくらなんでも難易度が高過ぎるかなって」


「せめてもう少し悩んでから聞きに来んか!」


「事は一刻を争う、ですよ。ラオフー先生」


「ろくすっぽ稽古もせず口ばかり達者になりおってからに……」


 あげつらうように口を歪めるラオフー先生。

 変な誤解をされたくないので言っておくが、俺が格闘学科の講義をサボったことは一度も無い。ヤバそうな気配を感じたら自主的に休講しているだけだ。

 ……ん? つまり同じことか?


「まあよい。そこまで言うなら一つだけ教えてやろう」


 仕方なしといった感じのラオフー先生。

 先生は指先を俺に向けると、次にユニを指差し、


「私には分かる。そなたにも分かる。そこな小姓(こしょう)にも分かる」


 言い終えてから、今度はセイレンを指し、最後に先輩へと指を動かしてから、


「だがセイレンには分からん。そして、そちらの女中にも分からん」


 最後に嫌らしく喉を震わせ、


「さて、果たしてそなたらにこの難問が解けるかな?」



2026/01/23 誤字を訂正

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